ほんとうのおかあさんがほしい   作:山並

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※注意 つよしくんが可哀想です。



顔は、一緒よ。

あの日から、数日が経った。

 

活発だったつよしは見る影もなく、自宅にこもって布団にくるまっては、ただ枕を濡らしながら一日を過ごしていた。

 

膨大な量の後悔と、喪失感とが、つよしの心をひどく病ませた。

 

家にはもう食べるものもなく、ただかびた食パンが、寂しく置かれているだけだ。

何かを食べたところで、すぐに吐き出してしまうのだから、あまり意味はないが。

 

 

うたが初めて家に来た時のような、大雨の降る晩だった。

場違いなほど、間抜けに明るい音色のチャイムが何度も鳴り、つよしの意識は引き戻される。

 

のそり、のそりと、亀のように遅い足取りで布団から這い出ると、やせ細り、やつれた体にムチを打って、つよしは立ち上がった。

幽鬼のように白い、細い指先で、なんとか鍵を開けると、倒れかかるようにドアノブを引く。

 

そこには、地獄のような風景が広がっていた。

 

扉の前に立っていたのは、うたにそっくりな女性だ。

唯一の違いといえば、髪と瞳の色が緋色なことと、下卑た笑みを浮かべていることくらいだろうか。

兎に角、姿形がそっくりだ。

 

死んだはずのうたが、どうしてか蘇ったのだろうか、死んだというのは早合点だったのだろうか、などの思考がつよしの中を駆け巡ったが、心身ともに衰弱しきっていたつよしは、その素性のわからない、うたに似た女性の胸に頭から倒れると、この数日の中で一番多くの涙を、この数日間考え続けていた謝罪の言葉とともに吐き出し、そのまま眠りについた。

 

 

バラのような良い匂いに惹かれて、つよしが目を覚ますと、よく見知った天井が目に入る。

愛用している布団の上に寝かされていたようだ。

 

良い匂いの原因を探ろうと体を起こすと、ちょうど、お互いの唇が重なるところに、先程の女性がしゃがみこんでおり、勢いよく体を起こしたつよしは、逃れる術もなく、うたによく似た女性と唇を重ねることとなった。

 

つよしは困惑し、すぐに、その柔らかでひんやりとした唇から逃れようとしたが、女性が片手でつよしの頭を拘束しているために叶わず、そのまま無理やり立ち上がらせると、腰を撫でられながら、口内に生温かいものをねじ込まれ、つよしの中を漁るように舐め回された。

 

困惑に次ぐ困惑、そして、訳の分からぬまま受けた快楽によってつよしは腰を抜かし、布団の上にへたり込んだ。

 

つよしが、女性から接吻をされたのは、これが初めてのことだった。

好きな子との、甘酸っぱい思い出のために残していた「初めて」だ。

 

得体の知れない、ただ、好きな子に顔が似ている他人に、訳のわからないまま、愛し合っている恋人同士がベッドの上でするような濃厚なキスを、無理やりされた。

その事実が、衰弱したつよしのお腹に、やけに重く響いた。

 

ぐすり、ぐすりと、床にへたりこんでいるつよしが泣き始める。

涙を流しすぎて真っ赤に充血した瞳をさらに擦って、幼い子供がぐずるように泣いている。

 

「そうやって、いつまでもぐずぐずやっているような子のところになんか行ったから、わたしの大切なうたが死んじゃったのかなぁ……」

 

鈴をころがしたような、耳心地の良い、可愛らしい声に、つよしは顔を上げた。

 

うたと瓜二つな顔のその女性は、とても悲しそうな表情を浮かべながら、言葉を続ける。

 

「ねえ、うたは本当に自殺したのかな。わたしは、他殺だと思ってるのよ。あの子が自殺するような子じゃないって、うたの()であるわたしが一番知っているもの。」

 

うたの姉と名乗ったこの女性が言葉を紡ぐたび、つよしの心は大きく揺れていた。

 

この女性が言わんとしていることは、今のつよしには傷口に粗塩をぬりこまれるような心地になる、猛毒を孕んだ言葉だ。

 

「そうよ、つよし、あなたが殺したのでしょう? あなたのせいでうたは死んだのでしょう? あなたは、わたしからうたを奪ったのよ。……今度は、わたしが。あなたからうたを奪うわ。」

 

もはや、涙すら流れてはくれなかった。

つよしの罪悪感は、涙でも胃液でも、決して洗い流すことのできない烙印として、心の奥底に押し付けられたのだ。

 

うたとするはずだった接吻は、ニセモノに奪われ。

うたと握った手は、別の冷たい手で握られ。

いつか思い出になるはずだったうたの制服は、たった今、脱ぎ捨てられ。

逃げることもできないまま、うたによく似た別人に片手で組伏せられ、よれたシャツを、細くて綺麗な手で剥ぎ取られていく。

 

 

 

つよしは、大事な「初めて」を、たくさん奪われた。

 

 

 

行為の最中は考える暇もなかった喪失感と、溢れ出てきた罪悪感に、つよしはうつろな瞳で許しを乞う。

もはや、この女性にできる償いなど、つよしには残っていない。

 

謝って、謝って、ただ許されないだけだ。

 

と、つよしの思考は完全に止まっており、脳内はただ贖罪と謝罪が無限に回り続けるだけだ。

 

今朝までに壊れかけていたつよしの心は、今まさに、いたずらっぽく嗤う女性によって壊されたのだ。

つよしをつよしたらしめていた、パズルのピースはバラバラに崩され、ゆっくりと時間をかけでもしないと、修復が困難な状態にまで壊された。

 

「良かった? 顔がうたに似てれば、ヤッてる最中は、うたの名前を呼ぶんだね。やっぱり、顔が好きだったんでしょ。」 

 

少し形を保っているつよしの心をすりつぶすように、女性は裸体のままつよしの顔を覗き込む。

 

「あはは、楽しかったわ。また来るわね。」

 

「あ、そうそう。つよしくん、うたはなんで死んだと思う? 」

 

「ぼくの、せいです」

 

「はは、ホントはね。私がうたの喉を潰したからだよ。」

 

「え? 」

 

悪魔が、うたの服を着て、つよしに背を向けた。

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