貝積継敏の潜んでいる高層ビルまでやってきた降魔は吸い終わった煙草を捨てながら入り口へ向かう
学園都市統括理事の1人が潜んでいるのだから最低ラインの警備はあるものだと適当に予測していたが、降魔の考えは外れた
ビルのエントランスに入るとそこはもぬけの殻だった
不自然なほど人がいなかった
(事前に俺の動きを予測してこの場所から立ち去ったか)
誰もいないエントランホールで降魔は少し考えこむ
誰もいないのならこのまま貝積継敏の部屋まで行って勝手に情報を回収しよう
貝積の命に興味はない
彼が欲しているのは『メンバー』と『電話の女』の情報だけだ
「そろそろ来る頃だと思っていたよ」
二階へ繋がる階段の奥から女の声が響いた
カツン、カツン、とゆっくりと階段を降りる音を聞きながら降魔は首筋に手をかける
いつでも電極を切り替えて能力を発動できる状態で声の主を迎える
降魔へ話しかけた女は肩まである長い黒髪をカチューシャでまとめ、降魔の通う高校のセーラー服を着ている
サイズが小さいのかそういうファッションなのかはわからないが、ちょうどおへそらへんが常に見えている状態だ
降魔と同じ高校の制服だが、彼は彼女を見たことがない
彼女が貝積継敏のブレインか
「俺が来るのを予測してんなら俺の用件もわかるな?」
「大体はわかるけど」
降魔は慣れた手つきで煙草を取り出し、火をつける
煙を吸い、吐き出す
口に煙草を咥えたまま拳銃を取り出し、女に狙いを定める
「なら話は早いな。さっさと情報を出せ」
すでに降魔は何かが吹っ切れつつある
もはや彼が自分で決めたルールは存在していない
目の前の女が善人だろうが何だろうが関係ない。殺してでも必要な情報を手に入れる
「情報を出す義理がどこにある」
「あ?立場を弁えろよ格下。こっちはテメェらをぶち殺して情報を奪うことだってできるんだぞ」
「やれるものならやってみたらいい」
嘲笑うように女は降魔の首筋にある電極を指さす
「お前の演算能力を支えているその電極は外部と通信しているんだろ?この施設全体を強力な電波を流してる。別に能力が使えないわけじゃない。自滅覚悟の暴発なら使えるけど」
「……、」
降魔はため息を吐いて電極に触れる手を離し、拳銃も投げ捨てる
咥えている煙草を指で挟み、灰を落とす
「わーったよ。お前らに危害は加えねぇ」
「それならいいけど」
降魔はため息を吐きながら両手を上にあげ、降参のポーズをする
それを見た女は少しずつ降魔に近づく
「で、何を知りたいんだ後輩」
「『メンバー』と『カースト』に指示を出す『電話の女』の情報」
「いいけど、見返りは?」
「俺への借りを作れる。それで十分すぎるだろ」
学園都市に8人しかいない超能力者
同率とはいえその第1位に借りを作れるのはかなり良い条件だろう
命を守れでも、気に入らない奴を殺せでも、降魔向陽は従う
最強のジョーカーを貝積らは手に入れたのだ
「上出来だよ」
そう言うと彼女はついて来いとジェスチャーをして階段の方へ歩き始める
降魔もそれに従い彼女についていく
案内されたのはシックなデザインの机の上に液晶モニタとキーボードだけが置いてある部屋
すでにキーロックは解除されていた
これで貝積継敏の権限で知れる情報は全て知れる
煙草に火をつけ、モニタに並ぶ情報に目を通す
山ほどある情報の中で自分が望む情報だけを見つける
「…コイツか」
『メンバー』についての情報だ
ようやく目当てのデータにたどり着いた
どうやらコイツらは統括理事長であるアレイスター直轄の部隊らしい
『メンバー』が所持する隠れ家の場所やこれからの行動予定などを調べる
どうやら今日は様々な暗部組織が動いているらしい
『メンバー』だけではなく、それと同レベルの機密に包まれる『グループ』『アイテム』『スクール』『ブロック』
それぞれがそれぞれの思惑を実行すべく動いている
(はンッ、ゴミ共の下らねぇ喧嘩なんざ興味もねぇな)
『メンバー』は学園都市の反乱分子である『スクール』の鎮圧のために行動している
降魔への大事な交渉材料を戦場へ持って行くとは考えにくい
そうなるとあの少女は『メンバー』の構成員がいる待機ポイントにいるはずだ
(見つけたぞゴミ共。俺が着くまで残りの余生を楽しんでおけ)
『メンバー』の待機ポイントを見つけた降魔は次に自分たちの組織に命令を下す『電話の女』の情報を漁る
しかし、降魔には時間がない
気になる情報を自分の携帯に移し替え、液晶モニタを閉じる
「お望みの情報は見つかったのか?」
「あぁ」
降魔は短く答えると、そのまま出口には向かわず電極に手をかける
それを見ていた女は降魔が能力を使うと思ったのか、先程の注意を繰り返す
「…さっきこの施設全体に強力な電波を流してるって言ったけど」
「ふン、嘘つくんならもっとマシな嘘つけボケが」
それだけ言うと降魔は躊躇なく電極を切り替え、能力を発動させる
彼の能力は問題なく発動され、彼の姿が消える
それを見ていた女、
恐らくあの超能力者はあの場面で自分が言ったハッタリをすぐに見破っていたのだろう
しかし、それでも彼はこちらと信頼を作るために気付かないふりをして武力解除をした
「なかなか面白いじゃないか。まぁ、あの少年ほどじゃないけど」
久しぶりにあの少年に会いに学校にでも行こうか、とそんなことを思いながら降魔が使っていた机に火をつける
あらかじめ引火性のものでも塗り込んであったのか、火は一気の燃え上がり液晶モニタとキーボードをまとめて灰にしていく
◇◇◇
馬場芳郎の全身から冷や汗が吹き出した
彼は博士と呼ばれる『メンバー』のリーダーを四足歩行のロボットを操ってサポートしていたが、
「あの野郎…真っ先に死んでんじゃねぇよ!!」
学園都市第2位を相手にした博士も学園都市第1位を相手にした査楽も簡単に殺されてしまった
思わず悪態をついてしまうが、死人は自分を助けてくれない
唯一自分の命を守ってくれそうな切り札は、この場所に監禁されている1人の少女だ
ここは第23学区の地下数百メートルにあるVIP専用の核シェルターだ
博士から言われて降魔向陽に対する人質である少女が縛られて放置されている
ナノデバイスにより能力はおろか動くことすらままならないらしいのだが、馬場は慎重に慎重を重ね、少女を縛っておいた
(じきにここも勘付かれる。その前にここを離れるしかねぇ!!)
ノートパソコンを中心とした機材のいくつかをバッグに詰め込み、ついでにこの場所に保管されていた札束を掴んでから出口のエレベーターへ向かおうとする
その途中で縛れて床に転がっている少女と目があった
降魔向陽はこの少女を大事に思っているらしい
だからこそ忌々しいあの男が大事に思っているこの少女を見たら怒りが湧いてきた
「クソがッ!クソがあッ!!なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!!!」
鬱憤を晴らすように横たわっている無抵抗の少女に蹴りを入れる
少女は最初の方こそは苦しそうな声をあげていたが、段々それは弱々しくなってきた
この場所を離れるんだったらもうコイツに用はない
下手に連れ出して足手纏いを増やすよりもここで殺してしてしまった方が良いだろう
少女を痛めつけた程度ではあの男への怒りは収まらない
どうやってコイツを殺せば降魔向陽は絶望するだろう
(ひ、ひひひっ、変わり果てたコイツを見てアイツはどんな顔をするだろうか。ひひ、この僕をコケにした罪を存分に味わえ!!!)
馬場の頭からこの場所から脱出しなければいけないという考えが抜け落ちる
そんなことよりも降魔向陽への復讐の方が遥かに大事に思えていた
しかし、そんな沸騰していた馬場の頭が一気に冷める出来事が起きた
コンコン、とまるでこの部屋へ繋がる鉄の扉をノックしたような音が聞こえたのだ
最初は聞き違いかと思った
少女を蹴るのをやめ、静寂の中で耳を澄ます
コンコンコン
いや、聞き違いなどではなかった
確実に鉄の扉をノックする音が聞こえた
博士も査楽も確実に死んだ
この状況でこの場所へやってくる確率が一番高いのは、博士が魔術師と呼んでいた少女しかいない
仲間が助けに来たのか
コンコンコンコン
そこで馬場は歓喜する
魔術師と呼ばれていた少女は戦闘に関しては馬場より遥かに期待できる
彼女と一緒にこの場から逃げ、この少女を使って降魔向陽を動かして『スクール』にいる第2位も『グループ』にいる第1位も殲滅させよう
急いで馬場はこの部屋へ繋がる扉の鍵を開けに行こうとする
電子ロックにパスワードを打ち込んでいる最中にハッとする
(いや、ちょっと待て。魔術師の奴がここにやってくる理由って……?)
一度疑問に思ったらあらゆる疑問が馬場の頭を埋め尽くした
ここは暗部組織だ
仲間を助けにくるなんていうヒーローモノのような展開はない
もちろん馬場は他の連中を助けようとは思わなかったし、その逆も同じだろう
では、新たな疑問だ
扉の向こうでこの扉をノックしているのは誰だ?
ズガァンッッ!!!といきなり鉄の扉を何かが貫いた
あまりの衝撃で馬場は後ろへ吹き飛ばされてしまう
後ろへ吹き飛んだことで何が鉄の扉を突き破ったのかわかった
それは人間の腕だった
「う、ぁ…」
馬場は腰を抜かし、全身をカタカタ震わせることしかできない
鉄の扉を突き破った腕はそのまま分厚い鉄の扉を軽々と縦に引き裂いた
暗闇の向こうからやってきたのは
「…ったく、やっぱりあの時に地面の染みにしときゃよかったなぁオイ」
悪魔のような笑みを浮かべた降魔向陽がいた
それを見た馬場は絶望の表情を浮かべた
「何だそのつまんねぇ顔はよ。さっきまでの威勢を俺にも見せてくれよ」
馬場はただ黙って後ずさることしかできなかった
対する降魔は表情に笑みこそ浮かべてるものの、その笑みの裏には超絶的な怒りがあった
「やっ、ちょっと待ってくれ!!ぼ、僕は雇われただけなんだよ!命令に従わうぼぎゅるえ!??」
「…これ以上俺をイラつかせんじゃねぇぞカス」
言い訳を並べる馬場の顎を蹴り上げる
蹴られたことで口の中が切れたのか口から血を流しながら降魔を見上げる
「とりあえず、俺に電話を寄越した野郎はどこにやがる」
「へ?あっ、博士ならもう死んじまった!!ほかの奴らもいない!!だけどあの女を攫ったことに僕は関わってない!!」
降魔はそれを聞いてチラッと横たわっている少女を見る
誰かに暴行されたのか痣や汚れが目立っていた
視線を馬場に戻した降魔は引き裂くような笑みを浮かべた
「いひ」
降魔は本当に笑いが堪えられなかった
面白い。本当に面白すぎて仕方がない
『メンバー』の構成員は4人
本当ならば4人ぶっ殺せたはずなのに目の前のコイツしか殺せないのか
「ぎゃっはははははは!!面白えなオイ。この怒りを存分にぶち撒ける奴が4人いるかと思って来てみりゃ、残ってんのは大きめの生ゴミ1人ってかぁ!?」
「ぁ」
「楽に死ねると思うなよクソ野郎が」
さっきまでの楽しそうな笑みが一気に消え、冷酷な瞳が馬場を射抜く
もはや馬場は恐怖で何も言えなくなっていた
これから自分が味わうであろう地獄の苦しみを想像する
降魔は腰が抜けて立てない馬場の襟首を掴み、引きずりながら壁際まで連れていく
「やっ、やめてくださいおねがします!!!」
何やら叫んでいるが降魔はもう聞く耳を持たない
降魔はコンクリートでできている壁まで来た
顔中を涙や鼻水や唾液で汚す惨めな男を壁に放り投げる
(Model_Case DARKMATTER)
電極を切り替え、能力を発動させて背中に純白の翼を生やす
白い翼を構成する数百枚の羽が、鋭い杭のようになって馬場へ突撃していく
放たれた白い杭は馬場の手足を正確に撃ち抜いても勢いを落とさず、コンクリートの壁に突き刺さる
「ぎゃあ゛ああああああァァァァァァァァ!!!!??」
歴史にある処刑の中で上位に食い込む残忍さを持つ磔刑
まるでその磔刑のように馬場の体はコンクリートの壁に手足を未元物質の杭で磔られている
両腕に自重がかかり、やがて肩を脱臼する。その結果、胸に自重がかかり横隔膜の活動が妨げられ、呼吸困難になり、血中酸素濃度は低下する。血中酸素濃度の低下により心臓は心拍数を高め、これが血中酸素濃度の低下に拍車をかける。やがて彼の全身の筋肉は疲弊し、肺は肺水腫を起こし、さらに酸素が欠乏し、心筋は疲弊し尽くして機能を停止し、最終的に死に至る
降魔は馬場の絶叫を聞きながら煙草に火をつける
死亡に至るまで数日間かかると言われている
このまま降魔が放置すれば苦しみ続けて死ぬのは確実だろう
「あがっ、いた、痛いいいいいい!!!」
「はははっ、愉快すぎて笑っちまうぜ」
「おぶ、おろじてぇ!!げふ、おぼぇ、早くだずげで!!!」
小便やヨダレを撒き散らしながら叫ぶ馬場を笑いながら眺める
気持ちよさそうに煙草の煙を吐く
「せいぜい自分の罪を噛み締めながら朽ちやがれ、生ゴミ野郎」
そう言い放ち、降魔は横たわっている少女のもとへ向かう
横たわっている少女は意識を保っていられないほどの高熱が出ている
高熱の原因がわからない以上、降魔にはどうしようもない
「…少し待ってろ」
降魔は優しく少女へ言い、馬場が所持していたパソコンを起動する
超電磁砲の能力を使ってパスワードなどを一気に突破し、必要な情報を漁る
それらしいデータは割とすぐ見つかった
『メンバー』が所持する機会兵器にやられたようだ
体内に軍用のナノデバイスを打ち込むことで対象を行動不能にするものだ
ここで治療してもいいのだが、治療したからすぐに動けるものではないだろう
だったらちゃんとした病院で治療を受けた方が何倍もいいだろう
救急車を呼ぶにしても病院へ搬送中に襲撃されたら本当に笑えない
だったら降魔が直接病院へ行ったほうがいい
降魔は少女を抱えていつもの第7学区の病院に移動しようとする
最後に気を失いながらも助けを懇願するような顔でこちらを見てくる馬場へニッコリと笑って
「じゃあな」
そう言って彼らの姿が消えた
景色が一瞬で変わり、降魔はいつもの病院にやって来た
冥土帰しはすぐに見つかり探す手間が省けた
「オイ急患だ。軍用ナノデバイスにやられた」
「……一方通行もだけど君たちはいつもいきなり現れるね?」
「世間話に付き合う暇はねぇ」
降魔達は近くに診察室へ入り、少女をベッドに寝かす
どうやら冥土帰しは以前にも似たような症状の少女を治療したことがあるらしい
「俺がまたここに来るまでソイツを保護しておけ」
「何か事情があるみたいだね?」
「お前も今日の学園都市が騒がしいことくらい気付いてんだろ」
今日は降魔が所属している『カースト』のような学園都市に存在している暗部組織が少々暴れ回っている
そんな情報を彼が知らないはずがない
「派手な襲撃はねぇと思うが、用心はしとけ」
「そういえば君の家族が会いたがっていたよ」
「…リアの状態は?」
「僕を誰だと思っているんだい?もう退院したよ」
「ならいい」
降魔はそう言うと診察室の扉に手をかける
「この一件が終わったら帰る。そう伝えとけ」
意を決したように降魔はそう言って診察室から出ていった
いつまでも逃げていられない
アイツらと過ごしていた日常は確かに楽しかった
最終的にどんな結果になろうと帰るのだ
何より降魔は自分の本心を押し殺すことはできなかった
(アイツらに会いたい)
今までずっと1人だったからこの気持ちがこんなに辛いものだと知らなかった
この一件をさっさと片付けて家に帰ろう