とある科学の幻想操作   作:モンステラ

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化物

ガガガガガガッ!!

鼓膜を凄まじい勢いで刺激するような銃撃音が地下に響き渡る

何十、何百、何千発もの銃弾が正体不明の侵入者へ向けて放たれるが、銃弾は全て分厚い岩の盾に阻まれ、威嚇にもなっていなかった

侵入者が侵入してから数時間が経過した

地下にいる侵入者を捕縛するためにやってきた警備員は苦戦を強いられていた

 

 

「あんな分厚い盾の前じゃ威嚇にもなんないじゃん!!」

 

 

侵入者の足止めをしている警備員、黄泉川愛穂(よみかわあいほ)は仲間の警備員に指示を出す

仲間の警備員は手榴弾を取り出し、目の前にある岩の盾を破壊しようとする

 

だが、手榴弾を投げるより侵入者の女の方が行動が早かった

 

 

「エリス」

 

 

ただそう一言だけ呟いた

それだけで岩の巨人がその巨腕を振るう

鈍い音と共に大の大人の体が吹き飛ぶ

 

手榴弾を持っていた警備員の男は衝撃で持っていた手榴弾を話してしまう

 

 

「しまっ…!!?」

 

 

声を出す暇もなく

衝撃が警備員たちを吹き飛ばす

全身を余すことなく叩かれた警備員はほとんどが地面に伏してしまった

 

 

「や、ばいじゃん」

 

 

黄泉川は頭部からの出血を確認しながら、状況を把握する

応援が来るまでまだ時間がある

彼女らの後ろには彼女らが守るべき『子供』たちがいる

ここで全滅し、侵入者を後ろへ行かせるわけにはいかない

 

カツン、カツン、カツン、と足音が近づいてくる

絶望がすぐそこまでやって来る

侵入者の姿が目視できた瞬間、黄泉川は軋む体に鞭を打ち、侵入者へ向かって走り出していた

無意味だろうが何だろうが関係ない

自分の体ひとつで後ろの子供達を守れるのならば安いものだろう

 

駆け出した黄泉川の決意は一瞬で打ち砕かれることになった

 

 

「…探したぞ。クソ魔術師」

 

 

原因

それは黄泉川の後ろから投げかけられた声だった

ゆっくりとした動きで後ろを見る

 

見覚えのある制服に灰色の髪

チョーカーのような物に現代的なデザインの杖

やる気のない目にくわえ煙草

 

その人物はゆっくりとコチラへ歩いてきていた

声が出なかった

だが、確実に黄泉川の命は守られた

 

学園都市最強の超能力者の手によって

 

 

「うふ。うふふ。こんにちは」

 

 

侵入者は初めから黄泉川など見ていなかった

ギチギチぎち、と侵入者の側にいる岩の巨人が唸る

 

 

「…月詠先生んトコの転入生じゃん」

 

 

確か名前は、降魔向陽

長点上機学園からやってきた学園都市超能力者同率第1位

 

 

「あ?誰だお前」

 

 

灰色の怪物は黄泉川に視線だけを向ける

黄泉川は彼のことを知っていたが、彼は黄泉川のことは知らない

だが、そんなくだらない事に構っている時間はないだろう

 

 

「寝てる奴らを連れて後退しろ。邪魔だ」

 

「それはそうかもしれないけど、お前はどうするじゃん!!?」

 

「決まってんだろ。アイツをぶちのめす」

 

「……それはできないじゃん」

 

「あ?」

 

「子供に戦わせて自分らだけ安全なとこに後退なんて出来るわけないじゃん」

 

 

悔しそうに、自分の力のなさを恨むようにそう呟いた

しかしそんなことは関係なかった

 

 

「そーか、」

 

 

降魔は首筋に手を当て、電極を切り替える

 

 

「ならそこで大人しくしてろ。見せてやるよ、超能力者の本気をよ」

 

 

そう言って一歩を踏み出す

 

 

「ま、待つじゃんよ!!」

 

 

黄泉川の言葉に耳も貸さずに降魔はテクテクと侵入者のところまで歩いていく

頭部を打ち、血を流したからだろうか

黄泉川の体は言うことを聞かず、起き上がって目の前の少年を止めることもできなかった

 

 

「虚数学区のガキでも幻想殺しでもなく、お前が来るとはね」

 

「あ?何言ってンのかわかんねェけど、」

 

 

既に電極は切り替えてある

あとは脳の命令が体を動かす

 

 

「さっさと死ねよ虫ケラ」

 

 

ダンッ!!と地面を踏み込む

それだけで岩で出来た棘が生え、魔術師へ襲いかかる

 

 

「エリス!!!」

 

 

魔術師が叫ぶ

その声に反応し、岩の巨人が降魔が生み出した棘を薙ぎ払う

岩は粉々に砕け散る

 

だが、それすら降魔の予測した未来の1つに過ぎなかった

顔色ひとつ変えずに降魔は腕を振るった

 

今まで無風だった地下の空間にそよ風が走る

その風は徐々に強くなり、次第に風は魔術師を囲み、吹き荒れる

それはまるで竜巻のようだった

 

瓦礫を含み、中にいる生物の肉や骨を粉砕する

悲鳴を上げる暇もない

 

 

「チッ!」

 

 

降魔は舌打ちと共に電極を切り替える

その瞬間、目の前の竜巻が霧散する

生身の魔術師はおろか岩の巨人も跡形もなかった

 

しかし、先ほどまで魔術師が立っていた場所にポッカリと穴が開いていた

 

逃げられた

焦ってもしょうがない、と自身に言い聞かせる

煙草を取り出し、火をつける

 

 

煙草も終わりに差し掛かったあたりで、ズゥン!!!と地響きが聞こえ、地面を揺らした

どうやらどこかであの魔術師が戦闘を開始したらしい

煙草を消し、降魔はギョロリと普段はしないような目で目標のおおよその位置を捉える

 

 

「逃げ切れると思うなよ、クソ魔術師」

 

 

歪な笑みを浮かべ、杖をついて歩いていく

 

 

◇◇◇

 

 

暗い地下には少女の息遣いだけが響いていた

まるで何かから逃げるように。走って逃げる

僅かに茶色が混じった黒髪に知的な眼鏡をかけている少女

 

コツン、と足音が聞こえた時には既に攻撃は放たれていた

まるで少女を握り潰さんとばかりに岩の巨人が手を振るう

 

 

「っ!!」

 

 

少女はほとんど転ぶように攻撃を躱す

しかし、少女の長い髪を握られ、そのまま凄まじい勢いで前に倒される

 

 

「はっは、ひゅう」

 

 

悲鳴なんて出なかった

それと同時に真っ赤な液体も出なかった

 

通常ならば皮膚が捲れ、肉が裂き、おびただしい出血が止め処なく出るだろう

だが、少女の体はまるでプラスチックが割れたかのように砕けただけだった

そんな訳のわからないモノを見下すように立つのは魔術師のシェリー=クロムウェルだった

 

 

「何なのかしらね、コレ。虚数学区の鍵とか言われてたから、どんなものかと思ってみれば……」

 

「ど、うして…?」

 

 

シェリーは少女を見下すように

少女を泣きながらシェリーを見る

 

 

「オイオイ、いい加減気付きなさいっての」

 

 

シェリーは醜く顔を歪める

 

 

「こんだけやられてピンピンしてるテメェがまともな人間なはずがねぇだろうが」

 

 

そう言ってシェリーは自身の近くにいる岩の巨人に命令する

すると岩の巨人は横の壁を思いっきり殴りつけた

壁には穴が開き、岩の巨人の手は粉々に砕けた

 

 

「私がしてる事って、この程度のことでしょう?」

 

 

岩の巨人の腕は瞬く間に付近の岩を寄せ集めて元に戻っていった

それと同時に少女の体も元通りに戻った

 

疑問

疑惑

懐疑

疑心

 

訳がわからなかった

さっきまで自分のことは普通の人と同じだと思っていた

だけど、前提が覆された

 

 

「テメェはエリスと同じ化物なんだよ」

 

 

酷くその言葉が胸に刺さった

自分の目の前にいる岩の巨人を見る

あんなモノと自分は一緒なのか?

 

 

「…ち、がう」

 

「なら試してみるか?挽肉になるまでグシャグシャに潰してみても元に戻るかどうか」

 

 

躊躇などない

シェリーは岩の巨人、エリスに命令を送る

エリスは主人の命令に従い、ただただ岩の巨腕を振るう

 

 

「う。あっ」

 

 

少女の体が軽々と吹き飛ぶ

ゴシャ、と硬い地面に叩きつけられる

それでも血は出なかった

 

よろける体を強引に立たせ、前へ進む

敵から、悪夢から、現実から逃げるように進む

 

 

「どこへ行くつもり?化物に居場所なんてないんだよ」

 

 

完全に砕けた

体だけではなく、心までもが砕けた

思い出されるのは、今日できたばっかりの『友達』

可愛らしい銀髪のシスターだった

 

涙が出る

 

初めてだらけの日だった

初めて学校へ行き、初めて男の人と話した、初めて皆で遊びに行った、初めて給食を食べて自販機でジュースを買った

 

初めて『友達』ができた

 

 

「泣くなよ化物。気持ちの悪い化物がいなくなったところで何の問題もないんだし」

 

 

腕が振るわれる

避ける気力も、意味もない

後はただ真っ暗な絶望が続き、死へと辿り着くだけだ

 

意味もなく目を瞑る

 

 

 

しかし、轟音も衝撃もいつまで立ってもやってこなかった

あるのは静寂だけ

 

目を開け、上を見上げる

そこには、見覚えのあるツンツン頭の少年

 

 

ではなく、灰色の髪の少年が立っていた

 

 

「…化物。化物ねェ」

 

 

独り言を呟くように小声で呟く

この少年は誰だろうか?何でこんなところにいるのだろうか?何故自分を助けてくれたのだろうか?

疑問は尽きない

しかし、それを考える暇はなかった

 

 

「テメェに見せてやるよ。容赦を知らねェ本物の化物ってやつをよォ」

 

 

先ほどまで余裕の表情だったシェリーが初めて舌打ちをし、焦った表情をした

シェリーがエリスの名を叫んだのと降魔が動いたのはほとんど同時だった

 

降魔は迫り来るエリスに向けただ右手をかざす

ベクトル操作で凝縮された空気の塊がエリスへ襲いかかる

破裂する

内側から強引にエリスの体が弾ける

 

すぐさまチョークを使って新しいゴーレムを生み出そうとするが

 

 

「遅っせーよ、カス」

 

 

降魔が能力を切り替え、地面に触れる

地面の摩擦係数を0にする

チョークは地面との摩擦で削れた粉が地面に付着するから字が書けるのだ

ならば、地面の摩擦係数を無くせばいい

 

 

「っ!!??」

 

 

異変に気がついたが遅い

既に降魔は能力を切り替えている

 

轟!!!と降魔の背中に純白の翼が生える

 

 

「死ねよ」

 

 

無慈悲な一撃が叩き込まれる

複雑な軌道を描き、純白の羽がシェリーへ叩き込まれる

 

 

「ぐっ、かはぁ!!!!」

 

 

幾つもの打撃を受け、そのまま吹き飛ばされる

地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる

 

 

「これが化物ってモンだ」

 

 

電極を切り替え、ポケットから取り出した煙草に火をつける

 

 

驚愕だった

杖をつき、煙草をくわえている少年があっという間に敵を倒してしまった

弱々しく立ち上がり、少年の元へと向かう

 

 

「あ…の、ありがとうございました」

 

 

そう言って頭を下げる

すると少年は煙草の煙を吐き、

 

 

「お前は俺に勝てるか?」

 

 

いきなりそう言ってきた

勝てるはずがない

そう思い、ブンブンと首を横に振る

 

 

「そーか。なら俺より弱ぇお前は化物でも何でもねぇな」

 

「え?」

 

「あ?俺より弱ぇ癖に自分が化物だとでも思ってんのかよ」

 

「…いや、でも、」

 

「ったく、面倒くせーな。後はアイツにでも聞けよ」

 

 

そう言うと灰色の少年は歩いて行ってしまった

 

しばらくすると、複数の足音と共に見覚えのあるツンツン頭の少年がやってきた

あの少年が言っていた『アイツ』とは彼のことだったのか

 

少女は見えなくなってしまった少年にもう一度深く頭を下げる

 

勇気はもらった

意を決して少女は口を開く

 

 

 


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