とある科学の幻想操作   作:モンステラ

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信じろ

降魔向陽の視界は明滅していた

横倒しになった視界の中に、暗部の女がいた

彼女の意識は戻っているらしく、ゆっくりと体を動かしていた

モゾモゾと何かをしているようだった

 

だが、そんなことどうでもよかった

何より度重なる戦闘と疲労に加えて上条からの一撃により降魔の体は地面の上から動こうとしなかった

軋む体に鞭を打ち、懐から煙草をを取り出して火をつける

久しぶりに煙を肺に入れ、吐き出す

 

 

「…俺はどうすりゃイイ」

 

 

ポツリと、降魔から言葉が漏れる

 

 

「俺には守りてエもんが多すぎる。だけど、それらを全部完璧に守れるほど俺は強くなイ。俺にできることは、アイツらのためにアイツらから離れることだ」

 

 

煙草を吸う少年の口から出たのは今まで誰にも吐露したことのない本音だった

あまりにも弱々しく、自信のかけらもないような声だ

リアや美鼓達は降魔にとってかけがえのない存在と言える

それこそ自らの命を賭けてでも彼女らの生活を守りたいを思えるほどに

 

だが、彼はその大切な存在をよりによって自分の手で傷つけた

憧れていた家族という絆に自らの手でヒビを入れたのだ

 

本当に彼女らの幸せを望むのなら降魔向陽という人間は彼女らから離れた方がいいだろう

中途半端に離れるのではなく完全に接触をなくす

そうすれば彼女らの日常は守れるだろう

 

その方法が一番だと頭では分かっている

だが、降魔の心がそれはできないと叫ぶ

 

 

「…だけど、それをしたら俺は本当に醜イ化け物になっちまいそウだ」

 

 

彼女らは降魔のブレーキだ

彼女らを失った降魔がどのような行動に出るかは、降魔本人にもわからない

煙を吐きながら呟く

 

 

「そんなの簡単だろ」

 

「……」

 

「お前は帰るべきだ。過去にお前が何をしたかなんて俺にはわからない。だけど、お前はあの家に帰らなきゃいけない」

 

「俺は許されないことをした」

 

「だからなんだ。お前の家族はお前を許さないほど器の小さい奴らなのか?」

 

 

横たわる降魔のそばで上条は座り込みながら呟いた

上条の言葉に思い出されたのは彼女らと過ごした日々だった

始めの始めはひとりぼっちが当たり前だった

美鼓と出会い彼女と過ごしていくうちに人との関わりが増えた

リアと出会い彼女と過ごしていくうちに自分の周りに誰かがいることに慣れた

エルドとヴルドと出会い彼女と過ごしていくうちに騒がしい声が好きになり始めた

 

今まで色など無かった降魔の生活に様々な色がついた

降魔は心のそこから彼女らを大事に思っている

そんな彼を彼女らは拒絶するだろうか

不器用ながらも家族というものに強い憧れを持ち、彼女らと家族になろうとした彼を

 

ゆっくりと起き上がりながら降魔は、空を見上げる

 

 

「……帰りたイよ」

 

 

ぽつり、とこぼれたのは彼が今一番願うことだった

例え彼女らに拒絶されようが、それでも降魔は家族に会いたいと思えた

 

 

「だったら、さっさと帰ろうぜ」

 

 

上条当麻が座っている降魔に手を差し伸べる

降魔はその手を掴まないで立ち上がった

 

 

「俺は、あの家に帰る。だが、やらなきゃイけねエことがある」

 

 

真っ直ぐと上条を見ながら降魔は続ける

 

 

「お前のお陰で復讐の炎は消エた。これはケジメだ。俺は俺の過去の罪のケジメをつけなきゃイけねエ」

 

「助けは必要か?」

 

「…そウだな、お前はそこの黒イ車の中にイる奴をイつもの病院に連れてイけ」

 

「分かった」

 

 

そう言うと上条は車の方へ向かっていく

降魔はいまだに立てないでモゾモゾしている『電話の女』のもとへ近づいた

 

 

「ごふ、ぶ……、私を、殺すのですか………?」

 

「あ?舐めた口聞いてんじゃねエぞ。俺がお前を殺すことが学園都市の思惑なら残念ながらそりゃ叶わなくなっちまったみてエだ」

 

 

この女も学園都市に利用されていただけなのだろう

降魔向陽に対してどんな感情があったのかはわからないが、少なくともこの街の被害者の1人に過ぎない

少年は意を決したように口を開く

 

 

「…手を貸せ。舐め腐った馬鹿共の喉元を食イちぎりに行くぞ」

 

「なに…を、」

 

「俺とお前はどんな形でアれここでリタイアする予定だった。例エこの場を何とか乗り切ったとしても必ず次の脅威が来る」

 

 

女は降魔に殺されていただろう

降魔は女によって何らかの致命的なダメージを与えられていただろう

 

 

「だから、俺とお前が生きるために。奴らの想像を超エる」

 

「そのために、私と組むと?」

 

「そウだ」

 

 

女は降魔のその返答を聞いて、鼻で笑う

そのまま懐から拳銃を取り出し、照準を降魔の眉間に合わせる

 

 

「信用が、できませんね」

 

「………、」

 

 

それはそうだろう

彼女も降魔も暗部の人間だ

闇の世界では『信用』とか言う言葉を口にしているやつほど早死にしていく

この世界はそんな綺麗なものではないのだ

 

拳銃を向けられても降魔は一切動揺しない

それはベクトル操作の反射があるからではない

これは決意の話だ

能力という最強の力に頼らず、言葉という最弱の力で彼女との問題を解決しようという

そういう決意だ

 

 

「そりゃそウだな。じゃあ取引だ」

 

「取引?」

 

「アァ、俺からお前に提供できるもんは、自由だ」

 

「…まさか、」

 

「アレイスターの野郎に直接会いにイく。そこでお前の命と自由を保障させる」

 

「………、」

 

「俺はアレイスターが考エてイる計画を知るためにお前の情報が必要だ。その情報を俺に渡す代わりにお前は自由を手に入れる」

 

 

学園都市第1位としての権利である統括理事長への直接交渉権を行使し、アレイスターに忠告しに行く

これ以上無闇な悲劇を起こさせないために

 

だが、女は降魔の提案に対して迷っているようだった

もう少し交渉材料が必要なようだった

 

 

「暗闇の五月計画」

 

 

降魔が口にしたのは彼自身も参加した経験のある実験の名前だった

 

 

「俺と同じ第1位である一方通行の能力制御法を応用して能力者の『自分だけの現実』を強化しよウとしたプロジェクトだ。これ以上お前がこの街に利用されなイためには代用不可能な人材になるしかねエ。俺には一方通行だけじゃなく他の超能力者の演算パターンも埋め込まれてる。俺の戦イ方を近くで観察すりゃお前は活路を見出せる」

 

「………、」

 

 

数秒の沈黙があった

『自由』。裏で動く人間の大半が夢見る欲望だ

それにプラスしてこれ以上学園都市に使い捨ての駒にされないために代用な不可能な人材への道標

 

学園都市から命じられた『降魔向陽を追い込んで殺せ』という目標が失われ、新たな目標が生まれた

その目標を提案したのは己が一番殺したいと思っていたやつだ

だが、しかし、その悔しいほどに心が生きたいと叫ぶ

学園都市によって作り上げられたはずの自我や体を叩き壊すように少女本来の心が叫ぶ

 

 

「…わかりました。あなたの取引に応じます」

 

「これで利害は一致した。理解したならさっさとクソ共の情報をよこせ」

 

 

煙草に火をつけながら降魔向陽と少女は互いの持つ情報を出しながら情報のパズルを完成させていく

 

 

◇◇◇

 

浮かび上がったのは漠然とした何かだった

アレイスターはこの街に漂うAIM拡散力場を使って何かをしでかすようだ

そのためにAIM拡散力場を司る降魔向陽という能力者を利用したいらしい

それが何かはわからないが、とてつもない面倒ごとだということだけはわかる

 

降魔向陽と電話の女は第7学区にある窓のないビルの目の前までやってきていた

学園都市統括理事長のアレイスター=クロウリーの居城である建造物

核兵器すら耐えると噂される建物に窓や入り口は存在せず、内部へ入るためには空間移動系の能力者がいないと話にならない

 

 

「…準備はイイか?アレイスターの野郎がなにを考エてるかはわからなかったが、俺らの襲撃を予想できなイわけがねエ。戦闘は最低限に抑エるぞ」

 

「準備はできてますが、その前に」

 

「ア?」

 

 

女は被っていたヘルメットを脱ぎ始めた

今まで隠されていた彼女の素顔があらわになる

その素顔を見た瞬間、降魔は心の底からの嫌悪感を表した

それはこの少女に対してではなく、学園都市の考えにだ

 

 

「お前……」

 

「今あなたが思っている通りで大丈夫ですよ」

 

 

降魔向陽はこの少女を知っている

最近『カースト』に構成員として入った少女

過去に降魔向陽がいた研究所で仲良くしていた少女

その少女らと瓜二つの見た目だった

なにも事情を知らない人が見れば双子や姉妹だと思うだろうが、これはそういうことじゃなかった

クローン技術だ

 

イカれているとしか思えない

降魔向陽の心をへし折るというくだらない理由のためだけに作ったというのか

 

 

「カガチMark.5と呼んでください」

 

「チッ、最悪の気分だ」

 

 

もしもあの場面で上条当麻が降魔向陽を止めなかったら本当に降魔向陽は終わっていただろう

過去に自分が殺した少女を再び殺していたのだ

『カースト』の少女が何らかの理由で死ねば真実を知った降魔向陽は壊れる

何とか少女を生かし、少女を脅かす『電話の女』を殺せばどっちにしろ降魔向陽は壊れていた

激しい鞭によって壊れた降魔に薄い飴を与えてコントロールしたかったのだろう

 

怒りはある

だがそれはこの少女らに対してではない

人の触れられたくないものを的確に撫でまわす学園都市にだ

 

 

「行くぞ」

 

「……驚きました。この顔を見せれば少なくともあなたは怒りを向けると思ったのですが」

 

「ふン、お前に怒りを向けてどーなる。俺がしなきゃイけねエのはお前らをさっさと表の世界に返すだけだ。これをしでかした馬鹿共はそのあとゆっくり捻り殺してやる」

 

 

窓のないビルの壁に煙草を押し付けながら火を消し、降魔は言う

降魔の手がカガチの体に触れる

演算が正常に働き、彼らの景色が瞬時に切り替わる

 

窓のないビルの内部に侵入した降魔達はその異様さに息を呑んだ

まるで宇宙空間か異次元にでも迷い込んでしまったかのようだ

暗く、不気味な空間が延々と続いていた

 

 

「階段……?」

 

 

カガチが指さす方を見ると、ビルの外壁内側に螺旋状に階段が絡み付いていた

階段だけではなく、エスカレーターや小型のエレベーターなんかもあった

 

 

(俺たちを誘ってやがるのか?)

 

 

どうぞ上へ来てください、と言わんばかりの設備を見た降魔はそういった印象を抱いた

あからさまに誘っている

怪しさは全開だ

しかし、この道を行かないと言う選択はないだろう

 

 

「どうしますか?」

 

「誘いに乗るしか道はねエだろ。俺たちの目的はアレイスターだ」

 

 

ただ、と降魔は付け加えてカガチの体を抱える

そのまま地面を蹴り飛ばし、一気にトップスピードへ入る

 

 

「あの野郎が用意した道なんざ使わねエ」

 

 

連続して空気を蹴り上げ、窓のないビルの上層を目指す

幾つもの階層を飛び越える

やがて天井と思われる場所が見えてきた

降魔の直感が告げる、この先にアレイスターはいる、と

 

少女を抱えていない方の手の拳を握る

攻撃用のベクトルを右手に集中する

惑星の回転エネルギーという莫大な力を纏った悪魔の一撃が炸裂する

 

轟!!!!!と降魔の一撃が天井を突き破る

 

降魔達は正規の手段を無視し、強引に終点にやってきた

彼らが降り立ったのはただただ広いだけの空間だった

そこにはビーカー型の生命維持装置だけがあった

その中に逆さまに浮かんでいるのは、男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える人間が逆さまに浮かんでいた

 

 

「遅かったな」

 

 

少女を地面へ降ろし、降魔は目の前の人間を見る

これが学園都市統括理事長であるアレイスター=クロウリー

コイツが学園都市で起こる悲劇を作り出す元凶

不思議と怒りは湧かなかった

 

 

「俺らの動きを盗み見てた変態野郎なら俺らがここにきた理由はわかるな?」

 

「もちろんだ」

 

「なら話は早イ。これ以上コイツらの命を弄ぶんじゃねエ」

 

 

クローンだろうがこの世界に生まれてきたことは大変喜ばしいことだ

しかし、それが使い潰されるためだけの命であるのならば看過はできない

 

 

「カガチMark.5と俺の組織にイるクローンの命と自由の保障をしろ」

 

「ふむ、私がその条件を呑むメリットは?」

 

「メリットだと?何を勘違イしてやがるクソ野郎」

 

 

降魔はポキリ、と指の関節を鳴らした

そのまま目の前にいる人間を睨みつけた

 

 

「これは交渉じゃあねエ。忠告だ。条件を呑めないなら俺はお前を叩き潰す。どれだけ痛めつけられよウが関係なイ。手足をもがれよウが、お前の計画を何としてでも叩き潰す」

 

「ほう、それは怖いな」

 

「ア?」

 

「ただの人間である私では君のその決意を砕くことはできないだろう」

 

 

アレイスターは何の感情もこもっていない声色でそう言った

逆にそれが降魔の神経を逆撫でする

そしてアレイスターは降魔達を指さす

いや、正確には降魔達の後ろにいるナニカを

 

ばっと振り返った降魔の胸を何かが一直線に貫いた

 

 

「ごっ、ぶ!!?」

 

 

激痛で叫び声をあげるよりも早く、降魔の脳が傷の具合を完璧に把握していた

肋骨の間をすり抜けるように肺を貫通している

呼吸ができなくなり、息の代わりに真っ赤な血が口から漏れ出る

 

上条当麻や一方通行など、降魔に傷を負わせたものはそれなりの数がいる

しかし、これは科学の街の力ではない

降魔はこの類の攻撃を何度も受けていた

 

 

(ま、じゅつ……ッ!!!?)

 

 

いや、それよりも恐ろしいものだ

降魔は魔術のことをほとんで理解できていないが、これが魔術とは比べ物にならない密度のものだと理解していた

呼吸ができず、残った酸素で演算を働かせる

傷口を集中的に修復し、次に備える

 

ギラリとした瞳で自身に傷を負わした化け物の姿を確認する

 

金色の長い髪

光り輝くような長身と、その肢体を包むゆったりとした白い装束

喜怒哀楽の全てがあり、それでいて人間の持つ感情とは明らかに異質なものを根幹に秘めたフラットな顔つきのナニカがいた

 

 

「……ぁ」

 

 

カガチはあまりの衝撃に掠れた声しか出なかった

圧倒的頂点に君臨しているはずの少年が一撃で地に伏した

それも能力の弱点を突いた訳でも、あらゆる小細工を用いて降魔向陽の油断を誘ったわけでもなく

ただただ、真正面から打ち砕いた

 

 

「それでは、あるゲームをしよう」

 

「…ッ」

 

「あの少年がアレと戦い続ける限り、君に私と交渉する権利をあげよう」

 

 

アレイスターからカガチへ最悪の提案がなされる

状況は既に絶望的だ

あの少年はたった一撃であの怪我だ

これでは勝負にすらならない

少女が要望を一つ言うだけで降魔はひき肉にされるだろう

 

しかし、

 

 

「イイぜ。乗ってやるよ」

 

 

少女が答えるよりも早く少年が口を開いた

そのままゆっくりと立ち上がり、少年はまっすぐとカガチを見る

フッと優しい笑みを浮かべ、言い放った

 

 

「俺を、信じろ」

 

 

たったその一言だった

それだけで降魔は正体のわからない敵へ向かっていった

 

彼がアレに敵うはずがない

この願いが叶うはずがない

 

だが、降魔向陽は敵対していた自分を信じ、殺そうとしていた彼を信じろと言ったのだ

文字通り自らの命を賭けて

ならば、彼を信じて己の願いを吐露しよう

少しでも早くアレイスターとの交渉を終わらせれば、彼の命を救える

学園都市によって強制的に植え付けられた彼への殺意が消え失せる

 

これは、降魔向陽がカガチの命を守っているのではない

カガチは降魔向陽と一緒に戦っているのだ

 

 

「アレイスター、私の願いは……」

 

 

カガチMark.5と呼ばれる少女は生まれて初めて己の願いを他者に伝えるために口を開く

 

 

 


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