結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

21 / 41
前話の時点で勇者システムが凍結、回収されてたの忘れてたから一部訂正したよ

前回のあらすじ
東郷さんが消えた


三人の友奈

 三百年という途方もない月日が流れても、どうやら四国の人間の衣食住にこれといった劇的な変化はない。

 高嶋はテーブルに出されたうどんを見下ろしながらそんなことを思った。

 

「我が家の食事は一にうどん、ニにうどん、三四にうどんで五もうどん!」

 

 リズムに乗った風が四人分の器をどん、とテーブルに揃え、楽しそうに鼻歌を歌いながら席についた。

 風の妹らしい樹は小さく笑みを浮かべている。赤嶺と高嶋が一番訊きたいことをよくわかっているかのような含みだ。

 いや、だとしても訊かなければならない。そうでなければこの驚愕を収められそうにないからだ。

 赤嶺は顔を引きつらせながらついにそれを口にする。

 

「風さん、どれだけ食べるつもりなんですか……」

 

 器は四人とも同じはずなのだが、どう頑張っても風のものだけうどんの盛られ方が規格外だ。麺が異様に高く積まれ、変に箸で突けば瞬く間に崩れ落ちそうなほど。

 汁なんて麺に埋もれて見えない。

 

「うん? このくらい普通よ普通。あ、もしかして赤嶺も同じくらい食べたい? いいわよ〜」

 

「いえ、別にそこまではいいです……」

 

 空腹ではあるものの、そこまで食べてしまえば流石に戻してしまいそうだ。行儀良くうどんを啜る高嶋と樹を尻目に再び口を開いた。

 

「……ありがとうございます。私たちにこんなに良くしてもらって」

 

 すでに三分の一を腹にしまった風は丁寧に口に含んだうどんを喉奥に押し込んだ。

 

「いいのよ別に。人が多いほうが楽しいしね。確かにちょっと部屋が窮屈に感じるかもしれないけど、まあそこは勘弁」

 

「そんなそんな。泊めてもらっているのに、これ以上のことなんて望みませんよ」

 

 腕を振りながら赤嶺が恐縮な態度を取るが、対して高嶋は善意を最大限に受け取っている。樹と並んでうどんを一杯食べきると、「もう一杯!」と器を掲げた。

 

「風さんのつくるうどんはすっごく美味しいですね! うどん愛が伝わってきます!」

 

「お、言ってくれるじゃない! 褒めてもうどんしかでないぞ〜」

 

 上機嫌になった風がおかわりを入れに席を立つ。

 今一度犬吠埼姉妹の家を評価するならば、二人暮らしにしては有り余る広さだ。もともとこの家は二人暮らしを想定したものではないと容易に理解できる。

 それに親がいないのも気にはなる。親と暮らし、養ってもらうのが一般家庭のあるべき姿だ。……訳ありなのは間違いないだろうが、人様の敷居に土足で上がりこむことはしてはならない。これは礼儀でもある。

 赤嶺はコシのある麺を啜りながらついそんなことを無意識に考えてしまう。

 人を見て、そこから何か付け入る隙や弱点を探ろうとする癖が出てしまった。この人たちは善意で泊めてくれているのだ。疑いを持つことこそ失礼と言えよう。

 

「ところで、風さんの言う勇者部って、どんな部活なんですか? 私、ずっと気になってました!」

 

 おかわりを受け取った高嶋はそんなことを口にした。

 ネギをまぶした樹は指先をくるくると回しながら理知的に答える。

 

「勇者部とは、人のためになることを勇んでする部活です。勇者としての戦いはもちろんですが、こっちが本当の活動なんです」

 

「そうなんだ! どんなことしてるの?」

 

「幼稚園での劇や、ゴミ拾いといったボランティアですね」

 

 ふたりの会話を聞きながら赤嶺は勇者としての在り方は多様性を得たのだと理解した。

 西暦の時代で勇者とは、人々の上に立ち、輝きを放つ存在だった。バーテックスとの戦いにのみ尽力する人たち。身近な人物と触れ合う機会はあれど、それを主とはしない。

 同じことを考えたのだろうか。高嶋も考え込むような素振りを見せ、赤嶺を一瞥した。

 すでにうどんを食べ終えた風は、流し台に器を運んで洗い始める。

 

「私も手伝いますよ、風さん」

 

 急いで残りのうどんを胃に流し込み、赤嶺は風の隣に立った。予備のスポンジを手に洗剤を含ませ、数度握って泡を出す。

 普段は料理に片付けまで全て蓮華に任せっきりだが、料理スキルが残念な赤嶺でも片付けならば少しはできる。さすがに家事が本当に何もできないのは救いようがないのでその辺りはきちんと弁えている。

 

「別にやらなくていいのに。全部私がやっとくから」

 

「駄目ですよ。何もしないのに泊めてもらうなんてできません」

 

 食い下がってくる赤嶺に観念した風は肩をすくめると、「じゃあお願いするわ」と折れた。

 すでに手は動いているし、これが事後承諾のとり方というわけだ。

 

「じゃあ私も手伝います! 何かできることありませんか?」

 

 赤嶺に触発された高嶋が威勢よく手を上げた。

 

「じゃあ……そうねぇ……お風呂まだ焚いてないから浴槽洗っといてくれる?」

 

「りょーかいです!」

 

 すでに浴室の場所を記憶している高嶋は、器を流し台に運ぶとそそくさとステップを踏んで向こうに消える。

 一番遅く食べ終えた樹はなんだか萎れているように見える。そんな様子にいち早く気づいた風は、手を止めて樹に向き直った。

 

「どうしたの樹! お腹痛いの? 眠いの? それともうどんが口に合わなかった?」

 

 身体中をぺたぺたと触るやや大げさな反応だが、樹はふるふるとかぶりを振った。

 

「ううん、違うの。今気づいたんだけど、私、身の回りのこと全部お姉ちゃんに任せっきりなんだなあって。それがなんか変な気分で」

 

 高嶋の消えた方向を見やり、寂しそうに微笑む。

 

「気にすることないのよ。私が好きでやってくれてるんだから。それに高嶋だって自分から進んでやろうとしているんだし」

 

「でも……」

 

 樹という人間はどうやら引っ込み思案でお姉ちゃんっ子らしい。それは赤嶺でなくとも看破できる。

 樹にとって、高嶋と赤嶺とのあまりに突然の出会いで、困惑するのも無理はなかった。しかし風の鶴の一声であっさり納得してしまうほど全信頼を姉に向けている。

 素晴らしい信頼関係だと内心思いながら、赤嶺は諭すように言った。

 

「大丈夫だよ樹ちゃん。本当に手伝ってほしい時はちゃんと言ってくれるはず。その時は、妹としてしっかりお姉ちゃんを支える。私はふたりのことをそこまで詳しく知らないけど、この少ない時間を一緒に過ごして、これだけは間違いないと思う」

 

「赤嶺さん……」

 

 ちょっと踏み込みすぎたか? しかし樹の反応は別に嫌悪感を示すものではなかった。

 嬉しそうに小さく微笑むと、樹は自分に言い聞かせるように頷いた。

 

「ありがとうございます。なんだか友奈さんに言われてるみたいで、すごく心がぽかぽかしました。……ああ、ごめんなさい」

 

「いいよ、別に。たぶん私よりも高嶋ちゃんの方が結城さんに似てると思うし」

 

「樹はまだ宿題残ってるんでしょ。さっさとやってきなさい」

 

「はーい」

 

 お姉ちゃん力により、とててと自室へと駆け込んだ樹を見届けた風は再び食器洗いに戻った。

 赤嶺の家系は沖縄が出身だから、比較的肌に色がある。高嶋と瓜二つの人のことを思うと、果たして見分けがつくのかと先のことを考えていると、ふとある疑問が脳裏をよぎった。

 黙々と手を動かす風にそれをぶつけてみた。

 

「風さん、結城友奈さんってどんな人なんですか?」

 

 風は一瞬だけ手を止める。

 

「うーん……そうねぇ……。とっても強くて、良い子よ。私なんかよりずっとね」

 

 僅かに頬が綻んでいた。

 どこか記憶を呼び起こすような遠い目をしながら言葉を紡ぐ。

 

「皆のために何度でも立ち上がって、『勇者』として戦い抜いた。……誰よりも強いわ、あの子は。今はこの間の戦闘で入院してるけど、必ず退院するって、私たち勇者部は信じてる」

 

「…………」

 

 それはもう、ただ友達のことを語る様子などではなかった。

 もっと深い……そう、尊敬だ。

 その慈しむような口ぶりは、赤嶺には簡単に一言で表せる類のものではなかった。水が勢いよく泡を流し、布巾で丁寧に水気を拭き取った。

 

「明日土曜だし、友奈のお見舞いに来る? あんたと高嶋が良ければだけど。勇者部が皆揃うし、その時に経緯とかも色々訊きたいし」

 

「もちろんいいですよ。私も結城さんに会ってみたいですし」

 

 ようやく皿洗いを終え、風と赤嶺は小綺麗に器を並べてソファーに腰かけた。

 スマホを片手に、風は手慣れた速度で指をスワイプさせ、勇者部の連絡アプリを起動させる。可愛らしいアニメーションが再生され、瞬時に部屋が表示される。

 そこに明日のお見舞いの時間を送信し、園子を筆頭に脊髄反射じみたスピードで了承の返事が返ってきた。しかしその中でひとりだけ、朝から用事で参加できない旨のメッセージが送られてきた。

 送信者の名前は東郷。友奈大好き筆頭がまさかの返事に、風は思わず二度見した。

 その様子を見た赤嶺は画面を覗き込んだ。

 

「どうしたんですか?」

 

「いやあね、東郷が明日のお見舞いに行けないって言ってるのよ。珍しいわね……」

 

「そうなんですか?」

 

「それはもう。誰よりも速く病院に着いて、誰よりも友奈のことを想ってるくらいよ」

 

 そも暗黙の了解だと言わんばかりだ。

 東郷とはあの時遭遇した大和撫子のような人物のはず。高嶋に対する千景のように、友奈に対する東郷という関係性があるかもしれない。

 と、ここで浴槽の掃除を終えた高嶋がリビングに帰ってきた。風と赤嶺を捉えるとソファーへダイブしてくる。ふたりは咄嗟に両端に避け、空いた中央スペースに「ぐべっ」と顔から突っ込んだ。

 

「ふたりとも酷いよ~」

 

 きちんと座りなおした高嶋は頬を膨らませて不服を口にする。

 

「ぐんちゃんなら受け止めてくれた」

 

「それはそうだよ」

 

 赤嶺の素早いツッコミ。

 きっと千景なら息を荒くしながら鼻の下を伸ばすことだろう。容易に想像できる。

 

「そうそう。今赤嶺にも話してたけど、明日友奈のお見舞いに来る?」

 

「友奈って、結城ちゃんの友奈?」

 

「そそ」

 

 特に考え込むような素振りも見せず、高嶋は「行きます!」と即座に返した。

 窓の外で、半円の月が綺麗な輝きを放つ夜だった。

 

 ◆

 

 集合時間は伝えたとおり、夕方だ。

 風たちが病院の受付場所に着いたときには、すでに夏凛と園子がベンチに二人仲良く座っていた。

 風が声をかけると振り返り、こちらに手を振ってくれた。

 

「ごめーん、待った?」

 

「ううん、全然待ってませんよ〜。ねーにぼっしー」

 

「だからにぼっしー言うな」

 

 このやり取りはもはや通過儀礼にまでなっている。「はいはい」と風はいっそ清々しいほどの受け流しでスルーすると、改めて受付の前まで皆で移動する。

 もう慣れたやり取りだ。受付の人は手際良く手続きを済ませようとして流すように風たちを見回すと、明らかにおかしいものを見たかの目で二度見、いや三度見ほどして高嶋と赤嶺を凝視する。

「親戚です」と風の女子力(?)ゴリ押しになんとか突破はできたものの、怪しまれる目は変わらなかった。さすがに通報とかそのようなことはされないだろう。

 特に医療もこれといって目まぐるしい発展を遂げているわけではなさそうだ。赤嶺は自分の時代と比較しながら風の後ろを歩く。

 そういえば、鏑矢の御役目は原則過度な発展の阻止だ。この時代の技術力が鏑矢の努力の賜物だというのならば、赤嶺たちから次の世代へとバトンが渡され、それが何百年も続いていることになる。つまり今もどこかで闇に紛れて活動する鏑矢がいるはず。

 だが、それを確かめる術はない。

 ……ふと、夏凛が赤嶺と高嶋をちらちらと見ているのに気づいた。赤嶺は口を開いた。

 

「何か?」

 

「いや……別に? ……いや、違うか。どうだった? 風の家に泊まって」

 

 出だしは歯切れの悪い返事だったが、ぼそりと改めると、やや緊張を滲ませて訊いてきた。

 どう? というのはとても投げやりな訊き方だ。良かったよ、なんて当たり障りのない返事をするのはいくらなんでも言葉足らずになってしまう。

 なるべく事細かに話そう、と善意たっぷりで記憶を掘り起こしながら話した。

 

「風さんはとてもお母さん気質だったよ。樹ちゃんを寝かしつけたあと、来客用の布団で寝てる私達まで寝かしつけようと来たんだから。私達別にそこまで幼くないのに。それにわざわざ私達の服も洗濯してくれたし。私のはスーツだからさすがに無理だったけど。いやぁ、もう本当に至れり尽くせりだったよ」

 

「そ、そうなの」

 

 まさか模範解答のような返事が来るとは思っていなかったのか、夏凛は若干引き気味に相槌を打った。

 と、ここで赤嶺の裾が誰かにちょいちょいと引っ張られた。誰かと振り返れば犯人は樹で、手を口に当てて耳元で囁いた。

 

「寝かしつけられたなんて言わないでくださいよ〜」

 

 間違いなく樹は妹キャラだが、風とは二年差、赤嶺とはたった一年差だ。それなのに背中を擦られ、眠りに落ちるまで寄り添ってもらうというのはやはり恥ずかしいということか。しかし満更でもなさそうな表情だったのを知っている。

 ごめんごめん、と平謝りしていると不意に園子が足を止めた。

 どうやら目的の病室に到着したようだ。ドアの横には確かに結城友奈様と印刷された名札がネームプレートに挟まれている。

 この時代の友奈はいったいどんな人物だろうか。せめて高嶋よりはしっかりした人であることを期待する。

 

「結城ちゃんがどんな子か楽しみだね!」

 

 目をキラキラさせながら無邪気に語りかけてきた高嶋に同調し、胸を高鳴らせる。

 園子がドアをノックし、横にスライドした。続いて風、樹、夏凛と入り、最後にふたりで一緒に部屋に足を踏み入れた。

 そこには、ひとりの少女がベッドに背中を預け、ひっそりと佇んでいた。纏う雰囲気は枯れた植物のようで、高嶋とは真逆だった。

 お見舞いに来たというのに、こちらを見向きもせずにぼんやりと天井を見上げている。シミ一つないというのに、何がそこまで興味を引いているのか。

 その双眸には光は宿らず、心ここにあらずといった感じか。乾燥しきった唇。痩せこけた頬。色味のない肌。

 それによく見ると、涙の跡が頬に薄っすらと残っている。

 どう考えても、ただの怪我などではなかった。

 

「友奈はね、こないだの戦闘で無理をしたそうなのよ」

 

 そうぽつりと話し始めたのは風だ。

 少し崩れた布団をかけ直すと、優しく眉毛にかかった友奈の前髪をかき分け、涙の跡を丁寧に指で拭う。

 

「ホントはあんたたちと話をさせてやりたいけど、ちょっとそれは無理。ごめんね」

 

「…………」

 

 高嶋も何を言えばいいか咄嗟には思い浮かばないようだ。風の言葉をゆっくり咀嚼しながら友奈の顔を見下ろしている。

 見れば見るほどその容姿はそっくりだ。予想通りと言うべきか、高嶋の方に似通っている。

 空調の低い唸り音だけが病室を支配し、たっぷりと沈黙で満たされる。

 そして次に口を開いたのは夏凛だった。

 

「どうしたの、赤嶺」

 

 眉を寄せながら、友奈を貪るような眼力で見ていた赤嶺はハッとして表情を戻すと、なんでもないとかぶりを振った。

 夏凛はその不気味さにやや訝しげに見つめたが、気のせいだと視線を移す。

 思っていたより症状は重い。まだ高嶋は西暦で一度しか戦っていない。それも、はっきり言って、戦績はひとりで前線に立った若葉のほうが遥かに良い。他の皆は若葉が逃したものを確実に仕留めるだけで良かった。

 だからこれといって絶大な負荷はなく、挙げるとするならば高嶋の切り札のみ。

 だから、戦闘による怪我に対してあまりリアリティを感じていなかった。

 具体的にどのような経緯でこうなったかは知らないが、目の前に傷ついた勇者をつきつけられて、何も思わないはずがなかった。

 だが不思議なことに、不穏な空気に包まれていないことに気づく。

 ……そう、誰ひとり暗い顔をしていないのだ。

 それが何より疑問を強める。

 そんな高嶋の隣にぴょこん、と園子が立った。

 

「なんでって顔をしてるね、たかしー」

 

「た、たかしー?」

 

 些か奇妙な呼び方だ。

 若葉とは打って変わってどこかふわふわした感じで、雲のように掴みどころのない少女。あの生真面目遺伝子がこの少女に行き着いたと聞けば果たしてどんな顔をするだろうか。

 

「私たちはゆーゆを信じてる。だから下を向かないんだよ。結城友奈は勇者だって、皆は知ってるから」

 

 ……若葉なら純粋に育った子孫に喜ぶことだろう。

 真っ直ぐな瞳は友奈を捉え、手首に結ばれたミサンガに優しく触れる。

 

「……皆も揃ってることだし、そろそろあんたたちのこと、聞かせてもらってもいいかしら」

 

 そう言い放ったのはパイプ椅子を運んできた風だ。しかし数がひとつ足りず、起立を保つことにする。部長にそんなこと、と園子が食い下がるが、いいのよと風は丁重に断った。

 これまで赤嶺と高嶋は先に説明しなければならないことをすっぽかして転がり込んだ身だ。風たちのお人好しさというのもあるが、それでも感謝すべきことであるのは事実。

 とはいっても赤嶺にはどうしても話してはならないことがあるので、そこだけは伏せさせてもらう。

 当然、高嶋はお口チャックだ。

 西暦に飛ぶまでをぼかして、そしてこの時代に飛ぶまでのある程度の詳細を語る。念の為共闘したことは省く。

 全員が無言で聞き入ってくれたおかげで、スムーズに語ることができた。

 説明を終え、少し時間をおいて言葉を発したのは夏凛だった。

 

「どう考えてもその腕時計が原因なのはわかるけど、どこにあんの?」

 

「ここに。まだ私もちゃんとわかってないから気をつけてね」

 

 ごそごそとポケットを弄って言われたものを手に掴み、全員の前に差し出した。

 すると高嶋が小さく息を呑んだ。

 

「外れたの⁉」

 

「うん。この時代に来てすぐに」

 

 何の躊躇いもなく腕時計を手に取ったのは樹だ。興味深そうにまじまじと裏に返したりして専門家のように細かい機構まで覗き込む。

 もしかして知られざるスキルがここで発現かと思いきや、目を回して早々ギブアップしてしまう。

 

「ご、ごめんなさい。何か役に立てると思ったんですけど……」

 

「いいよいいよ。その気持ちだけでも十分ありがたいから。逆にそんな簡単に理解されたらこっちが驚くよ」

 

「確かに……そうですね」

 

 樹は占いといったオカルト的な類が得意だと聞き及んでいる。そういったものとは真逆の機械いじりなど、文系が難解な数学に挑むのとほぼ同じだ。

 それと同時にとても純粋な子だと改めて認識させられる。

 もちろん蓮華や静も表裏のない性格だが、裏の世界に生きている。人の悪意に触れ、その尽くを文字通り叩き潰してきた。だからこそ、樹のような少女は赤嶺にはあまりに眩しすぎた。

 ……もし。

 もし、赤嶺が鏑矢にならなければ目の前でにへらと笑う樹に対して素直な反応を返すことができるのだろうか。

 そんな儚い問いかけは、友奈の頭上で泡のように弾け、消えた。

 

 ◆

 

 ……昨日もうどんではなかったか?

 空になった夕食に使った器を洗いながら、赤嶺は犬吠埼家の食事事情を考察する。

 香川県民だからうどんが好きなのはまあわかる。赤嶺は沖縄出身の血筋だが、プロテインと同じくらいうどんが好きだ。

 しかしながら限度というものがあり、三食全てがうどんに固定されるのはどうかと思われる。この家にはうどんしか食料がないのか? 調べてみたいという衝動に駆られるが、さすがに人様の家を探るような真似はできない。

 ……だが風のつくるうどんは普通に美味しいので、文句はない。

 この異常とも言える執念は並大抵の香川県民ではない。

 と、ここで一緒に風呂に入っていた樹と高嶋が上がったようだ。ドライヤーのけたましい音がこっちにまでよく聞こえる。

 すべての器の水気を拭き取った赤嶺に風は口を開いた。

 

「次、お風呂入っていいわよ〜」

 

 しかし赤嶺は首を振った。

 

「いえ、風さんが先に入ってください。私はちょっと散歩に行ってきます」

 

「散歩ってあんた、今何時だと思ってんの」

 

 風が視線を左に振ると、時計は十時を指している。

 こんな夜遅くに、しかも女の子がひとりで外を出歩くのは危険だと言わんばかりの目だ。しかし赤嶺は鏑矢。そういった障害などものともしない強さを持ち合わせている。

 自信満々に口角を上げ、腕に力を入れて力こぶを見せつける。

 

「大丈夫ですよ風さん。私、こう見えて結構強いんですから」

 

「ホントに? ホントのホントに大丈夫? 過去の人間を匿ってる身としてあんたに何かあったら歴史とか変わるんじゃないの? よくわかんないけど」

 

「すぐに帰ってきますよ。この辺りの地理を知っておきたいっていうのもありますし」

 

「じゃあ……気をつけるのよ。外は寒いから温かい格好しときなさい。カイロがあるからそれを……。あとは懐中電灯……」

 

 お母さん気質を発揮する風を置いて、颯爽とリビングから姿を消した赤嶺はそのまま玄関から外へ飛び出していった。

 そして入れ替わるようにパジャマに着替えた樹と高嶋がリビングに入ってくる。

 

「お風呂上がりましたー!」

 

「ましたー!」

 

 高嶋に続いて樹が報告する。

 樹が一直線に向かったのは冷蔵庫。バタンと開けると、キンキンに冷えたミルク瓶を一本手に取り、ゴム栓をきゅぽん! と抜くと、腰に手を当ててぐいっと喉に流し込む。

 その姿はさながら中年のおじさんのようで、樹の名誉のために高嶋はツッコもうとした口を閉ざす。

 風はテレビをつけ、ソファーにだらしなく寝転がってぐだぐだしている。

 そういえば、赤嶺がどこにもいない。

 

「赤嶺ちゃんは?」

 

 すると風がこちらに首だけ向ける。

 

「散歩行くってどっか行ったワ」

 

「ええ〜!」

 

 驚きの声を上げるが、すぐさま宥められる。

 

「まあでも確かに強そうだからいいんじゃない? だって赤嶺も……あ、勇者だっけ?」

 

「違いますよー! 赤嶺ちゃんは……!」

 

 か、と言いかけてギリギリのところで口をつぐんだ。赤嶺に鏑矢であることは言わないように強く言いつけられているのだ。出会ってほんの数日の仲だが、約束は守らなければならない。

 

「ところで――」

 

 風が話題を変えようとしたその時。

 唐突に高嶋のすぐ横の壁から、妖怪のようにぬるっと何かが通り抜けたのを見た。

 思わず短いを悲鳴を上げて後退る高嶋だが、妖怪は磁石に吸い寄せられるように接触する。

 外見はぬいぐるみサイズの少し赤みがかった白い牛。小さな羽を懸命にパタパタ羽ばたかせながら高嶋に鼻先を擦り付けてくる。

 

「牛鬼⁉ なんでここに……?」

 

「友奈さんの精霊だったよね……?」

 

 驚きを顕わにしたのは犬吠埼姉妹だ。

 高嶋はなんのことかわからなかったが、精霊、と聞いて少なくとも害のあるものではないとほっと胸をなでおろす。

 

「これが精霊なんですか?」

 

 牛鬼を抱き上げた高嶋はマシュマロのように柔らかい頬を指先で突きながら尋ねる。

 西暦時代では精霊は身体の中に宿し、それを現実世界に表出させることで絶大な力を得ている。だから、精霊の外見はまったくの認識外にあると思っていた。

 これが長い月日が流れ、このように変化したのか。

 顎をくいくいと擦ると牛鬼は人懐っこく高嶋に甘えてくる。

 

「勇者システムは凍結、スマホも回収されたはずでしょう? なのになんで……?」

 

 風が掠れ声で呟く。

 前回の大規模戦闘後、大赦の手にきちんと渡ったはずだ。なのに精霊が勇者システムが組み込まれていないスマホに潜んでいた? それも、誰の指図の受けずに精霊自身の意志で?

 精霊は主を死なせないために独立行動を取ることができる。それは『誰か』が証明してくれたはず。

 しかし主のもとを自ら離れるなんて行動は、あまりに不可解で、常軌を逸している。

 それに高嶋の前に姿を見せたというのも理解できない。この時代に飛んできたのはたった一日前のことだ。それなのに会ったことのない高嶋を補足、接触なんて到底考えられない。

 

「……何が起こってんの」

 

 明らかにこれは異常事態だ。早急に大赦に報告……いや違う。もしかすると散華のように何か隠蔽されているものかもしれないから一旦保留だ。

 こういうのに詳しいのは園子だろう。いやいや、いっそのこと全員に話したほうがいい。

 

「園子と夏凛、帰ってきたら一応赤嶺にもこのことを伝えないといけないわ」

 

「これってどういうこと……お姉ちゃん」

 

 樹が牛鬼と戯れ合う高嶋を尻目に唇を震わせる。

 

「わかんない。ただ、私たちだけで何とかするべきではなさそう。一度皆に話しておかないと」

 

 ふたりの一連の会話が耳に届いていた高嶋は不思議そうに首を傾げる。

 そして指をガジガジと牛鬼に噛みつかれたまま、ある疑問を言い放った。

 

「あれ? あの人は……? 同じ勇者部の人。ほら、黒髪の……ええっと……そう! 東郷さん!」

 

 ◆

 

 冬の夜は極寒だ。

 凍てつく風が容赦なく赤嶺に吹き付け、つい身震いする。雪が降っていないだけまだ比較的マシだ。

 スーツを着てこなかったのが災いしたか。しかしそんな姿で外に出ようものなら風に全力で止められていただろう。

 かじかんでいた指もだいぶ温まり、四肢に熱が籠もる。鋭く息を吐き出し、白いモヤを残して地面を蹴る。

 人影の少ない道を疾走する。目指すは午後にお見舞いに行った病院。息一つ切らすことなく到着すると、ぐるりと外周をまわる。

 わかってはいたものの、やはり夜は開かれていないようだ。点々と部屋の明かりが確認できるが、それは恐らく夜勤のものだろう。

 正面から乗り込むのは不可能。

 となれば、侵入だ。

 祝詞の付与がない友奈の身体能力でも、病院を囲うようにあるニメートル超えのフェンスを猫のように静かに登ることができる。

 指に熱い息を吹きかけ、腰を低く落として、いざ――

 

「こんばんは、お嬢さん。こんな時間にひとりで出歩くなんて感心しないな」

 

「――⁉」

 

 不意に、落ち着いた声をかけられた。

 全身に帯びていた熱が爆発する。

 反射的に息が止まり、素早く距離をとった。話しかけられるまで、存在に気づけなかった。

 薄暗い街灯の明かりに照らされ、ゆらりと現れたのは、灰色の袴を来た男性だ。推定年齢、四十前半。見るからに痩せ細っている身体。マッチ棒のようだ。下駄をカツンカツンと静かに響かせて接近してくる。

 これほどわかりやすい音なのに、なぜ気づけなかったのか。

 赤嶺の中で、この男に対する警戒度が一気に最大まで引き上げられる。

 

「何の用ですか?」

 

 僅かに敵意の孕んだ声で尋ねる。

 すると男は顔を微動だにせず答えた。

 

「物凄い形相で走る君を見かけてね。それに、君の顔は僕の知り合いによく似ている」

 

「だからなんですか? 何をしようと私の勝手です。あなたの方こそ、こんな遅い時間に何をしているのですか? 私が大声で助けを求めれば変質者(・・・)になってしまいますよ?」

 

「なに、ただの散歩さ。恐らく君は、結城友奈さんに会いに来たのかな? でも夜に会えないことはわかりきっているはずだ。……でもその様子だと、夜がいい(・・・・)とみた」

 

 饒舌に語る物言いが気に食わない。

 なぜならば、男の言うことはすべて当たっているからだ。

 少し意識を戦闘用に切り替えてみようかと集中した瞬間、身体の芯まで凍りつくような悪寒を覚えた。

 男は一歩も動いていない。細く白い風がふたりの間を吹き抜けるのみ。

 

 ――排除するか?

 

 刹那の間に思考する。

 相手は動きにくい格好をしている。しかし今の赤嶺では余裕をもって無力化することは難しそうだ。それにこの男、一見だらしなさそうに見えるが、隠しきれていない覇気が只者ではないと如実に語っている。

 老若葉に似たものを想起させられ、赤嶺はごくりと生唾を飲んだ。そして頬が極僅かに強張っていることに気づく。

 恐らく無力化はできる。

 しかしこちらもただでは済まない。

 これが思考の末に出た結論だ。

 ほう、とため息を吐いて赤嶺は一切のやる気を打ち捨てる。

 興が削がれた。

 赤嶺の意思を感じ取ったのか、男の顔は穏やかなものへと変化する。

 善人なのか悪人なのか判断がつかない。しかし……この男とはあまり関わりを持つべきではないと本能的に悟る。

 

「……懸命な判断だよ」

 

「そちらこそ」

 

 赤嶺は踵を返し、男に背を向ける。

 そして病院から遠ざかり、夜の闇に溶け込み、幻のように消えた。




高嶋チャンのおかげで1日足らずで東郷の消失に気づくことができた
この後正史では東郷を救いに行くはずだが、友奈がいない。果たしてこのままで大丈夫なのか
それになんだか色々と不穏な空気が漂っている……

それではまた次回!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。