「ぐ……」
呻いて、降魔向陽は目を開けた
目線の先には天井があり、どこか屋根のある場所で寝かされているようだった
とりあえず体を起こそうとしたが、何故か支えを失い、再びベッドに横になってしまった
ぐわんぐわん、と頭が揺れているようだった
しばらく動けそういないことを確認する
中途半端に回る頭でこれまでの出来事を思い出す
体晶を使い、神の右席の下方のテムラとかいう奴を倒したところまでは覚えている
しかし、その後のことをハッキリと覚えていない
「…夢、か?」
灰色の少女と会った気もするし、とある家族が崩壊していく様を見ていた気もする
自身の記憶に自信が持てなかった
そこまで考え、ボーッと天井を見る
しばらくすると部屋の扉が開かれ、2人の少女がやってきた
見覚えのある2人の少女はヴルド=レエとエルド=レエだった
2人は意識を取り戻している降魔を見て、一瞬だけポカンとし、駆け寄ってきた
「起きたのか」
「…あぁ」
彼女らに支えられ、ベッドの上で体を起こす
そこで気がついた
いや、思い出した
右腕がなくなっていることに
「……。」
右肩の少し下辺りから先がなくなっていた
別にショックを受けるほどのことではなかったが、実際に自分の体に一部が欠落していると流石に黙ってしまう
ステイル=マグヌスによって左手を灰にされた時よりも現実味がなかった
「…すまない」
「あ?」
しばらく黙っている降魔にヴルドが声をかける
しかし、その謝罪が何に対する謝罪なのかを理解することはできなかった
「私たち姉妹を救うためにお前の右腕はなくなった。私が回復魔術をかけた時が、お前の右腕だけは戻らなかった」
「…回復魔術」
また知らない言葉が出てきた
そこで降魔は右腕以外の怪我が完璧に治っていることに気がついた
電極のスイッチを切り替え、体にあるはずの毒素を調べる
しかし、体晶による毒素は発見できなかった
おそらくだが、その毒さえ回復魔術とやらで治療したのだろう
「状況は?」
「あの戦闘が終わってから2、3時間ほどお前は眠っていた。街中をエルドを狙うローマ正教徒がうろついているからあまり出歩けないが、ここはお前に指示されてた隠れ家の一つだ」
降魔は携帯を取り出し、学園都市と連絡を取る
そんな降魔の右肩を誰かが触る
この仕事の依頼人であるアレイスターと電話をしながら、ソチラを見る
傷口を触っていたのはエルドだった
何やら一生懸命に降魔の肩を撫でていた
アレイスターとの連絡も終わり、未だに少年の肩を撫で続けている少女を見る
「…何やってんだ」
「私の体もこうやってやると早く治るから…」
そう言って、作業を続行している
しかし、降魔の体に変化は一切ない
当たり前だ。自分の体だけではなく他人の体にまで干渉できるようになった肉体再生など即座に超能力者認定されるだろう
「少しは良くなったかな?」
不安そうな顔でエルドは降魔を見つめる
多分この少女は降魔の右腕がなくなったことを自分のせいとでも思っているのだろう
しかし、降魔はそんなことを一切思っていない
「…あぁ、ちっとばかしマシになったかもな」
降魔がそう言ってあげると少女はとても嬉しそうにし、どこかへ走って行った
彼女を見送り、降魔は煙草を取り出し、火をつける
そんな彼の左手を近くで見ていたヴルドが掴む
「改めて礼を言わして欲しい」
「あ?礼も謝罪もいらねぇよ。どうしてもしてぇんなら壁にでもしてろ」
「本当にありがとう」
しかし、そんな降魔の言葉など無視してヴルドは礼を言ってきた
「…いらねぇっつってんだろーが」
そう言って降魔は布団に包まってしまった
彼らを乗せて学園都市へ向かう飛行機が近場の空港に到着するまでまだ時間がある
時刻はもう少しでローマの時間で16時になるところである
この時間では日本との時差を考えても学校へは間に合わないだろう
遅刻するくらいなら休もう。そう決めた降魔はまぶたを閉じ、意識を手放した
◇◇◇
指定された時刻に指定された空港の滑走路へやってきた
降魔はもちろんだが、その後ろにいる2人の少女にも荷物はなかった
片腕を失って杖をつくのは思っていたよりも面倒くさいものだった
学園都市に帰ったら冥土帰しにまた義手を作ってもらわなくてはいけない
そんな考え事をしながら滑走路を進んでいくと、他の飛行機とは明らかに違うフォルムの飛行機があった
もちろん帰りも超音速旅客機だった
「あ?」
そしてその飛行機の前に見覚えのない人物が立っていた
暗部の下っ端操縦士ならば操縦席から降りずに、降魔たちが乗ってすぐに飛び立てるようにしているだろう
では、あれは誰だ?
「お仕事お疲れさんだにゃー」
ふざけた口調の金髪アロハサングラスの少年が降魔たちへ手を振りながら歩み寄ってきた
降魔は警戒を解かずに、ヴルド達を自分の背後に隠して相手を睨みつける
そんな超能力者の警戒を見て、金髪の少年はニヤリと笑い
「そんなに殺気だたなくても大丈夫ですぜい」
「正体もわかんねぇテメェに向けるモンなんざこれで丁度いいだろ」
「そんなつれない事言うなよ、降ちん?」
「あ?」
電極を切り替えようとすら思った
『降ちん』と彼を呼ぶのは今のところ1人だけだ
彼と同じクラスの青髪ピアスとかいうやつだけである
そんな細かな情報を持つ目の前の男を降魔は危険と判断した
だからここで始末しようと考える
しかし、そんな心配は杞憂だった
「クラスメイトとしてよろしく頼むぜい」
そう言って男はにやけながらそう言った
表情が固まる降魔の顔はさぞ愉快な顔をしていただろう
そして男はしてやったという顔で笑い飛ばす
降魔は舌打ちをして、警戒態勢をある程度は解く
「チッ!それで?素性のわからねぇ奴を信用するつもりはねぇぞ」
「お、それもそうだにゃー。俺は土御門元春。最近のブームは巫女服を着た義妹ちゃんだにゃー」
「そーか、死ね」
そう言って降魔は土御門に軽く悪態を吐きつつ飛行機へ乗り込む
その後ろをヴルド達がついてくる
彼女は後ろにいる土御門に視線を向けながら
「何だアレは。学園都市にはあんな奴がたくさんいるのか?」
「…あんな面倒なのが何人もいたら俺が学園都市を叩き潰してるわ」
下らない話をしながら歩く
機内に入り込み、降魔は適当な席に座る
エルドが何やら楽しそうに降魔の隣へ座り、降魔の目の前の席にヴルドが座る
飛行機自体が初めてなのだろうエルドはキョロキョロと周りを見渡している。ヴルドも表情には現れていないが、何だかそわそわしている
そんな彼女らを見て少し頬を緩ませる
そこで降魔とは通路を挟んで反対側の座席に土御門が座る
どうやら飛行機の操縦は彼ではないらしい
それならなぜ彼がこの飛行機に乗り、ここまでやってきたのだろう
アレイスターは何を思い、彼を自分に会わせたのだろうか
しばらく考え事をしていると、飛行機が動き出した
そして10分ほど時間が経つと、いつもの加速がやってきた
慣れている降魔や土御門は良いが、エルドとヴルドの顔は引きつって、絶望的な顔をしている
「…向こうへ着いてからのコイツらの生活は?」
「それについては安心しろ。俺が色々用意しておいた」
「そうか」
降魔の質問に先程までのおちゃらけた雰囲気ではなく、真剣味のある雰囲気で土御門は答える
その雰囲気に答えるように降魔もいつものやる気のない雰囲気から切り替える
「それで?テメェは何者だ。土御門元春」
降魔の部屋にいるであろう彼の家族や目の前でいつの間にか意識を失っているヴルド達の前では絶対に出さない暗部に住む怪物として土御門に質問をする
「………。」
土御門は何も答えずに黙っていた
コイツほどの男が降魔の雰囲気に呑まれたということはないだろう
「…クラスメイトって事で納得して欲しいんだが」
「あ?ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ。最近は守りてぇモンが増えちまってよ、余計な面倒ごとは潰しときてぇんだわ」
あのアレイスターがただのクラスメイトという理由だけで、この男を降魔の元に寄越すだろうか
それにこの土御門という男に降魔は違和感をおぼえていた
彼らのすぐそばにいるヴルドの格好はどう見てもオカルトすぎるのにも関わらず、土御門はその様子を疑問に思っているように見えないのである
おそらくだが、この男は魔術を知っている。降魔なんかとは比べ物にならないほど魔術の世界に浸かっている者だろう。そして、学園都市の暗部にも深く関わっているのだろう
土御門は未だに口を開こうとはしていなかった
そんな彼を降魔は睨みつける
「…勘違いしてんじゃねぇぞ。俺の能力さえあればテメェ如きの頭ん中を読むなんざ朝飯前だ。それでも俺がテメェに直接聞いてんのは信頼を作るためだ」
それは事実だった
降魔が本気を出せば土御門の頭の中を読むくらいいつでもできる
しかし、それをせずに互いの言葉でやりとりをしようというのは、降魔なりの信頼の作り方だ。嘘か本当かなど後でいくらでも確認できる。今はそれよりも目の前の男との信頼関係を作る方が先決だと判断した
「だから線を引けよ。俺がテメェの頭ん中調べるのは簡単だ。だけど、テメェもそれなりのモン抱えてんだろ?俺の能力を使っちまうと関係ねぇトコまで見ちまうぞ?」
「……わかった。話そう」
少し悩み抜いた末に土御門は口を開いた
やはり降魔の読み通りで目の前の男は魔術に精通している奴だった
それと同時に学園都市の暗部で活動する降魔と同じ闇の住人だ
科学と魔術の二重スパイが彼の正体だった
降魔は改めて目の前のアロハシャツの男を見る
「…テメェは俺に魔術に関する知恵を寄越せ。俺はテメェに俺という力を貸す」
「………、」
本来ならば降魔のような科学の結晶とも呼べる超能力者が魔術に関わることはよくないのだろう
科学と魔術のバランスが崩れ、全面戦争に発展する可能性すらある
しかし、それでも、降魔は知らなくてはいけない
魔術という未知を
体晶に頼らずとも魔術と張り合える力を得なければ『家族』を守れない
「本気か?」
「あぁ、アイツらを脅かす問題があるならどんな面倒ごとでも持ってこい。俺が必ず叩き潰してやるよ」
降魔は真っ直ぐ土御門を見る
そんな目で見られた土御門はため息を吐き、
「やれやれだぜい。降ちんの家族って愛されてるにゃー」
「ふん」
土御門は軽口を叩き、降魔は鼻で笑った
そして2人は左手でハイタッチをし、
「もしもの時は頼むぜい、第1位さん?」
「そりゃこっちの台詞だ、陰陽師野郎」
そう言い合って2人は笑みを浮かべた