結城友奈は勇者ではない   作:mn_ver2

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前回のあらすじ
愚かな願いは徹底的に叩き潰される


堕ちる

 情報は統合され、乃木の中でばらばらのピースがあるキーワードを共通項として組み合わさる。これまで大赦の使者を通して伝わっている断片的な情報だけでは不確かなものが、確かなものへと変化を遂げる。

 そして、友奈の自信のなさそうな言葉遣いが最後のピースとなった。

 

「……なるほどね、わかったよ(・・・・・)

 

「えっと……何がですか……?」

 

 不安そうに尋ねる友奈はどこか乃木の反応を窺っているようにも見える。

 しかしその双眸はしっかりと乃木を捉えていた。

 

「ううん、なんでもないよ。とにかく、呼び出しに成功してよかったよ、わっしー」

 

「その……わっしーって、鷲? それにこんなところにベッドがどーんと……。東郷さん……知り合い?」

 

 東郷は無言で乃木を見る。

 わっしーとは東郷を指す言葉なのか。だとしたらふたりは知り合いのはず。こうして出会ったことで何らかのアクションを起こすのではと考えたが、どうやらその様子はない。

 それどころか。

 

「……いいえ、初対面だわ」

 

 と言い切った。

 すると乃木は溜め込んでいたものを吐き出すような素振りを見せ、その後に誤魔化すように力なく笑った。

 

「あははは……わっしーっていうのはね、私の大切なお友達なんだぁ。いつもその子のことを考えてて口に出ちゃうんだよ。ごめんね?」

 

 軽い声だったが、悲痛な訴えがあった。これに何を返せばいいのかわからず、東郷はただ無言で首を振るしかなかった。

 

「あの……どうして、私達を……?」

 

 普段なら決して近寄らない場所。そしてそんなところに友奈たちを呼び出した乃木。

 まるで正体がわからず、ほぼ友奈は質問しかしていない。

 

「そこの社の中にある祠、あなたたちの学校の屋上にもあるでしょ? バーテックスとの戦いが終わった後なら、それを使って呼べると思ってね」

 

「……バーテックスを知っているんですか?」

 

「うん。こんなのだけど、一応先輩になるのかな。私も勇者として戦ってたんだ。ふたりのお友達と一緒に」

 

 自慢げに顎をくいっと上げ、少し誇らしげに言った。

 友奈は今一度乃木の容態を見て、返すべき言葉が凍りついてしまう。だって、まるで死んだようにベッドに佇んでいるだけで、とても勇者に見えないからだ。それに、とても幸せそうに見えない。

 

「バーテックスが先輩を怪我をさせたんですか?」

 

「ああ……んーん、違うよ。私、これでもそこそこ強かったんだから」

 

 断言を避けるかのような言い方に友奈は疑問を抱く。

 戦って、怪我をする。これは考えれば簡単にわかることだ。乃木は先代の勇者であり、しかし今でも寝たきりの状態。これほど怪我の治療が遅れる要因が何なのか、まったくわからない。

 東郷に目配せをすると、どうやら同じ考えのようで、難しそうに首を傾げる。

 

「――そうだ、ふたりとも、満開はしたんだよね? わーって咲いて、わーって強くなるやつ」

 

 勇者システムの真骨頂、満開。満開ゲージを消費してさらなる力を引き出すもの。友奈の場合、両腕に巨大な義手アームが装備され、爆発的な膂力を得た。

 あのシステムは非常に魅力的だ。もう戦うことはないが、知っていれば初めての戦闘からガンガン使いたかったと思うほどだ。

 

「しま、した。わーって強くなりました」

 

「私も……しました」

 

「そっか……。じゃあ、咲き誇った花はその後どうなると思う? 満開の後に散華という隠された機能があるんだよ。――ふたりはどこか、身体が不自由になったはずだよ」

 

「――――」

 

 隣で東郷が鋭く息を吸い込んだ。左耳に手を伸ばしている。乃木の言葉に刺激されたようだ。

 しかし友奈はいまいち実感できない。なぜなら友奈には散華というものが発動していないからだ。

 薄々は気づいていたこと。満開したから不自由になったのでは、という信じたくない、可能性でしかないと隅に追いやった戯言。それが掘り起こされたのだ。

 しかし、友奈には乃木の言っていることが間違っていると確信があった。それは何よりも友奈自身がその反証だからだ。

 

「私は不自由になってません! だから乃木さんの言うことは違うと思います!」

 

 頑として主張する。東郷が散華というふざけた機能のせいで左耳が聞こえなくなったなんて、あまりに酷すぎる。何も悪いことをしていないのにこの仕打ちはあんまりだ。

 勇者のお役目が終わり、東郷はこれから普通の学生として生きていかなければならないというのに。

 それに、瀕死になるほどのものではないからいずれ完治されるはず。

 

「――知らない、わからないっていうのは、純粋な子たちには致命的なんだよ。今の結城さんのように」

 

 しかし呆気なく否定される。それでもと食い下がらずに食らいつこうとしたが、乃木の柔和ながらも言いくるめるような視線に押し黙ってしまう。

 爪が皮膚に深く食い込むほど固く拳を握りしめ、下を向いた。

 

「……それが散華。神の力を振るった代償。神樹様に供物として捧げるの。ひとつ花が咲けばひとつ花が散る。ふたつ花が咲けばふたつ花が散る。その代わり、勇者は決して死なないんだよ」

 

「死なない……?」

 

「で、でも、死なないなら良いこと……なんですよね? ……じゃあ、その怪我は……」

 

「うん。結城さんの考えている通りだよ。満開を繰り返して、こうなった。もう何を散華したのかすら全部把握できないほどね」

 

 友奈が満開したのは一度きり。だから散華したものはひとつ。だが友奈自身はそれが何かわからない。こうして乃木が目の前で落ち着いた様子で語っているが、その壮絶さは容易に『理解できる』とは言えない。

 東郷が小刻みに身体を震わせている。カタカタと車椅子を震わせている。友奈は今すぐ安心させるために抱きしめたい気持ちをぐっと堪えて前を見た。

 

「でももう大丈夫なはずです! バーテックスは全部倒しました! だからこれ以上傷つく必要はないんです!」

 

「それは凄いよね。私達の時は追い返すので精一杯だったから。……これで終わりならいいのにね」

 

「失った部分はそのままなんですか? 皆は、治らないんですか?」

 

「治りたい、よね……。私も治りたいよ。自分の脚で歩いて友達をぎゅっと抱きしめたいよ」

 

 そう言って瞼を伏せる乃木は、哀愁を漂わせた歴戦の勇者のそれだった。戦い抜いた、勇者の成れの果て。かけるべき言葉が凍りつく。

 そして、静かに左右と後ろの階段からぬっと姿を見せたのは、夏凛の兄とまったく同じ服装の男たちだった。つまり大赦の人間。仮面越しではあるものの、友奈たちを目で捉えているのは間違いない。

 無言でただ見られるだけだっが、友奈は僅かの恐怖も感じることはなかった。

 

「――この人たちを傷つけたら許さないよ? 私が呼んだ大切なお客様だから」

 

 有無を言わさない冷徹な言葉に、男たちが一斉に乃木の方を向く。先程までの柔らかい印象はない。

 

「あれだけ言ったのに、会わせてくれないんだもん。だから自力で呼んじゃった」

 

 すると、返事をするわけでもなく男たちは膝を地面についたのだ。さらに頭も下げる。

 大赦とは、神樹様に最も近い組織のはずだ。そのような人たちがこれほどまでに乃木に遜る奇怪な現場を見た友奈と東郷は動揺を隠せずにいた。

 

「……私は、半分神様みたいなものだからね。崇められちゃってるんだ。すごいよ。なんでも世話してくれるんだ」

 

 優しく微笑んだ乃木の姿は痛々しかった。

 

「悲しませてごめんね。このシステムを隠すのは大赦の思いやりでもあるんだよ。でもね…………」

 

 次第に声がしゃくり上げ、嗚咽を含み始める。

 ……乃木は涙を流していた。

 ぽろぽろと落ちる涙を手で拭うことすらできず、本当に何もできなくなってしまった勇者なのだと散華の実態を突きつけられる。

 

「私は、はやく言ってほしかったなぁ……そうしたら、もっともっと、友達と遊んで……。だからこうして伝えたかったの……」

 

 止まることのない涙を見て、友奈は苦虫を千匹噛み潰した顔をする。感情が高ぶり、胸の奥からじんわりと熱いものが身体全体に広がる。

 先に動いたのは東郷だった。自分で車輪を動かして、乃木の隣に移動し、拭えない涙を代わりに拭った。

 すると乃木は弱々しく微笑んだ。

 

「……ありがとう。そのリボン、よく似合ってるね」

 

 乃木が見ているのは、東郷が後ろ髪を纏めている、水色を基調とした可愛らしい大きなリボンだ。

 東郷はリボンをそっと手に乗せつつ、ついに耐えきれなくなった涙を流し始める。

 

「このリボンはとても大切なもので……でも、ごめんなさい。誰にもらったなのか思い出せなくて……」

 

「うん……うん……。仕方ないよ……」

 

 おとぎ話の勇者とは。

 人々の期待を背負い、仲間たちと協力して強大な悪を倒す者。そして最後は人々から褒め称えられ、その名は後世に語り継がれる。

 ……が、実際の勇者はまったく違った。人々はバーテックスの存在すら知らず、仲間は身体機能を捧げてどんどん人間性を失っていく。最後には乃木のようになり、人知れず表の世界から消え去る。

 理想は理想でしかなく、現実は非情であり、その牙は容赦なく罪のない友奈たちの喉元に食らいつく。

 いくら追及しても、勇者の散華はとても尊い犠牲である、というのが大赦側の最終的な結論になるだろう。

 涙は流れない。生きているのならば、まだ希望はある。だからきっと、まだ涙を流すべきではないと思う。

 

「結城さん……どうか絶望しないでね」

 

 乃木の最後の言葉に、心が妙にざわめいた。

 

 

 SNSで三人から届いていた怒涛の通知に気づいたのは、大赦の用意した車で家に送ってもらったあとだ。

 とりあえず無事であることを伝え、友奈は風に個人で『明日話したいことがあります』と連絡を送った。あまりに唐突で、大きくて制御しきれない情報をまずは風と共有することが東郷との結論だ。

 もちろん乃木の言っていることがすべて事実であるという保証はどこにもない。しかし言動から見ても演技ではないだろう。あれで演技なら女優の道は約束される。

 自室のベッドに身を投げ、枕に顔を埋める。今日は久しぶりに戦闘したから肉体的に疲れた。制服のままだが、パジャマに着替えるのも億劫だ。食欲はあるが、今何かを食べてもきっと鉛のようにしか感じられないだろう。

 ……『知らない』という恐ろしさ。満開による散華の機能を知らなかった友奈たちには致命的な大打撃になる。

 知ろうとするべきなのか。机の上で戯れる精霊たちを横目に友奈は寝返りを打つ。

 

「……ねえ、私は何を散華したの?」

 

 無意味な問いかけなのはわかっている。精霊が言葉を発するはずがない――夏凛の精霊は例外――のだ。どうしようもない不安をぶつけてみただけだ。案の定二体の精霊は何も応えず、ふよふよと浮遊して友奈の枕元に着地して頬ずりをしてくるだけだ。

 これが友奈を安心させるためか、ただ愛嬌を振りまいているだけなのかわからないが、勝手に前者だと決めつけて精霊たちを胸に抱き寄せる。

 

「知るべき……なのかな?」

 

 今一度ここ最近の自分の振舞いを思い出しても、特に引っかかる点は当然ひとつもない。唯一あるとすれば、今日の戦闘で前に出すぎて皆を心配させたことだ。でもこれは風たち三人にできるだけ戦ってほしくないという願いから湧き出た行動だ。何もおかしいことではない。

 知らないほうがいいのではと思ったり。現状周りの友人関係を除いた友奈単体としては幸せに生きている。だから知ることで深く傷つくのなら、知らないほうがいいのでは。

 しかしいつか知る時が来れば、それを甘んじて受け入れる。その覚悟があるか。

 三人は受け入れ、生きている。だが捧げたものがもう一生戻らないとなるとどうなるのだろう。

 

「怖くはな、い……」

 

 友奈は自分の指先が震えているのに気づいた。咄嗟に反対の手で覆うも効果はなく、両手が震え始める。これが意味していることがわからなかった。どうすればいいかわからず、目をギュッと瞑って収まるのを待つ。

 ……次に目を開くと、朝だった。

 朝食はいつも通り、ヨーグルトだけ食べた。

 

 学校では意外なことに、風たちが詰め寄ってくることはなかった。きっと事情を察してくれた風がふたりを押し留めてくれたのだろうと考える。何事もなく放課後になり、友奈と東郷は屋上で風を待つ。

 どうしようもない絶望を話したところで結局友奈たちに何かができるわけではない。もちろん供物を取り戻す方法は探したいが、糸口は見つけられない。

 

「友奈ちゃん、大丈夫?」

 

「え?」

 

「顔色悪いように見えたから。昨日はちゃんと眠れた? それに最近はお弁当半分も食べてないし……」

 

 睡眠はきちんととれている。食事は喉を通らない日が続いている。食欲はあってもその許容量が大幅に減少している。弁当の半分ですら満腹を超え、時々我慢できずにトイレで吐いていた。

『それ以上は必要ない』と身体が拒否反応を示しているような気もするが、そもそも最近戦闘がなかったから食欲が落ちているのだ。

 友奈は口元を緩めた。

 

「気のせいだよ東郷さん。それよりも風先輩がどう受け止めるかを考えよう」

 

 それから少しして風が屋上のドアを開けてふたりの前に現れた。その顔つきは強張り、いつもの陽気さはあまり感じられない。

 

「あたしだけを呼んだってことは、簡単には話せないことなのよね? 友奈、東郷」

 

 ふたりは黙って首を縦に振り、昨日の出来事をすべて話した。

 オブラートに包むことなく、目にしたもの、聞いたものをありのままに伝えた。

 

「勇者は死ねない……? 満開の代償として身体機能の一部を捧げる……?」

 

 オウム返しのように主要部分を繰り返し、それきり風は黙りこくってしまう。空は灰色の雲に覆われ、神妙な空気が流れる。

 

「じゃあ、身体はもう……元には戻らない?」

 

「はい。事実、乃木園子の身体は……」

 

 思い出すのは文字通り指一本動かすことすらできない、芋虫と化した先代勇者。東郷は最後は言葉を濁し、断定を避けた。

 その言い草で察したのか、風は難しい顔をして柵に腕をのせ、校庭を見下ろした。小雨が振り始めているが、それでもサッカー部は練習が活気づいている。

 逆に勇者部はどうだろう。旅行であれほど楽しんでいたというのに、この落差は。そもそもあれは慰安などではなく、祀られていた? そう考えればある程度の納得はいく。

 

「でも友奈は――――」

 

「…………」

 

「ぁ、ごめん……」

 

 容易に踏み込んではいけない領域だった。友奈の曇る表情を見て、激しく自責する。

 間違いなく散華したのに、それが未だ何なのかわかっていない。これ以上に恐ろしいことがあるだろうか。……いや、ない。

 唇を噛み締めた風は素直に引き下がり、気まずそうに視線を逸らた。

 

「……あたしだけに話してくれてありがとう。樹と夏凛にはこのことはまだ言わないでおいて。まだ事実ってわかったわけじゃないし、変に不安を煽りたくないから」

 

 中途半端な雨は中途半端に友奈たちの心までも濡らした。

 足どりはいつも通りだが、背中は悲壮さを物語っていた。それを見届けることが辛くなった東郷は車椅子の向きを変えた。

 それでも友奈は、風が屋上から消えるまで目を離さなかった。

 

 

 友奈たちの話は信じない。それが風の結論だ。なぜならそんなに酷い話があるはずがないからだ。世界を救ったのにこのような仕打ちは絶対にないという独りよがりな考え。

 ふたりの報告のせいで悶々とした時間を過ごすことになり、今もどうしようもないむしゃくしゃな気分だ。

 この前大赦に送ったメールに返信はない。最近は時間があれば受信ボックスを覗くようになってしまった。

 樹を寝かしつけ、今日の自分の受験勉強を終わらせ、台所で手鏡を手に取る。恐る恐る眼帯を捲りあげて左目の様子を確認する。しかし映るのは普段と変わらない色褪せた瞳だった。

 医者の言葉を信じ、大赦の言葉を信じた。時間の経過とともにこの症状は治癒されるだろうと。

 

「なんであたしたちがこんな……」

 

 ……理不尽だ。

 しかしそう考えてしまえば、友奈たちの言うことを信じることと同義だ。だからといって今日の友奈の様子を見て放っておくわけにはいかない。

 誰もが不安になっている。中でも最も危ないのは友奈だと思った。もし本当に散華とかいうふざけたものが事実で、それを知ってしまった時どうなってしまうのか。まるで想像できない。

 いつもの樹への保護欲に似たものを感じ、咄嗟に電話をかけた。もう十二時を回り、日が改まっていた。五コール目になっても反応がないからさすがにもう寝たか? とこちらから切ろうとしたその時、友奈が電話に出た。

 

「もしもし?」

 

『もしもし、どうしたんですかこんな時間に?』

 

「ああ、ごめんこんな時間に。いや……まあ……友奈のことが心配でさ」

 

『……あはは、そうですか。ありがとうございます風先輩。最近は色々なことが一気に押し寄せてきて、ちょっと疲れてるんだと思うんです』

 

 電話越しの友奈の声はなんだか元気が足りないように感じた。とはいっても夜だし、大声で話すと家族の迷惑になるから声を抑えているだけかもしれない。

 

『そうね……ごめんね、こんなことになっちゃって。友奈は……その……怖くない?』

 

 前に東郷と行ったこととまったく同じことを風は口にしていた。どうしても罪悪感が拭えないからだ。意図的に勇者たりうる人物を勇者部に入部させたせいで、このような事態に陥っている。すべての元凶は風であるといっても過言ではない。

 

『何がですか? 別に――。ああ、散華のことですね。どうなんでしょう。私はまだ――』

 

 とまで言いかけ、突然激しい雑音が会話を取り乱した。おそらく携帯を落としてしまったのだろう。友奈の慌てる声が遠く聞こえた。

 

『あわわ、ごめんなさい風先輩! 携帯落としちゃいました!』

 

「全然気にしてないわ。……怖いのはあたしも本当のところ思ってるから。もしひとりじゃ我慢できなかったら誰かに話しなさいよ? 別に勇者部メンバーじゃなくて親でもいいし。どちらかというとそっちの方が力になってくれるかも」

 

『ありがとうございます。やっぱり私、勇者部に入ってよかった……!』

 

 その言葉に、少し心が楽になった。友奈を元気づけようと電話をかけたのは風なのに、これではまるで逆だ。

 どんな時でも勇者部の元気担当の友奈には敵わない。

 

「……ありがとう。明日から土日なんだからいっぱい休みなさい。今まで溜め込んだ疲れをパーッとふっ飛ばすのよ。それでまた、月曜に元気な姿を見せなさい」

 

『はい! 風先輩も休んでくださいね。ほどほどに勉強も!』

 

「うボぁッ!」

 

 思いがけない友奈の奇襲に風はよろめく。人生最大イベントのひとつ。あんたも来年あたしと同じになるのよ、と言おうとしたが、それはやめておいた。ここは後輩の受け皿になるべきだと喉から出かかった言葉の羅列を飲み込む。

 

「じゃあ切るわね。おやすみ友奈」

 

『おやすみなさい』

 

 通話終了ボタンを押し、風は棚からコップを取り出して水を注いだ。一気に喉奥に流し込み、大きく息を吐き出す。

 実は供物だとか散華だとかは空想の産物で、友奈たちには悪いが、激しい思い込みでしかないことを願う。

 これで全部……全部が終わった。これ以上失うものがあってはならないのだ。だからこそ、樹の声が戻ってくることを頑なに信じ続ける。

 信じ続けるしかない。

 

 

 日曜日、東郷に呼び出され、友奈と風は東郷の家に招待された。友奈は隣接しているから見慣れているが、風は正門前で棒立ちし、呆けた顔でその立派さに圧巻されている。

 しばらくすると使用人に東郷の自室に案内された。

 ドアは格子戸で、部屋のすぐ外は観賞用の美しい植物が見え、振りかざす太陽の光と相まって実に趣がある。部屋の家具もすべて木製でできていて、見た目も簡素だ。車椅子だから他の椅子は必要なく、スペースが広く見えるのも理由のひとつだろう。

 

「それで用ってなんなの? あたしと友奈だけって」

 

「ちょっと、ふたりに見てもらいたいことがあるんです」

 

 そう言って東郷は机まで移動して引き出しを開けた。そしてある物を取り出す。

 

「東郷さん……?」

 

 友奈は不安げに声をかける。

 ……それは、刃渡り二十センチほどの小刀だった。鞘を抜き、鈍色の刃を覗かせる。東郷は震える呼吸を整えた。

 なんとも言えない緊張が走り、何をしようとしているのかまるでわからない友奈と風はただ見守るだけだった。

 すると突然、右手で柄を掴み、峰を左手で押さえて自らの首に押し当てようとした。

 風は止めに入ろうとしたが当然間に合わず、刃が首の皮を裂く刹那の差で防いだのはどこからともなく現れた東郷の精霊だった。首と刃の間に割り込み、張ったバリアが激しく弾けるが、力ずくでもこれを東郷は突破しようとしているのがわかる。

 

「あんた、何しようとしたのかわかってんの!!」

 

 風が怒りに任せて怒鳴る。他人の家だからという遠慮など無視して、詰め寄ろうとした。

 しかし東郷はなんの反応も示さず、小刀を首から離した。すると精霊はバリアを消す。

 そして東郷が次にとった行動は誰にも予測することなんてできるはずがなかった。

 

「――ごめんね、友奈ちゃん」

 

「ぇ……?」

 

 柄を親指と人差し指で挟み、直角に構える。そして目にも止まらぬ速さで投擲した。

 咄嗟に東郷に近い風が手を伸ばすが届かない。友奈が見た東郷は、何かに縋るかのように必死に見えた。

 ――勇者として鍛えられた命中精度は寸分も狂うことなく、小刀は友奈の胸元へ吸い込まれるように飛んだ。




現実を突きつけられてもそれは違うと否定する。それはまるで駄々をこねる子供のようだ。

次、答え合わせ。
ここまでは頑張って書きたいね。

それではまた次回
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