もう少しだけ書いてみますね。
授業終了のチャイムが鳴る。
友奈含めて生徒たちは先生と神樹様に礼をして今日を終える。
東郷のいない一日というのはあまりに退屈なもので、学校で数日間過ごしているような感覚だった。気がつくと東郷の座っていない席をぼんやりと眺めていたせいで、黒板の板書が所々抜け落ちてしまった。これはクラスメイトに見せてもらえばいいだけだが、同時に集中できていないのだと戒める。
勇者部にひとりで行くのは久方ぶりだ。いつもなら東郷の車椅子を押し、そのグリップの感触がずっと手に残っているはずなのに、それがない。友奈は手をにぎにぎとさせながら部室のドアを開けた。
「結城友奈、来ましたー!」
「ああ、お疲れさん」
すでに部室は犬吠埼姉妹が入り浸っていた。
樹は読書をし、風は椅子を反対向きにして座り、風量『強』の扇風機の前で「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」とだらしない声をあげて遊んでいる。エアコンのないこの部屋では、今日のような夏休み前など、暑い日になると扇風機が神に近しい存在とある。それを占領している風はいただけない。すかさず主導権を奪取しようとしたが、その前に風の眼帯が変わっていることに気づく。
「あれ、風先輩……その眼帯……」
「ふっふっふ……カッコいいでしょー」
「くぅーー、チョーカッコいいですっ!」
真っ黒のものに変わっており、端に小さく花が刺繍されている。厨二病的な見た目だが、これがどこか可愛らしさを表現している。友奈はあえてそこには触れない。
「あれ、夏凛はサボり?」
風がドアを開けて廊下を見回す。やはり夏凛の姿はなく、残念そうにため息を吐く。
「まだ来てなかったんですか?」
「ぐぬぬ、サボった罰として今度来たら腕立て伏せ千回させよう」
「夏凛ちゃんならできちゃいそう……」
すると風は扇風機の前から退去し、仁王立ちして煮干しを咥えた動作のままフン、と鼻を鳴らしてサプリを飲む素振りをする。
「『朝飯前よ!』とか言いそうだわ、ホント。……ん? なに、樹」
樹は声が出ないから、誰かに気づいてもらうまでずっと待っていた。急いでスケッチブックに文字を書き込むと、こちらに反転させた。
『かりんさん何か用事があったんでしょうか』
「あーそうかもね。あとでSNSで訊いてみるか」
「そのスケッチブックは……なるほど、声の代わりってことだね」
『はい』
……とても不便そうだ。話せないとこれほど手間のかかる手順を踏まなければならないのか。友奈は努めて顔を出さないようにしながら「筆記能力が抜群に上がりそうだね」と言うと、樹は微笑んでくれた。
友奈は風が退いた扇風機の前をさり気なく占領し、その恩恵を受ける。
「今日は夏凛と東郷がいないのかー。うーん、今日は衣装についていろいろ話したかったんだけどなあ」
「……いしょう?」
「文化祭の演劇のやつよ」
「ハッ⁉ 忘れてました!」
何も考えていなかった。今日は普通にどこからか届いた依頼をこなすだけ、と思っていたから完全にそのことを失念していた。
「最近は勇者の活動が忙しかったからねぇ、しょうがないといえばしょうがないけど。でも三人かー。三人で話し合ってもあまり意味ないからまた今度にするか」
演劇の話となれば、自然と脚本や配役などの話題も浮上してしまうのは間違いないだろう。しかしそれを三人だけで完結してしまうのは今ここにいない二人には失礼だろう。
「じゃあ他になにかすることは?」
「ちょっと待ってね……」
ポケットから携帯を取り出し、風は勇者部への依頼一覧を数十秒眺める。そして明るく言った。
「ないね! 猫の飼い主も見つからないし、剣道部からの依頼は夏凛指名だからパス、ホームページの更新は東郷がいないから無理だし。ないないづくしね」
やれやれと肩をすくめた風は椅子に座ると、だらんと机とキスしているのではないと勘違いされるほど顔を預ける。樹もそれを真似してだらける。
『することがないね』
「今日から大忙しになると思ったけど、実際そうでもなかったわね……もういいや、今日は全力でだらだらしよう!!」
そこに部活としてあるべき姿はなく、しかし本当にやることがないと観念した風は扇風機を自分の横に置いて全力でだらだらし始めた。
友奈は一瞬それでも探せば何かやることがあるのではないかと考えてみたが、やはりなかったため、ふたりに混ざって机に突っ伏すことにした。
「風先輩、扇風機取るのずるいですよー」
「いーのよ。私部長だから。私部長だから!」
「ずるいっ! 権力の悪用だー!」
『お姉ちゃん、ずるい』
この部屋は勇者部の部室だが、元は家庭準備室だ。物置部屋であり、そこにわざわざエアコンを設置してくれるはずもなく、こうして扇風機戦争が度々起こる。
結局三人は扇風機の首を振ることで均等に風が行き届くようにして終戦を迎える。
しかし眠りに落ちてしまう……なんてことにはならない半端な温度であることに変わりはなく、そのせいで半端なだらだらになってしまう。これならいっそ、今日は部活を終わらせてしまっては、とも考えたが、規則として部活動の時間は守らなければならない。それにこうしている間に新たな依頼が来るかもしれない。
「何かが足りない……そう、東郷のぼた餅が足りないッッ!!」
突然、風が立ち上がって叫んだ。
それに驚くことなくふたりは風を見上げる。心身ともに脱力しきったのだ、何がきても動じない。
そしてすかさず樹が『食べ物なんだね』とツッコみ、いいタイミングで風のお腹が鳴る。今日は何も運動していないはずなのにどうして腹が減るのかがまるでわからないが、風は乾いた笑いを漏らす。
「さ、さあて、そろそろ時間だし、今日はこのへんで解散にしましょうか。樹、今日は夕食うどんにするけどいいよね?」
『お好きにどうぞ』
「っしゃ!」
握り拳を振り上げて風がガッツポーズを決めた。それでもふたりが特に動じることはなかった。
あれほど蒸し暑かった部屋はずいぶんとマシになり、さっきまで溶けたアイスのようになっていた樹も生気を取り戻している。
風がパソコンでホームページには何か連絡が来ていないかを最終確認し、扇風機と一緒に電源を切る。照明も消して、部屋の鍵を閉めた。
「じゃあこれで今日は解散ね。あたしたちはこれを職員室に届けてから帰るわ」
そう言い残し、鍵を指先でくるくると回転させながら風は樹と職員室へ向かっていった。その後ろ姿を見届けながら、友奈は東郷のお見舞いに行こうと考えた。
夏凛がサボり……というのはあり得る可能性だが、樹の言うとおり何か用事があったのかもしれない。数日連続で休まれるとさすがに疑わざるを得なくなるが、今はそこまで深く考える必要はなさそうだ。
東郷なら、ひとりでずっと病室にいると寂しがるだろう。前は皆がいたから良かったものの、一人になるとどんな思いをするのかなんて誰にだってわかる。
足は自然と病院へ向かう。
夕日に照らされ、自分だけではなく道行く人々の身体が淡いザクロ色に見える。その中でも友奈自身が一際濃い色彩を放っているようだ。それに見惚れていたせいで、足元の段差に躓いて転んでしまう。
「いてて……」
周りの目がなんだか恥ずかしく感じ、友奈は急ぎ足で病院のロビーに駆け込んだ。受付に立ち、東郷の面会を申請すると、すぐに受理される。これほどスムーズなのは、もしかするとこの前の談話室でのことで顔を覚えられてしまったからなのかもしれない。
病室に入ると、彼女はベッドから身体を起こしてパソコンで何やら作業をしていた。
「東郷さん、お見舞いに来たよー!」
「友奈ちゃん、来てくれて嬉し……って、膝、血が出てるじゃない。大丈夫?」
「ん?」
東郷に言われ、友奈は膝を見下ろす。確かに右膝を擦りむいて血が出ている。傷の存在に気付いた時、今更冷たい痛みを感じる。
「あ、ホントだ。でも大したことないし、血も止まってるから大丈夫だよ!」
「一応ここは病院だし、傷口を洗ってもらうくらいは……」
「まあ……そうだね、帰りにしてもらおっかな。それより東郷さん、何調べてるの?」
「えっと……これはちょっと……」
「なになに? 人には見せられないものかな〜?」
「そ、そんなことは……」
ベッドを汚さないように近づきながら友奈は東郷に尋ねた。しかし東郷は隠すようにパソコンを閉じてしまう。友奈がもう一度問いかけても苦笑して誤魔化そうとしている。そんな風に隠されてしまうと尚更知りたくなる。まさに『やるなよ⁉』の理論と同じだ。
「どうしても、ダメ?」
「うっ……。こ、この国についてのことよ。神世紀以前のものも含めて、歴史、文化、ならびに思想、特殊性などを学ぶことで未来に生きるものとしての心構えを再認識するの。その先に豊かな心を――」
「な、なるほど」
友奈の上目遣いにあっさり陥落した東郷が渋々と語り始めるが、途中から完全に万歳モードにチェンジしていた。熱が入ると軽く数時間は口が止まらないので、早めに話の腰を折らなければならない。
「何言ってるのか私には全然わからないよー」
「あ……ごめんなさい、つい」
早口になりかけていた東郷の万歳モードはここで打ち止めにされ、我に戻った。
「ううん、全然大丈夫だよ! でもやっぱり東郷さんと話してる時が一番楽しいかなー。だって楽しいし。……うん? なんかループした? まあいっか! 楽しければいい!」
「ふふふ、やっぱり友奈ちゃんらしいわね」
荷物をベッド横の床に置き、友奈は備え付けの椅子を東郷の隣に座れるように置いて腰を下ろした。東郷の横顔をまじまじと眺めると、気恥ずかしそうにそっぽを向かれてしまう。
今日は学校でこんなことがあった、部活ではやることがなくて最後までだらだらしていた、なんてとりとめのない会話が弾む。
東郷がいないとホームページの更新ができないと言えば光の速さで車椅子を引き寄せてベッドから降りようとするし、東郷のぼた餅が食べたいとと言うと光の速さで車椅子を引き寄せてベッドから降りようとする。友奈はそれをなんとかぎりぎりで思い止まらせることができた。
「退院したら毎日ぼた餅作るわ……」
「わーい、嬉しい! でも毎日だと疲れてしまうよ?」
「いいえ、友奈ちゃんのためなら朝昼晩だって!」
荒い息を吐きながら手を握られ、妙に早口に東郷に言い寄られる。友奈は毎日三食ともぼた餅になる想像をすると、さすがに身体に悪そうだ。
「それは胃がツライかな……あはは」
「そ、そうね。少し差し出がましいことだったわ」
「でもすごく美味しいから楽しみなのは本当だよ。無理しなくても、普段通りでぜんぜん大丈夫」
「友奈ちゃん……うん、そうだね」
どうやら入院生活のせいで時間を持て余しているようだ。勇者部の皆といることができない。そもそも東郷だけ期間が長いのは違和感が残る。犬吠埼姉妹より遥かに軽症……むしろ無傷だから誰よりも早く退院してもおかしくないはずだ。
友奈にはその疑問を晴らす考察を立てることができない。友奈にとって医者の言うことは絶対であり、疑う余地などどこにもないのだ。東郷は脚が悪いし、その辺りの大事をとってということかもしれない。そう友奈は締めくくった。
「……友奈ちゃん、私、左耳が聞こえなくなってたんだ」
その言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかってしまう。ようやく理解できたところで、友奈は僅かながらも自身に不安を抱いてしまう。現在身体に不調をきたしているのは、当時満開した三人だ。友奈も超巨大な御霊を破壊するために満開した。
疲れて身体に異常が出たのならば、夏凛と友奈にしの兆候が現れるはずだ。五人全員が死力を尽くしてバーテックスを倒したのだから、その疲労の度合いの差異は大きくない。
左耳が聞こえないという状態がどのようなものか想像しにくいが、不安定さに悩まされてしまうだろう。
「そっか……」
「ごめんね、不安にさせるようなことを言ってしまって。でも、誰かに伝えるべきだと思ったの」
自然と手が伸び、東郷の手を掴み取った。「ぁ」と東郷の口から声が漏れたが、友奈はそれを無視して強く指を絡ませた。自分に症状が現れた。それに対する恐怖は感じられなかった。逆にどこか素直に受け入れているようにも見える。
「友奈ちゃんは何か変化あった?」
友奈は顎に手を当てて数秒考えてから答えた。
「ううん、ないよ。東郷さんも心配することないよ! だってお医者さんも治るって言ってたから!」
「そうね。……時間も遅いし、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
時間を確認すると、すでに六時を回っていた。家に帰らないと夕食に遅れてしまうし、何より学校の宿題すら手つかずの状態だ。期限が明日のものだっていくつかある。もう少し一緒にいたかったが、残念ながらそれはできそうにない。
「うう……帰りたくない。東郷さんともっと話したい……今日だって東郷さんがいなかったから満足に学校生活ができなかった……」
「そんなに? でももうすぐ私も学校に行けるようになると思うから待っててね」
「やったー! じゃあ東郷さん、また今度ね!」
友奈は荷物をまとめて元気よく部屋を出ていった。走ったのか知らないが、すぐにスタッフに注意される声が聞こえてくる。
くすりと笑った東郷はようやくパソコンを開くと、勇者部全員の名前が一覧化されたデータに新たな情報を入力する。これは戦闘後にそれぞれが負った障害だ。友奈、夏凛を除いた三人の障害が記載され、友奈の話から、犬吠埼姉妹は今のところ回復の兆しがないことがわかっている。
『結城友奈︰症状なし?継続』と入力する。夏凛は恐らく何も心配する必要はないはずだ。その理由にある思い当たりがある。皆も薄々気づいて入るだろうが、誰かが言い出さなければなあなあに日々を過ごしてしまうことを恐れた。最悪の状態になった時、何も話し合っていなければ収集が不可能になると考えたからだ。
東郷は携帯を手に、ある人物へと電話をかけ、右耳に当てた。そこに先程まで友奈と話していたような明るさはなく、暗く沈んでいた。
◆
「もう少し時間かかりそうだからテレビでも観てなさいな」
麺を湯がきながら風は樹に言いつける。麺の量は四人前。当然、風は三人前を食べる。勇者部での活動(今日はだらけただけ)のあと、受験勉強もきちんとこなさなければならない。しっかり頭を使ったあとは、しっかりと栄養を取る。その中でもうどんは格別であり、本人はこれさえあれば受験は乗り越えられると信じている。
頷いた樹はソファーに座り、テレビを観始める。キッチンからは見えないが、聞こえてくる声からしてクイズ問題だろう。
麺の湯がき方、その時間などは自己流で極めた。毎回食感ならば量産型うどん店より次元の桁が格上だと確信している。
あとは麺を丼に移しかえるだけだ。
するとポケットに入れていた携帯のバイブレーションに気付いた。名前を見ると、東郷からだ。電話に出ながら、肩と頬の間に器用に携帯を挟んだ。
「わ た し だ」
うどんがもうすぐ食べられる。そんな期待からか無意識にハイテンションのまま第一声を放ってしまった。
『もしもし、風先輩。夜遅くにすみません』
会話をしながら丼に麺を移し終え、だしも注いでお盆に載せて机に運ぶ。
「無視された……。で、どうしたの?」
『満開の後遺症について風先輩は何か知っているのかと思って……』
「満開の後遺症? ちょっと待って」
軽く流せないほど、聞き捨てならない言葉を聞き、風はこの場で話を続けるのは不味いと思った。
二人分の丼をすでに用意してしまった。先に樹に食べさせておくとして、自分の分は後になりそうだ。東郷の話を後回しにするわけにもいかなかった。
通話をミュートし、樹に声をかける。
「樹ー、先に食べといてー」
テレビを切り、椅子に座って食べ始めた樹を尻目に風は一旦外に出た。後遺症と聞いて真っ先に思い浮かんだのは樹の声だ。本人にこの話を聞かれるのは辛くなるかもしれない。
「ごめん。で、なんだっけ?」
『私、左耳が聞こえなくなってるんです。風先輩たちは目と声でしたよね』
当然のカミングアウトに、風は自分の指先が冷たくなるのを感じた。ふたりとはまた違った障害だ。そもそも障害はどうして起こる? 樹が戦闘中に喉をやられたなんてことはなかったし、風は目に傷を負っていない。東郷だって同じだ。どのような原理で障害が発生したのかがわからない。
そうなると、東郷の言う『満開の後遺症』という不穏な響きが事実ではないかと思ってしまう。しかしそれを肯定することはできないし、したくなかった。
東郷の入院だけ長引いたのは、障害の特定が出来なかったから? なら友奈は? となる。彼女の障害は今のところ確認されていない。これは満開の後遺症への反証となるはずだ。
「そうか……。つまりそれって満開をしたら何かしらの後遺症が出るってこと? でもそれだとおかしいはずよ。友奈はいつも通りピンピンしてるじゃない」
『はい。だから私の仮説が間違っているかもしれません。ですが本人が気づいていないだけ、という場合もあります』
或いは意図的に隠しているか。勇者部五箇条に『悩んだら相談』とある。皆に迷惑をかけられないから、なんてことを考えているかもしれない。しかし持ちつ持たれつの関係でいいのに、そういったところに妙に敏感だったりする。とはいってもあの東郷にも話さないほどだ。おそらく本当に気づいていないだけだろう。
「ごめん、こんなことになって」
『風先輩が悪いわけじゃありませんよ。それより大赦から何か聞いていませんか?』
「ううん、何も」
答えながら、後で大赦にメールを送って事実確認をしようと決心する。
『大赦の方々も知らなかったのでしょうか……』
「きっとそうなんだろうね」
『時間が経てば、身体の調子だってきっと良くなりますよね』
友奈も同じようなことを言っていた。それくらいしか言えることがないからだ。だからといって風にそれ以上のことができるのかといえば否である。風もまた、曖昧な情報の中で錯綜する迷子なのだ。
「当たり前よ。医者だってそう言ってたし」
当たり障りのない言葉をばら撒くことしかできない。
『とにかく、大赦からの返答を待つしかないですね』
「そうね」
『あともうひとつ。これはお願いなのですが……』
「ん? なに?」
『……友奈ちゃんを、監視してくれませんか?』
「…………うん?」
何やら犯罪臭のする言い方だ。風のこれまで神妙だった心境がぐらりと揺らいだ。
「えっと……それはどういうことかな?」
『あ。いえ、別に変な意味ではありません。ただ友奈ちゃんが心配なんです。もし満開が障害を患う条件なら、友奈ちゃんも当てはまります。これまでの言動を見るにそのような挙動はありませんが、それでもやっぱり私は――』
「うん、わかった。東郷の言いたいこと、よくわかった」
東郷のそれ以上の発言を敢えて邪魔した。どれだけ医者という絶対的な人物の言葉を得られたとしても、安心しきることなんて絶対にできないのだ。いつもならできていたことができなくなる。その恐怖は言葉で言い表せないほどだ。
それが許容量をオーバーすると、一気に溢れ出てしまう。そうなると手をつけられなくなってしまう。
「東郷なりに皆のこと心配してくれてるのね。ありがとう」
『そんな……。私はまだもうしばらく学校に行けません。なので一番面倒見のいい風先輩ならと思って』
「オーケー。部員の体調管理はしっかりと部長がしておくわ。だから東郷、大船に乗った気持ちでいなさい」
なるべく東郷を安心させるように諭す。勇者部で一番年長者なのは風だ。ここで取り乱してしまっては、後輩たちに示しがつかない。
『はい……ありがとうございます。では友奈ちゃんのこと、お願いします』
「任せなさい! んじゃ、切るわよ」
『はい』
通話を終了する。
うどんはもう伸びてしまっているだろう。樹もすでに食べ終えているはずだ。いつもなら大急ぎで食事に戻るところだが、今はどうしてもそんな気分にはなれなかった。
どうしても受け入れられないこと。あり得る、可能性があると否定しきれないこと。勇者としてのお役目が終わり、いざ日常生活に戻れる、となった途端にこれだ。まるで勇者という影に足元をすくわれているような違和感だ。
壁にもたれ、背中を擦りながら地面に座り込む。そして奥歯が割れるほど強く歯を食いしばる。
「満開の後遺症って、なんなのよそれ…………」
そう呟き、紅い空を仰いだ。
しかし、いっそ清々しいほど澄みわたった雲が視界に収まるだけだった。
不安、心配は募るばかりか伝搬する。
希望に縋る。しかしその後ろ姿はさぞ滑稽だろう。
前回同様、反響があったらor気が乗ったら書きまーす