結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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ターニングポイント


 乃木若葉が老衰で亡くなった。

 神世紀七十五年六月九日のことだった。

 終末戦争の最後の生き残り。勇者として仲間が次々に落命していく中、敗北はしたものの、最後まで戦い抜いた生きた伝説。

 葬儀は大赦を中心とし、四国全土を巻き込んだとてつもなく超大規模で行われた。

 数日に渡って続き、終わっても一月ほど連日メディアの報道が続いていた。

 乃木家はもちろん、大赦も大忙しだ。

 なにせ我らがトップがいなくなったのだ。

 御役目を退き、家で静かに暮らしていたとはいえその影響力は凄まじい。

 しばらく数年は混沌に混沌をぶちまけた日々が続くだろう。現大赦トップの上里霞と若葉の夫、乃木修二郎氏(旧名は睦月修二郎)が指揮を取っているが、彼は若葉よりひとつ年下なだけで、そう何年も期待はできない。上里霞は聡明な女性ではあるものの、母である上里ひなたと比べるとどうしても劣る。

 どれだけ彼女が有能な人物であったのかを毎日思い知らされる、辛い日々を送っていることだろう。

 そこに若葉の死。

 これは霞の処理能力を大きく上回る事案であり、今後しばらくは大赦は最低限の運用しかしないだろう。

 さらに注意するべきは、ひなたによって奪取した巫女至上主義を、未だ内心では不服に感じている一部の神官たちがここぞとばかりに反旗を翻さないように牽制もしなければならないことだ。

 プラスして、バーテックスに関する情報も四国から抹消する壮大な計画も遂行しなければならない。

 バーテックスという人間にはどうしようもない天敵を『知らない』ことで、四国の平和と永久の安寧をもたらすのだ。

 そんな激動の波に大赦直属の暗部――鏑矢の少女たちも否応なく呑まれるのだった。

 

 ◆

 

「レンち……最近元気ないんじゃない?」

 

 時刻は深夜一時を過ぎたくらい。

 だらだらしながら宿題に取り組んでいたのが主な原因ではあるが、ここまで遅くなるとは思わなかった。

 友奈はノートの上に溜まった消しカスを集めながらそう尋ねた。

 すぐ隣の机に友奈と同じように向かい、自習に取り組んでいた蓮華はやや重たげに頭を持ち上げてこちらを見た。

 

「そんなことないわ。こうして友奈が終わるまで待ってあげられるほど心の余裕があるのだから。……でも、さすがの弥勒もそろそろ眠いわ」

 

「頭が上がりません……」

 

 気のせい……だろうか。

 半年ほど前に、四国を道連れにして大量心中を図ろうとしたテロ組織を潰す大きな御役目を成功させたばかりだ。

 この功績は大いに讃えられ、若葉たち勇者の名が刻まれた英雄之妃に同じように友奈たち三人の石碑が建てられることが決まっている。

 とはいえあの御役目はこれまでにないほど過酷を極め、向こうの人間を何人も殺し、こちらも痛手を負った。すでに完治はしているものの、あの時の情景が、目を閉じた時に不意に瞼の裏に蘇るのだ。

 血を血で洗う煉獄のような戦場。

 人の死骸がポイ捨てされたゴミのようにそこら中に転がり、吐き気を催す酷い匂いが嗅覚を麻痺させる。

 あんな御役目はできればもう二度とゴメンだ。

 大きなあくびをひとつすれば、それを見た蓮華も大きくあくびをした。

 

「そろそろ寝よっか」

 

 やや疲労が溜まったように見える瞼を擦った蓮華は、

 

「そうね」

 

 と力なく返す。

 リビングに降り、洗面台の前に立って二人で並んで歯を磨く。

 歯ブラシでシャカシャカと耳障りの良いリズミカルな音を鳴らし、口をゆすいでふたりは再び部屋へ戻る。

 その間にちらりと静の部屋のドアの隙間から光が漏れてはいない。どうやらもう寝ているようだ。

 明日からは平日……つまり学校が始まるから早く寝ないと、と思いながら明日の時間割を確認して、ベッドに寝転ぶ。

 ベッドは二段式で、上が蓮華。下が友奈だ。

 特にこの決定に不満はない。正直どっちでもいい。

 外で野良猫どうしが威嚇しあう鋭い鳴き声が聞こえる。そして喧嘩が始まったのか、ひときわ高い声で鳴く。

 

「ちょっとうるさいね。追い払ってこようかな」

 

 友奈が低く呟くと。

 

「放っておきなさい。追い払っても、きっとどこかで喧嘩の続きをする。はやく終わらせてあげたほうがお互いにも良いわ」

 

 と止められた。

 

「うん」

 

 しばらくすると耳障りな鳴き声が止んだ。

 どちらが勝ったのかはわからないが、知る必要はない。降参するまでやりあったのか、殺すまでやりあったのか。もし後者ならば、明日の朝、家の前には無残な猫の死骸が残るはずだ。

 友奈はごろりと寝返りを打ち、瞼を閉じる。

 若葉は鏑矢たちの指南役を勤めてくれた。年老いた身体に鞭を打ち、友奈たちを鍛えあげた。

 結局蓮華も友奈も朧斬りの真髄を解明することはなかった。

 朧斬りは、ここで途絶えたのだ。

 これからも世に出るであろう『朧斬り』はすべて偽物である。だがそれを大赦はわざわざ指摘してまわることはないだろう。

 だってわかっているのだから。

 あの絶技は若葉にしか許されない剣術なのだと。

 

「友奈」

 

 上から蓮華の声が聞こえる。

 

「どうしたの?」

 

「……弥勒たちは、いつまでこの御役目に就くの?」

 

 勇者は無垢な少女にしかなれないと言われている。その境界線は何だろう。年齢? 友奈と蓮華は今年で中学三年生。静に至っては、高校生一年生だ。少女というより青年というべきだろう。

 勇者と鏑矢の共通点は、神樹から力を与えられて身体能力を大きく向上させることだ。

 しかし鏑矢は果たして『無垢な少女』なのだろうか?

 人と戦い、御役目を全うするためならばどんな汚い手でも使う。テロ組織撲滅の時は捕虜を拷問にかけたことがあった。

 拘束椅子に座らせ、指の爪を一枚一枚剥がした。

 それでも吐かなかったから、剥き出しになった指の肉を槌で叩きつけた。

 それでも吐かなかったから、足の爪の間に針を深く突き刺した。

 それでも吐かなかったから、性器を灼いた。

 それでも吐かなかったから、鼻を切り落とした。

 それでも吐かなかったから、片目をくり抜いた。

 それでも吐かなかったから、電流を流した。

 加減がわからず、そのまま死んでしまった。

 二人目もウマク情報を聞き出せないまま死なせてしまい、四人目でようやく聞き出せた。

 ……果たして、鏑矢は『無垢な少女』なのか?

 

「……レンち?」

 

「いえ……なんでもないわ。忘れなさい」

 

「……」

 

 テロを阻止してからというもの、蓮華の様子が何やら変だ。妙によそよそしさがあるというか、何事にも即座に『弥勒にお任せ』スタイルだったが、時々遠慮することがある。

 そしてなにより、どこかへひとりで出かけることがある。

 その行き先は一切教えてくれない。静にもだ。

 後をつけてみようかと考えたこともあるが、恐らくバレるし、本当に知られたくないのならば、さすがの蓮華でも怒るかもしれない。

 ジッと見上げるが、映るのは木目の刻まれた床板だ。

 それきり蓮華から声をかけられることもなくなったため、しだいに友奈の眠気が強くなってくる。

 瞼が重くなってきて、気づくと視界は闇に閉ざされていた。

 なんだかレンちと心の距離が離れてきた気がするな、なんて寂しい気持ちになりながら、意識を眠気の誘われるがままに委ねるのだった。

 

 ◆

 

 鏑矢とはいえ、中学三年生であるふたりには義務教育として学校に通わなければならない。

 静はそのまま大赦に就職する、という道もあったが「いやぁ、もしかしたらやりたいこと見つかるかもしれへんやん?」と高校に進む道を選んだ。

 蓮華の用意した朝食を食べ、登校の用意を済ませた三人は、ひとりとふたりに別れた。

 

「ほな、またな」

 

 そう陽気に手を振って静は自転車に跨って颯爽と姿を消す。

 

「私たちの学校も自転車通学オッケーならいいのにね」

 

「シズさんの高校は少し遠いから仕方ないわ」

 

 ふたりの通う中学は徒歩二十分ほど。

 少し鏑矢の力を発揮すれば五分とすこしで到着するが、無闇に人前で披露するものではない。

 ふたりは暗部。

 闇に沈み、敵を討つ影でなければならない。

 そういえば猫の死骸、なかったな。

 友奈は今更ながら気づきつつ、蓮華と並んで登校する。

 友奈たちが在籍している学校は大赦の息がかかっているわけではない、本当に普通の中学校だ。

 同じ年頃の男女とすれ違い、校門前に立つ先生と挨拶を交わして下駄箱で靴を履き替える。

 大赦の計らいか、それとも偶然なのかは不明であるがふたりは三年間ずっと同じクラスだ。

 学校では赤い糸出結ばれているのではと噂されているが、それは間違いだろう。

 どちらかというと、蓮華が友奈を引き離さないという認識のほうがしっくりくる。

 だが、流石に席が隣……とはならない

 教室に入り、自分の席に座った友奈は引き出しに教科書やら筆箱やらをしまいながら今日の時間割を思い起こす。

 ここは……『日常』だ。

 もし鏑矢の御役目に就いていなければ、友奈は毎日こんな生活を送ることができているのだろう。

 目の前の女子たちが好きな俳優について語っているが、友奈にはなにひとつわからない。

 知らない人の名前で盛り上がっているところをぼんやりと眺めるだけ。

 

「赤嶺さんは誰が好きなの?」

 

 友奈の視線に気づいたひとりが話題を振ってくる。

 しかし。

 

「うーん、難しいなぁ。とりあえず筋肉がすごそうな人なら誰でもって感じかな?」

 

 とやや誤魔化すように当たり障りのない返事をすることしかできない。

 

「流石『筋肉ですべて解決する党』の党首だね!」

 

 ……そんな党を結成した記憶はないのだが。

 いつの間にか存在していることになっている。

 確かに友奈が熱く語れるのは筋肉についてだし、それを語り始めるとしぼんだ風船のように女子たちは興味を失うだろう。

 この人たちは人が死んだところを見たことが……

 というより、血を見ることすら珍しいだろう。

 人は生物のピラミッドから離脱した超越者であり、生物であるからこその生き残りを懸けた争い――命の奪い合いを行う必要性はなくなった。

 それに神樹の庇護もある。

 人のさらに上に神があり、そのおかげでこの平和に見える日常を謳歌できるのだ。

 非日常と日常の狭間で揺れ動く人としての理性。

 私は善か、それとも悪か。

 友奈は自分の手の匂いをかぐ。

 血の匂いはない……と思う。

 血を知りすぎて、血に慣れてしまった友奈には、この匂いが果たして普通なのかどうかわからなくなってきている。

 朝礼が始まってもいないのに、蓮華はすでに机の上に一時間目の教科書を広げ、自習をしている。

 蓮華は高校を受験するつもりでいるらしい。

 なら一緒に……と便乗しようとしたが、「これは自分で決めなさい」と突っぱねられた。

 思えば、人生のターニングポイントで他人の決定に便乗するなんて決断は、あまりに愚かだった。

 如何なる要因があろうと、決断するのは自分自身でなければならない。

 でも、友奈はまだ決めかねている。

 もうしばらくすると夏休みに入り、受験勉強は本格化する。決断を先延ばしにするほど後々苦労することになる。

 

「……はあ」

 

 頬杖をついた友奈は窓の外を見詰める。

 チャイムが鳴り、担任の先生が教室にやってきたことで朝礼が始まる。

 一時間目は理科。

 暗記だけではなく、理解が必要な科目。

 公式を覚えていればあとはどうとでもなる数学とは違って、様々なバリエーションがあるから厄介で、苦手だ。

 授業が始まっても先生の説明は上の空で、とりあえず板書をしながら落書きをしているとあっという間に授業が終わる。

 勉強は苦手だ。

 だが、これらがいったい何の役に立つのだというありふれた疑問はぶつけない。なぜなら友奈はそれをきちんと理解しているから。

 ようは地頭を形成するためだ。馬鹿だと頭のいい人間に狡猾に騙され、搾取される。そんな場面を何度も目にしてきた。

 だからといってもやはり苦手だ。

 まずやる気が起きない。

 好きでもないことをこんなに必死に取り組むことが苦痛なのだ。これから筋トレをしている方が遥かに有意義だ。

 こんな調子だと受験なんて夢のまた夢だな、と嘆息すると、四時間目の終わるチャイムが鳴った。

 他愛のない話をしながら蓮華と一緒に昼食を食べ、残りふたつの授業をのりきる。

 それが終わればあとは帰るだけだ。

 生徒たちの九割以上がなんらかの部活に属しているが、当然友奈と蓮華は帰宅部だ。クラス内で役職に就いているわけでもないので、終礼のあとはさっさと帰るのが通例である。

 今日授業で出された宿題はすべてメモしてあるから大丈夫、最悪蓮華に聞けばいいだけのことだ。

 

「レンち〜帰ろ〜」

 

 と話しかける。

 しかし、蓮華は少しだけ迷うような素振りを見せて口を開く。

 

「弥勒は用事があるから、今日はひとりで帰りなさい友奈」

 

「……うん」

 

 ……まただ。

 最近、ひとりで帰ることが増えてきている。嫌だとかそういうわけではないが、寂しさを感じるのは否定しない。

 せめてなんの用事があるのかだけでも教えてほしいが、頑なに教えてくれない。

 恐らく、よくひとりで出かけるのと同じ理由なのだろう。

 頻繁に鍛錬に遅れてくるし、面と向かって言うのは気が引けるから言っていないが、蓮華は鏑矢としての心構えが薄れてきている気がしてならない。

 それとなく注意したことがあるが、上手く茶を濁されてしまう。

 帰ると、時間は五時になる少し前。

 静はまだ帰ってきていない。

 制服から運動着にはや着替えした友奈はトレーニングルームに入る。

 鏑矢に与えられたこの家は三人にはやや広い。そのおかげで使われない部屋がいくつかあり、そのうちのひとつを友奈はトレーニングルームとして占領している。

 整然と並べられた器具は友奈の心に安らぎを与える。フレームの金属光沢を見るだけでも、パブロフの犬のように筋肉がよだれを垂らす。

 今日はチェストプレスを使おう。

 そう決めた友奈は重りをセットする。

 この前は確か二十九kgをクリアしたから、今回は三十kg。

 鏑矢の力は使わないで、自分自身の力で鍛える。神樹から力を供給されるとはいえ、それに頼りきりなってはならない。

 あらゆる状況になっても任務を遂行するのが責務である。これまで一度も発生したことはないが、もしかすると静による祝詞の付与が無効化される、なんてことがあってもおかしくない。

 台座に跨った友奈はシートに背中をつけ、両手でグリップを握る。

 肘を伸ばしながら、勢いに任せないように気をつけながら重りを持ち上げる。

 

「は……ふ、ん……」

 

 このとき意識しなければならないのは、肩甲骨を動かさないようにしっかりシートに背中をくっつけることだ。

 限界まで持ち上げたところで、今度は肘を曲げて重りをゆっくり下ろす。

 友奈はトレーニング中は基本的に音楽を流したりはしない派の人間だ。

 音は統一された意識をかき乱す。どれだけ美しい音色の羅列であろうと、音である以上友奈にとって邪魔でしかない。

 だからこそ、この部屋は最高の環境と言える。ひとりでこれだけの器具を自由に使うことができ、大赦に申請すれば、向こうが費用をすべて負担してくれる。

 神か? と思った。

 考えてみれば、大赦は神直属の組織だった。

 額から球の汗を吹き出しながら、持ち上げて、下ろすの動作を繰り返す。

 満足したところでチェストプレスを終わりにする。水筒の水を荒々しく喉奥に流し込み、次はシンプルに腹筋しようかと悩んでいたところで、「ただまー!」と元気な声が玄関から聞こえてきた。

 すかさずドタドタと騒がしい足音をたてながら廊下に飛び出した友奈は帰ってきた人物を迎えるため、全速力で駆け抜ける。

 

「おかえりなさい、シズ先輩!」

 

 その人物……静は猫のような小口を開いて笑った。

 高校生になった静の制服は友奈のものとは違って、『深碧色』を基調としたブレザーを羽織っている。そういえば昨日、「そろぼちこれ着てたら暑いわ」とかなんとか言っていた。

 

「ただまーアカナー。あんた、そんな汗まみれで家ん中走り回られたらたまらんわ」

 

 自分の姿を見下ろせば、タオルで汗を拭かなかったせいで肌に運動着が張り付いてしまっている。

 それにもう夏のような気候に突入している六月、熱いなか自転車を漕いで汗だくになって帰ってきた自分を待っていたのが同じく汗だくになった友奈となると、その絵面のインパクトは言うまでもない。

 

「ちゃんと汗は拭いとかんと風邪ひくで? あと、ちゃんと水分補給もしときや」

 

「はぁーい」

 

 流れるような保護者ムーブをする静は靴を脱いで上がりこむ。「そろそろエアコンつけるべきか? まどちょっとはやいやろか? 電気代までは大赦も負担してくれへんし……」と独り言をぶつぶつ呟きながら洗面所へと移動する。

 

「あれ? そういやロックは?」

 

 と、ひょっこり頭だけ出して友奈に尋ねる。

 

「用事らしいです」

 

「そっか……ロックなんか最近……そんなんが多いな。アカナはなんも知らへんのよな? うーん……」

 

「…………」

 

「知ってるか? 最近ロック、パンダのぬいぐるみ買っとったんよ。いやぁ、ロックもやっぱ少女趣味あんねんな〜」

 

 と楽しげに笑い、そう言い残した静は今度こそ洗面所に消えた。

 静は年長者であるがゆえに、二人の面倒をみなければならないと思い込んでいるのかもしれない。

 親元から離れ、子供三人だけで過ごす日々というのは楽しみにしていたし、実際楽しいわけだが、それねりに苦労も存在する。基本的に親がやっていた家事はすべて自分たちでしなければならないし、電気代や食費、さらにはスマホ代といった様々な出費のことも考えなければならない。

 家事は友奈と蓮華(ほとんどが蓮華)で担当しているが、そういった金銭面では静がすべてやりくりしてくれている。

 本当に頭の上がらない仲間だ。そして恩人であり、尊敬すべき人でもある。

 

「……続きしよ」

 

 今日は夕方以降に蓮華と打ち合いをする予定だ。

 もう少しだけトレーニングをして、あとは宿題でもしながら蓮華の帰宅を待とう。

 トレーニングルームに戻ろうと洗面所の横を横切った瞬間、静に投げられたタオルをキャッチする。

 

「ありがとう!」

 

 タオルを首にかけた友奈は、顔の汗を拭きながらトレーニングルームへと消えた。

 

 ◆

 

 それから数日が経った頃、久々に大赦から御役目が言い渡された。

 その内容は基本的に本部に招集された静にのみ言い聞かせられる。

 それを、帰宅した後に伝言という形でふたりに伝えられる。

 リビングは普段の明るい空気なんてまるで幻だったかのような青い静けさに包まれ、冷房をつけているわけでもなしに温度が低く感じられる。

 猫目をより一層すう、と細めた静は通達書を読み、眼下で膝をつくふたりに御役目の内容を告げる。

 

「ある人工知能が開発されようとしている。これは人の脳を完全にコピーし、そこに知性を発生させようとする、従来とは異なった人工知能である。もしこれが実現されれば、既存のものより遥かに高性能となり、人類の知的文明は飛躍的に発展する。しかしこれは大赦の望む人類の発展ではない。またいずれ大赦に害をなす恐れがある。故にこれを排除する」

 

「執行対象は?」

 

 と友奈が無色の声で尋ねると。

 

「コピーする脳は成熟していない子供のものが一番効果的と言われ、さらには想定しうるコピー時の負荷にも耐えなければならない。それをクリアできる者こそが今回の執行対象である」

 

 通達書の一番下の部分に視線をずらした静はその名を口にする。

 

「執行対象者、沖波ゆう」

 

「――!」

 

 蓮華の肩が僅かに跳ね上がる。

 通達書に挟まっていた沖波ゆうの顔写真を静がこちらに見せる。

 

「この者を処分し、またAI技術を破壊せよ。研究員たちは放置して良し。作戦開始時刻は明日マルヒトマルマルとする。以上」

 

 日常のスイッチを切り、非日常のスイッチを入れる。

 目の色を変えた友奈は作戦のために必要な情報を静から聞き出す。

 

「その施設の位置、規模、あと警備の状況をすべて教えてください」

 

「了解」

 

 すらすらと語られる詳細を一文字たりとも聞き逃さずに頭に叩き込む。

 テロ組織撲滅の時は正面から乗り込んで力こそパワー理論でねじ伏せた。特別な矢で昏睡状態――封印する必要はなかったため、文字通り全員殺した。

 今は早朝だから、作戦開始時刻まで余裕がある。大急ぎで学校に休む旨を伝え、蓮華とともに仕事衣装……静が事あるごとにプ○グスーツやん、とコメントするバトルスーツを用意する。

 余すことなく手で触れ、欠陥、不備などがないかを念入りにチェックする。

 次いで装備庫でポーチに詰め込む武器をチョイスする。あくまで隠密行動であるため、殺傷武器はなるべく選ばない。しかし念の為拳銃を一丁は必ず持参する。

 スモークグレネードや投げナイフなどをポーチにしまい込み、静から渡された施設の見取り図をリビングの机に広げ、これを参考に三人で作戦を練る。

 

「レンち、ここはどう攻めたらいいと思う?」

 

 友奈がペン先で指したのは正門だ。

 情報によれば、ここには厳重な警備が敷かれている。擬似精霊による強化人間はいないようだが、その数が鬼門だ。

 しかし蓮華は上の空だ。

 

「……レンち?」

 

 はっと顔を上げた蓮華は瞬時に思考を巡らせる。

 

「……ああ、悪いわね友奈。そうね……ひとりひとり相手にしたら時間がかかるし、潜入がバレるかもしれないから、付近で大爆発でも起こせば……いえ、それも駄目ね。せいぜい引っ張り出せて三、四人。半分遠く及ばない」

 

 そして困難、と結論づける。

 

「じゃあ正面からじゃなくて側面からやろうな。外壁は十メートルを軽く越えとるから、たぶん祝詞付与したジャンプでも簡単には超えられんはず。鉤縄がいるな。ポーチに余裕があるんやったらそっちの線でいったほうがええんちゃうか?」

 

「そうですね。じゃあ鉤縄が弥勒が持ちます」

 

「あと、内部の警備はそれほど厳しないわ。赤外線レーザーが張り巡らされてる通路があるけど、そこさえ突破すればあとは楽チンや」

 

 元々この施設は研究するためだけに建てられたものであり、ゆえに侵入者に対する防衛機構は設けられていない。

 つまり、今回の御役目の難易度をゲーム的に表現するならば、イージーだ。

 少し面食らうが、久しぶりの御役目としては丁度いいくらいだろう。

 ならばこそ、完璧にこなさなければならないのだ。

 

「沖波ゆうのいる部屋は三階の……ここや」

 

 ペン先で突く部屋を記憶。

 脳内で最短ルートを計算する。

 

「侵入ルートは……こうだね」

 

 壁をよじ登って侵入すると想定したルートをペンでなぞる。

 蓮華も無言で頷くと、やや遠慮がちに尋ねた。

 

「その……対象者はまだ子供です。処分するのは少し……人道的ではないのではないですか?」

 

 すると静はゆっくりと顔を持ち上げた。

 僅かに首をひねり、真顔だった静の顔が有無を言わせない辛辣なものへと変化する。

 

「ロック……最近うちもアカナも思っとったけど、少し角が取れすぎちゃうか? うちらは厄を祓う矢や。そこに人の感情の機微が介入することは許されん。鏑矢としての在り方を違えたらいかん。わかったか?」

 

「――――」

 

 諭された蓮華は俯き、押し黙る。

 鏑矢は厄を祓う矢。それこそが友奈たちの御役目。ゆえに放たれたが最後、必ず敵を射抜くサジタリウスの矢。

 人の意志が入り混じれば、その軌跡は揺らぐ。

 軌跡が揺らげば敵を正確に射抜けない。

 

「そんなことを言うようならロックは参加させられん」

 

「い、いえ大丈夫です。弥勒はやれます」

 

「…………」

 

 静が蓮華を見詰める。

 その澄んだ眼は間違いなく蓮華を品定めしている。この御役目に参加させるべきか否か。

 静は巫女であると同時に鏑矢の監督役を兼ねている。友奈と蓮華それぞれのコンディションを鑑みて適切なアドバイスもしくは対応をするのが役割だ。

 ふたりを俯瞰的な目で捉えることができるのは巫女だからこそであり、それを見誤れば御役目の失敗に直結する恐れがある。

『巫女』であるだけでは暗部のサポーターなど勤まらないのだ。

 しばらくした後、静は肩の力を抜いた。

 

「……わかった。絶対に気を抜いたらあかんで。うちはこれから矢となり、人の心を閉ざすんや」

 

「……はい」

 

「よし、それじゃあ細かいところ詰めていくで」

 

 手を鳴らした静は、挙げられた情報を纏めつつ手順を並べていく。

 それらを一言一句逃さないように頭に叩き込みながら、どうしても不安そうな顔に見える蓮華から友奈は目を離せないでいた。

 そうして時は過ぎ、日にちが変わり、作戦開始時刻が迫る。

 バトルスーツに身を包んだふたりは、侵入箇所となる高さ十メートル強ほどのコンクリートの外壁から一般道を挟み、少し離れた草むらで待機している。

 六月の夜は比較的湿度が高くて蒸し暑いが、このスーツにはそういった不快感を除去する機能が備わっている。

 そして甲冑のような分厚さもないのに高い防御力を持ち、たとえ繊維を裂いて肉体にダメージが入って出血しても、止血するべく勝手に患部付近を圧迫してくれる。

 耳元のインカムから静の関西弁が滑らかに聞こえる。

 

『あと三分で作戦開始時刻や。ええか? 正直そこまで難しい御役目やないけど、だからこそ完璧にこなしてやろうやないか』

 

「はい。そろそろ祝詞の付与をお願いします」

 

『了解や』

 

 友奈の要求に快く応えた静が、低い声で祝詞を唱え始める。

 告白すると何を言っているのかさっぱりわからないが、一分ほど詠唱は続き、そして身体を急激に白い熱が燃え広がり、身体能力の底上げを実感したところで祝詞の付与が完了したと判断する。

 隣の蓮華に目配せをすると、無言で頷きが返ってくる。

 

「……祝詞の付与を確認しました。いつでも行動開始できます」

 

『了解。――では、間もなくマルヒトマルマルになるため、カウントダウンを始める。…………五、四、三、二、一……作戦開始』

 

 静の号令に合わせ、ふたりは爆発めいた飛び出しで草むらから飛び出した。

 一瞬にして一般道を横切り、蓮華が友奈の前に出る。

 ポーチから素早く鉤縄を取り出すと、超高速で回転させながら外壁の天辺に向けて投擲する。

 見事な弧を描いて闇夜に飛んだ鉤爪は、しっかりと角に引っかかり、それを確認した蓮華は躊躇いなく大ジャンプする。

 ジャンプだけではとても飛び越えられないため、足りない残り数メートル分は鉤縄を使ってよじ登る。

 蓮華が登りきったのを目視した友奈も続いてジャンプする。

 風に煽られて靡く鉤縄をなんなく掴み、猫のように素早く駆け上がる。

 鉤縄をすぐにポーチにしまった蓮華と頷きあうと身を投げだして落下する。

 どすん、と重い音をたてて着地するのは三流以下だ。友奈たちは膝を上手く曲げて衝撃を殺しつつ音もなく着地する。

 ふたりが降り立ったのは中庭だ。鬱蒼と生い茂る木々は手入れをしていない証拠。身を隠しつつ建物に接近するにはもってこいの遮蔽物だ。

 窓を凝視すると、研究者らしき男が複数通路を行き来している。

 静の言っていた赤外線レーザーのある通路をショートカットするには、今は使われていないらしい裏出口を使う他ない。

 気づかれないように滑らかな動きで南東部の裏口にたどり着くと、蓮華はそっとドアノブに触れる。

 よほど使われていないのか、雨風に晒され、さらには手入れもされていないせいで赤錆が目立っている。

 

「これはハッキングしても無理ね」

 

 持ってきたハッキング用小型ボックスは不必要のようだ。蓮華が代わりに手に持ったのは二本のペン状のもの。両者はワイヤーで繋がっている。

 片方のペン――その先端の吸盤をドアにセットする。そしてワイヤーの長さを調整してもう片方のペンのボタンを叩くと、きゅるる、と設定された長さまでワイヤーが巻き取られ、ピンと張り。その後自動で吸盤付きのペンを軸としてキレイな円をなぞる。

 その軌跡には赤い線が走っている。

 

「いけたわ」

 

 蓮華がペンを引っ張ると、一緒になってドアの一部がごっそりキレイにくっついてきた。

 できた穴は鍵ごとえぐり取ることに成功したようで、友奈が人差し指でちょん、と触れれば裏口が開かれた。

 

「ガバガバすぎて面食らいそうだね」

 

「ええ、そうね」

 

 この施設で研究している人たちは決して悪人などではない。

 ただ極めたいだけなのだ。人工知能という分野を発展させ、明るい未来をもたらしたいと願っているだけの、なんら無害な人たち。

 だからこそ、自分たちが大赦に排除されるなんて夢にも思っていないのだろう。

 これだけ警備が甘いということは、鏑矢という存在――文明を過剰に発展させることに対する抑止を知らないのだろう。

 

「侵入成功。速攻で片付けます」

 

 友奈が耳元のインカムで静に報告する。

 

『了解。そこからやと先にシステムの方を破壊したほうがええ。サーバールームの案内はいるか?』

 

「大丈夫です。全て頭に入ってます」

 

 サプレッサー付きの拳銃を構えてサーバールームへと向かう。

 深夜であるため巡回は少ない。今はまだ運良くエンカウントしていないが、時間の問題だ。

 今友奈が集中しなければならないのは監視カメラの存在だ。自分たちの姿が映り込む前に破壊する。後ろについてくる蓮華は巡回の警戒だ。

 目まぐるしく駆ける友奈は、しかしながら正確に監視カメラを撃ち抜く。

 頭を交互に振り、視界に目標物が写り込んだ時にはすでに引き金は引かれている。

 警備室では突然切れた監視映像に目を剥いていることだろう。

 以下に警備が甘いとはいえ、よってたかられれば些か厄介だ。

 つまり、もうタイムアタック状態に突入しているのだ。

 蓮華が銃でゴム弾を放つが、友奈はそれを一切無視して突き進む。どうやら巡回を発見したらしい。

 ゴム弾を食らった男は身体を大きく仰け反らせる。そこに追撃の拳撃を腹にめり込ませる。

 

「ご、は……!」

 

 男はそのまま放置。

 奥の奥に進んだところで目的のサーバールームが目前に迫るが、ドアは堅牢そうなロックで阻まれている。

 今から丁寧にハッキングしてこじ開けるなんて時間はさらさらない。

 ゆえに。

 友奈は拳銃をしまうと、走りながらグググ、と右の拳に力を入れる。眉を寄せ、舌顎に力を入れる。

 

「――シッ!!」

 

 食いしばった口の両端から鋭く息を吐き出した友奈は、拳を雷撃の如き速度で突き出した。

 ズガガアァン!! と豪快な破壊音が響き渡り、ドアを吹き飛ばす。サーバールームの広さはせいぜい子ども部屋くらいで、そこにところ狭しに並べられた機器。

 空調の低い唸り音が聞こえる。

 

「レンち!」

 

 針で刺すような呼び声に、蓮華は既に片手に握りしめていたグレネード二個をサーバールームに転がす。

 即離脱。

 爆発を待つ必要なんてない。

 即座に身を翻して階段に直行。二段飛ばしで沖波ゆうのいる三階へ向かう。

 そして幾ばくかの時間が経過すると、グレネードの炸裂音が耳に届く。同時にサーバールームに設置していたであろう火災報知器がけたましく鳴り響く。

 

「AIの破壊に成功。これより沖波ゆうの処分に向かいます」

 

 三階に駆け上がった友奈はすかさず静に報告する。

 

『了解。だいぶスムーズやな。アカナらの状況は常にモニタリングしてるからな』

 

 友奈たちの疾走は誰にも止められない。

 遅れながらやっと警報が鳴り、三階に偶然いた巡回たちがふたりを止めようとするもまるで歯が立たない。

 暴風の如く向かってくる少女を止められるだけの力なんてあるはずもなく。付近いた研究者たちを巻き込みながらボロ雑巾のように吹き飛ばす。

 黄色の照明に照らされたビニル床を蹴り上げて二十メートルほどで、あからさまに『らしい』部屋にたどり着く。

 

「ねえ、友奈」

 

 ここのドアにはロックなどはされていないはずだ。さっさと中に入って対象者を処分しようと意気込んでドアノブに触れたところで、蓮華から声がかかる。

 

「ん? 何?」

 

「……いえ、なんでもないわ」

 

「……そう」

 

 改めてこれ以上の妨害者が現れないことを確認してから部屋に入った。

 照明は消され、真っ暗だ。

 頼りになるのは窓から差し込む淡い月光の光だけだ。

 動向が開き、薄暗い視界が確保されてゆく。

 内装は一般的な子ども部屋と同じで、勉強机や本棚、ベッドが設置されている。

 てっきり非人道的な扱いをされているかと想像していたが、どうやらそうではないらしい。もしかすると劣悪な環境が脳に何らかの悪影響を及ぼすかもしれないと考えての処置といったところか。

 ベッドのシーツが膨らんでいるからきっと熟睡中なのだろう。子供は夜遅くまで起きてはいけない。……友奈たちも子供ではあるが。

 静から提示された資料には九才だと記載されていた。小学三年くらいということになる。

 友奈はそっと矢を手に握りしめる。鉛筆サイズの長さだが、端のボタンを押すと、メカニックに変形してサイバー感の溢れる矢となる。

 これで身体を貫いてやると、物理的な接触ではなく、オカルトチックな効果が発動して昏睡状態に陥らせる。そこから目覚めるかどうかは神樹次第。

 沖波ゆうは何も悪いことをしていないただの実験少年だ。いつになるかはわからないが、きっと神樹様はお許しになるだろう。その時までは……おやすみなさい。

 シーツに手を伸ばし、ゆっくり捲る。どうやら全身を潜らせて眠る珍しいタイプのようだ。

 起こさないように。

 せめて知らない間にすべてが終わりますように、と。

 これは情けだ。

 しかし、すやすやと穏やかな吐息をたてて寝ていると思いきや、少年は完全に完全に目覚めていた。

 かたかたと身体を震わせながら蹲り、小さな身体をさらに小さく丸めている。

 

「ひゃ⁉」

 

 シーツが捲られたことに気づいたのだろう、少年は短い悲鳴を上げた。

 ……確かに起きていても仕方ないかもしれない。グレネードの炸裂音はいかに熟睡していても叩き起こされるほどの大音量だったのだから。

 

「まあ……起きてるのなら仕方ないか」

 

 さっさと矢で貫いて終わりにしよう。

 何も見ないまま、知らないまま、恐怖に怯えるといい。何もしないなら何もしないままでいい。抵抗されるより遥かにマシだ。

 なんでこんなこと、と悲しんでいるのかはわからない。だって何も言わないのだから。

 案外簡単だったな、と思いながら矢を振りかざす。

 矢尻の先端が月光に照らされて白く輝く。

 帰ったらすぐ寝よう。大赦にスーツのメンテを依頼するのは起きてからでいいや。なんて抜けきった考え。

 そしてシュッ! 細い音とともに振り下ろす。

 

 

 

 

 

 だが。

 矢尻が少年の脊椎に接触する寸前、完全に意識外からの横槍が矢を部屋の隅に弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 硬質な音が響き、矢が落ちる。

 友奈は数秒だけフリーズし、振り下ろす動作のまま、一切動かずに口に開いた。

 

「何をしているの、レンち?」

 

 横槍は、友奈の背後から飛んできた小刀の一閃によるものだ。

 沈黙が流れる。

 場の空気は変質し、友奈の背中から闇色の圧が波状に放出されたかのように蓮華は幻視する。

 

「…………」

 

「何かのミスなのかな? でも、どう考えても今のは私の邪魔をしたように感じられたんだけど」

 

「…………」

 

 蓮華は答えない。

 

「レンち」

 

 ゆっくりと友奈は後ろを振り返る。

 蓮華は今までに見たことのないような悲痛な表情で友奈を見詰めていた。

 普段ならば「どうしたの⁉」と驚くところだが、今はそうならない。

 立ち上がった蓮華は友奈を無視し、蹲る少年の背中に両手を優しく乗せると、顔を近づけて囁いた。

 

「――ゆう、起きなさい。大丈夫よ」

 

 なぜか蓮華の声に反応した少年は、おずおずと頭を上げる。

 便りなさそうな垂れ目。どういう環境で育ったのかは知らないが、どちらかというと根暗で引っ込み思案のように見える。

 記録にある顔と一致。

 間違いなくこの少年は沖波ゆうである。

 少年は蓮華、友奈と順に視線を交互させたあと、擦り寄るように蓮華に身を寄せる。

 それを拒むことなく蓮華は抱擁している。

 よく、状況がわからない。

 しかし少年が片腕に抱いているものを見て、友奈はすべてを理解した。

 

「……それ、あげたんだ」

 

 それは、パンダのぬいぐるみだった。サッカーボールほどのサイズのぬいぐるみ。静の言っていた、通販で購入したものだろう。

 友奈の氷のような視線に気づいた少年は喉から割れそうな悲鳴を上げる。

 つまり――。

 

「その子と面識があるんだね?」

 

 蓮華はぎゅっと少年を抱き寄せたまま友奈を睨みつけた。

 無言は肯定とみなす。

 なるほど、だから蓮華はここ最近ずっとどこかへ消えていたのか。

 どうやって知り合ったのかはわからないが、昨日今日の絆ではないことは見てわかる。

 少年の脳の活性化のために、時々施設の外に出て遊ばせているという情報がある。恐らくその時か。

 

「レンち。これがどういうことかわかってる?」

 

 これは重大な違反だ。

 仲間の妨害、さらに処分対象を守ろうとするその行動は言い逃れできない罪である。

 

『ロック、今ならうちらもちょっとしたミスということにしといてやる』

 

 静の通信が入るが、それでも動じない。

 

「友奈は何とも思わないの? この狂った世界に」 

 

「狂った? どこも狂ってなんかないよ。この世界は大赦によって運営される。神樹様のご意思を頂戴できる巫女によって運営されているのだから、狂いも何もない」

 

「でも、こんな小さな子供を手にかけるのは間違っている!」

 

 初めて見た蓮華の顔。

 初めて友奈に向けた敵対の視線。

 互いに睨み合う。

 時を刻む秒針の音のみが己の存在を肥大化させている。

 鏑矢は暗部だ。

 闇に生きることを刻まれた歯車でなくてはならない。

 錆つき、狂いを生じさせようとしているのならば取り除かなかではならない。

 狂っているのは世界ではない。

 蓮華の方だ。

 素早く銃を引き抜いた友奈は躊躇いなく照準を蓮華の額に向けた。

 

「その子を、離せ」

 

 ドスの効かせた声で命令する。

 蓮華は少年を自分の後ろにやり、立ちはだかる。

 

「人がより良い未来に向かおうと努力しているのに、どうして大赦はそれを抑圧する? ……ええ、理由はわかってるわ。わかってるけど、受け入れられない。……弥勒は、この世界の在り方が間違っていると思う」

 

「レンち、それ以上はいけない」

 

「若葉様たちが命がけで守った四国が、こんな……ッ! こんな不自由であっていいわけがない! 確かにテロ組織を排除するのは納得できる。放置すれば罪のない人々が危険に晒されるから。でもこれは違う!」

 

 語気を荒げ、叫ぶようにして心情を吐き出すその様は、あまりに見るに耐えなかった。

 

「レンち!!」

 

 安全レバーを外す。

 引き金に指をかける。

 照準は依然として蓮華の額を捉えている。

 あと数ミリ人差し指を動かすだけで弾丸は発射される。

 いくら身体能力が向上しているとはいえ、これほどの近距離で放たれれば反応できない。

 

『ロックの祝詞を解除。……ロック。これでも抵抗するか?』

 

 インカムから静の最後通達が言い渡される。

 

「お姉ちゃん……」

 

 少年が目尻に涙を溜めながら唯一味方である蓮華を見上げる。

 

「……必ず弥勒が助けるから、安心なさい」

 

 穏やかな表情で諭し、頭に手を載せて優しく撫でる。

 

「今のレンちに私は止められない。私のレンちの仲だ、今すぐにその子を渡すのなら私はこの一幕に目を瞑ってあげる。もしそれが嫌なら――」

 

 あらゆる顔の筋肉を殺し、ただ一点、裏切り者になろうとしているパートナーに殺意の孕んだ睨みを向ける。

 

「――殺す」

 

 鏑矢は暗部である。

 勇者たちのようにどこまでも仲良しこよしの二人三脚で進まない。

 必要とあらば友奈は蓮華を見殺しにする。そこに人の情といったものは一切介入されない。

 蓮華の場合も同様だ。

 心を殺し、ただ御役目を遂行するのみ。

 

「友奈、あなたもわかるはず。AI技術は破壊したわ! それでもう十分でしょう⁉ 見せしめになった! ゆうが使われることはない!」

 

「ううん。大赦はその子も処分するように命じた。だから予定に変更はなし。三秒以内に渡せ。さもなければ撃つ」

 

 これは決定だ。

 やっぱり撃てない、みたいなやり取りはない。

 裏切り者には死を。

 それがたとえ、長い間、共に御役目を遂行してきたパートナーであろうとも。

 

「三」

 

「友奈、お願い……!」

 

 動じない。すでにカウントダウンに入っている。

 友奈が応じるのは背後の少年を差し出したときだけ。

 蓮華がどれだけ必死に訴えても、それはただの雑音でしかない。

 

「二」

 

「こんなの間違ってる……!!」

 

 間違っているのは蓮華の方だ。

 今すぐ寄越して。

 ……お願い。

 

「一」

 

「――友奈!!」

 

『アカナ!!』

 

 引き金を引く。

 銃口から火を噴いて放たれた銃弾は、寸分の狂いもなく放たれる。

 それは友奈の狙った通り真っ直ぐに飛び。

 蓮華の額の中央からやや右を撃ち抜いた。

 ニメートルも離れていない超至近距離で離れたせいか、弾丸の勢いは止まらず蓮華の脳髄を放射状に撒き散らしながら後頭部から突き抜ける。

 びしゃ! と生々しい音とともに脳髄が壁を血色に彩る。

 力の抜けた蓮華の身体が崩れ落ちる。背後の少年は蓮華の返り血にまみれ、声にならない声で絶叫した。

 障害は排除した。

 瞬きの間に少年に肉薄した友奈は口に手を突っ込んで黙らせる。

 余った手で矢を拾い上げ、今度こそ貫く。

 途端、矢は対象者を認識し、大量の花弁を螺旋状に舞い上がらせる。それらはすぐに色褪せ、朽ち、少年は深い深い眠りに落ちた。

 これにて御役目完了。

 耳元のインカムに触れて友奈は感情を押し殺した声で報告する。

 

「AIの破壊、沖波ゆうの処分、完了しました。その際、弥勒蓮華が妨害したためやむなく処分しました。遺体を持ち帰る余裕がないので放置します」

 

『………………おん』

 

 なんとも言えない曖昧な返事が返ってくるが、それに何かを言う余裕は友奈にはなかった。

 蓮華の遺体から鉤縄を盗み取り、拳で窓を割る。

 去り際に。

 

「………………ばか」

 

 とだけ悲痛な顔でそう小さく言い残し、友奈は離脱した。

 

 ◆

 

 鏑矢の後始末を大赦が行うことがよく時々ある。

 大抵はきちんと処分できたかを確かめるため。警察と大赦は密接な関係にあり、こういう場合は対応が警察から横流しされてくる。

 だが今回は『不審者の少女』を回収するのがメインの後始末である。

 蓮華の裏切りは大赦へと報告されている。事実と認定されるのは時間の問題だろう。そうなればテロ組織を撲滅した名誉だけが存在する弥勒家は、間違いなくその力を大きく失う。

 つまり没落だ。

 これを復興させるには気の遠くなるほどの年月を要するだろう。

 友奈と静は蓮華の葬儀に出席しなかった。

 大赦から禁止されているわけでもない。ふたりは自分の意志で、行かないと決めたのだ。

 裏切り者にかける情などなし。

 中学校でも蓮華の死が伝えられる。

 表向きでは交通事故になっているらしい。

 クラスメイトたちは友奈と蓮華がただならぬ関係であることを知っているがゆえに、どう言葉をかければいいかわからない。

 ……それでいい。かえってそのほうが友奈には心地良い。

 誰かに優しくされるのが無性に怖い。

 日常を侵食する非日常に、人間性を貪り喰らわれているような気がして、怖いのだ。

 誰にも話しかけないでほしい。

 誰の心にも触れたくない。

 家に帰ると、いつもと違って広く感じられる。蓮華がいなくなったことによる変化のひとつ。

 学校の宿題がわからなくて、ふと顔を横に振ってもそこに教えてくれる人はいない。

 静の部屋にまで行って教えてもらう。

 それでいて日々の鍛錬は怠ってはならない。

 以前より没頭する友奈の逞しくも小さな背中は孤独を物語っていて、静は何も口出しできない。

 静の目には、友奈が必死に何かから逃げようとしているように見えて。

 それから数カ月が過ぎた九月の下旬、大赦からあることが通達される。

 

「アカナ……うちら、解散やって」

 

 弱々しく語る静の表情に明るさはない。

 友奈も薄々気づいているが、静の巫女としての力が弱まってきている。あと数年もしないうちに力を完全に失うだろう。

 

「そうですか。まあ、そうなるでしょうね」

 

 静はともかく、仕方ないとはいえ友奈は仲間殺しの業を背負っている。

 その心情はそう簡単に推し量ることができない。不安定な二人をこのまま鏑矢として運用するのは不可能と大赦は判断したのだ。

 

「これまでの御役目の成功報酬は、すでに作られたうちらの口座に振り込まれるそうや。数年は遊んで暮らせるほどらしい」

 

 基本的に給料として与えられる金は中学生だからという理由でその殆どをカットされている。

 そのカット分が鏑矢を引退する時に与えられるのだ。

 使い捨ての消耗品。それが友奈たち鏑矢の末路だ。

 それらすべてをひっくるめて。

 

「……どうでもいい」

 

 と静に聞こえない声量で呟いた友奈はその後も続く静の説明にじっと耳を傾ける。

 鏑矢の御役目について一切の口外を禁じるとか、メンバーで会ってはならないとか色々。

 それから数日のうちに、鏑矢は正式に解散した。話によると、すぐにでも第二世代の鏑矢が編成されるらしい。

 ただの女子中学生になった友奈には、もはや関係のないことだった。

 

 ただの……女子中学生……?

 

 実家に送り返された友奈はこれから普通に学校に通うことを義務付けられる。

 転校した先の学校では思うように馴染めなかった。

 同世代の子どもたちとどう接すればいいかわからなくなってしまっていた。

 所謂コミュニケーション障害である。さらに、唐突に変化した『日常』という環境がどうしても受け入れられず、非日常との大きな乖離に苦しむ。

 拳銃で唯一無二のパートナーを撃ち殺した時の手の感触が今でも鮮明に残っている。ふと気づけば、手が勝手に引き金を引く動作をしている。

 ふと自宅の洗面所で鏡を見れば自分の顔は血塗れになっていて、半狂乱になりながら水で洗いながそうとする。

 それが幻覚だと気づいたのは親に力づくで止められた後だった。

 無理だった。

 耐えられなかった。

 表世界は友奈には適合しない。

 この胸を掻き毟りたくなるほどのもどかしさ、もとい苦しさを発散させる方法はただひとつしかない。

 億単位で振り込まれている自分の銀行口座の通帳を手に、深夜ごろに家を飛び出た。

 もう正常な判断すらできないほど追い込まれていた。

 電車に乗ることなんて考えつかないほど混乱し、真冬の外を走る。凍てつく風が喉を痛めるが気にならない。

 走って。走って。

 体力が尽きても、何かに突き動かされるように走って。

 夜が明けた頃、ようやく大赦本部に到着する。

 年頃の少女がしないような狂気の張り付いた顔をした友奈はすぐさま不審者認定をされて取り押さえられる。

 独房へ連れて行かれて数時間、友奈の前にひとりの女性が現れた。

 

「赤嶺さん、いったい何の御用でしょうか」

 

 現大赦トップ。

 上里霞。

 友奈の記憶では確か六十歳前後だったはずだ。

 しかしながら、母親から引き継いだ煌めくアメシストの髪をきゅっと後ろで纏める姿は凛々しい。

 顔立ちは父親のほうが強いのか、キリッとした鼻や目元は美しさというより、逞しさが際立っている。

 

「鏑矢を引退なされる時、大赦に近づいてはならないと約束したはずですが」

 

 霞の瞳がすう、と細くなる。

 そこに滲むのは疑問と困惑が入り混じりつつもそれを誤魔化すような鈍色。

 友奈は傷ついた喉から獣のような嗚咽を漏らし、激しく咳き込む。

 さらに数度咳き込んだあと、ひび割れた声で友奈は言った。

 

「私を、戦わせてく、ださい」

 

「どうしてですか? あなたはもう戦う必要はないのですよ? これから普通の生活に戻れるというのに」

 

「ッ!!」

 

 素早く立ち上がった友奈は覇気迫る顔で独房の檻を掴む。ガシャン! と錆びついた金属音が鳴る。

 その眼力に、霞は数歩たじろぐ。

 

「お前がッ! お前が私をこんな身体にした!! もうあんなつまらない生活はできない!! 苦しい!! 苦しくて苦しくて気が狂いそう!! 私を戦わせろ! 私のこの飢餓を満たせ!! それがお前のするべき私への贖罪だ!!」

 

 まさに、狂気。

 赤嶺友奈はとうに正気ではない。

 口の端から唾液を撒き散らしながら吠えるその様はバーサーカーそのもの。

 

「――――」

 

 霞は瞠目しながら荒い呼吸を繰り返す友奈を見下ろす。

 過去の御役目のデータを鑑みるに、赤嶺友奈は戦闘狂の気質がある。それが鏑矢の活動のせいで過剰に刺激され、後戻りできなくなったといったところか。

 子供に暗部は務まらない。

 務まったとしても、心は荒み、ひび割れて砕ける。あとに残るのは人間性を喪失した抜け殻だ。

 血走った眼球は今にも眼窩から飛び出しそうだ。

 霞は毅然とした態度のまま問う。

 

「もう一度鏑矢になりたいということですか?」

 

「違う! 違う違う違う違う……違うッ! そんなのどうでもいい!」

 

 頭を掻きむしる友奈を前に霞は極めて落ち着きを保つ。

 

「そうですか」

 

 しかしながら即座にその顔を柔和なものへと変化させた。

 慈悲であるかのように、優しく、穏やかに、微笑んだ。

 

「ちょうどいい『お仕事』があるのですが……どうでしょう? すでに何度か御役目を遂行してもらったのですが、第二世代の鏑矢は赤嶺さんたちより少し劣っていまして、なかなか手出しできない組織があるのです。前々から大赦にいらないちょっかいを出すので不快でしてね? 『お掃除』してもらおうかと」

 

 それは、地獄への誘惑。あるいは悪魔の囁き。

 イヴに知恵の実を取るよう唆した蛇。

 元暗部だからこそできるドロドロに濁ったダークな依頼。

 友奈の目の色が変わる。

 燦々と妖しく輝く目はまるで大好きなお菓子を目の前にした幼い子供のよう。

 

「やる。やる! やらせて! それ、私にやらせて!!」

 

 霞は心底ほくそ笑む。まだ深くない頬の皺が浮かび上がる。

 母であるひなたも、表向きは世間一般から聖女と敬われるほどいと素晴らしい人柄を見せつけていた。しかし裏の顔は、四国の平和と安寧を維持するために修羅に堕ちる覚悟を済ませた鬼であった。

 娘もそれと全く同じ道を進む。

 上里家だからこその力と、霞自身の巧みな根回しと話術によって言いくるめ、傀儡にする。

 とはいえ友奈をもう一度鏑矢に任命することはできない。立ち位置で言うならば、鏑矢が闇とすると、友奈は彼岸の果てから涎を垂らしながら闇を欲する狂人だ。

 こんな得体のしれない少女をおいそれと裏に放つことすらできない。ゆえにパートナーや巫女の補助も不要。

 独房から連れ出した友奈に与えられたのは新たな戦装束だ。

 友奈の知るぴっちりスーツではなく、白を基調とした布繊維で編まれたらしき戦装束だ。

 爪先で弄るが、当然と言うべきか傷ひとつつかない。

 

「これは……?」

 

「大赦が秘密裏に開発していた勇者服のレプリカです。勇者たちは巫女による祝詞の付与なしでも強大な力を発揮していました。それにはまだ遠く及びませんが、これを着ることによって格段にパワーアップが望めます」

 

「具体的にはどれくらい?」

 

「桐生さんの祝詞付与時よりほんのちょっぴり強いくらいですね」

 

 友奈は嬉しそうに口角を上げた。

 

「……素晴らしい」

 

「それと、赤嶺さんは鏑矢ではないのであの矢をお渡しすることはできません。なので、処分方法は――」

 

「――殺せってことだね」

 

「はい」

 

「いいよ。やってあげるよ。今すぐにでも」

 

 乗り気の友奈ははやくはやくと霞にせがむ。

 だが霞はそれを手を伸ばして制止する。

 

「待ってください。敵の情報も何も知らないじゃないですか。今持ってくるのでそこで着替えて待っていてください」

 

「えへへ。そうだった」

 

 無邪気に答えた友奈を地下に放置し、素晴らしい駒を手に入れたと歓喜に打ち震えながら急いで霞は液晶タブレットを持ってくる。

 再び地下に戻ってきた頃には既に友奈は着替え終えていた。

 雪に濡れてビチョビチョになった私服は地面に乱雑に脱ぎ捨てられている。

 

「悪いけど、私の服処分しといてくれる?」

 

 友奈の小麦色の肌と対比するかのような純白の装束はあまりに似合いすぎた。

 霞は、つい死の天使が現実世界に降臨されたのではと錯覚してしまう。

 言い換えるならば。

 

「……死装束」

 

 そう、掠れ声が溢れた。

 タブレットをスワイプさせ、ほんの数分ですべてを頭に叩き込んだ友奈は、天使のような微笑から非情なものへと表情を急変させる。

 

「いけます。どちらかと言うと殺すほうが簡単なので、いつもより楽です。武器、借りていきますね」

 

 卓上に並べられた武器をいくつか手に取る。メイン武器は拳銃。サブは予備を含めて小刀をいくつか。

 

「それだけでいいんですか?」

 

「大丈夫。阻む障害はすべて破壊し、敵を全員殺す」

 

「あと、これを」

 

 そう言って霞が友奈に手渡したのは硬質な金属でできたバイザーだった。シンメトリーに走る模様からは微かな燐光が漏れている。

 

「暗視などに使えます」

 

 受け取った友奈はゆっくりとバイザーを顔にはめる。

 その姿は鏑矢より冷酷な執行者のようで、霞はそれを見てきゅうう、と心臓の躍動が収縮させる。

 

「頑張ってください」

 

 何か声をかけてやろうと激励の言葉をかける。

 

「……がんばる?」

 

 初めて聞いた単語のように友奈は口にし、霞の方を振り向く。

 

「お前は私達のこと、何もわかっていなかったようだね。私達は常に死に物狂いで御役目に身を捧げてきた。……甘い。だからお前はひなた様に劣るんだぞ」

 

「――――」

 

 霊界から響く声。バイザーの光は紫にゆらゆらと揺れる。

 霞の患っているコンプレックスを容赦なく指摘され、思わず苦虫を噛み潰した顔になる。

 

「それじゃ」

 

 本部の裏口から勢いよく飛び出した友奈は、死装束を赤く彩り夕方には帰還した。

 御役目は、数カ月のブランクがあったとは思えないほど非の打ち所がなく完璧に遂行された。

 

 ◆

 

 きっと、再び闇に舞い戻ったのに明確な理由はないと思う。

 ただ逃げたくて。

 あの日の記憶から。

 大好きだったパートナーを撃ち殺した、あの忌まわしき記憶をどうにかして紛らわしたくて。

 殺しを殺しで塗り潰し。

 積み重ねた業の果てならば、いつしか薄れて忘れてしまうことができるような気がして。

 友奈は逃げたのだ。

 蓮華と真摯に向き合おうとしなかったのだ。

 つまり今の友奈のこの未来は、罪。

 たくさんの人を殺した。

 数え切れないほどの人を殺した。

 大人はもちろん、非力な女子供であろうとも容赦なく殺した。

 心地よかった。殺せば殺すほど、血が友奈の背負う罪を洗い流してくれる感覚が何よりも。

 血と脂にまみれた全身からは死の匂いが漂う。

 そうして半年が過ぎて。

 神世紀七十六年六月二十六日。

 友奈はある御役目を霞から頂戴した。

 

『鏑矢の皆さんを殺してください。彼女たちは先日の御役目に失敗し、拠点、それに身元がバレてしまっています。どうやら皆さんは気づいておられない様子です。このままでは大赦の繋がりを知られてしまう可能性があるので、一刻も早く『口封じ』をお願いします』

 

 御役目に人の感情を割り込ませることはない。

 ただ御役目を全うする歯車であれ。

 第二世代の活動拠点は友奈たちが使っていた家をそのまま使用していた。

 怒りなどといった感情は湧かない。

 友奈は今、歯車だから。

 執行者は巫女を除いて三人だった。

 流石というべきか、友奈の襲撃を察知したようで、深夜でもしっかり迎撃してきた。狭い廊下での攻防。

 三対一だと有利はこちらにあると思いこんでいるのだろう。だがしかしこちらは殺すことのみに特化した立ち回りで翻弄する。

 完全に友奈の死角から刀一閃。

 それは間違いなく友奈の首を刎ねる『はずだった』。友奈が人間離れした超反応で回避しなければ……である。

 左足を軸にして急速回転。回転の速度と重ねた強烈なアッパーをカウンターとしてまともにくらい、顎が千切れ飛び、血が盛大に噴き出す。

 

「あぐ、がああああ⁉」

 

 刀を手放し、よろめく鏑矢の懐に潜り込んだ友奈は手に握りしめた小刀で心臓を深く貫く。

 悲鳴もなく絶命した鏑矢を荒々しく投げ飛ばす。

 仲間を殺されたことに激情したのか、勇ましく友奈に突貫してくる。

 

「――鏑矢に必要なものは、心を殺すことだよ」

 

 いつでも冷静であれ。

 自身を人と思うな。

 放たれた銃弾はバイザーに命中するが、傷ひとつつかない。

 にたり、と口の端を歪めると、ふたりに恐怖が溢れる。

 駄目だ。

 まるで駄目だ。

 怯えたらそこで負けだ。

 こいつらは鏑矢に相応しくない。

 血で満たされた通路を走り、一瞬で友奈は距離を詰める。恐怖のあまり反応が遅れた一番手前の鏑矢の首を小刀で刎ねる。

 ごとり、と重い音が地面に落ちる。

 

「うわぁぁぁあああああ!!」

 

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした最後の一人がこちらに背を向けて逃走を開始する。

 

「どうして逃げるの?」

 

 予備の小刀を投擲すれば、足首に命中して無様に転倒する。

 びちゃ! と仲間の血でできた池に顔から突っ込む。

 友奈はゆっくり歩いて立ち上がろうとする鏑矢に近づく。髪を乱雑に掴み上げて立ち上がらせる。

 友奈は疑問を口にした。

 

「どうしてここまで弱いの?」

 

「ひ、ひぃぃいいいい⁉」

 

 どうやらまともな問答もできないようだ。

 反撃という選択肢すら浮かばず、逃げようと必死に四肢を暴れ回らせている。

 これは諦めるしかないようだ。

 可愛らしく小首をかしげた友奈は鏑矢の首を両手でゆっくり、ゆっくりと絞める。

 

「か、カ……グ……! ヒュっ!」

 

 やがて窒息で死ぬよりも先に骨を折ってしまいます、だらんと友奈の腕を掴んでいた手がだらりと重力に従って力無く下に垂れる。

 執行者はこれで全員始末したが、あとは巫女が残っている。

 装束を真っ赤に染めた友奈はリビングに入る。

 

「あんたは……アカナ、なんか……?」

 

 巫女服のままソファーでくつろいでいたのは静だった。

 友奈の動きが、ここで初めてぴくりと止まる。

 

「そうか……お互い、堕ちるとこまで堕ちたなぁ。どうや? 最後に一緒に漫才でも観ぃひんか?」

 

 そう言いながらパッケージに入っていたであろうDVDの穴に人差し指を入れてくるくる回して遊ぶ。

 

「…………」

 

「……まあ、観ぃひんか」

 

 卓上にDVDを置いた静はにへらと笑った。

 

「なんでうちがまた巫女をやってるんか不思議に……いや、理由なんて必要ないよな。『そういう事実』があって、そんでアカナは『何らかの理由』でうちらを処分しに来た。ただそれだけの話そうなんやろ?」

 

「……はい」

 

「こんな末路、ロックが見たらどう思うんやろうなぁ。死人に口無しとはよく言うけども、考えずにはいられん」

 

 萎れた静は虚空を見つめる。

 残念ながらその先に蓮華はいない。

 蓮華は土の中に骨となって埋められているのだから。

 

「まあでも」

 

 そう低く呟いて立ち上がりながら、静は懐から調理用包丁を取り出す。

 

「うちも死にたくはないからな。せめて抵抗くらいさせてもらうで? ……まさかうちらの飯つくるためにアカナが初めてロックに買ったこれを、こんなふうに使うときが来るとは思わなかったわ」

 

「…………」

 

 憂いの眼差しで包丁の切っ先を撫でた静が腰に構えて突撃してくる。

「やあああああ!!」とやや頼りない雄叫びをあげて距離を詰めてくる。

 踏み込みが浅いし、あまりに遅い。時間がどこまでも引き伸ばされているみたいだ。

 しかし。

 

「な、なんでや……⁉」

 

 静が驚愕とともに友奈に問うた。

 少し身体を移動させるだけで回避できるはずの包丁のひと刺しが、友奈の下腹部に突き刺さったのだ。浅いが、間違いなくダメージは入っている。

 

「…………」

 

 友奈は答えない。

 しかし痛みに頬を引つらせる。

 

「……シズ先輩。今までありがとうございました」

 

 それだけ言って。

 友奈は左腕で優しく静の身体を抱き。

 右手に構えていた小刀で静の胸を躊躇いなく深々と貫いた。

 

「う、ぐ……!」

 

 静は苦悶の声を口の端から溢れさせるとその後間もなく絶命した。

 家にあったものをすべて焼き払うため、キッチンでガス漏れを起こさせ、故意に火事を起こす。

 パチパチと爆ぜる火の粉。

 激しく燃え上がる懐かしい家。

 楽しかった思い出。

 忘れてはならないはずの記憶。

 すべて。

 すべて。

 すべてすべてすべて。

 灼けていく。

 灼けていく。

 

 これにて。

 御役目、完遂。

 自分が果たしてどういう存在なのか、わからなくなってしまった。

 友奈の頬を、熱い何かが伝った。

 

 ◇

 

 鏑矢がいなくなったことで、大赦直属の暗部が消えた。

 第三世代が編成されるかと思いきや、霞は首を横に振った。

 

「いいえ。鏑矢計画はこれで完全に中止します。子供に闇は務まりません」

 

 その後友奈は滝行を命じられた。

 そんなもので私は清められないと突っぱねたが、有無を言わせない霞の命令口調に渋々従う。

 白い薄布のみとなった友奈は静謐な空気が包み込む滝の下で数時間、滝に打たれ続けた。

 その間にもこれを唱えろと言われた清めの祝詞を何度もループして唱え続ける。

 話によれば神樹と向き合うための前準備としてこうして身を清めるらしいが、こんなもので友奈の心は清められない。

 ひび割れた硝子の心はどれだけ冷水に打たれても、暖かさに包まれても二度と戻らない。

 いつもの装束に着替えた友奈は、霞に導かれて大赦本部の秘匿領域――神樹の祀る御神体のある場所へと連れられる。

 そこは平坦な丘になっていて、その中央でなんとも言えぬ神聖さを放つ巨木が一本、静かに佇んでいる。

 何度も踏まれたのだろう、人の作り出したけもの道を歩く。

 

「赤嶺さんには、四国の守護者となってもらいます」

 

 突然よくわからないことを言われ、友奈はぽかんとした顔をする。

 

「赤嶺さんさえいれば、鏑矢は必要ありません。それがこの一年と少しで証明されました」

 

 静たちを殺したあとでも友奈はひたすら殺し続けた。

 いつしか本来鏑矢が遂行するべき御役目もこなすようになっていった。

 

「これから赤嶺さんを神樹様に祀ります。赤嶺さんの心身は神樹様のものとなり、不死となるでしょう」

 

「……」

 

「赤嶺友奈という存在は消えます。代わりに『征矢』の名前を授けましょう」

 

 征矢。

 確か戦場で実際に使われていたという、殺すための身の使われていた矢の名前だったはずだ。

 

「私の意志は尊重されないんだね?」

 

「赤嶺さんは戦いたいのでしょう? でしたらこれは最高の環境だと思いますが」

 

「そうだけど」

 

 せめて滝行に連れ出される前に事前説明くらいはしてほしかった。

 友奈はやや不満げに霞を睨みつけた。

 だが拒否はしない。

 征矢となって四国の守護者となることに了承する。

 

「それは良かったです。では、神樹様にお手を触れてください。それで契りは交わされます」

 

 御神体は、仄かに白く発光していた。

 木というのはだいたい焦げ茶色のはずだが、そこは人の人智を超える神。その辺りの常識は通じないのだろう。

 神樹に近づくごとに自然と頭を下げろと本能に訴えかけてくる何かの存在をぼんやりと感じ取る。

 人は神の前では立っていることすらままならないと言われているが、まさにこれのことを指しているのだろう。

 しかし、友奈は神の言いなりになるために自身を捧げるわけではないのだ。

 神への抵抗。

 霞が目を見開く。

 足取りが重くなっていくが、決して頭は下げない。

 神の赦しなんてものはいらない。

 誰の赦しも。

 自分の、自分に対する赦しも。

 そうして神樹の目の前にたった友奈を出迎えるように、白い触手が何本も伸びてきて、友奈を優しく包み込んだ。

 神といえど、やはり生き物か。

 友奈の身体の内側から白い熱が拡散し、『赤嶺友奈』という存在そのものを分解していく。それらは余すことなく神樹に吸収される。

 その内、友奈の自意識も白く。

 白く、白く染め上げられて――。

 そして――。

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『約束してほしい……私のようにならないで……レンちとシズ先輩とずっと一緒にいて……人の心を、どうか失わないで……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――閃光!!

 

 ◆

 

 ここ(・・)ではないのか⁉

 友奈は強いデジャヴに眉を寄せる。

 目の前には蓮華。その背後には処分対象である沖波ゆう。

 

『ロック、今ならうちらもちょっとしたミスということにしといてやる』

 

 少年は怯えながら蓮華のポーチを震えながら掴んでいる。

 ここで赤嶺友奈と征矢の決定的なターニングポイントが発生していたのだ。

 友奈は蓮華を睨む。

 

「友奈はなんとも思わないの? この狂った世界に」

 

「…………」

 

「こんな小さな子供を手にかけるのは間違っている!」

 

 初めて見た蓮華の顔。

 初めて友奈に向けた敵対の視線。

 互いに睨み合う。

 時を刻む秒針の音のみが己の存在を肥大化させている。

 鏑矢は暗部だ。

 闇に生きることを刻まれた歯車でなくてはならない。

 錆つき、狂いを生じさせようとしているのならば取り除かなかではならない。

 狂っているのは世界ではない。

 蓮華の方だ。

 素早く銃を引き抜いた友奈は躊躇いなく照準を蓮華の額に向けた。

 

「その子を、離せ」

 

 ドスの効かせた声で命令する。

 蓮華は少年を自分の後ろにやり、立ちはだかる。

 

「人がより良い未来に向かおうと努力しているのに、どうして大赦はそれを抑圧する? ……ええ、理由はわかってるわ。わかってるけど、受け入れられない。……弥勒は、この世界の在り方が間違っていると思う」

 

「レンち、それ以上はいけない」

 

「若葉様たちが命がけで守った四国が、こんな……ッ! こんな不自由であっていいわけがない! 確かにテロ組織を排除するのは納得できる。放置すれば罪のない人々が危険に晒されるから。でもこれは違う!」

 

 語気を荒げ、叫ぶようにして心情を吐き出すその様は、あまりに見るに耐えなかった。

 しかし今の友奈なら蓮華の言いたいことが嫌というほどよくわかる。

 神世紀三百年を必死に生き抜いた勇者たちの背中。あの記憶がありありと友奈の瞼の裏に蘇る。

 

「レンち!」

 

 友奈は猶予すら与えず引き金を引いた。

 狙いは額ではなく、左の肩口。

 回避するほど距離の離れていない状況で外すはずもなかった。

 銃弾は蓮華の肩に命中し、激痛に顔を歪める。

 その隙を逃さない。

 刹那の間に肉迫した友奈はさらに蓮華の無防備な腹に、追撃として渾身の拳撃を沈み込ませる。

 

「か……ハ……!」

 

 巨人の一撃の如き衝撃は、祝詞を解除された蓮華には耐えきれないものだった。

 僅かな硝煙の香りが、部屋を満たす。

 さらに続いて矢を拾い上げ、蓮華の後ろに立ち尽くす少年の胸にこれを突き立てた。

 瞬く間に処分エフェクトが発生し、少年は眠るように目を閉じた。

 

「友奈ぁぁあああッ!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの大声量で蓮華が叫ぶ。

 普通ならすぐに起き上がれないはずなのに、さすがは蓮華といったところか。

 胸ぐらを掴みあげられ、壁に押し付けられる。

 

「なんてことを……! この子は……ゆうは……ただ大人の事情に巻き込まれただけの子供なのよ! どうして……! どうして……!!」

 

 声は次第に上擦ったものになり、最後には嗚咽を含んだ涙声になっていた。そして蓮華は力無くその場に膝をついた。

 

「……レンちは間違ってないよ」

 

 と、ぽつりと友奈は口を開いた。

 

「なら!!」

 

「でも、この時代ではその考えは間違ってる。人は自由じゃないといけない。それは私も合ってると思う」

 

 友奈は征矢の死に際に約束したのだ。

 征矢の願い。

 征矢の祈り。

 征矢の想い。

 そして。

 征矢の後悔。

 そのすべてを友奈は引き継ぐ。

 そう、約束したのだ。

 だから、これから未来を生きていく友奈のすべては友奈のものであり、同時に征矢のものでもある。

 蓮華を立ち上がらせた友奈は小刻みに震える身体を優しく抱き締めた。

 

「ごめんね、レンち。すごく怒ってるよね? いいよ。怒っていい。私を許さなくてもいい。でも、どうか……どうかこれだけはわかってほしい」

 

 引き離そうとする蓮華を逃すまいと友奈はいっそう強く抱き締めた。

 

「私達にはそれをなす力がないの。神樹様の庇護化にある以上、絶対に不可能なの。でもその考えは、ずっと、ずーっと未来の誰かが継いでくれる。絶対に叶えてくれるから」

 

 破神を成し遂げた勇者たち。

 あの時代こそが、蓮華の求めている自由な世界。異世界ではあるものの、ああして実現した。ならば友奈たちの世界でも十分可能性がある。

 友奈は一足先に見せてもらった。あの世界ならば、蓮華も満足してくれるだろう。

 でもふたりはそれを目の当たりにすることはない。すでに死んでいる。

 しかしながら、蓮華の想いを誰かに託すことはできる。それが色褪せることなく何百年も受け継がれれば、決して夢物語ではなくなるはずだ。

 

「そんなの……そんなの無理よ。信じられない」

 

 弱々しく囁く蓮華を友奈は否定する。

 

「じゃあ、私を信じて。人が自由になる未来が来ることを信じている私を、信じて」

 

 きらきらと涙で瞳を輝かせる蓮華は、頼もしい友奈の顔を視界に収める。

 蓮華の狼狽ぶりから、沖波ゆうとは相当親密な関係であったことは推察できる。

 しかしこれは、今現在、絶対的地位を確立している大赦による命令なのだ。

 これには逆らえない。

 トップが上里ひなたから霞に変わったことで、早速大赦に綻びが生じ始めていることも否めない。それが長い年月を経て、積み重なることで人々の不満を買い、独裁が終わるのだ。

 

「………………わかったわ」

 

 湧き上がってくる感情をすべて含めた、四文字の音の羅列。とりあえずは飲み込む、という趣旨の、完全了解ではない返事。

 それでいい。

 友奈は小さく微笑んだ。

 完全に理解してもらうには、それこそ長い時間を要するだろう。

 いいのだ。それでいいのだ。

 理解者はパートナーである友奈はすべてを受け止める。その涙も、慟哭もすべて。

 その願いを忘れろとは言わない。

 しかし残念ながら、蓮華には願い叶わぬまま生きてもらうしかない。

 人の抱く願いが、すべて叶うことなんてない。どう頑張っても叶えられないものなんていくらでもある。

 叶うのならば、終末戦争で勇者たちは天の神を破っている。

 そういうことなのだ。

 ……ただ、願いを抱くことは誰にでもできる。誰かに語り聞かせ、託すこともできる。

 そうして人という種は途方もないほど長い年月――歴史を紡いできたのだから。

 

 ◇

 

 これは、そんな遥か過去のお話。

 成り果てた少女が、過去の自分に願いを託すことでほんちょっぴりだけ歴史を変えた、小さな小さなお話である。




「ありがとう」

ということで、活動報告の通り、次から(たぶん)【白鳥歌野は勇者ではない】を始めます。いつから始めるかはわからないけど
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