前回のあらすじ
三好夏凛は勇者である
――薙ぎ払う。
正面に群がる雑魚敵、その悉くを薙ぎ払う。
風が大剣を振って前面の敵を一掃し、その隙に樹がワイヤーを螺旋状に伸ばして領域を確保する。その繰り返しでひたすら前に進む。
敵の軍勢などなんとやら。破竹の勢いで侵攻する姉妹は止められない。
友奈も夏凜も離れ離れになり、どちらも全く動く様子がないことはすでに携帯で確認済みだ。
つまり……もう動けない。再起不能ということだ。
目指すは壁の上にこちらを見下ろす東郷。これ以上の壁の破壊は何としてでも避けなければならない。今や動ける勇者は二人しかいないのだ。
まずは東郷を無力化し、そのあと星の数ほどの雑魚敵をすべて倒す。言葉にするのは簡単だが、途方もない苦難だ。
それでも、必ずや成し遂げてみせる。
それが勇者としての意地の張りどころだから。
地面を蹴る。
「ついてきなさい樹!」
返事はない。
しかしその代わりにすぐ側をついてくる。
たったそれだけで無限の力が湧いた。
速攻だ。この勢いが殺されれば終わり。その前に東郷のもとにたどり着いてみせる。
……樹のワイヤーによって開かれた空間を貫く力が必要だ。ただ目の前を敵を蹴散らす力ではなく、どこまでも突き進むものだ。
雑魚敵が蠢き始め、空間を埋め尽くそうとする。
その前に!
走りながら大剣を水平に構え、口を限界まで開けて「は、あ、あ、ああ――……」と肺からゆっくりと空気を吐き出し、一気に吸い込んだ。
「狗神ッ!!」
風の呼びかけに答え、精霊の狗神がどこからともなく現れ、頭の上にちょこんと乗った。
そして。
地を裂くほどの大咆哮を轟かせた。その威勢に敵の動きが若干鈍くなる。同時に大剣がその姿を変え始める。
刀身はみるみる細くなり、先端がどこまでも伸びる。二倍、三倍と留まるところを知らず、先が見えなくなったあたりでようやく止まった実感を得た。
超長ロングレイピアとなった大剣がうねりを上げて緑の閃光を撒き散らす。その集約が極大となった瞬間、風は目を見開いた。
今っ!
力を解放する。溜めた力を爆発させ、それを推進力として稲妻の如く空気を穿ちながら翔び立つ。樹が腰に抱きつき、一緒に空を駆ける。
それは、一筋の光線。どこまでも伸びる光線。……風の意志が、形となったもの。
今度こそ絶対に後悔したくない。友奈の二の舞はなんとしてでも防ぐという誓い。
荒ぶる渦がレイピアを中心として発生し、樹海の空気をザクザクと切り裂き、あらゆる敵を近づけさせない圧倒的な力を見せつける。
その迎えは、東郷の本気の迎撃だ。
マシンガンのような連射速度でスナイパーライフルを撃ち続ける。しかし弾は渦に呑まれ、まるで効果はない。
十分接近することに成功した風は強化状態を解除し、落下しながら大剣を構えた。
「東郷おおおぉぉぉ――!!」
精霊が守ってくれるから勇者が死ぬことはない。だから強い衝撃を与えることでしか勇者を無力化できない。
……一瞬、躊躇いが生じた。
もし、東郷の精霊バリアが発動しなかったら、と。友奈の件もあって、どうしても頭から離れない。もし風が大剣を振り下ろし、精霊が現れなければ東郷は肩から両断されるだろう。それは望んだことではない。
――咄嗟に東郷が銃をガード用に突き出したのを見た。
最悪、東郷を傷つけてしまうかもしれない。
それでも、風はやらなければならないのだ。
手加減無しでいつもバーテックスに対するのと同レベルの膂力で振り下ろした。
そして、予想通り東郷の精霊がバリアを張り、風は心の中で安堵した。
「壁の外を見てください! 世界はこんなことになっているんですよ⁉」
東郷が声を荒げる。精霊バリアは言い換えれば絶対不可侵の領域に等しい。このまま強引に押し潰すことはできないと判断した風は大人しく距離を取った。
東郷の指摘通り、開いた穴から外の世界が見える。どうしようもない、地獄のような赤がどこまでも広がっている世界。
……確かに、突然こんなものを見せつけられて正気を保てるはずがない。風だってこうして虚勢を張って表情に出していないだけで、恐ろしい真実に泣き出したいところだ。
「この有様を見てもわからないのですか⁉ 大赦のやり方が! 勇者の在り方が! いかに悲惨なものなのかわかるでしょう⁉」
「でもこれ以上壁を破壊するのは駄目よ!!」
「私達がどれだけ頑張ってもこの現状は変えられない! これが一番穏やかな終わり方なんです!!」
今も樹が巨大な穴から次々と侵入しようとする敵を、ワイヤーを何度も何度も飛ばして防いでいる。とはいっても巨大すぎる穴は樹一人でカバーできるものではなく、次々と包囲網を突破される。
東郷が銃を構える。手はカタカタと震えていて、大粒の涙を流す。
気持ちは……痛いほどわかる。現人類は袋のネズミもいいところで、敵がその気になればすぐに絶滅させられる。
だからといって、心中を図るのは許されない。
風は力強く叫んだ。
「それでも! 勇者部の部長として、あんたを止める!」
「どうして……友奈ちゃんも風先輩もわかってくれないんですか⁉」
狼狽する東郷の隙を見計らった樹がワイヤーを伸ばして腕を拘束する。
反射的に樹を見て、次に胸元の満開ゲージを見た。
ここが最大の隙!
「歯を食いしばれええぇぇぇッ!!」
懐に詰め寄り、大剣の面の部分で東郷を力任せに打ち付ける。
「あうっ!」
一切の回避行動を制限された東郷は身体を吹き飛ばされ、神樹様の領域外へと消えた。しばらくしたら戻ってくるだろうが、それまでの時間稼ぎとしては上々だ。
樹が段差を飛び降りて風の元へやって来ると、何かを言いながら上を指さした。
その方向を見ると、あれほど夢中になって侵入しようとしていた敵の動きが止まっていた。
「どういうこと……?」
もう樹海に興味が尽きて活動を停止しているのだろうか。……いや、そんなはずはない。そもそもそれこそが敵の目的なのだから。
そして、眩い光が風たちの視界を覆い尽くした。
「なに⁉」
光源は外の世界の方からだ。慌てて縁側に立って下を確認しようとすると、『それ』から姿を現した。
それは、両舷に光線銃を複数門備えた戦艦。その上に両手を広げて凛と立つ東郷がいた。
――満開だ。
以前の戦いで友奈と一緒に宇宙へ飛び出した乗り物だ。しかし満開をすれば……!
……それほど、東郷の意志は硬いということか。風は眉をひそめながら上へと上昇する東郷を見上げる。
「ふたりとも、退いてください……!」
「退くわけ、ないでしょう!!」
東郷の満開がいつまで続くはわからない。だがあの戦艦を落とせば機動力を大きく削ぐことができる。
まずはそれからだ。
樹を一瞥すると、頼もしそうに頷いた。
「……ごめんなさい」
そう小さな声で謝ると、駆動式砲門をすべて前面へ向けた。
「!!」
全砲門が開かれ、エネルギーを充填して極大の一撃が放たれる。
咄嗟にふたりは前に躍り出て防ごうとするが、圧倒的な力に耐えきれず、数秒と持たずに押し負けてしまった。
満開状態の勇者に敵う道理などないのだ。同時に勇者としてのスタミナも底をつき、変身も解けて地面に落下する。
ふたりの小さな抵抗をものともしない一撃は神樹様に向かうが、途中でまるでなかったものとされるように一瞬にして跡形もなく消されてしまった。後には多色の花弁がふわりと舞うだけ。
「……そう。やはり勇者の力では無理なのね。でも……」
もともと東郷たち勇者に力を与えているのは神樹様だ。そんな親殺しは許されるものではない。
しかし、バーテックスなら――。
活動を停止していた敵が動き始める。樹海への侵入ではなく、外へと自ら向かう。その先には一体のバーテックスが生を与えられようとしていた。
赤く輝くその外見は、以前最後だと思っていた戦いで苦戦を強いられたバーテックスのものだ。
蠢き、混ざり、形を成す。
ゆっくりと移動を始め、東郷の戦艦とともに樹海に侵入する。
それと同時に合体が完了し、見知ったあの姿へとバーテックスが生まれた。
友奈も夏凜も、風も樹ももう動けない。
もう、誰も東郷を止める者はいない。
巨大な輪から伸びる十字の棘。その中心に小さな火球が生成される。
ゴウッ! と凄まじい爆音を轟かせて一気に巨大化した。そして太陽を思わせるそれは無慈悲に発射された。
風が悲痛の絶叫をする。しかし限界を迎えた身体はこれ以上動かない。ふたりの頭上を高速で通り過ぎ、火球は真っ直ぐに遥か向こうの神樹様へと進む。
「ああ……これですべて終わる……」
東郷は心の底から安心し、ゆっくりと目を閉じて世界と別れを告げた。
◆
左目の視界、喪失。
左腕しか、動かない。
意識を取り戻した友奈は驚くほど冷静に散華の内容を理解した。
うつ伏せから仰向けに姿勢を変えるだけでも時間がかかる。ごろんと根の上に横たわった友奈は空を見上げた。
携帯は側にあるが、手が届かない。
「…………」
……何もできない人間になってしまった。今後の未来を捧げてしまった。
「はは、は……」
ガサガサした笑いが溢れる。
死へのカウントダウンを刻む針の音が聞こえる。そのスピードは次第に早くなり、友奈に焦りを与える。
……生きなければ。でも、こんな惨めな姿でどうやって生きていけばいいのかわからない。皆を守るためにここまで頑張った。そのことに後悔なんてない。寧ろ誇らしいとさえ思っている。
だがそれでも五体満足で生きている人を見ると、コンプレックスに悩まされてしまうだろう。それだけが心残りだ。
針が進む。
まだ、友奈は皆を守ったとは言えない。
東郷をまだ止められていない。想いをまだぶつけていない。壁から侵入する敵をすべて倒していない。
風の絶叫が耳に届いた。
ふと聞こえた方向に首を向けると、新たなバーテックスが破壊の一撃を放つ瞬間だった。
止めなければ。
左腕を伸ばし、携帯に手を伸ばす。
しかし届かない。
根に爪を食い込ませて身体を動かす。そしてもう一度伸ばすがまだ届かない。
焦る。
「私、が……!」
早くしなければ。今勇者にならなければならないのだ。死に物狂いでひたすら身体を動かす。爪が割れ、肉に食い込んでも友奈は止まらなかった。
ここで倒れている場合ではない。たとえ身体の自由が奪われても、それでも友奈にはするべきことがある!
もう一度立ち上がれないのならば――
――
針が。針が。針が。針が。針が。針が――。
……進んだ。
後戻りできない、致命的な負荷を受容する。
亀裂の入った虚ろな生……その熱が急速に低下し始める。肉体と精神がずれ、ゆっくりと乖離する奇妙な感覚に襲われる。
それでも、喉の奥から力を絞り出して咆哮する。
皮膚の剥げた指を何度も擦りながらついに携帯を手に取る。素早く勇者アプリを起動して変身ボタンをタップした。
どこからともなく桜の枝木が友奈の右脚と右腕に巻き付く。そしてさらに新たに不自由になった左脚にも巻き付いた。
高く飛び上がり、火球の前に躍り出た友奈は叫ぶ。
「勇者――パーンチ!!」
放った拳撃は火球の中央をしっかりと捉えて相殺した。
激しい爆発を背景に友奈は風の前に着地する。
ギチギチと枝木がしなり、友奈の手足をきつく締め上げる。
「……まだ、私は倒れるわけにはいかない。まだ私にはやることがある!」
前を見据える。
「行くよ、東郷さん!」
東郷は友奈を静かに見下ろす。様々な感情が入り混じった表情で砲門をこちらに向ける。その背後のバーテックスが雑魚敵を生み出して友奈に襲いかかってきた。
友奈は地面を蹴り上げて突撃を躱してバーテックスに接近する。
「来ないで!」
東郷が友奈を撃墜せんと次々に砲が火を噴く。
同時に独立型攻撃ドローンも展開させて光線の雨を降らせる。
ただの一撃も直撃を受けてはいけない! これ以上のバーテックスの攻撃を防がなければならない!
雑魚敵を足場にしてギリギリの回避を繰り返しながらじわじわと距離を詰める。
後ろ髪を光線が掠める。
それがどうした。
枝木の端が僅かに焦げる。
それがどうした!
頬を掠めた。
それが……どうした!!
確実に想いをぶつけろ! そして確実に想いを受け取る! それが今、友奈と東郷の間に必要なコミュニケーションだ!
「満開!」
思考にノイズが走る。
一瞬だけ彩度が失せ、モノクロの世界が見えた。結城友奈を構成する全てに亀裂が走り、小さな欠片が散る。
「ハ――ぐ――ッ!」
神樹様の恩恵を受け、今一度神の力を身に宿す。
肉体的なものではなく精神的なダメージに嗚咽を零しつつも友奈は突き進んだ。あらゆる障害を文字通り殴り飛ばし、バーテックスの特徴的な球部分を全力で殴りつける。
鈍い打撃音が響き、爆散する。その中から現れた四角錐の御霊も破壊しようと進もうとした時、東郷の射撃によって阻害される。
「止めないで友奈ちゃん。もう終わりにしよう……楽になろう……」
「東郷さん、何も知らずに暮らしている人もいるんだよ? 私達が諦めたらだめだよ! だってそれが――」
「勇者だっていうの⁉」
「そうだよ!!」
「――――――」
迷いの無い即答に東郷は肩を小刻みに震わせながら押し黙る。
友奈の脳裏にあの人の背中の寂しそうな背中が浮かび上がった。一般人ながらすべてを救おうと頑張った男性。外見より歳をとっているように感じるほど疲労を溜めた男性。
でも結局すべてを救うことは不可能で、切り捨てるという選択をとった悲しい人。
……だが、友奈は違う。友奈は絶対にそんなことを許容しない。勇者部の勇者として、それを為すための力があるのだ。
だからこそ、友奈は自信を持って言える。
「他の人なんて関係ない! 一番身近な人を守れないのなら、勇者になる意味なんてない!」
「ある! あるったらある! 私が! 東郷さんを守るから!」
「そんな出鱈目、信じられないよ! あのまま病院で寝ていれば良かったのに。そうすれば穏やかに終われたのよ」
全砲門からの一斉射。
咄嗟に腕をクロスさせて防御態勢を取る。圧倒的な熱量に力負けして地面に叩き落とされる。
剥き出しの御霊に敵が急速に集まり始め、修復を開始する。それは赤く輝き、地獄の炎を想起させる。
「なら信じさせるだけ!」
「そんなこと言ったって、最後には大切な気持ちや記憶を忘れてしまうんだよ⁉ そんなの大丈夫なわけないよッ!!」
東郷の虚しい慟哭が樹海に木霊する。
……恐れているのだ。戦いはいつまでも続き、仲間がひとり、またひとりと人間性を喪失してしまうことを。
左手の拳を力強く握りしめる。
苦悩はわかる。嘆きもわかる。
それでも、
「忘れない! だからこそ、私の想いを受け取って!!」
「……だからそれが、消えてしまうのよ!! 今流している涙の意味だってもうわからない!!」
しゃくり上げながら東郷が吠えた。
同時に乱射を始め、辺り一面を燃え上がらせる。
東郷の過去にどんなことがあったのか知らない。どんな経験がそこまで駆り立てているのか知らない。でも、その悲しみの連鎖を今ここで断ち切らなければならない。
「嫌だよ! 怖いよ! きっと友奈ちゃんも皆も忘れてしまう!」
力を振り絞れ。
身体の感覚が遠のく。既に左腕以外のものは死んでいるから限られているが、それらとはまた違った、間接的に自分を操作しているような奇妙さだ。
枝木が友奈の意思を汲み取り、地面を蹴り上げた。そして無防備を晒す東郷へと一気に肉迫する。
砲台を鷲掴みにして攻撃を食い止める。
すぐ目の前の東郷が鋭く息を呑んだ。
追加装備とのリンクを解除して戦艦に乗り込む。狙いは真っ直ぐ。船上を駆け、拳を振りかざす。
「受け取れ!!」
それは頬を確実に捉え、重い打撃音が響いた。
東郷は泣きじゃくりながらその場に膝をついた。だがまだ終わっていない。友奈は肩を掴み、ゆっくりと立ち上がらせた。
「……私の想いはぶつけたよ。今度は東郷さんの番だよ」
「………………」
互いに無言で見つめ合う。そして何秒か経ったかわからなくなった頃、ようやく決意を固めた東郷が友奈の顔面に拳を殴りつけた。
手加減なしの本気の一撃。たたらを踏んで後ずさるが、それでも友奈はしっかりと二本の脚で立ち続けた。
「東郷美森の想いは、こんなに弱いものなのか⁉」
「……………………ッ!」
この程度の一撃など、全く心に響かない!!
初めに言った。これは喧嘩だと。だからどちらかが負けを認めるまで続けなければならないのだ。
目を真っ赤に腫らしながら東郷は追加の二撃目を放つ。
それでも友奈は倒れない。
三撃。
それでも倒れない。
四撃。
それでも倒れない。
五撃。
それでも倒れない。それどころか殴る力が弱まっている。最後の六撃目は優しく接触する程度のものだった。
そのままずるずると力なく再び東郷は友奈の前に崩れ落ち、顔を俯かせて泣いた。
友奈は片膝を突き、東郷の細い身体を放さんばかりに抱き締めた。
「東郷さんの想い、ちゃんと伝わったよ。ありがとう。それでも私はわかってあげない。そのためにも、絶対に忘れないって約束する」
「本当……?」
「うん。絶対に。何があっても忘れない。だから東郷さんも私のこと、絶対に忘れないでね」
そう友奈は耳元で囁いた。
「うん……! もう、私をひとりにしないで……!」
息が詰まるほど強く熱い抱擁を返される。
きちんと想いを伝え合った。だからわかりあえた。この地獄のような世界でも、身近な人と間違いなく互いを忘れないというだけで、側にいてくれるというだけで十分なのだ。
――ぶわりと吹いた熱風がふたりを一気に現実へと引き戻す。
修復中だったバーテックスがついに復活したのだ。しかしその姿は先程と同じものではなく、友奈が退けた火球よりも少なくとも十倍以上巨大なものへと変化していた。御霊を核として生成された、絶対破壊の権化。
それが、ついに解き放たれる。
「あいつを止めるよ、東郷さん!」
急いで装備とのリンクを復活させて戦艦と並んで樹海を飛翔する。
その大きさは壮観で、とてもふたりだけでは止められそうにはない。だとしても必ず止めなければならない。
「止まれええええぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
手をかざし、火球を受け止める。しかし勢いが全く衰える様子はなく、どこまでも押され続ける。
熱に晒され、枝木が燃え尽きる。まだ神経の通っている左腕だけで奮闘するがまるで意味がない。
力の入れ過ぎで脳が圧懐しそうだ。本能的危険信号のない友奈に無意識のストッパーは働かず、どんどん出力が上昇する。
……そしてついに。
切れてはならない決定的ななにかが灼け尽きた。
唐突に電源の切れた機械のように満開が解除され、鼻血を流しながら落下を始める。
「友奈ちゃん⁉」
東郷の叫びも聞こえない。
友奈はどこまでも……どこまでも落ちていった。
◆
プールの後の国語の授業のような感じだ。
つまり、眠い。ふと気を抜けばすぐさま意識を刈り取られるような。
友奈は重い瞼を上げて辺りを見回した。
「ここ……どこ?」
色とりどりの超巨大な根が張り巡らされた空間。
こんな場所は知らない。そもそも直前まで何をしていた?
……頭が痛い。
そして気づく。左脚が動かない。
右半身はこの間の事故で麻痺した。もしかして変な姿勢で寝ていたから痺れているだけか? そう思ったが痺れている感覚もないし、寧ろ感覚そのものがない。
さらに視界がなれたからわかったが、左目も見えない。
「どういう、こと……?」
おかしい。何か、おかしなことが起こっている。
どうして、すぐ近くに太陽のようなものがあるのだろう。それはじりじりと移動していて、ずっと向こうに霞がかっている巨大な樹を目指しているようにも見える。
「東郷さーん? 皆? どこ?」
こんな変なところからはやく帰りたい。
この前食べた東郷のぼた餅が美味しかったから近々またご馳走してもらう約束があったことを思い出す。知らぬ間に流していた鼻血を傷だらけの左手で拭き、なんとか上半身を起き上がらせる。
……友奈は知らない。
これこそが散華であることを。
リビドーを失った。
左目を失った。
左脚を失った。
そして四回目の散華。その内容は。
勇者として戦ってきた日々の記憶だ。
突然、友奈は力無くトサッ、と倒れ込んだ。
その理由がわからず友奈はきょとんと首を傾げる。
何度も立ち上がった。皆の為に勇者であろうとし、結城友奈は勇者となった。しかしそれは諸刃の剣でしかなく、文字通り友奈自身の命を燃料として燃やすことで活動できていた。生を実感しようと足掻く行為こそ、惰性の生を享受することと同義だというのに。だから既にリビドーを散華した時には、どう抵抗したところですでに結城友奈は終わっていたのだ。
つまりはもうタイムリミットであるということ。無理をせずに穏やかに過ごしていればここまで寿命を早めることは無かったというのに。
自分の身に何が起こっているのかわからないまま友奈は死ぬ。
疑問が絶えない。間違いなくこの身体が死を迎えようとしているのがわかる。だがその理由がわからない。
声が出せない。指先一つ動かせない。何もできない。
しだいに意識が暗闇に閉ざされる。
知らない場所で、知らない理由で死ぬなんてそんな寂しいことがあるのだろうか……。
無慈悲に刈り取られる生は、萎んだ花のよう……。
今にも友奈の生は燃え尽きそうだった――。
◆
「後輩? 私が?」
「そうですよ。諦めかけてる後輩がいるから激励の言葉をかけようと思ったんですよ!」
夏凜は目の前で先輩と名乗る、間違いなく年下の少女を懐疑的な目で見下ろす。
少女は「うーん」と可愛らしく顎に手を乗せて考える素振りをしたあと、ポン、と手を叩く。
「実はなんて言おうかまだちゃんと考えてなくて。なので今考えました! まる」
そう言うと少女はゆっくりと近づいてきた。
そして目の前に立つと、少しだけ悩むような顔をした後、「ちょっと膝をついてください」と言われた。
どうしてそんなこと……と言いたかったが、なんとも言えぬ雰囲気に知らず知らずに夏凜は従った。
膝をつくと夏凜の頭はちょうど少女の胸の高さになり、嬉しそうに頷くと優しく抱き締められた。
「……今まで、よく頑張ってくれました」
「――――」
「でも、まだやることがある。そうでしょ?」
「無理よ……だってもう、目が見えないし……」
そうだ。盲目になったから夏凜はもう立ち上がれないのだ。
だからこうしてすべてが終わるまでずっと夢を見続けているのだ。
だが少女はそれを許さないようだ。そっと頭の上に手をのせられ、撫でられる。
「……いや、まだ戦えるはずです。本当に戦えなくなるのは、死んだときだけですよ、後輩」
「…………」
「あたしが酷なことを言っているのはわかってます。それでも、立ち上がらないといけないんです」
抱擁から解放され、夏凜は無言で立ち上がった。しかしまだ腑に落ちていない様子だ。
すると少女は目を剥いた。
「あたしの後輩だと言うのならば! 言った言葉に責任を持て!! そして必ず貫け!! それがあたしが教えられる唯一の根性ッ!!」
小さな身体からおよそ発せるとは思えないとてつもない迫力に夏凜はピリピリと身体が震えた。
「……だって、夏凜さんは完成型勇者なんでしょう?」
ぽん、と右手を胸に押し当てられた。
「……そう、ね」
目が見えないのなら音を聞き分けてみせろ。
耳が聞こえないのなら気配を感じ取ってみせろ。
それくらい、完成型勇者ならできて当然ですよね? と言わんばかりの安い煽り文句を言われた気分だ。
しかしそれだけ言われて何も動じないはずがなかった。少女の手を上から重ね、力強く握った。
ついに、夏凜の両眼から熱く透明な雫が溢れた。
「私、もう一度……立ち上がれるのかな」
答えは速やかで不動のものだった。
「もちろんです。皆が夏凜さんを待っていますよ!」
「そっか。ありがとう」
「あー。あともう一つお願いがあるんですけど……」
少し照れ恥ずかしそうに少女は頭をぽりぽりとかく。
「園子と須美……ああ、今は東郷か。ふたりのことをお願いしてもいいですか? あいつら、あたしいないと駄目なんで」
そう言ってへへへ、と笑った。
その二人の名前を、夏凜は知っている。勇者としての訓練を受けていた頃、資料を読んで知った先代勇者の名前だ。
乃木園子と鷲尾須美。そしてもう一人いたという。しかし三人目は御役目の途中に命を落とした。
ああ、そうか。つまり、目の前にいるこの少女は、先代勇者なのか。
こんな小さな身体で、まだ勇者システムも万全じゃない状態で戦い抜いたという歴戦の……。
ふと夏凜は少女を抱き締めていた。
意外なことに驚いたのか、恥ずかしそうにじたばたするもやがて大人しくなった。
「わかった。あんたのお願い、しっかりと受け取ったわ。だから安心しなさい」
「――ああ、良かった。ありがとうございます」
「……じゃあ、行くわ」
夏凜は少女を放した。
すると思い残すことがなくなったのか、しだいに身体が光の残滓へと分解され始める。
「あんた……」
少女は、右手を広げ、胸に押し当てた。
「……大丈夫。あたしがいなくなっても、思い出は、いつもここにある」
夏凜も同じ動作をして言葉を紡いだ。
「ずっと、ずっと、私たちの中に」
そしてにこりと微笑んで、少女は最後の言葉を発した。
「またね!」
そして身体のすべてが分解され、あとには何も残らず、夏凜一人だけが残された。
「……ありがとう、三ノ輪銀」
ぽつりと感謝を口にした。
あんたのおかげでもう一度立ち上れる。
想い。願い。祈り。
確かに受け取った。これらを胸に、もう一度戦場へ舞い戻ろう。
そして皆を。
守ってみせる。
――三好夏凜は夢から醒めた。
何を散華するかは全て私の思うがまま。主人公、ついに死――
それでも戦い続けた。
ならば、破滅は目に見えていた。
次で終わります。
ではまた次回!