ほんとうのおかあさんがほしい   作:山並

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ほんとうのおかあさんがほしい

とても天気の悪い日曜日だった。

 

つよしが今朝食べる予定であった食パンがカビてたし、昨日の夜眠りについた時は気が付かなかったのだが、水音で朝早くに目が覚めた事を考えると、凄い大雨だったのだろう。

 

カビたパンを食べる訳にもいかないので、軽く寝癖を直してからコンビニにでも買い出しに行こうか、と思っていた所に、インターホンの音が鳴り響く。

 

こんなに朝早くに、しかもこんな大雨の中、いったい誰なのだろうか、と疑念を覚えながらも、鶯の鳴き声の様な音のなる廊下を足早に抜けて、玄関のロックとチェーンを外す。

 

やっぱり外は大雨で、扉の向こうには灰色の景色が広がっていた。

 

しかし、そんな事よりもどんなことよりも、インターホンを鳴らした主である、目の前の少女が問題だ。

 

彼女はうた、つよしと同じ学校に通っている同級生で、何処かぼーっとしている彼女のことを放っておけず、つよしはうたの世話をよく焼いている。

 

うたが弁当を忘れてきた時には自分の弁当を半分あげたり、学校の屋上で寝ていた彼女を起こして、一緒に帰ったりなんてことはしょっちゅうだ。

 

そんな彼女が、いつもの学校の制服をびしょ濡れにし、顔には殴打と火傷の痕が生々しく残っている状態で、玄関の前に立っていたのだ。

 

目の前にある情報量の塊を処理できずに目を回して混乱しているつよしに、うたは涙ぐみながら抱きつき、少しの沈黙のあと、こう囁くような声で言う。

 

「あたしの、ほんとうのおかあさんになって。」

 

言われた意味もよく理解出来ないままに、取り敢えずびしょ濡れではいけないから、家のシャワーを使って、と抱きつかれたつよしは大慌てで、よく通る、優しい声で家に迎え入れる。

 

幸いと言うべきか、つよしは高等学校に通い始めてから一人暮らしを始めていて、うら若い乙女が突然家に入ってきても困惑する人間は1人も居ない。

本人が先ず困惑しているから、世話ないが。

 

当然一人暮らしだからバスタオルも自分の物と自分の物、それと予備1枚しか無く、ドギマギしながら予備の方を引っ張り出し、早口でシャワーの使い方を教えると逃げるように洗面所兼脱衣所から脱出し、リビングのソファで膝を抱えてバクバク言っている自分の心臓の音を聞いていた。

 

とにかく状況が整理できず、どう声を掛けていいか分からない。

 

どうすればいいのか、頭の中で自問自答する。

 

紫色になった殴打の痕や、火傷跡は生々しくて、とても痛そうだった。

 

何故ウチに来たのだろうか?

家出?

遊びに来た? まさか。

 

などなど、自分の中で自分と会話し、色々と頭の中を駆け巡った末に、うたに先程囁かれた言葉を思い出し、その意図について尋ねようと振り返る。

 

と、丁度シャワーを浴び終わった所だったのか、真後ろにバスタオル1枚を体に巻いただけであとは何も着ていないうたが立っていた。

 

元々うたが着ていた服はびちょ濡れで、つよし自身が洗濯機にかけていたのだから、着るものが無いのは当たり前と言えば当たり前なのだが、健全な男子であるつよしは、「な、な、な、」と言葉にならない声を捻りだしながら顔を真っ赤に染め、瞳孔をまん丸にしてる開かれ、ぱったりと、意識を失った。

 

普段一人二役なんて器用な事をやっているつよしでも、情報量が遂に処理限界を迎え、ショートしてしまったようだ。

 

暗転していく意識の中、普段はソックスの中に隠れている、うたの白くて綺麗な生足が妙に記憶に残っていたそうな。

 

 

 

ひんやりしていて、なんだか心地の良い感覚が頭にあり、このまま少し眠っていようか、と意識を少し取り戻したつよしは思っていた。

 

なんとなく、寝心地の良い枕だ、と思っていたのも束の間、突然耳元でどデカい音量のデスボイスが響き渡る。

 

慌てて飛び起きると、声の主はうただったようで、ちょっとだけ腫れの引いた顔で、キョトンとした顔がつよしの近くにある。

 

うたの座り方からして、先程までつよしの頭があった位置にはどうもうたの太ももがあったようで、状況を纏めると、「つよしを膝枕していたうたが、つよしを起こすために突然デスボイスを出した」という事になる。

 

つよしにとって、これまた情報量の多い事だが、なんとなく冷静さを取り戻したのか、はたまたひとつずつ問題を見つめないとやっていられないと気がついたのか、膝枕をしていてくれたことに謝罪と感謝を述べると、うたに着せれそうな服をクローゼットから探し始める。

 

つよしとうたの身長が大体同じ、ということもあってサイズもぴったり、取り敢えず洗濯したてのジャージを着てもらうことにしたらしい。

女性物の下着をつよしが持っているはずも無く、それだけはうたが着けてきた物を着てもらうことに。

 

うたの身につけていた他の衣類は床に散らばっていたものをつよしが洗濯機に放り込んだが、下着に触れる勇気は無かった様だ。

 

そんなこんなで(つよし自身が)落ち着いた所を見計らって、話を切り出す。

 

質問の内容は勿論、何故我が家に来たのか?その傷は何か?というと言った所だ。

お得意の一人二役を駆使したおどけを見せたりもしていたのだが、ピクリとも表情を動かさないうたに凹んでいるつよしを後目に、自らの境遇を、ぽつりぽつりとうたは語り出した。

 

曰く、母子家庭で、小学生の時から母に虐待を受けていたそうだ。

他に行く宛ても無いし、相談出来る人も居なかったからただただ我慢していたらしい。

 

高校に入って更に虐待が加速したらしく、2日何も食べさせて貰えない事もざらだったらしく、つよしにお弁当を分けてもらった時は涙が出るほど嬉しかった、と。

 

その時の事を思い返しながら、つよしはこう思っていた。

お弁当食べてる時、全くの無表情だった気がする…と。

 

とにかく、つよしの優しさと料理の美味しさに感動したうたは、ウチのお母さんよりも、つよしの方がよっぽどお母さんらしいと思っていたそうで、今朝、早朝に沸いたお湯を顔に掛けられて起こされ、突然殴られた事を機に家から逃げ出し、つよしの家に向かったという事らしい。

 

餌付けした捨て猫が着いてくる、みたいな展開だが、女の子に頼られてつよしも満更でもない。

 

ノリノリで居候を許可し、今度一緒に荷物を取りに行こう、と約束を取り付け、早朝から色々あって眠そうなうたをベッドに寝かせる。

さっき目を覚まさせてくれたデスボイスのおかえし、と言わんばかりに、優しい歌声で子守唄をうたう。

 

今日から2人分の食べ物を買わなきゃな、と、当初の目的である、パンを買いに出掛ける。

 

あれだけ降っていた雨はもう上がっていて、空には虹がかかっていた。

ぱしゃりぱしゃりと音を立てて水溜まりに足を踏み入れ、スキップでコンビニに向かう。

 

火傷が痛々しかったし、軟膏も買わなきゃな、とふと思い立ち、うたの傷が気になって仕方がない、浮かれていた気持ちも沈みはじめ、しょぼんとした表情で帰り道を歩く。

 

なんならこのまま、本当の家族になれちゃうかもね。

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