意識が急に覚醒し、目を覚ます
目に見える色、耳から聞こえる声、鼻から入る匂い、肌から感じる感触の全てがおかしい
ノロノロした動きで降魔は
「はン、手際が良すぎてムカつくぜ」
思うのはこの電極を作った冥土帰しである
携帯を確認するとあの2人の病室を出て行った後から数時間しか経っていなかった
一体あの医者はどんな手術をしたのだろう
病室はいつも降魔が使っていた場所だった
もはやこの病室は降魔専用になってるのではないだろうか
そこで降魔は机の上にある紙の束に気づいた
どうやら新しい電極の説明書のようだ
「ま、これくらいがちょーどいいか」
今回の電極は降魔の演算を補助する物ではない
いわば獣の首輪だ
簡単に暴力というモノには頼らないという決意の現れ
しかし、その首輪が邪魔をして大切なものを守るときに戦えなかったら意味がない
降魔が細かい注文をしたわけではないが冥土帰しもそこら辺は分かっていたようだ
今回の電極は降魔の能力の切り替えを行うだけのものだった
通常モードでは今まで通り能力は制限され、能力使用モードではいつも通りに能力を使える
制限時間は一切ない
降魔は電極を通常モードへ戻し、杖を使って病室から出ていく
そのまま例の2人の少女がいる病室へ向かう
「ーーーーーッ!!」
「ーーーーー」
病室の前に来た降魔は中から話し声が聞こえることに気づく
彼女らが打ち解けたことは大変喜ばしいことだが、これはうるさすぎる
ため息を吐いて降魔は病室の扉を開ける
「いやいやいや、どう考えても私だから」
「残念ながら私の方です」
そこには何やら言い争いをしている2人の少女がいた
扉を開けた降魔にも気づかず言い争いはヒートアップしていく
「そもそも作られた順番が私の方が早いです」
「だから何?」
「一般的な姉妹は先に生まれた方が姉なんですよ」
「はい残念でした。私たちの生まれは一般的じゃないのでその法則は通用しませんー」
どうやらこの『姉妹』という関係でどちらが姉かを揉めているようだった
降魔は改めてため息を吐き、声をかける
「オイ、下らねぇ話はそこまでだ」
「下らなくない」「下らなくないです」
ピシャッと逆に降魔が怒られた
少年はこめかみに手を当てる
「…絶対に姉と妹を決めなきゃいけないわけじゃねぇだろ」
「それは」
「そうですが」
「頼るときはしっかりと頼って甘えられた時は優しくしろ。そうすれば本当の姉妹みたくなれんだろ」
そう言って降魔は病室のソファに腰をかけた
いつもの癖で煙草を取り出し、火をつけようとしたが、ここが病室だということに気づき動きを止める
そのまま足を組み
「暗部組織『カースト』は解体だ。お前らは表の世界で自由に生きろ」
「そんな勝手を学園都市の上層部が許すとは思えませんが」
「今後『カースト』に回ってくるはずだった仕事は俺が引き受ける。もちろん仕事は選ぶがな」
「それではあなたが汚れ仕事をしている間、私たちは自由気ままに表の世界で生活しろと?」
「あぁ、そう言っただろ」
降魔は真剣な目で2人を見て
この2人は納得できていないのだろう
自分らの代わりに目の前の少年が学園都市の闇に雁字搦めにされるという事実に
「勘違いすんなよ。俺が暗部にいる理由は上の連中に利用されてるお前らみてぇな奴らを自由にしたいっていう俺のわがままだ」
正義のヒーローは多くの人を救い上げるだろう
しかしヒーローと呼ばれる彼らが救いこぼした者たちはどうすればいいのだろうか
だったら降魔向陽が学園都市の闇でこぼれた者たちを押し上げればいいだけだ
どれだけ汚れようが関係ない
悪人と善人を区別し、悪人なら叩き潰し、善人なら表へ押し上げる
二度と降魔向陽や彼と同じ研究所にいた『アイツら』のような悲劇は起こさない
それが降魔向陽という人間が暗部にいる理由だ
「………、」
「お前らを表に帰す程度で上の連中から目をつけられることもねぇよ」
例え目をつけたとしても降魔は気にもしない
面倒ごとは嫌いなのだ
降魔のテリトリーに踏み込んでくる馬鹿がいれば容赦なく叩き潰す
それくらいは平気でやれる
「だけどっ」
「チッ、面倒くせーな。お前らはただ普通っていう幸せを噛み締めながら適当に楽しんでればいいんだよ」
それでも何か言ってくる少女を黙らし、降魔は立ち上がる
そのまま病室の扉へ手をかけ
「しばらくはこの部屋で過ごせ。落ち着いたら住む場所とかを話し合うぞ」
それだけ言って返事を待たずに出ていった
しばらくすると再び病室の中から少女らの話し声が聞こえ始めた
それを聞きながら降魔は次は自分の問題を解決すべく自分の病室ではない方へ足を進める
◇◇◇
降魔は病院を抜け出し、見覚えのある場所へやってきていた
見覚えのあるというレベルではなく、数日前までほとんど毎日いた場所だ
降魔向陽と少女らが暮らすマンションだった
「……ッ」
たった数日帰ってこなかっただけでマンションの扉がやけに大きく見える
まるで家出をした子供が親に怒られるのを恐れて玄関の前でためらっているように見えた
何度もドアノブを掴み、家に入ろうとするが、気持ちの整理ができずにドアノブから手を離してしまう
暴走したインデックスと戦った時より、一方通行と戦った時より、神の右席と戦った時より恐ろしい
今まで経験したことのないような恐怖だ
彼女らはこの扉の向こうで何をしているのだろうか?あんなことをした自分を許してくれるのか?愛想を尽かせて出て行っていないか?拒絶はされないか?あんな目で見られないか?降魔向陽という悪人は彼女らに関わらない方が良いのではないか?
降魔は息を吐き、一旦煙草でも吸ってぐしゃぐしゃになった頭をリセットしようと決めて扉の前から立ち去ろうとする
しかし、ドサっと何かが落ちるような音が聞こえた
その方向へ目を向けると驚いたような表情で固まっている4人の少女がいた
先ほどの音は彼女らの足元にあるビニール袋が落ちた音だろう
思わず降魔は彼女らから視線を逸らした
今、彼女らがどんな表情で自分を見ているかを見れなかった
用意していたはずの言葉も表情も出なかった
「あっ、待て!!」
ヴルドの声が響いた
それと同時に誰かが歩いてくるような音が聞こえた
それは段々と早くなり、最終的には小走り程度の音になった
勇気を振り絞って降魔は正面を見た
それと同時に降魔の頬に衝撃が走った
誰かにビンタをされたのだ
弱々しく前を見るとそこには瞳に涙を溜めているリアがいた
彼女にビンタされたのだ
頬の痛みよりも胸の激痛が酷い
それを見ていた美鼓、エルド、ヴルドは驚いて声も出なかった
降魔向陽が帰ってきていたことにも驚いたがあのリアが降魔向陽にビンタをするなど予想すらできなかった
しかし、彼女らの予想を超えることが更に起きる
ビンタをした少女はそのまま思い切り少年に抱きついた
二度と離さぬように、あの夜よりもさらに力強く抱きしめた
「お帰り」
そう言ったのだ
その声を聞いた瞬間、漏れ出ていた力が宿る
あの夜できなかったことをするように彼女を抱きしめる
「…ただいま」
いつも通りの優しい声でそう言った
「…で?どういうことですか、と美鼓はあなたに説明を求めます」
降魔の部屋のリビングでは4人の少女がソファに座り、少年は机の前に座らされていた
美鼓が説明を求める
それはそうだろう
ここ数日でおかしいことが起きすぎていた
降魔向陽が無事に帰ってきたとはいえ、なんの説明もなしとはいかない
「……とりあえず俺の全部を話す」
そこから降魔は全てを話した
学園都市によって家族から引き離されたこと。その後に研究所で自分と同じような境遇の子供達と出会ったこと。その子供たちを自身の暴走によって殺してしまったこと。学園都市の暗部に身を堕として置き去りを理不尽から救うために殺しなどの汚れ仕事を行なったこと。9月30日に己の弱さが原因でリアに怪我を負わせてしまったこと
これは決して人に自慢できるような道ではないだろう
むしろ人に恨まれ軽蔑されるような道だろう
多くの人を傷つけ、薄汚れているのは手だけはなく降魔向陽という人間の心もだ
自分の過去を話し終えた降魔は意を決したように口を開いた
「…俺はお前らが思ってるより綺麗な人間じゃない。お前らと一緒に過ごすには血で汚れすぎてる」
降魔は静かに語る
「俺は、心の底からお前らを大切に思ってる」
それは紛れもなく降魔向陽の本音だ
だからこそこの決断をしなくてはいけない
彼女らに拒絶されなかっただけでも降魔にとっては幸福だ
だからこそ彼女らを守るために降魔向陽にできること
「俺という存在がお前らの幸せを邪魔するかもしれない。だから、」
その続きを口にしようとした瞬間、降魔はあるものを見た
今まで怖くて見ていなかった彼女らを見た
そこには今にも泣き出しそうな顔でコチラを見つめる少女たちがいた
「……ッ」
涙を瞳いっぱいに溜め、必死に泣くのを我慢している少女たちを見て降魔向陽という少年は言葉が出なかった
言葉だけじゃなく体も動かなかった
拳で殴り、五指で引き裂くことが得意でも、こんな場面でどうすればいいのかが分からなかった
少女たちの涙を拭うという簡単な行為すら降魔にとっては未知のものなのだ
「…悪い。こういう時どーすりゃいいかも分からねぇ」
彼女らから目を逸らしながら口にする
その態度と言葉を受けたヴルドがガタッとソファから立ち上がりそのまま降魔の胸ぐらを掴む
「こういう時は、涙を止めるのが正解なんだ!!!貴様の大切な人たちが歯を食いしばって涙を流すのを耐えてるんだぞ!!その涙を貴様が止めなくてどうする!!」
降魔の胸ぐらを掴み、ガクガクと揺らしながら叫ぶ
そんな彼女の瞳にも涙が溜まっていた
「いいかよく聞け!!確かに貴様は多くの者を傷つけてきた。だが、それと同時に私たちみたいに多くの人を救ったんだろ!!あの時あの場所に来たのは貴様だ!!方法は誉められたものではないのかもしれない!!だけど!!私たちは救われた!!!」
「……」
「貴様の過去程度で私たちが貴様を見捨てるとでも思っているのか!?みくびるな!!貴様が私たちからどれだけ離れようが必ず私たちは貴様の元へ行くぞ!!だからいい加減に帰ってこい!!」
「私だって向陽さんと一緒にいたい!!」
「出て行くなんて言わないで」
ヴルドに続き、エルドとリアまでもこちらへやってきて涙を流しながら降魔へと抱きつく
ゆっくりと美鼓の方を見ると彼女はこちらを見たまま優しく笑いながら頷いた
「帰ってきてください、と美鼓は再び我儘を言います」
今度は降魔が目に涙を溜める番だった
そして、細く、弱々しい声で
「…いいのか。こんな俺がそばにいても」
「あなたじゃなければダメなんです。他の誰でもないあなたにそばにいて欲しいんです」
たったそれだけの話だ
血の繋がりもない彼らが本当の家族になっていくというだけの話
「あっ、そういえばアレを渡さなきゃ」
「それもそうでした、と美鼓は思い出します」
「……?」
そういうと少女たちはどこかへと行ってしまった
しばらくすると何かを持って再びリビングまでやってきた
「「「「いつもありがとう」」」」
そう言ってその何かを降魔へと差し出す
それはプレゼント用にラッピングされた小袋だった
このように誰かから何かをプレゼントされた経験のない降魔は少々戸惑いながらもそれを受け取る
「開けてみて」
リアに促され降魔はゆっくりと袋を開けていく
彼女らからプレゼントされたものは、Zippoだった
銀色に光るシンプルな形のもの
しかし、表面には5つの名前が刻まれていた
向陽、美鼓、リア、ヴルド、エルド
この世界で一つしかないZippoだった
「…感謝するのは俺の方だ」
小さい声で呟くと降魔はそれを大事そうに胸ポケットへと仕舞い込む
「んー?なんだ??聞こえないぞ?」
からかうように降魔に詰め寄るヴルド
そんな彼女に軽くチョップをしながら立ち上がりいつも通りに煙草を吸うためにベランダへ向かう
その瞳にはドス黒い闇など一切なく、今まで忘れていた光が宿っていた
もちろんこれからも降魔向陽は傷つけ、傷つけられるのだろう
しかし、帰る場所がある
それに、認めてくれる人たちがいる
だからこそ降魔向陽は前を見る