結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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のわゆ読んだ感想
我「え……?」

めっちゃカッコよかったから友奈&若葉【切り札ver】を描くと固く誓った。挿絵には使わないけど
今回は戦闘シーンに超気合を入れた。戦闘シーンは文章力の見せ所! はっきりわかんだね!

前回のあらすじ
歴史への干渉


高嶋友奈

 眩い光が爆発する。

 友奈が反射的に腕で顔を覆い、次に見たものは直前までいた丸亀城の食堂ではなかった。

 植物のような根がすべてを覆い尽くし、空は暗く、星はない。地表は仄かに光を放っていた。唯一丸亀城周辺の城下町は根が張られておらず、建造物の肌が剥き出しになっている。

 これが……樹海化。

 友奈は完全にこの異質な光景に圧倒される。

 神樹様がバーテックスが襲来した時、一部だけ壁を消してそこから敢えて侵入させるシステムだと知識にある。これによって戦場をこちら側が指定でき、有利な立ち回りができるのだ。

 これから本当に戦争が始まると思うと、普段の鏑矢としてのお役目に臨む前の緊張などより何倍も大きなものに、押し潰されそうになる。

 

「大丈夫赤嶺ちゃん? 私達が守ってあげるから安心してね!」

 

 そんな友奈の肩をポンと叩き、前に出たのは高嶋だ。

 振り返ると周囲には高嶋以外誰もいない。

 

「みんなの居場所はスマホでわかるよ」

 

 そう言ってスマホで操作をすると、マップが表示された画面を見せてくれた。

 確かに全員の名前が光点として少し離れた位置に点在している。数分で合流できそうだ。

 

「それにしても樹海化ってすごいね。ぜーんぶ樹になっちゃったよ」

 

 まさに異界。バーテックス戦にのみ用意された戦場。

 つい鏑矢としての冷徹な意識に切り替わりそうになったが、既のところで留められた。一度この状態に入るとお役目柄、そう簡単には解けない。

 

「高嶋ちゃんもこれ、初めてなんだよね? 怖くないの?」

 

 初陣のはずなのに物怖じする様子のない高嶋に友奈は訊いた。

 

「そうだね……本当は怖いよ? 怖いけど、誰かがやらなきゃいけない。それがたまたま私だっただけ。でも皆と一緒だから大丈夫!」

 

 両腕を曲げて、元気いっぱいにそう答えた。

 同時に高嶋のスマホが短い通知音を発した。自身有りげな表情が一瞬にして強張り、顔を上げて遠くを見据えた。友奈もその方角へ視線を向ける。

 ……海の向こうから、白い点が宙を漂いながらゆっくりとこっちに接近しているのが見えた。勇者の五感は強化されてはっきり見えるが、友奈にはぼんやりと見えるだけだ。距離は恐らく五キロメートルほど。数は……遠くてわからない。少なくとも一体だけではない。

 

「高嶋さん!」

 

 ここで小走りで合流してきたのは千景と若葉だ。

 ふたりの前にたどり着くと大きく息を吐いた。

 

「ふたりとも! 合流できてよかった! あれ? アンちゃんとタマちゃんは?」

 

「いえ……それがまだみたいなのよ」

 

 千景がスマホで位置を確認すると、どうやら球子と杏が一緒にいるようだ。一応ここに向かっていることも確認できる。

 そしてふたりもバーテックスの姿を肉眼で確認してきゅっ、と唇を結んだ。

 そんな勇者たちの緊張を見て、友奈は何ができることはないかと考えた。恐らく戦力面では全く頼りにならない。かといって戦術面……というほど頭がいいわけではない。できるとしてもそれは対人用に頭に叩き込まれた戦法や知識ばかりだ。

 この初陣の勝敗を予め伝えることはできるが、それが慢心に繋がってしまう可能性がある。若葉は問題ないだろうが、球子が心配だ。

 

「いやー悪い悪い! ちょっと遅れてしまったー!」

 

 ここでバツの悪そうに笑いながら球子が杏を引き連れてきた。すでにどちらも武器を手にしていて、球子は円形の盾の周りに刃が並ぶ旋刃盤、杏はクロスボウを抱えている。

 ようやく全員が揃った。

 若葉は腰に携えていた刀を鞘から抜くと、遠方の敵へと剣先を向けた。

 

「……よし。これで全員揃ったな。赤嶺はひなたの指示通り後方で待機。我々はバーテックスどもを打ち倒す」

 

 すると千景がやや試すような煽り口調で口を開いた。

 

「もちろんあなたがリーダーなのだから先頭に立ってくれるんでしょうね?」

 

 その一言は、高まっていた士気をダウンさせるには十分だった。球子と杏が怪訝そうな顔で若葉の反応を窺う。

 

「もちろんだ。だがチームワークも当然大切だ」

 

 敵はすぐそこまで迫っている。

 若葉はこの時をずっと長い間待ちわびていたのだ。以前……小学生の頃、クラスメイトたちが何もできずにただ喰われてゆく残酷さを目の前にした。己の無力さを嘆いた。

 だが今は違う。力がある。

 バーテックスを屠るための力がある。

 まだ小さかった身体も成長し、単純な膂力もついた。

 

『何事にも報いを』

 

 これが乃木家の生き様。

 今こそ、あの時の報いを受けるときだ。

 

「でも、どうかしら? あなたが思うように全てが上手くいくわけではないのよ?」

 

 千景は若葉のことがとことん気に入らないようだ。少し楽しそうな表情を浮かべると視線を杏へと送った。

 それにつられて全員が杏を向く。

 

「ぁ……う」

 

 ……杏は身体を小刻みに震わせ、自分の肩を抱いてその場にうずくまっていた。視線に気づくと、より一層小さくなった。

 ……怯えているのだ。

 友奈を除くこの場の誰もが杏の成績が悪いことを知っている。実技ではまるで力を発揮できていないのをよく目にしている。体力がない。気合がない。戦うことに恐怖を感じているのだ。だから、もし戦闘で……最悪の場合が起こるとすれば、それはきっと――。

 そんなことは前から皆薄々感じ取っていたはずだ。そして今、現実として戦う時が来て、こうして杏は崩れた。

 

「ふたりが遅れてきたのはこれが原因なのでは? そんなので果たしてチームワークなんて言えるのかしら? あなたにこのチームの――」

 

 痛いところを針でチクチクと嫌らしく突く。

 若葉は……若葉はリーダーとしてここで何か言わなければならない。しかし、そんな都合のいい言葉が咄嗟に浮かぶことはなかった。

 千景に良いように言われて、反論すらできない。これではリーダー失格――。

 

「……千景さん、それは言いすぎだよ」

 

 ここで、ずっと静観を決め込んでいた友奈が口を開いた。

 まさかの介入に驚きつつも、千景は友奈に向き直った。若葉に対して言えていた嫌味が止められたからか、やや不満気だ。

 

「あなたには関係ないはずよ。ましてや勇者でもない人に言われる筋合いはないと思うのだけど」

 

「確かに私はぽっと出の部外者だけど、そんなのは関係ない。ひとりの人間として、千景さんの言い方は酷いって言っているの。杏ちゃんは――弱くないよ」

 

「…………そう」

 

 未来人である友奈の言葉に意味があると悟ったのか、千景は大人しく引き下がった。

 記録でも伊予島杏がどういう人間であるかは知っているし、老若葉が誰よりも詳しく語ってくれたから知っている。

 どのような戦い方で、どのような日常を送っていたのか、こと細かく。

 だから友奈は知っている。杏は決して弱い人間ではない。毎日の訓練だって、たとえ成績が悪くても決して逃げ出さずに顔を出した。

 これは杏の強さだ。

 だがこれを切に語り聞かせることは友奈の役割ではない。

 友奈が若葉を見る。

 その意味を理解した若葉が杏に歩み寄った。

 

「杏。顔を上げろ。たとえ怖くても立ち向かわなければならない時がある。でも、それでも立ち向かえない人がいることを私は知っている。お前はお前のペースで、勇者として頑張ってくれ」

 

「……は、はい」

 

 差し出された手を取って立ち上がる。

 友奈はそれを暖かい目で見守った。

 

「よぉし! じゃあ皆でいくよー! 勇者になーる!!」

 

 高嶋の元気な掛け声で、友奈以外の全員がスマホで勇者システムを起動させ、勇者装束を纏い始めた。それぞれの足元で花弁がぶわりと舞い上がり、イメージカラーを貴重とした装束へと変身する。

 若葉は蒼。

 友奈は桜。

 千景は紅。

 球子は橙。

 ……が、杏だけがどうしてか変身できていなかった。

 焦りつつもう一度画面をタップするが、エラーが吐き出されて変身できない。

 勇者システムは勇者自身の精神に大きく左右されると聞いている。気分が高揚していればしているほど強くなる、みたいな効力はないが、逆に意志が弱い場合はきちんと勇者になれないというのはこれも老若葉から聞いている。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 勇者として今戦わなければならないのに、そもそも勇者になれない。その悔しさと恥ずかしさが混じり合った顔の杏は目尻に涙を浮かべた。

 千景のやっぱり、といった視線が突き刺さる。しかし、それを押しのけて若葉が根気強く話しかけた。

 

「気にするな。お前のペースでと言ったからな。赤嶺と一緒に後方で待機していてくれ。お前の分も、私たちが倒してくる」

 

「ありがとうございます……」

 

 杏が友奈の隣に立った。

 

「……おい、赤嶺の友奈。一応その格好でも少しは戦えるんだよな?」

 

「うん、そうだよ」

 

 低い声で尋ねてきたのは球子だった。

 戦えない杏を、よりにもよってあまり信用できない友奈の側に置くことが心配でならないのだろう。真剣な面持ちで目の前ににじり寄ると、友奈の胸を軽く叩いた。

 

「さっきまでお前のことをよく思ってなかったし、正直今もあんまりだ。だからこんなの勝手だってわかってる。それでも、杏のこと……頼む」

 

「必ず」

 

 友奈も真剣に返す。

 この戦いに完全に不干渉というつもりはない。頭にあるのは、歴史としてこの時期にこんな戦いがあって勝敗はどうなった、のような知識だけだ。もちろん老若葉の体験談もあるが、それによって全てを事細かに知り尽くせたわけではない。

 もし誰かに危険が迫れば、友奈は未来人という遵守しなければならないルールを破ってでも飛び出すつもりでいる。

 返事に満足したのか、球子はニカッ、と白い歯を見せた。

 

「頼んだぞ! あと、杏もこいつのこと守ってやれよ!」

 

「うん!」

 

 杏の元気な返事に今度こそ安心した球子は背を向け、待っていた若葉たちの後を追った。

 

 ◆

 

 バーテックスの大きさは軽自動車ほど。それがおよそ五十体ほど空に浮いている。距離にして約二キロ。どのようにして浮遊しているのか全く不明だが、独自の推進方法でもあるのだろう。

 そして、間違いなく若葉たちの存在に気づいている。跳躍して比較的高い建造物の上まで移動した四人は昂ぶる闘志を抑え込んだ。

 若葉はゆっくり目を瞑り、短い瞑想の後、カッと見開いた。

 

「宣言通り、私が先陣を切って奴らを叩き斬る。皆は溢れた奴を頼む」

 

「了解! 頑張ろうね、ぐんちゃん!」

 

「ええ、高嶋さん」

 

 刀身が光に反射して鈍色に輝く。

 同時、若葉は大きく跳躍した。

 勇者の力とは常人離れしたもので、あれほど遠く離れていたバーテックスたちとの距離が一気に縮まった。もうあと数メートルのところで若葉は刀を下段に構えた。

 バーテックスたちは飛んで火に入る虫と勘違いした若葉を取囲み、喰らおうと群がる。

 本当は真逆、若葉こそが火だ。烈火の如く轟々とあらゆるものを燃やし尽くす執念の塊だ。

 

「おおおおおッ!!」

 

 若葉に喰らいつく……それより前にその白いブヨブヨした身体を一刀のもとに両断する。まるで豆腐を斬るかのようなあまりの切れ味にほくそ笑んだ。

 いける! こいつらを倒すためだけにずっと身体を鍛え、この闘争心を燻ぶらせてきたのだ。今ここで存分に暴れさせてもらおう!

 突撃してきたバーテックスを避けながら刀を振るう。その剣筋に捕われれば最後、逃れることは叶わない。

 

「この刀の錆になりたい奴からかかってこい! 来ないのならばこちらから行くぞ!!」

 

 刀身から蒼色のスペクトルを輝かせて肉薄する。

 視界に映る敵のすべてを捉え、その全てを屠らんと柄を握る手に力を込める。

 大きく口を開けて若葉を飲み込もうとするバーテックスに、水平に構えた刀をめり込ませる。刀ごと持っていかれそうな抵抗に、若葉は喉から声を絞り出して打ち勝つ。

 綺麗な断面を残して文字通り上と下が別れた死骸を蹴り上げ、一瞬だけ目くらましの代わりとする。その隙に群れの背後に回り込み、一方的な蹂躙を見せつける。

 じゃぎッ! と重く硬質な斬撃音。

 続いてバーテックスの砕けた歯が飛び散る。

 負けるわけにはいかない。人類の命運を若葉たちが背負っている。それに、報いを受けさせなければならない。

 報いを!

 報いを!

 報いを!

 

「――今日が! お前たちの初敗北の日だ!!」

 

 そう、刀を掲げて高らかに叫んだ。

 

「友奈、タマたちも行くぞ!」

 

 若葉の鬼神の如き戦いぶりに触発された球子が旋刃盤を構えながら飛び出した。

 

「オッケー! 近接戦闘は任せて!」

 

 高嶋の武器は、己の拳のみ。

 両手の赤い手甲が煌めく。

 全員がリーチのある武器に対し、超接近戦のエキスパートを勤める。すなわちチームの超絶アタッカー。

 鋭く呼吸を整え、肺に酸素を送り込む。一歩、二歩とステップを踏んで勢いよく飛び出した。

 

「はぁッ!!」

 

 身体の中で力を爆発させ、それをバーテックスにぶつける。

 狙いは醜悪な前頭部!

 拳撃!

 鈍い音が轟いた。

 高嶋の一撃はバーテックスの身体を大きく陥没させ、その余波が周囲の空気を震わせる。ビリビリと身体を硬直させたバーテックス、その内の一体の下腹部に伸びる触手のようなものを掴み、ぐい、と強引に手繰り寄せた。

 ヨーヨーのように手元に飛び込んできたところを――。

 殴る。

 殴る。ただひたすらに殴り続ける。そして元の形すら残さなくなったところで、もう一度触手を掴んで地面に叩きつけた。

 咄嗟に意識を切り替えた高嶋は、背筋が凍るほどの悪寒を感じ取り、その場から大きく後ろに跳躍した。一拍遅れて、元いた場所にバーテックスの群れが地面を抉る勢いで突撃してきた。

 ……本能的な危険察知ができなければと思うとぞわりと身震いする。

 その間にも高嶋を無視して奥へと突き進む複数のバーテックスを見上げた。浮遊する高度は、いくら高嶋が高くジャンプしても届きそうにない。

 声を張り上げて助けを呼ぶ。

 

「タマちゃん! 上のやつお願い!」

 

「任せタマえ!!」

 

 返事は即座に返ってきた。

 高嶋の後ろで控えていた球子がまだ樹海化されていない建造物を次々と飛び移りながら電波塔の頂に立つ。じゃりじゃりと旋刃盤についている刃がゆっくりと回転を始める。

 それは一瞬にして残像が現れるほどの速度になり、鋭利な音を吠える。巻き起こす風が地表で砂塵が舞う。球子の姿は、風を司る勇者のように見えた。

 

「行くぞッ! 覚悟ぉ……しやがれええぇぇぇ!!」

 

 華麗なフォームをきめて旋刃盤を投擲した。訓練によって球子の命中精度は格段に上昇している。ましてやのろのろ接近する標的に当てることなど、造作もない!

 案の定旋刃盤が外れることはなく、綺麗な弧を描いて吸い込まれるように高高度にいるバーテックスたちを切り裂く。

 

「よしっ!」

 

 手首を捻れば、巻き付いたワイヤーで旋刃盤を手繰り寄せる。その過程でも二体を背後から斬りつけて墜落させることに成功した。そしてそれを高嶋が追撃して倒しきる。

 電波塔から降りた球子は次の目標を探すべく移動を始めた。若葉は相変わらずの覇気で敵を斬り続けている。

 恐らくそろそろ半分をきるか? 球子は全体を俯瞰してそう考える。間違いなく撃破数が多いのは若葉だ。一番前で敵の大多数を引き受けているのだから。球子たちはこうして逃したのを倒しきるだけでいい。

 ……旋刃盤の回転は止まらない。高嶋の許容ラインを突破した数体が球子に押し寄せる。

 右肩に力を入れ、旋刃盤を投擲する。先程は固まっていたから連続で一掃できたが今回はまばらだ。旋刃盤も万能というわけではない。手元から離れている間に別のバーテックスから攻撃が迫る。咄嗟の判断で回避に成功するが、まだ旋刃盤が帰ってきそうにない。

 それにここは周囲に身を隠せるような遮蔽物もない平地だ。高嶋と若葉からの距離も遠く、助けを呼べそうにない。

 

 ――死。

 

 今更になって理解した。

 球子はこの戦いをどこかで楽観視していた。いくら口を酸っぱくして指導教員に言われても。チーム内でそのことについて話す機会があっても。球子はそれを一蹴していた。

 自分が死ぬはずがないだろうと甘いことを考えていた。

 本当の本当に死ぬのではと悟るまで、どこか現実味のないフィクションのように考えていたのだ。

 己の浅はかさを痛感する。

 そう言っている間にも劣勢に立った球子を仕留めようと追加のバーテックスが群がる。

 

「そんな……ここでタマが……ちくしょう……!」

 

 悲痛の声は、誰にも届かない。

 

 ◆

 

 不意に、友奈の身体に力が湧き上がった。

 この感覚は……祝詞の効果を受けているときと似ている。しかし静のものとは異なり、流れ込む力が身体に馴染むのが難しい。まるで入り口を探しているかのようだ。ひなたが友奈に祝詞を付与しようと奮闘している。

 杏はまだ怯えている。その場に座り込むことはやめたが、皆が戦う様子を見ながらわなわなと肩を震わせている。戦えない自分に憤りを覚えているのか、口元は引き締まっている。

 

「赤嶺さん、私って本当に弱くないのですか?」

 

 そんなことをぽつりと呟いた。

 友奈は火照る身体を燻ぶらせながら答えた。

 

「弱くないよ。だって今もこうして戦いから目を背けていないでしょ? それが何よりの証拠だよ」

 

「そうですか……。ずっと……悩んでいました。どうして私が勇者になったんだろうって。皆の役に立てないのに、私に価値があるのかなって」

 

 胸元で杏が握り拳をつくる。

 その悩みは至極当然のものだった。当時平和を享受していた人間に、突然武器を取って戦えなんて言われてもなかなか動けないのが実情だ。

 そんなもの、自衛隊に任せてしまえとでも放棄されてしまうのがオチだ。その中でも、戦うことを宿命と定められた勇者になってしまったのはこの上ない不幸なのだろう。

 

「私は……どうでしたか? 私はちゃんと、この先勇者をできていましたか?」

 

 縋るような物言いに、友奈は眉を一瞬だけ顰めた。

 杏は自分の未来を知りたがっている。きっと、友奈の言葉を聞いて安心したいのだろう。

 私は大丈夫、ちゃんと勇者ができているのだという安堵を得たい。そんな願望がひしひしと伝わってきた。

 だからこそ、そんな他人任せな質問を蹴り捨てる。

 

「――それは教えないよ」

 

「……え?」

 

 イエスかノーの答えが返ってくると思っていたらしい杏は困惑を隠さなかった。

 

「もし私が本当は悪い人で、嘘のことを言ったとしても、きっとそれを信じるんでしょ? ……他人に依存してしまうようなことを訊いたらダメだよ。それは絶対、杏ちゃんのためにはならないから」

 

 お役目柄、友奈は仲間以外の言葉を素直に信じたりすることはない。初対面の相手だと特にそうだ。鏑矢に就いたばかりの当初はそのせいで痛い目に遭いかけた。しかし蓮華のおかげで難を逃れた。

『騙して悪いが』は一番心にダメージが大きい。

 突きつけられたくないことに直面させられたからか、杏は俯いてしまった。しかしすぐさま顔を上げた。

 

「そう、ですか……ありがとうございます」

 

「杏ちゃん?」

 

「私、赤嶺さんに『弱くないよ』って言ってくれたとき本当は嬉しかったんです。あれってもう、答えているのと変わりませんよね?」

 

「あー……確かにそう言われると……そうかも」

 

 そして、友奈に付与されかけていた力がついに宿る。入り口を見つけて一気に身体に流れ込んでくる。その勢いにピシリと痛みが走るが、それはすぐに収まった。

 感覚としては、静のものより少しばかり下位互換。格段に基礎能力は向上しているが、鏑矢としての実力を最大限に発揮できるレベルには至っていない。しかし勇者たちと同じような速度での移動はできる。

 

「あれ……? タマっち先輩、囲まれてる……?」

 

 杏の視線に合わせると、確かに球子が孤立していた。その周囲にはバーテックスが群がっている。どう見ても劣勢で、苦しい戦いをしているようだ。

 

「マズい! 助けに行かないと!」

 

 友奈は未来人であるということを捨てて助けに入るべく談笑から戦闘へと素早くモードを変えた。

 しかしそれを杏が呼び止めた。

 

「待ってください! 私も行きます!」

 

「でも――」

 

 杏は心が不安定だから勇者に変身できないはずだ。ここで大人しく待っているように伝えるべく口を開きかけたが、真剣な眼差しにつぐんだ。

 意を決したように強く友奈を見つめた杏は叫んだ。

 

「行きます!行かせてください! 私はタマっち先輩を守りたいから!! これだけは……絶対に変わらない想いだから――っ!!」

 

 瞬間、杏のスマホが一際輝いた。

 躊躇う素振りもなく画面をタップすると、身体が無数の花弁に包まれた。次の瞬間にはそこに引っ込み思案の弱い杏はいなかった。

 

 ――勇者、伊予島杏。

 

 クロスボウを片手に、自動生成された矢が音もなく装填された。

 これまでの怯えきった態度など幻覚だと言わんばかりに杏は声を張り上げる。

 

「私が助ける!!」

 

 地面を蹴り、超高速で杏は球子の元へと飛ぶ。慌てて友奈も後を追う。

 鮮明に敵の姿を捕捉すると、空中でクロスボウを構え、すでに照準をも済ませてトリガーを引いた。

 ばつんっ! と力強く発射音が響いた。

 放たれた矢は無防備を晒す球子に迫るバーテックスの身体を深々と貫く。続いて連射された矢もその全てが白い身体を抉り、消滅させた。

 だがまだ生き残りがいる。先手を越された友奈は着地するとすかさず球子の前に躍り出た。

 人体のどこを打ち抜けばどのような効果が期待できるのかは頭に叩き込んでいる。しかし人外を相手にするのは話が別だ。

 未知の生物と戦うという恐怖はある。しかし、それは球子を守らねばという強い使命感の前に吹き飛んだ。

 しっかりと大地を踏みしめてバーテックスの前に立ちはだかった。

 

「――こい!!」

 

 バーテックスの敵意が友奈に向けられた。

 靭やかに身体を震わせると、バーテックスたちが一斉に襲いかかってきた。

 だがその速度はあの場所で対決した、精霊付きの大男に比べると屁でもない!

 強化された身体が超反応で突撃を回避する。戦術的ではない単純な動き。やはり人ではないからそういった理性は持ち合わせていないようだ。ならば友奈でも十分対処可能。

 落ち着いて派手に晒す横腹に渾身の拳を叩き込む。

 

「ふッ!!」

 

 表面組織には柔らかさがあるが、中身も柔らかい、ということはなかった。だがこれは逆に良い。打撃の反発力がある方が拳を素早く引っ込められるからだ。

 穿つ!!

 耳障りの良い音を鳴らしてバーテックスの横腹が深く沈み込んだ。

 

「――伏せろ、赤嶺!」

 

 突如、鋭い指示が飛んだ。

 友奈はさらにもう一発繰り出そうとしていた拳を戻し、その場に伏せた。

 刹那、僅か頭上を旋刃盤が舐めるように通り過ぎた。後には綺麗に真っ二つにされたバーテックスに残骸が転がり、改めて勇者の力を思い知らされた。

 

「ひえ〜」

 

 もし指示が聞こえていなければ今頃友奈の身体は上と下でおさらばしていた。

 冷や汗をかいた友奈のもとに息を切らした球子が駆け寄ってきた。むず痒そうにはにかみ、ないマイクでマイクチェックをしてもまだ心の用意ができなかったようだ。

 しかしこのままではよくないと「ぬあああああああ!!」と叫ぶと自分の両頬を叩いた。

 

「杏! それに……ぁ赤嶺!」

 

 そして恥ずかしそうにぽりぽりと頭をかいてからもう一度「ぬああああああああああ!!」と叫んだ。今までずっと疑っていた友奈にどう言葉を投げかければいいのかわからなかった。

 ……ようやく落ち着きを取り戻した球子は普段のわんぱくさのない、大人しげな顔をして口を開いた。

 

「ありがとう……お前たちが来なかったらたぶんタマは……だからありがとう。赤嶺も。お前のこと、完全に見直したぞ」

 

「ふふふ、球子ちゃんはそんな顔もするんだね」

 

 小悪魔風に面白半分でからかってみると、予想以上の反応が得られた。みるみるうちに顔を真っ赤に変え、ぽこぽこと殴りかかってきた。

 

「な、なななな……!! この野郎! やっぱりタマはお前は嫌いだ!」

 

「うわああああタマっち先輩、命の恩人になんてことをー!!」

 

 涙目で友奈の身体を揺さぶる球子に杏が抱きつくという地獄絵図ができあがった。

 

 ◆

 

 ……いったい、私は何をしているのだろうか。

 

 千景は大鎌をふるいながらそんなことを考えた。戦いが始まっても、千景はどうしてもその場から動くことができなかった。

 あれだけ他人を嘲るような発言をしていた癖に、いざとなると手の震えが止まらなかった。足がすくんで一歩も踏み出せなかった。今は高嶋が元気づけてくれたから戦えているが、それでも悔しさを完全に拭うことはできなかった。あれだけ消極的だった杏が果敢にバーテックスに立ち向かい、さらに異邦者の友奈も勇気を出して戦闘に加わった。

 なのに、この体たらくはなんだ。チームの中でただひとりの上級生だというのに。

 

「ぐんちゃん! 自分の力を信じて! 絶対にできる! 私もついてるから!」

 

 先導する高嶋の後ろで千景は思案する。

 ……屈辱だった。遥か前方で、たったひとりで戦う若葉の姿は悔しいがカッコよかった。リーダーだった。逆にチームの不和を生み出していたのは千景自身に他ならない。

 バーテックスを斬り捨てると、どうしてこの程度の敵に怯えていたのかがわからなくなった。そしてさっきまでの自分が恥ずかしくなる。

 ゲームだと常にコントローラーを中継してプレイヤーを操作しているが、今のこの状態を表現するならば、コントローラーのないゲームをしているような気分だ。よりリアルに、より現実を離れて。

 近年話題になり始めたVRゲームの行き着く終着点とでも言うべきだろうか。

 痛みも、恐怖もゲームならない。しかし斬れば斬るほど自分が恐怖に打ち勝っていっていることを実感できるし、それに何より高嶋が傷ついてほしくない。

 負けじと高嶋の隣に出てバーテックスを斬る。

 斬撃。切断。剪裁。

 斬られた身体が霧散し、次々と客がテーブルに並びに来る。それを千景は高嶋との阿吽の呼吸で捌く。

 脳が沸騰しそうだ。だが身体に帯びる熱が千景をより高みへと導く。

 自分の勇者としての力を信じきれていなかった。しかし今は違う。大鎌で断つ時の手応えが肩まで伝わり、興奮を覚える。

 それに。

 

「ナイスぐんちゃん! ほら、やればできるでしょ!」

 

「そ、そうね」

 

 敵を倒す度に高嶋が褒めてくれる。これ以上嬉しいことはない。

 極限まで高まる胸の高鳴り。改めて千景は高嶋友奈という眩しい存在に惹かれた。

 暗く沈んだ水の底からも、この人ならきっと救い出してくれるだろう……。

 

 ――ふと、千景は違和感を覚えた。

 

 バーテックスの数を両手で数えられるくらいにまで減ると、一旦勇者たちとの戦闘を中断し、複数体が一箇所に集まり始めたのだ。

 撤退……? いや違う。こちらに背を向ける様子はなく、文字通り『一箇所に集まった』。自身の身体を粘土のようにぐちゃぐにゃに変形させ、赤く発光する。そうしてひとつの個体へと結合した。

 その姿は生物とはまるで思えないものだった。

 生理的嫌悪感を刺激する奇妙な棒状のボディ。それを中心軸として、朱色の装甲板らしきものがゆっくりと回転している。

 明らかにバーテックスとは別個体。

 

「あれは進化個体です! 皆さん、気をつけてください!」

 

 杏の素早い報告に、離れたところで通常個体と戦闘を継続している若葉以外の全員が顔を強張らせた。勇者たちは当然だが、友奈もこれを知っている。近い未来、これよりも遥かに強いバーテックスが出現するのだが、それは今は考慮する必要はない。頭の片隅に追いやって思考をクリアにした。

 まず先手を打ったのは杏だった。この中で一番遠距離を攻撃できるのはクロスボウ以外他にない。それに様子を窺う意味もある。

 細い指をトリガーにかけ、しっかりと照準を合わせて引き絞った。

 ドドン! と発射口が火を噴いて連続で矢が放たれる。移動先を考えた偏差射撃。間違いなくこれは命中ルート――。

 装甲板が急激に高速回転を始める。そして軸から飛び出すと、螺旋状に滑らかに自律移動して矢を防がんと並んだ。

 矢はその装甲板に接触すると、火花を撒き散らしながらその軌道を反転させた。

 

「ッ⁉」

 

 矢の雨が杏に降り注ぐ。

 

「下がれ!」

 

 と、ここで間一髪で滑り込んだ球子が旋刃盤を盾に変形させてそのすべてを弾いた。

 もし球子が間に合わなければ、間違いなく……。

 

「あ、ありがとう。タマっち先輩」

 

「おう! さっき助けてもらったお返しだ! お返しじゃなくてもお前を守るぞ。しっかし、装甲板かと思ったら反射板なのかあれ……」

 

 旋刃盤を見ながら冷静に考える。

 恐らくあの反射板は並大抵の攻撃では破壊できそうにない。球子の武器ではたぶん絶対的に破壊力が足りない。もしくは反射板を展開していない方角から攻めるべきか。

 いや、そもそもいま判明したのは反射板だけで、本体はまだどんなことをするのかわからない。何もしないただのコアのようなものだと気が楽になるのだが。

 そう考えているうちに、球子の頭上を二つの影が通り過ぎた。

 高嶋友奈と赤嶺友奈だ。

 

「赤嶺ちゃん、いくよ!」

 

「邪魔なものは、壊す!!」

 

 今の攻防で、友奈はこのバーテックスには単純な攻撃方法はないと睨んだ。進化体とはいえ、まだまだ発展途上。こいつは防御に特化した進化形態なのだろう。

 ふたりの友奈が腰を捻り、拳を固める。落下のエネルギーもプラスされ、その速度は星落としとなる。

 

「オオオオオおおッ!!」

 

「勇者――パーンチ!!」

 

 衝突。

 激しい不協和音が轟き、風圧がビリビリと樹海の根を震え上がらせた。

 しかし破壊することは叶わず、傷一つもつけられていない。

 

「「一回で駄目なら、何度でもッ!!」」

 

 高嶋が呼吸を整え、勇者としての切り札を発動させるべく心を集中させた。その間に友奈は重い一撃を繰り出し続ける。

 切り札……それは神樹の内部に概念記録として登録されている無数の精霊、そのうちの一体を身に宿して莫大な力を得る手段。

 検索……今この場に高嶋に最適な精霊……。単発の力が圧倒的に高いもの、もしくは連撃に特化したもの。

 ……数件ヒット。

 その中で高嶋友奈という人間に合致するものをフィルターにかける。

 そして選び出されるは、暴風を象徴する精霊。

 その名も――

 

「――来い、『一目蓮』ッ!!」

 

 高嶋の中で力が爆発する。

 桜色の勇者装束に目に見えて変化が起こる。身体の周囲に白い帯が伸び、髪飾りが片目を覆い隠すほど巨大化し、両の拳に暴風が纏わりつく。

 友奈はその変化に目を見開いた。

 

『友奈が一撃の拳撃を加えれば』『高嶋が二撃の拳撃』『友奈の一撃』『高嶋の二撃』『友奈の』『高嶋の』『友奈の』『高嶋の』『一撃』『二撃』『一撃』『二撃』『一撃』『二撃』『一撃』『二撃』『一撃』『二撃』『一撃』『二撃』『一撃』『二撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳撃』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』『拳』――――!!

 

 加速。加速! 加速――!!

 どこまでも天井知らずに速度が増す。友奈は祝詞付きだからここまでついてこられたとはいえ、ついに高嶋の速度に追いつかなくなった。

 スーツが擦れて破けそうになっている。拳が真っ赤に腫れ上がり、神経が剥き出しにされているかのようだ。両腕が痺れ、足腰が立たなくなり、ついに反射板から落下する。

 受け止めたのは、杏だった。

 豊満な胸部に包まれ、やや複雑な気持ちになる。

 

「大丈夫ですか、赤嶺さん⁉」

 

「あたたた……大丈夫だけど……流石に疲れたよ……」

 

 見上げると、未だ衰える様子のない高嶋が拳を放つ。放出されるエネルギーが周囲の空間を飽和させ、暴れる風となって吹き荒れる。

 止まらない。

 ぴしっ。

 と、僅かな亀裂が入った。瞬間、爆風がより一層暴れた。

 風が反射板を刺す。叩く。砕く。貫く。灼く。

 そしてついに、高嶋の渾身の一撃が破壊する。

 ……金属がへし折られるような硬質な音と共に、さあああ……、とバーテックスは消滅した。

 これで残るのは、若葉が相手をしている一体だけだ。

 切り札はその名の通り、最終手段だ。まだ勇者システムが完全に確立されていない現在、安易に手を出すべきものではない。人の身にどのような負担をもたらすか判明していないという不明瞭な部分もあるからだ。

 それを、高嶋は知っていながら行使した。

 

「本当は私が先にするつもりだったんだが……」

 

 リーダーだから、その安全性を確かめるためにも前々から一番に使うのは私だと意気込んでいたが、すでに終わったことは仕方ない。

 最後の一体が大口を開けて最後の抵抗とばかりに若葉に襲いかかる。だが、それを小さくステップして躱し。

 

 喰らいついた。

 

 少し硬いこんにゃくのようで、喰いちぎるには難しくなかった。食感はコリコリとしたもので、しっかり歯で身をすり潰した後、ごくりと飲み込んだ。

 

「……不味い。ふやけたイカのようだ」

 

 きちんと食レポまでした若葉を見て一同が顔を引つらせる。

 天然属性は周知の事実だったが、まさかこのような暴挙に出るとまでは思いにもよらなかった。

 

「さ、さすが乃木若葉サマ。こっわ〜い」

 

 場を和ませようとふざけてみせた友奈の声もどこか浮ついている。

 

「乃木さん……それはちょっと……」

 

 千景が嘆息し、

 

「……タマ、若葉の恐ろしさがよ〜くわかった。まる」

 

「そ……そうだね」

 

 と球子と杏が呆れ返る。

 勇者たちの初陣は勝利を収め、若葉の宣言どおり、バーテックスにとって初敗北の日となった。

 

 ◆

 

 樹海化が解け、地面を埋め尽くしていた根が消滅する。世界はもとに戻り、いつもの光景へと変化した。

 そして、若葉たちはもう一度食堂へと集合した。ちなみにきちんと皆の手元には熱々のうどんが並んでいる。料理人の人に友奈の存在を知られないようにうまく立ち回ってのうどんゲットである。代金は若葉に払ってもらった。友奈が『ひなたちゃんの前で「バーテックスの味はどうだった?」って訊くよ?』と耳打ちすると快く財布の紐を緩めてくれた。

 話のわかる人で助かる。

 

「……さて。樹海化の前に話そうとしていたが……赤嶺をどうするかだ」

 

 若葉が友奈を一瞥する。

 だいたい友奈が樹海化の影響に巻き込まれなかったのは、未来で友奈が神樹に認められているからだろう。

 だがそんなことはどうでも良くて、勇者でないはずの者が樹海に入り込み、その上で戦果を上げたという事実に着目しなければならない。

 これは明確な歴史への介入だ。まだ大社には戦闘の詳細な報告はもちろん、赤嶺友奈の存在も報告していない。しかしバレるのは時間の問題で、今後も樹海化が起きれば否応なく合流してしまうだろう。

 だから友奈と大社との衝突は避けられない。

 

「もう正直に話してみればいいんじゃないですか? 未来人であることだけは伏せて。恐らく今回の戦いは他の巫女たちに神託として知られているでしょうし。このままでは赤嶺さんの住む場所すら得られないですよ? もし私たちのうちの誰かの部屋に居候をさせるにしても、いつかはバレます」

 

 ひなたはとんとん拍子で事実を並べた。

 

「だがひなた。そんなことをしたら赤嶺の存在はどうなる? 今晩にも大社は戦いの勝利と同時に私達のことを世間に公表するつもりなのだぞ」

 

 勇者はこの時代では五人しかいない。そうでなければならない。

 なのにもうひとり現れたとなると、大問題へと一気に昇華することは目に見えている。

 大社が友奈を公表するしないて言えば、恐らくしないだろう。その上で裏で友奈を勇者として扱い、戦力として抱き込もうとする可能性はある。なにしろ高嶋友奈と瓜二つだ。何かを勘ぐるには十分すぎる理由だ。

 

「もしこの時代にいるのなら、私の部屋でよければいいですよ。赤嶺さんには本当に感謝していますし」

 

「な、ななな、杏⁉」

 

 突拍子のない提案に誰よりも驚いたのは球子だった。

 

「タマは認め……! いや……でもまあ助けてもらったしな……」

 

 なぜ杏の部屋に住むのに球子の許可が必要なのかわからないが、友奈がこの時代で生きる道筋は見えた。

 それでも根本的な解決策、『大社にどう説明するか』がまだ曖昧だ。こればかりはたかが中学生の浅知恵では妙案が思い浮かばないのか……。

 

「――じゃあさ、私の双子ってことにしない? そしたらそれを理由に私と住めるし、大社も悪いようにはしないはずだよ?」

 

「高嶋さん⁉」

 

 勢いよく椅子から立ち上がった千景は運悪く膝を角にぶつけ、苦虫を万匹噛み潰したような顔をした。

 

「……悪くないですね。ではそういう方向でいきましょうか。若葉ちゃんもこれでいいですか?」

 

「うむ。友奈の双子で、今まで理由があって別居していた。で、樹海化のおかげで再会した。こんな設定だろうか」

 

「そうですね。友奈さんもこれでいいですか?」

 

「「オッケー……あ」」

 

 つい赤嶺の友奈も反応してしまった。声も全く同じで、それがなんだか面白くて吹き出してしまった。

 

「あははは! 赤嶺ちゃんとならやっていけそう! 絶対楽しい日々になるよ!」

 

「そうだね! よぉし! 頑張るぞー!」

 

 えいえいおー! と元気よくふたりが腕を突き上げた。

 その瞬間、友奈の手首から鋭く空気の抜けるような音が鳴った。咄嗟に視線を下に向けると、あの腕時計が奇妙な機械音を垂れ流しながら、デジタル表示されていた時計がかき消された。

 そして『Time Limit!』と代わりに表示され、次に現在の時代であるA.D.2018と白い文字が浮かび上がった。さらに女性の機械音声が『任意の数字を入力してください』と再生された。

 別の簡易ディスプレイが中に現れ、

 

『神世紀――』

 

 と未来の年号が。

 これは考えなくてもわかる。また時間遡行をしようとしている! 高嶋たちはまだ状況を理解できていないようだ。

 今ここで元いた七十二年と言えば友奈は帰ることができる。落ち着いて冷静になろう。ひとまず深呼吸をしよう。間違えないように気を付けなければなら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「数字ぃ? じゃあ三百で! 今日のタマのラッキーナンバーだからなっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう上機嫌で言ったのは球子だった。まだ心の準備もできていなかった友奈は全身から汗が噴き出た。横入り音声を認識した腕時計は即座に反映し、ディスプレイに『神世紀三百年』と次に飛ぶ時代が確定された。

 数字のインデックスが友奈の足元から舞い上がり、瞬時に失敗したと理解する。

 入力された年は友奈のいる時代よりも遥かに先、二百年以上も未来だ! どんな世界に放り出されるかなんて想像すらできない!!

 今度は簡単に飛ばされてやらない! 友奈は腕時計を外すべくガチャガチャと弄り始めた。

 

「赤嶺ちゃん!!」

 

 高嶋が手を伸ばして腕時計に触れる。

 

「は、放して! 放さないと……!」

 

「でもそれ今すぐ外したいんでしょ⁉」

 

「そうだけど……!」

 

 だが一般的なものとは構造が違っているせいでどうやって外すのかまるでわからない。手首に巻き付いたときもこいつはひとりでに動いた。意思とは関係なく振り回される。機械生命体のト○ンス○ォーマーかと本気で疑ってしまう。そしてふたりの健闘は虚しく、ついに追加人員と認識された高嶋も一緒に身体が分解され始めた。

 まずいまずいまずい!!

 間違いなく人生で一番焦りを覚える。これは夜中に人目を盗んでプロテインを摂取しようとしたが、それを蓮華に見つかったとき以上に焦っている。

 これは過度な歴史介入だ。依然として腕時計を外そうと頑張ってくれている高嶋には悪いが引き離そうとするも、すでに食堂という空間から切り離されていた。

 あ、これはダメだ。

 急速に思考が停滞し、賢者状態に入った友奈は全身の力を抜いた。

 

「高嶋ちゃん、もう……」

 

「あ、あれ⁉ 皆は……⁉」

 

 ようやく置かれた状況を理解した高嶋はようやく手を放した。

 いったい帰れるのはいつになるのか……。投げやりな気分になった友奈は、観念したように空を仰いで長い長いため息を漏らした。

 

 ◆

 

「……ゴホっ。一足……遅かったか」

 

 ◆

 

 そしてふたりは時を越える。

 そこは、結城友奈が守り抜いた世界。

 そこは、結城友奈が目覚めぬ世界。

 三人の友奈が揃い、天の神への戦力が

 がががががががか戦がが力ががが、ががかガががが、がが。かガガガガ。ガガがががががかガガ、ガ、ガガガガ。ガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガがががががガか――――――




赤嶺友奈は土居球子に救われた

お疲れ様でした
これで友奈’sが一つの時代に集結。キャッキャウフフなことになるといいなあ!
ドキドキな展開を頑張って広げるつもりですー^^
ここで【プロローグ】が終了です。長かった……笑

それではまた次回!

【Information】
▼征矢の派遣に成功。しかし赤嶺友奈が神世紀三百年に飛んだため処分失敗
▼強引な派遣により、征矢の再派遣に整備が必要
▼処分対象人物に高嶋友奈を追加
▼終了
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