結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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のわゆ買おうかな。時間あるし。
前回二万字も超えたのはやりすぎたかも(今回一万字超え)

前回のあらすじ
――####に救いが欲しいですか? 欲しくないですか?


友奈

 あれほど美しい紅葉も目移りし、しだいに肌寒い日が増え始める。乾燥肌に保湿クリームを塗り、厚着をする。外出し、ふと手に吹きかけた息が白くなる。

 ……もう冬だ。

 まだまだ序盤だが、これからはもっと寒くなり、雪も降るようになるだろう。

 学校の用意を済ませ、外に出た東郷は隣接する家を一瞥する。

 

「…………」

 

 そこにあの子はいない。

 今もずっと、病室で寝たきりの生活が続いている。文化祭でやるはずの劇で、勇者役の友奈が抜けたことによる穴は大きかった。だいたい部活動で劇をするときは、風が魔王、友奈が勇者をするのがデフォルトになっていた。

 堂々と人前に立って演技ができるというのもあるが、時々アドリブを入れるのがまた面白く、この配役は不動のものだった。

 だからこそ、今回の劇は非常に厳しかった。代役は夏凛が務めることになった。しかしぎりぎりまで判断を保留したつけがまわり、夏凛には相当無理を強いてしまった。それでもなんとかやりとげてくれたことには感謝しかない。

 

「……学校」

 

 そうだ、学校に行かないと。

 ぼんやりしていた頭を振り、切り替える。いくら友奈のことが気がかりだとしても、そればかりに気を取られて学業を疎かにするわけにはいかない。そんなことは友奈だって望んでいないはずだ。

 独りで学校への道を歩く。

 もし友奈が隣にいてくれたら、と毎回考えてしまう。

 かじかんだ手を暖めようと手を握ってくれそうだ。そしてニカッと白い歯を見せて「これなら寒くないね!」なんて言いそうだ。平行世界、なんてアニメや漫画でよくあるものは信じないが、もし本当にそれが存在しているのならば、友奈が健在な世界だってあるのかもしれない。

 ……認めよう、これは現実逃避だ。

 受け入れてはいる。受け入れてはいるが……どうしても完全に、とはいかない東郷の思いだ。それほど友奈への思い入れは強いものなのだ。

 無言の登校に慣れつつある。だからこそ、『寂しい』という気持ちは強まりばかりだ。

 あの声をもう一度聞きたい。あの笑顔をもう一度見たい。そんな願望が溢れて止まらない。でも不意にそれを口にし始めると、その場に膝を抱えて泣いてしまいそうだ。だがそれをぐっと堪えて今を生きている。きっと友奈は必ず目を覚ますと信じて。

 気が付けば校門前に到着していたようだ。

 俯いていた顔を上げて空を仰ぐ。

 すると、静かな排気音とともに一台の白塗りの車が校門の前に颯爽と現れた。車の知識のない東郷にも、それが高級車であることはすぐにわかった。

 そうこう考えている間に助手席のドアが開き、ひらりとスカートを靡かせてひとりの少女がくるりと器用に一回転しながら飛び降りた。

 ブロンズ色のロングヘアを特徴的な結い方でまとめていて実に可愛らしい。

 

「じゃじゃじゃーん! 乃木さん家の園子だよ〜! ヘーイ、わっしー! 驚いた〜?」

 

 と、元気いっぱいに笑顔を振りまいて東郷に手を振った。

 散華から解放されたのは、なにも東郷たちだけではなかった。ひとりでは何もできないイモムシ生活を余儀なくされていた園子にも身体機能が返還され、完全復活を果たしたのだ。

 

「――――そのっち」

 

 ここは校門前だ。他の学生たちだっている。そんなに派手な登場をした子に名前を呼ばれて恥ずかしいのか、わなわなと肩を震わせ始める。

 とてとてと目の前まで近づいた園子が東郷の周囲をぴょんぴょん跳ね回る。

 

「どうしたのカナ? 私に会えて嬉しいのカナ? わっしーと同じクラスなんだよ〜、えへん!」

 

 煽るような言動についに東郷は我慢の限界を迎えた。

 

「そのっち……!」

 

「わわっ」

 

 園子を両手で捉え、力強く抱きしめた。

 東郷の散華ももちろんなくなっている。つまり両脚だけではなく、小学生の頃に勇者としてお役目に就いていた記憶も蘇っているのだ。

 あの情熱的で、残酷ながらも決して忘れてはいけない大切な思い出。それは中学生となって勇者部で活動していた記憶と同等以上に宝物である。

 二度と忘れない。忘れてたまるものか。

 そう強く願った瞬間、あの時友奈の言っていた約束を真に理解できたような気がした。

 友奈の言っていたことは、まさに『これ』なのだと。ただの我儘の中にある、純粋で不動のもの。

 理論じみた理由なんていらない。そんなものを超越した人の想いこそが何より根幹にあるのだ。

 

 ◆

 

「勇者部入部希望のぉ〜、乃木園子だぜー! 二年前大橋の方で勇者やってたんだぜ!」

 

 勇者部の部室に突入するや否や、大声量で園子が拳を突き上げた。猫の枕らしきものがリュックに入りきらず、頭と尻尾がはみ出ている。

 いつも通りにぼしを頬張っていた夏凛が突然の来訪者、しかも先代勇者の登場に思わずぽろりと手からにぼしを落とした。

 

「乃木園子……⁉」

 

 園子は礼儀正しくお辞儀をし、「よろしくお願いしまーす」と付け加えた。するとちょうど角度的によく見えるようになった猫枕がこれ見よがしに自己を主張する。

 

「えへへ、またわっしーとお勉強ができるなんて嬉しいなぁ。居眠りしそうになったら注意してね!」

 

「常日頃から授業中は居眠りしないようにするのよ。でないとその枕は取り上げるわよ?」

 

 人差し指を立てて東郷は釘を指す。その効果は抜群で、園子は目に見えて態度を豹変させた。

 

「そ、それだけはどうかご勘弁を……! サンチョがいないと私、安心して寝れな……ハッ!」

 

「寝る気満々じゃない……」

 

「時すでにお寿司、おっと……遅しであったか……」

 

 口は災のもととはまさにこのこと。ぺろりと可愛らしく舌を出して誤魔化そうとした園子に、タロットカードで遊んでいた樹が小さく吹き出した。

 どうやらふたりの会話が面白かったようだ。古くからの親友だからこそのふわふわした言葉のキャッチボールにハマった。

 

「あははは。乃木さんと東郷先輩はとても仲がいいんですね」

 

「園子でいいよいっつん〜。私とわっしーは運命の糸で結ばれてるんよ〜」

 

「い、いっつん?」

 

 なかなか奇妙な呼び方をされてオウム返しをする。つい手元が狂い、シャッフルしていたカードを机の上にばら撒いてしまう。

 

「うんうん。あ、ちなみにふーみん先輩に、にぼっしーだからね!」

 

 ひとりずつ独特なあだ名を速攻で決めてしまった。だが夏凛はどうやら納得がいかないようだ。

「ちょ、ちょっと!」と園子のペースに会話が進むのを遮った。

 

「なんて私がにぼっしーなのよ⁉」

 

 すると園子はにんまりと口角を上げた。

 

「にぼしを食べながら言われても……ねぇ?」

 

 指摘されて、気づく。片手ににぼしの大袋。園子が部室に入ってきた時からずっと呼吸をするかのように摂取していたのだ。そこまでして言い逃れはできまい。

 

「そうよ夏凛。あんたのアイデンティティはにぼしとサプリなんだからそこを強く推さないでどうするの」

 

 追撃を風が加える。

 

「推さないわよ!」

 

「え〜? ホントでござるか〜?」

 

 にやにやと気持ち悪い顔を近づけてくる風に女子力のなんたるやを説こうかと本気で考えたが、そうすると風が泣いてしまいそうな気がしたから止めておいた。

 樹がタロットカードで園子がやって来たことによる勇者部を占う。

 丁寧に混ぜて選びだしたカードには司祭長を象った絵が描かれていた。すると興味の湧いた園子がスッとカードを覗き込む。

 

「それなになに?」

 

「タロットカードです。今ちょっと占ってみたんです」

 

「ふむふむ。じゃあこの神官さんみたいな人はどういう意味なの?」

 

「意味は人生の転換、ですね」

 

 他にも意味はたくさんあるが、主に用いられるのはこれらだ。園子はその結果にとても気に入ったようで、興奮して声を荒げた。

 

「おー! 私が来たことで皆の人生を変えるんよ〜! よぉーし、くらえにぼっしー! にぼしが食べられなくなるビーム!!」

 

 ウ○ト○マンの腕をクロスさせて放つ必殺技を真似して「ビビビビー!」とセルフ音声をつけて夏凛に襲いかかる。

 

「ちょ⁉ くらってたまるか!!」

 

 本当にそんなもので変わるわけがないのににぼしが関わると本気になるのが夏凛だ。狭い部室の中だろうとビームから逃れようと動き回る。さすがとしか言いようがない。にぼっしーの名は間違いなく相応しい。

 

「……異端の意味もあるんだけどね」

 

 逆位置の意味。

 樹のポツリと呟いた声はふたりの騒々しさに掻き消された。やがて風の一喝でふたりの追いかけっこは強制終了させられる。

 園子の精神年齢は樹より低そうだ。だがしかし、同時に夏凛もそれと同等のレベルであることが判明してしまった。

 

「ところでふーみん先輩。今日は勇者部なにをするんですか?」

 

 今日は勇者部がすることはもう特にない。したといえば学校掲示板のネタを考える程度だ。というのも、前から依頼を受けることを減らしているのだ。それは勇者部への信頼を下げることに繋がってしまうが、友奈の見舞いに比べたら些細なものだ。

 

「今日はもうないのよ。だからこれから友奈の見舞いに行こうと思ってる。来てもらって早々で悪いけど、どう? 来る?」

 

 つい一昨日は伸びてきた髪を切るのに美容室に連れて行った。昨日はお湯で濡らしたタオルで身体を拭いた。

 ……友奈はもはや、生きる人形だ。

 自分の意志はなく、誰かにすべてをしてもらわなければならない抜け殻。

 いつもいつも、何かきっかけになればと話しかけるが効果はまるでない。

 園子は表情を改めると口を開いた。

 

「うん、行くよ。呼び出したあの日以来だしね」

 

「そのっちが来てくれたらきっと友奈ちゃんも喜ぶわ」

 

「そうだね」

 

 まだ部活の終了時間を迎えていないが、今日はこれで終わりだ。電気を消して、戸締まりをする。最後に風が部室の鍵を閉めた。

 

「それじゃあいきますか!」

 

 学校から病院までは徒歩で行ける距離だ。時間はおよそ十五分ほどで、談笑しているとあっという間に到着してしまった。受付に立つと「ああ、結城さんのですね」と二つ返事でスムーズに面会手続きをしてくれる。

 エントランスの端の方のベンチに腰掛けて手続きが終わるまで待つ。端を選んだのはヒーターがすぐ近くにあるからだとか、ここぞとばかりに女子力を全開にした風が主張する。

 数分もしないうちに許可が降り、五人は病室へと向かった。

 ドアを開けると、やや肌寒い風が出迎えた。暖房は控えめで、友奈のベッドを取り囲むように立った。

 ……友奈はぼんやりと天井を見上げていた。

 

「はいこれ、椅子ね」

 

 風が手際よく全員に椅子をまわし、腰を下ろす。

 東郷は微笑を浮かべた。

 

「こんにちは友奈ちゃん」

 

 手を伸ばして張りのない頬を優しく擦る。やはりいつも通り生気を感じさせない冷たさで、ふと負の感情を抱きそうになり、すぐさま手を離す。

 

「今日は起きてるから、たくさん話しかけられるわね。友奈を知ってる人が増えたことだし、こうして私達が側にいてあげるだけでも何かしら刺激になってくれると嬉しいんだけど……」

 

 台の上に積み上げられた押し花の山を一瞥した風が、母性を感じさせる穏やかな口調でそう言った。

 

「なってるわよ。絶対に。この完成型勇者が言うんだから間違いなしよ。……あと、友奈が目を覚ますようにサプリを流動食に入れたいって申請したのにまだ許可下りないんだけどなんでかしら。もう一回訊いてみようかしら」

 

「どんなサプリですかそれ……」

 

 樹の冷静なツッコミが入る。

 前半はとてもいいことを言っていたのに後半は馬鹿丸出しになっている。思わず感激した風だが、光の速さで掌返しをした。

 

「もちろん友奈を起こすサプリよ」

 

 素人の食事提案なんて脊髄反射で却下されるのがオチだろう。しかし面と向かって否定しなかったのは、おそらくその時の夏凛の真剣な想いを簡単に突っぱねるのに罪悪感を覚えたからかもしれない。

 

「友奈ちゃんは……そうだね、ゆーゆって呼ぼうか。久しぶりだね」

 

「友奈ちゃん。この子がそのっちよ。大橋で会った子。覚えてる?」

 

 視線は一貫して上を向いたままだ。園子の言葉にも特に反応を示すことはなかった。

 しかし園子は諦めなかった。

 ポケットに手を突っ込み、古びたミサンガを出した。元は黄色だったのだろうか、今は色褪せ、やや黒ずんでいる。

 それを友奈の手首にそっと結んだ。

 

「これは私のご先祖様……初代勇者様が晩年に作ったとされるものだよ。たっくさんのご利益があるはずだから、それがゆーゆにもありますように」

 

 そう言って友奈の手を包み込み、強い願いを込めた。

 その行為にたとえ意味がないとしても、どれだけ人を想うかは当人の勝手だ。

 何度でも立ち上がった不屈の心。今は凍りつき、絶対零度の冷気を放っているが、いつの日か、太陽のように明るい輝きを放ちますように。

 

「――そのっちは……その、何か知らない? 友奈ちゃんについて」

 

 東郷の唐突な核心をつく質問に、三人は僅かに身を強張らせた。

 園子は大赦の中でも絶大な権力を持つ家系だ。さらに元勇者という肩書きもある。ならば上の方で秘匿されている情報も何か知っているのではという探りだ。

 少しだけ難しそうな顔をし、その次に目を細め、口を開いた。

 

「そうだね……三つ、わかっていることがあるよ」

 

「三つも……。それってなんなの、乃木」

 

 驚きとともに風は続きを求める。

 

「これは知ってるかもだけど、ふーみん先輩たちのこれまでの戦闘はデータとして端末に記録されているの。今後の勇者システムの改良及び将来の勇者のために」

 

「まあそれはわかるわ。で?」

 

「もちろん前回の戦闘もデータを取っていたんだけど…………ないの」

 

「ないって、何が?」

 

「ゆーゆのが、途中から」

 

「は?」

 

 それの意味しているところがわからず、風は呆けた。

 

「ないって、どういうことですか?」

 

「例えばいっつんが勇者になってどんな活動をするとしても、戦闘データではなくてもログとして残る。じゃあ普段通り生活するとして、それはログに残る?」

 

 数秒かけて例え話を樹が理解した瞬間、目を見開き、鋭く息を呑んだ。

 

「つまり……友奈さんはどこかのタイミングで勇者として戦っていなかった、ということですか?」

 

「その通り。三度目の満開の後、データがないの。ロストとかじゃなくて、そもそも存在しない」

 

「で、でも! 友奈さんは最後、バーテックスを倒してくれました!」

 

「それはわかってる。でも皆はゆーゆがどうやって倒したのか、見た? 報告によるとすっごく大きい火球を食い止めるので精一杯だったとあるけど」

 

 あの時、視界いっぱいに広がるのは赤だった。

 角度的にとても友奈の姿を視界に捉えることは難しかった。

 

「見て……ないです。でも、友奈さんの声ははっきり聞こえました」

 

「オーケー。今のが一つ目だよ。じゃあ次、にぼっしー。バーテックスって生身の人間に倒せる?」

 

 話を振られた夏凛は即座に答えた。

 

「無理ね」

 

「うん。勇者じゃないとバーテックスは倒せない。さらに言うと、満開状態じゃないととても戦えなかったんだよね? さらに直前まで満開していた。じゃあつまり、ゆーゆは散華が原因で勇者システムを使うことができず、それでも神樹様のエネルギーを借りずに自分の力だけで再び変身、満開したことになる。これが二つ目」

 

「そんなことって……できるの?」

 

「できないよ」

 

 園子は冷徹に返した。

 一段と細くなった友奈の手首を見る。

 

「でも、ゆーゆはやってみせた。それはきっと、神樹様に依存しない、人間の新たな可能性の断片なのかもしれないね」

 

 人は神樹様の恩恵に大きく依存している。

 勇者システムなんてその象徴だ。だがそういった既存のシステムを否定し、人が自ら新たなルールを敷く。これを言うなれば、神樹様からの親離れだろうか。

 東郷と一緒に空を駆け、攻撃を受け止める中で脱落した友奈は本来、そこで『終わり』だったのだ。人の許容できる負荷を遥かに超え、すでに下ろされた撃鉄。不可避のタイムリミット。自滅。

 砂時計そのものが破裂してしまった。

 だがそれでも立ち上がり、最後バーテックスを倒した。

 

「三つ目は……何? そのっち」

 

「今までのことでなんとなく察しているかもだけど、ゆーゆの今の状態は、散華ではないということ。散華は供物として神樹様に捧げられるものだからね。ゆーゆの場合は捧げる対象がない。というより、散華なんて生易しいものではないと思う」

 

 利用できるリソースで限界までパフォーマンスを向上させようとした結果が、非人道的な悪魔の満開システムだ。要はバランスの均衡を保つのが大赦の開発部の絶対的な前提だ。

 天秤が正に少し傾けば、少し負に傾ければ良い。正に大きく傾けば、大きく負に傾ければ良い。こうしてバランスが保たれる。

 しかし友奈はその天秤の考慮を無視して極限まで正に傾かせた。ならばその反動として極限まで負に傾いたに過ぎない。

 そして不可避の代償として友奈は植物人間になった。

 沈黙のあと、風が重々しい口を開く。

 

「……治るの?」

 

 園子は首を横に振った。

 

「わからない。そもそもこんなことは絶対にありえないから、誰にもどうなるかわからない」

 

「そっか。なら大丈夫ね」

 

「え?」

 

 ぴくりと肩を震わせ、驚愕とともに風を見た。園子の一連の説明は正直、皆が抱いていた淡い希望を完膚なきまでに叩き潰すような衝撃的な内容だったはずだ。

 しかしなぜか風は笑ってみせたのだ。その意味がまるで理解できず、園子は疑問を隠せなかった。

 

「誰にもわからないんでしょ? じゃあ希望はあるってことじゃない。なら私たちはいつも通りこうして友奈に語りかけて、信じるだけよ」

 

「――――」

 

 それは、逞しい言葉だった。

 胸の奥が熱くなる。犬吠埼風という人間は、このような人間だったろうか。満開システムのことを知り、我を忘れて暴れまわった過去があるというのにまるで別人だ。

 三人を見ると、言うまでもないといった様子で頷いている。

 園子は先程までの暗い態度だった己を恥じた。

 

「ふーみん先輩って、『強い』ですね」

 

「ええそうよ、私は強い。でも皆も強い。そこんとこ、覚えておいてね」

 

「はい、ふーみん先輩」

 

 私がいない間、こんなに頼もしい仲間がいてくれたんだね、と園子は安堵とともに東郷を見る。視線に気づいた東郷に「どうしたの?」と訊かれるが、「ううん、なんでもないよ」と答える。

 ミサンガをつけた手首をもう一度手に取り、自分の額に押し当てる。

 この柔らかい手がこれまで敵を悉く殴り、打ち負かしてきたのだ。たったひとり、剣や銃といった武器ではなく己の拳を武器としてこれまで戦い抜いた。それに最大級の敬意を込めた。

 

 ◆

 

 面会時間は何も長時間できるわけではない。

 病院側の定刻毎の友奈の看病があるからその時間には退室させられてしまった。

 どうしても名残惜しい。もっと一緒にいたいと言う気持ちが止まらないが、その道のプロである人達の言葉には従うしかない。

 冬の午後は日が落ちるのが早く、すでに薄っすらと夜の帳が下り始めていた。寒さも際立ち、信号待ちしていた樹が小さくくしゃみをする。

 

「……くしゅん」

 

 すると恐るべき反応速度で風が樹を抱き寄せた。

 

「寒いのね樹ぃ! 大丈夫! お姉ちゃんが暖めてあげるからねえぇぇ!! 今日の夕食は温かいうどんにするわ!!」

 

「お姉ちゃん、ここ外だよ。恥ずかしいよ……」

 

「はあ……姉バカね」

 

 夏凛がやれやれと肩を上げて嘆息する。

 信号が青になり、横断歩道を渡る。その先は三つの分かれ道で、それぞれ犬吠埼姉妹、夏凛、そして東郷と園子に別れる。

 

「あれ? 東郷の家はそっちじゃないでしょ」

 

 いち早く気づいた夏凛が疑問を口にする。園子は苦笑いした。

 

「わっしーと色々お話したいんよ〜。長いブランクがあるからね〜」

 

「ああそうなの。あんまり遅くなりすぎないようにしなさいよ」

 

「にぼっしーりょーかーい!」

 

「にぼっしー言うな!」と赤面するのを見て楽しそうに声を上げて笑う。この瞬間、園子の中で夏凛はからかいキャラとしての地位が確実なものとなった。

 三人と別れを済ませた後、特に目的地もなく東郷と園子は歩き始めた。

 商店街を抜けて、偶然見つけた名前も知らない公園に足を踏み入れる。そして適当なベンチに腰掛けた。

 

「二年、かあ……」

 

 ぽつりと園子が呟いた。

 振り返ればあっという間だが、過ぎゆく間は苦痛だった。元々ぼんやりするのが好きだから大丈夫だったものの、もしこれが園子ではない誰かが同じ目にあったらどうなっていただろうか。

 自分では文字通り何もできない状態が長期間に渡って続く苦悩。時間に捨てられたような、周りだけが進む世界。知らないうちに身体が成長し、嫌というほど時間を意識させられる。

 

「わっしーは、いい仲間を見つけられたんだね」

 

 そう言って柔らかい笑みを浮かべた。

 東郷は園子の手に指を絡ませる。

 

「ええ。とっても大切な仲間たちよ」

 

「そっか……良かったぁ。その言葉だけで、私はもう十分だよ」

 

 小学生の頃に三人で勇者をやっていた記憶は完全に取り戻している。あの時の絆は決して引き裂かれないものだった。そして今の仲間たちもそれは同じだ。

 だが園子には前者の絆しかない。だから、失った時をゆっくりでもいいから取り戻してほしい。それと、皆の良さを知ってもらいたい。逆に皆にも園子の良さを知ってほしい。

 だって、本当は園子も最初から東郷と一緒に勇者部に入るはずだったのだ。散華さえなければ。

 

「本当はね、羨ましかったんだ。わっしーが勇者部で楽しそうにしてるのが」

 

 告白する。

 絡ませた指に力が入る。突然の行為に胸が高鳴り、東郷は頭を横に向けた。

 

「私は蚊帳の外、大赦越しにしかわっしーたちのこと知ることができなかったからね。もし私が勇者部にいたらどんな面白いことが起こるかなーって想像することもよくあったよ」

 

「そのっち……」

 

「ごめんね、責めてるわけじゃないの。ただやっぱり、そんな子供っぽい願望は少なからずあった。でも大丈夫。私が入部したからにはもう安心安全! 毎日がエブリデイな、ワクワクドキドキ盛りだくさんにするんだから〜!」

 

 目を輝かせて貪欲な野望を語るそのっちは、以前から何も変わっていなかった。腕を突き上げてやる気満々だ。振り回される部員たちには先に謝っておかないといけないかも、と東郷は心の中で思った。

 もうあと数分で夕日は完全に沈み、夜になるだろう。静まり返った公園で、錆びついたブランコがそよ風に揺られて鈍い金属音を鳴らす。夏凛の忠告を思い出し、そろそろ帰ろうか、と口を開きかけたその時。

 

「それと……また近いうちにミノさんに挨拶しに行こう。焼きそばを作って、また三人で食べようね」

 

 園子が囁き声でそう言った。

 

「……そうね」

 

 こうしてふたりは再会したのだ。しかしまだ最後の一人と会えていない。ずっとあそこで待ってくれている。だから迎えに行って、「ただいま」と伝えることでようやく全員が揃ったことになるのだ。

 今はもうこの世にはいない……超巻き込まれ体質のボーイッシュな少女を想い、遠くを眺める。

 

「……帰ろっか」

 

「うん」

 

 頷いた東郷は指を絡ませたままベンチから立ち上がった。

 来た道を戻ろうと視線を上げる。それと同時に、視界に入り込んだひとりの少女に目が釘付けになった。

 

「――――――ぁ、ああ」

 

 その少女は洋服メーカーのロゴがプリントされた買い物袋を下げ、歩行者用道路を歩いている。

 赤みがかった桜色の髪。特徴的な髪飾り。横顔。雰囲気。

 ――間違いない。

 無意識に体が震え、ぶわりと勢いよく汗が発生する。心臓が早鐘のように打つ。呼吸が浅くなり、それ以外のことが考えられなくなる。

 この耳朶に響く鼓動は、一刻も早くそうである(・・・・・)ことを確定させなければならない。そんな使命感に襲われた。

 そんな焦りもあってか、いつの間にか東郷は駆け出していた。

 

「わっしー!」

 

 園子の声でも東郷は止まらなかった。

 行ってしまわないうちに早く呼び止めなければ。

 

「――友奈ちゃん!!」

 

 全力でその名を呼ぶ。

 すると友奈がこちらに気づいて足を止め、首を振った。

 

「へっ?」

 

「友奈ちゃん――!!」

 

 勢いはそのままで、友奈をこれでもかと力強く抱き締めた。甘い芳香のような花の香り。東郷は熱い感情を抑えきれずに雫を流しながら胸に顔をうずめた。食いしばった歯の間から嗚咽を漏らす。それは友奈の服を否応なく濡らした。

 

「よかった……! やっと……やっと目が覚めたのね……っ!」

 

 しかし、友奈の様子はなんだか奇妙だった。釈然としないような、いまいち東郷の言っていることが理解できていないようだ。

 何も反応してもらえないことを不思議に思った東郷は顔を上げた。

 そして友奈から放たれた一言は、東郷の喜びを一瞬にして吹き飛ばすものだった。

 

「えっと……どちら様です、か?」

 

 やや他人行儀な態度で友奈はそんなことを言った。

 

「――――――――は?」

 

 石化の魔法でもかけられたかのように東郷の動きが止まった。

 友奈は気難しそうに東郷を引き離そうとする。

 

「わ、私よ……東郷美森よ!」

 

「え? いや、知らないです……」

 

 それでも知らないと言う。もしかして何らかの原因で記憶喪失になってしまっているのか? いやそもそも前提がおかしい。友奈が目覚めているのなら、両親の次に連絡が来るはずだ。

 つまり、友奈は人知れず病院から抜け出したことになる。どうやってそんなことができたかなんてわからないが、とにかくその話は後だ。

 

「思い出して! あなたは結城友奈よ!」

 

 友奈の肩を掴んで揺さぶる。

 しかし嫌がるような素振りを見せるだけで、まるで効果がない。

 

「ユウキ友奈……? 誰ですかそれは?」

 

 やはり記憶喪失であることは確定だ。東郷は速やかに病院に連絡することに決めた。とにかく友奈が目覚めてくれることにまず喜ぶべきだ。もう一度友奈を抱きしめたいという衝動を抑えつつ、電話しようと携帯を手にした東郷を友奈は訝しむような目で見ながら不意に言った。

 

「私、高嶋友奈ですけど……」




それは、ありえない邂逅

それではまた次回!
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