大覇星祭も終わり、降魔はいつもの病室で寝転びながら本を読んでいた
学園都市の命運をかけた魔術戦、恋査との戦闘、科学の街での騒動に巻き込まれて負傷を重ねていた降魔は大人しく療養していた
普段ならばこの病室ももっと喧しいのだが、今は落ち着いた雰囲気を保っている
同居人である少女らがいないのだ
美鼓とリアは退院の許可が出て、クラスメイトとの打ち上げへ向かっている
ヴルドは修道女としての仕事があるらしい
エルドは誰に似たのか勉強が少々お粗末らしく、涙目になりながら補修へ行った
たまにはこれくらい静かなのも悪くないだろう
そう思いながら降魔は本のページを捲る
開けた窓からちょうど良い風が入り、降魔の頬を撫でる
pipipipipi!!!と降魔の携帯が鳴る
文章から目を離し、携帯へ視線を向ける
ディスプレイに表示されていたのは知らない番号だった
降魔は面倒に思いつつ、通話開始のボタンを押す
「…何のようだ」
『これはこれは手厳しいですね。もしかして寝ていましたか?』
電話をかけてきたのは丁寧な話し方の女だった
降魔向陽が所属する暗部組織『カースト』の指示役の女だ
こいつはよほど用意周到な性格なのか毎回かかってくる番号を変えてくる
「テメェと話すくらいなら寝てた方がマシだったかもな」
『電話に出てくれたことに感謝します。用件なのですが、以前言っていた『カースト』の新しい構成員のことです』
確かにそんな話があった気がする
現在『カースト』は下部組織はあれど、様々な仕事は降魔1人でやっている
そこに新しい構成員が追加されるというのだ
「あぁ、あったなそんな話。どーでも良すぎて忘れてたわ」
『思い出していただけましたか?それで急な話で申し訳ないのですが、今日の午後に顔合わせをお願いしたいのです』
「あ?」
『では、今日の午後にはポイントDの12にお願いしますね』
それだけ言って電話は切れた
降魔は盛大に舌打ちをし、乱暴に杖と煙草を取る
時刻は午前11時50分だ。あと少しで午後になってしまう
「…クソが」
別に遅れたって何の問題もないと降魔は思っている
しかし、こんな面倒くさいことは早く終わらしてしまうに限る
早めにゴミみたいな用事を終わらして本の続きを読もう
降魔は眉間に皺を寄せながら病室を出ていく
◇◇◇
ポイントDの12と呼ばれる『カースト』の隠れ家へとやってきた
ここはマンションの一室だ
当然この隣には表の世界の住人が住んでおり、普通に生活している
降魔はノックもせずに扉を開け、隠れ家の中へと入っていく
リビングまで行くとどこのメーカーだかわからないソファに腰掛ける少女がいた
黒と白が混ざり合っている髪色のショートカット、年齢は降魔よりも少し上だろうか
少女は降魔の姿に気付くと、ソファから立ち上がってこちらをジッと見てきた
そんな少女の視線を無視し、降魔は1人掛けの椅子に座り、足を机の上に置く
そのまま煙草を咥えて、火をつける
「…テメェがどこのゴミ屑か知らねぇが、俺はテメェの世話するつもりは微塵もねぇよ」
「……」
そう言い終わると降魔は気持ちよさそうに煙草の煙を吐いた
降魔は基本的に人という生き物を信じない
特に暗部にいるような奴らを信頼するなど絶対と言っていいほどありえない
別に目の前にいる少女が勝手に死のうが降魔の心は微塵も痛まない
そこからしばらく静寂の時間が続いた
既に降魔の煙草は3本目へ突入している
「…私は何をすればいい」
沈黙を破ったのは少女の方だった
スパスパと煙草を吸い続ける降魔を見ながらそんなことを言う
「あ?」
先ほどからの立ち振る舞いや今の話し方からしてそれなりのお嬢様だったのだろうか
そんな彼女がどうして暗部という肥溜めに落ちてきたのかなど降魔は一切興味がない
「この組織のリーダーは俺だ。とりあえずは俺の指示に従え」
「…わかった」
降魔はそれだけ言うと、立ち上がる
用件は終わり、さっさと帰ろうとする
そんな彼の携帯が再び鳴る
ディスプレイにはさっきとは違う番号が表示されていた
「…何のようだ。顔合わせなら終わったぞ」
『そうですか。それではお仕事をお願いしたいです』
「あ?仕事だと?」
『えぇ、新入りが使えるか不安なあなたのために手頃な仕事を受けましたよ』
「…面倒ごとを増やすんじゃねぇよカスが」
『手厳しいですね。では詳しい指示はメールにて』
電話が切れると同時に降魔の携帯にメールが届く
仕事の内容は、学園都市で売春の斡旋を行っているスキルアウトの殲滅
降魔1人ならばこの程度の仕事はすぐに終わらせる
しかし、上からのオーダーは目の前の少女の戦力を確認すること
降魔は煙草を灰皿に押し付ける
「仕事だ」
それだけ言って降魔はマンションの一室から出ていく
少女は杖をつきながら歩く少年の後ろをついていく
マンションから出るとどこにでもあるような大型車が停まっていた
降魔はその車に乗り込む。少女もその後に続く
この車と運転手は『カースト』の下部組織のものだ
降魔は一番後ろの座席に座ると窓を開けて煙草に火をつけた
煙を窓の外へ吐きながら降魔は自分の斜め前に座っている少女の顔を見る
何故だかはわからないが、少女の顔を見ていると何とも言えない懐かしさと理由のわからない苛立ちが湧き上がる
そんな思いを振り払うように煙を肺に入れる
目的地までの移動は30分くらいかかった
移動中の車内は会話は一切なく、重苦しい雰囲気が漂っていた
「では、指定されている時間にお迎えに参ります」
目的地に着くと、車の運転手が降魔にそう告げる
降魔は適当に返事をして車から降りる
降魔達がやってきたのはいかにも不良がいますよ。という雰囲気の路地裏だった
路地裏の入り口には無数の鉄杭が地面に打ち込まれていた
錆びた鉄の杭は長さ10センチから30センチとバラバラだ
鉄の草むらのようにびっしりと打ち込まれている鉄の杭を見て降魔は鼻で笑う
(…警備ロボ対策か)
学園都市を徘徊するドラム型の警備ロボットは多少の段差ならば乗り越えられるよう設計されている
しかし、このような意図的なバリケードを作られると侵入できなくなる
煙草に火をつけながら呆れた目で地面を見る降魔とは対照的に少女は視線を上へ向けている
そこにはビルとビルの間にビニールシートが張られていた
それは学園都市の人工衛星からの監視を逃れるためのものだ
少年と少女が路地裏へ踏み込むと、空気が変化した
いつもの日常からいつものが通じない非日常へと切り替わった
警備ロボットも人工衛星の監視も届かない正真正銘の無法地帯
助けがないことが当たり前の世界
「…行くぞ」
降魔はそう言って路地裏を進んでいく
情報によると、目標のスキルアウト共はこの先にある廃墟を根城にしているらしい
降魔は道の途中で立ち止まり、壁に寄りかかる
「…今回の仕事はテメェの能力テストも兼ねてる。このクソみたいな組織に入ったからには自分の価値を俺に見せろ」
「わかった」
「つーわけで、俺はテメェの後ろをついていく。例えテメェが死にそうになっても俺は手を出さねぇ」
そう言うと少女は降魔の前を歩き始めた
その後ろで降魔は杖をついていない方の手を首筋に軽く当てる
まるで関節の調子を確かめるような仕草だが、そこにあったのはチョーカー型の電極だ
ざわり、と複数の人の気配が浮き上がる
路地の奥から、ビルの窓から、僅かな物陰から、拳銃やボウガンなどの照準が20以上集められる
恐らく降魔達がこの路地裏の入り口にいた時から捕捉されていたのだろう
そして、その引き金を引くことに彼らは躊躇しない
ズダダダダッッ!!!!中にはライフルのようなものまで混じっているのか、野太い連続した音が鳴り響く
地面に、壁に、窓に、至る所に当たった銃弾のせいで降魔達がいたところは砂埃で覆われる
射撃はたっぷり30秒以上は続いた
これでは人間の脆い肉体などボロボロになり、ただの肉の塊になっているだろう
「へぇ、それがテメェの能力か」
土煙の中で声が聞こえた
それが誰の声かなど確認する必要もない
煙が晴れ、その声の主が姿を現す
銃弾は一発も当たっていなかった
全ての銃弾は見えない力で空中に静止していた
降魔は少女のAIM拡散力場を確認しながら、冷静に能力を分析する
「…処理しろ」
降魔がそう呟く
言葉の意味の通りにここら辺にいるスキルアウトの連中を殺せという指示だった
しかし、少女はいつまで経っても動かない
降魔も疑問に思い、少女の方へ視線を向ける
その隙を見逃さなかったスキルアウト達は一目散に路地裏の奥へと走っていった
恐らく装備と人数を増やしに行ったのだろう
「オイ」
降魔が後ろから声をかけると、少女の体がビクンと震えた
そして、彼らを囲って空中に静止していた無数の銃弾が一気に落下する
耳障りな金属音が連続して響き、その直後には静寂が場を包む
降魔はため息を吐き、少女の首を掴む
そのまま近くのビルの壁に押し当てる
「良いかゴミ屑、テメェがどんな理由でここへ堕ちてきたのかなんざ知らねぇが、ここでの絶対のルールを教えてやる」
降魔も本気で彼女の首を絞めれば、もうすでに意識はないだろう
意識を失うか失わないか絶妙なラインで降魔は首を締め上げる
「面倒ごとを増やすな」
まだ闇に染まりきっていない少女の瞳とドス黒い闇に染まった少年の瞳が合う
「…テメェが使えるって、俺にとって価値があるモノって俺に見せろ」
「…」
「次はねぇぞ」
そう言って降魔は手を離す
咳き込みながら降魔を見上げる
「行け」
降魔は電極を切り替え、冷酷に指示を出す
少女は降魔の指示に従い、ゆっくりとした動きで先へ進む
しばらく進むと奴らが拠点にしていると思われる廃墟が見えてきた
スキルアウトとぶつかったのは最初だけだ
恐らく撤退の準備をし終わってどこかへ逃げたのだろう
奴らだって拠点がここしかないわけではないだろう。別の拠点へ移動し、今まで通りの生活をする
少女はこれで仕事が終わると少し安堵しているようだった
しかし、降魔だけは目標を補足し続けていた
一瞬で懐のホルスターから拳銃を抜き、降魔の右斜め後ろの窓ガラスへ向けて発砲した
窓ガラスが割れ、中から男の短い悲鳴と呻き声が聞こえる
そのまま降魔は連続して引き金を引いていく
彼が狙った場所は全て降魔達の死角から彼らを攻撃する隙を窺っていたスキルアウトが潜んでいる場所だった
悲鳴が連続で響き渡る
それが2回目の戦闘の合図になった
廃墟の方からゾロゾロとスキルアウト達が出てくる
数は数十人
視界の端でその数を数えながら、降魔は電極へ手をかける
「チッ、面倒くせぇな」
数で押し潰すつもりなのだろう
ここにいる連中で降魔と少女を潰せれば良し。潰せなくともスキルアウトのリーダーが逃げる時間を稼ぐ
いかにも雑魚共の考えそうなことだ
少女の方もすでに能力を使い、すでに数人を戦闘不能にしている
だが、よく見ると戦闘不能になっている奴らは殺されておらず、意識がないだけだ
(まぁ、及第点ってトコか)
闇に染まりきっていない彼女には次がある
降魔の命令を聞き、敵を戦闘不能にできた
それだけできれば大丈夫だろう
降魔は電極を弾き、能力を解放させる
演算を瞬時に終わり、能力を発動する
先ほどまで少年の近くでスキルアウト達の動きを止め、壁や地面にぶつけて意識を奪っていた少女の姿が一瞬で消える
すでにスキルアウトのリーダーの位置は掴んでいた
別に自分が言っても良かったのだが、これは一応テストだ
テストには結果というものが必要なのである
少女をスキルアウトの場所まで移動させた降魔は薄く笑い
「女を食いもんにしてやがるテメェらには女の気持ちを理解させてやらなきゃいけねぇな」
別に殺す必要はない
しかし、逃がせば次に被害に遭うのは降魔の知り合いかもしれないし降魔の家族かもしれない
警備員に引き渡すなんて甘っちょろい真似はしない
「テメェら全員のキン○マ叩き潰してやるよ」
死刑宣告があった
◇◇◇
一瞬にして景色が切り替わった
先ほどまで自分の所属する組織のリーダーの少年と路地裏でスキルアウトと戦闘を行っていたはずだ
しかし、今はどこかの建物の中
そして目の前には数人の男
少女は一瞬で状況を把握する
この場所まで移動させたのはあの少年の能力か
目の前にいる男達の誰かがスキルアウトのリーダーだろう
「なっ!?テメェ今どこから来やがった!!」
「……」
男の1人が吠える
何もない空間から突如として見知らぬ少女が出てきたのだ、それは当然の反応だろう
少女は何も言わずに冷静に男達を観察する
その中で1人の男と目が合った
ゾクっと背筋を何か冷たいものが走り抜けた
「おいおいお嬢ちゃんよ。どこの誰だか知らねーけど、俺らが誰だか分かっててここに来てんだよな?」
「……、」
スキルアウトのリーダーは部下から学園都市第1位の少年がここを襲撃しに来たという報告を聞いた時は焦ったが、どうやら奴は自分の部下をここへ向かわせたらしい
来たのが第1位の少年でなければいくらでもやりようはある
今まで能力に頼りきった馬鹿な女共を何人も屈服させてきた
目の前にいる少女の能力やレベルはわからないが、関係ない
(その生意気なツラに一発ぶち込んで、絶望に染め上げてやんよ)
男はニヤリ、と気味の悪い笑みを浮かべる
その悪意に反応するように少女は能力を発動させる
イメージは男達を縄で縛る感じだ
身動きを取れなくして、降魔向陽に引き渡す
能力は正確に男達を拘束し、男達は簡単に地面へ転がる
それを見た少女は一息つく
初めての暗部の仕事だったが、何とか終えることができた
あとは降魔向陽がこの場所に来れば初仕事は終了だ
彼女は知らなかった学園都市の闇が関わる場所で油断などしてはいけないという暗部の常識を
そして、彼女の後ろにもスキルアウトが待機しており、彼女に気づかれないように接近していたことを
ゴッ、という鈍い音が響いた
それが自分の頭部からしたのだと気づくのに数秒はかかった
気がついた時には世界が回転していた
(ま、ずい…。演算、が)
鉄パイプのようなもので頭を殴られたのか
男達を拘束していた能力を保持するための演算に乱れが生じる
その乱れはやがて修復不可能なまでに膨らみ、能力が解除されてしまう
頭が切れたのか。額を生暖かい液体が伝う
地面に四つん這いになりながら必死に演算を組み立てる
しかし、初めての激痛と男達の前で無防備になてしまっている恐怖で思うように体と脳は動かない
「けひ、ひひひひ。その顔だよ、俺が見たかったのは」
先ほど拘束したはずの男が顔を覗き込んでくる
「…適当に痛めつけとけ」
男がそういうと他の男達が少女を取り囲む
そこからは早かった
悲鳴や助けを呼ぶ暇は一切なかった
少女の全身に男達の足や拳がめり込む
亀のように蹲ることしかできなかった
それでも絶望的な暴力は、そんなの関係ないと言わんばかりに続く
助けを呼ぼうにもここには自分1人だ
あの少年ならば来てくれるだろうか
いや、あの少年は自分を嫌っている。自分を助けてくれる可能性はゼロだ
「おーい。顔はあんまし傷つけんなよ。一応は売り物なんだからな」
あの少年は言っていた
このスキルアウト達は売春の斡旋をしていると
自分も売り物として売られるのだろうか
訳が分からなかった
外を普通に歩いているような普通の女の子になりたかった
ないとわかっているはずの自由に縋りつきたかった
一際強く男の蹴りが炸裂する
勢いを殺し切れずに汚い地面を転がる
そこで彼女は目撃する
来るはずがないと思っていた少年の姿、学園都市同率第1位降魔向陽の姿を
藁にも縋る思いだった
今にも消えそうな瞳で少年を見ながら掠れた声を出す
「た、すけ…て」
「……、」
それを聞いた少年は黙って少女に近づく
そして先ほどまでとは圧倒的に違う目で少女を見る
そして
そして、
そして、、
「…わかった。お前は必ず還してやる」
安心感のある声でそう答えた