夜の病院に慌ただしい音が響く
ここは第22学区第7階層にある救命救急病院だ
患者を乗せたストレッチャーの小さな車輪がガチャガチャと鳴る
救急隊員に運ばれているストレッチャーは二つあった
一つには、至る所に傷をつけたツンツン頭の少年が乗せられていた
もう一つには、真っ赤な血を溢れさせている灰色の髪の少年が乗せられていた
2人とも意識はなかった
上条当麻が集中治療室に運ばれ、降魔向陽も救急隊員から医師や看護師にバトンタッチされ、集中治療室の中へ運ばれる
「信号増大です。これ以上はショック状態に入ってしまいます!!」
「全身はダメだ。すでにギリギリなんだ。飽和すればかえって抵抗力を失うぞ!!局所麻酔で行くんだ。エチルフィンを5ミリ追加!!」
医師と看護師が少年の命を繋ぐために必死に処置をする
ガッ!!と薬を投薬しようとした看護師の手首を掴む五指があった
意識を失い、仰向けに寝かされている灰色の少年が、顔をしかめながらも掠れたような声を発した
「…麻酔は、いらねぇ。思考が鈍って演算の邪魔になる。ここに来るまでに何を何ミリ打ち込んだ…?」
「じ、冗談はよしてください」
「嘘だろ…。すでに吸引させたコリンラーぜが全身に行き渡っているはずなのに!!」
「チッ、となると体重換算だろ。いちいち自然排出されるのを待つ時間はねぇ。ケトルミンを寄越せ。血中で分解する」
まずやるべきは救急車の中で投与されている麻酔をなくすことだ
下手に麻酔を打たれたせいで演算能力に支障が出ている
演算能力が復活すれば怪我はどうにでもできる
視線だけを動かし、少年は傍の台に置かれていたチューブを掴み取る
アタッチメントの針を取り付けると、医師と看護師が制止する暇もなく自分の首の横に突き刺す
「な、何をしているんだ!!この状況で麻酔を中和させたら痛みのショックで死ぬことになるぞ!!!」
「生憎だが時間がねぇんだ。ちゃんとした処置は面倒ごとが片付いたら受ける」
造影剤を撃たれたかのような全身の発熱と喉の渇きがあったが、無視して構わない
無害化された物質が汗や尿となって体外に排出されれば自然に治るはずだ
「こっちは問題ねぇ。俺よりも俺と一緒に運ばれた奴をどうにかしろ」
「何を言っているんだ。あの怪我では……」
「そんなもん能力でどーにでもできる」
そう言うと降魔はストレッチャーから降りて、集中治療室から出ていく
多少はふらつくが問題はないだろう
部屋から出ると、薄暗い廊下に複数の人影がいた
「無事だった…ってことでいいのよな」
降魔に話しかけてきたのは建宮だった
彼も衣服が破れ、包帯を巻いていた
「あぁ、俺は能力でどうにでもなるが、あっちはそうともいかねぇ」
そう言うと建宮は悔しそうな顔をした
本来であれば、降魔も歩き回っていい状態ではない
徐々に回復しつつある演算能力を使い、アックアによって負わされた怪我を修復させている
「お前さんがいなかったらどうなってたか」
今回の後方のアックアによる襲撃で天草式は手も足も出なかった
ギリギリのところで上条当麻の命を救ったのは自身の目の前にいる少年だ
アックアとの戦闘の後、川へ吹き飛ばされた上条を五和と共に引きずりあげた
彼だって限界だったはずなのに、最後まで戦っていた
「終わったことを掘り返すな。面倒ごとは終わっちゃいねぇ」
「どういうことなのよ」
「一日以内に上条の右腕を切断して渡せだとよ」
降魔は携帯を取り出しながら、歩き出す
先ほどの戦闘でいつもの杖が紛失したが、電極のバッテリーの問題がなくなった降魔にはあまり関係ないだろう
電極のスイッチを能力使用モードに固定する
「俺はとりあえずインデックスにこの状況を伝える。上条はインデックスを巻き込むのを嫌がってたが、あいつは予断を許さねぇ状況だ」
「わかった。こっちはこっちでやることをやるのよな」
降魔は病院の非常階段へ繋がる扉を開け、非常階段の踊り場で柵に寄りかかりながら煙草に火をつける
自分の力不足が招いた結果だとしてもこの役はキツい
煙を吸い込みながら通話ボタンを押す
『はははい!?インデックスです!!ひゃい』
しばらくの呼び出し音の後、慌てた様子のインデックスが電話に出た
魔術師は携帯電話を使わないのか
降魔は以前のヴルドの慌てようを思い出す
「聞こえるか」
『わわっ!!こうよう?いきなりケイタイデンワーが鳴ってびっくりしたんだよ』
「時間が惜しいから手短に話すぞ」
『わかったんだよ』
「アックアって言って伝わるな?上条がそいつから襲撃を受けた」
『とうまは大丈夫なの』
「予断を許さねぇ状況だ。今どこにいるかわかるか」
『えーっと………、銭湯の入り口にいるんだよ』
「わかった。すぐに行くから動くな」
電話を切って、煙草を消す
ほとんど回復した演算で能力を発動させるために必要な演算を行う
数回景色を切り替え、先ほど自分達がいた銭湯施設の入り口に辿り着いた
目的の少女はちゃんと入り口のベンチに座っていた
「こうよう!!怪我は大丈夫なの?」
てっきり上条の容態を最初に聞いてくると思っていたが、最初に口にしたのは彼女の前に立っている自分の心配だ
自分の大事な人が危ないと言っているのにそれでも他の人を気遣える彼女は何て優しい心の持ち主なのだろうか
「あぁ、俺の怪我は問題ねぇよ」
「でも…」
インデックスの視線は降魔の失われた腕や全身の至る所に巻いてある包帯にあった
「腕が無くなんのも、怪我すんのにも慣れてる」
「む。そんなことに慣れちゃいけないんだよ」
降魔は頬を膨らませるインデックスの頭を乱暴に撫でながら答える
「とりあえず病院に行くぞ」
インデックスに触れ、再び演算を開始する
病院に戻ってくると、どうやら上条の処置は終わっているみたいだった
巣中治療室には大量の機械に囲まれ、横になっているツンツン頭の少年がいた
「お前はあいつの側に居てやれ」
「…うん。こうようも怪我しているんだから動き回っちゃダメなんだよ」
「わかったよ」
そう言うとインデックスは上条の眠る集中治療室の中へ入っていった
そこは降魔向陽が絶対に守らなければいけない場所だ
命以外の全てを賭けて後方のアックアから上条当麻の日常を守り切る
やっていることはいつもと変わらない
廊下では若い医師と建宮が話をしていた
そこへ近づき、若い医師に適当な杖を寄越すように伝える
しばらくすると、いつも使っている杖とは違うが、シンプルな杖を持ってきた
「で、どうする気だ」
降魔は首元の電極を弄りながら建宮に問う
「立ち上がる以外の道はないのよな。だが、その前にやるべきことがある」
「あ?」
建宮は薄暗い廊下の中でも、さらに光の少ない端っこにいる黒い塊の方を向き
「お前さんはそこで何を蹲ってんのよ」
びくり、と震えたのは五和だった
ソファの端っこで小さくなっている少女は肉体だけでなく精神もボロボロだった
「…わ、たし…」
声は不安定だった
泣きすぎたせいで横隔膜の制御がおかしくなっているのだ
あまりに弱々しく、痛々しい
「私、守るって…。でも、槍も、魔術も……なんの役にも、立たなかった。そんな私に、ありがとうって……言ってくれて」
ボタボタと何かが滴る音がする
それは涙かもしれないし、握りしめた掌から溢れる血かもしれない
「私、そんな人を見殺しにしたんですよ」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら五和は歪んだ笑みを浮かべていた
まるで自分の不甲斐なさを嘲るように
「そんな人間が、なんで1人のうのうと生きているんですか。被害者の集まりの中に1人だけ変なものが混じりこんで、なんで天罰が降り注がないんですか!?本当なら私の方があんな怪我を負わなくちゃいけないのに!!なんで、」
「オイ、お前の気持ちの整理を待つ時間も意味もねぇんだよ。戦う気がねぇんならさっさと失せろ」
相談のような懺悔のような独り言のような八つ当たりのような負け犬の遠吠えであった
だがその咆哮は途中で途切れた
黙って様子を見ていた降魔が杖をついていない方の手で五和の胸ぐらを掴み上げた
周りの天草式の連中が何か言う前に、そのまま近くの壁に勢いよく叩きつける
魔術師でも天草式のメンバーでもないただの協力者にここまでされても五和は抵抗らしい抵抗をせず、涙で濡れた瞳で降魔を睨むだけだった
「……さん、だって……」
「あ?」
息も絶え絶えに、しかし五和は口を動かした
「降魔さんだって、負けたじゃないですか」
醜い言葉だというのはわかっている
見当違いだというのもわかっている
彼がいなければ、上条当麻は確実に殺されていた
なのに彼に棘のある言葉を放ったのは、そうしなければ自分の精神を保てないからだ
降魔はそんな彼女を酷く冷めた目つきで見る
きっと五和という少女は本当にあの少年を守りたかったのだろう
心の底から約束を果たしたかったに違いない
そして、その想いは圧倒的な力によって粉々に打ち砕かれた
降魔は五和の胸ぐらから手を離し、そのままどこかへ行こうとする
「後は、俺らがやる。お前らはさっさと学園都市から失せろ」
そう言いながら降魔は建宮に煙草を一本渡して病院から出ていった
外に出た降魔は煙草を取り出しながら、携帯電話を取り出した
最近追加したばかりの番号に電話をかける
『…何時だと思っているんだ後輩』
「緊急だ。面倒な世間話に付き合う気はねぇ」
電話に出たのは雲川芹亜だった
降魔にアックアの襲撃を知らせ、護衛を指示した人物だ
「アックアに襲撃された」
『被害状況は』
「上条は意識不明の重体だ。上条を守ってた外の連中も負傷してる」
『ふむ、まずい状況のようだけど。お前の怪我は?』
「俺は能力でどうにでもなる」
『で、何が必要だ?』
「話が早くて助かる。今の段階でお前が動かせる戦力はどれくらいある」
『……無人の駆動鎧が数台ってところだけど』
「チッ、それじゃあ意味がねぇ。今は圧倒的に情報が足りねぇんだ。少しでも多くの戦力を野郎にぶつけてデータを取りてぇ」
『じゃあどうする』
「俺の名前を使え。そうすりゃもう少しマシな戦力にできるはずだ」
『そ。ならそうさせてもらうけど』
「駆動鎧が破壊されてもデータは残るようにしとけ。そして全ての戦闘データを俺によこせ」
『わかった』
そう言うと通話は切れた
今の降魔向陽には圧倒的に情報が足りてない
『魔術』という自分の知らない法則をどうすればいいのか
降魔は煙草の煙を吐きながら空を見上げる
そろそろ限界だ
魔術という壁をどうにかしなければあいつらを守れない
己の所持する『幻想操作』だけではどうにもならない
降魔は携帯電話をしまわず、何度か通話履歴がある番号へ電話をかける
以前の彼ならば絶対に選ばなかったであろう手段
『……貴様、今何時だと思ってるんだ』
電話に出たのは眠そうな声のヴルドだった
起こして申し訳ないと思うが、降魔の周りで魔術を知っている者はインデックスを除くと彼女しかいないのだ
上条のそばにいるインデックスに余計な負担はかけられない
だから降魔は、彼女に力を借りる
「頼む、お前の力が必要だ」
『は?』
「とりあえず、今からお前の家に行く。寒ぃから少し厚着しとけ」
そう言うと降魔は返事を待たずに演算を開始し、空間を飛び越える
やってきたのは降魔の部屋の隣の部屋だった
ここには2人の姉妹が住んでいる
リビングにはパジャマの上にパーカを羽織っているヴルドがいた
「帰らないと聞いていたからどうせまた面倒ごとに関わっていると思ったが、貴様が私を頼るなんてな」
「前までの俺じゃ考えられねぇが、今の俺は違うみてぇだな」
そう言って降魔はついてこいと手でジェスチャーしながら、玄関へ向かう
降魔達が住んでいるマンションから出ると、すぐ近くにある自動販売機の前で立ち止まる
ホットの紅茶とコーヒーを購入し、ベンチに座る
「で、何を聞きたい」
「話が早くて助かる。魔術のことについてだ」
「魔術だと?何故貴様がそんなことを」
降魔は少し悩んで、今回の事件のことを話した
上条当麻のことや後方のアックアのこと
「……『神の右席』か」
「あぁ、あの野郎をぶちのめすには情報がいる」
「まず貴様は魔術をどのような力だと認識している?」
「学園都市の超能力とは違う法則の異能の力ってことぐらいだ」
何度か魔術を見ているが、あれがどのような理屈で行使されているのはわからない
「それは正解だが、それだけでは不正解だ」
「つまりどういうことだ」
「魔術を使う上で重要なのは魔力だ」
元ローマ正教の魔術師であるヴルドは指を鳴らすと、人差し指の先にライターほどの火がつく
「特別な呼吸や動きで自身の生命力を魔力に変えて血管や神経にその魔力を流す。そうすると、こうやって火を出せるし水を出せる」
ゴルフボールほどの水球ができ、炎を消してしまった
降魔は煙草に火をつけ、煙草を吸う
「魔術についての細かい授業は面倒ごとが片付いたら受ける。今は時間が足りねぇ」
「よほど切羽詰まっているようだな。手を貸そうか?」
確かに魔術師である彼女が側にいれば後方のアックアとの戦闘でだいぶ有利に動けるだろう
しかし、降魔は首を横に振った
「いや、ダメだ。お前にはお前の役割がある」
「なんだ?」
「後で言う」
そう言われたヴルドはムッとした表情をしたが、降魔はそれを見て笑みを浮かべるだけだった
「他に聞きたいことはあるのか?」
「対魔術師のセオリーは?」
「セオリーか……。魔術というものは共通の法則に則って使われるんだ。だから相手の魔術を上手く逆算や解析できれば、効果を中和したり、妨害や乗っ取りをかけることができる」
「魔術を逆算、解析か」
「だが、魔術戦の基本は解析される前に倒すことだ。戦闘中に相手の魔術を解析するのは至難の業だぞ」
降魔はニヤリと口角をあげ、吸い終わった煙草を燃やす
「いいねぇ、活路が見えてきやがった」
能力者にはAIM拡散力場があるように魔術師には魔力がある
降魔向陽という超能力者はAIM拡散力場を操ることができる
AIM拡散力場を操る降魔は魔術師の魔力を操ることもできるはずだ
魔力の流れから魔術を解析する
解析さえできれば後は簡単だ
「俺はアックアのところへ行く。お前は万が一の可能性を潰せ」
「万が一だと?」
「敵の組織が俺の介入を快く思うはずがねぇ。俺の行動を制限させたい場合、大抵のゴミは俺の周りを利用するはずだ」
「なるほどな。貴様の言う万が一は、美鼓殿達への襲撃か」
「そうだ。だからここはお前に任す」
「任された」
降魔がアックアの元へ移動しようとしていると、携帯が震えた
確認すると雲川からのメールだった
内容は雲川が動かした駆動鎧とアックアとの戦闘データだった
駆動鎧の内部カメラにはアックアが魔術を使用している場面もバッチリ映っていた
「さぁて、タネも仕掛けもねぇ逆転劇の時間だ」
降魔は笑みを浮かべながら空間を飛び越える