結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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前回のあらすじ
友奈救出作戦を開始した征矢、防人と対峙


ありがとう

 固い地面を高く蹴り上げ、征矢は一気に防人たちに肉迫した。

 横一列に隙間なく並ぶ護盾隊たちの完成された連携は見事なもので、ステップを踏みつつ、その中で仕掛ける微妙なフェイントにも引っかからずに位置を微調整している。

 盾の強度はどれくらいか。

 後ろの銃剣隊に動きはない。

 ならば。

 腕の筋肉を隆起させ、渾身の一撃を叩き込む!

 拳と盾が接触した瞬間、激しい衝撃が征矢の身体を揺るがした。盾は想定どおり硬く、大したダメージは与えられていない。手甲への反動も問題なし。戦闘に支障なし。

 盾を構えていた少女のひとりが「ひゃあああ!! 死ぬ――!!」という情けない声で叫ぶが無視。戦衣によって神樹の加護を受けているとはいえ、防人たち単体の戦闘力は勇者より劣っている。今の弱体化した征矢でも、なんとか撃破は可能と推測。

 しかし防人の利点は、量産型という性質にある。弱い敵だろうと、数の力で叩きのめされる。気を抜けばあっという間に袋叩きにされてしまう。

 護盾隊の背後で、八つの光が迸るのを見る。アクロバティックな動きでその場から離脱した直後に発射音が轟き、征矢のいた場所を光弾が空気を裂きながら通り過ぎた。

 パッと見たところ、実弾ではない。対バーテックスではないため、侵入者を無力化することを前提としているということか。

 二班に別れていた銃剣隊の第二射をも回避した征矢は、硬質な参道を踏み鳴らしながら今一度接近を試みる。

 先程のはちょっとした力試し。今度は護盾隊の壁を突破してみせる。

 同じ思考だったのか、リーダーが素早い指示を飛ばした。

 

「指揮型の二番と銃剣型の偶数番号は前に出て迎撃! 残りは護盾隊の後ろで構えッ!!」

 

 了解! という力強い返事が長い参道に木霊し、征矢の前に指名された防人たちが立ちはだかる。

 なるほど、接近と遠距離で挟みこもうということか。

 切っ先を一斉に向けられた征矢は臆することなく集団に踏み込みつつ、鞘からジャリッ! と太刀を引き抜いた。

 防人の戦衣にはある程度の防御力が備わっているため、過剰に力を込めない限り殺してしまうことはない。

 低姿勢を保ちながら下段に構え、放たれた突きを躱し、少女の脇腹を斬り上げる。刃は皮膚に到達することなく、戦衣に大きな切り傷を刻むのみだった。

 実質ダメージはなし。手加減が過ぎたようだ。しかし斬られた、という事実に少女の口元に目に見えて恐怖が浮かんだ。

 防人たちは対人に特化しているわけではない。確かに便利屋としては最高に使い勝手の良い集団だが、番人の代わりをさせるのはいささか酷というものだろう。

 ……とはいっても、防人以外に適任がいないのが現実だが。

 四方から迫る攻撃を察知。

 左からの攻撃を太刀でいなしながらそのうちの一人に急接近する。

 

「ッ!」

 

 息を呑む音が聞こえたが、甘いとばかりに征矢は少女の腹に拳を深く沈み込ませた。

 

「ハ――――!!」

 

「が――、グっ――!」

 

 身体を数センチ持ち上げるほどの威力に、少女は胃の内容物を吐き出しながらその場に膝をつく。

 刹那、エネルギーを充填するような白い音が鼓膜に届き、咄嗟に身体を後方に投げ出した。

 直後、待機していた銃剣隊からの光弾が征矢を襲い、その内の数発が腕に命中した。

 骨にダメージが入ることはなかったが、何度も喰らえば間違いなく折れる。

 神樹とのリンクが断たれていなければ、この程度の相手など朝飯前に片付けられるのだが。小さな音で舌打ちした征矢はリーダーを睨みつけた。

 

「とおおおおおおおッ!!」

 

 上ずった、戦場に似合わない雄叫びを上げて一息ついたところを強襲したのは、胸元の番号が『20』と刻まれている少女だ。長いブロンズの長髪を靡かせ、機動力を奪おうとしたのか、脚を狙った低い薙ぎ払いが迫る。

 太刀を下に向け、受け止める。そのまま流れるように赤い火花を放射状に生じさせながら鍔まで滑らせ、目と花の先まで顔を近づける。

 

「はっ! ここであなたを倒し、弥勒家の功績にして差し上げますわ!!」

 

「…………」

 

 弥勒、とは。

 またなんとも懐かしい言葉だ。

 もう顔も声も思い出せない、かつてパートナーだった少女がそんな名前だった。

 

「何を笑っているんですの……?」

 

 隙あり。

 脚を蹴り払い、地面に倒す。

 

「おわっ⁉」

 

 そして眼前に差し出された頭部を蹴ろうとして――。

 またもや銃撃によって阻止される。

 首を刎ねることもできたが、防人は別に処分対象ではない。

 敵の銃撃も賞賛に値するもので、征矢の回避するであろう位置に光弾を放つというなかなかに嫌らしいことをする。そのおかげで腹に一発だけ受けてしまう。

 

「うッ」

 

 内臓が強引に形を変えられる感覚。

 不快感と痛みにえづきながらも、瞬時にターゲットを切り替えて肉体に喝を入れる。

 目指すは護盾隊の壁に守られるリーダー。あいつさえ落とせば、連携力は目に見えて低下するはずだ。

 全方向から迫る刃を、上半身を限界までのけぞらせることで回避。続いて正面から降り注ぐ光弾の雨を太刀で切断。

 近づけさせないとばかりに前に立ちはだかる少女たちを斬り、殴り、防衛ラインを強引に突破する。

 鎮座するは、八つの盾。さっきとは違って盾が巨大化し、パズルのピースが組み合わさるように接合されている。

 食い破る――!

 目を見開き、納刀した征矢は腹の底から吼えた。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 上半身を捻じり、渾身の拳をぶち込む――!

 ガガァン! と鉱物同士が激しく衝突するような爆音が響く。

 続いて発生した衝撃が腕を伝い、頭頂と足先へと伝播する。

 そして。

 堅牢な盾に、軽い破砕音。

 一部が穿たれ、破片を撒き散らしながら拳大の穴が開く。覗けば、中でこちらを見据える防人たちがいる。

 だがまだ中には入れない。

 一度で駄目なら何度でも。必ず破壊し、護盾隊を潰す。

 二度目の拳を振りあげようとした征矢に、再びお嬢防人が飛んでくる。

 

「させませんわ!!」

 

 振り下ろされた銃剣を、手甲で受け止める。

 重い。

 咄嗟に判断し、受け流す。

 威勢はいいが、この少女は攻撃が単調で、わかりやすい。積極性は評価するべきだろうが、実力が見合っていない。

 征矢の横を突き抜け、晒した横腹を殴ろうと――!

 

「てえええぇぇッ!!」

 

「!!」

 

 指揮型の鋭い号令。

 轟く発射音。

 反応速度ギリギリで腕を交差し、征矢は光弾を受け止める。

 

「あ、グ――!」

 

 神樹の加護を失った征矢にはこの攻撃の威力を軽減しきれない。専用の装束だけでの防御では、些か不足している。

 歯を食いしばって耐えきったところを、隙ありと見た防人たちが一斉に襲いかかる。

 ここで勢いづけさせてはならない。そうなった瞬間、征矢の敗北は濃厚となる。

 顎に力を入れ、呻きながら飛びかかる防人たちを、圧倒的な剛力で斬り払う。

 

「はああッ!」

 

 その一振りは、何人かの防人の戦衣をも裂き、血色の液体を高く巻き上げた。

 防人たちとの距離が開き、護盾隊の鉄壁への道が見えた。

 ガチン、と重々しい音を立てながらスイッチを殺人モードへ切り替える。あの鉄壁を破るには、生半可な力では不可能だ。弱体化した今、全力でなければいつまで経っても突破できない。

 刃についた血糊を払い、下半身に力を入れる。そして一秒後に爆発的な加速で駆け出す。

 納刀。

 拳を構える。

 狙うは損傷させた部分。あと一、二回殴れば通り抜けられるほどの穴になる。

 鋭い呼吸で肺に酸素を送り込み、視界をクリアにする。

 一瞬だけ呼吸を止め、全神経を拳に集中させる。

 そして二度目の拳を叩きこもうとしたその瞬間、壁の中から指示が聞こえた。

 

「――シズク、行って!」

 

 壁の一部分だけ急速に接合が解除され、人ひとり分の空白が生まれる。そこから人影が素早く飛び出し、ノーモーションで征矢に急接近し、脇腹を斬りつけた。

 装束にダメージあり。

 衝撃は大きく、その小さな体躯にしては想像の上をいく膂力だった。

 思考を切り替えて開けられた穴から中に入り込もうとしたが、すでに再び接合されていた。

 

「……チッ」

 

 舌打ちした征矢は、飛び出してきたひとりの防人を見据える。

 日本人にしては珍しい銀髪だ。肩まで短く切り揃えられた髪型は征矢に似ている。

 それに……赤嶺と同じ、戦闘狂の雰囲気を感じる。

 

「随分とド派手に暴れまわるじゃねぇかよ、なあ? 俺も混ぜろよ」

 

 なかなかに気性の荒そうな言葉遣いだ。

 首元あたりのプレートを確認すると……『9』。『8』までが指揮官型のはずだから、それらを抜くとトップに強いということだ。

 バイザーをしていても、その裏で獣の目をして征矢を睨んでいるのがわかる。

 こういうのは大概、煽りに過剰に反応すると相場が決まっている。

 

「退け、雑草(・・)

 

「――――」

 

 最大限の侮辱の言葉。

 するとシズクと呼ばれた少女は目に見えて反応を示し、口元の笑みをすう、と消す。

 続いて、憤怒のオーラが爆発した。

 

「お前……それ、意味がわかってて言ってるな?」

 

 暴走しそうな感情を強引に押し込んだせいか、細く、低い声。

 

「その足りない頭で少しは考えてみたらどうだ?」

 

「じゃあ侮辱と受け取るぜ。俺たちと似た格好したって、もう定員オーバー。仲間にはできないからな」

 

「お前たちの戦衣……私がモデルなのだが」

 

「んなこと、知るかよッ!!」

 

 素早く太刀を構えた征矢は踏み込んでくるシズクを迎え撃つべく意識を集中させた。

 瞬間、征矢の前後から光弾が襲いかかる。

 その場から跳躍して回避するが、それよりさらに高く飛んだシズクに銃剣を叩きつけられた。

 

「オラアアァッ!!」

 

「ッ!」

 

 足場がないため、受けた力を地面に逃せない。

 参道に叩き落された征矢は、足の筋肉のダメージを許容しながら両足での着地を試みる。

 あれだけ硬そうだった参道の床がクモの巣状に亀裂が走り、それでも衝撃を殺しきれずに征矢を中心に床が激しく割れた。

 そして、一瞬だけがくんと下半身の力が抜ける。続いて脚の付け根に燃えるような熱さを感じ、痛みが爆発した。

 思わず歯噛みした征矢だが、呼吸をすることすら許さないとばかりに前後から光弾が飛来する。

 感覚の鈍くなった両足でダダン! と割れた地面の欠片の端を踏みつけてせりあげさせる。

 直後、轟音が鳴り響き、征矢を守る壁が木っ端微塵になった。

 遅れて、シズクの落下エネルギーと速度を加算した振り下ろしが落ちてくる。

 受け流しは不可能! ゆえに、手甲を上に向けて防御!

 その刹那の後に、圧倒的な衝撃と、大量の火花を発生させた。

 さらに地面が深く抉られ、小規模のクレーターが形成された。

 せめぎ合いは僅か二秒で終了し、征矢が力押しで負ける。激しく損傷した手甲の破片を撒き散らしながら大きく後ろに飛ばされ、がくりと膝をついた。

 

「護盾隊は防御姿勢を解除して外にいた防人のバックアップ! 他は私に続いて突撃!!」

 

 最大の隙と判断したリーダーは力強い命令で防人たちを指揮する。

 征矢と対峙していた前衛はカバーに来た護盾隊たとの後ろに隠れ、リーダーを含む温存されていた少女たちが勢いよく飛び出してくる。

 指揮型が七、銃剣隊が八の計十五人。

 数では圧倒的に不利。

 脚に負荷がかかりすぎたせいか、感覚が薄れている。それにさっきの落下攻撃を受け止めたことによる腕の震えが止まらない。

 勢いは向こうに傾いてしまった。

 ……勝てる。

 そんな確信を胸に十五人は征矢に迫っているのだろう。

 ……だが!

 征矢もまた、ここで勝たなければならない理由が、ある!

 なぜ赤嶺と高嶋を見逃した!

 なぜ神樹と大赦を裏切った!

 その理由は、ただひとつだ!

 それを果たしてもらうために、何としてでもここを突破しなければならないのだ。

 

「ク、ぉ」

 

 動け。動かせ。動いてくれ。

 ゆらりと鬼火が灯るように立ち上がる。

 もうあとほんの数メートルに接近した防人たちを視界に収める。

 バイザーの光が、煉獄の篝火のように燃える。

 そして。

 

「――火色舞うよ」

 

 と自己暗示をかけ、本気の一端を解放する。

 まず、一番近くにいた三番の少女の剣撃を紙一重で回避。背中を向けたまま腕を伸ばし、その首根っこを掴む。遠心力を利用してぐるりと一回転し、目についた標的に向けて力任せに投げつける。命中こそしなかったが、明らかな動きの変化に防人たちの動きが若干鈍くなる。

 敵の間合いで気を抜くなど、愚か!

 上半身を地面に水平にしながら疾走、次なる目標の苦し紛れの振り下ろしを、抜刀術でいなしながら急接近。そしてカウンターを叩き込んで、後ろのふたりを巻き込みながら吹き飛ばした。

 征矢が防人より圧倒的に優位に立てるのは、対人に特化しているという点のみ。

 さらに、その年季が違う!

 せいぜい十数年程度しか生きていない奴らに、殺しに殺しを重ねた征矢の研鑽に辿り着くはずもなし!

 あらゆる戦い方を習得した征矢に、敵なぞなし!

 

「ッ! 体制を立て直す! 護盾隊の奇数番号、来て!」

 

 リーダーが征矢の豹変ぶりを見て、見誤ったと早急に判断して立て直しを図る。

 だが、もう遅い。護盾隊と距離を取ったのがそもそもの誤りだ。対バーテックスとして、巨体を想定した戦術を身体に叩き込まれている。

 しかし敵は征矢のみ。身体もバーテックスより遥かに小さい。数の暴力を持ち出すのは当然の判断ではあるが、相手が悪い。

 混乱に紛れて包囲網を突破。応援に向かおうとした護盾隊たちを一網打尽に打ちのめす。固まって巨大な壁を作られると厄介だが、それさえなければ対応策はいくらでもある。

 大きな盾を持つため、機動力は低い。だからステップを踏んで相手の重心を移動させ、完全に低くなった瞬間に仕掛ける。

 ここは斬撃ではなく、拳撃が有効だ。

 素早いジャブにまるで反応できない護盾隊たちは瞬く間に征矢の拳にダウンさせられ、ほんの数秒で四人がその場に崩れる。

 そして、守りが薄くなった元前衛へ駆ける。残りの護盾隊では、とてもカバーしきれない範囲だろう!

 

「お――オオ――!!」

 

 ありったけの力を込めて、拳を突き出す。

 硬質な衝撃音が炸裂し、攻撃を受け止めようとした護盾隊のひとりを紙切れのように吹き飛ばす。

 上がった息を整える間もない。

 肺が酸素をよこせと暴れまわる。

 脳は赤く発熱し、融解しそうだ。

 だがまだ止まるわけにはいかない。

 護盾隊の後ろで体制を整えていた銃剣隊を、反撃をものともせず一方的に蹂躙し、ギアを上げた征矢の動きにまるでついていけないさっきのお嬢防人も気絶させる。

 最後に残ったふたりの盾持ちのうち、ひとりを殴るが、もうひとりは「死ぬ! これ絶対死ぬやつ! お助けええええええ!!」と泣きじゃくり始めるという予想外の反応をされたため、つい動きが遅れてしまった。

 

「――させないッ!」

 

 合間を縫って乱入してきたのはリーダーだった。素早い斬り上げが手甲に命中し、征矢の上半身が大きく仰け反る。

 確かこの少女の名前は……楠芽吹、だった気がする。

 そんなことをようやく思い出した瞬間、援護として大量の光弾が飛来してくる。

 被弾を覚悟で身体の角度を微修正し、あえて背中に光弾を受ける。衝撃を受けた征矢はそのまま速度へと変換し、息を呑む芽吹の懐に潜り込む。

 

「フぅッ!」

 

 鋭く息を吐き出しながら腹の中心を狙う。

 しかし。

 ブーストがかかったような急速に腕が動いて銃剣に防がれる。さすがの反応速度だが、芽吹の代わりに砕かれた銃剣の破片が高く舞い上がる。

 防人は素手での戦い方を学んでいない。武器が壊れ、大きく体制を崩した芽吹に対して征矢はすでに追撃せんと反対の拳を握っている。

 だが、直前で放たれた光弾が両者の間に落ち、身体を衝撃で吹き飛ばした。

 一見味方を巻き込んだ誤射に間違われるかもしれないが、征矢は素直に良い助けだったと認める。芽吹と距離の近すぎる征矢だけを狙うのは難しい。下手をすると芽吹に当たってしまうかもしれない。だから、攻撃ではなく、妨害することを主眼に置いたのだ。

 そんなことを一瞬で決断した、『9』の防人の頭の回転は厄介だ。

 

「楠!」

 

 シズクが自分の銃剣を投げ渡す。綺麗な弧を描いてそれは芽吹の手に渡り、立ち上がった芽吹は額から伝った脂汗を手で拭った。

 その間にも征矢は対象を即座に変更して残りの防人たちを処理していく。てっきりそのまま一対一が続くのだと思いこんでいただろう。気が抜けていたところを一網打尽にする。

 あっという間に、芽吹とシズクのふたりだけか残った。

 

「なんなんだよ、お前!」

 

 倒れる仲間たちを見たシズクが憤りを露わにして怒鳴る。

 あまりに抽象的すぎる問いに、征矢は適当に返した。

 

「邪魔だから排除させてもらっただけだが?」

 

「そうじゃねぇ! お前の動きは……なんかこう……変だ! 人間を相手にしているような感じじゃない!」

 

「……生憎、無駄話をしている暇はなくてね。もう勝敗は決しているし、行かせてもらおうか」

 

 数の力というアイデンティティを失った防人に、もはや征矢を止めることはできない。ふたりの実力はすでに把握している。

 もう、敵ではない。

 おもむろにふたりを無視して歩を進め始める。

 

「行かせねえッつってんだろ!!」

 

 通り過ぎようとした真横のシズクがそう叫んで征矢に挑む。

 しかし。

 

「温い。遅い。浅い」

 

 雫が落ちる静音のような落ち着いた声で呟きながら、シズクの攻撃をいなし、カウンターとして強烈な蹴りを下腹部に深くめり込ませる。

 

「ぐ、ぅ……!!」

 

 高く身体を蹴り上げられたシズクは固い地面に背中から激しく落下し、肺の中の空気を吐き出す。それきり立ち上がらない。

 殺してはいないから、痛みで身体が動かないのだろう。苦悶の声を漏らしながら身動ぎしている。

 歩く。

 ヴゥン、とバイザーの放つ燐光が芽吹にはどう見えているのだろう。

 歩く。

 コツ、コツ、と前に進み、芽吹の眼前に立つ。

 無言で見合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……退け」

 

「断るわ」

 

 即座に拒否が返され、征矢はその返事として拳を胸に叩き込む。だが、ギリギリのタイミングで間に割り込ませた銃剣を器用に斜めに構えることで直撃は免れた。

 ズバン! と爆音めいた衝撃音が鳴り、銃剣が大きく歪む。それを見た芽吹は口の端を力強く引き締めた。

 素早く腕を引いた征矢は、殴る素振りを見せて途中で急停止するなどといったフェイントを交えて連続で攻撃する。

 一度や二度は騙されずに反応してみせたが、回数を重ねるごとに反応がズレていき、しだいに誤差が積もる。そしてついに致命的な遅れが生じ、征矢の攻撃が芽吹のバイザーを打ち砕いた。

 粉々になった金属片が、高い音を奏でて地面に散らばる。

 芽吹は右手で眉間のあたりを押さえ、よろりと後退った。

 破片が頭の皮膚を裂いたのか、血を流している。半分だけ露出した顔に怒りや憎しみといった類の感情は見いだせない。ただ、虚しさというか、悲しみというか、そういった対極の感情が滲んでいた。

 

「退け」

 

 改めて征矢はさきほどと同じように告げた。

 

「……断るわ」

 

 と芽吹も同じように回答した。

 

「どうせお前たちは、この先に何があるのか知らされていないのだろう」

 

 もう征矢を止めることができないと内心ではわかっているのだろう。

 仲間たちは誰も立ち上がれない。

 圧倒的な個の力を見せつけられ、潔く敗北を認めるのもリーダーとしての責務でもある。

 芽吹はすでに息も絶え絶えだ。身体に溜まった熱を放出しきれていない。もう俊敏な動きは難しいだろう。

 

「まあ、そうね。でも、大赦のトップが勇者ではなく、私たちにここの死守を命じたのよ。大赦が信用できないのは確かだけど、この先にあるものを盗まれたら、世界が終わるっていうのなら、守るしかないじゃない」

 

「ふふ、ふ」

 

「何がおかしいの?」

 

 芽吹は心底不思議そうに首を傾げる。

 

もの(・・)、か。そうか……大赦はそういう認識でいるのだな」

 

 瞬間、芽吹は自分の本能だけではなく、理性までもがメーターが振り切れる勢いで危険信号を発するのを感じた。

 今すぐにこの『悪』の目の前から消えなければ、確実に殺される。そんな明確な予感。

 気道が引き締まり、呼吸が詰まる。

 苦しそうに貪ろうと空気を求めた芽吹の腹には、いつの間にか征矢の拳が深くめり込んでいた。

 

「ハ――、ズ――!」

 

「……私を倒したければ、二〇〇年後に出直してこい」

 

 僅かに硬直した芽吹は、口からごぷりと胃液を吐き出し、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 防人、排除完了。

 ……いや、それは少しはやいか。

 身体の向きを変えた征矢は、地面にうつ伏せに倒れているある防人の元へと歩く。

 氷を思わせる滑らかな鞘走りの音とともに生大刀を引き抜いた征矢は、高く切っ先を振りかざして――

 

「うわああああ!! はい起きます今起きましただから殺さないでえええぇぇぇ!!」

 

 そう叫びながら恐るべきスピードでうつ伏せから正座へと姿勢を変えた防人番号『32』の少女は、ビクビクと身体を震わせながら征矢の反応を窺う。

 

「お前は私に立ち向かわないのか? 後ろから襲いかかるかと思っていたが」

 

「いえいえ滅相もありません! あなた様の強さはじゅーぶん! めぶに勝つほど超超強いってことがわかりましたので、雀ごときに勝てるはずなんてありません! ちゅんちゅん!」

 

 とてつもなくキャラの濃い防人だが、邪魔するつもりはないという意志は気持ち悪いほど伝わってくる。

 それに若干よいしょも混じっているし、媚びへつらってきているのも明らか。少し頭に来たから殴ろうかと思案するが、無駄な時間だと大人しく太刀を収めた。

 

「……仲間は全員殺してない。数時間ほどすれば動けるようになるから安心するといい」

 

「は、はいぃぃ!! どうぞ先にお進みください!!」

 

 信念とか意地とか、そういったものはどうやら欠片もないらしい。どうしてそんな人間が防人になったのか不思議に思いつつも、征矢は踵を返してその場から去った。

 参道を最後まで走り抜けると、拝殿が大きく口を開けて建っている。中に入り、木の匂いの強い畳の上を走り、裏から抜ける。

 すると次に征矢の前に姿を表したのは、剣呑な雰囲気を放つ巨大な黒い箱としか表現しようのない本殿だった。本来ならば春日造や流造といった形式であるべきなのだが、それらを一切無視した簡素な黒い立方体。

 重々しい巨大な赤い扉にはどうやら鍵はかけられていないようだ。

 自身の両手を見下ろした征矢は、手甲の一部が欠けていることに気づく。

 防人たちとの戦闘で無傷だったわけではない。軽傷というレベルですらないが、ダメージは確実に受けている。だが、友奈を抱えて飛ぶくらいの力は十分残っている。

 両手で扉に触れた征矢は、ゆっくりと力を込めて押し開けた。

 あまりそれほどの抵抗を受けるでもなく、少しの力で扉は開いた。

 中は薄暗く、地面から仄かに発光する赤い光だけが頼りだった。地面には護符や札らしきものが乱立し、なにもないスペースは通路となり、それは一直線に簡易的な社へと続いている。その中央、木製の台座の上に、友奈が眠っている。

 神の呪縛……人の領域を超え、神に近づこうとした罰。

 初めは枝木によって腕が妙に盛り上がる程度で済んでいたが、一度勇者に変身してしまったという原因もあり、今や右半身の六割以上を侵食されている。以前は補助をしていたらしいが、今や関節部にも枝木が絡みつき、歩くことすら困難……いや、歩けないだろう。

 白い装束に身を包み、逃げられないようにするためか、鉄製の首輪がつけられ、それに繋がれた鎖は社に接続されている。このような身体だから逃げられるはずがないというのに。

 神の業に触れた友奈は、まさに神に近い存在。ゆえに安置……なんて生温いもので、これでは――

 

「監禁、だな」

 

 征矢の呟きに反応したのか、友奈の整った睫毛が揺れ、薄っすらを瞼を持ち上げた。

 

「誰……?」

 

 ここでどういう生活を送ってきたのはよくわかるほど血行が悪い。

 大事な生贄だからなるべく丁重に世話してはいただろうが、精神的な世話はまるっきりしていないのがまるわかりだ。

 まだ視界がボヤケているのか、左手で目を擦ると、征矢を凝視した。

 

「あなたは……」

 

 きちんと征矢を視認した友奈は逃げようと身体を捩る。しかし右半身が満足に動かせないため、繋がれた鎖の重い音が虚しくなるだけで距離を取ることができない。

 無言のまま太刀を振り上げる。

 身体を縮めた友奈を無視して、白い軌跡を真下に落とした。

 断たれたのは凶悪な鎖だった。

 硬質な音を鳴らしながら床に散らばった欠片を見下ろす友奈に征矢は言葉を投げかける。

 

「お前を救い出しに来た」

 

「え? あ、ありがとう……?」

 

 いまいち状況を理解できていないようだが、一から全てを説明する時間は残念ながらない。

 もう今日中にでも天の神が降臨するはずだ。

 しかしながら友奈の征矢への認識は、『高嶋を殺した敵』で停滞している。

 咄嗟に抵抗しようとした友奈だったが、征矢は鎖の切れ端を掴むと、グッとこちらに引き寄せた。

 

「痛っ!」

 

 首輪に引っ張られて寄せられた友奈は眉を曲げる。

 

「黙って、助けられろ」

 

「…………」

 

 一切の口答えを許さない高圧的な物言いに、友奈はやや恐怖混じりにこくりと頷く。

 肩を貸して歩くのは効率が悪い。

 いっそのこと身体を抱え上げて荷物を運ぶ要領でやったほうがいい。

 そう思って友奈の右手を掴もうと手を伸ばして――

 

「――――ぁ」

 

 動きが止まった。

 あらゆる思考も強制的に中断させられ、完全に意識がある物に釘付けになった。

 視線の先は、友奈の手首。

 そこに汚れたミサンガがあった。

 黒く変色してはいるが、まだ黄色だったという名残が残っている。

 しかしどうしてか、征矢にはそのミサンガが元はどんなデザインだったのかを鮮明に知っているのだ。

 それだけではない。

 確か、自分も赤色のミサンガを持っていたような……。

 灼けた記憶の残骸がかき集められ、継ぎ接ぎだらけの幻影を生み出す。

 頭が……割れるように痛い。

 額に手を当て、征矢はその場でぐらりと大きくよろめいた。

 結果的に、それが征矢の命を救った。

 太い光線が、征矢の頭部の真横を通り過ぎ、本殿の壁を盛大に破壊した。

 咄嗟に友奈を台座の後ろに押しやった征矢は素早く後ろに振り返った。破壊された壁から差し込む光が、命を狙った者のシルエットを映す。

 その正体は……征矢自身だった。

 構えたクロスボウの先端から、発射後の燐光を迸らせている。

 

「…………」

 

 それも一人ではない。

 さらにふたり、開かれた扉から本殿に入り込んで来た。

 言わずもがな、強い。

 神樹の加護の無くした征矢とは逆に、奴らはたっぷり加護を受けている。

 

「……量産型、か」

 

 確かに征矢が反旗を翻した今、四国の平和を守る者がいなくなる。

 だからといって、神樹に反抗する可能性があるため、再び新しい征矢を抽出することは危ぶまれる。

 だからこそ、思考領域を制限することで質は落ちるものの量を増やしたといったところか。

 とはいっても強さは征矢より遥かに上。

 もし友奈を抱えて穴の空いた壁から逃げ出そうとしても、一瞬で撃ち落とされて死ぬ。

 ぶるりと身体が震える。

 ……死期を悟る。

 征矢にとっての死は、新たな生へのループだった。

 しかし今はもう違う。死ねばそこで終わる。征矢は、そこらの人間と何ら変わりのない存在に成り下がったのだ。

 ……何が残せたのだろうか。

 二〇〇年以上もの途方もない長い年月の間、ひたすら人を殺し続けた征矢は、いったい何を残したのだろう。 

 四国の平和。

 いや……いや、これは征矢としての在り方を貫いた結果でしかない。

 征矢自身が考え、貫こうとしたものは、何一つない。

 

 ――ならば。

 

 ここで何かを残そうではないか。

 未来に残る、希望を。

 征矢は怯える友奈を見下ろす。

 

「……大丈夫だ。私が必ず仲間の元に連れて行ってやる」

 

「どうして……私を助けてくれるの?」

 

 友奈には征矢の心変わりが理解できないのは当然だ。

 出会い、言葉を交わしたのはたった一度きり。果たしてそれだけで何がわかるのだろう。だから、征矢は不器用に返す。

 

「心変わりしたからだ」

 

 溢れ出る剣気を纏いつつ、社を出て通路に立つ。

 敵も、征矢が戦闘の意思表示をしたとしてそれぞれの光輪を回転させて武器を構える。

 防人とは違って、こいつらは殺してもいい。

 鏖殺だ。

 必ずやこいつらを殺し、結城友奈を連れ戻す。

 生大刀を構えた征矢は、落ち着いて呼吸し、排除すべき敵を睨んだ

 そして。

 

「……私の名は赤嶺友奈。いずれ地獄の門を叩く歯車だ。現在の停滞より、未来への飛翔を願う歯車だ。だからこそ――結城友奈は私が頂く」

 

 と、牢固(ろうこ)とした意志に満ちた声で赤嶺は言い放った。

 

 ◆

 

 医師からのお墨付きをもらい、赤嶺と高嶋は退院することになった。

 たったの一週間程度の入院だったが、来たる天の神を打倒すべく、一刻も早く皆に合流しなくてはならなかった。

 もちろん勇者部が退院祝いとして全員揃い、それぞれに私服が貸し与えられた。

 使い物にならなくなった赤嶺のスーツは持ち帰るとして、一応そう表に出てはならない代物だから、処分方法を考えなければならない。

 

「ふたりとも大丈夫なの? 動けるのはいいけど、やっぱり完治ってわけでもないんでしょ?」

 

 病院から出た一同の先頭に立っていた風が、後ろ向きに歩きながら訊いてくる。

 

「大丈夫です! 動けますし、戦えます!」

 

 そう元気に答えてみせた高嶋は、脚を高く蹴り上げてみせた。

 

「こら、中見えるからやめなさい」

 

「あ、ごめんなさーい」

 

 風の指摘にぺろりと舌を出すと、園子に持ってもらっている布袋に視線を振った。中には大葉刈が入っていて、高嶋がこの前の戦いで入手した郡千景の武器だ。

 手甲は風に持ってもらっている。

 

「私はいつでも戦えますよ。あの人からアプデしたやつを貰いましたし」

 

 そう言って赤嶺はジャージのポケットから征矢からもらったスマホを取り出した。

 スーツがもう使えない今、このスマホで勇者アプリを起動させるとどんな変身が起こるのかは正直興味が湧くが、それより鏑矢という暗部が勇者という表舞台に上がることになるとは思いもしなかった。

 風は顎に手を乗せながら悩むように言った。

 

「夏凛のお兄さんって、もしかしなくても結構すごい人だったりするのかしら? いや、征矢の側付きなんて御役目に就いているから当然か」

 

「勇者システムの違法改造なんて、バレたらただでは済まないですよ。恐らく、上の階級であることと、夏凛ちゃんのお兄様の技術によってできた芸当かと思われます」

 

「東郷……あんた妙に詳しいわね。まさかあんた……」

 

「さ、さあ? 風先輩が何を言いたいのか、私にはまるでわかりませんね……」

 

 しらを切る東郷を尻目に、「まあいいわ」とあっさり見逃した風はタクシーを呼ぼうとスマホでタクシー配車アプリを起動させようとした。

 

「高嶋はうちに来るよね? 赤嶺はどうする? 夏凛のとこに戻る?」

 

 赤嶺は数秒ほど夏凛と見つめ合って、小さく笑った。

 

「はい! 夏凛の家のほうがトレーニング器具がいっぱいあるので!」

 

「……あんた、うちの煮干し全部食べる気でしょ。そんで、『あ、ごめんごめん。代わりにプロテイン買ってくるよ!』なんて言ってさらっとプロテインを持ち込もうと考えてるでしょ」

 

 夏凛の完成された推理に、赤嶺はぎくりと肩を震わせる。

 

「そんなわけないじゃん? 人の家にお世話になるからそんなことするわけないじゃん?」

 

「どうだか」

 

「ん。じゃあ赤嶺は夏凛のとこってことね。りょーかい」

 

 ひとり頷いた風は今度こそタクシーを呼び寄せようとした。

 その時、しばらく口を閉じていた園子が急に歩道の向こうに身体を向けて警戒心を露わにした。

 

「――誰か来る」

 

 道路を行き交う人々の姿が消える。

 冗談ではなさそうな園子の面持ちに、全員が同じようにスイッチを切り替えた。人目に触れるのはよくなさそうだから、人気のない裏地へと移動する。

 園子が注視していたのは、空だ。

 空から豆粒サイズの何かがこちらに急速に接近してきている。それはしだいに大きくなっていき、その影が人型であると視認する。

 さらに接近し、ついに園子たちの前に着地した。

 人であるのは間違いなかった。

 しかし全身が血だらけで、白い装束が真っ赤に染まっている。

 ゆっくりと顔を上げた人物を見て、赤嶺は呟いた。

 

「……征矢」

 

 征矢は赤嶺の声に反応して顔をこちらに向けた。

 ……片腕がない。さらに、腹に拳大ほどの大穴が空いている。

 征矢はぎこちない動きで歩くと、錆びついたロボットのような動作で後ろに抱えていた少女をこちらに差し出した。

 最後に見たときから随分外見が異様に変わってしまっているが、結城友奈本人で間違いなかった。

 東郷は急いで征矢の元に駆け寄り、友奈を受け取った。友奈はどうやら意識があるようで、「東郷さん……」と久しぶりの友の名を呼んだ。

 征矢はまだ動く。

 ボロボロの身体を動かし、自分の力でほんの数メートルの距離をとても長い時間をかけて歩いて赤嶺の前に立った。

 

「いや……やられた、よ」

 

 今にも切れかけの電球のような声で征矢は言った。

 

「約、束通り……結城友奈を……連れ戻した、ぞ……」

 

「ありがとう……こんなになるまで、頑張ったんだね」

 

「気にする、な……これは……私の意志で始めた、叛逆なのだか……ら」

 

 荒い息を吐いた征矢は激しくえづいたあと、夥しい量の血を地面に吐き出した。

 腹の空洞からは今もどくどくと恐ろしい勢いで血が失われている。

 あっという間に征矢の足元に血溜まりができ、目の前の赤嶺の足元にまで届いた。

 

「お前は……ミサンガを持っては……い、ないか?」

 

 それは、唐突な質問だった。

 全く関係のない話に思えたが、赤嶺は正直に答えた。

 

「持ってるよ。これでいいかな?」

 

 ポケットを弄って征矢の前に見せたのは、赤色のミサンガ。

 それを見た途端、征矢の態度が目に見えて変化した。

 まず、「あ、あ……!」とひび割れた声を漏らし、次にミサンガに触れた。血に濡れるのもお構いなしに、赤嶺はそれを素直に差し出した。

 長い間、征矢は大事そうに手の中に包み込み、小さく背中を丸めた。

 

「繋がった……全部、繋がったよ……」

 

 そして、囁いた征矢の、亀裂の走っていたバイザーが、ついに壊れる。

 金属片が血溜まりに落ち、素顔が晒される。

 征矢の顔は、赤嶺は微妙に違っていた。

 同一人物だから瓜二つだと思っていた赤嶺はしばし瞠目した。

 征矢は澄んだ緑色の瞳を数度瞬かせ、視線を向けてくる。

 

「頼みを……聞いてくれないか……?」

 

「何でも言って」

 

 征矢は今にも割れそうな笑みを浮かべながら頼みを口にした。

 

「レンちと、仲良くしてね」

 

「うん」

 

 赤嶺は力強く頷く。

 当然だ。

 自分の時代に帰還した後でも、いっそ気味悪く思われるほど付き纏おう。

 しかし蓮華は器の大きい子だ。なんだかんだ、赤嶺のことを拒絶しないことを知っている。

 

「シズ先輩を、大切にしてね」

 

「うん」

 

 赤嶺は力強く頷く。

 それも当然だ。

 鏑矢は静のバックアップなしに機能しない。

 猫口の先輩が時折かましてくるセルフ漫才にはいつも楽しませてもらっている。

 

「赤嶺友奈は、私より弱いから、守ってあげてね」

 

「うん」

 

 赤嶺は力強く頷く。

 もちろんだ。

 赤嶺は弱い。ひとりだとすぐにプロテインを買い占めて金欠になるような馬鹿だ。何度も泣いた。その度に前を向いた。

 征矢は微笑を浮かべたまま、輝きの薄れかけた瞳のまま、名前を呼んだ。

 

「赤嶺、友奈」

 

「うん」

 

「約束してほしい……私のようにならないで……レンちとシズ先輩とずっと一緒にいて……人の心をどうか、どうか失わないで……」

 

「わかった」

 

 再び力強く頷いた赤嶺は、言葉を続けた。

 

「だからもう泣かないで、友奈(・・)

 

「――っ」

 

 征矢はボロボロと涙を流していた。

 赤嶺の言葉は短いが、声色は誠実で、その顔は真剣。一瞬たりとも視線を外さない。

 自分が泣いていることに気づいた征矢は涙を拭おうと片腕を持ち上げたが、それより速く赤嶺は征矢の身体を抱きしめた。

 それがトリガーになったのか、感情の蓋が全開した征矢は脇目も振らず弱弱しく泣き叫び始めた。

 

「う、ああ、あああ――……」

 

 赤子のように泣く征矢を、一同は黙って見ていた。

 赤嶺はそんな征矢を自分の肩にしっかりと寄せた。

 

【挿絵表示】

 

「約束する。絶対にあなたのようにはならない。仲間を大切にして、最後まで御役目を全うするよ」

 

 数多の平行世界、人の道を踏み外した赤嶺友奈の願いが、ついに届く。

 過去の自分との幾たびもの殺し合いの末に手に入れた、『自分自身』への希望。

 

「ありがとう……ありがとう……!」

 

 征矢の口から感謝の言葉が紡がれる。

 そうしている内に、やがて立つ力すら失い、その場に崩れ落ちた。それを優しく支えながら赤嶺は地面に膝をついた。

 身を乗り出し、征矢の前髪をかき分けて後頭部をそっと抱いた。

 

「私と、あなたは……もう違う人間だ……だから、嬉しい」

 

 征矢は、どこか遠くを見詰めながら、満ち足りたような笑みを浮かべた。

 

「私は、何か残せたかな……? 未来に、何かを残せたかな……?」

 

「ちゃんと残せたよ。あなたの願い、全部私が引き継ぐ。だから、これから生きる私の記憶も、思い出も、あなたのものでもあるんだよ」

 

「そうか……嬉しいな……。ふふふ……向こうで、若葉様や、レンち、シズ先輩にたくさん……たくさん、怒られてくるよ……」

 

 しだいに透き通っていく征矢の声は、赤嶺の心……いや、魂を優しく震わせた。

 

「友奈……友奈……どこにいるの……? 見えないよ……」

 

 生の光を明滅させている征矢の瞳が彷徨う。

 

「ここにいるよ」

 

 頬を伝う涙をそっと拭ってやりながら赤嶺は囁いた。

 

「ありが、とう……友奈」

 

 征矢が囁き返す。

 徐々に軽くなっていく征矢の身体を、逃がすまいと強く抱く。しかし消失の進行は止められず、みるみる軽くなっていく。

 やがて紙に触れているような軽さになったところで、征矢は最期の言葉が、静かに木霊した。

 

「この、世界を……たくさん、愛して――」

 

 目尻に溜まった涙が、雫になって地面に落ちる寸前に光の粒となって消えた。

 穏やかな笑みを赤嶺に向けつつ、ゆっくり、ゆっくりと、征矢……赤嶺友奈は両の瞼を閉じた。

 半壊したバイザーが何度か明滅を繰り返すが、ついにその光は小さくなっていき、やがて消えた。

 

 ◆

 

 征矢の身体とが光の粒となって消え去るまで、赤嶺はその場所に跪き続けた。

 征矢の持っていた赤嶺のミサンガが落ち、血溜まりに沈む。

 ミサンガを掬い上げた赤嶺は、それを手首に通した。

 最期のあの少女らしい笑みを絶対に忘れないと心に深く刻み込んだ赤嶺は、ゆっくりと立ち上がった。

 思考は驚くほど鮮明になっている。

 振り向けば、友奈たちがどう言葉を投げかければいいかわからない顔でこちらを見ていた。

 だから、こちらから話す。

 

「結城ちゃん。征矢は……あの子はどうだった?」

 

 東郷に支えられながらなんとか立っていた友奈は、真剣な眼差しで赤嶺を見た。

 そして頼もしい声で言った。

 

「……とても強かったよ。あの子も私たちと同じ、勇者だった」

 

「そっか。その言葉だけでも、きっと喜んでくれると思う」

 

 ちょうどその時、聞きなれたサイレン音が全員のスマホからけたましく鳴り響いた。

 驚きつつ各々のディスプレイに視線を落とすが、なにやらアニメーションがおかしい。『特別警報発令』の帯が何重にも伸びるが、突如画面にノイズが走り、やがて雑音にサイレン音がかき消されてしまった。

 続いて、大地を揺るがす大きな揺れが四国全体を襲う。

 震度はさほど大きくはないが、異常事態であることは明らか。倒れそうになった友奈を東郷と、さらに夏凛が加わって支える。

 

「大丈夫、友奈⁉」

 

「う、うん。ありがとう、夏凛ちゃん」

 

 その内激しい揺れは消えたが、次に甲高い高音が超広範囲にわたって鳴り響く。

 それは、奏でられる災禍の調べ。地面そのものが……四国が、泣いているようにさえ聞こえた。

 鼓膜を突き破るほどの大音量がようやく収まったところで、その正体がついにこの世界に顕現する。

 海の向こうのソラに、黒点が次々に浮かび上がる。それらは染みとなり、驚異的な速度で空全体を灼くように覆いつくす。

 四国を、侵しているのだ。

 陽光が断たれ、瞬く間に四国がうす暗い闇に閉ざされる。

 

「何よこれ……」

 

 風が掠れ声で呟く。

 

「何って、そりゃあ……天の神に決まってんじゃないの」

 

 答えた夏凛の声は小刻みに震えていた。

 春信が近いうちに天の神がやってくるとは言っていたが、いざ実際にその時がくると、急に現実感が喪失した。まるでスクリーン越しにSF映画を観ているような感覚と言えばもっとも理解しやすいだろうか。

 

「と、とにかく行くわよ!」

 

 なんとか平静を取り戻した夏凛の言葉に深く頷いた勇者たちは勇者アプリを起動させて大橋の方角へと向かう。友奈は東郷、高嶋は風、赤嶺は夏凛に抱えられて飛び立つ。ごうごうと唸る風切り音に負けじと、三人に負荷をかけない範囲内でトップスピードで飛ぶ。

 その間にも侵食はさらに進み、四国を囲む壁を白く溶かしながら天の神が姿を現す。

 二年前の最終決戦で破壊された大橋の残骸の上に降り立った勇者たちは、その様子を静視する。

 その巨躯、水平線を埋め尽くし。

 灰色の雲をたくし上げ、緩やかに侵攻す。

 その形状は円盤にて、真紅の光を散らす。

 征矢の殺意など、子供だましにさえ思えるほどの圧倒的な威圧感。

 まさしく、神。

 天を治め、人という種を断たん、絶対神。

 

 ――天の神、降臨。




過去の呪いから解き放たれた少女は、ようやく深い眠りにつく

人は神より下でなければならない
ただ神の恩恵を授かる小人であれ
神なくして生きること能わず
神の業の下に人は在れる
ゆえに
神を汚してはならない
神を貶してはならない
神を疑ってはならない
恐れよ。崇めよ。平伏せよ
そしてゆめゆめ思うな
……人が、神の業に辿り着こうなどと

脳内予定では、あと2話で終わります
それではまた次回!
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