深夜3時
第22学区第3階層の鉄橋では轟音が響いていた
1人の聖人と50人ほどの魔術師が命をかけて戦闘を行なっていた
その様子を1人の少年が離れた位置から携帯を見ながら眺めていた
まるで自身の所持している情報と今目の前で起こっている情報を照らし合わせ、より正確な情報にするように
降魔向陽は見ていた
今もなおアックアによって吹き飛ばされ、圧倒されている天草式にいち早く助太刀した方が良いだろう
しかし、まだ足りない
「………、」
焦る心とは裏腹に降魔の保持する史上最高の脳はただひたすらに勝利をもぎ取るために冷静だった
やはり携帯などで戦闘を見るより直接戦闘を見た方が得られる情報は多かった
焦る心を落ち着かせるために煙草を吸いながら降魔は情報を精査する
「やはりあなたも来ていたのですか」
降魔が座っていた場所の後ろから聞き覚えのある声が聞こえた
「当たり前だろーが。あの野郎には無様に吠え面かいてもらわなきゃ気がすまねぇんだよ」
「そうですか」
後ろを振り向くと少し曇った表情をしている神裂がいた
その表情に気がついた降魔は、煙草を咥えたまま
「なんか迷いでもあんのか」
「あなたにもわかってしまいますか」
「はン、何に迷ってるかなんざ知らねぇが、答えが出てねぇんなら引っ込んでろ。迷いのある奴は足手まといになる」
生きるか死ぬかを賭けた先頭において一瞬の迷いが生死を分ける
それは自分の命だけではなく、味方の命すら危うくさせる
だからこそ降魔は、目の前にいる神裂に厳しい言葉を投げかけた
「話してみろよ。言葉にすれば楽になれるかもしれねーぞ」
降魔は煙草の煙を吐きながら神裂に言う
「…私は『聖人』です。神の加護ゆえ幸運に恵まれてきました」
「……、」
「しかし、それは周りの人間に不運を押し付けてしまっているということです。だから私は『彼ら』から離れました」
『彼ら』とは今もなお目の前で後方のアックアと戦っている魔術師達のことだろう
イギリス清教の『必要悪の教会』に入ったのも、そこにいる奴らなら不運から身を守れるほど強いと判断したからだろう
しかし、その判断には決定的な裏がある
「じゃあお前はあの連中がお前の不運に耐えられるほど強くないって思ってんだな?」
「い、いえっ!!そういうわけでは……」
「じゃあ何故信じてやらねぇんだ」
これは降魔向陽だからこそ言える言葉だった
今まで彼が守ってきた彼女らを大事に思うがあまり降魔は彼女らから離れようとした
だが、彼女らがいるから戦えると気付かされた
降魔が彼女らの力になりたいと思うと同時に彼女らも降魔の力になりたいのだ
だから降魔は立ち上がれた
目の前にいる愚か者の勘違いを正す
いつかの夜、勘違いしていた降魔を奮い立たせてくれた彼女のように
「アイツらはお前が思ってるほど弱くなんかねぇよ」
「…っ!!」
「お前が言ったんだろ?それは弱さじゃないってな」
降魔は笑みを浮かべ、手を差し出す
「立てよ。神裂火織」
ゆっくりと、本当にゆっくりと神裂は降魔の手を掴もうとする
そんな彼女の手をガッと掴み
「ゆっくりでいいんだよ。複雑に絡まり合った誤解を紐解け。そうすりゃお前らはまた仲間に戻れる」
「…本当に、いいんでしょうか」
そこには世界に20人といない『聖人』はいなかった
そこには必要悪の教会の魔術師などいなかった
そこにいたのは、自分が再び仲間達に受け入れられるか不安な1人の女の子がいた
だからこそ降魔は握られた手を強く握り返しながら
「さぁ行こうぜ!!手始めにあのクソ野郎をぶちのめしてやろうぜ、お前らの再会パーティーはその後だ」
「…はい!!」
煙草を放り投げ、降魔は今もなお死闘が続く戦地へと赴く
◇◇◇
「選択を与えよう。あの少年の右腕を差し出すか、ここで路上の染みとなるか」
「……、」
そういうアックアの目の前にはアックアの言葉には耳も貸さずにボロボロの体を必死に起こしている五和がいた
「ならば仕方がない」
アックアは特大のメイスを構え直し、静かに語る
「私を望むのならば、波間に消えると良いのである」
メイスの先端が頭上を指し示す
引き裂かれたスクリーンから滝のように、天草式を蹂躙していた水がアックアの意思に応じて大きくうねる
サイズは全長20メートル弱
圧倒的な破壊を生む水のハンマーが獲物を足元の大地ごと狙う
五和は決して目を逸らさなかった
これが最後になろうと決して目だけは逸らさずに最後の最後まで自分の敵を睨みつけていた
だからこそ、彼女は気づいた
ふと、アックアの手が止まったことに
ゾン!!と
不意に、辺り一面に、得体の知れない殺意が充満する
それは後方のアックアから放たれたものでも、周囲に倒れている天草式の仲間から放たれたものでも、ましてや満身創痍の五和から放たれたものでもなかった
アックアは手を止め、周囲を見渡す
彼ほどの人物であっても注意を向けざるを得ない何かが、すぐ近くに存在するのだ
「…なるほどな」
後方のアックアはそう呟いて、笑った
これは強敵を前にした時の表情だった
第4階層の空中をうねっていた数十トンもの水の塊が、解ける
魔術的な制御を失った膨大な水は、人工的に作られた川へ身を沈める
アックアは肩の力を抜き、巨大なメイスを担ぎ直した
そして一度だけ、五和の顔を見て口を開いた
「ッッッ!!?」
しかし、五和に言おうとした言葉は出てこなかった
アックアが口を開いた瞬間に、少年がアックアの頭を掴み、強引に地面に叩きつけたからだ
アスファルトが砕け、五和の耳に遅れて轟音が響く
「よぉ」
聞き覚えのある声に見覚えのある風貌
学園都市同率第1位の幻想操作
灰色の少年がたった一手で戦況を覆しにかかる
ギラギラとした目で見下ろす少年の腕をアックアは顔を地面に埋めたまま掴む
ダァンッ!!と破裂音が響いた
少年の腕を掴んだアックアが目にも止まらぬ速さで少年の体に複数回の打撃を放った音だった
あまりの速さで打撃音が重なり、一回の破裂音のような音が鳴ったのだ
少年の体がくの字に折れ、その口から真っ赤な液体が飛び出した
一瞬の出来事で五和は瞬きすらできなかった
だが、次の瞬間には己の目を疑うことになった
血を吹き出した少年の体が、ドロリと形を崩した
「なっ……!?」
アックアが驚いた声をあげていた頃にはもう既に降魔向陽が真後ろから突っ込んできていた
ベクトルを操作し、空間移動と見間違えるほどの速度で拳を振り抜く
巨体が地面に何度もバウンドしながら吹き飛ぶ
「ご、うま…さん」
その光景を見ているだけしかできない五和は自然に口が動いていた
あんな無様な姿を晒したのだ
見損なわれたと思っていた
しかし、降魔向陽は再び天草式を助けにやって来た
「貴様…何をした」
いつの間にか起き上がっていたアックアが眉をひそめながら降魔に問う
だが、降魔は煙草に火をつけただけだった
どうやら質問に答える気はないらしい
そしてそのまま指をパチンと鳴らした
その瞬間に、アックアの姿がなくなった
「オイ、何を呆けてやがる。戦いはまだ終わっちゃいねぇぞ」
そう言うと、天草式の方を見た
「アレを相手すんのはかなりの面倒ごとだ」
降魔は煙草の煙を吐きながら
「だからお前らの力を貸せ。向こうでお前らの仲間が戦ってるんだぜ」
「仲間……、」
五和はその単語を聞いて、初めは誰のことかわからなかった
しかし、いた
今はこの組織を離れてしまったが、自分達を仲間と呼んでくれる本物の実力が
「
「あ?それが誰だか知らねぇが、あの魔術師はお前らのことを仲間って言ってたぜ」
「………、」
「だから行くぞ。
「はい!!」
五和岳寺ではなく、天草式の全員が立ち上がった
アックアの居場所を知る降魔を先頭に『彼女』がいる場所へ向かう
徐々に
徐々に
その場所へ近づくにつれて空気の振動が激しくなった
彼らがいるアックアが破壊した第4階層の巨大な穴の縁からは第5階層で繰り広げられている『聖人』と『聖人』の戦いを見た
降魔はその様子を見て心の中で舌打ちをする
戦闘が始まってからそんなに時間が経っていないはずなのに、既に戦況が傾いている
一刻でも早く、彼女の助けに入らなければ
降魔は電極を切り替え、下に降りようとする
しかしガシャン、と何かが落ちる音が聞こえた
その音の方に顔を向けると、戦いを眺めていた五和の手から海軍用船上槍が滑り落ちていた
1人の少年を助けるために、ありったけの技術を詰め込み、補強した槍が
自分たちのために戦っている仲間のために振り立たせたはずの心が
五和だけではない
他にも何人かが、武器を落としていた
皆に共通するのは表情だった
それはただ、圧倒的な無気力感
降魔は彼女らを見て思わず顔をしかめてしまう
失敗した
奮い立たせたと思っていた彼女らの心がアックアではなく、よりもよって仲間である神裂火織によってヒビを入れられるとは思わなかった
こうなったら自分1人でも彼女のもとへ行くべきか、と考えていた
しかし、さらに不運は続く
きりきりかりかりかり……、という機械の低い作動音が耳ついた
例えるのならば、精密なコンピューターの作動音に似ている何か
バガッッッ!!!!!!と
彼らのすぐ近くにあった柱がガラス細工のように砕け散る
とっさに、だ
降魔向陽が能力を使って砕けた鋭い破片を弾かなければ、今ごろ天草式はもちろん降魔ですら致命傷を負っていただろう
そして、こういった横殴りの雨のような鈍器の嵐には覚えがある
降魔自身もよく使う能力
ベクトル操作
だが、奴のAIM拡散力場は感じない
と言うことは…
「チッ!!次から次へと面倒ごとを押し付けやがって。こっちにはオモチャに構ってる暇なんざねぇんだよ!!」
ワゴン車より大きいカニの化け物
横向きに身構える機械兵器は巨大な盾を構えて正面からのシルエットをほとんど覆い隠している。そしてその盾こそが本領。表面でCDに似た七色の光沢がぬめるように移動していくのは、目に見えないほど小さなイソギンチャクに似た何かでびっしりと覆われているからだ
その無機質な表面には
Five_Over OS.
Modelcase Accelerator
禍々しくそう綴られていた
だが、それだけではない
ソレの後ろにも数えるのが面倒なほどに機械兵器が蠢いていた
なぜこのタイミングで攻撃を仕掛けてきたのかは知らないが、コレらの相手を今の天草式に任せる訳にもいかないだろう
Five_Overシリーズ
8人の超能力者を対象に、純粋な工学技術で、基になった能力を超えることを目指している兵器だ
降魔は知るよしもないが、なぜこのタイミングでFive_Overが降魔に襲撃を仕掛けてきたのには理由があった
アックアの戦闘データを得るために雲川芹亜に駆動鎧を動かさせた際、降魔は彼女に自身の名前を使ってでも駆動鎧を動かせと言った
それを聞いた上層部が試作段階だったFive_Overを学園都市同率第1位で試すために送り込んだのだ
そしてあわよくば降魔向陽という超能力者のFive_Overを作るためのデータを採取するためだった
(…悪ぃな、ちっとばかし待ってろ)
下で強敵と戦っている魔術師に心の中で謝りながら降魔は、演算を働かせる
能力を発動し、無機質な兵器達を別の場所へ送り込む
別にこの場所で破壊してもいいのだが、万が一の可能性を考慮した
神裂の戦闘の邪魔をする訳にはいかない
それに天草式を巻き込む訳にもいかない
自身も移動し、目の前に群がる兵器達を酷く冷めた目で睨む
正確にはFive_Overに備え付けられているカメラで降魔を観察しているであろうゴミに殺意を向ける
「ったく、どいつもこいつも面倒ごとを持ち込みやがって…」
閃光が連続して発射される
音速の3倍以上の速度で放たれる『超電磁砲』がガトリングのように何発も降魔に向かって撃ち込まれる
しかし、降魔は避ける素振りどころか目を瞑ることすらしない
彼の皮膚に触れた瞬間、逆再生のように破壊の閃光がFive_Over自身を貫く
それを眺めていたカニの化け物のような兵器が動く
巨大な盾で降魔をすり潰そうとするが、降魔がその盾に触れるだけ簡単に弾け飛ぶ
動きは止まらずに降魔はその盾を軽々とむしりとる
「あ?本当にベクトルを操ってる訳じゃねぇみたいだな。髪の毛よりも細い無数の群体制御シリンダーか、あるいは分散型電気収縮ジェルでも使ってやがるのか」
対して興味も湧かないが、降魔はむしり取った盾を観察しながら呟く
だが、言えることは
「所詮、紛い物だろ。本当のベクトル操作ってんのは、こうやんだよ!!!」
拳を握り、余すことなくベクトルを集約させた必殺の一撃が放たれる
衝撃は軽々とFive_Overを貫き、勢いよく吹き飛ばされる
何十メートルも後方の壁に激突し、ようやく勢いが止まった
第1位の名前を冠する兵器は煙を吐きながら、やがて沈黙する
指の関節を鳴らしながら、降魔は意地の悪そうな笑みを浮かべる
カメラを通じてこちらの様子を見ているはずの誰かを嘲笑うように
「さぁてスクラップの時間だ。揃いも揃ってデッケェ粗大ゴミを寄越しやがって」
近くにいたカマキリのような兵器を叩き潰し、巨大なクラゲのような兵器を引き裂く
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も
『本物』の超能力者の足元にも及ばない駄作を破壊し続ける
あっという間だった
残ったのは最後の一台
カメラを映像が繋がったまま上手くもぎ取り
そのカメラに向かって降魔は宣言する
「解体の手間賃は安くしといてやる。そうだな……、とりあえず四分の三殺しで済ましてやる」
今頃Five_Overを操っていた研究所でこの映像を見ている奴ら全員が震え上がっているだろう
自分たちの愚かな行為を呪っているだろう
だが、降魔にそんなことは関係ない
「誰1人として逃さねぇからな。震えて眠れゴミども」
そう言って降魔はカメラの配線を完全に引きちぎった
煙草に火をつけながら降魔は元の場所へ戻ろうとする
「チッ、脇道に逸れちまったが、こっからが本番だ」
演算を働かせ、空間を飛び越える