コンビニに売っているおにぎりと烏龍茶で夕食を済ませた降魔はコンビニにある喫煙所で煙草を吸いながらメールを確認していた
どうやら上条達はこれから第23学区にあるアミューズメント施設と合体している銭湯に向かったようだ
メールに詳細は書いていなかったが、どうせ上条のことだから何らかの不幸でもあったのだろう
それにしたって
「あの馬鹿は自分が狙われてるって自覚があんのか?」
吸い終わった煙草の火を消し、電極を切り替える
一瞬で景色が切り替わり降魔の目の前には『スパリゾート安泰泉』と書かれているビルが現れた
降魔は電極を通常モードへ戻し、杖をつきながら入り口へ向かう
受付はなく、料金は各フロアにある浴場入り口で払うようだ
団扇でパタパタ煽いで涼んでいる集団やゲームセンターに向かう子供達の間をすり抜けて壁に張り付けられた案内板を見る
降魔が案内板を見たのは彼自身が温泉に入るからではない
もし自分がこの場所で上条を襲撃するとしたらどうするか。逆に彼らを離れた位置で護衛するにはどうするか。などを考えていた
そもそも上条達がどこの浴場にいるのかもわからない以上はどうすることもできない
(…これだったらあのクワガタ野郎と合流した方がいいか?)
後方のアックアが上条を襲うにしても天草式の連中が邪魔になるはずだ
もし自分が上条を襲撃するとしたらまずは上条を囲っている天草式の連中を無力化し、邪魔者が入らない状況を作るだろう
それならば天草式の連中と合流した方がいいだろう
適当に方針を決め、降魔は先ほど見ていた案内板の中で護衛する側だったら選ぶであろう場所へ向かう
少し移動すると目的の奴らはいた
コーヒー牛乳を飲んでいる建宮やアイスを食べている小柄な少年、団扇で自身を煽ぐふわふわ金髪の女性がいた
建宮は降魔の姿に気づくと、片手をあげて挨拶をした
対する降魔は無言で彼らが座っているベンチに腰掛けると慣れた手つきで煙草を取り出し、火をつける
「お前さんはどう思うのよな」
「…今のところ学園都市から侵入者の報告はねぇ」
「その事実には2通りの仮説が立てられる」
「……、」
「ひとつは学園都市のセキュリティが魔術に疎く侵入に気づいていないという説。もうひとつは学園都市の上層部が何らかの意図で本来得ているはずの情報を隠しているという説だ。そこで学園都市の第1位であるお前さんの意見を聞きたい」
「恐らくだが学園都市をセキュリティを警備する連中は後方のアックアの侵入に気づいていないだろうな。だが、少なくとも学園都市の上層部は確実に後方のアックアの侵入に気づいてる」
統括理事長であるアレイスターが何の対策もしないはずがない
ならばそこで別の疑問が浮かび上がる
「…そもそも上条当麻1人のために学園都市、イギリス清教、ローマ正教の三方が策略を巡らせるということ自体がすでに妙なのよな」
上条当麻とは一体何者なのだ
科学サイドは、魔術サイドは、上条当麻を使って一体何をするつもりなのか
「オイ、考え事はとりあえずここまでだ。上条達が移動し始めたぞ」
だが銭湯から出てきたのは上条と五和だけだった
インデックスの姿が見当たらない
ここからでは声は聞こえないが口の動き程度はわかる
口の動きさえわかれば読唇術を用いて何を話しているかはわかる
「インデックスはビルの中の『食べ物空間』にいるぞ。適当な数をインデックスの護衛に回せ。残りは上条だ」
煙草を消し、杖を使って降魔は立ち上がる
そのまま上条達の護衛のために動き出した
配置はすぐに終わり、建宮を中心とした現天草式のメンバーは上条と五和をグルリと取り囲むように、主要なアクセスルートを押さえつつ、対象と同じ速度で絶えず移動する
それでいて完璧に風景に溶け込み、何者かを守っているという素振りすら見せない
そんな中で建宮は降魔向陽という人間に驚いた
天草式は性質上隠密性の特化している
だからこういった風景に溶け込みながら対象をマークするのはどちらかといえば得意だ
そんな彼らと同じかそれ以上に降魔向陽は空間に溶け込み風景に溶け込んでいたのだ
(チッ、今日の夕飯はもつ鍋だったのか。後方のアックアの野郎よりによってリアの鍋に日に襲撃してきやがって)
そんな建宮の驚きなどには気づきもせず降魔は携帯でリアから送られきた夕飯の写真を眺めていた
煙草に火をつけ、煙を吐いていると覚えのある感覚が襲いかかった
いつの間にかこの場にいるのが降魔と建宮達だけになっていたのだ
すでに建宮達もこの異常事態に気づき、目つきが変わっている
何らかの手段で人の流れが操られたのだ
それも、風景に溶け込むことを得意とする天草式や暗部で活動しそういうものには敏感な降魔の目を潜り抜けるほどの高精度で
言葉はなかった
建宮が指先だけで合図すると天草式の面々が隠し持っていた武器へ手を伸ばす
降魔は煙草を吸いながら電極へ手を伸ばす
パチン、と降魔の電極の切り替える音だけが響く
それが開戦の合図だった
◇◇◇
青で埋め尽くされた地下市街の中を、上条と五和の2人は歩いている
「…動きませんね。アックア」
隣を歩いている五和がポツリと言った
「学園都市のセキュリティに引っ掛かってる、なんて都合のいい話はないだろうしなあ」
のんびりしていて忘れそうになるが、目下最大の問題はやはり『神の右席』だろう
天草式や降魔がいるから安心とは言えない
それほどまでに『神の右席』は規格外なのだ
「とにかく気をつけるしかないですね」
五和は小さなグッと握り締め
「教皇代理も含めて、みんなも見えないところで頑張ってくれてますし。誰が来るにしたって、私たちがベストを尽くすことには変わりないんです」
「頼もしいな」
「いっ、いえ!!そんなことは…っ」
散歩のコースも決めていな。ちょうど目の前には鉄橋があった
あれを渡ったら別のルートから引き返すか、と上条は適当に考えた
「そういや、他の天草式の連中は?建宮とか」
「ええとですね。今も少し離れたところから見張ってくれていると思いますけど」
そう言われて上条は周りを見てみるがそれらしい人影は見当たらない
「えーと、そういえば降魔さんは…?」
上条を護衛するために科学サイドから送り込まれた少年は夕飯の少し前から姿を消していた
彼も彼で後方のアックアから上条当麻を守るために動いているのだろう
「ここに来ることはメールしたし、建宮達みたいに離れた位置にいるのかもな」
その後も2人はたわいもない話をしながら鉄橋に足を踏み入れる
鉄橋をライトアップしている青が彼らを照らす
気を緩めてはいけない場面なのだが、五和は自身の頬が緩まるのを我慢できなかった
意中の相手と夜のデートのようなものをしているのだと自覚した五和の顔が赤くなる
「どしたの五和?」
「いっ、いえ何でもないです!!ええとその、あまり人気がないんだなーっと思いまして。こんなに綺麗ならもう少し人がいても」
橋の歩道ゾーンを歩きながら五和は早口で捲し立てた
「まぁ、時間帯によるものじゃないか?夜の学園都市ってこんなもんだよ。終電とかバスの時間を早めに設定しててさ、夜遊びをしにくいようにしてるんだ」
そこまで言って上条は違和感を覚えた
今は夜の10時過ぎ。確かに主要な交通機関は止まっているが、こんなにもあたりは静寂に包まれているだろうか
午後10時過ぎといえば夜遊び派の人間ならば全然普通に動いているはずだ
それはこの辺りだってそうなはずだ
(ま、ずい……っ!?)
不自然なまでに無人の風景に得体の知れない悪寒を覚えた上条は、思わず五和に危険を呼びかけようとした
しかしそれは叶わなかった
それだけの暇も与えられなかった
びゅうん、と何かが上条達の真横を通過した
その正体を確認するよりも早く声が聞こえた
「…宣告は与えた」
前方から
ある男をある男を象徴するライトアップ
その照らしきれぬ闇の向こうから、武骨な男の声が聞こえてくる
「貴様の前には、いくつかの選択肢があったはずである」
足音が聞こえた
しかしそれは真っ当な人間が出す音ではなかった
一歩一歩踏み出すたびに、ズンッ……と鉄橋から低い振動が伝わってくる
五和はこの異常な状況下で唖然とした表情をしていた
それもそうだ
天草式本体からの連絡がないのだ
彼らは離れた位置で上条達を陰ながらに護衛していたのではないのか
「私の宣告を受け止めた上で熟考し、自らの命を預けるに足ると判断した選択肢が『それら』だと言うのなら、私は真っ向から立ち塞がるのである。だが、」
そう言って男は指をさした
上条達の後ろ
先ほど上条達の真横を通過した何かを
「率直に言おう。もう少しまともな選択肢はなかったのかね」
「ご、うま……?」
返事はなかった
まるで車に轢かれた獣のようだった
少年の体が雑に鉄橋の上に放り出されていた
よく見れば体のシルエットがおかしい
少年のあるべきはずの腕がなかった
「お前は…」
上条当麻は改めて自身の目の前に立つ男を見た
茶色い髪に、石を削り取ったような顔立ち、衣服は青系のゴルフウェアを彷彿とさせる
知らない顔ではない
9月30日の学園都市で上条はこの男と出会っている
「後方のアックア。以前にそう名乗っておいたはずであるがな」
神の右席
そして同時に『聖人』としての素質をも持ち合わせた者
その後も上条とアックアは会話を繰り広げる
その間に五和は周囲に目配せをするが、本来返ってくるはずの反応がない
「天草式の本体は…」
「無駄である。そこに転がっている少年が答えだと言っておこう」
降魔と天草式の本体はアックアによて戦闘不能にさせられたのだろう
学園都市同率第1位である降魔向陽が呆気なく敗北しているという事実が上条の体を強張らせる
「(…降魔の治療を頼めるか)」
「(わかりました)」
小声で上条は五和に降魔の治療を頼む
彼が戦線に復帰することができれば希望はあるはずだ
意識のない友人を再び戦場に呼び戻すことに申し訳なく思えたが、これが最善である
上条はアックアから目を離さずに全身の神経を集中して彼の指先の動きまで捉えていた
五和が降魔の元へ駆けた瞬間に突撃する、と考えていた
だが、
真横
「ッ!?」
上条が息を呑む前に既にアックアは五和の真横へ飛び込んでいた
消えたと表現するしかないほどの速度で懐深く潜り込んだアックアは、五和の頬を横から殴るように肘を放つ
音は聞こえなかった
ただ上条の視覚が車道へ吹き飛び転がる五和の体をかろうじて捉えていた
息はまだ吸えていなかった
それでも肺の中に残っている空気を使い、ほとんど反射的に叫ぶ
「五和!?」
「人の心配をしている場合であるか」
轟!!とという音とともにアックアの声が聞こえた
轟音の音源はアックアの足元から伸びる影
そこから莫大な金属の塊が飛び出した
正体は全長5メートルを越す、撲殺用の金属棍棒
「行くぞ。我が標的」
「くっ!!」
上条が何かするよりも早く、アックアの筋肉が爆発的に膨らむ
避けろ、と頭が悲鳴を上げるよりも何倍も早く、残像すら渦巻かせて巨大なメイスが振り下ろされる
死ななかったのは奇跡に近い
視界の外から飛んできた五和のバッグが上条の体にぶつかり、彼の体がアックアの予期せぬ方向へ飛んだからだ
何より片腕を失い、地面に倒れていたはずの降魔向陽が凄まじい勢いで接近し、振り下ろされるメイスを蹴り上げたからだ
アックアのメイスと降魔の足が激突し、彼らを中心にアスファルト片が周囲に撒き散らされる
降魔にも余裕がないのか、上条の命を守るためだけの行動
撒き散らされたアスファルト片が上条に直撃する
その余波だけで踏ん張ることもできなかった
ふわりと足の裏が浮いたと思った時には、既に上条の体は何メートルも転がされ、鉄橋を支える鉄骨の一つに背中をぶつけて、ようやくその動きを止めることができた
「…ほう、まだ動けるのであるか」
「生憎だが修羅場なら超えてきた。数えるのも億劫なほどな」
降魔は失われた片腕に全神経を注ぐ
カガチやエイワスと戦った時ほどの再生能力はいまだに使えない
今の降魔には少しずつ失われた腕を再生させる程度しかできない
「ならば、再び薙ぎ払ってくれる」
カガチに一度殺された時に自身の能力の核心に触れた
今までは一度に使える能力に制限があった
しかし今の降魔にはそれらは一切ない
好きな時に好きなだけ好きな能力を使用することができる
数ある手札の中から降魔が最初に切ったのは最強の一手
第1位
ベクトル操作
一方通行
全身を『反射』の膜で覆うことで相手の攻撃を文字通り反射する
アックアの攻撃手段は金属のメイスだけだ
だからこそ降魔はこの能力を選んだ
まずは敵の武器を粉砕し、多種多様な能力で圧倒する
だが、全てにおいて目の前の男は上回っていた
「ぶふッ!?」
もはや空間移動でもしているのではないかと疑いたくなるほどの速度だった
気づけば降魔の腹部に爆発的な衝撃と痛みが広がっていた
ぐるん、と降魔の黒目が裏返る
人間が許容できる痛みを超え、体が防衛本能として意識を断ち切ったのだ
降魔が吹き飛ばされた瞬間に今度は五和が突撃する
いつの間にか組み上げられた海軍用船上槍でアックアを突き刺そうとする
対するアックアはため息を吐いただけだった
それだけだった
(まずい……ッ!!)
上条は痛む体に鞭を打ち、五和とアックアの間に割り込もうとする
だが思いに反して体は動かなかった
そうこうしている内に、五和とアックアが近距離で激突する
確かに五和の動きは速かった
しかし、アックアの速度はそれを遥かに上回っていた
もはや消えたと表現した方がいいとすら思ってしまうほどに
気がついた時には五和の腹に鉄骨のメイスの側面が食い込み、そのままアックアは遠心力を使って上条へ向けて五和の引っかかったメイスをそのまま横薙ぎに振り回してきた
上条は反応するという選択肢すら頭に浮かばなかった
五和の体が上条の体に激突し、肺から全ての空気が吐き出される
覆い被さるような五和はピクリとも動かない
上条はそんな彼女を横にどけることすらできない
(ケタが…違いすぎる…)
前方のヴェントも左方のテッラもまだ目で動きを追えることくらいはできた
攻撃の合間を掻い潜って反撃を放ち、ダメージを与えることができた
しかし、こいつはどうだ
攻撃はおろか、回避という行動すらできない
「右腕だ」
天草式、降魔向陽、五和という実力者たちをねじ伏せた男がゆっくりとメイスを頭上に掲げ、告げる
「差し出せば、命の方は見逃すのである」
「ふ、ざける、な……」
上条は必死に立ち上がろうとしたが、力が出ない
自分の限界に気づき始めた上条は、それでも諦めずに体に残った力を振り絞ろうとする
だが、
「そうか。それならば、もう少し現実を知ってもらうのである」
男は表情を一切変えずに上条当麻を見下しながらメイスを持っている手に力を込める