結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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前回のあらすじ
鏑矢【赤嶺友奈】<<<<<<<征矢【旧名:####】
赤嶺友奈、左手首切断


激戦

 悠々と侵攻するバーテックスの大群は壮観で、友奈たちは改めて物量の差を思い知らされる。

 四国以外の(恐らく)地球全土がバーテックスの世界になっているのだ。ほぼ無尽蔵に発生するバーテックスたちは、四国の人口と比べることすらわけないほど膨大な数である。

 横に並んだ六人は静かに遠くを臨む。

 樹が胸元で、小さく拳を握った。

 

「皆。わかってるとは思うけど、この戦いは長引けば長引くほど私達に不利になるわ。だから短期決戦を提案する。出し惜しみ無しで始めっからぶっ飛ばす。満開して、速攻で片付ける」

 

 大剣を肩に担いだ風は、静かに案を提示した。

 今のところ、バーテックスたちに戦略的な動きは見られない。ネームドのバーテックスたちがさらに合体して超強力になる可能性は防ぎたい。もしかすると十二体がひとつに合体する可能性だってある。六体が合体することで、宇宙規模の御霊を生み出していた。

 もし十二体の合体を許せば、満開しても勝ち目がなくなってしまうかもしれない。

 それを防ぐためにも、速攻で。

 さらに、一刻も早く高嶋の遺体の安全の確認、そして赤嶺を助けに行かなければ。

 勇者は六人。単純計算でひとり二体倒せばいい。しかし、雑魚敵の相手も同時にしなければならない。満開の持続時間がどれほどかわからないが、それまでにネームドを。

 それさえできれば、あとは残った雑魚敵の相手をするだけでいい。

 

「ふーみん先輩に賛成です。ここは一気にずがががーん! と一掃するほうがいいと思います」

 

 風に追随したのは園子だ。

 全員が一度は満開の経験がある。おおよその持続時間も体感でわかるはずだ。

 しかし満開するということは、満開ゲージをすべて消費することを意味していて、それ以降は精霊バリアが発動しない。

 残る掃討戦ではより慎重に戦わなければならないだろう。

 ぐっ、と園子は槍を握る。

 アップグレード前ならば、精霊たちの力を無尽蔵に行使して無双、なんてことができたが今は叶わない。

 口惜しいが、ないものねだりはできない。

 

「大丈夫! だって、勇者経験者がふたりもいるんだぜ〜? そうだよね、わっしー」

 

 東郷……以前の名を、鷲尾須美。

 そしてもうひとり、本当は先代の勇者がいた。

 果敢にバーテックスに立ち向かい、精霊の力も、満開も使用せずに三体を撃退して殉死した勇者。

 その名は、三ノ輪銀。

 もし生きていれば、ここには夏凜ではなく銀が立っていたかもしれない。

 しかしそれは、夏凜が勇者として勇者部に来ないということだ。

 ……それは、違う。

 東郷は自然と、右隣の夏凜の手を握っていた。

 普段なら驚いて「何よ⁉」と恥ずかしがりながら嫌がる素振りを見せるが、今回はそんなことはなかった。

 言葉はなかった。

 しかし、ぎゅっと握り返された強い感触が何よりの返事だった。

 

「ええ、もちろんよ。私達は必ず勝つ。一匹たりともバーテックスを神樹様に辿り着かせない」

 

 過去を一切合切捨てるとまでは言わない。

 時々振り返って、思い出に耽り、懐かしむくらいはいいだろう。そして後悔することも、別にいいだろう。

 でも、それに固執するのは駄目だ。

 最も大切にすべきは、過去ではない。今だ。今を大切にできない人間に過去を覗く資格などなく、未来を臨む資格もなし。

 夏凜というかけがえのない存在は、過去から導かれた捨てがたい『今』なのだ。

 そして当然、友奈も。皆も。

 

「風先輩。円陣を、組みましょう」

 

「……私が言おうと思ったけど、まさかあんたが先だとはね。ええ、もちろんよ」

 

 本当なら今すぐにでも飛び出してバーテックスを倒さなければならない。

 しかし、円陣という時間の無駄にしか思えない前振りは、どうしても必要な手順だ。気合を入れるといった目的ももちろんあるが、勇者部としての己を再確認するためでもある。互いを信頼し、信用する。

 ただの一人も欠けてはならない。

 皆、無事でいてほしい。

 そんな切実な願い。

 六人で円陣を組み、両隣の肩に腕を伸ばす。すると東郷の手に人の肌ではない硬い感触が返ってくる。

 友奈の枝木だ。

 生えてきた時の血はまだ乾いておらず、赤く塗れた幹を袖が擦る。

 

「ごめんね東郷さん。私の血がついちゃって」

 

 申し訳なさそうな横顔で謝る友奈に、東郷は首を振った。

 

「気にしないで。これを友奈ちゃんの最後の流血にする」

 

 手に付着した血を感じながら、強く、強く誓う。

 何度でも友奈を守ると。

 何度も助けられた。

 だからそのその恩返し、などではない。東郷自身がそう思うから。願っているから、見返りなんてものもいらない。ただ、友奈には元気に生きてほしい。それだけだ。

 きっと友奈も同じようなことを東郷に対して思っているだろう。

 絶対的な信頼関係。たとえ神であろうとこの繋がりを断つことはできない。

 いや、させない。

 東郷は一層腕に力を入れた。

 

「それじゃあいくわよ! 勇者部――!」

 

 ファイトォ!! と六人の力強い鬨の声が樹海に響く。

 円陣を解き、ぐっと脚に力を込める。

 そしてめいっぱいその場から大きく跳躍した。

 満開ゲージをすべて消費する、時間制限ありのシステム解放の名前を高々と吼えた。

 それぞれのイメージカラーの巨大な花が、ここに私達がいるぞとばかりに、煌々と咲き誇った。

 

 ◆

 

 痛みには慣れていたはずだった。

 しかしそれは、愚直な思い込みであると痛烈に気付かされた。

 鏑矢として戦う以上、怪我は避けられない。最後に蓮華と一緒に臨んだ御役目でも、大男との一対一でこれでもかと痛みを味わった。しかしそこで身体がすくんで萎縮したりすることはなかった。戦意が削がれるなんてあるまじきことはなかった。

 普段から蓮華との鍛錬で打ち合っていたし、老若葉に足腰が立たなくなるまで文字通りボコボコにされることなんて、数えるのが嫌になるほど経験した。

 だから痛みには耐性があると勘違いしていた。

 真の痛みとは、これほどのものなのか。

 業火ががむしゃらにしゃぶるように赤嶺の身体を貪り、左の手首と大きく切り裂かれた腹部からどくどくと恐ろしい速度で血が流れている。

 いつしか感覚すら希薄になってきて、生命の危険すらあると鈍くなった思考が本能で悟る。

 もしかすると内臓にも刃が届いているかもしれない。

 ……今は敵の目の前。すぐにでも立ち上がらなければならない。

 だがそれをすぐさま行動に移すことができなかった。

 闇に虹をぶち込んだような暗色の空を見上げながら、赤嶺は今になって襲ってきた戦慄に息を詰まらせる。

 数秒前に起こった出来事がフラッシュバックする。その中で、ふたつのシーンが強く頭に響いた。

 

『火色舞うよ』

 そして、

『朧斬り』

 

 確かに征矢はそう言った。聞き違えるはずがない。

 そして間違いなく、征矢の放った朧斬りは本物である。

 元々は老若葉の剣技。勇者時代でもこれを放っていたのかは知らないが、誰にも再現できない絶技のはず。

 大赦のイメージ向上の一環として昔の老若葉が演舞を披露する際、朧斬りを放つ場面がいくつかあった。本人はノッたからだと言って健康的な皺を重ねながら笑っていたが、どう見ても複数回催されたそれらの様子を録画した動画では、必ず一回は披露していた。

 ということは毎回なんだかんだノッていたのだろう。

 もちろんそれを直に見る人々がいるわけで、伝説の勇者の放つ剣技だ、誰しも真似したくなるのは当然。

 相当な人数が朧斬りを修得せんと躍起になっていたのを知っている。真似したものを動画に撮って、動画サイトに投稿することなんてざらにあって、当然赤嶺もその中のいくつかを興味本位で見たことがある。

 

『全然駄目ね。速度も滑らかさも、まるで若葉様に及ばない』

 

 画面を覗き見した風呂上がりの蓮華が、裸でタオルを首にかけたままそう辛辣にコメントしたのを覚えている。

 確かに赤嶺の目からしても上手く言語化はできないが、違うと確信できる。なぜなら最も間近で何度も見たことがあるし、何度も身体に打ち込まれたことがあるから。

 ……だからこそ、征矢の朧斬りが本物であると、身体が直感的に感じ取った。いっそ恐ろしいほど、しっくりきた。

 視界の上部でチラリと死の光が映り込む。

 瞬間、赤嶺は死に物狂いで首を曲げて頭を横に動かした。

 その直後、左耳の端を浅く裂きながら生大刀が一秒前まで赤嶺の頭があったところに突き立てられた。根を大きく穿った剣先に、まだべっとりと付着している血が重力に従って流れる。

 それだけに留まらず、ズガガガッ! と大きく根を抉りながら頭蓋を割らんと迫る刃を、強引に上半身を動かすことでギリギリ回避。その勢いのまま立ち上がり、バックステップで大きく距離をとった。

 

「そのまま寝ていれば良かったものを」

 

「ゴ、ふ……ッ」

 

 どこまでも冷たい物言い。こいつに感情といった類はあるのか。

 赤嶺は咄嗟に言い返そうとしたが、上手く舌が回らず、ひび割れた音が喉から漏れた。

 つい反射的に咳き込むと、胸のあたりの痛みが再燃して蘇る。

 その後、ようやく損傷に反応したスーツが左手首の出血を抑えるために、ギュウウと血管を圧迫するべく傷口付近の部分が引き締まった。

 腹部の方は……駄目だ、上手く機能しないようだ。中途半端な引き締まりになっている。度重なる傷によって不具合を起こしているのだろう。自分の身体を見下ろして確認すると、なんとか致命的なレベルの流血は食い止められている。どちらかというと手首のほうが甚大で、スーツによる処置がなければ時間経過で出血多量による死亡は避けられなかっただろう。

 喉にこみ上げた粘性のある液体を口に含み、地面に吐き出す。よく見ればそれは赤黒く、どうやら征矢の剣撃は肺にまで至っていたようだ。

 どうりで呼吸がしにくいと思った。

 

「……お前は、誰?」

 

 自分でも驚くほど掠れた声で赤嶺は尋ねた。

 朧斬りをここまで自分のものにできるとは、もうこれは老若葉本人としか思えない。

 脳裏でスパークが弾け、征矢との出会いからの記憶を呼び起こす。植え付けられた恐怖も同時に鮮明に蘇る。心の痛みを堪えながら老若葉と比較する。

 が、そもそも時が経ちすぎているし、なにより容姿がまるで違う。明らかに別人だ。

 ならば、あとひとつの可能性。これも今の理由で簡単に否定できるが、ある予感が肌をピリピリと刺激している。

 

「私は鏑矢、赤嶺友奈。お前はずっと征矢って名乗ってるけど、それは御役目の名前でしょ? 本名はなんなの?」

 

「…………」

 

 これまで余裕そうだった征矢の表情が、ここで初めて強張った。

 緩やかに上げられていた口角が下ろされ、バイザー越しにでもわかるほど絶対零度の視線が突き刺さる。

 

「…………」

 

「……弥勒蓮華は私が殺した。あろうことか、処分対象を守り、匿おうとした。これは許されない行為だ。鏑矢としての規律を破った弥勒蓮華を処分するには十分すぎる理由だった」

 

 人の口からこれほど色のない声を出すことができるのか。それほど征矢の語る口調は淡々として、金属の歪む音のようにも聞こえた。

 

「……桐生静も私が殺した。第一世代の鏑矢は解散し、桐生静は第二世代の巫女となり、御役目に就いた。だが、これも駄目だった。子供に闇は務まらない。心が歪み、狂気に落ちた執行者たちと巫女を、私が一人残らず、優しく殺した」

 

「赤嶺友奈は?」

 

 もうすでに理解はほぼできている。それを補強し、確固とするための質問。

 そうであってほしくないという儚い希望を、密かに胸に抱きながら。

 

「赤嶺友奈が殺した。鏑矢を殺し、その後も神樹に仇為す者を殺した。殺して、殺して、血の匂いが身体の芯に染み付くまでひたすら殺し続けた。いつしかその功績が認められ、祭られ、『赤嶺友奈』の心身は神樹に取り上げられた。代わりに征矢の名を与えられた」

 

「――――」

 

 予感は的中した。

 こいつは征矢、赤嶺友奈だ。

『火色舞うよ』なんてユニークなフレーズを用いたのにも納得できる。しかし殺意の質がまるで違う。次元が違う。

 研ぎ澄まされた切っ先にすら思える、氷の刃。これが相応しい表現だろう。

 

「だから私は死なない。死んでも新たな私が抽出される。いつまでも四国の守護者として戦えるように」

 

「お前は……それでいいの?」

 

 征矢は生大刀の腹の部分を肘裏に挟み、血糊を綺麗に拭き取った。そしてブォン! と低い音を鳴らして振り払った。

 たったそれだけで物質化した斬撃が飛んできそうな錯覚に陥り、思わずくぐもった音が漏れる。

 

「それでいいのか……だって? そういった考えを私は持ち合わせていない。ただ四国の平和を守る機構。それが私だ。人の心なんてものは、とうの昔に捨てた」

 

「そんなの……酷すぎるよ……」

 

 自身の末路がこのような……このような酷いことになるなんて、赤嶺には到底受け入れがたいものだった。

 自身の未来。

 四国を運営する歯車となり、永久に生き続ける。果たしてこれを予期できただろうか。

 血に汚れ、人の悪を討ち、平和を守る。

 それは鏑矢と何も変わらない。だがそのベクトルが異質だ。鏑矢はまだ人としての尊厳が保たれていた。少ないが仲間がいた。絆があった。普通に生きていたらまず経験しない壮絶な戦闘に心がやつれることもあったが、蓮華と静がいつだって癒してくれた。同じように赤嶺もふたりを癒した。

 だが征矢にはない。

 人として扱われていない。ただ対象者を殺すためだけのシステム。

 仲間がいない。これほど寂しいことが果たしてあるだろうか。

 ずっとひとりで二〇〇年以上、孤独な戦いを続けてきたなんて、およそ人の所業ではない。神樹が介入しているのならば、それは大赦も一枚噛んでいることを意味している。

 中学生の少女にこのような仕打ちが許されていいわけがない。老若葉の鏑矢新設への危惧は、こういう危険性を孕んでいたからではないからだろうか。

 勇者の慧眼は、ずっと先の未来を見通していたのかもしれない。

 盛者必衰。大昔の時代の書物にそんな言葉がある。大赦という組織はもう、そういうレベルにまで落ちている。

 ある感情が、ふつふつとこみ上げてきた。

 その出口はたったひとつ。

 

「……なぜ泣く?」

 

 征矢が心底不思議そうに呟いた。

 赤嶺は真っ赤に腫れた目元をゴシゴシと拭い、毅然とした態度で言い放った。

 

「お前の……あなたの在り方があまりにも悲しいからだよ。人の命をここまで弄ぶ神樹と大赦に怒っているからだよ」

 

 ここまで腐ってしまったか。

 以前口にした通り、この時代はターニングポイントを迎えている。今の四国の運営体制に異を唱える者が出てきている。その最たる例が友奈たちだ。

 初めは真っ当な運用ができていたのかもしれない。しかし年月が過ぎるごとに大赦の信念は捻じ曲がり、歪なものへと変容していった。

 

「そんな目で私を見る必要はない。確かに私の旧名は赤嶺友奈だが、だからといってお前も私と同じ運命を辿ると定まったわけではない」

 

「でも、私がそうなる可能性は十分にある。でしょ?」

 

「そう悲観するな。あくまで私はお前の可能性でしかない」

 

「私に……何かを期待しているの?」

 

 征矢の言い方はまるで、赤嶺に警告しているようにも受け取れた。

 別の可能性の示唆。それは征矢という結末以外の何か。

 

「………………まさか」

 

 そう、失笑混じりに答える。

 相変わらず剥き出しの殺意は変わらないが、凍てつく声色の奥に微かな灯火が宿っている……ように見えた。

 もしかしたら。

 もしかしたらまだ、征矢の中に僅かながら人の心が残っているかもしれない。

 単なる思い違いかもしれない。迷惑千万だと思われるかもしれない。

 でも、今、赤嶺は征矢の心を見出したという確信には遠く至らないが、可能性があると悟った。

 征矢に対する恐怖が完全に払拭されたわけではない。指先の震えはまだ止まらない。それが恐怖からか、血を失いすぎたからなのかは赤嶺にも把握できていない。

 でも、恐怖以外にある感情が浮かび上がった。

 ……憐れみ。

 じんわりと全身に熱が染み込み、赤嶺はまだ戦えると己を奮い立たせた。

 悲惨な末路を迎えた自分自身を目覚めさせる。

 淡くなりかけていた景色が、くっきりと輪郭を取り戻した。残る右手をポーチに伸ばして小刀を……いや、矢を取る。

 この場ではリーチの長いこちらのほうが良い。攻撃方法は刺すしかないが、長い柄は征矢の剣筋を反らすのに使える。

 先端のスイッチを押せば、鉛筆サイズだった矢が伸びて十分なリーチを獲得する。

 威圧感を放つそのバイザーの裏でどんな顔をしているのだろう。それは、砕くか剥がないとわからない。

 赤嶺は凛とした力強い声で言い放った。

 

「改めて名乗らせてもらうよ。私は鏑矢、赤嶺友奈。……征矢、赤嶺友奈。私はあなたに決闘を所望する」

 

 すると、征矢の口元がグッと引き締められ、バイザーの光が光量を増した。

 それは、愚かな挑戦者に対して、圧倒的強者の醸し出す余裕が滲んでいるように見えた。

 

 ◆

 

 バーテックスたちの視線が友奈たちに一斉集中した。

 まだ合体する動きはない。

 個の限界という弱点を突くため、バーテックスも戦略を変えたのか。

 満開と同時に巨大な追加武装が出現し、六人の戦闘力を劇的に向上させる。

 ここからは時間との勝負。満開中にすべて倒せば僥倖。風の言う通り、短期決戦だ。

 両脇から伸びる金属質の豪腕とのリンクを確認し終えた友奈は、誰よりも速く敵へと飛翔した。

 まず狙いを定めたのは、以前の戦いで猛烈な矢の雨を振らせていて苦戦を強いられた、射手座の名を冠するバーテックスだ。こいつを放置しておくと、複数枚の反射板を持つ蟹座のバーテックスと完成された連携で苦しめられることは間違いないだろう。

 逆に射手座を仕留めることさえできれば、同時に蟹座もほぼ無力化できたと言っていい。 友奈の狙いを察知したのか、二体は急速に身体の向きを変えて友奈を墜とさんと息巻く。

 縦に身体の長い射手座には、人の口腔を模した部位が上部と下部の二段に分かれている。その内の下段の口が大きく開かれたのを友奈は見た。

 上段ならば、巨大な単発の矢が放たれるが、下段はその逆で、無数の矢が放たれる。

 瞬時に背後を確認し、反射板を自分の周囲でぐるぐると回転させてすでに準備が完了している蟹座の存在を視認する。

 予想通り。

 友奈は素早くその場でぐるりと一回転すると、射手座への飛翔を更に加速させた。

 偏差角度の修正を完了させた射手座の攻撃が始まる。甲高い発射音が凄まじい重なりのせいで、音割れするほどの轟音とともに友奈を墜とさんと無数の矢が降り注ぐ。

 今の友奈は枝木の補助がなくても自由に身体が動かせる。補助だと脳から送られた信号に枝木が反応するのにどうしても若干のタイムラグが存在する。たったコンマのことだが、それは戦闘においてあまりに致命的な弱点だ。

 巨大アームの重量など全く意に介さない、電光石火の如き速度ですべての矢を躱しきる。

 しかし本命はこの次。蟹座による反射だ。

 素早く視線を振って後方確認。自身の巨腕で視界が一部遮られるが、反射板がずらりと横一列に並んでいることを視認。

 ジジッ! と遠方へと飛んでいった矢が反射板に接触したことによる火花を激しく散らしながら、背中の無防備を晒す友奈に迫る。

 

 ――来た!

 

 到達まではまだほんの少し時間がある。

 それより先に、射手座に辿り着く!

 右腕のアームを限界まで伸ばしながら、友奈は脳裏にちらつく被ダメージのリスクという恐怖を払拭する。

 矢を放った後の硬直時間が終わる前に、なんとか上段口腔の端に指を引っ掛ける。そのまま強引にこちらに手繰り寄せ、反転する。

 幸いなことに、口が開閉するような構造にはなっていないようだ。都合がいい。

 ぐるんと力任せに振ったそばから、一拍遅れて矢の雨が迫り来る。それを、射手座を盾としてやり過ごす。

 空気を裂く鋭い音と、外殻を突き破る音が混ざった異音が友奈の耳朶に叩きつけられる。

 自身の攻撃を浴びるとは思わなかっただろう、射手座は怒りを抱いたのか、激しく身体を捩らせて拘束から抜け出そうとする。

 

「くッ……!」

 

 こいつを自由にさせることは絶対に駄目だ!

 射手座の遠距離射撃は、他で戦っている皆にとって最も危険な攻撃だ。不意を突かれてやられる、なんてことは絶対にさせない!

 

「おおおおおッ!」

 

 両指をそれぞれ口の端に突っ込み、友奈が上になって地面へと突き落とす。

 抵抗はより激しくなり、口の前に顔面を晒す友奈を貫こうと奥で光が迸った。

 瞬時に生成される巨大な矢。発射されるまでほんの二秒しかなかった。

 

「!!」

 

 咄嗟に首を全力で右に傾けたすぐ真横を矢が突き抜ける。

 冷たい死の感覚が右頬から浸透するのを感じつつ、友奈は勢いを止めないまま地面に叩きつけた。

 衝撃が波となって頭長まで何度も圧に襲われる。それをグッと堪えながら拳を振りかざした瞬間、遥か頭上で衝撃音が発生した。

 同時に友奈は自分の失策を悟った。上空からレーザーポインターを向けられる感覚。先程の矢は、苦し紛れでも何でもなかった。

 あれは……仕込みだ!

 上を見上げる猶予なんてない。回避運動もする余裕もない。咄嗟に腕をクロスして頭上にかざす。この巨腕の硬さならば、なんとか防ぎきれるはず!

 コンマの後に迫る衝撃に備えるべく、下半身にグッと力を込めて待ち構える。しかし来るべきものは、来なかった。

 

「友奈――――!」

 

 黄色の流星。

 身体に合わない、三メートル以上にも及ぶ超巨大な大剣を掲げた風が、友奈と矢の間に割って入る。

 

「はあああああッ!!」

 

 身体を限界まで捩じり、大剣を振った。

 空気をかき混ぜながら放たれた膂力任せの一撃は、飛翔速度とのシナジー効果で爆発的な力を生み出す。

 矢と面部分が接触した瞬間、閉塞空間の中で空間ごと揺さぶられる衝撃が友奈を強打した。次に、物体同士が激しく擦れる耳障りな轟音が、放物線を描く火花と共に発生した。

 そして、友奈のすぐ脇に軌道のズレた矢が深々と突き刺さった。

 

「風先輩!」

 

「あいつは私がやるから、そいつは頼むわ!」

 

「はい!」

 

 ベストタイミングで助けに来てくれた風に続けて感謝を口にしようとしたが、すでに風は蟹座へ向かっていた。

 ……とても広い視野を持っている。

 まだダメージで動けない射手座に意識を移しながら友奈は考える。自分は目の前の敵のことしか考えていなかった。だから思考が浅くなり、裏を取られ、最悪の場合に直結する可能性があった。

 やっぱり、風先輩は皆の部長だ。

 射手座を仕留めたら蟹座に、というつもりだったが、風に任せて大丈夫だろう。だから、誰かの援護に行こう。

 アームの出力、最大。

 久々に動かす右腕の感覚、異常なし。

 全身、天の神の祟りと枝木以外、異常なし。

 

「勇者――パンチ!」

 

 振り下ろされる巨人の拳。

 それは地面に押さえつけられた射手座のひび割れた側面を寸分の狂いもなく打ち抜いた。鋭い破砕音が連続し、亀裂が広がる。

 そのまま致命的なダメージへと昇華し、全身を陶器のように瓦解させながら砂状の粒となって消えた。

 撃破完了。大きく一息ついたタイミングで風が蟹座を撃破する。

 ゆっくりと大剣を肩に担ぎ直した風がこちらを見下ろす。

 

「私は樹のとこに戻るから、友奈は夏凛の方をお願い!」

 

「東郷さんと園ちゃんは?」

 

 すると風は苦笑いを浮かべながら顎で向こうを指した。促されるままに視線を動かすと、樹海の空を縦横無尽に駆ける二機の機体があった。

 青の戦艦。

 紫の方舟。

 制空権は我らにありと言わんばかりに、圧倒的機動力を見せつけてそれぞれのネームドを翻弄しつつ、雑魚敵をビーム射撃で一掃する。方舟がターゲットとなれば、戦艦がその巨躯を活かして体当たりしてでも狙いを逸らさせ、阿吽の呼吸で連携を保っている。

 

「すごいわね~。満開装備、すごすぎでしょ」

 

 無意識だと思われるが、俳句のようなコメントをした風を尻目に、友奈は「行ってきます!」と言い残して夏凛の元へ向かう。

 夏凛が対峙していたのは、山羊座の名を冠するバーテックス。

 蛸を思わせる四本の脚。決して長くはないが、太い。うねうねと蠕動するあれの直撃を受けたらどうなるかなんて考えたくもない。

 

「夏凛ちゃん! 援護に来たよ!」

 

 友奈の声が届いたのか、夏凛は両脇に出現させた数十本の小刀を投擲して牽制しつつ、友奈の隣まで後退した。

 

「サンキュー! 助かるわ! こいつ、すっごくやりにくい!」

 

 このバーテックスには見覚えがある。

 夏凛と初めて会った時だ。可憐な剣さばきであっという間に倒されたと記憶している。奇襲だったことも理由として挙げられるが、あまり強い印象を持っていない。だが夏凛が額に汗を滲ませているから、バーテックス側もそれなりの用意……学習といったものが行われていると考えるべきかもしれない。

 そうなると奇妙な点がある。

 それは、一体も神樹に向かっていないことである。バーテックスの最優先事項は神樹に到達して破壊すること。別にわざわざ勇者の相手をする必要なんてないはずだ。

 確実に障害を潰しておきたいというのならわかるが、それならば勇者の撃破役と神樹を目指す役とで別れればいい。

 なのに、どうして非効率な手段をとる?

 バーテックスにある程度の知性があることはわかっている。しかし人間にはまだ及ばないからこのような短絡的な作戦に出ている……?

 いや……いや。数の力で迫ろうと、満開した勇者の前ではあまり意味がないとわからないほど知性は低くないはず。

 学習速度が遅いなんてことは考えにくい。

 もしかすると、私達は大きな見落としを――。

 

「――マズい! 飛んで!」

 

 夏凛の鋭い指示に、友奈の思考は現実へと引き戻される。

 見れば、山羊座が脚をうねらせながら四方へ伸ばし、ゆっくりと回転している。あれが何かの前兆であることは間違いない。

 夏凛の指示通りにその場から飛ぶ。

 瞬間。

 自身の身体を地面に激しく打ち付け、長重量を活かした、隕石の落下にも負けない強い衝撃波を生む。

 根が軋む痛々しい音が響き、細いものは場合によっては砕けてしまう。

 なるほど、夏凛の言葉の意味もわかる。

 確かに地に足をつけて戦うのはあまりに不利だ。

 

「接近したらあの脚に襲われるし、それでも強引に突っ込んだらあの気持ち悪い舌の裏から毒吐くし、前なら精霊バリアで無視できたけど……私も友奈もちょっと相性が悪いわ。ここは東郷か園子に代わってもらうしかないようね」

 

 悔しさを顔に現しながら夏凛は友奈に言った。

 当のふたりは、平衡感覚が狂うのではないかと心配になるほどアクロバティックな飛行を続けながら雑魚敵と一緒にネームドを相手取っている。

 恐らく今、ふたりの脳内には大量のアドレナリンが分泌されているはずだ。あの勢いを殺し、「手伝って」なんてとても言えない。

 

「ううん、この敵は私達が倒す。ひとりで無理ならふたりで。……それに、夏凛ちゃんとなら、絶対に負けないからね!」

 

 まだ散華システムのある時、覚悟を固めて共に戦った感覚を思い出す。あれをもう一度再現できれば、絶対に勝てる。

 

「できるよね?」

 

 そう問いかけた途端、ルビー色の瞳が大きく見開かれる。直後、そこに決然とした光を宿し――。

 

「ええ、当たり前よ」

 

 と言い切った夏凛の頼もしい横顔を目に焼き付けつつ、眼前の山羊座を見据える。

 ……やはり、時間を与えてもバーテックスが神樹へ向かおうとする素振りは見せない。それどころか、まるで友奈たちを待っていたかのようにその場でふわふわと浮遊している。

 こちらを圧倒できると考えているかもしれない。

 だとしたらそれは大きな間違いだ。

 それを、今、見せつける。

 息を腹の底まで吸い込み、拳を作りながら友奈は吼えた。

 

「行くよ、夏凛ちゃん!」

 

「ええ!」

 

 ふたりの飛び出したタイミングと、山羊座の移動の開始が重なった。

 

 ◆

 

 音なんてものはすでに遠のき、希釈されてよく聞こえない。

 というのも、もう何千発目かわからない光線の発射で東郷の耳はイカれてしまったからだ。

 視界を覆い尽くす閃光のべールの向こうに天秤座の姿を捉える。

 すでに三体のネームドは倒している。後は、天秤座と、夏凛と友奈の相手どる山羊座、そして風と樹が対峙する水瓶座のみ。

 

 ――いける。

 

 風の提案した満開による短期決戦は最適解だった。直感的にもうすぐで満開が解ける予感が脳裏をチラつかせるが、なんとかそれまでにネームドは全て倒せそうだ。

 射線を確保。

 全砲門、展開。

 八つの砲門から迸るエネルギーを一点に収束。

 戦艦の前面で膨張する、巨大なエネルギー弾が今にも爆発しそうだ。ただそこにあるだけで、戦艦を墜落させんと迫る雑魚敵を一瞬で蒸発せしめる。

 偏差角度、確定。

 誤差修正、完了。

 

「撃てええぇぇッ!」

 

 轟ッ! と何十倍にも圧縮された音圧が樹海を激しく叩きつける。

 まさか船底を真上に向けたままという非常に不安定な姿勢のまま放つとは思わなかったのだろう、天秤座の反応が遅れた。

 その名の通り、左右に伸びる天秤を模した部位を高速で回転させて空気の流れに干渉し、迫る光球の軌道を逸らそうと図る。

 しかし光球そのものが放つ風圧を相殺しきれず、完全に逸らすことはできなかった。莫大なエネルギーの塊が、天秤座の身体の六割を抉る。そしてそのまま遥か後方へ飛んでいき、大量の雑魚敵を巻き込みながら大爆発を起こした。

 撃破には至らなかった。しかし、あとほんのひと押しがあれば倒せる!

 

「そのっち!」

 

 反射的に相方の名を呼ぶ。

 こうして満開状態で肩を並べて戦ったのは、二年ぶりだ。散華の存在を知らなかった当時は、じわじわと取り上げられる人間性に怯えながら戦っていた。

 でも、今は違う。

 後ろめたいことは何もない。存分に、安心して園子に背中を預けられる。

 果たして東郷の声が聞こえていたのかはわからない。

 しかし、ガコンと方舟の尾翼の数枚が剥がれたことが、返事であると理解した。きっと園子も同じように耳がおかしくなっているだろう。

 でも、言葉を交わさずとも、互いに何を求めているのかがテレパシーのように伝わるのだ。

 剥がれた尾翼は、まるで意志を有しているかのように飛翔し、即座に失った身体の再生を始める天秤座を、上下左右から串刺しにした。

 それが最後の一撃となり、見慣れた退場エフェクトを発生させながら消失する。

 どうやら他の皆もほぼ同じタイミングで撃破したようだ。

 東郷が安堵のため息をつくと、ちょうど傷だらけの戦艦が消失して自由落下が始まる。ギリギリ満開が解ける前に全てネームドを倒せたことは喜ぶべきことだ。

 鮮やかな着地を決めた東郷に、同じように満開の解けた友奈が熱い抱擁をする。

 

「お疲れ様、東郷さんっ!」

 

 すかさず東郷も抱きしめ返しながら、「お疲れ様、友奈ちゃん」と耳元で囁く。

 

「大物を倒しただけで、またバーテックスは残ってるんだから気を抜かないでよね」

 

 ふたりを注意するわりには、ずいぶんとのんびりした徒歩で友奈に遅れて近寄ってくる。

 それに続いて風と樹も集まってきた。

 

「良かったです! みんなが無事で……! あとは白い敵さんだけですね!」

 

 少し疲労が溜まったのか、樹が肩を大きく上下させて呼吸しながらも喜びを隠せない声色で言った。

 

「そうだね樹ちゃん! あれ? 園ちゃんはまだ満開続いてるんだね?」

 

 五人に落ちる影は、園子の方舟によるものだ。横から顔をひょっこりと覗かせた園子はえっへんと自慢げに笑みを浮かべた。

 

「私はこの中で一番満開経験者だからね。皆より定着するのさ! あ、でも流石にもう少ししたら解けると思うから、それまでに私が倒せるだけ倒すんよ〜!」

 

 ブラックネタよ、と東郷はツッコもうとしたが、上機嫌の園子にそれを伝えるのは少々憚られた。

 そんな東郷の様子に気づいたのか、園子は安心させるように笑みを浮かべた。

 

「大丈夫だよわっしー! すぐ戻ってくるからー!」

 

 そう言い残すと、方舟の尾翼を鳥のように滑らかに動かし、高く飛翔した。

 さっきまで園子たちにあれほど猛烈な攻撃をしていたというのに、ネームドを倒されて気力が削がれたのか、非常にゆったりとした速度で神樹に向かい始める。

 すでに数は初期より半分以上減らしている。この調子ならば、問題なく勝利を収めることができるだろう。あともう少しで赤嶺の援護に行ける。

 高嶋を殺した人物が果たして話し合いに応じるタイプの人間かはわからない。最悪、以前の赤嶺のように敵対関係になる可能性だってある。

 こちらの仲間が殺されたのだ、およそ穏やかなやり取りにはならないだろう。

 真下を覗けば、もう五人は動き始めていた。

 園子も意識を切り替えるべく、グググ、と方舟を角度を変えて射程の内に捉える。

 刹那。

 視界の端で、チカッ! と小さな閃光が弾けた。

 場所は目算でニキロ以上先。恐らく壁辺り。

 

「うん……?」

 

 注意が一瞬そちらに向く。

 そして、瞼を瞬かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、勇者の目を持ってしても目視不可能な速度で迫った一体の矢が、園子の方舟を大きく抉った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 反応なんてとてもできなかった。

 気づくと園子の身体は宙へ投げ出されていた。 同時に満開も溶け、大きくひしゃげた方舟が消失する。

 ここで園子の中でひとつの大きな疑問が浮かんだ。園子を襲った矢ではない。それを放った者の正体だ。

 今の一撃、もし園子が直前で船体の角度を傾けていなければ間違いなく方舟ではなく園子に直撃していた。……死んでいた。

 冷たい刺激がゾクゾクと背筋を撫でる。

 雑魚敵にそんな攻撃ができる奴がいるなんて聞いたことがない。

 自由落下を続ける園子は壁側を睨み続ける。

 すると、ぬっと赤いシルエットが新たに樹海に侵入するのが見えた。

 

 その数、十二。

 

 戦慄。

 園子は喉の奥で激しく喘いだ。

 

 ◆

 

 方舟による攻撃が来ないと思えば、甲高い衝撃音が響き渡った。

 東郷が音のした方角を見上げると、なぜか園子の方舟が黒煙を上げながら墜落していた。

 

「そのっち!!」

 

 吹き飛んだ小さな身体が自由落下する。咄嗟に銃を投げ捨て、持ち場を離れた東郷は無我夢中で園子を受け止めるべく疾走する。

 なんとか落下直前に間に合い、キャッチに成功。降ろそうと姿勢を傾けるが、園子の様子がおかしい。

 身体を小刻みに震わせ、瞳には絶望の色が滲んでいる。

 

「大丈夫? そのっち」

 

「わっしー……」

 

 力のない返事。

 血の気が失せた顔を、園子はぎこちない動きで持ち上げる。

 

「あっち……」

 

 白い指が、壁を指す。

 東郷は指し示す方角に、赤いシルエットを見た。それも一体や二体ではない。

 しだいに赤は部位ごとに彩度を変化させ、本来の色を獲得する。

 ネームドのバーテックスが十二体。十二種類いることは知っていた。だから無限に樹海に攻めてこられる。だが、これほどスパンが短いのは明らかに異常!

 絶対に侵攻するというどす黒い欲求すら感じてしまう。

 そして、東郷は戦略的敗北宣言を悟った。

 

 ――やられた!

 

 第二陣は、今東郷たちが倒した構成と全くの同一。しかし、これを退けられるかとなると、即答できない。……いや、不可能かもしれない。

 第一陣は、勇者の力を削ぐためだけの、消耗戦だったのだ。

 現にまんまと策にはめられた勇者部は満開し、満開ゲージを使い切ってしまった。

 奥歯が軋むほど歯噛みした東郷は、一枚も二枚も上手だったバーテックスたちを睨み上げた。

 精霊バリアは発動しない。

 だから、ダメージを受けることはほぼ死に直結する。

 そのあまりにも大きすぎるリスクを背負いながら、先程と同じように動けるか?

 体力の消耗も無視できない。

 これは――。

 敗北のふた文字が浮かび上がる直前、肩を誰かに叩かれた。

 思わずぴくりと震わせて後ろを振り向くと、そこには真剣な顔をする風が、バーテックスを見上げていた。

 樹は恐怖に怯え、風の腰に頭を押し付ける。

 友奈と夏凛は呆然としている。

 

「……私の作戦ミスだわ。これは、覚悟を決めないといけないようね」

 

 第二陣は勇者の力を削いだ第一陣とは違い、こちらには目もくれずに真っ直ぐに神樹へ向かっている。

 合体してくれればまだ落ち着いて対処できるが、やはりそのような気配はない。一刻を争う事態だ。

 

「――やるわよ」

 

 肩から手を離し、大剣を担いだ風がそう短く言い放った。

 決意に満ちた瞳は、士気の低下した勇者部を鼓舞する。

 

「絶対に犠牲者なんか出さない。出すもんか。――これが終わったら、私が美味しいご飯、いくらでもご馳走してやるわ!!」

 

「風先輩……」

 

  東郷にはそれが痩せ我慢にしか見えなかった。事実、樹を抱き寄せる腕が震えている。

 人間だから。恐怖を感じて当然なのだ。だが、それに負けないと必死に皆を励ましている。自分自身をも。

 ……ここで膝をついてどうする。

 勇者は諦めない。

 それを、いったい何度体現してみせた。

 不可能を可能にする。そういった力は、人間だからこそ。

 ようやく今になって東郷は園子を降ろした。 

 そのままの足取りで友奈の元へ歩み寄る。

 友奈も決意を固めたようだ。瞳の奥にメラメラと焔を宿しながら東郷を見つめる。

 

「大丈夫だよ、友奈ちゃん。私達ならきっとやれるから」

 

「うん。この戦いに勝って、風先輩に美味しいもの、いっぱい食べさせてもらおう!」

 

 もしかしたらうどんのフルコースなんてこともあるかもしれない。しかし、それでもいい。

 皆でわいわいして楽しむ時間こそが東郷たちの守るべきものなのだから。

 

「東郷さん、援護はお願いね」

 

 無邪気にそう言った友奈は一番に飛び出していった。その後に続いて東郷も飛び立つ。

 

「夏凛」

 

「なによ」

 

 風の呼び声に、夏凛は少し不機嫌そうに答える。

 

「もし怖いのなら、先に赤嶺のとこ行ってて。私達でなんとかするから」

 

 そんな余裕なんてあるはずがない。寧ろ圧倒的に人手不足だ。

 

「はあ⁉ ふざけん――」

 

 な、とまで舌の上に乗りかかっていたが、風の表情を見てその塊は滑るように喉奥に落ちていった。

 一度も見たことのない顔だった。夏凛を安心させようとしているのか、清々しいほど穏やかだった。

 しかしどうしても夏凛にはそれだけの意味が含まれていない気がしてならなかった。

 それこそ、死期を予感したような――。

 

「ここから逃げ出しても、絶対に誰もあんたを責めない。誰が死んでも、私達が負けてもその原因をあんたに絶対に押し付けない。それほど危険だってことくらい、わかるでしょう?」

 

「まあ、ね」

 

「乃木、あんたもよ」

 

 ぼんやり友奈と東郷の向かった方向を見上げていた園子は、静かに槍を握りしめた。

 

「私は戦うよ。……二年前、私はわっしーと世界を守るためにたくさんのバーテックス相手に命を懸けて戦った。細かい状況は違うけど、とても似てる」

 

「無理はしてないのね?」

 

「してないです。あの時は私はひとりだった。でも今はわっしーだけじゃなくて、皆がいる。だから頑張れる」

 

「わかった」

 

「じゃあ――行ってきま〜す!」

 

 いつも通りのほほんとした口調で朗らかに言って、園子は戦場へと舞い戻った。

 

「……まあ。風の言う通り、私は怖いと思ってるわ」

 

 そう呟いた夏凛は小さく笑った。

 

「夏凛……。わかったわ。じゃあ――」

 

「――バーテックスどもを誰よりも多く倒して、あんたたちに褒め殺される未来が怖いわねっ!! 私は完成型勇者! あんたたちより強いのは当然! なら! 誰よりも戦績を上げるのも当然! だから、あんたこそそこで親指しゃぶって待ってなさい!」

 

 じゃりぃん! と刀を構えた夏凛は、獰猛な笑みを口の端に浮かべて力強く飛び去っていった。

 

「樹、いける?」

 

 まだ風の腰に抱きついていた樹はやや赤くなった目を擦りながら頷く。

 

「うん。私も……戦う。絶対にお姉ちゃんを守るから」

 

「ありがとう。絶対に私の側から離れないでね。私も、樹を絶対に守るから」

 

 赤嶺の援護にはまだもうしばらく行けそうにない。

 どうか無事にいてほしい。

 そう願いながら、風は樹とともに地面を蹴り上げた。

 

 ◆

 

 戦闘パターンは覚えている。

 まずはさっきと同じように射手座から仕留める。そう順序を組み立てた友奈は一直線にこちらを無視する射手座へと飛翔する。

 整然と横に並んだ十二体のバーテックスは、寄り道することなく神樹へ向かっている。

 まるでこちらに気づく気配はない。

 先手必勝!

 拳を作りながら、上半身を大きく反らして力を込める。

 

「勇者――」

 

 拳撃を繰り出す直前、風の流れが変わったのを察知した友奈は急制動して着地することを選択した。

 結果、それが正解だった。

 予備動作のない急転換をした射手座が、第一陣とは比べ物にならない速度の矢を下段の口腔から放ったのだ。まだ距離が開いていたから余裕を持って回避できたが、もしこれ以上接近していたらと思うとぞっとする。それほど発射されるまで時間と矢の速度が段違いに向上していた。

 もしかして十二体すべてが、完全上位互換……?

 思考する時間が、敵に隙を与えてしまった。

 山羊座が、その巨躯など幻想だと勘違いしてしまうほど素早く射手座の背後から姿を表す。四本の脚を広げる前兆すら見せず、地面に身体を叩きつけて地震を起こす。

 マズイ、と思ったときには既に遅かった。

 足元が大きく揺らぎ、立つことすらままならなくなってその場に尻をつく。

 動けない友奈の目の前で、嘲笑うかのように射手座の上段の口腔の奥で光が迸り、矢が生成された。

 

「――――ぁ」

 

 死ぬ――。

 と予感した瞬間、射手座の横顎に、後方から放たれた東郷の狙撃が突き刺さった。

 数秒の隙。

 これを無駄にはできない。地面に手を付き、生まれたばかりの子鹿のように震わせながら両の脚で立つ。

 一刻も早く離脱を――。

 その瞬間、友奈の中で赤い爆発が起こった。

 

「ガ――――!」

 

 生肌の上を、ムカデが這いずりまわるような生理的嫌悪感。その跡が燃えるように熱を発生させる。

 これは……天の神の祟り……!

 肺に溜め込んだ空気が、粘り気のある液体に変化した錯覚に陥り、一時的に呼吸ができなくなる。

 なんとか立ち上がることができていた身体のバランスも崩れ、再び倒れる。

 そこをみすみす逃すはずもなく、体制を立て直した射手座は今度こそ友奈を貫こうと、照準を定める。

 そうはさせないと東郷の狙撃が飛んでくるが、前に躍り出た蟹座の反射板によって呆気なく弾かれてしまう。

 完全に孤立した友奈。

 これ以上の援護は誰からも望めない。

 ……死ぬわけにはいかない。

 なんのために散華を克服したのか。

 それに、まだ生きる理由も見つけられていないのに――!

 まだ、死ねない!

 頭の中で、白が爆ぜる。

 枝木が友奈の意志を汲み取った。それが何を意味するのか、今の友奈には分からなかった。

 同時に、人影が友奈の前に現れる。長い髪を大きく靡かせ、射手座の射線に飛び込む。危ないから逃げて、と友奈は伝えようとしたが、喉からは掠れ声が溢れるだけだった。

 人影が地面を蹴り上げて飛翔する。そして、肺いっぱいに空気を吸い込み、大きく叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――来い、一目連!!」




戦う。戦い抜く。
たとえ圧倒的不利な状況でも、幾度となく逆転してみせた。
だから今回も、大丈夫。
みんなで一緒に乗り越えよう。

それではまた次回!
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