とある科学の幻想操作   作:モンステラ

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開戦前の日常

9月30日に負った怪我が原因で降魔向陽は病院に運び込まれていた

ある程度の処置も終わり、意識が回復した降魔はゆっくりと起き上がって周りを見渡す

どうやらいつもの第7学区の病院ではないようだ

雰囲気からして『裏』だろう

降魔が所属する暗部組織の病院か

 

 

(まぁ、あんな事しでかしてどんな顔して会えばいいかわかんねぇしちょうどよかったかもな)

 

 

あんな事というのは上方のセレナという少女との戦闘の際に怒りで我を忘れて大事な家族であるリアを傷つけてしまった

メールで彼女の命が無事なことは知っていたが、それでも自分がしたことは変わらない

 

彼女らに会いたくないと思う最大の理由があった

俺が原因で彼女らに拒絶されてしまったら、という考えが頭をよぎっていた

そんなことはないとネガティブな考えを消し去ろうとするが、降魔向陽の中に巣食う暗い過去がそれを許さなかった

 

 

「クソったれが!!」

 

 

苛立ちを解消するように降魔は壁に拳を叩きつける

 

 

◇◇◇

 

『0930』事件から3日が経った

降魔は学校や家には一切近寄らずに『カースト』の所持する射撃訓練場にいた

彼はストレスが溜まった時などここで射撃をしている

 

メールや電話などを見るのが怖いから携帯はほとんど見ていない

仕事用の携帯には何故か土御門から『始まるぞ』という短いメールが届いていた

リアのこと、セレナのこと、科学と魔術の戦争のこと

やらなくちゃいけないことが多すぎる

 

 

(あの野郎だけは絶対に俺の手でぶちのめしてやる)

 

 

あの日、セレナとの戦闘が終わった後に現れた謎の男

ヴェントとセレナの2人を回収したことからあの男も『神の右席』の一員ということだろう

ベクトル操作やその他の強力な能力の使用制限があったとはいえ空間移動で背後を一瞬で取った降魔に一撃を入れた

『神の右席』の中でもかなりの実力者だろう

テムラやセレナとは比べ物にならないほどに

 

最後の一発を一番遠い場所にある人形の的の急所を打ち抜き、銃弾を装填する

 

 

「飽きたな」

 

 

煙草を取り出して火をつける

そのまま手に持っていた拳銃を入り口に向ける

 

 

「…何の用だ」

 

 

低い声で威嚇する

すると、入り口の方から黒と白が混じり合った少女が射撃訓練場へ入ってきた

名前は知らないが一応『カースト』のメンバー

少し前に上層部の命令で加入した少女だ

 

 

「別に用はない。あなたがここに長居するのが珍しいから見に来ただけ」

 

「あっそ」

 

 

少女は射撃訓練場のソファに散乱している降魔の着替えやタオルケットを見ながら言った

どうやら少年はこの場所で寝泊まりしているようだ

彼の物を端に寄せ、会いたソファのスペースに腰掛ける

 

降魔の方は銃をホルスターに収め、呑気に煙草を吸い続けている

しばらく互いに無言の状態が続く

 

 

「おや、あなたがここに入り浸るなんて珍しいですね」

 

 

その沈黙を破りながら射撃場に入ってきたのは、黒一色の服装に頭部全てを覆うのっぺりとした仮面

体つきと声で女性であることはすぐにわかった

この状況とこの場所で降魔という人物に話しかけてくるやつなど限られている

 

 

「テメェまでこんなところに来て何の用だ」

 

 

降魔は吸い終わった煙草を適当に捨てながら『電話の女』を睨みつける

暗部組織には電話で指示をする奴らがいる

それは降魔の所属する『カースト』も例外ではない

 

だが、通常この手の『電話の声』達は電話で指示するだけで接触はしてこない

相手は現場で命のやり取りを繰り返すような異常者たちだ

下手に接触して自分の命が狙われてしまっては意味がないとでも考えているのだから

事実接触はあまりしていないとはいえ降魔の周りを巻き込んだ『電話の男』は降魔の手によって殺されている

 

だからこいつらが暗部組織の構成員に接触していいことなど全くない

 

 

「いえ、今回あなたが引き起こした一連の騒動と学園都市が被った損害についてお話があります」

 

「……、」

 

 

話が長くなりそうだ

降魔は煙草を取り出して火をつける

 

 

「建物や施設に関する物理的損害と『猟犬部隊』の欠損人員の治療と補償、民間人に対する情報操作の費用…。それらを全て合わせますとざっと8兆円ほどになります」

 

「はン、借金が返せるまで永劫に働けってか?」

 

「まぁ正確に言うとあなたと一方通行の2人に請求しています」

 

「チッ、面倒くせぇなオイ」

 

「そう言われましても、面倒ごとを引き起こしたのはあなた方ですから」

 

「あ?」

 

 

降魔は薄気味悪い笑みを浮かべたまま『電話の女』に近づく

そしてその仮面を鷲掴みにしながら言った

 

 

「そもそも、だ。テメェらが打ち止めを狙わなけりゃアイツが暴れることもなかっただろうよ。それに…」

 

 

学園都市の上層部と繋がっている目の前の女の仮面を掴み、その手に力を入れる

 

 

「そもそも、テメェらが俺の家族を引き裂かなけりゃこんな結末にはなってねぇだろうが」

 

「……、」

 

「発言には気をつけろよゴミクズ。テメェらが飼ってんのが猫や犬みてぇな可愛いモンだと思ってんのか?よく見ろよ、テメェらが飼ってるのはテメェらの喉元をいつでも食いちぎれる牙を持ってる怪物だぞ」

 

「離していただけますか?」

 

 

降魔は舌打ちをして『電話の女』の仮面から手を離す

 

 

「…用が終わったんならさっさと失せろ」

 

「それでは失礼します」

 

 

そう言うと『電話の女』は射撃場から出て行った

すぐさま古い煙草を消して新しい煙草に火をつける

 

おそらく学園都市上層部が一方通行を処分することはあり得ないだろう

降魔がいる学園都市の闇に堕ちてくるはずだ

それにローマ正教との戦争の準備をしている学園都市内部で暗部の動きが活発になってきている

それぞれの思惑が何だろうと近々に暗部同士の大規模な激突があるだろう

 

 

「オイ、そこに立て」

 

 

降魔はソファに座っていた少女へ顎で場所を指しながら言う

少女は降魔の指示に従って降魔の隣のレーンに立つ

 

それを確認した降魔が適当な銃を渡して、機械を弄る

 

 

『演習ナンバー21を開始します』

 

 

機械音声と共に的が動き始める

 

 

「撃て」

 

 

降魔が短くそう言うと少女が引き金を引く

パン!パン!!パン!!と連続で射撃音が炸裂する

降魔がいない間にも何度もここへ来て射撃の練習をしているのだろう、それなりに的を正確に撃ち抜いていく

 

学園都市にある暗部組織が激突する日がやってくる

それには降魔はもちろんこの少女も駆り出されるだろう

その戦いで生き抜くための術を与えておく

勝つためではなく、生きるためだ

 

敵にこの組織の情報を売ろうが、降魔を裏切ろうが関係はない

生き残れる可能性がるのならばどんなことでもやらせる

 

 

(まぁ、俺とこいつの間には何もねぇしな。いざって時には情報やらを売ってでも生き残ろうとするだろうな)

 

 

別にこの組織にある情報などくれてやってもいい

『カースト』が壊滅しようが別にどうでもいい

 

 

「照準に集中しすぎんな。視界の端の動きまで全体を見ろ」

 

「…わかった」

 

 

ただ、この少女は表の世界に帰すと決めてある

それまで死なせるわけにはいかない

幸いなことに時間はたっぷりとある

暗部での生き方を彼女に叩き込もう

 

そう考え、少女の射撃の訓練に付き合う

 

 

◇◇◇

 

 

「…帰ってきませんね」

 

 

降魔向陽の部屋で呟いたのは美鼓だった

彼が姿を消してから既に3日経っている

今まで彼が数日の間帰ってこないことはと度々あった

その際は必ず美鼓やリアに連絡があり、メールや電話でのやりとりもたくさんあった

 

だが、今回は今までとは違う

事前に連絡は一切なし、自分やリアの口座にそれなりのお金が振り込まれていることから生きてくれてるんだろう

 

 

「先日の集団昏睡事件から一切連絡がつかないな」

 

「何かあったのかな」

 

 

美鼓の呟きに反応したのはヴルドとエルドだった

本来ならもう1人少女がいるはずなのだが、今は入院している

怪我の原因は本人が話していないからわからないが、病院に運んだのは降魔だという

 

 

「お仕事が忙しいのかな」

 

「…仕事、ですか」

 

 

彼が学園都市の裏で動いているのを知っているのは美鼓だけだ

リア達は彼の仕事がどんなものかわかってないだろう

御坂美琴のクローンとして学園都市が企てた残虐非道な実験に参加していた彼女はこの街にとんでもない『裏』があることを理解している

彼は今もその裏の世界で表の世界の日常を守っているのだろう

 

 

「あ!じゃあさ、日頃のお礼に向陽さんのプレゼントを用意しようよ」

 

「ふむ、プレゼントか。それはいいかもな」

 

 

エルドの提案にヴルドも乗っかる

確かにいつもお世話になってる彼にプレゼントを用意するのはいい案だ

そうなると問題は、

 

 

「何を用意するかですね、と美鼓はプレゼントを考えます」

 

 

彼は学園都市に8人しかいない超能力者の第1位だ

学園都市から貰える奨学金はかなりの額になる

そんな彼に何をプレゼントすればいいのだろうか

 

 

「とりあえず、予算がどれくらいあるかだな」

 

 

ヴルドの言葉にエルドと美鼓は頷いてそれぞれの部屋に行ってお財布やら貯金箱を持ってきた

基本的に降魔家はお小遣い制度だ

もちろん家賃や食費などは別だが

月の始めに降魔向陽からリア、美鼓、エルドへそれぞれお小遣いが渡される。ヴルドは一応働いているのでお小遣いはない

今月はまだ降魔が帰ってきていないため、小遣いは支給されていない

 

それぞれが机の上に己の所持するお金を並べる

 

美鼓とエルドが五千円ずつの合計一万円

ヴルドは、千円札一枚

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

エルドが一応社会人である姉を見る

そんな妹の視線に気づいたヴルドは

 

 

「ち、違うんだ!!決して無駄遣いをしたわけじゃないぞ!!これは…あ、あれだ!!学園都市の食べ物が美味しすぎるせいだ!!」

 

「修道女であるあなたが食べ物に執着するのですか、と美鼓はヴルドを冷めた目で見ます」

 

「ぶふっ、美鼓殿!?そんな目で見ないでくれ!!」

 

 

ギャーギャー騒ぐヴルドを放っておき美鼓とエルドは机の上にあるお金を見ながら考える

リアにこの話をしていないがきっと彼女もこの計画に協力してくれるだろう

そうなると予算は一万ちょっとになる

 

 

「とりあえず出かけるぞ!!」

 

 

いつの間にか復活していたヴルドが言い放つ

2人は外出の準備をし始める

 

 

 

 

 

3人は電車やバスを乗り継ぎ彼らが過ごす第7学区の隣にある第15学区までやってきていた

第15学区は学園都市最大の繁華街であり、多種多様な店が並んでいる

 

ここへくる前に第7学区にあるいつもの病院に寄り、リアへ今回の計画を説明した

彼女はそれを快諾してくれて、彼女のお小遣いである六千円をありがたく頂いた

これで予算は17,000円になった

 

 

「とりあえずやって来たはいいものの何を買いましょうか、と初めてきた第15学区に心を躍らせます」

 

「うーむ、アイツの趣味とかから考えるのはどうだろうか」

 

「なるほど、流石お姉ちゃん」

 

 

流石は最年長のヴルドだ

プレンゼント選びの基本を抑えている

 

しかし彼の趣味は、ネットサーフィンだ

それは今彼が持っているパソコンでできてしまっている

それ以外の趣味は多分ないだろう

 

3人で悩みながら街を歩く

そんな彼女らの前にある物が現れた

それは、喫煙所だった

 

 

「「「あっ!!!」」」

 

 

3人同時に閃いた

彼はいつも煙草を吸っているではないか

 

 

「しかし、私たちだけではタバコは買えませんね、と美鼓は至極当たり前の事実を述べます」

 

「そうだな。それならライターとかどうだろうか」

 

 

なるほどそれは確かいい案だろう

彼いつも煙草を吸う時に使っているのはコンビニで買えるような使い捨てのライターだ

ライターならば自分たちだけでも買えて、彼にも喜んでもらえるだろう

 

 

「そうですね、そうと決まればお店へ行きましょう、と美鼓はお目当てのお店へ向かいます」

 

 

 

と、元気一杯でライターなどを扱ってるお店に来たのだが…

 

 

「い、意外に高いんですね、と美鼓は値段を見て驚愕します」

 

「そ、そうだな。正直舐めていた」

 

 

彼女らが眺めているのはZippoと呼ばれるオイルライターの一種だ

学園都市で喫煙をする人間は限られている

そんなんだから値段が高くても欲しい人は買うのだ

 

彼女らが降魔にプレゼントしようとしているZippoはシンプルな銀色のものだ

しかし、彼女らはコレにあるオプションをつけたかった

 

『あなたの好きな文字や柄を刻んで世界に一つだけのZippoを作ろう』

 

という物があったのだ

せっかくなら世界に一つしかないオリジナルの物を彼にプレゼントしたい

だが、そのオプションをつけると彼女らが用意した予算を少しオーバーしてしまう

 

仕方がないので他のものにしようか、と3人で悩んでいると、美鼓は店の外にある人物を発見した

エルドとヴルドに気づかれないように店を出て、その人物の元へ駆け寄る

その人物は、

 

 

「お姉さま」

 

 

美鼓がそう呼ぶと常盤台の制服に身を包んだ少女は振り返った

自分とほとんど同じ顔の少女。違うのは髪の長さくらいだろうか

 

 

「アンタこんなところで何やってんのよ」

 

 

美鼓がお姉さまと呼んだのは学園都市が誇る超能力者の第3位『超電磁砲』の異名を持つ御坂美琴だった

御坂は大して驚きもせずに美鼓を見るが、そこであることに気づいた

 

 

「あれ?アンタ達っていつも常盤台の制服着てなかった?」

 

「学園都市にいる妹達は研究機関から支給される服を着ていますが、私は降魔向陽に買っていただいた服を着用しています」

 

「あぁ、アンタがアイツの言ってた子ね」

 

 

絶対能力進化実験のレポートに書いてあった妹達が彼女なのだろう

美鼓と御坂が会って直接話すのはこれが初めてだったが、お互い降魔を通じて状況などは知っていた

 

 

「それで、アンタは何してるのよ」

 

「今日はみんなで降魔向陽へのプレゼントを買いにきました、と美鼓はお姉さま説明します」

 

「アイツの?」

 

「はい」

 

「へぇ、いいじゃないの。で、何を買うのか決めたの?」

 

「あの人が煙草を吸う時に使うのが使い捨てのライターなので、私達とあの人の名前が彫られたZippoをプレゼントしようと考えてます、と美鼓は最高のアイデアを披露します」

 

「確かにアイツいっつも使い捨てのライターだったわね」

 

「ですが、私達が用意していた予算を少しオーバーしてしまったので、お姉さまに声をかけに来たというわけです」

 

「は?」

 

 

固まった表情の御坂に美鼓は話を続ける

 

 

「ですからお姉さまに少しだけお金を借りたいのです、と美鼓は姉であるお姉さまにお願いしてみます」

 

「はぁー、ったく…」

 

 

ペコリと頭を下げる美鼓を見て御坂はため息を吐きながら財布を取り出す

 

 

「幾らくらい足りないの?」

 

「…五千円ほどです、と美鼓は金額を告げます」

 

「はい、これ使いなさい。余ったらアンタらでパフェでも食べなさい」

 

 

そう言うと御坂は財布から一万円を取り出し、美鼓へ渡す

美鼓はそれを嬉しそうに受け取る

 

 

「ありがとうございます。お姉さま」

 

「いいのよ、アンタも私の妹なんだから。あ、別にお金は返さなくても大丈夫よ」

 

 

御坂も嬉しそうに笑顔を向ける

 

 

「っていうかアイツからお小遣いしっかり貰ってるの?」

 

「はい」

 

「うん、じゃあいいんだけど、貰えなくなったしっかり私に言いなさいね。アイツに言っとくから」

 

「わかりました。ありがとうございました、と美鼓はお姉さまにしっかりとお礼を述べます」

 

 

それを聞いた御坂はそのまま歩いて行ってしまった

 

 

 

 

 

「あっ!いたよお姉ちゃん」

 

 

再び店に行くと、エルドがそんなことを言った

どうやら彼女たちは自分のことを探していたようだ

 

 

「どこに行ってたんだ?」

 

「はい、今外に私たちの姉がいたのでお金を借りていました」

 

 

そう言って美鼓は先ほど御坂からもらった一万円を取り出す

それを見たエルドとヴルドは顔を見合わせて笑顔になる

 

 

「よし、じゃあ買うか」

 

 

一応最年長のヴルドがレジへ向かって目的のオプションをつける

Zippoに美鼓とリアとエルドとヴルドの名前を刻み込む

 

世界でただ一つだけのZippoが完成し、帰路につく

 

 

「お姉さまが余ったお金でパフェでも食べなさいと言っていました、と美鼓は嬉しい報告をします」

 

「なに!?それは本当か!!」

 

「やったねお姉ちゃん!!」

 

「せっかくならリアにもお土産を買っていきましょう、と美鼓はいい店がないか調べます」

 

 

彼女らは嬉しそうに美味しいパフェの店を探し始めた

今はただ降魔向陽の無事を願うだけだ

彼を信じて待とうと美鼓は決めた

 

 

 

 


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