前回のあらすじ
時を超える。
誰がために。何がために。
赤嶺友奈が細分化され、それらが別の時間、別の場所で再構築される。薄く引き伸ばされて、伸び切ったゴムのように一瞬で元の形に戻る。
まず友奈が感じたのは、言葉にできない不快感だった。激しい船酔いに似た感覚。頭がくらくらして視界が定まらない。それに吐きそうだ。
若干えづきつつも額に手を押し当て、視界を確保する。
ここは……どこ?
どこかの……部屋? それも広い。長机が複数並べられていて、いい匂いもする。恐らくここは食堂だ。
いやでもそんな馬鹿な。友奈はさっきまで個室レベルに狭い部屋にいたはずだ。腕時計が光って……それで……。
レンち……そうだ、レンちはどこだ。
「レン、ち……」
「あぁん? レンチ? 何言ってんだお前? なあ杏ぅ、こいつ捕まえた後で医務室に運んだほうがいいんじゃないか? ……ちなみにレンチってなんだったっけ?」
誰かが友奈の声に反応する。垢抜けて飄々とした声。蓮華ではない。
だんだんと視界が明瞭になる。目の前には恐らく小学生であろう小柄な少女がいた。ブラウンヘアで後ろで二つ括りにした、わんぱくさがこれでもかと主張している髪型だ。
机の上に視線を見やると、どうやらうどんを食べていたようだ。どうりで口の端にネギがついているわけだ。
なかなか話そうとしない友奈に痺れを切らした少女がペットのように吠えた。
「おいお前、何モンだっ! いきなりタマの後ろに現れて! 友奈そっくりの見た目でも騙されないぞ! ……ハッ! まさか新種のバーテックスか⁉」
そう言うと野生動物並みの素早さで席から立ち上がって少女は友奈から距離を取った。
どうやら敵意を向けられているようだ。それにこのペッ……少女だけではない。その他にも五人が友奈をジッと見据えていた。
数度瞬きを繰り返し、ぼんやりとしていた視界が完全に正常に戻った。
「……ぁ、え?」
しっかりと認識できるようになった友奈が見たのは、どこかで見たことのある顔ぶれだった。実物……実際に面と向かったことがあるわけではない。
そう……写真だ! 若葉に昔の写真を見せてもらった時に写っていた人たちだ!
友奈は目を見開く。さらに、紫髪の少女を守るように後ろに追いやっている人物に、非常に強い既視感を覚えたのだ。
纏う雰囲気があの人と全くの同一。顔立ちもそっくりで、凛としたカッコよさがある。
そしてその人物の名を、友奈は確かめるように口にした。
「乃木、様……?」
目に見えて驚愕したその人物は、キッ! と友奈を睨みつけた。その眼力たるや凄まじく、冷水を浴びせられたように友奈の背筋はピシリと伸びきる。
「お前は何者だ? ここは関係者以外立入禁止のはずだが? それにその格好……この辺りでは見かけないし、友奈にそっくりなのが何より怪しい。場合によってはこの場で取り押さえさせてもらうことになる。……もう一度問おう。お前は何者だ?」
声が詰まる。
模擬戦でもこれほどの気迫を放つことはなかった。いつでも飛びかかれるように姿勢をじわじわと変えているのがわかる。
この人たちは……間違いなく初代勇者様たちだ。それに巫女もいる。果たしてこれは現実なのか? 自分の頬をつねり、現実であることを確認する。では、これはどういうことだろう。まさかとは思うが、自分は過去の世界にいるということなのか?
「えっと、は、初めまして。鏑矢の赤嶺……友奈です」
やや強張った声で自己紹介をする。
ここで紛らわしいことを言うのは回避しなければならない。
奇妙な腕時計によって過去に飛ばされた……と解釈していいのだろうか。ふと手首を見ると、普通に時間を表示しているだけで今はなりを潜めている。
若葉は小首を傾げた。
「鏑矢……? 聞いたことがないな。それに赤嶺友奈だと? 下が高嶋と同じじゃないか。友奈、知り合いだったりするのか?」
高嶋、と呼ばれた少女がピクリと肩を震わせた。
席から立ち上がり、友奈の真横に立った。身長も全く同じ。真正面から見ると本当に鏡写しのようだ。高嶋は友奈を頭のてっぺんから足の先までじっくり観察した後、可愛らしく手を顎に当てて考える素振りを見せた。
「うーん……初対面だと思うよ。でも世界には全く同じ顔の人が三人いるって言うし、その人がたまたま『友奈』だっただけじゃないかな?」
容姿は全くの瓜二つ。違いがあるとすれば、友奈と比べて肌が白いことだけだ。
「高嶋さん。それは結構天文学的な確率だと思うわ。超激レアイテムのドロップ率より遥かに低い。それにまだこの人が敵かもしれない」
そう言って肯定しようとする高嶋を諭したのは……おそらく郡千景だ。クールでゲーム好きな人だったと若葉から聞いている。
とにかく、誤解を解かないと。
でも。
……ああ、マズい。
まだ酔いが覚めていないようだ。足元がふらつく。それに急に胃から内容物がこみ上がってきた。咄嗟に友奈は近寄ろうとする高嶋に腕を突き出して静止を呼びかけた。
口元を手で抑える。何か虹を吐き出す受け皿がいる。ここで床に虹を広げるのはバッドパーフェクトだ。さらには勇者たちの前。そのような恥は晒せない。
そしてふと目の前のうどんの器に目がつく。
考える暇などなかった。
我慢の限界だった友奈は咄嗟に器を掴むと、そこに虹を吐き出した。
誰より早く反応したのはペット――土居球子だ。
「ギャーーーー!! タマのうどんがああああぁぁぁ!!」
きゃんきゃん泣き喚く球子は魂が抜けたように空を仰いだ。それを受け止めた少女は憐れむような顔をした。
「ああ……たまっち先輩。だから今日の運勢が最悪って出てたんだね……」
この子は伊予島杏という名前のはずだ。
傷ついた球子を宥めるように頭を優しく撫でる。
吐いたからか、少し気分が楽になった。しかし口内に残った酸味が気持ち悪い。一度うがいでもしてスッキリさせたい。それに爆発せんと暴れるこの緊張を収まらせたい。
「す、すみません……お手洗いに行かせてもらってもいいですか……?」
勇者様たちの前でこのような無様を晒すのは恥ずかしいことこの上ないが、この状態で会話などこちらも向こうも望まないだろう。
恐らく勇者たちとのファーストコンタクトのスコアはバッドだろう。
どこの馬の骨とも知らない友奈の呼びかけだ、そうすぐに名乗り出る人などいないと思ったが、すぐさま高嶋と若葉の後ろにいた――上里ひなたが手を上げた。
「私が連れて行ってあげるよ! 放っておけないもん!」
「体調不良なら私が診たほうがいいでしょう」
しかし健気な立候補に目を剥いたのは千景と若葉だった。必死の形相でそれぞれの愛人を抱き寄せて友奈から距離を取らせる。
「駄目よ高嶋さん! 知らない人と一緒なのは危険よ! 私もついていくわ!」
「もし突然襲われたらどうするんだひなた。付き添いとして私も一緒する」
どちらも心からの心配から来ている言葉なのだろうが、これほど警戒されているのかと友奈に突き刺さる。仕方ないことは仕方ないが、あの勇者様たちにそのように思われるのは悲しい。
だが若葉から聞いた通り、本当にこのペアは相思相愛なのだと理解させられた。
上里からもらったお手拭きで口元を拭き、四人に連れられて友奈はお手洗いへと向かう。
トイレは小綺麗にされていて、自動センサーに手を差し出すと水が流れた。ここは七十年以上昔のはずなのに、特にこれといって歴史を感じさせるものは何一つなかった。これが老若葉の言っていた、『人類の進化』を神樹様が恐れた結果なのだろう。
どうやら過去の世界というのは間違いなさそうだ。ちらりと鏡越しに背後の四人を見るが、その姿は間違いなく初代勇者様だ。
頭の中でどうやって自分のことを伝えようか考えながら友奈は口の中をゆすいだ。
「それにしても赤嶺……さん? のそのスーツ、本当に珍しいですね。それはどういったものなのですか?」
不思議そうに尋ねてきたのはひなただ。
ようやく気分がスッキリした友奈は口元を拭って傷ついた自分のスーツを見下ろした。
戦闘後というのもあり、所々切り傷などが目立っている。右肩の装甲はなくなっているし、胸部装甲も一部亀裂が走っている。
すぐにでも大赦に修繕を依頼したいところだが、期待できない。
「これは鏑矢のお役目の時に着る戦装束なんです」
「でも傷だらけですよ?」
「ついさっきまで戦闘があったので……」
戦闘の興奮は今は冷めきっている。普段ならお役目を終えた後は蓮華と手当したり、もしくは疲労が溜まった部分を互いにほぐし合ったりするのだが、それはできそうにない。
「戦闘ですか? それはちなみに……」
「人ですね。私たち鏑矢は人との戦闘がメインなので」
「どう見てもプラ○スーツじゃない」と千景がぽつりと呟く。確かそんなことを静も言っていたような気がする。
お手洗いから出て先程の食堂へ戻り始める。歩く友奈の周囲を完全警戒の形で囲む。息苦しいが仕方のない対応と言えるだろう。
と、ここで高嶋がぴょんと友奈の前に跳ねた。
「質問質問! 赤嶺ちゃんはどうやってここに来たの?」
「えっと……それは……」
腕時計のよくわからない機能が勝手に起動して、気がついたらここにいました、なんて言えばすぐさま危険人物認定されてしまう。もし友奈も蓮華たちといるときに突然知らない人が現れて、このベルトで過去に来ましたなんて言われてもすぐに受け入れるはずがない。
どう答えようか悩んでいると、若葉がパン、と手を叩いた。
「そういうのは後で皆の前で聞こう。赤嶺さんもその方がいいだろう?」
「そ、そうですね、乃木様」
若葉は様付けして呼ぶことに疑問を感じているようだ。少し首を傾げるが、まあすぐにわかるだろうと水に流す。
食堂に戻ってくると、友奈が吐いた器はすでに片付けられていた。まるで連行されるかのように友奈は六人が座る席へと誘導され、空いている席に座らせられた。
「あの……誰が私のを片付けて……」
恐る恐る友奈が尋ねると、ほんわかしていそうな少女が名乗り出た。
「ああ、それは私が片付けておきましたよ」
「そうなんですか。ありがとうございます、伊予島様。すぐに自分でやっておけばよかったのに、わざわざ……」
すると名前を当てられた杏は目を見開いて驚きの声を上げた。
「ええっ! どうして私の名前を知っているんですか⁉」
そういえばそうだった! こちらは自己紹介はしたが、向こうはまだ誰もしていない! なのに名前を呼ばれるなんて恐怖以外の何物でもない。
案の定球子が机を叩き、身を乗り出して友奈を問い詰めた。
「おいお前、やっぱり怪しいぞ! なんで杏のことを知ってるんだよ!」
無意識に口にしたことが災いした。逃げ場があれば今すぐにでもそこに逃げ込みたい衝動を堪えつつ、しかし今ここで球子の睨みから逃げてはいけないという葛藤の間で揺らぐ。
「それは……ですね……ええっと」
……疑いの目が向けられている。
数人は違うよう――恐らく好奇の目――だが、答え方によってはすぐにでも押さえつけられるだろう。冷や汗を感じ、友奈は様子を窺いながら口にした。
「私……実は未来から来たって言ったら……信じます?」
沈黙が食堂を支配した。滑らかな空気が場を吹き飛ばす。球子に至っては不意を突かれたのか、鳩が豆鉄砲を食らった顔になっている。
友奈は口を横一文字に閉じて、早鐘のように脈打つ心臓が口から出てくるのを我慢するのに必死だ。ごくりとつばを飲み込み、これが良い回答だったのかと自問する。
突然現れ、こんな突拍子のないことを言われてはいそうですかと納得するような警戒心皆無の人なんているわけが――。
「そーなんだ!! じゃあ未来人ってことなんだね!! ビックリしたよ!!」
残念ながら、いた。
高嶋は興味津々という目で友奈を見つめ、興奮が抑えられないとばかりに立ち上がった。
「すぐに信じるのはだめよ高嶋さん。嘘かもしれないわ」
「うーん……そうかなー? 私はそうは思わないけど……」
友奈は失礼ではあるが、高嶋の純粋さに呆れ返ってしまった。あまりにも真っ直ぐすぎて、これからが心配になってしまうほどだ。
対してひなたは難しそうな顔をする。
「それは驚きましたねえ……。未来人ですか……では何か私達が信じられるものを教えていただけませんか?」
「わかりました。ではそうですね……まずあなたは上里ひなた様、次に乃木若葉様、伊予島杏様、土居球子様、郡千景様、そして高嶋友奈様。合っていますよね?」
「……本当に驚きました。まだ私達の存在は秘匿されているはずなのに、初対面で言い当てるとは」
なんとか話は良い方向に進んでいるようだ。確かな実感を覚えた友奈は、このまま穏便に皆の警戒を解くべく頭をフル回転させる。
しかしまだ納得していないのは若葉だった。腑に落ちないような表情を浮かべ、怪訝な目で友奈を見据える。
「待てひなた。もしかしたら大社の中のスパイが我々のことを漏らしている……とかあり得るかもしれない」
「いいや、タマはまだ信じないぞ! バーテックスが人に化けてるとしか思えん!」
球子は明らかに友奈を敵対視しているようだ。腕を組み、獣の眼光で友奈を射抜く。
「ご、ごめんなさい赤嶺さん。たまっち先輩、たぶんさっきのを相当気にしているみたいです……」
飼い主のように球子を宥めながら杏は代わって謝った。勇者に謝られるなんて異常事態に友奈は動揺を隠せなかった。
「そ、そんな! 私が吐かなければ良かったんです。なので伊予島様が謝る必要なんてこれっぽっちもありません!」
そうだ。虹を吐くのは避けられなかったとしても、場所を変えることはできた。
出だしとしては悪い意味でほぼ満点。それにその処理までさせてしまうなんて泣き顔に蜂だ。
……後ろめたいことばかりで萎縮してしまう。
「ところで、さっきお前が言っていた鏑矢ってなんだ? そこのところも知りたい」
若葉が質問する。
友奈が若葉のように表立って戦うことは決してない。
勇者は世界を守るためにバーテックスと戦う存在だ。しかしその対極に位置するのが鏑矢だ。人々の脚光を浴び、期待を背負って戦いに赴くのとは異なり、鏑矢は闇の世界で粛々と世界を脅かす人間を始末する。
「鏑矢とは厄を祓うお役目です。平和を脅かす人間を人知れず討つ。要するに……そうですね、忍者のようなものだと思ってください」
「討つって……殺すのか?」
「……敵対勢力は場合によってはそうしますが、目標人物は殺しません。特別な矢で身体を貫き、昏睡状態に陥らせます。そこから助かるかどうかは神樹様しだい、という感じですね」
そう言うと友奈は腰のポーチからあの老爺に使わなかった矢を取り出した。続いて折りたたみ式の、サイズが拳大の弓も。ボタンを押して鉛筆ほどの長さから矢の長さへと伸ばす。弓は数度折り畳まれた状態から、生体ロックを解除すると自動的にボディーを組み立てて弓の形をとった。一般的なものとは違い、やや機械質な造りなのが特徴的だ。矢尻の形は花弁を想起させる。
杏が変形する勢いに驚いて大きく身体を後ろに引く。
机の上に差し出して「矢尻以外はご自由にどうぞ」と言った。しかし知らない人物が持っていた得体の知れないもの。さらにはこれに貫かれたら昏睡状態になるという恐るべき機能付き。容易に手を出すのはやはり気が引けるようだ。先程は素直に友奈の言葉を信じた高嶋でも手を出しあぐねている。
やっぱり駄目だったか。まだ友奈に対する信用はそれほど蓄積されていないようだ。半ば諦めた様子で矢を戻そうとしたその時、誰かのしなやかな細い指が矢を手に取った。
千景だ。
警戒といった感じではなく、むしろ興味津々にべたべたとおもちゃを欲しがる幼稚園児のように観察し始めた。
「お、おい千景。危険だぞ」
若葉の静止も聞かず、遂には弓にも手を出して番える仕草すらしてみせた。その目は『何かカッコイイもの』を見つけた中二病患者のそれだった。
「どうですか? 郡様」
友奈に声をかけられて我に返ったのか、若干頬を染めて一式を机の上に置きなおした。
「こ、これは高嶋さんのために安全を確認していたのよ。別にカッコイイからとかではないから」
とてもわかりやすい説明だ。友奈は笑みを浮かべて高嶋を見ると、どうやら同じことを考えているらしく、笑みを返してくれた。
次に矢に触れたのはひなただ。その中でも特に矢尻を念入りに調べている。巫女だからそういったものには敏感なのかもしれない。ひと通り調べ終えたひなたは疲れた様子で息をついた。今ので巫女としての力を使ったのだろう。
出会ったときからずっと、柔らかそうな印象だったひなたが真剣な眼差しで友奈を見つめた。まるでメデューサに睨みつけられたかのようにその場に固まった。
「――確かに、この矢には神樹様の力が宿されています。これは大社の人間であるという何よりの証拠です。本当に未来人かは置いておくとして、悪い人ではないことは間違いありません」
緊張が解かれた。
忘れていた呼吸がようやく再開した。この極度の緊張は初めて老いた方の若葉と会う時と同じくらいだ。
ありがとうございます、と言おうと口を開くが、それを遮ってひなたは「ですが」と付け加えた。
「未来人だとしたら私たちがこれからどうなるか……拡大解釈するならば、世界の運命を知っているわけですよね?」
当然の問題だった。
この時代はバーテックスによって人類の大半が滅ぼされる寸前の世界だ。そしてそれを知っているのは、この場に友奈だけ。
「…………はい」
「教えていただくことはできますか?」
「…………」
タイムパラドックス。過去の改竄。
創作物でよくある話。
それを言ってしまうとどうなる? 若葉以外がこの戦争が集結したあと、衰弱死するなんて現実を受け入れられるはずがない。それを口にすることで、それぞれのモチベーションなどに大きく影響し、歴史が大きく変わってしまうかもしれない。
時間を跳躍した者として、そういった問題には慎重にならなければならない。
鏑矢としての使命は時代が変わろうが友奈の中で継続している。
それは四国の平和を守ること。これは勇者と鏑矢との間に埋めることのできない大きな差はあれど、志は同じはずだ。
果たしてここで友奈の一存で未来を打ち明け、歴史を打破すべく動くことはいいのだろうか? そんなことをすれば、歴史に消され――。
「……わかりました」
「え?」
思考の沼から呼び戻される。
今の何でひなたは納得したのいうのだろうか。友奈は考えに耽っていただけだというのに。
「大丈夫ですよ。簡単にそんなことは言えませんもんね。それに今、赤嶺さんは本当に悩まれている顔をされていました。それだけでもう、十分ではありませんか?」
「あ」
ハッとして周りを見回すと皆、もう友奈を警戒することはなくなっていた。
高嶋は「ほらね! 赤嶺ちゃんは悪い人なんかじゃなかった!」と元気いっぱいに言った。
「……ありがとうございます、勇者様方」
「様付けとかいらないよ! だって堅苦しいし! 皆のことは普通に下の名前で呼んでよ。その方が仲良くなれるからね!」
『そんな』のそ、まで口から出かかって、それは今放つべき言葉ではないと友奈は舌の上で転がして飲み込んだ。
未来で伝説として語り継がれる勇者であっても、そんな肩書さえなければその辺の一般的な女子中学生と何ら変わらないのだ。友奈はそんな当たり前のことを忘れていた。
ずっと、尊敬というフィルター越しでしかこの人たちを見ていなかった。何の運命かは知らないが、こうして勇者たちと出会えた。話し合って、わかり合えた。そして空想上の人物などではなく、友奈と同じただの人間だということを気付かされた。
だから友奈が言うべき言葉は恐縮ではない。
「……ありがとう、皆」
皆との距離を縮めるには、まずは言葉から。
帰る手段は今のところまだわからないが、それはゆっくり考えよう。腕時計が鍵なのは間違いなく、それがどうすればもう一度起動するかを突き止めなければならない。
赤嶺友奈という異端児の見方をなんとか良い方向に収束したことに安堵してもいいはずなのに、若葉は表情を崩すことなく次の問題を口にした。
「さて、こうして疑いも晴れたことだし、次は赤嶺を大社にどう説明するかだが……」
勇者たちに友奈のことは理解してもらえたが、大赦になるとそう簡単にはいかないだろう。なにせ大人たちの集団だ、頭の硬い人から良からぬことを考える人がいるかもしれない。
時間遡行をしてきたとでも口にすれば瞬く間に保護という建前の監禁直結ルートなんてあり得るかもしれない。
そんな悪い想像を膨らませていると突然、勇者たちのスマホが同時に大音量のアラーム音を発した。
あまりに唐突のことで、友奈を含めて全員が電撃が走ったように身体を強張らせた。
「これはなんの通知?」
友奈がそう疑問を口にすると、全員があり得ないとばかりに視線が友奈に集中した。
空気が針のように鋭く尖った雰囲気に変質したのを肌で感じ取る。
「これは樹海化警報です、赤嶺さん。バーテックスが来るということです。……私たちの初陣です」
ひなたの説明を咀嚼して理解するのに数秒かかった。そしてこの時代の現実を突きつけられる。
……そうか。この時代は戦争をしているのだ。バーテックスがどういったものなのかは老若葉から耳にたこができるほどよく聞かされた。
「そっか……じゃあ皆の出番ってことなんだね?」
「いえ……それが……」
ひなたが言葉を濁す。
何か問題があるのだろうか。もしかして友奈が現れたことで早速歴史に影響が出始めたのだろうか。
「恐らく赤嶺さんも戦うことになると……思います。通常なら樹海化警報が鳴ると、勇者と巫女以外の時間は全て止まるの」
端的に非常な事実を口にしたのは杏だ。苦しそうに眉をひそめながら伸び切ったうどんの器を倒すと、中身が溢れることはなく、完全に同化して転がるだけだ。
「え? じゃあ私も勇者ってこと? でもそんな……私は鏑矢だし、同じ戦装束もない。だから勇者の力なんてとても……」
鏑矢は対人特化で、バーテックスとの戦闘を想定していない。あくまでこのスーツは対人用のもの。いくつも特別機構が備わっているものの、根本的に力は勇者に及ばない。だから戦いとなってもまともなパフォーマンスができるとは思えない。
「せめて祝詞があれば少しは……」
「祝詞、ですか?」
「うん。いつもはシズ先輩……ああ、私たちの巫女なんだけどね。その人が神樹様の力を付与してくれるんだけど……」
祝詞のあるなしではスーツの出力も、友奈自身も戦闘力が大幅に変わる。しかしここには付与する静はいない。
「それならひなたさんにお願いできませんか? 同じ巫女ですし、もしかしたら……」
しかしひなたは難しそうな顔をするばかりだ。
「……とても難しいですねえ。祝詞といって色々なものがありますから。赤嶺さんとの時代とはきっと違いますし、既存のものでは思うような効果を発揮できないかもしれません。もちろん当たりがあるかもしれませんが」
「それでもいいよ。ひなたちゃん、お願いできるかな?」
ひなたは若葉の実質的な育ての親? だ。ならば障害無しに信用することができる。巫女との関係は絶大な信頼関係の元に成り立たなければならない。
それに湧き上がる興奮……闘志は止められそうにない。なにせ勇者たちと一緒に戦うことができるのだ。これ以上の喜びが果たしてあるだろうか?
――いや、ない!!
史実でも初陣で勝利を収めていた。たとえ全く戦闘に加わることがなかったとしても、歴史的瞬間を目の当たりにできるというのは言葉にできないほど貴重な場面だ。
「……わかりました。ですが赤嶺さんはバーテックスとの戦いは知らないようなのでなるべく後方で待機して、若葉ちゃんたちに戦闘は任せるようにしてください。いいですね?」
「了解!」
ふと窓の外を見やると、光の波が地平線の向こうから押し寄せてきている。多色の花びらが舞い、あっという間に丸亀城の外堀まで埋め尽くす。
若葉が立ち上がった。大きく一度だけ深呼吸をし、胸を張り、拳を突き上げて力強く声を張る。
「行くぞ勇者たち! 私たちの初陣、見事勝利を掴み取るぞ!!」
その姿はいっそ惚れ惚れするほど勇ましかった。蓮華と一緒に訓練を見てもらう時、よく喝を入れられたことがあった。その時の雰囲気とよく似ている。
友奈は勇者たちと同じように拳を掲げ、鬨の声を上げた。
手首のミサンガが目に写る。
同時に、光の波に呑まれた。
憧れ。尊敬。伝説。
勇者たちとの共闘は果たして――
本当は戦闘シーンを組み込むつもりはなかったけど、のわゆ買ったからそりゃあね。
のわゆ読むのと挿絵描くから次は遅くなるかもー。ちなみにすでに一枚はできている。
それではまた次回!
【Infomation】
※Emergency!
※Emergency!
※Emergency!
▼赤嶺友奈の明確な介入を観測
▼直ちに対象人物を処分せよ
▼執行者:征矢を派遣……Error!
▼征矢はこの時代に存在しないため、迅速な派遣が不可能
▼強引な派遣は征矢が折れる可能性あり。猶予もなし
▼検討中……検討中……
▼対象人物が神世紀72年に帰還次第処分、もしくは征矢の整備が完了次第派遣、処分
▼終了