高嶋友奈の処分完了。残る処分対象は、赤嶺友奈
脳内戦力設定は、
征矢<赤嶺(祝詞無)<<<高嶋<赤嶺(祝詞有)<友奈たち≒切り札<<<満開
それは、友奈には聞き慣れない音だった。
強烈な炸裂音。ショピングモールでそんなことがあるとすれば……風船が割れる音くらいしかわからない。だが、炸裂後の余韻からしてそうではないと風船である可能性を捨てる。
ただ、それが只事ではないことはすぐに理解できた。
多目的トイレにいた友奈と赤嶺は、すぐに樹海化が起こったことに気づくことができなかった。
少しの間が空いて、二回、一回と続けざまに聞こえた音は、なんの音であるかは友奈でも完全に理解できた。
そして、ようやく遅れて樹海化警報の通知が友奈のスマホからけたましく鳴り始めた。しかしその場にはすでに赤嶺の姿はなく、常人離れしたスピードでドアを開けて飛び出した後だった。
友奈も急いでスカートを腰までたくし上げて、車椅子を動かして音のした場所へと向かう。
実際に樹海化するまでには幾ばくかの時間がある。それまでに起こった『何か』を確かめなければ。そんな強い焦燥感に駆られる。
また、自分のせいで嫌なことが起こったのではないかという恐れ。今日は誰にも呪いのことは話していないはずだ。しかし友奈が知らないだけで、もしかするとトリガーとなる言動をしていたのかもしれない。
心がきゅうう、と締め付けられるのを感じながら友奈は手元のレバーを倒す。
どくんと強く心臓が脈打つ。血流が普段の倍近くの速度で全身を駆け巡り、身体がどっと熱くなる。
冷たい手汗が滲み出て、レバーを握る手の感覚が希薄になる。
音のした場所は――高嶋のいる場所は、そこの左右の曲がり角を左に曲がった先だ。店頭で賑わっている人々の一瞬を3Dで切り取ったような空間を友奈は進み、曲がり角を曲がる。
そして、変わり果てた高嶋の亡骸が視界に飛び込んできた。
「――――――――――」
血溜まりの中心に、力の抜けた高嶋。そしてそれを、自分が血塗れになるのを構いもせずに抱き起こす赤嶺の姿があった。
丁度開いていた瞼を、赤嶺がそっと手を顔にかざして下ろしてやる瞬間だった。
「高、嶋……ちゃん――――?」
死ん……でいる。
間違いなく、死んでいる。
額を貫いている穴が後頭部まで続き、脳の一部がそこから流れ出ている。
夥しい血を見たことによるショックや吐き気などといったものは、友奈にはいっさい生じなかった。
代わりに、友奈の中で一切の思考が停止した。
赤嶺は念の為持ち歩いていたであろう戦闘用スーツに着換え、優しく腕に亡骸を抱えながらある一点を獣のような獰猛な眼力で射抜いている。
友奈もそれにつられ、視線をぎこちない動きで持ち上げる。
その先には、異様な雰囲気を纏う、ひとりの少女がいた。
およそこの辺りでは見ない格好をしている。勇者装束……とは少し違ったデザインだ。
少なくとも友奈の知る人物ではない。初対面だ。
樹海化が発生しても動いているから、この少女は神樹の恩恵を受けているはずだ。もし違うのならば、それは天の――。
「結城友奈、か。安心しろ。お前は殺さない。どうぞ、これから起こる戦闘に励むといい。私は応援しよう」
そう、滑らかな物言いで少女は友奈に語りかけた。
だがそれでも友奈はすんなりと受け取ることができなかった。
なぜなら、少女の足先が明らかにそういう色付けをされたわけではない、赤い着色がされているからだ。
「着替えながら急いで来たけど……これは、どういうこと?」
肥大化して抑えられなくなりそうなほどの殺意をなんとか押し留めて赤嶺が少女――征矢に問うた。
すると征矢は何を馬鹿なことを言っているのだという風に答える。
「あの時言っただろう? 辞令が下った時点で、お前と高嶋友奈の死は確定しているのだと」
「でも……でも、お前は私が確かに殺した。灼いて、骨にまでした。砕いて、その辺の脇道に蹴散らした」
そうだ。
片腕を斬り落とし。首を貫き。
確実に殺した。どうしようもなく、絶対的に。
なのに征矢は目の前でピンピンしている。そんなこと、誰が予想できただろう。
決闘での友奈の蘇生とはまるで訳が違う。完全な肉体の復活。
現実的にあり得るはずがない。この世の理に真正面から喧嘩を売っているようなものだ。
完全に安心しきっていた。
征矢の襲撃はもうないと頭から除外していた。そのせいで高嶋を今、失った。
何の為に念を押してスーツを持ってきていたのだ。
「殺した程度で私が死ぬと?」
両手を広げ、健在であることをアピールする。
赤嶺は憎たらしい敵を見据えて歯噛みした。
「あなたが、高嶋ちゃんを……その……こ、ころ……殺した、の?」
樹海化警報の通知はとうに鳴り止み、今は電話のコール音がけたましく鳴り響いている。
相手は風だ。
しかし、手元のスマホの振動をそのままにして友奈は震える声で尋ねた。
「ああ、殺したとも。高嶋友奈と赤嶺友奈はこの世界にいてはならない。そのしわ寄せがこの樹海化だからな。もし今すぐ赤嶺友奈が死ねば、天の神も赦して手を引いてくれるかもな?」
「そんな……殺さなくても……きちんと話し合って――」
「――はあ。お前は実に馬鹿だな。赤嶺友奈より話が通じない。そんな脳内お花畑な次元の話をしているのではないのだが」
明確な侮辱。
征矢の凍てつく声に、友奈の喉はきつく締め上げられた。
その間にも樹海化は進み、極光の波が世界を覆い尽くす。
思わず目を閉じ、次に開けたときには、友奈たちは青く太い根の上に立っていた。
植物特有の香りが仄かに匂い、遥か遠い前方を見れば、東郷によって破壊されたはずの壁が修復されている。
「これ以上お前と話をする必要はない。さあ、勇者として敵を倒してくるといい。……まあ、その身体でどこまで持つかは知らんが」
じろりと友奈の身体を睨んで率直な感想を述べる。まるで透視されているような感覚だ。右半身麻痺のことを言っているのか、それとも天の神の祟りと謎の枝木のことを言っているのか。
もう用済みだとばかりにひらひらと手を振ると、征矢は踵を返して歩き始める。
「来い、赤嶺友奈。もう少し後方で殺し合おう。邪魔は入ってほしくないからな」
「いいよ。何度でも殺してやる。何百でも、何千、何万回でも」
高嶋の遺体をそっと置いた赤嶺は、友奈に「高嶋ちゃんをお願い」とだけ言い残して征矢の後を追っていってしまう。
ひとり取り残された友奈は、ようやく電話のコールに応える。
『ああ……! やっと繋がったわ! 今全員でそっちに向かってるんだけど、赤嶺と高嶋はそこにいる⁉』
「…………」
『友奈……?』
「っ…………ぁ、た、かし……」
思うように口が動かせない。すぐ側に高嶋の死体があるという現実が、今になって友奈を襲い始めたのだ。
あまりの恐怖に、歯をガチガチと鳴らす。
ひとつまみ分ほどの呼吸を繰り返すのが精一杯で、まともに話したいことが話せない。
もうどれくらいの量の血が流れたかわからないほど根を血色に染めていた。
強い鉄の匂いが鼻腔を刺激し、友奈は顔を苦痛に歪めた。
『友奈⁉』
電話と、少し離れた距離から同じ声が重なって聞こえた。
バネに弾かれたように顔を上げた時にはすでに、勇者装束を纏った風に樹、東郷と夏凜が友奈のいる根より高い位置に伸びている根から飛び降りてきていた。
血相を変えて友奈に駆け寄ろうとした東郷の勢いが、一瞬にして消し飛ばされた。駆け足から力のない歩行へと代わり、そして友奈の前で緩やかに停止した。
青ざめた顔は友奈の更に後ろ、血溜まりに倒れている高嶋を向いている。
「ぇ。これ。どういう……?」
「高嶋ちゃんが、殺され、ちゃった……」
「バーテックスに……?」
違う、人だ。
まだバーテックスは一体も壁の内部には侵入していない。
「知らない人が……」
それだけ口にすると、一気に直前の記憶が溢れる。
「あ、赤嶺ちゃんが、その人と向こうで殺し合いをするって……!」
流れに逆らわず、しどろもどろになりながらもなんとか状況を説明する。
東郷は、続いて頑張って具体的に話そうとする友奈を押し留めるように小刻みに震える手に、そっと指を絡めた。
「落ち着いて……落ち着いて、友奈ちゃん」
柔らかいふたりの指が絡み合い、「真似をして」と囁いた東郷の深呼吸の動作を、ゆっくり繰り返して友奈は心の平穏を取り戻した。
その間に夏凛が高嶋を抱き上げて近くまで運んでくる。
「――誰よ」
夏凛はマグマの如き熱を孕めてそう言った。その目には憤怒の色が濃く滲んでいる。
「向こうに行ったのね? 赤嶺の加勢に行くわ」
「待ちなさい夏凛!」
二振りの刀を両手に今にも飛び出しそうな夏凛を、風が肩を掴んで引き留める。
振り返った夏凛は、隠し切れない怒りを爆発させた。
「なんで止めるのよ! 高嶋を殺した奴を放っておけるはずがないでしょ⁉」
「……違うの。これ、見て」
風が差しだしたのはスマホの画面だ。
しかし夏凛はそれを振り払って進もうとする。
「なんなのよ!」
「いいから! ……いいから、見て」
有無を言わせない鋭い睨みについに折れた夏凛が、若干急かすようにスマホの画面を覗き込む。
すると、みるみる内に顔が真っ青になり、目を見開いた。
「⁉」
銃弾の速度でその場から跳躍し、遠くを見渡せる上の根に移動して壁を見据える。
すでにバーテックスは侵入していて、白という恐怖の色が空を埋め尽くしていた。
だが夏凛が戦慄したのはそこではない。
くっきりと遠目でも視認できる、強大なシルエット。星座の名を頂戴した、進化型のバーテックス。
それが、
夏凛のスマホの地図アプリにもしっかりとそれぞれの名前がタグ付きで表示されている。
綺麗な横並びで侵攻する背後を、圧倒的な量の極小の赤点が埋め尽くしている。
これほどの猛攻は、初めてだ。
東郷が壁を破壊したことによって侵入してきた時の比ではない。今まで手を抜いていたのかと思ってしまうほどの、物量でものを言わせた侵攻。
とてもではないが、夏凛たちで相手取ることは無理だ。
ひとりひとりの戦闘力はあっても、それは『個』である。
分散して範囲を補っても、とても超高範囲をカバーしきれない。
夏凛の隣に立った風と樹が、悲壮感を醸し出しながら仰ぐ。
「私だって……今すぐに赤嶺を助けに行ってやりたい。助けるって、そう約束して迎え入れたから。でも、悔しいけどそんな余裕はないわ」
「クソ……クソッ!」
血が滲むほど固く拳を握りしめた夏凛は、苛立ちを隠すことなく地面を力強く踏みつけた。
「……急ぎましょう。一秒でもはやくバーテックスを全部倒して、赤嶺さんを助けに」
「……そうね」
樹の冷静な言葉に頭を冷やされ、夏凛は自分の肩に刻まれた満開ゲージを見つめた。続いてじりじりと距離を詰めてきているバーテックスたちを眺める。
……満開の使用は避けられないだろう。
そうすれば精霊バリアは張られなくなり、敵の攻撃の防御手段は己の肉体のみ。いくら勇者装束で身体強化がされていても、直接的なダメージは絶対に避けられない。
それは樹もわかっているだろう。頬を強張らせて緊張を見せている。
背水の陣。
この状況に最もふさわしい言葉だ。
下の根では、東郷が友奈に優しく語りかけていた。
決意と覚悟を胸に、長い銃身を担ぎ上げる。
「友奈ちゃんはここにいて。それで高嶋さんを見てちょうだい」
「それはダメだよ……こんなに多くのバーテックス、ひとりでも戦力が多い方が……」
「今の身体の友奈ちゃんに戦ってほしくない。……こういう時くらい、守らせてくれてもいいんじゃない?」
知っている。鮮明に覚えている。
守りあうという約束。幾度もチカチカと発光する眩い星。
それを果たすために、友奈は目覚めた。
その恩返しといった形がしたいのだろうか。
しかし友奈は戦えないわけではない。
戦う意志がある。勇者アプリを起動させれば、勇者に変身できるはずだ。
東郷だって、下半身が麻痺していても必死に戦っていたではないか。
樹海化が始まった瞬間、この展開を友奈は予想していた。
東郷が不自由な身体の友奈を戦わせないように説得する展開を。
分厚いコートの下の、右腕のギプスをそっと撫でる。
先日ギプスを突き破って生えた枝木の感触がコート越しでもはっきりとわかる。
正直、今まで誰にもバレなかったのは奇跡といえる。細心の注意を払っていても、どこかでボロが出て一気に『秘密』が暴かれるのではという恐れがあった。
それを隠すために、友奈も初めは東郷の進言に大人しく従おうと考えていた。
だが、そんな他力本願ではこの侵攻を阻止できない。前回は死闘だったが、今回のほうがさらに死闘だ。
精霊バリアの回数制限が設けられたことで、難易度が嘘みたいに跳ね上がっている。おいそれと攻撃を受けることはできない。
……戦うしかない。
それはつまり、もう自分から『秘密』を暴露するしことと同義だ。
覚悟を決めろ、結城友奈。
やらずに後悔するよりも、やって後悔するほうが、何倍もマシだ。
「ごめん、東郷さん。そのお願いは……聞けない。私も東郷さんと同じくらい守りたいって思ってるから。私のわがまま、受け取ってほしいな」
そう、ほろりと小さな笑みを零した友奈は。
ゆっくりと。
車いすから。
「――――」
その様子を見た東郷は信じられないものを見た風に動きを停止させた。
こちらを見下ろしていた風たちも、一切の思考が吹き飛ばされた顔になる。
友奈の右半身麻痺は、リハビリしても完治しないと診断されたはず。それなのに、まるでそれは悪い夢だったかのような滑らかな立ち上がり。
数度動作を確認するように足踏みをして、右肩を一周二周と大きく回し、再び東郷を見た。
その目は少しだけ、寂しげだった。
「……ごめんね。今まで嘘をついてて。本当は東郷さんを助けに行った次の日には、全部治ってたんだ」
そう言うと、友奈は着込んでいたコートを脱ぎ捨てた。
明らかに肌色ではない有機物が、ギプスから伸びている。
そして、動かないはずの右の拳に力を込める。すると有機物――枝木が、不自然に蠕動しながら右腕の浸食範囲を広げ、ついには固い材質で作られているはずのギプスを粉砕してみせた。
同時に鮮血が吹き出し、友奈は鋭い苦悶の声を漏らした。
今か今かと解放を待ち望んでいた枝木は、あっという間に友奈の右腕を覆い尽くす。それだけではなく、胴体を伝って腰にまで先端を伸ばす。
「友奈ちゃん!」
東郷の悲鳴混じりの声。
想像以上の激痛に耐えきれず、友奈はその場に片膝をついた。
伝播する痛みを、奥歯が割れるほど噛み締めてなんとか耐え抜くことができた。
支えようと差し伸ばされた東郷の手を、ねっとりと血に塗れた手でとる。
「ありがとう……大丈夫だよ。これくらいなら、我慢できるッ、から」
友奈の顔の横に牛鬼が音も無く現れる。
主人の傷はいざ知らず、いつも通りの呆けた顔だ。
「牛鬼。高嶋ちゃんをお願い。これ以上、傷つけられないように」
この戦闘はこれまでになく激しいものになる。
その余波に巻き込まれて高嶋の骸がこれ以上汚されるのは決して許してはならない。
力のこもったお願いを聞き入れた牛鬼は友奈に背を向け、ふよふよと浮遊して高嶋の頭上で停止した。
これで安心だ。
ここ最近、牛鬼には精霊としての枠組みを超えた何か強い意志のようなものが存在しているのではないかと友奈は密かに予感している。
特に高嶋がいる時に、その力を発揮する。
明らかに牛鬼は高嶋に対して何らかの思い入れがあると見ていいだろう。
だからきっと、牛鬼は高嶋を守ってくれるはずだ。
信頼を牛鬼にすべて預ける。
だから、お願い。
友奈の想いが伝わったのか、牛鬼が一瞬だけこちらを見た――ような気がした。
二体目の精霊、火車を呼び出す。
同時にスマホが左手に収まる。
画面は眩い光を放ち、勇者の胎動を待っている。
「……私は、勇者になる!」
親指で画面をタップする。
そして花弁が激しく舞い、次の瞬間には勇者装束を纏った友奈が毅然とした佇まいで立っていた。
……装束の下で、胸の紋様が
◆
赤嶺には征矢に対する恐怖が根深く刻まれている。
こうして征矢の後ろについて歩いているが、背中がガラ空きだ。不意打ちで攻撃し、仰け反ったところで首を掴み、力任せに折る。時間にして二秒を切る。
シミュレーションは完璧だ。
だが、それを実行に移すことができなかった。
額から流れる脂汗。
静かに乱れる呼吸。
何ひとつ、赤嶺は平然を保つことができない。
『恐怖』が目の前にいるのだ。
人間とはまるで思えない最後の一幕が、目を閉じれば瞼の裏にありありと映し出す。
これを拭えない。なかなか取れない赤錆のようなしつこさが海馬に深々と埋め込められていて、抜き出せない。
「――さて」
十分離れたところで征矢は落ち着いた様子でこちらに向き直った。
「隙だらけの私に攻撃を仕掛ける気概くらい見せてほしかったが……なんだ、鏑矢としてだいぶ垢抜けたな」
「……」
「まあそうしないとやっていけないだろうな。鏑矢なんて存在、とっくの昔に終わってるしな」
「……なんだって?」
ピクリと赤嶺の眉が釣り上がる。
今、聞き捨てならない言葉を耳にした。
赤嶺は驚愕をひた隠しにして返す。
「当然だろう。この世界の暗部を任せるなんて、ただの子供には荷が重すぎた。場合によっては人を殺すんだ。いくら心が鍛えられても、精神年齢は子供のままだ」
征矢の言っていることは間違っていない。
赤嶺も、そういった危険性は十分に理解している。理解した上で、鏑矢の御役目を頂戴することを決めたのだ。
老若葉は鏑矢という御役目にあまり良い印象を持ってはいなかった。とうに大赦の看板キャラとしてのキャリアは終わり、余生をのんびり過ごす老若葉。ゆえに、もはや大赦のやることに口出しする力はほぼ失われている。
しかしそれを言い出したら、人外のバケモノと命懸けで戦っていた老若葉はどうなのかとなってしまうから、特にその話題に触れることはなかった。
「お前は? 私と対して変わらないでしょう?」
「私は問題ない」
「なら私も大丈夫なはず。あそこに建てられた石碑の名前が何よりの証拠だと思うけど?」
英霊之碑で自身の名前の存在は確認している。
あそこには、偉業を成した人物の名前が英霊として刻まれている。
蓮華に静の名前も確認済みだ。
立派に御役目を成し遂げたという大赦も認める功績である。それを疑う余地などあるはずがない。
「それは当然だ。お前たちは偉業を成した。その意味はとてつもなく大きい。――大きすぎた」
「もったいぶらないでよ」
「どうして詳細を話さないといけない。お前には関係のないことなのに」
「は? 意味がわからないんだけど?」
「いいか? 良い事を教えてやろう」
そう言うと、征矢は肩の力を抜いてひとつため息をついた。
「歴史は常に最前線を歩んでいる。だから未来は変えられない。過去を無かったことにもできない」
何を言っているのかいまいち理解できない。
赤嶺はその意味を咀嚼しようとするが、これは罠なのではと勘ぐる。
過去と未来は繫がっている。歴史はその結果として紡がれるものだ。
西暦での初戦に参戦してしまったが、それほど大きく貢献したわけではない。『赤嶺友奈が西暦時代にも存在した』という歴史が存在していないことが、その証だ。
「歴史を変える変えないで悩んでいるのなら、それはお門違いだ。なぜなら、お前の世界の郡千景は最後まで御役目を全うし、この世界の郡千景は穢れに負け、途中で殉死したのだから。……異世界からの干渉は許されない。歴史を紡ぐのはいつだって、そこで生きる人々でなければならない」
「――――」
すらすらと語った征矢の言葉を、赤嶺はすぐには理解できなかった。
それを誤魔化すように、バイザーが放つ、仄かな燐光を睨みつける。
そして、これ以上話すことはないとばかりにガシャン! と装甲を展開。意識を戦闘モードに切り替え、目をすぅ、と細めた。
ぱっと見たところ、以前から姿形に変わりはない。あの奇怪な光輪と、左右に伸びる羽のような形状の物体は健在だ。
赤嶺の雰囲気が変わったことを察知したのか、征矢は背後の光輪を輝かせ、ある武器を手に収めた。
それは、ひと振りの太刀だった。
ただの太刀ではない。
鞘からゆっくりと、空気すら裂く音と共に鈍色の光沢を放つ刀身が抜き放たれる。
その洗練された美しさに、つい赤嶺は息を詰まらせ、小さく喘いだ。
「そんな……馬鹿な……ありえない……」
それを知っている。
一度、西暦で目にしている。これを使ってあの人が戦っていた記憶が、強く残っている。
生大刀だ。
「今、お前が思っているので間違いない。しかしこれはレプリカだ。力を宿しているわけでもない。本物には遠く及ばないが……十分に使える。……あの男め。修繕の方が得意だと言う癖して、しっかりしている」
遠くで激しい戦闘音が響き始める。
どうやらバーテックスとの戦いが始まったようだ。様子は見えないが、誰も援護に来ないあたり、相当余裕のない戦いが繰り広げられているのだろう。
……恐怖に打ち勝て。
「……なあ」
「……なに?」
「そんなに私が怖いか? さっきから身体も声も震えているぞ?」
「――――ッ!」
嫌いだ。こいつが、嫌いだ!
触れてほしくないことを、触れほしくないタイミングで平然と口にするその態度が大嫌いだ!
殺す! 絶対に殺す!
何度蘇生しようが、そっちが諦めるまで、何度でも殺してやる。
鏑矢としての冷徹な側面を呼び起こす。
こいつにだけは、容赦なく殺意を剥き出しにしていい。
高嶋を殺したのだ。偶然とはいえ、巻き込まれて三百年後の世界に飛ばされただけなのに。
高嶋は赤嶺より遥かに心の強い少女だ。だからこそ勇者として混沌の西暦で戦い抜くことができたのだ。
過去に残してきた仲間たちのことをずっと想っていたはず。
帰りたい、と。
でも、そんなことを皆の前で口にすることは一度もなかった! 折れて、泣いて、無様だった赤嶺を鼓舞してくれたのも高嶋だった!
友奈たちよりも、高嶋が一番『強い』勇者であると赤嶺は知っている。
「――火色舞うよ」
殴る。まずは殴る。
征矢の強さは理解できている。祝詞の付与のない赤嶺でも余裕を持ってやりあえる。
落ち着いて対処すれば、もう一度殺せる。
鋭く空気を吸い込み、一息に赤嶺は征矢の懐に潜り込む。同時に太刀の間合いへと入る。
当然征矢も柄の部分を握り締めて下段に構える。
左腕の装甲を向ける。これで太刀を受け流して右の拳でその憎ったらしい顔面に食らわせてバイザーを砕いてやる。
両の指に施した、鋼鉄のコーティングで……!
距離にして一メートル未満。
まだ征矢が太刀を振るモーションはない。赤嶺の突発的な動きに反応できていない。
やはり、征矢は弱い。
いける。
そう確信した瞬間。
「……火色舞うよ」
征矢の艷やかな口から、赤嶺と同じセリフが囁かれた。
いや、これは精神的な揺さぶりだ! 無視しろ!
しかし、次の瞬間に起きた出来事は赤嶺のこれまでの思い込みを正面から打ち破るものだった。
まずは、征矢の手元が
そして、太刀が
「!?」
軌跡なんてものは、もはや赤嶺の目には見えなかった。
不可視の剣撃が、差し出された左手首の装甲に触れる感覚を……感じられなかった。
一閃が、まるで豆腐を斬るような呆気なさで装甲を断ち。
左手首の骨をも、いっそ惚れ惚れするほどの綺麗な断面を残し。
切断された左手が、握り拳のまま飛ぶ。
それだけに留まらず、刃は赤嶺の胸を大きく切り裂いた。
僅かに遅れて、とてつもない衝撃が赤嶺を吹き飛ばした。真紅の液体を撒き散らしながら、身体が高く宙を舞う。
驚愕すら遥かに超えた感覚に襲われながら、赤嶺は床に墜落し、大量の鮮血が周囲に散った。
明らかに前回よりも強くなっている。それこそ、あの戦いがお遊びだったような気すらした。
振り上げた姿勢のまま、征矢はこちらを見下ろす。
生大刀には、血糊がべっとりと染み付いている。
そして悠然と呟いた言葉が、かすかに赤嶺の耳に届いた。
「――是、朧斬り也」
赤嶺の知っている、あの人の、剣技。
鏑矢【赤嶺友奈】<<<<<<<征矢【旧名:####】
それではまた次回!