意識を失い、倒れたリアは救急車に乗せられて病院に搬送されていった
この場所からならばいつもの病院に辿り着くだろう
救急車には美鼓達も乗車しているから少しは安心できる
降魔は空気を蹴り上げ、高速で移動していた
『……そのまま真っ直ぐだ』
携帯から聞こえるのはステイルの声だった
そこでようやく降魔は土御門から見せられていたオリアナの写真と同じ姿の女性を発見する
どうやら彼女はバスに乗り込むらしい
その少し手前には彼女を走って追いかける上条と土御門がいた
「クソっ!!あと少しだったのに」
あと少しのところで再び彼女を逃してしまった
一足遅れてやってきた土御門は、遠ざかるバスを眺めて
「なぁ、カミやん。ここからじゃよく見えなかったけどあのバスの中にオリアナ以外の客ははいたかにゃー?」
「そんなことどうだっていいだろ!!」
真剣味のない土御門にイライラした声を出す
すると土御門は
「カミやん。これは重要なことだ」
「…いなかった、ような気がする」
「気がする?」
「いなかったよ!!客も運転手も誰もいない!!」
「それなら安心だ。ステイル!!降魔ちん!!!」
土御門はその言葉を待ってましたと言わんばかりに、上条にではなく電話の先にいるステイルと降魔の名前を叫ぶ
「ステイル、オーダーだ。車体番号5154457だ」
反応は迅速だった
ゴン!!という爆発音と共にバスの車体側面から勢いよく火が噴き出る
バスは横転し、勢いを失わずに火ダルマとなった金属の塊は地面をゴロゴロと跳ね回った
「効果絶大…すぎたかにゃー?」
土御門は携帯を閉じながら困ったような苦笑を浮かべる
上条は目の前の光景を見て思わず絶句してしまう
確かにオリアナを止めることが目的だったがこれはその範囲に当てはまるのだろうか?
「お、おい!!早く助けないとアイツ本当に死ぬぞ!!!」
「俺もそうしたいのは山々なんだが、アイツは念には念を入れるタイプらしいぜい」
何が、と言おうと思った瞬間に、燃え上がるバスから再び轟音が響いた
その轟音が上条達に聞こえた時にはすでに真っ赤な金属の塊は勢いよく吹き飛び、反対側のビルに突っ込んでいた
アレでは仮に炎の中でなんとか生きながらえることができていても、凄まじい衝撃で体がボロボロになってしまうだろう
「ったく、俺に面倒ごとを持ち込むだけじゃ飽き足らずに家族にも手ぇ出しやがって」
燃え上がるバスの炎で煙草に火をつけ、煙を吐きながらこちらへ歩いてくる少年
「降魔!?おまっ!!なんてことしやがる!!」
「いや、カミやん。そう簡単にいかないらしい」
降魔の登場と土御門の言葉と同時
ギュルン!!燃え盛る爆炎が渦を巻いた
バスを覆っていた膨大な火力が周囲に散って、消える
炎を吹き飛ばしたのは水分を纏った風だった
その霧の風の中心には、1人の女
自らが生み出した水分によって、髪も、顔も、作業服も、へそも、その全てをうっすらと濡らしたオリアナ=トムソン
「うふふ。魔力を使い意思を通した炎ならともかく、ただの物理的な燃焼だけではお姉さんを熱くすることはできないわね。少し焦って濡らしちゃったけど…。見てみる?下着までびちゃびちゃだよ」
この期に及んで口から出たのは冗談だった
上条はその言葉に僅かに両目を細くした
彼の隣で首筋に手を当て、いつでも能力を発動できる状態の降魔は一瞬だけ眉間に皺を寄せた
「お前が仕掛けた術式で、全く関係ない人たちが倒れたんだぞ」
「この世に関係のない人間なんていないわ。その気になれば、人は誰とだって関係できるものよ?」
「なあ、おい」
オリアナと上条の会話に降魔が割って入る
いい加減にうんざりとしたようだった
お気に入りの銘柄に肺を預けてもその不快感は取り除けなかった
「くだらねぇ言い訳なら他所で言えや。テメェは関係のねぇ善人を勝手に巻き込んだんだよ。その時点でテメェの信念やら願いはチープすぎる」
「……」
「他人を勝手に踏み台にして果たされるモンが立派な訳がねぇ」
降魔は吸い終わった煙草を指で弾き、オリアナの方へ飛ばす
オリアナは少しだけ降魔を見て
「ふふ。別に言い訳をするつもりはないけど、あの子達を傷つけるつもりがなかったのは本当よ?お姉さんだって一般人を傷つけるのは躊躇うもの。こういうのと違って!!」
言って、オリアナは単語帳の1ページを口で破った
カキン、とグラスとグラスの縁をぶつけたような澄んだ音が響く
「が……ッ!!」
という声と共に土御門の体がくの字に折れ曲がった。脇腹を押さえる彼はガチガチと震えながらオリアナを睨みつける
「土御門!!」
それだけではなかった
先ほどまでいつも通りに立っていた降魔すらも頭を押さえながら蹲ってしまっていた
彼らを見たオリアナがクスクスと笑う
「あら。てっきり怪我を負っているのはあなたの方だと思っていたのだけどね。まぁそっちの彼を潰せたのは幸いかしら」
彼女の唇には単語帳の1ページがあった
「何だ?お前、何をした!?」
「再生と回復の象徴である火属性を青の字で打ち消しただけ。音を媒介に耳の穴から体内に潜り、一定以上の怪我を負った人間を昏倒させる術式よ」
土御門はオリアナの迎撃魔術によって怪我を負っており、降魔はインデックスとのいざこざの際に脳へ怪我を負い、それは今も残っている
「さっきの鈴の音が発動キーなのだけど、あなたはそれほどひどい怪我を負っていないみたいね」
上条が土御門の体を触るも何の効果もなかった
怪我をしている以上、この術式は永遠に発動し続ける
上条がオリアナを睨みつけると、カチッと何かが切り替わる音がした
そこからは早かった
先ほどまで頭を押さえながら蹲っていた降魔がスクッと立ち上がったのだ
「詫びて死ね、クソ痴女」
ッッダン!!!という音が上条の耳に遅れて届いた
降魔の目の前には驚愕の表情を浮かべるオリアナがいた
降魔が拳を振り上げたのとオリアナが単語帳の1ページを口で破ったのは同時だった
「チッ!!!」
力の波を感じ取った降魔が足元にかかるベクトルを操作する
直後、降魔とオリアナの間を遮るように厚さ50センチほどの氷の壁が出現する
氷の壁にもう1人の少年の拳がぶつかる
ガラスが砕けるような音ともに氷の壁が内側から砕ける
すでにオリアナは単語帳を口で破っている
風が勢いを増し、上条によって砕かれた氷の破片と共に上条へ襲いかかる
鋭い氷の破片が加わった風の刃は上条の肉体を切り裂こうとする
鋭い痛みが走る前に上条を灼熱の炎が包み込む
炎が風や氷の破片から上条の体を守る
スッと炎が引き、いつの間にか上条の隣には降魔が立っている
「…なんで立ってられるのか聞いてもいいかしら?」
オリアナはいまだに動く様子のない土御門をチラッとみる
「はンッ、テメェが言ったんだろ?さっきのアレは鈴の音をトリガーにしたモンだって」
降魔は拳銃のジェスチャーを作って、自分のこめかみに突きつける
「だったらそれを聞かなかったことにすりゃいいだけだ」
「な、にを」
「自分の記憶を弄る程度ができねぇとでも思ってたのか?」
『Model Case_MENTALOUT』学園都市が誇る精神系最強の能力を使い、自身の記憶からオリアナが言っていた術式のトリガーとなる鈴の音を聞いた記憶だけを消去したのだ
しかし、それも再びあの術式が放たれてしまえば状況は変わらなくなる
上条はそのことを理解し、隣にいる降魔の両耳を押さえる
「またアレが来たらお前倒れるんだぞ!?」
「あ?」
降魔はいつものやる気のなさそうな目で慌てる上条を見る
「やれるモンならやってみろよ」
それを聞いてオリアナは僅かに表情を歪ませた
「…確かにその子の言う通り、一度使った術式は何度も使えないわ」
「っつー訳だ、手を離せウゼェな」
ひっついていた上条を引き離す
それでもオリアナは2人の少年を見て余裕の笑みを浮かべる
そのまま厚紙を横に噛む
ページを破らずに噛む
「
彼女はそこで一度言葉を切って
「そこから動けば死ぬわよ」
一言で、そう宣言した
「死かギブアップか。子供じゃないんだからどっちを選んだらいいのかわかるでしょ?」
暗部で学園都市の裏側で命のやりとりを何度もしている降魔は動揺すらしなかった
しかし、何の変哲もない学生である上条は違うだろう
最悪の場合上条をこの死の範囲から吹き飛ばそう、そう考えている降魔の隣で上条が拳を握りしめていた
歯を食いしばり、前を見ている少年の顔を見て、降魔は自身の考えをすぐに捨てる
そして、何の躊躇もなく
2人の少年がその場から飛び出した
「この、お馬鹿さん達!!」
思わずオリアナは歯噛みしてしまう
地面から吹き出す無数のギロチンが上条と降魔へ襲いかかる
その先に待っている未来は、飛び散る鮮血と肉片だろう
が、
上条たちの体は切断されない
2人の少年はランダムに描かれた斬撃の集中が薄い場所を選び、突き進む
ふたりの少年の動きを注視していたはずのオリアナの視界が一瞬で変化する
そこは自身が設置した『明色の切断斧』の中。真空刃が蠢く危険地帯だった
「ッ!!??」
理解ができない
思考が追い付かなかった
オリアナは慌てて術式を解除し、自身の体が細切りになるのを防ぐ
そのまま視線を動かすと、先ほどまで自分が立っていた位置には灰色の少年が立っていた
降魔とオリアナの目があったのは1秒ほどだっただろう
しかし、オリアナはこちら見て笑う少年とたっぷり数十秒もの間目が合ったかのように錯覚した
あの少年が自分と場所を入れ替えたのだ
「しまっ…!?」
あの少年と位置が入れ替わったということは、
もう1人の少年がすぐ近くにいる
すでに上条は射程圏内に入っている
硬く握り込まれた右拳が、とぶ
「お」
上条は叫ぶように、肺に溜まった空気を全て吐き出し
「おおおおおおおおおおッ!!!!」
肉体の重さと速さを全て拳の一点に乗せて、オリアナの顔面の真ん中に突き刺した
ガゴギンッ!!と
壮絶な音と共にオリアナの体が後ろへ吹っ飛んだ
そのまま道路の上へと落下し、勢いを殺せずにゴロゴロと降魔の目の前まで転がっていく
降魔は電極を通常モードへ切り替え、目の前で横たわる女の髪を掴む
コイツ以外にも学園都市にちょっかい出している奴はもう1人いるはずなのだが、ソイツの情報が欲しい
手っ取り早く『心理掌握』で頭を覗けばいいのだが、それでは降魔の気が収まらない
ここから一番近いカーストの隠れ家で拷問でもしようかと考えていると
「何だ…こりゃ?」
上条の声が響いた
先ほどまでオリアナが持っていた看板のような物の前で携帯を持ちながら首を傾げていた
何か様子がおかしい
そう思い、目線だけではなく体ごと上条の方へ向ける
その時点で降魔向陽は2つの失敗を犯していた
1つは、オリアナの意識が完全に落ちているのか確認しなかったこと
もう1つは、意識を失っていないオリアナから完全に意識を上条へ移したこと
「ふふ。乱暴なんだから。ボタンが取れちゃった」
降魔は真後ろから聞こえた声に反応するように左手で電極を切り替えようとする
「それがあなたの弱点なのね」
その左手を後ろから誰かに掴まれた
降魔の手を掴んだのは起き上がっていたオリアナだった
能力が封じられ、身動きがあまり取れない降魔はすかさずに次の攻撃手段に移る。それは、胸のホルスターに収まっている黒光した拳銃だ
降魔は掴まれていない右手で拳銃を引き抜き、振り返りもしないで拳銃だけを後ろへ向ける
しかし、降魔が拳銃の引き金を引くよりも早く彼の背中に衝撃が走った
「がふ、ぶぅ」
次の瞬間には降魔の口から赤い液体が溢れ、彼の体が前のめりに倒れる
彼が持っていた拳銃が道路の上を滑る
そのまま道路には真っ赤な水たまりができ始めていた
「降魔!!?」
「それじゃあ、お姉さんは退散することにするわ」
そう言って笑みを浮かべるオリアナの靴にはナイフのような鋭利な物が仕込まれていたのだろう
靴のつま先の部分にくっついているナイフのようなものには真っ赤な血がベットリ付いていた
「それは一度そちらに預けておくわ。これでゲームが終わったなんて思わないように。燃えてくるのはこれからよん♡」
「待て!!土御門にかかっている術式は!?」
すでに建物の影に隠れ、姿が見えないオリアナに叫ぶ
どこへ行ったのかは検討もつかない
しかし、姿なき声だけが
「術式は20分くらいで切れるわよ。それじゃああの子にもよろしく言っておいてね」
それだけ答えて、全てが消えた
上条は歯を食いしばりながらオリアナが消えて行った方を睨みつける