ほんとうのおかあさんがほしい   作:山並

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「幸せにしてあげたいです」「私だってそうよ。」

うたがつよしの部屋に居候を初めてから、2日。

 

顔の傷の調子が芳しくなく、雨に打たれたせいで風邪も引いてしまったうたの看病の為、月曜日は2人で学校を欠席して一緒につよしの部屋でしじみのお味噌汁なんかを飲んで過ごした。

 

そして今日、うたの怪我の治りが異常に早いお陰で明日には登校できそう、と判断したため、タイミングを見計らってうたの家に荷物を取りに行くようだ。

 

うたの家とつよしの住む部屋はそう遠く離れてはいない。

ゆっくり歩いても10分程度、急げば5分程度。

 

家に行く、とつよしが言うと、うたは珍しく怯えたような表情を見せ、少し身体が震えていたようだ。

 

しかし、女子の部屋に1人で忍び込める程の無神経さ、そして勇気はつよしには無い。

震える手をぎゅっと握って、勇気づけるような言葉を少し気取って言うと、重い足取りを軽いように見せかけてうたの家へと向かう。

 

うたの母が出かけるタイミングを見計らった為に、もう太陽は頭上に来ている。

 

さて、蒸し暑い住宅街を進むと、そこには1軒、木造のボロ屋が建っていた。

不用心にも鍵が掛かっていなかったので静かに侵入し、2階にあるといううたの部屋へとさっさと歩を進める。

 

ギシギシと軋む階段を上がると、やはりボロボロで、木でできた扉が姿を現す。

ドアノブは取り外されていて、当然鍵は掛けられなっている。

 

そんな異様な扉にショックを受けているつよしは放っておかれ、うたがゆっくりと扉を押し開ける。

 

うたの部屋は畳の敷かれた和室で、大量の古いレコードやCDが置かれていて、何処かノスタルジックな雰囲気を感じる。

 

音楽好きのつよしにはお宝の山に見えたのか、うたの後ろを目を輝かせて着いていく。

しかし、部屋に足を踏み入れると、部屋の異質さがよく分かる。

 

壁や床の所々に血痕が付いていたり、濡れた跡がある場所から微かに酸っぱい臭いがしてきたりと、暴力の振るわれた痕が確かに残っている。

 

既につよしの中では決まっていた事だが、この暴力の痕跡を再度確認する事で、より強く、うたを守り抜こうと決心した。

 

つよしが決心を固めている事なんてうたは知らず、換えの制服一式とスポーティな下着、ヘッドホンや音楽プレイヤーなんかの使い古された電子機器を学校鞄に詰め込むと、つよしの手を引いてすぐに部屋から出ていく。

 

そりゃあ、嫌な思い出のあるような場所に長くはいたくないよな、と察したつよしは、少し震えるうたの手をしっかりと握り返して、うたの横に並び立ち、寄り添うように歩く。

 

やっぱり少しだけ恥ずかしくなってきたのか、つよしはうたのちょっと後ろを歩く。

 

 

つよしの部屋に帰ってきた2人。

もうすっかりお昼時ということで、炊いてあったご飯と、切って冷凍されている野菜達、それと作り置きの料理でとっても映そうな和食を作っている。

 

うたはキッチンの使い方が分からなかったようなので、ちゃぶ台の前でウキウキしながら座っている。

今まで美味しいものを食べてこなかった反動もあるようで、お味噌汁のいい匂いだけで何だかご満悦だ。

 

 

つよしが料理を配膳し、お箸を持って来た時に、ガチャり、と扉の開く音が聞こえてくる。

そういえば、鍵を掛けるのを忘れていた気がする、と今更後悔するつよし。

 

ぎしり、ぎしりと音を立てて廊下が軋む。

 

突然の侵入音にも動じずにマイペースに味噌汁を啜っていたうたも、部屋に入ってきたその女性の顔を見た途端に、表情が硬くなり、自然と姿勢を正して正座をする。

 

つよしには誰だか分からなかったが、うたの様子を見て、うたのお母さんなのだろうという事を理解した。

 

髪の色や目の色はうたとそっくりだが、纏う雰囲気は全くと言っていいほど違う。

 

整えられていないロングヘアーは何処かヒステリックさを感じるし、深く刻まれた顔の皺から厳格な雰囲気を漂わせる。

 

「…うた、帰るわよ。」

 

静かに、その女性は低い声でそう告げる。

うたは黙ったまま、必死に首を横に振るが、そんな事はお構い無しにうたの母はズカズカと入り込み、うたへと近づく。

 

不味いと思ったつよしは、2人の間に入って両手を広げ、うたを庇う動作をする。

 

「貴方ね?うたを連れ出して、誑かしてたのは。…私のうたを返してもらいますからね。うたは家出なんかする子じゃないのよ?分かっているかしら?とっても良い子だっていうのに、貴方みたいに不真面目な子が私のうたと接点を持つからいけないのよ。どいてちょうだい、ぶつわよ?さあ、早く。…邪魔よ!」

 

まくし立てるようにそういう女性の圧にも負けずに、泣き出しそうになりながらもどくわけにはいかない、と確固たる決心でうたの母の前に立ちはだかるつよし。

 

そんなつよしに業を煮やしたのか、思いっきり腕を振り上げてつよしの頬を引っぱたくが、それでもつよしは退かない。

さらにもう1発、と手を振り上げた所で、うたが声を上げる。

 

「…だめ…!あたし、あたし言う通りにするから…帰りますから…つよしくんは叩かないで……あたしは言う通りにしますから……」

 

「あら、最初からそうしていればいいのよ。馬鹿ねえ。…さあ、帰りますよ。こんな子と二度と付き合っちゃいけませんよ。勝手に家から出ていった事はお仕置きね。」

 

つよしが驚いているのも束の間、うたの母が勝手にうたの荷物を纏めなおすと、うたの手を引いて歩き出す。

自らついて行った人間を引き剥がすのは容易ではなく、ただ間抜けな悲鳴に近い声を上げる事くらいしかつよしにはできることは無かった。

 

悔しい涙を流しながら必死にうたを呼び戻そうとするが、うたの儚げな笑みを最後に、つよしの部屋から2人は出ていった。

 

 

胸にぽっかりと空いた穴。

それを埋めることは到底出来なくて、つよしは数日間学校を休んでいた。

 

うたに会いたい、けど、それ以上に傷ついたうたを見たくない。

 

という葛藤に悩まされたつよしは、次の月曜日にどうにか学校へと行く決心を付けた。

 

うたに会ったら先ず何を言おうか、守れなくてごめんなさい、かな。

なんて、兎に角謝罪の言葉を考えながら校門にたどり着くと、いつも通り屋上でうたううたを見つける。

 

なんだ、元気だな、よかった、とほぅと安堵の溜息を吐き、屋上へと上がるために下駄箱へと足早に向かう。

 

 

ぐしゃり。

 

トマトが高いところから落ちたような音がつよしの真横で聞こえてきた。

同時に、つよしの、何かが崩れ落ちる音が聞こえる。

 

嗚咽と嘔吐の最中、何とか言葉をひり出す。

 

「守れなくて、ごめんなさい」

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