目が覚めるとは違った
ボーッとしている時に急に意識が覚醒するような感覚だった
目の前には見覚えのない景色が広がっていた
これは、何処かの教会だろうか?
『さあ、行きましょう』
そう言われ、ある女性が教会の中へと案内されている
年齢は20歳ほどだろうか
周りにいる奴らは西洋人のように見えた
しかし、案内されている女性はどうやら東洋人のようだ
その格好はあまりにも見窄らしかった
そして、その女性の腕には1人の赤ん坊が抱えられ、その女性の裾をちょこんと掴む少女の姿
おそらく彼女の息子と娘なのだろう
女性は赤ん坊を大事そうに、愛おしそうに抱きしめ、自身のそばにいる少女を優しい目で見る
女性が教会に入ると、教会の扉が閉まり始める
そこで『彼』は見てしまった
女性を囲む西洋人達の目を
その目には見覚えがあった
暗部にいれば嫌でも目にする機会がある
クズみたいな人間が善人を利用し、使い潰す時にする目だった
人の欲望や悪意を詰め込んだ様な気持ちの悪い目をしていた
だから
駆ける
目も口も耳も脳も足も手も心臓も存在さえもない『彼』が駆けた
閉まりそうになる扉を破壊し、目の前の女性と子供を助けるために
何故だかわからない
しかし、自分自身の心の奥底に眠るナニカが叫ぶ
あと数センチのところで扉は完全に閉まる
『彼』は息が詰まった
それは扉へ届かなかったからではない
扉が閉まるその瞬間、女性が赤ん坊へ囁いた言葉がひどく『彼』の耳に届いたからだ
『これからいっぱい幸せになろうね。向陽』
嬉しそうに微笑みながらそう言い放った
『向陽』
確かにそう言った
『彼』は、降魔向陽はその場に立ち尽くすことしかできなかった
それと同時に意識が再び暗闇へと落ちていくのがわかった
◇◇◇
少女は1人で鉄橋の上で夜空を眺めていた
その目は絶望に染まっている
「どうしてこんなことになっちゃったのかな」
自嘲するように吐き捨てる
そもそもの始まりは難病と闘う子達のために自身のDNAマップを提供したことだった
それが正しいことだと信じてきたが
つい先日、それが全て壊れた
あの時のDNAマップにより1万人もの少女が死んでいった
実験を止めるために駆け回った
しかし、結果は何の意味もなかった
それどころか自暴自棄になりかけていた自分の声を聞いてくれていた少年さえも目の前で散っていった
「………てよ」
目を瞑る
目を瞑っている間に嫌なことを解決してくれるママも、少年も、ヒーローもいない
「たすけてよ……」
絞り出すようにでた言葉は暗闇に呑まれ、すぐに消えていった
そんな彼女の後ろから物音が聞こえた
それと同時にミャー、と可愛らしい鳴き声が聞こえた
鳴き声のした方を見てみると、そこには黒い子猫がいた
それだけではなかった
子猫の先に誰かが立っている
その少年は息を切らしながら御坂美琴の前に立ち塞がった
「何やってんだよ、おまえ」
上条当麻がそう言い放った
一瞬、一瞬だけ御坂はポカンとした顔をし、直ぐに仮面をかぶる
乾いた笑みを貼り付け、いつもの様に軽口を言おうと心を落ち着かせる
「フン、何よいきなり。何してようが私の勝手でしょ?夜遊び程度でアンタにとやかく言われる筋合い、」
「やめろよ」
「やめるって何を?今更夜遊びくらい…」
そこで初めて御坂美琴は上条の表情と彼の手にある書類をみた
真剣な表情で手に持っているのは実験の詳細が載っている書類だった
「ッ……!!」
「御坂妹の事も『妹達』の事も『実験』の事も『降魔向陽』の事も『一方通行』の事も知ってる。お互い無駄な事は省こうぜ」
怪訝な顔をしている上条を見ながら乾いた笑みを浮かべる
「あーあ。アンタ何者よ?昨日私のクローンに会ってそこまで辿り着けるなんて探偵になれるわよ」
上条当麻にこの計画を知られてしまった
彼はおそらくこんな計画許せないだろう
それと同時にDNAマップを提供し、実験へ協力した御坂美琴のことも許せないだろう
「勝手に私の部屋に入って、挙げ句の果てにぬいぐるみの仲間で探すなんて死刑よ死刑」
傷だらけの心に塩を塗るのは自分より他人の負が楽だろう
いっそ思いっきり責められた方が少しは楽になれそうだ
その役をこの少年にお願いしよう
「それで?アンタは私のことが心配だと思ったの?それとも私のことを許せないと思ったの?」
俯きながらそう言い放つ
しかし、上条の表情は変わらなかった
目をそらし、地面を見る
「心配したに決まってんだろ」
幻聴かと思った
壊れた自分の心が生み出した幻想かと思った
「ぁ……まぁ、ウソでもそう言ってくれる人がいるだけでマシってことかしらね」
声を震わせなながら必死に言葉を紡ぐ
そうでもしないと何かが壊れてしまいそうだった
「ウソじゃねぇよ」
「な、に?」
怯える様な、驚く様な顔で上条の顔を見る
その表情は真剣そのもだった
「ウソじゃねぇっつってんだろ!!」
驚き
彼の優しさを噛みしめ
そして懺悔をする様にポツリポツリと言葉を紡ぐ
「あの子達、自分のことを平気な顔で『実験動物』って言うのよ。その意味も正しく理解しているのに」
御坂美琴は顔を覆いながら呟く
そして思い出されるのはあの少年だった
「そして、アイツも巻き込んだ」
そのまま御坂はゆっくりと歩き始め、上条の横を通り過ぎようとする
「そんな状況を生んだのは私。だから私が実験を止めなくちゃいけないの」
「…どこに行く気だ?」
「今夜も実験は行われる。その前に私の打てる手で『一方通行』と決着つけてくるわ」
上条は横を通り過ぎようとしている御坂を止めるように右手を上げる
「…何よ?」
怪訝な表情を浮かべ、御坂は上条の顔を見上げる
上条は御坂の顔を見ずに、
「お前は勝ちにいくつもりなのか?」
「………」
「本当におまえは勝つつもりで行くのか?」
上条は御坂の核心をついてきた
絶対目の前の少年にだけは知られたくなかった
しかし、もうバレてしまった
御坂は息を吐き、薄気味悪い笑みを受けべる
「アイツならともかく私じゃ逆立ちしたって一方通行には勝てない」
上条は御坂をまっすぐ見つめ、息を呑んでいる
「だけど私にそんな価値がなかったら?」
「な、」
「こんな私にもまだ使い道が残ってるんじゃない?」
上条は御坂のその表情、声色、目の色は本気だった
だからこそ上条は最悪の想像をしてしまった
「おまえ……死ぬつもりなのか?」
「そうよ」
御坂はあっけらかんと答えた
強がりとも見えるような態度に上条は拳を握りしめた
「私には時間がないの。さっさとそこをどきなさい」
御坂は上条を一瞥し再び横を通り抜けようとする
しかし、
「ダメだ」
上条は退かなかった
そんな上条を御坂は睨みつける
「おまえが『一方通行』をぶっ倒しに行くんなら俺が止めるのは間違ってる。でも最初から死のうとしている奴を行かせるわけにはいかない」
上条の言葉が終わるか終わらないかくらいのタイミングだった
上条が持っていた実験のレポートが黒焦げになる
ギョッとする上条を見ながら御坂は上条を睨みつける
「じゃあ何よ。アンタには他に方法があるって言うの?何も出来ないくせに綺麗事や理想論で語らないで」
上条は歯を食いしばる
『一方通行』に唯一勝てる可能性がある降魔向陽は先ほど病院に運ばれてしまった
だから、実験を止めるにはそれしか方法がないのかもしれない
学園都市の深い闇に対抗するには、もう御坂美琴が死ぬことでしか方法がないのかもしれない
上条は再び歯を食いしばり
「…、それでも、嫌なんだ」
上条の言葉を聞き、御坂は一瞬だけびっくりしたような顔をした
しかし、その表情は直ぐに怒りへと変わった
「話にならないわ。これ以上私の邪魔をするならこの場でアンタを撃ち抜く!!!だから退きなさい!!!!」
上条は黙って首を横に振る
それを見た御坂の表情が歪む
そして、電撃を撒き散らす
「そう、力づくがお望みってわけね。確かにアンタには勝ったことないし、どんな能力かも未だにわからない」
バチン!!と御坂の肩から青白い火花が散る
上条はそれに臆することもしなかった
「だけど、今回ばかりは負けるわけにはいかない!!だからアンタも本気でこないと、死ぬわよ」
上条と御坂の距離は7メートルほど
上条からしてみれば決して近距離というわけではなく、御坂からしてみれば光の速度で雷撃を何発でも叩き込める距離だ
どちらが不利で、どちらが有利かなど一目瞭然である
上条はゆっくりとした動きで硬く握った右手を動かす
顎が砕けるほど歯を食いしばり、硬く握られた右の手を、開いた
「は?な、何やってんのよ、アンタ…」
御坂はいつまで経っても動かない上条に怪訝な表情を浮かべた
上条は両手を顔付近まで上げ、そこで止まっている
まるで自分に戦闘の意志がないことを見せるように
「俺は、おまえとは戦わない」
上条は一言だけ、そう言い放った
ヒーローは目の前の少女を見捨てなかった