結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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前回のあらすじ
征矢、三度目の正直

【Infomation】
▼Hへの収束は絶望的
▼B、N、B(new!)へのいずれかに収束されると推測
▼終了


叛逆

 征矢の「わかるだろう?」と言わんばかりの開き直ったような態度に、高嶋と赤嶺は生命の危険を察知する。

 心臓が早鐘のように脈打つ。無意識に呼吸が乱れ、指先が痺れる。どっと汗が吹き出る。

 高嶋に至っては、一度殺された身だ。受けている精神的ストレスは絶大なものだろう。

 勇者装束に身を包み、臨戦態勢に入る隻腕の高嶋の顔は強張っている。ギチギチと手甲をしならせ、眉をひそめながら征矢を見据えている。

 対して征矢は手ぶらだ。……いや、それは語弊を招く。征矢の背後に浮遊する圧倒的な存在感を主張する光輪が、征矢にとって武器の貯蔵庫である。

 あれが回転すれば、瞬く間に武器が手に収まる。本物ではないが、歴代勇者の武器のレプリカが。それもいくつでも。

 ナースコールを押して異常を知らせるか?

 赤嶺は思考を巡らせる。

 駄目だ。今の高嶋は目の前の征矢で頭がいっぱいで、さっきまで押そうとしていたナースコールのことなんて抜け落ちてしまっている。だからといって赤嶺が代わりに押しに行くなんて余裕はない。その間に殺されるのがオチだ。

 まず前提として、赤嶺は征矢に勝てない。

 辛うじて相打ちといっていい結果になったのは、光の柱という予期できない横槍が入ったからだった。あれがなければ間違いなく殺されていた。

 祝詞さえ付与してくれれば戦闘力を向上させることはできるが、それでも征矢に届くかわからないほど力の差は歴然としている。

 西暦には上里ひなたという巫女がいたが、どうやら現代の勇者たちには巫女がバックについていない。

 つまり、どう足掻いても赤嶺の戦闘力はゼロ。悔しいが、動けるのは高嶋だけだ。

 

「逃げて! 赤嶺ちゃん!」

 

 そう振り向きざまに叫んだ高嶋は征矢に殴りかかる。

 ダメだ、と呼び止めようとした言葉が赤嶺の口から飛び出すことはなかった。

 なぜなら、瞬きの間に戦闘は終了したからだ。高嶋の身体はゴム弾のように吹き飛び、すぐ後ろのベッドを巻き込んで激しく衝突してひっくり返す。

 征矢の両腕には、高嶋と同じ手甲。

 起きたばかりで圧倒的強者に戦いを挑むことなんて無謀だ。赤嶺と友奈との決闘を思い出すが、すぐに振り払う。友奈のあれは特例だ。神の業のおかげで赤嶺に打ち勝ったのだ。

 怪我が悪化していないか不安になったが、そんなことはなかった。

 ひしゃげたベッドの骨を掴んで高嶋は上半身を起こす。

 両者の差は極めて大きく開いていることは身をもって思い知らされただろう。歯噛みした高嶋は征矢を睨む。

 征矢は装束についた埃をのんびりと振り払うと、一歩前に進み出る。

 

「来ないで」

 

 ドスを効かせた声で赤嶺が告げる。

 すると征矢はぴたりと脚を止め、赤嶺に頭を向けた。そしてゆっくりと右腕を持ち上げる。右手の指は銃の引き金にかけるような形になっていて、次第に光が収束して銃のシルエットとなる。地面に対して腕がほぼ水平に上がるまでには、それは青白のスナイパーライフルとなった。

 東郷の、武器。

 狙いは赤嶺の額。

 征矢は口を固く閉ざしたままだ。

 そして永遠と錯覚しそうな一秒が過ぎ、低い声で言った。

 

「生きたいか?」

 

「……なんだって?」

 

 突然の問いに、赤嶺は目を白黒させた。

 てっきり「言い残すことは?」などといって決り文句が投げつけられると思っていたが、その真逆だった。

 征矢の表情は窺えない。

 

「生きたいか、と訊いているのだよ、赤嶺友奈」

 

 再び発せられた問いに、赤嶺は静かに答える。

 

「……生きたいよ。それはもちろん、生きたい。こんなところで死んでたまるもんか」

 

 溢れんばかりの意思力を込めて言い放った答えを受け取った征矢は、ふっ、と右腕を降ろした。

 何事か? と疑問が湧き上がる。そのままライフルも消し、次に左の掌を開いた。すると今度は先程の巨大なシルエットより遥かに小さなシルエットが出現し、ある形を取り、色を獲得した。

 それを見たふたりは息を呑む。

 

「なんで、それが……⁉」

 

 征矢の掌には、赤嶺の持っていたはずの腕時計がちょこんと乗せられていた。

 あれはふたりが元の時代に帰るために必要不可欠のものだ。しかし狼狽する赤嶺は瞬時に平静を取り戻す。

 征矢の策に乗ってはいけない。

 腕時計は武器ではないし、あれは間違いなくレプリカだ。

 腕時計による時間遡行は、過剰な文明発達にカテゴライズされる。だから鏑矢に発展しすぎた道具を使用する権限がないように、征矢であっても使用は基本的に禁止されているはずだ。そもそもレプリカが時間遡行という技術をもコピーできているかは不明だが。

 しかしだからといって無視するわけにはいかない。征矢がこうして見せつけるというのには意味がある。

 そもそも征矢に腕時計は見せていないはずだ。あるとすれば、丸亀城で若葉たちと一緒にいたところを見られることくらいか。

 だが丸亀城は関係者以外の者が入ることはできなかったはず。そう簡単に赤嶺に接近はできないだろう。ならばレプリカなんて作れないはず。

 では、どうして今、征矢の手に腕時計がある……?

 

 ――直後、戦慄とともに目を見開く。

 

 そして尋ねようとした赤嶺の声より、どうやら同じく勘付いたらしい高嶋の震え声が先だった。

 

「本物……?」

 

 すると征矢は口角を上げた。

 

「その通り。これはレプリカではない」

 

「どうして、持ってるの……?」

 

「別に初めから盗むつもりではなかったんだがな。偶然赤嶺友奈のポーチから落ちたから拾ったのさ。……確かにあの時負けたが、勝ったとも言えるか。ポーチの中からポロッとな」

 

 記憶が呼び起こされる。

 最後の一合。

 未完成ながらも限りなく再現された朧斬りで征矢の身体を切り裂いた時、赤嶺の肘先が切り落とされた。そのまま征矢の生大刀は、腕時計をしまったポーチをも断ったのだ。

 当時の赤嶺はそんなことに気を向ける余裕がなかったが、十分ありえる。

 赤嶺のスーツは並大抵の刃物では傷一つつけられないが、征矢の攻撃はその限りではない。

 やられた……!

 赤嶺は致命的な弱点を敵に譲ってしまったのだ。

 

「返して」

 

 顔を歪めながら要求する。

 すると。

 

「ああ」

 

 と、あまりにあっさりと腕時計を投げ渡された。

 

「え――?」

 

 ぽすん、と掛け布団の上に落ちたそれを見下ろし、次に征矢を見る。

 あまりに呆気なく返してくれたことに驚きを隠せない。数度腕時計と征矢とを見返し、赤嶺はもう一度「え?」と呟いた。

 

「犬吠埼樹が死んだ」

 

 そして征矢はあまりに悪いタイミングで樹の死を告げた。

 

「え……?」

 

 三回目の言葉は、二回よりも激しく赤嶺の心を嬲った。

 もう困惑なんて隠せない。咄嗟に嘘をつくなと否定してやりたかったが、まるで赤嶺の発言を遮るかのように征矢は言葉を続けた。

 

「結城友奈が失踪した。神樹に誓って、私は真実を述べている」

 

「質の悪い……嘘だよね? 私は、そんなに嫌らしい性格になっちゃうの?」

 

 そうは言いながらも、征矢の言葉は嘘ではないという根拠のない確信があった。御役目柄、人の嘘を見抜く能力には長けていると自負している。しかし、そのような力を用いいらずとも、なぜかそれが真実であるとわかってしまった。

 

「私は真実を述べている」

 

 繰り返し答えた征矢はさらに言葉を重ねた。

 

「犬吠埼樹が死んだのは、お前たちのせいだ。この時代に来たから、本来なら起こるはずのない襲来が起こり、犠牲が出た」

 

「…………」

 

「全員、薄々気づいているだろう。細かい理由まではわかってないかもしれないが、お前たちが来てから様々なことが起こっている。私の派遣もそのうちのひとつだ」

 

「…………」

 

「お前たちに……お前に、この責任がとれるか? 赤嶺友奈」

 

「…………」

 

 ……答えられない。

 ただ顎に力を入れて、押しつぶされような重圧に耐えることしかできない。

 本当は答えられるが、それは途方もない罪をであることを自白するようなものだ。

 すべての発端は、赤嶺が警戒心を緩めて老爺の腕時計を起動させてしまったことにある。あれさえなければ、こんなことにはならなかった。

 

「ああ、私は責めないから安心しろ。私は異世界人のお前たちを殺すだけ。責めるのは、この世界で生きる人たちがやってくれる」

 

「……責任、か」

 

 ちらりと高嶋を見やる。

 戦意は衰えていないようだが、身体がついていかないらしい。

 高嶋に責任はない。

 なぜなら、本人の意志とは関係なく巻き込まれただけだからだ。

 

「ここで、選択肢をふたつ提示しよう」

 

 高嶋、赤嶺を交互に見た征矢は人差し指と中指を立てた。

 

「ひとつ。今すぐその腕時計を使ってそれぞれの世界へ帰れ。もともとは往復分しかなかったようだが、こちらでメンテナンスはしたからちゃんと二回だけ動く。ここでの記憶は持ち帰れるし、その怪我も無かったことになる」

 

 とても素晴らしい提案だ。

 ずっと前から目標としていたことがこんなにもあっさりと、それに敵から提示されるとは思いもしなかった。

 しかし。

 赤嶺は表情を曇らせる。

 

「ふたつ。今すぐここで死ね。もし責任を感じているのなら、その首を差し出せ。記憶は持ち帰れないが、元の世界への影響はない。私はひとつ目を勧めるが」

 

 こちらも悪くはない。

 もしこのまま惰性でこの世界に滞在しても、皆に責められるだけだ。特に風に至ってはなんて言われるか想像できない。

 正直なところ、発狂して殺しにかかられてもおかしくない。それほど樹を溺愛していたことは知っている。このまま姿を眩ませたい、という後ろめたい気持ちが溢れそうだ。

 責任を放棄して、逃げるように元の世界に帰る。これが最もリスクの少ない選択だ。ここは異世界。誤差の範囲だが、赤嶺の世界とは少し違った歴史を歩んでいる。だから『別物』として扱うことができる。

 でも、そう簡単に割り切れるはずがない。たとえ異世界だとしても、ここで生きている人たちは間違いなく本物なのだ。それをよく理解している。

 なら逃げるわけにはいかない。

 ぎこちない動きでベッドから下りた赤嶺はゆっくりと征矢の前まで歩き、膝をつく。そして頭を垂らす。

 それを意思表示と見た征矢は「そうか」と短く呟き、手に生大刀を収める。

 

「お前は、そっちを選ぶのか」

 

 その確認は、何か表面的なものだけではない含みを匂わせる。

 

「……そうだよ。でも、高嶋ちゃんだけは元の時代に返してあげて」

 

 死の刃が赤嶺の首元にあてがわれる。

 

「いいだろう」

 

 静かに目を閉じ、赤嶺は来たる死を受け入れるべく心を落ち着かせる。

 太刀が振り上げられる。レプリカとはいえ、思い出深い武器に殺されるとはなんて皮肉なことだろうか。窓から差し込む陽光に照らされ、切っ先が鈍色に光る。

 さっき生きたいと言ったばかりなのに、この掌返しはいかがなものだろうか。伏目に赤嶺は自嘲した。

 未来の赤嶺友奈が、過去の赤嶺友奈を見下ろす。

 バイザーの奥に隠れた目が何を語っているのかは赤嶺には分らない。ただ、死を跪いて待つだけだ。

 床のビニルシートが、ぼんやりと征矢を映す。そして、生大刀が振りかざされる。

 鋭利な刃が、白い軌跡を宙に引きずりながら赤嶺の首へと迫る。

 時間にして一秒にも満たない、刹那の世界。

 装甲をも容易く絶つ必殺の一振り。

 頸椎なんて豆腐のように切断されるだろう。

 切っ先がうなじに触れ、命を絶とうとする、その寸前。

 黒光りする新たな刃が視界外から乱入した。

 銀色の太刀を迎撃し、凄まじい量の火花を撒き散らす。

 発生した衝撃は、征矢と赤嶺の距離を引き離し、後方へ押しやった。倒れ込んだ赤嶺が誰かに受け止められる。傷の疼きを右手で押さえながら、顔を少し右に動かした。

 どうやら赤嶺は高嶋の左肩に頭を預けていたようだ。

 

「そんな簡単に死ぬなんて言ったらだめだよ」

 

 そう戒めるように言われ、つい視線を逸らしてしまった。

 しかしそんな赤嶺の顎を高嶋はくい、と指で持ち上げて逃げ場を無くした。

 

「逃げないで」

 

 熱のこもった朱色の瞳に吸い込まれる。

 

「私たちの世界に帰ることは確かに逃げだよ。でも、今ここで殺されるのも逃げだと思う。そもそもこの人の言っていることが嘘かもしれない。もし本当だったとしても、ちゃんと謝ろう。許してくれなくても、ちゃんと誠意を見せようよ」

 

「――――」

 

 怖い、と思った。

 犬吠埼風に向き合うのが怖い。

 風は覚悟さえ決めれば、人殺しをしてしまうかもしれない人間だ。それに、大赦を本気で潰そうとさえしたことがあるという。

 風の在り方は鏑矢に向いてはいないが、赤嶺より冷徹な側面がある。

 征矢の追撃は来ない。また距離を詰めようとさえしない。

 

「赤嶺友奈は死を望んでいる。なら、余計な手出しをするべきではないと思うが?」

 

「そんなの関係ない。私は赤嶺ちゃんに死んでほしくないから助けただけ。――そう簡単に人間は死んだらだめなの」

 

 西暦で生きていたからこそ言える、説得力のある言葉。

 高嶋の鋭い眼力に貫かれるが、それでも征矢は食い下がる。

 

「数えられないほど人を殺して回った私にそんなことを説くのは無駄なこと。それに『自分』に殺されるのだ。まだマシな死に方だろうさ」

 

「自分……?」

 

「そうか。お前はまだ知らなかったのだな。私の旧名は赤嶺友奈だ」

 

「え――?」

 

 高嶋は胸元の赤嶺を見下ろす。

 そして征矢を見る。

 面影はまるで感じられない。精巧に造られたロボットのような感情のない言動。闇落ちとも言える成れ果てた姿。どうしてこの時代まで生きているのかという至極まっとうな疑問なんてものは二の次だった。

 

「どうして、自分を殺そうとするの?」

 

「確かにそいつは私だが、異世界の私だ。別に特別な情を抱く必要はない。もう、なくなった」

 

「?」

 

 首を傾げる高嶋を尻目に、赤嶺がよろよろと立ち上がる。ベッドの骨を震える腕を伸ばして掴み、自立する。

 大きく、大きく肩を上げて深呼吸をする。そしてふうう、と空気を吐き出すと、蟻のような速度で征矢に向けて歩き始めた。

 また殺されに行くのかと高嶋は反射的に止めに入りうとしたが、不意にこちらを振り向いた赤嶺のなんとも言えぬ力強い目を見て、思いとどまった。

 一歩、二歩と進み、征矢の目と鼻の先に立つ。

 征矢からの攻撃はなかった。微動だにせず到達を待っていたのだ。

 数秒間見つめ合った後、赤嶺はゆっくりと口を開いた。

 

「ごめんね、こんな私で」

 

 謝罪だった。

 

「…………」

 

「子供に闇を背負うのは無理って、あなたはこの前言ってたよね? だからレンちを殺して、シズ先輩も殺したんだよね?」

 

 赤嶺の知らない歴史。いずれ歩むかもしれない未来。しかしその道を歩み、極点に至ったのは赤嶺友奈……自分自身であり、征矢なのだ。

 胸に込み上げるこの感情はなんだろう。頭の足りない赤嶺にはこれを言葉にすることができなかった。

 

「…………」

 

「生きるって、なんだろうね? あなたは考えたことある?」

 

「いや、ない」

 

 清々しい否定。

 

「そうだよね。だって私が今までそうだったもん。それでも私なりに考えてみたんだけど……」

 

 ヤマアラシの棘に触れるような精細さで指を伸ばす。

 抵抗はない。そのままゆっくりと腕を上に伸ばし、征矢の頭頂部に触れた。

 あまり手入れされていないのか、赤嶺より短く切り揃えられた短髪は少し硬い。そして……血の匂い。

 本当に征矢はたくさんの人々を殺してきたのだろう。四国の安寧を害する人々を、神樹の慈悲を与えるか否かすら経由せず、殺した。

 それに……なんだか少しだけ甘酸っぱい。熟れたザクロのようだ。

 そっと髪から手を退け、半歩引く。

 バイザーの裏に隠れている瞳をしっかりと見据えながら、赤嶺は続きを口にした。

 

「やっぱり、わからないや!」

 

 そう、いっそ清々しいまでに強く笑ってみせた。

 

「わからないのか」

 

「うん、わからない! とりあえず生きてさえいれば、良い事は絶対にいっぱいある! 悲しいことも辛いこともたくさんあるだろうけどね。正直なところ、生きる理由とかそんな哲学っぽいこと、皆そんなに考えてないでしょ。まあ考える人もいるだろうけどさ。少なくとも私はそういう人間ではないと思う、うん」

 

 きっとこれからも生きるという永遠の命題は付き纏うだろう。

 鏑矢は人殺しを主にしてはいないが、許容はしている。静はないが、赤嶺と蓮華はすでにその経験がある。

 人の命を断つとは、耳元で飛ぶ蚊を殺すことよりもずっと深い業を背負わされることになる。

 その人にいるかもしれない家族の心をも殺しているのだ。

 その度に生と死について考えさせられる。

 初めて人を殺した時は、頬についた飛び血がどれだけ洗っても取れない錯覚に陥ったのを覚えている。タワシで皮膚が抉れるほど擦り、静と蓮華に止められた。

 血が顎を伝う自分の姿を鏡で見て、生の実感を得た。別段そこから血に酔う殺人鬼になったわけではない。きちんと己を律し、心のケアをして平常運転に戻った。

 

「――だから。私はやるべきことをやる。高嶋ちゃんに怒られて目が覚めたお馬鹿さんだけど、これは私の意志。ちゃんと向き合う。私の罪と。許してもらえなくても風さんに謝って、そして結城ちゃんを探し出す。その後で帰る。それならいい?」

 

「ダメだ」

 

 そう簡単に許してくれるはずがないことくらい、わかりきっていた。

 征矢に再び殺意のスイッチが入る。本能と理性が同時に大音量で警鐘を鳴らし、つい反射的に距離を取りそうになったが、それをぐっと堪えて負けじと睨みつける。

 ここで怖気づいてはならない。背を向けてはならない。

 すると征矢は口を開いた。

 

「しかし……理由を聞こう。なぜだ? なぜ逃げない? 逃げてもいいのだぞ? 高嶋友奈はああ言ったが、お前たちもまた異世界人同士。無視すればいいというのに」

 

「もちろん逃げたいに決まってるよ。どこまでも逃げて、楽になりたい。でもそれじゃだめなの。一生その後悔を引きずることになる。頭から離れなくなる。呪いになって、私の背中に張り付く。……すべてがすべて、都合良く事が進まないことなんて私も嫌というほど知ってる。だからこそ、何もせずに後悔するより、何かをして後悔するほうが遥かに良いって、私は思うよ」

 

「――――」

 

 僅かに息を呑む音が聞こえた。

 

「これじゃあ、だめ?」

 

 そう尋ねてからたっぷり一分ほどしたあと、征矢は乾いた唇を舌で濡らした。

 

「……そうか。そうか。お前は、私なんかよりずっと強いんだな……」

 

「?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 頭を振った征矢は表情――バイザーで隠れているから口元だけだが――を改めた。肩を脱力させ、大きく深呼吸する。

 そして、

 

「お前を、信じていいのか?」

 

 と掠れ声で尋ねてきた。

 嫌味ったらしい、常に上から目線、絶対零度といったこれまでの赤嶺への態度とは一変した問い。

 戦いに勝ち、こちらを見下ろしながら言葉を投げかけた時と非常によく似ていた。

 ここで返答を誤ってはならない。そんな漠然とした直感。

 敵だというのに、こんなことを言っていいのか? という疑問はあるが、そんなものを気にする必要はない。

 なぜなら、ふたりは同じ赤嶺友奈。

 だから、無駄な遠慮など不要。

 

「私を、信じろ」

 

 そう、力強く命令口調で告げた。

 開かれた窓から風が流れ込み、赤嶺と征矢の髪を激しく靡かせる。

 

「……はは、ははははは!!」

 

 笑ったのは征矢だった。

 馬鹿にするような嗤いではなく、心の底から面白おかしく笑う、少女のような。

 

「な、なんで笑うのさ……」

 

「いや、いや。面白いなあと思ってな。私って、こんなに愚かで、馬鹿で、浅ましくて――真っ直ぐなんだなって」

 

「…………」

 

「ははっ」

 

 後ろ頭に手を回してぽりぽりとかいた征矢は背後の光輪を回転させた。そして現れたのは武器ではなく、二台の、何の飾り気のない黒色のスマホだった。

 そのうちの一台を赤嶺に差し出す。

 

「これは……?」

 

「お前たち用の勇者システムだ。この時代に合わせてアプデされている。お前たちは予想しないイレギュラーだが……あの男、どれだけワーカーホリックなんだ?」

 

 もう一台は高嶋に投げ渡され、なんとかキャッチする。

 

「いいか? これは一度しか使ってはいけない。神樹とのパスを強引に繋いだものだから、感知されたらすぐに断たれる。ここぞという時だけ使って変身しろ」

 

「私はともかく、どうして高嶋ちゃんの分まで……?」

 

「時が来たからだ」

 

「時……?」

 

 なにやら中二臭いフレーズだが、いたって真剣な征矢の態度を見て表情を強張らせる。

 

「間もなくターニングポイントが訪れる。寿命の近い神樹を確実に滅ぼそうと、天の神がじきじきに降臨する。人には、進化するか、絶滅するか、生き残るかの三つの結末が用意されている。大赦も必死だ。そんな今だからこそ、あの男は明日にでも行動に出る」

 

「……私たちはそこまで付き合う必要は一応ない、よね?」

 

「もちろんだ。犬吠埼風に謝り、結城友奈を連れてこればもうこの世界に用はない」

 

 すでに歴史に大きく介入したのだ、今更というのもあるが、そればかりは憚られる。

 それほど重要な戦いになるのなら、赤嶺と高嶋は参加するべきではない。早々に帰還すべきだ。これはやるべきことではない。

 しかし、やりたい、助けになりたいという想いはある。

 幸い、ふたりの行動を邪魔する敵は、こうして味方……と言っていいかはわからないが、少なくとも敵意を向けられることはなくなった。

 

「でも付き合うよ、最後まで。だってもう、結城ちゃんたちとは友達になったんだもん。助けるのは当然のことでしょ?」

 

「わかった。そうするといい。私は、今ここでお前たちを害さないと約束しよう。そして、結城友奈は私が必ず連れ戻してやる」

 

 征矢の口ぶりはまるで友奈の居場所を知っているかのようだった。

 もしかして、人質として征矢が友奈を攫っていた? と疑問が浮かぶが、「お前の今考えているのは間違っているぞ」と言われ、大人しく思考を振り払った。

 

「じゃあ、結城ちゃんはどこにいるの?」

 

 そう問うたのは、念の為警戒を維持したままの高嶋だ。

 大鎌を握り、距離は開いているものの、一瞬で詰められるぞと半身になって暗に示す。

 

「言ったらお前たち、そこに行こうとするだろう。だから言わない。結城友奈なしに次の戦いに人間の勝利はない。それに……もしも……もしもだが、破し――」

 

 そこから先を征矢が口にすることはなかった。

 突然、外から豪快に窓を割ってふたつの人影が飛び込んできたのだ。

 この病室は三階にある。一階ならわかるが、そう簡単に入ってこれるはずがない。征矢は身体強化されているからできたのだ。

 ……ということは。

 

「はああああッ!!」

 

 ガラスの破片が舞う中、ソプラノ声の雄叫びとともに槍による鋭い突きが征矢に向けて放たれる。それを、一瞬で出現させた旋刃盤を盾として防ぐ。

 槍の穂先と接触し、ガギイィン! と甲高い音を爆発させる。さらに追撃とばかりに放たれた乱れ突きをも、今度はさらにもうひとつ、両手の旋刃盤で防ぎきる。

 だが狭い病室はただでは済まなかったようだ。

 床や天井が激しい攻防のせいで鋭い傷が何本も走り、蛍光灯のランプが割れて電気が爆ぜる。

 そして不意に赤嶺の身体を誰かが抱きかかえ、高嶋と一緒に部屋の隅へと追いやった。

 ふたりを遠ざけたのは、勇者姿の東郷だった。

 

「ふたりは傷つけさせない!」

 

 そう高々と吼えたのは、同じく勇者姿の園子だ。征矢を睨みつけ、槍を向けたまま躙りよる。

 

「今すぐ消えて。二対一だから私達の方が有利だよ」

 

 病室は超閉鎖空間だ。

 赤嶺と高嶋のふたり用だから多少広さはあるが、それでもステップを二回踏むだけで端から端まで届いてしまう。

 ここでの戦闘はあまりに不向きだ。始めてしまえば病室は数秒で破壊され、さらには一般の怪我人が発生してしまうかもしれない。

 それだけは征矢も避けたいと考えている。

 あくまで大赦、ひいては神樹に属する存在だから人を庇護する立場でなくてはならない。単純な戦力ならば拮抗することはおそらく可能。

 さらに征矢は暗部だ。そう簡単に人目に触れてはならない。これは鏑矢の時から変わらないルールだ。

 

「…………まあ、この辺りでいいだろう」

 

 そう呟いた征矢は肩の力を抜き、旋刃盤を消した。とりあえず矛を収めた……と考えるべきだが、園子の敵意がまだ消え去ることはない。

 力強く睨まれた征矢はちらりと赤嶺と高嶋に目配せをしたあと、園子に背中を向ける。

 数歩だけ歩き、何かを言い残そうとしたのか、ぴくりと身体を震わせて動きを止める。しかし振り向くことはなかった。床に散らばったガラス片を踏み鳴らしながら進み、ついに割れた窓から外へと飛び出した。

 園子はその後を追うことはなく、窓際まで行って、征矢の姿が完全に見えなくなるまで変身を解かなかった。

 

「ふたりとも大丈夫?」

 

 手を差し伸べた東郷は心配そうに尋ねる。

 

「う、うん。大丈夫だよ。助けに来てくれてありがとう。でも、なんで?」

 

 東郷たちは良心で助けに来てくれたのだ。ここは素直に言っておくべきだろうと赤嶺は判断した。

 しかし不思議だ。

 結局ナースコールを押せなかったのに、どうしてふたりは征矢が襲ってきたことを知覚できたのだろうか。

 

「ああ、それはそのっちの精霊をこの部屋に忍ばせていたのよ」

 

「その通りだよ〜。変に動いて発見されないように、監視しかできないんだけど……満開ゲージの回復も少し遅くなっちゃうし。急いで来たんよ〜」

 

「そうだったんだ……全然知らなかったよ」

 

 すると今まで姿を消していたであろう精霊が一体、高嶋のすぐ脇下から現れる。

「わあっ⁉」と飛び跳ねる高嶋を尻目に精霊はふよふよと浮かび上がり、園子に受け止められた。

 

「監視に特化したのはこの子だけ。ゆーゆに何らかの害を加える人なんていないと思ってたから、監視をつけることは考えてなかったよ……。もしそうしていれば、変わってたのかな……」

 

 悔しがる園子はグッと握りこぶしを作る。

 

「決めつけなのはわかってるんだけど、やっぱり大赦じゃないかって思ってわっしーともう一度乗り込んだんだ。でもやっぱり本当に知らないみたいだった」

 

 高嶋が赤嶺に目配せをする。

 園子と東郷は征矢を敵視している。

 とはいってもふたりも征矢と和解したのはつい数分前の出来事だ。だから友奈を連れ戻すという言葉に対して信憑性が薄いと指摘されるのは当然だろう。

 だがどうだ。

 これほど辛そうな顔をしている友達……仲間の力になりたいと思わないわけがない。

 気休めにしかならないかもしれないが、希望は与えるべきだろう。それに縋りすぎないようにほどほどに、ではあるが。

 果たして、何が征矢の心境をあそこまで変化させたのだろうか。『絶対殺す』を剥き出しにした初対面だったことはよく覚えている。

 二〇〇年以上という途方もない年月を、四国のために戦い抜いた。肉体が衰えることはなく、しかし心は摩耗し尽くした『赤嶺』は何を考えたのだろう。想ったのだろう。

 人の心は壊れ、腐り、朽ちたと思っていた。しかしそれは違った。

 信じていいのかと訊かれた時、間違いなく征矢の機微に触れた気がした。

 征矢は何か赤嶺に期待しているのではないだろうか? あの冷たい金属質なバイザーの裏で、何を見極めたのだろうか?

 ……それは、次に会った時に確かめればいい。

 割れて大きく口を開いた窓から、冷たい風が流れ込んでくる。病衣は比較的薄着だから肌寒さを感じつつも、右の拳を胸の上に乗せながら赤嶺は話し始めた。

 

「あのね、征矢のことなんだけど……」

 

 この熱烈な想いが、きっとふたりに信じてもらえると信じて。

 

 ◆

 

 翌日、赤嶺と高嶋の病室は言わずもがな変更されることになった。

 以前と同じ、ふたりでひとつの部屋。そしてふたりの傷は、激しい運動さえしなければ動き回ることは許されるまでに回復した。

 高嶋は「勇者は根性! だからね!」と言ったが、赤嶺の「私は勇者じゃないんだけどね……」というコメントに対して「じゃあ赤嶺ちゃんも勇者だよ!」とよくわからない判定を受けた。

 すでに東郷と園子とは情報の共有を済ませているが、夏凛と風はまだだ。昨日はもう遅かったから伝えることができなかったが、一応グループで招集はかけたため、新しくなった病室に来るはずだ。既読数は友奈を除いて全員分がついている。すでに風を除いて全員が揃っているが、果たして風は来るのだろうか。夏凛曰く、絶対来るとのこと。夏凛もまた皆の知らないところで頑張っていたのだ。

 高嶋が入手した大葉刈は折りたたみ式になっているものの、外見があまりに危険すぎるため布袋に包まれている。

 ヒーターの低い唸り音。そして、ベッドサイドに置かれた芳香剤からはラベンダーの香りが漂う。

 それを音が聞こえるくらい大きく鼻で吸った園子は、表情を崩しながら感嘆する。

 

「あ〜」

 

 昨日の覇気迫る言動とは対極の朗らかさに高嶋は苦笑しつつ、左手を開閉させる。

 酒呑童子の力を身に宿して戦った際、巨大化した手甲の内側で血肉がぐちゃぐちゃになっていく感覚はあった。

 さすがは三大妖怪のひとつ。フィードバックは想像を絶するものだった。その結果が薬指の損失。残っている四本の指はなんとか原型を保てているレベルで、物を掴むことすら難しい。

 赤嶺の首を落とそうとした征矢の振り下ろしを防げたのは奇跡と言っていいだろう。

 錆びついたロボットのような鈍い動きで拳を開閉させ、さっと頭を持ち上げる。

 するといつの間にか東郷がその様子を見ていたようだ。少し申し訳なさそうな顔をした後、ぽつりと呟く。

 

「ごめんなさいね、そんなことになってしまって」

 

「まあ……不自由ではあるけど、帰ればなかったことになるから大丈夫だよ」

 

 征矢の言葉は信用してもいい……だろう。

 帰還するのは、恐らく皆でうどんを啜っている瞬間のはずだ。それが突然高嶋の片腕がなくなれば、大騒ぎになることは間違いない。

 赤嶺だってそうだ。

 

「それに、昨日言ったけど、あの戦いは私達が原因なんだからそこまで気に病む必要はないよ。むしろ私達がみんなに謝らないといけないのに」

 

 すでに情報は共有されていて、樹が死んだこと、友奈が行方不明であることが事実と理解している。また東郷たちには征矢が鏑矢の次世代であり、赤嶺友奈本人であることが共有されている。

 

「風は……ダメね。やっぱり来ないか」

 

 ドア横に立ち、指先で腕を突いて待っていた夏凛は痺れを切らしたのか、そう言い放つとぱっと向きを変えてドアから離れた。

 同時に強い煮干しの匂いが近寄り、赤嶺は一瞬だけ口をすぼめた。

 夏凛、どれだけ煮干し食べて来たの⁉ と思わず聞きそうになったが、そこまでふざけることができそうにない空気に変わり、押し黙る。

 

「じゃあそろそろ始めましょうか。風がいなくてもやることは変わらないわ。友奈を見つけ出し、その後神婚とかいうふざけた儀式をやめさせることが最優先。征矢が友奈を連れ戻すって言ってるけど、一応私達の方でも友奈を探す。いいわね?」

 

 普段とはまるで違った風格を醸し出しながら仕切り始める夏凛に一同は頷く。まるでリーダーである風の人格が乗り移ったような滑らかな声に、誰も夏凛が仕切ることに異議を申し立てることはなかった。

 

「大赦にはいないし、かといって壁の外にもいない……正直もうお手上げだわ。でも、この四国にいることは確実よ。それに……身なりも結構目立つから、人の目に触れたら記憶に残るはずよ」

 

「それは確かに考えたけど、聞き込みをするにも人手が足りないよ」

 

 冷静に現実的な否定をする園子に対し、夏凛は頼もしげに鼻で笑った。

 

「人手が足りないなら、増やせばいいのよ」

 

「?」

 

「珍しく頭が回らないわね、園子。私たちは勇者部! 人のためになることを勇んでする部活! あるじゃない。私たちが長い時間をかけてたくさん振りまいてきた恩が」

 

「――! そっか!」

 

 顔を跳ね上げて目を見開いた園子は、夏凛言わんとしていることが理解できたようだ。

 勇者部は勇者としてバーテックスから世界を守る御役目を担っているが、それは別側面の話。本来はボランティア活動を主軸に置いた部活だ。

 その中で、たくさんの人々と触れ合い、手伝いをした。「ありがとう」を言われた数なんて星の数ほど!

 

「今こそ、その恩を返してもらう時よ」

 

 差し出がましいお願いになるかもしれないが、大半の人は応じてくれるだろう。自意識過剰気味ではあるが、それなりに良好な関係は築けていると思っているからこそできること。

 猫の手……は借りられないが、同じ人間の手ならいくらでも借りられる。これなら捜索する効率はぐんと上がり、その分だけ神婚を防ぐ手立てを考える余裕が生まれる。

 身近に助けてくれる人がいたというのに、どうしてそのことを失念していたのだろう。短絡的な思考に陥っていた園子は自身を戒めた。

 

「じゃあ方針はそんな感じでいいかしら? 東郷はチラシを作って、そんで私たちが配りまくる。それに意味がなかったとしても、これが耳に届いた友奈がひょっこり帰ってくるかもしれないし」

 

 そうだ、希望は必ずある。

 樹はもういない。でも、友奈はまだ確実に生きている。征矢も友奈の居場所は知っているようだからそう信じていいはずだ。

 そして――。

 

「…………」

 

 高嶋の視線に気づいた赤嶺はこくりと頷いた。

 できれば風がいる時に話したかったが、塞ぎ込んでいるのなら仕方ない。怪我が完治してから――とはいっても明日にも退院できるだろう――また改めて風の家を訪ねればいい。

 説明の機会は、今が最もベストなタイミングだ。

 どんな罵倒も受け入れる心の準備は、三人が来る前に済ませている。

 罪と向き合うのだ。無自覚な罪ではあっても、赤嶺が原因であることは違いない。その当たり前の事実から目を背けてはならない。

 大きく息を吸い込んだ赤嶺。汗を滲ませた手でぎゅっとシーツを握りつつ、懺悔を始めようとした、まさにその時。

 

「えっ⁉」

 

 と東郷が驚愕の声を上げた。

 早速チラシを作るためにレイアウトを決めようとしたのか、スマホを見ながらただ事ではない様子で画面に見入る。

 

「どうしたのよ東郷」

 

 夏凛の声に肩を跳ね上げた東郷は、ゆっくりと画面をこちらに向けてきた。

 画面にはネットニュースが流れていて、見出しには大赦関連の一文がこれまた大きく書かれている。

 細かい文字などは距離が離れているから目を凝らさないとよく見えないが、そこではないと東郷は下へとスワイプさせ、記載されているリンクをタップした。

 すると何かの情報が乱雑に散りばめられているサイトへと飛んだ。そしてそこにはあり得ないものが雪崩のように記載されていた。

 さらにタイトルにリンク付けがされていて、さらに別のサイトに飛べる仕組みになっているようだ。

 しかもそのタイトルがあまりに危険極まりないもので、園子ですら動揺せずにはいられなかった。

 

『壁の外の真実』

『天の神』

『勇者』

『精霊』

『大赦の神官至上主義』

『初代勇者』

『郡千景』

『徹底された隠蔽』

『勇者御記』

『満開と散華』

『切り札』

『バーテックス』

 

 これらはほんの一例だ。

 どれだけ下にスワイプしても最下部に到達しないほど圧倒的な情報量。

 これらは明らかに一般人の知らない……いや、知ってはならない知識だ。誰かのいたずらとも考えられるが、これほど正確なタイトルをつけるのはいたずらレベルでは到底不可能だ。

 試しにそのうちのひとつをタップするが、すでにリンクが切れているのか、もしくは消されたのかはわからないが飛ぶことができない。代わりに別のものをと試すと今度は飛ぶことができた。

 そこに記載されていた情報は紛れもなく真実で、おいそれと一般人に公開してはならない情報であることは明白だった。

 

「――――」

 

 ……絶句。

 これは明らかに削除対象とされる情報だ。

 だが、この圧倒的な情報量! すでに大赦は削除すべく動き出しているようだが、まるで間に合っていない!

 質はまちまちなものもあるが、量で殴っているようなこの暴露サイトはとんでもない事件を引き起こそうとしている。……などと考えている間に次々にリンクが断たれてゆく。元サイトが消されるのも時間の問題だろう。

 これが一時の波乱になるとは考えられない。すでにネットニュースにまでなっているのだ。東郷以上にネットに詳しい者たちはすでにすべての情報を保管し、独自の方法で公開なりするだろう。それらはまた誰かの目に触れ、ピラミッド構造のように拡散される。

 園子はあまりの策士っぷりに舌を巻く。

 誰がやったのかはわからないが、ネットに蔓延る有象無象の情報、その本質は質ではない。量だ。すべてが目に入らずとも、大多数が人々の記憶に残すことができればそれが勝利だ。

 自分のスマホで確認すると、やはりというべきか、SNSや動画投稿サイトで早速拡散されている。

 大赦の局所的なネットの支配力を、大局のネット民の拡散力が上回ったのだ。

 そしてがららら、とスライドドアが開かれる。

 全員が頭を横に振れば、その側には風が立っていた。

 昨日夏凛と言い合いをした時のボサボサの格好がまるで幻だったような可憐な佇まい。しかもそれだけではない。その横には男……白い装束に身を包む男もいた。特徴的な仮面を被っていて、風よりひと回りもふた回りも大きい体格だ。

 大赦関係者だ。

 

「ごめん、皆。遅くなったわ」

 

 と、風は手をひらひらと振った。

 赤嶺の心臓がどくんと強く脈打つ。全身の汗が一瞬にしてどこかへ吹き飛んだのを知覚した。

 僅かに口角を上げた夏凛は、やれやれと肩をすくめながら言った。

 

「……遅いわよ、風。それでその人は?」

 

「ああ、この人はなんか夏凛に用があるらしいから途中から一緒に来たの」

 

 今どき、何の用で?

 大赦関係者ならば今ネットで起こっている大規模なテロともいうべき事件を知っているはずだ。いや、公開されたのがついさっきくらいのはずだから、まだ知らない……のだろうか? 風はいつもどおりの様子に戻っているが、同じく知っているようには見えない。

 病室に入ってきた風は一度全員を見回したあと、深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい。ひとりで塞ぎ込んで、すごく迷惑をかけてしまったわ。でも、もう大丈夫。まだ完全に受け入れたわけではないけど……これからゆっくり、時間をかけて乗り越えようと思う」 

 

 たっぷり十秒ほどして頭を上げた風は、次に夏凛に身体を向けた。

 

「それと夏凛――ありがとう」

 

 屈託のない純粋な感謝の声をかけられた夏凛は素早くそっぽを向いて口早に言った。

 

「ふ、ふん! まあ? グズグズしてる部長に喝を入れてやるのも部員の役目だし? そ、それよりその人誰よ?」

 

 すると男は無言のまま足を踏み出し、夏凛の前に立つ。放たれる圧に多少身じろぎするが、負けじと睨み上げる。

 男が腕を上に持ち上げ、仮面に触れた。そして外す。現れた顔を見て、夏凛は鋭く息を呑んだ。 

 

「兄、貴……」

 

「久しぶりだな、夏凛」

 

 数ヶ月前、満開について問ただそうと家に呼んだとき以来の再開だ。

 だがなんだか……様子が違う。まず第一に身体付きが目に見えて変わっている。屈強な肉体が装束を着ていても強く主張しているし、顔立ちも彫りが深くなり、より男らしさが滲み出ている。

 もし夏凛がこの前と同じように仮面を剥ごうと飛びかかっても軽くいなされそうな気がした。

 いや、いや。

 そもそもなぜこんな時に来たのだ。

 まさか、友奈を発見したのだろうか?

 そんな淡い希望を抱きつつ、それを勘ぐらせないように強気な姿勢で尋ねた。

 

「何しに来たのよ、兄貴」

 

 久しぶりに妹に会えたことが嬉しいのか、男は顔の表情を緩める。それを見て夏凛は磨き抜かれた鏡のような瞳がほんの少し揺れる。

 しかしすぐに顔を改めた男は、何度か黒曜石の瞳を数度瞬かせ、

 

「――時が来たんだ」

 

 と答えた。




天の神の襲来は刻一刻と迫りくる

あと数話くらいで完結するよ。挿絵は4枚ほどを予定

それではまた次回!
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