とある科学の幻想操作   作:モンステラ

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第7学区の病院を出た降魔は貝積の場所で手に入れたデータが入っている携帯を見ながら移動を開始した

『電話の女』は確実に『メンバー』の連中と繋がっている

あの少女を誘拐するように仕向けたのは『電話の女』だろう

降魔とあの研究所の少女のクローンをどうしても引き離したくないのだろう

 

度重なる戦闘や移動で電極のバッテリーは半分を切り、残り7分ほどだ

『電話の女』がいる場所までできる限り電極は温存しなくてはいけない

降魔は病院の前の道で路上駐車している車に目をつけた

病院には病院の駐車場がある、そこに停まっていないということは病院に用があるやつではないだろう

 

降魔はその車に近づき、運転手を確認する

窓を閉めながら今流行りの電子煙草を吸っている若い男だった

そのまま窓をコンコンとノックする

若い男はなんの疑いもなく、窓を開ける

 

 

「…騒ぐな。黙ってドアを開けろ」

 

 

そう言って降魔は持っていた拳銃を若い男に突きつけた

若い男は震えながら車のドアの鍵を開ける

降魔は勝手にドアを開け、助手席に乗り込む

 

 

「第12学区へ向かえ。タクシー代は払ってやる」

 

 

彼は黙って頷いてアクセルを踏んだ

降魔は拳銃を仕舞い、代わりに煙草を取り出す

車の持ち主の許可も得ずに窓を開けて煙草を吸い始める

 

 

(…舐め腐ってやがるあの『電話の女』をぶち殺してさっさとアイツをこの世界から解放してやらねぇとな)

 

 

学園都市の上層部はどうしても降魔の手綱を握っておきたいのだろう

AIM拡散力場を操る最強の能力者だ

もし仮に降魔以外の超能力者達が反旗を翻し、学園都市上層部に襲いかかったとしても降魔1人いればどうにでもなる

電極での制限があるとはいえ、彼の相手になる超能力者など一方通行くらいだろう

 

だから学園都市は降魔の弱点になりそうなものを片っ端から用意する

それに銃を突きつけることで降魔の行動を操る

 

 

(だからなんだ。アイツらに銃を向けたやつは誰だろうがぶち殺す)

 

 

それはいつまでも変わらない

吸い終わった煙草を窓の外へ放り投げ、リクライニングを倒す

 

 

◇◇◇

 

 

「…ぅ、ん?」

 

 

ゆっくりと瞼が開いた

目に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった

消毒液の匂いが鼻につく

どうやら意識を失って病院に運び込まれたようだ

 

 

「おや、目が覚めたかい?」

 

 

意識を失う前の記憶を思い出そうとしたした瞬間、誰かに声をかけられた

その声の方に目を向けるとそこにはカエルのような顔をした中年の男が立っていた

白衣や首に下げられているIDカードを見るにこの病院の医者だろう

 

 

「私は、どうなった」

 

「うん?それが体のことを言っているんだったら心配はないね?」

 

 

ふざけているような語尾上りの言葉遣いで説明された

 

 

「君の体の中にあった軍用ナノデバイスは全て無力化できたよ。以前に君とほとんど同じような症状と体の子を治療したからね」

 

 

自分は確か他の暗部組織に連れ去られ、拘束されていたはずだ

あの少年が助けてくれたのだろうか

そういえば夢か現実かわからない場所であの少年にあった気がする

 

そこで少女は医者のある言葉に引っかかる

 

 

「…私と同じような体ってどういうこと?」

 

 

別に聞き流してもいいような言葉だった

しかし、彼女にはその言葉が嫌に引っかかった

目の前の医者は一瞬だけ困ったような顔をして、すぐに先程の顔に戻る

 

 

「…てっきり彼がもう言っているものだと思っていたよ。これは僕の責任だね」

 

 

医者は「ちょっと待って欲しいんだね?」と言って病室から出て行ってしまった

しばらくすると医者は紙の束を持って戻ってきた

渡されたのは何かのレポートのようだった

 

 

「は?」

 

 

声になり損ねたような声が出た

そこには『今後の降魔向陽への牽制のために在籍していた実験体のDNAマップからクローンを作成』と書かれていた

それもご丁寧に自分の顔写真つきで

 

 

「わ、私は………、」

 

 

記憶がぐちゃぐちゃになる

自分が普通の人間などではなく、名前も知らない誰かのクローンなのだという事実が少女にのし掛かる

しかし彼と出会う前の記憶はたくさんある

両親の記憶、友人と遊んだ記憶、そんな普通の記憶がたくさんある

だが学園都市に住んでいる以上は記憶などあてにならない

学習装置や能力でいくらでも人の記憶など弄れるのだ

 

カチカチ、と歯が震える

暖房が付いているはずなのに寒くてしょうがない

震えは全身に移り、自分の体を抱えるようにして体を縮こませる

 

この体も、この思いも、全て偽物なのか

学園都市によって書き込まれた偽りのものなのだろうか

 

 

「それは違うんだね?君の体も心も全て本物だよ」

 

 

まるで心を読んだかのように医者がそう告げる

だからといってそれで全てが解決するわけではない

急にいろんな情報が入ってきすぐて脳と心がパンク寸前だった

 

震える手でレポートをめくっていく

最後のページは今日のものだった

内容は降魔向陽に関することだった

その内容を見た瞬間、体が勝手に動いていた

ベッドから飛び降り、病室のドアを乱暴に開けて走り出す

 

その行動は確実に学園都市が書き込んだ偽物などではなく、彼女自身が生み出した本物だった

そんな彼女の一連の行動を見ていた冥土帰しは、ため息を吐きながら見送る

ここで彼女を止めても良かったが、今の彼女にはあの少年の言葉が必要だ

冥土帰しは頭を掻きながら、病室を出て行った

 

 

◇◇◇

 

目的地に着いた降魔は車を降りる

数枚の一万円札を財布から取り出し、車の中に投げ込む

 

 

「命が惜しけりゃさっさとここから失せろ」

 

 

そう言い終わると若い男は車を急発進させ、この場所から立ち去った

『電話の女』がいるのは降魔の目の前にある教会だ

第12学区は多種各派の宗教施設が集中し、エキゾチックな街並みを持つ学区だ

教会の扉には鍵がかかっていたが関係ない

一瞬だけ電極を切り替え、扉を蹴破って中に入る

 

中には誰もいなかった

どこにでもあるような一般的な教会だった

降魔は警戒しながら説教壇の方へ向かっていった

 

電極を切り替え、説教壇を蹴り飛ばす

消え失せた説教壇の下には地下へ続く階段が現れた

降魔は電極を切り替えずに階段を下っていく

 

しばらく薄暗い階段を下っていくと、そこには一枚の扉が現れた

こんな場所には似合わない厳重な扉だった

降魔は容赦なくその扉を吹き飛ばし、中に侵入する

 

 

「よぉ、覚悟はできてんだろーな」

 

 

中にはフルフェイスを被った1人の女がいた

その女は沢山のモニターに囲まれて椅子に腰掛けていた

目の前にいるのが降魔の目的の人物だ

 

拳銃で狙いを定めながら降魔は余命わずかな女を見る

この女だ。降魔とあの少女を弄んだ罪を償わせる

学園都市の上層部に命令されただけだろうが関係ない

とりあえずこの女を殺して学園都市上層部を牽制する

これ以上降魔向陽の周りの人間を利用するな。利用したならばこうなるぞ、と

 

 

「なんとか言えやゴミクズ」

 

「…………、」

 

 

その態度に降魔は苛立ちを覚える

この女は本当に何がしたいのだ

降魔向陽の手綱を握りたいからって彼の周りの人間を巻き込むとどうなるかなど火を見るより明らかだろう

結果、彼女の目の前には降魔向陽という怪物が現れ、自身の命が危険になっている

大抵こういう奴らは自分の命が危ぶまれた時にみっともない命乞いをする

だが、目の前の女はそれをしない

 

 

「ふン、死ね虫ケラ」

 

 

そう言って降魔は躊躇もなく引き金を引く

ダァン!!と発砲音が響き、女の体が吹き飛ぶ

彼女の後ろにあったモニターに激突し、そのまま地面に倒れる

さらに降魔は2発、3発4発5発、と何発も弾丸を彼女の体に撃ち込む

最後の1発を頭部に撃ち込み、拳銃を投げ捨てる

 

ベクトル操作の『反射』を纏ったまま穴だらけの女の元へ近づく

暗部の相手に油断はしない

女のヘルメットを砕き、髪を掴んで生死を確認する

脈も止まり、確実に死んでいることが確認できた

 

これで終わりだ

あの少女は希望の普通の日常へ帰ることができる

クローンだろうが関係ない

降魔と冥土帰しのサポートがあれば普通の少女として生きられるはずだ

 

これほどのことをしでかしたのだ

降魔にはなんらかのペナルティが与えられるだろうが、そんなのは百も承知だ

煙草に火をつけ、電極を通常モードへ切り替える

帰ろう、皆が待っているあの家へ

 

ゆっくりと煙を吐き、先程の階段を登ろうとする

 

ダァンッ!!!と聞き覚えのある音が響いた

その音が降魔の耳に届いた時には、すでに降魔の全身から力が抜けていた

なんとか踏ん張ろうとするも体に力は入らず、その場にしゃがみ込んでしまう

 

 

(う、たれた…のか?)

 

 

激痛が走っているのは降魔の腹部だ

ノロノロした動きで腹部を触ると、真っ赤な血が溢れていた

真後ろから撃たれた

さっきの女が死んだふりをしていたとでもいうのか

いや、その可能性は絶対ない

脳や心臓などの人間の急所を余すことなく撃ち抜いたのだ。これで死なない人間などいない

それに確実にあの女の脈や生体電気は止まっていた

 

降魔はなんとか後ろを振り返り、自分を撃った奴の正体を突き止める

そこにはフルフェイスのヘルメットを被った女がいた

降魔は自分の目を疑った

 

 

「な、んで…テメェが……!!」

 

 

口から滴る真っ赤な液体を気にせずに降魔は相手を睨みつける

 

 

「心配せずともそこにいた女は死にましたよ」

 

 

そう言われ、降魔は先程の女の死体がある場所を見る

そこには確かに先ほど降魔が殺した死体があった

 

 

「あなたみたいな隙のない人には緩急をつけて偽のゴールをいくつか作るんです」

 

 

そのまま気軽に、まるでリモコンでテレビの番組を変えるような気軽さで引き金を引く

ズガァン!!ダン!!と連続して発砲音が響く

その弾丸は正確に降魔の義手にめり込んだ

銃弾が義手にめり込んだ瞬間、降魔の義手の動きが止まる

おそらく女は降魔の義手の細かい構造を把握しているのだろう

精密な機械に衝撃を与えることで義手の動きを封じる

これでは、電極を切り替えれない

 

 

「そうして偽のゴールに辿り着いた時、ようやく隙を見せる」

 

「テ、メェ……ッ!!!」

 

「その小さな隙を作るために『メンバー』を利用して、そこの女を用意して、あなたを削った」

 

 

降魔はもはや起き上がることもできずに地面に座り込んで女を睨みつけることしかできない

全てはこの女の掌の上だった

電極を切り替えられない以上、降魔は文字通り手も足も出ない

 

再び銃声が炸裂した

連続した銃声は降魔の体を余すことなく撃ち抜いていく

体中の至る所から血を撒き散らしながら、今度こそ降魔は地面に倒れる

 

 

「さて、お次はあの少女の回収ですね」

 

 

女は降魔を見下しながら呟く

目の前に倒れているのは腐っても超能力者だ

利用価値は自分が考えるものよりも遥かに高いだろう

だから脳だけは狙わなかった

脳さえあれば能力者は体がなくても能力を保存できる

 

計画通りに物事が運んでいればあの少女は降魔を追ってこの場所にやって来るはずだ

そのためにわざわざ情報を書庫の浅い場所に置いておいたのだ

学園都市の闇を知っている人間ならば誰でも見ることができるような場所に

 

降魔向陽の回収は下部組織の人間に任せよう

そんなことを考えていると、建物の上の方でガシャン!!と何かが砕けるような音が鳴り響いた

どうやらあの少女がこの場所までやってきたようだ

 

降魔向陽を跨ぎ、地上へつながる階段を上がっていく

階段を上がり終わると、そこには息を切らしている少女がいた

彼女の足元には色とりどりのガラスが散らばっていた

能力を駆使して、教会のステンドガラスを割ってこの場所へ侵入したのだろう

 

 

「何で、アンタがここにいる」

 

 

明確な敵意と共にそんな言葉が投げかけられる

女は最初その言葉の意味が本当にわからなかった

だが、少し考えるとその言葉の意味はわかった

 

 

「降魔向陽は死にましたよ」

 

 

書庫に置いておいたレポートには降魔向陽が知らない情報が追加されたいた

それは降魔向陽が『電話の女』を襲撃しにいくが、それに対する対策はすでにとられているというものだ

この少女はそれを降魔向陽に伝えるためにこの場所までやってきたのだ

 

そして先程の言葉は、例え自分が持っている情報が間に合わなくとも降魔向陽は『電話の女』を殺すという期待をしていたから出た言葉だ

だから自分の目の前に降魔向陽ではなく『電話の女』がで出てきたことでその期待は裏切られた

 

 

「そう……。死ね」

 

 

そう言い放った少女は能力を発動させる

自身の周りに落ちているガラスの破片を無数に宙に浮かせる

躊躇はない

ガラスの破片を一気に発射させる

 

その破片は人の肉など簡単に突き破り、目の前の女の体を確実に壊すはずだった

しかし、ビタッ!!とガラスの破片は少女と女のちょうど真ん中で停止する

もちろん少女はそんなことしない

 

となると、考えられるのは目の前の女の能力

 

そこまで考えて少女の視界の端で何かが動く

それは教会に設置されている木製のベンチだった

 

 

「チッ!!!」

 

 

舌打ちをして後ろへ転がるように回避する

直後、彼女の両隣にあったベンチが先ほどまで彼女がいた場所を挟むように勢いよく激突した

これで確定した。相手は自分と同じ念動使い(テレキネシスト)

レベルまではわからないが、能力がわかれば対処の仕様はいくらでもある

 

大抵の念動使いは無生物しか動かせない

もちろん自分の能力も無生物しか操れない、相手もそう思っているはずだ

だから少女は女が被っているフルフェイスのヘルメットを念動力で操った

 

女を自分の元へ引き寄せる

そのヘルメットごと生意気な頭部を潰す

能力を使いながら拳銃を取り出す、近距離からの発砲で息の根を止める

学園都市の人間が超能力者の第1位を簡単に殺すとは思えない

早くあの少年の元へ行き、治療をしなければ

 

もう目の前にいる女との勝負は決まったと思った

だからあの少年のことを考えた

 

しかし、グイっと少女の体のバランスが崩れる

 

 

「なっ…!?」

 

 

原因は少女が持っていた拳銃だった

まるで拳銃が見えない力で引っ張られたようだ

手を離せなかった少女の体勢が崩れる

 

少女が女のヘルメットを念動力で動かしたように女が少女の持っている拳銃を念動力で動かしたのだ

瞬きをする暇もなかった

女はどこから取り出したのかどこにでも売っているようなナイフで少女を切り裂いた

体から一気に力が抜け、前のめりに倒れそうになる

なんとか耐えようとするが、少女の顔面に衝撃が走った

倒れかかった少女の頭部に女が蹴りを入れたのだ

 

当然耐えられるものではなく、少女の体は吹き飛ぶ

少女の意識は一気に暗闇に沈んだ

 

それと同時に、武装した数人の男女が教会へ入ってくる

『カースト』の下部組織の人間たちだ

 

 

「あなた達は幻想操作の回収を」

 

 

彼らにそう言うと、女は地面に倒れている少女を担いで教会の外へ出ていく

外には黒いバンが停まっていた

その中に乗り込み、少女を適当な席に座らせる

 

 


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