自分のものではなくなった右腕が、右脚が間接的にだが動かせる。巻き付く枝木が友奈の意識を汲み取り、反映させることによって柔軟な動きを可能としている。微小のラグは拭えないが、慣れの問題だ。
大きく宙に跳び上がった友奈と夏凛をバーテックスより先に襲ったのは、白い敵の群れだった。バーテックスよりサイズは小さいが、やはりふたりより遥かに大きい。
グググ、と枝木が軋みながら拳をつくらせる。
大きく腰を捻って右半身を仰け反らせ、鋭く息を吐いて友奈は拳を前に突き出した。
「勇者……パーンチ!!」
それは敵の顔面を砕く。
友奈の右腕には感覚はないため、『殴った』という認識ができない。無性なムズ痒さを覚えながら友奈はさらに襲いかかる敵を殴りつける。
友奈の死角から襲う敵を夏凛は逃さなかった。ぎらりと光る鈍色の刃を振るって一刀両断。
このままではジリ貧だ。いま最優先でしなければならないのはバーテックスの殲滅。雑魚敵に構っている暇はない。
「行くわよ友奈!」
「うん!」
……後ろめたさはある。
次は何を失うかなんて誰にもわからない。散華に皆はたくさんたくさん苦しめられた。それに……友奈は一度折れた。
しかし、今は違う。
戦う覚悟を示した。代償を背負う覚悟もした。
だから!
こいつらを倒して、東郷さんを――守る!
「「満、開!!」」
地面の奥の奥、さらに奥底から虹色の糸が無数に伸びた。それらは友奈と夏凛に集約し、神樹様の力が通常時よりもさらに多く注がれる。
白い戦場に、神々しい輝きが爆発した。その光はバーテックスではなく、我々こそが強いのだと主張しているかのよう。
それと同時にふたつの巨大な花が咲き誇る。
花から生まれるは、ふたりの勇者。
……これが満開。勇者の力をより引き出す奥の手。
友奈の両脇には巨大なアーム、夏凛には刃渡り二メートルほどの刀を持ったアームが四本も現れている。目に見えて強化された装備。そして全能感に打ち震える。
ここからは短期決戦だ。満開にも持続時間はあり、それは明確なタイムリミットがない。だからいつ解けてしまうのかわからないのだ。一度満開が解ければ散華……身体機能を奪われる。
先に敵を倒すか、それとも満開の繰り返しで自滅するかのデスマッチ。
……一秒すら惜しい。友奈の満開は一回だけにさせたい。そのためには素早い連携と確実に敵を屠る力量が必要だ。
「そこを……どけええええぇぇぇっ!!」
夏凛が巨大な刀を横方向に大きく斬り払う。
それだけで斬撃が実体を持ち、遠くまで飛んだ。そして眼下に広がる敵の群れがほぼすべて、ただの一撃のもとに消し炭となる。
だがまだ生き残りがいる。夏凛は無限に生成したの刀を超広範囲に射出する。白の空が瞬く間に夜空の色を取り戻し、バーテックスへの道が見えた。
拳を握りしめた友奈がその道を一直線に加速する。下半身から雑魚敵を吐き出すこいつを倒せば、残りのバーテックスに集中できる。
加速は十分。障害となるものはなし。バーテックスは友奈の速度に追いつけていない。
……いける!
「ぉぉぉおおおおおおお――……っ!!」
右の拳を突き出して、スピードをのせた渾身の一撃を真上から叩き込んだ。その身体は思ったより柔らかく、貫通して御霊ごと壊し、下に突き抜ける。
咄嗟に見上げると、さああ、と砂のように身体を崩壊させ、やがてバーテックスは完全に消滅した。
これで一だ。
ふたりとも満開はまだ解けていない。
次に近いのは……扇子のような反射板をいくつも周囲に展開している赤いバーテックスだ。夏凛も同じことを考えていたようで、先に突撃する。
上段からの振り下ろし。しかしこれは全面に盾として展開されることで通らなかった。
「友奈!」
それ以上の言葉は不要だった。
盾を足場に一度ジャンプし、再び刀を構える。その間にタイミングよく友奈が盾を殴りつけて粉砕。防御を突破する。
完璧な連携。
夏凛はリズムを崩すことなくニ撃目できちんと敵を討ち取った。身体が崩壊するのを確認してカウントする。
これでニ。
一分も経たないうちに残り三体まで減らすことができた。流れは完全にこちらだ。このスピード感さえ維持できればそれぞれ一度の満開で終われる。
……空気の動きが変わった。
夏凛はそれを過敏に感じ取る。振り向くよりも先にアームの一本を後ろに振り払った。すると認識外から襲いかかったサソリのような鋭い棘が、装甲すら貫いて深々と突き刺さった。
途端、急速に赤い侵食が始まる。これは樹海の根を焦がすものと同じもの!
「こんのッ……!」
刀で尻尾を切断しようとするも、ギリギリ刃が届かない。みるみるうちに侵食は進み、肩にまで届かんとした瞬間、友奈の強打によってバーテックスを一時的に引き離すことができた。
反撃に出ようと夏凛は奥歯を噛み締めたが、ここで一度満開が解けてしまう。
パリンッ! と軽快な音とともに装備が一瞬にしてもとに戻り、落下を始める。その間に白い帯が夏凛の右腕に巻き付く。その瞬間、右の方より先のあらゆる接続が絶たれ、力無くぶらりと垂れ下がった。
これが、散華か!
友奈たちを苦しめたモノ。泣かせたモノ。この余計な供物のせいで、どれだけ傷つけれたことか……!
急速に恐怖が湧き上がる。それよりはやく、怒りが加速度的に埋め尽くした。
「く、そおおおおおぉぉ!!」
友奈たちの犠牲を少しでも減らせるのならば!!
いくらでも持っていけ!!
着地と同時に体制を整え、もう一度地面を蹴り上げる。
「こいっ!!」
夏凛が叫ぶと、神樹様がそれに応えて虹色の糸が背中を力強く押した。
それは、地獄への片道切符。
もう一度満開の花が咲き誇り、追加装備が再び出現する。
バーテックスが狙いを定め、今度こそ夏凛の息の根を止めようと死の棘が鋭い音とともに迫り来る。
しかし、そうはさせまいと友奈がその間に割って入り、左手に貫かせることで受け止めた。直接身体を傷つけられたわけではないからダメージはないが、強烈なフィードバックに脂汗を滲ませる。患部から広がる侵食は恐ろしいスピードでアームを呑み込み始める。
……装甲がもたない。小さな亀裂が無数に走り、友奈は目を見開く。このまま破壊されれば、勢いで友奈自身に棘が刺さる。満開ゲージによる精霊バリアがあるものの、なるべく消費したくないという葛藤が生まれる。
――ここで手放せ。
本能がそう告げた。
感覚的に、あと数秒で破壊され、満開が解けると悟る。手放せば避けられる。
しかし。
これは、チャンス! 敵の動きを封じ込む絶大なチャンスだ! 逃してたまるものか!
左手を握り、暴れまわる尻尾の動きを黙らせる。それだけでも目に見えて後戻りのできない損傷へと悪化する。亀裂はより深くなり、広がる。そして一部分が侵食と破壊に耐えきれずに破損する。
これだけでは夏凛が上手く狙いを定められない!
右手で強引に尻尾を掴んで身体を手繰り寄せ、夏凛の前に差し出した。同時にガゴッ! と重くて鈍い音が鳴り、大部分が弾け飛ぶ。
これ以上友奈にできることは、夏凛を信じることのみだった。
「夏凛、ちゃん……ッ!」
「友奈あああぁぁぁ――!!」
夏凛が吠える。
速く――もっと速く! コンマの世界に干渉して一条の光の如く飛翔する。
四本の刀、すべてを下段に構えた斬り上げ。その音速を超えた一撃は、バーテックスの身体を綺麗な切断面を残して斬り裂いた。トドメとばかりに剣撃飛ばしで御霊を斬り伏せる。
これで三。
そして片方のアームを失った友奈の満開が解け、落下する。
すると、後頭部から左目のあたりにかけて帯が伸び、途端に片方の視界が消え失せた。右目だけでも見えるには見えるが、体感とのズレがある。
花が散る。
色褪せ、弱り、朽ち、散る。
黒ずみ、花弁をすべてを失った残りカスはぽとりと最期には虚しく落ちる。
散華というシステムを初めて友奈は認識した。これから一生、もう、片目が見えない。
散華の重さを、今更ながら知った。
だが! これで死ぬわけでは……な、い! だから…………。
――違う。目的を間違えるな。これは生きるための戦いだ。
まだ友奈は戦える。枝木が友奈の意識を読み取り、着地体制を取るべく滑らかに伸縮して右半身を調整する。地面に着地し、じんわりと衝撃が全身に逃げるのを待ち、一気に肺に空気を流し込んでから再び夏凛の元へと飛ぶ。
残りニ。
夏凛に襲いかかる針の嵐。
咄嗟に反応して刀を振る。眩い火花を散らして悉くを弾くが、すべてというわけにはいかず、アームに次々に突き刺さる。それによって出力が落ち、意識とのシンクロが鈍くなる。
「くっ!」
このままでは数の力に押し負ける。速やかに頭を一時離脱に切り替え、高く上昇する。この状態からむやみに突撃しても被害が大きくなるだけだ。しかしバーテックスの追撃は止まず、少しでも動きを止めれば蜂の巣にされてしまうだろう。
空を赤が舞う。
三次元的な移動は夏凛の平衡感覚を容赦なく抉り取る。今、どの方向を向いているのか。下か? 上か? それともバーテックスに向かっている?
棘が数本、夏凛の鼻先を通り抜けた。精霊バリアは確実に主人を傷つけるものしか防いでくれない。狙われている恐怖と自分の位置を正確に把握できない恐怖。唇を噛みしめると、じわりと血が滲んだ。
どこかで一度、ターニングポイントとなる一手を打たなければならない。
すると突然、巨大な花が空に咲いたのが視界の端に映り込んだ。それと同時に棘の猛攻が嘘のように止む。次に、強烈な衝撃波が夏凛を叩きつけた。
動きを止め、その発生源を見る。
すると、再び満開した友奈が豪快にアッパーをきめていた。それだけでは留まらず、次々と目にも止まらぬ速さで拳撃を繰り出す。
一撃。ニ撃。三撃。四撃。五撃――!
バーテックスの身体は原型が残らないほど歪められる。まだ友奈の猛攻は止まらない。
割り。砕き。壊し。潰す。
一撃一撃が重く、打撃音が樹海全体を激しく揺らす。バーテックスは抵抗すらできないまま蹂躙され、ついに御霊を剥き出しにした。
「勇者……キーック!!」
高く跳躍し、前にした時と同じように二体目の精霊の力で脚に炎を纏わせる。落下のエネルギーを加算させ、流星の如く煌めく軌跡を残して加速し、御霊を熱爆発により完全に破壊した。
これで四。
友奈はほう、と熱い吐息を吐き、胸に手を当てたあと、落下してくる夏凛にVサインを送った。夏凛の満開は落下中に解け、右脚に帯が巻き付いている。
友奈は落下ポイントにいち早く到着し、夏凛を優しく受け止めた。
「ありがとう」
夏凛を下ろすと、剣を杖代わりにしてぎこちない動作でバランスを保つ。
その無残な姿に友奈は思わず悔しさを募らせるが、残念ながらまだそれに構う余裕はない。
「うん。それより最後の敵はどこにいるんだろう?」
「最初は間違いなくいたはずよ。まさか私たちを通り過ぎて――」
そう言って、夏凛が後ろを振り向いた瞬間だった。砂漠の地面に潜伏していた最後のバーテックスが突然姿を現し、虚を突いて脇から襲いかかってきた。
友奈にとって緊急離脱することはなんの問題もなかった。しかし今の夏凛には無理だ。アドレナリンがどくどくと脳内に溢れ、電撃が走る。最適な行動を刹那の間に導き出す。
左腕のアームを伸ばしてその華奢な身体を後ろに押し飛ばす。それだけで避ける時間はすべて使い切ってしまった友奈は右腕を斜めに構えてガードの姿勢をとった。
クラゲの触手に似た複数のものを、根を抉りながら友奈を強打する。ズレた視界によって誤った予想がされていた。地面ごと殴り上げられては流石に友奈も対処のしようがなかった。
肺が押し潰され、空気が強制的に逆流する。意識は白黒する。
構える姿勢が悪かった。宙へ放り上げられた友奈は、自分の判断が誤っていたことにようやく気づいた。そもそも両眼が健在という前提で成り立つものだったのだ。
そしてそのまま二本三本と迫る追撃に対処しきれず、ほぼ無防備な状態で攻撃を許した。
アームでの防御も角度が悪く、側面からの攻撃に対して威力を殺しきれなかった。
脇腹で残った力をアームを通じて受け止める。
「か、フ……ッ!」
ぐにゅ、と嫌に生々しい音が鳴って内臓を強く圧迫され、吐き気を催す。胃液が喉元までこみ上げ
、酸味の効いた味が広がるが友奈はなんとか奥に押し戻した。
しかし足元からすくい上げは反応できず、遠くに弾き飛ばされてしまった。
この勢いを止められない! ぐるぐると出鱈目な回転を友奈はなんとか静止させようとするが、うまくいかない。
満開が解ける。
左脚を帯が巻き付き、短く悲鳴を上げる。
早急な戦線復帰は不可能と判断。残りの一体は夏凛に任せるしかない。
「あとは……!」
お願い……!
平衡感覚が狂い、意識が暗闇に閉ざされる。
その直前、赤い花が大きく咲いたのが見えた。その光は暖かく、包まれるようだった。心の底からぽかぽかして、友奈は安堵した。
夏凛ならできる。
だって、完成型勇者だから……!
友奈は夏凛の勝利を信じ、ゆっくりと目を閉じた。
◆
友奈が遥か向こうまで飛ばされる。
ここで敵を食い止められるのは夏凛しかいない。……友奈はとてもよくやってくれた。もしひとりだけだったら、何回満開することになっていたかわからない。
チームプレイにおいて、コミュニケーションは必須だ。しかしその境地。極めたところにあるものは、言葉すらほぼ不要の、まさに以心伝心に至るものだ。
名前を呼ぶだけで、すべてが伝わった。
名前を呼ばれるだけで、すべてが伝わった。
これまでの日常。楽しみ。そして悲しみも嘘などではなく本物だった。すべてを共有し、すべてを分かりあったからこそ、あのような完璧な連携を可能としたのだ。
左手に刀を握りしめる。腰を上げ、刀を地面に突き立てて身体を起こす。バランスがうまくとれない。
勇者としての友奈の想い、しっかりと受け取った。ならば今度は夏凛が想いを口にする番。
夏凛は咆哮した。
「私は!! 勇者部のために戦う!! 大赦のためではなく、かけがえのない、あいつらのために!!」
友奈と同じ、右半身をすべて持っていかれた。これが友奈が味わっていた不自由。
……当然こんな状態では満足に戦うことなんてできない。
でも、満開すれば戦える。
戦闘中にずっと感じていた舌の痺れはもうなくなっていた。
満開への抵抗が薄れてきている? 違う。逆だ。
今、満開してでも戦わなければならない局面なのだ。
致命的な代償を受け入れる覚悟を友奈と示し合った。その言葉通り、友奈は決して引けを劣らぬ勇敢な戦いを見せ、脱落した。
自問する。
果たして夏凛の戦いぶりは勇敢だったか、と。
否だ。
勇敢であったと自身を認めるのは早い。かつて勇者という尊い存在に憧れ、ストイックに生きた夏凛はここで『よく頑張った』と認めてしまうのか? 認めるのは、敵をすべて退け、勝鬨を上げた時のみ!
「満、開!!」
三回目の満開。
それは、三度の散華。三つの身体機能を捧げるという誓い。
速攻で終わらせる! 以前友奈は満開した経験があるから身体が慣れ、持続時間が長かった。しかし夏凛は違う。今日初めて満開し、連発している。
定着は浅く、持続時間が把握できない。ここで夏凛が戦闘不能になったら終わりだ。だから一気にきめる!
飛翔する。
音速を超え、光速をも超え、神速の域へ。
時間の合間を、一条の線が無音で縫う。
刹那、バーテックスの触手はその全てを斬り落とされていた。
夏凛はどこにもいなかった。
しかし、身体を斬られたという事実が敵がいるという何より証拠。
音が静かに轟く。段階的に音圧が膨らみ、バーテックスは警戒を強める。
白く細い音がソラを裂き、極寒の突風がバーテックスの切断面を舐める。
次の瞬間、無限の剣撃に襲われていた。
目視不可。対処不可。回避不可の絶対的な包囲網に囚われていた。
……赤がいた。
赤がバーテックスの周囲を恐るべき速度で飛び回り、乱舞を繰り出しているのだ。その速度はおよそ認識できるものではなく、一撃一撃が必殺の絶技。
為す術もなく一方的に蹂躙される。文字通り肉塊の少しも残らず、御霊も細切りにされ、刃の嵐の後には再び静寂が戻り、何も残っていなかった。
これで五。
赤の剣神がソラに鎮座していた。
この樹海で最強の存在は、赤の剣神。
過去、未来において最も最強の存在は、赤の剣神。
そう誇示してかのような堂々とした佇まいだった。
ゆっくりと刀をソラに掲げ、囁く。
「私たち勇者部の……勝ちよ」
そして満開が解ける。
途端、暗闇にすべてを覆われて、夏凛は左手を伸ばした。しかしそれは虚空を掴むだけで、みるみる落下していく。
「まだ……友奈を拾って……それから東、郷を……」
見えない。何も見えない。動けない。
満開時に力を使いすぎてしまったようだ。身体の節々が痛い。
まだやることがあるのに。助けないといけない人がいるのに。
何もできない。
ああ。
ああ……。
――三好夏凛は、ここで脱落してしまった。
◆
犬吠埼風は、樹の夢……歌手になる夢を壊されたことを許せないでいた。家に電話がかかり、オーディションの一次審査の通過を知らされた時は死にたくすらなった。
どうして……どうして散華で捧げるものが声なのだろうか……! 代われるものなら喜んで代わる。でもそれができないのが悔しい!!
友奈に勇者部を感謝されたのはとても嬉しかった。ならば、このやるせなさはどうすればいいのだろう。
根の影で膝を抱え込み、小さくなって俯く。
すべてが嫌になってしまった。信じていた大赦に裏切られて絶望しても立ち上がろうとする皆に申しわけなさと、どうしても立ち上がれない自分に絶望する。
これではまるで風が一番年下みたいではないか。目の前で戦っている妹は、姉を守るために戦っているのだ。
……誰だ、妹を守るのが当然と常日頃から謳っていたバカは。
「ははは……あたしか」
乾いたら笑いが漏れる。
馬鹿らしい。愚かで無責任で、いざとなったら守られる始末。これでは姉失格だ。
無数の緑色の糸が敵を絡め取る。樹がくいっ、と手首を小さく捻れば糸が食い込んでその身を裂く。
敵はまだまだ樹の隙を窺っていて、息をつく暇すらない。ステップを踏んで特攻を回避する。同時に糸を伸ばして捕らえ、ハンマー投げのように振りながら周囲に群がる敵を一掃する。
音の無い戦闘。
ただ衝撃音と、糸が鋭く伸びる音しか無い。奇怪な戦闘。しかし樹は膝をつかない。
……何かを叫んでいる。
普段なら絶対に大声なんて出さないのに、必死に何かを叫んでいるのが風にはわかった。
「樹……」
……守れなかった。
友奈を守れなかった。
その時間その場所にいなかったから仕方なかった。すでに帰っていたから仕方なかった。現場にいない風が何かできたわけがない。だから風に非は一切ないのだ。
どうしても、脳裏をちらりとよぎるのだ。
もしあの時帰っていなかったら、と。そうすれば友奈を無理矢理にでも止められていたはずだ。そんなifのお話。
……悔しい。
わかってはいるものの、悔しいのだ。
部長として部員を守ることができなかったという事実が肩に重くのしかかる。それを容易に振り払うことができない。それほどの重みがある。
樹が的の体当たりに跳ね飛ばされる。
精霊がバリアを張って首からの落下だけは免れた。
……あたしはいったい、何をしている。
そう、ぼんやりと考えた。
樹がよろよろと立ち上がる。これ好機と敵が雪崩のように樹を仕留めようと迫る。
両腕を構え、しっかりと敵を見据えた。闘志は未だ尽きず、二本の脚でしっかりと地に立っている。
そして樹は口を開いた。
「私が……お姉ちゃんを守るから!!」
「――――――――!!」
聞こえぬはずの声に、風はバッ、と顔を持ち上げた。
今の言葉は……幻聴? いいや、幻聴だ。なぜなら樹は話せないから。では耳に届いたこれはいったいなんだ?
たとえ誰もがそんなものは聞こえなかったと言おうが、風は絶対に聞こえたと言い張ろう。
だって聞こえたから!
樹を想う気持ちが引き起こしたものなのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
……そして我に返る。
今一度問う。
……あたしはいったい、何をしている。
友奈の時はその場にいなかったから仕方ないと言い訳できたかもしれない。しかし今、最愛の妹が傷つきながら戦っている。そして風は目の前でただ力の抜けた抜け殻のように座り込んでいるだけ。
動けるはずだ。なのに動こうとしないこの体たらくはなんだ。
病院に駆け込み、悲惨な姿になった友奈を見た日のことを思い起こす。絶望に、心の底から震える。
あの時、死にたくなるほど後悔したはずだ。
守れなかったと――
また――
同じことを――
繰り返す――
つもりなのか――!!
すでに大剣は手の中にあった。
地面を蹴り、一気に肉迫する。
敵の群れが樹を圧倒する、その直前に風は割って入り、大ぶりの大剣を振った。
「はあぁッ!」
樹の前に風は立ち塞がった。その背中は頼れる部長であり、姉のもの。樹はギュッ、とその背中に抱きついた。
「……ごめん樹。もう、あたしは迷わない。どれだけ絶望しても……それでも、あたしは勇者だからね」
負けられない。遥か前方では友奈と夏凜がバーテックスを迎え撃っている。あっちはきっと、風たちよりも熾烈な戦いになっているはずだ。
なら、風と樹はここを守らなければならない。携帯で東郷の位置を確認すると、壁のところにいるようだ。
まずはこの白い敵たちを蹴散らさないといけない。
大剣を構える。
腕を構える。
姉妹は一心同体。
ひとりではなく、ふたりなら――。
犬吠埼姉妹は勢いよく飛び出した。
◆
一方、三好夏凜は夢を見ていた。
失ってでも戦う。しかしそれは東郷を悲しませるだけ。
それでも、友奈はすべてを終わらせたくない。死にたくない。
だって、皆との毎日が何よりも愛おしいから。
では、また次回!