とある科学の幻想操作   作:モンステラ

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狂乱への招待状

ぱち、と降魔向陽の目が開いた

見慣れすぎているいつもの病室だ

 

 

「目が覚めましたか」

 

 

そう言ったのは、見舞客用に用意されたパイプ椅子に座る神裂火織だった

降魔は起きあがろうとしたが、体が思うように動かなかった

既に能力で傷を治療し終わっている

あの戦いで血を失いすぎたのだろう

 

 

「…被害の状況は?」

 

「怪我をした者がそれなりにいるようですが、損害はゼロです。一番ボロボロなのはあなたと上条当麻の2人です」

 

「ふン、ならいい」

 

 

降魔は神裂に背を向けるように寝返りをうつ

すると、ポツリと神裂が口を開いた

 

 

「…本当にあなたには助けられてばかりですね」

 

「別に助けたつもりはねぇよ。気に入らねぇ野郎をぶちのめしたら結果的にお前の目的に繋がっただけだ」

 

「ふふっ」

 

「…何笑ってやがんだ」

 

「いえ、本当にあなたは優しい人だと思っただけですよ」

 

「チッ、俺みたいな中途半端な奴に構ってる暇があったら上条の見舞いにでも行ってろ」

 

 

降魔がそう言うと神裂は立ち上がり、部屋の扉へ手をかける

 

 

「それでは私は彼の見舞いに行きます。明日にはロンドンに戻るので、気軽に連絡してくださいね」

 

「…面倒じゃなかったらな」

 

 

降魔は片手を上げてヒラヒラと手を振る

そして神裂が部屋から出ていき、この病室から離れたのを確認してから

 

 

「で、だ。テメェは俺に何の用だ」

 

 

降魔は低く、研ぎ澄まされた敵意を向けながら言葉を発する

すると、病室の窓から見覚えのある男が入ってくる

 

 

「気づいていたのであるか。流石は私を打ち破った者である」

 

「はン、下らねぇ世間話をする間柄じゃねぇだろ。用件を言えって言ってんだよ」

 

 

窓のカーテンをめくりながら部屋へ入ってきたのは後方のアックアだった

そんな彼を降魔はベッドの上で首筋に手をかけながら睨む

アックアの表情は昨日の夜に会った時よりもいくらか穏やかな顔をしていた

こちらが本来の彼なのかもしれない

 

 

「用件は、お前の姉であるセレナの事だ」

 

「あ?」

 

「お前の姉は現在イギリス清教にいるはずである」

 

「待て。なんでテメェがそんな情報を俺に渡す」

 

「理由が必要であるか?」

 

 

それを聞いて降魔は少し考える

魔術の世界の仕組みはほとんどわかっていない

自力でセレナを探すのはかなり面倒くさいことになる

アックアの情報が嘘であれ本当であれ現状手がかりがない降魔にはそれを確認する方法がない

 

 

「…それで俺に有益な情報を教えてどーするつもりだ?まさか仲良しになろうとか馬鹿げたこと言うつもりじゃねぇだろうな」

 

「ふ、理由はないと先ほども言っただろう。私と戦い、そして勝利をもぎ取ったお前への気持ちを表しただけである」

 

「チッ、用件がそれだけならさっさと失せろ」

 

 

降魔はそう言うと、電極から手を離してベッドに寝転がる

一回瞬きをすると、アックアの姿は消えており、窓から入る風でカーテンがヒラヒラと舞っていた

再び舌打ちをして降魔は、目を閉じる

彼の耳にはこの病室に近づいてくる賑やかな少女たちの声が聞こえていた

笑みを浮かべながら彼女らを待つ

 

 

◇◇◇

 

 

バチカン、聖ピエトロ大聖堂には2人の人物が立っていた

1人は不気味な表情を浮かべているセミロングの赤髪の男

もう1人はローマ正教の長であるローマ教皇

 

 

「馬、鹿な……」

 

 

ガタン、とよろめいたローマ教皇が聖ピエトロ大聖堂の太い柱にぶつかる

そのままかろうじて声を絞り出した

 

 

「貴様、本当に十字教徒なのか……?」

 

 

右方のフィアンマと呼ばれる男はあっさり返す

 

 

「さあて、どっちだと思う」

 

「クソ!!」

 

「いかんな。仮にもローマ教皇とあろうお方が、そう言う口を利くのはとてもいかんよ」

 

 

嘲弄するようなフィアンマの言葉を、ローマ教皇は無視した

それどころではなかった

前方のヴェント、左方のテッラ、後方のアックア、下方のテムラ、上方のセレナ。各人が異質な思想や流儀に則って動いていたが、彼ら彼女らはまだ『神の右席』という十字教の一集団だった

だが、彼は違う

この右方のフィアンマだけは決定的に違う

 

フィアンマは『ローマ正教・ロシア成教』の力を使ってイギリスを孤立させろと言った

しかし、それをイギリスが黙って見過ごすとは思えない

国が枯渇すると分かれば、死に物狂いで戦おうとするだろう

このままでは、ヨーロッパ全土が戦場と化す

学園都市に潜り込み、要人を襲うのとは次元が違う

 

正真正銘の戦争が起きてしまう

 

 

「き、さま…。この私が黙って見過ごすとは思っていないだろうな」

 

 

やらせるわけにはいかない

始めてはいけない争いを始めてしまった自覚はあるが、今ならまだ止められる

 

 

「ヤル気かな。『神の右席』を束ねるこの俺様に?」

 

「見くびるなよ。沈みかけた泥舟の長が」

 

「言ってくれるな。確かに希少な『質』の持ち主とはいえ、たかが数人。失った地位など再び誰かをあてがってしまえば済む」

 

「させると思うか」

 

 

ローマ教皇の声が低くなる

ドン!!と爆音が炸裂した

特に何かが出現したわけではない

ただ何も変化のないままに、周辺の空気そのものがミシミシと奇妙な音を立てながら揺らぐ

 

 

「一から十二の使徒へ告ぐ。数に収まらぬ主に仰ぐ。満たされるべきは力、我はその意味を正しく知る者、その力をもって敵が倒れることをただ願う」

 

 

一つ一つに意味が宿った光が複数舞う

その光はフィアンマを取り囲み、牢獄を築き始める

完全に包囲されたはずのフィアンマの口から口笛が聞こえた

 

 

「『神の子』と十二使徒の象徴ね。良いのか。仮にも教皇様が裏切り者のユダの印まで借りて」

 

「勘違いするなよ。確かにユダは主人を裏切ったが、そのユダをも使徒として招いたのが主の慈悲だ。汝、隣人を愛せよ。都合の悪いものを葬るのは簡単だ。しかし、その安易を求めないのが教えの本意のはずだ」

 

 

バォ!!と爆音が炸裂する

フィアンマを取り囲む13面体が、それぞれ束縛の陣を形成した

それは彼の肉体と精神を切り離し、その肉体の中で永劫に空回りさせるための『傷つけぬ束縛』である

 

 

「これより貴様を40年ほど空転させる。ユダの陥った『己自身に対する孤独』を長く味わい、その未熟な精神を今一度研磨し直すが良い」

 

 

拘束の中で棒立ち状態のフィアンマの唇が僅かに震えた

指一本動かせない中での、精一杯の抵抗か

 

 

「やめておけ。曲がりなりにも私は教皇。今ここで振るう力は二千年の時を経て、20億人もの信徒を支え導く神聖なもの。1人2人の傲慢で振り切れるようなものではない」

 

 

それに加えて、この聖ピエトロ大聖堂は旧教勢力圏の中でも最大最高の要塞

それに加えて、バチカン市国そのものがローマ教皇を何重にも補強する巨大な霊装として機能する

 

 

「ふん」

 

 

そこで、今度こそフィアンマの口が動いた

ローマ教皇の顔に驚きが出る

自然な調子でフィアンマは言う

 

 

「残念だが……たった20億人、たった二千年では俺様は止められないようだぞ」

 

 

その瞬間、全てが消失した

ローマ教皇の瞳には、フィアンマの右肩の辺りが爆発的に光を放つのをかろうじて捉えるのが限界だった

ドーム状の爆発が起き、聖ピエトロ大聖堂の三分の一が内側から粉々にされる

ローマ教皇の体は、100メートル以上吹き飛ばされ、広場の石畳を転がっていた

 

あまりにも呆気なく聖ピエトロ大聖堂が崩れる

その破壊の中心に、右方のフィアンマは降臨する

 

地べたに這いつくばるローマ教皇の視界に灰色の色彩が見えた

 

 

「懐かしい顔だ」

 

 

灰色の髪を揺らし、中世の女性が着ているような真っ黒なワンピース

以前見かけた時のようなドス黒い瞳ではなく、澄んだ瞳の少女が立っていた

上方のセレナ

ローマ教皇を庇うような位置でフィアンマを睨んでいたのは、同じ組織にいるはずの魔術師だった

 

 

「面倒ごとに首を突っ込む趣味はねぇが、()()()の奴らには借りがあるんだよ」

 

「お前如きが俺様に勝てるとでも?」

 

「だから何だよ」

 

 

キッパリとセレナ答えた

勝てないとわかっていてもここは引けない

ここで引いてしまったらアイツに顔向けできなくなってしまう

馬鹿でお人好しで手のかかる弟

もう二度と道を間違えたりしない

自分が彼の先を歩き、導くのだ

 

セレナが短く息を吐く

その瞬間、彼女の姿が消える

それは彼女が目にも留まらぬ速さで移動したわけではない

真っ黒い渦を生み出し、その中に飛び込んだ

 

 

「ほう。動けるじゃないか」

 

 

フィアンマは笑みを浮かべ、挑発するように姿が見えないセレナに告げる

だがそれは決してセレナを認めたものではなかった

その証拠にフィアンマはポケットに手を突っ込んだままだった

 

 

「速度はいらない」

 

 

姿を消していたセレナの耳に滑り込むようにフィアンマの声が入り込んだ

そして強引に

あまりにも、圧倒的に

 

 

「振れば当たるのだから、当てるための努力は必要ない」

 

 

何が起きたのか理解できなかった

気づけばフィアンマがセレナの懐に潜り込んでいた

そして次の瞬間には彼女の体が真後ろに吹き飛ばされた

フィアンマの動きは留まらなかった

巨大な腕を水平に振るった

セレナの顔を尖った爪で引っ掻くように

 

叫び声を上げるより早く、聖ピエトロ大聖堂の柱に激突した

ようやく、そこまで経ってからセレナの絶叫が炸裂する

 

 

「がァァァああああああああああああああッ!?」

 

「顔を抉り取った訳じゃない。少し顔を引っ掻いたくらいで大袈裟だな」

 

 

眼球が傷つき視界が真っ暗になった

これでは、瞳に刻まれた魔法陣を使うことはできない

しかし決めたのだ

彼が、向陽が誇れるような姉になって再び会いに行くと

だからこんなところで諦めるわけにはいかない!!

 

壁に寄りかかりながらセレナは立ち上がる

 

 

「なぜ立つ?」

 

 

フィアンマは挑発ではなく、本当に訳がわからないという顔で尋ねる

対するセレナは真っ暗な世界の中で、敵も見えない状況で、笑みを浮かべた

 

 

「テメェが絶対に知らねぇもんを知ったからだ」

 

「くだらん」

 

 

フィアンマは彼女を鼻で笑い、腕を振るった

今度こそ彼女の体が抵抗もなく薙ぎ払われる

建物の壁を貫通し、外へ放り出される

フィアンマは己の右腕と肩から生えた巨大な腕を交互に眺め、舌打ちをする

 

 

「つまらんな。これだけで空中分解したのか」

 

 

フィアンマは今も地べたでうずくまるローマ教皇へ近づいた

 

 

「あらゆる奇跡の象徴たる『聖なる右』。どんな邪法だろうが悪法だろうが、問答無用で叩き潰し、悪魔の王を地獄の底へ縛り付け、1000年の安息を保証した右方の力。そいつを完璧に引き出せる『右腕』があるとしたら、その内部構造を知りたいとは思わないか?」

 

「ま、さか……」

 

 

報告書で目を通したレベルのことであった

学園都市にいるという1人の少年が持っている、正体不明の力

あらゆる神秘も魔術も打ち消すとされる、その右腕

 

フィアンマはニタニタと笑いながら、右手を水平に掲げた

呼応するように、己の力によって空中分解した第三の腕も動く

 

 

「俺様の『神の如き者(ミカエル)』なら、完璧に扱ってみせる。そのための下準備が必要なのだよ」

 

 

無論、材料だけが揃っても、術式は制御できない

圧倒的な力を押さえつけるのに必要なのは、やはり人の領域を超えた圧倒的な知識

そしてローマ教皇は知識の宝庫であるものを知っていた

世界中のあらゆる魔導書をかき集めた、魔導図書館を

 

 

「禁書目録。イギリスの連中も愉快なものを用意してくれたものだ」

 

 

だからこそイギリスに用がある

学園都市にいるはずの本人ではなく、敢えてイギリスの方へ

 

 

「やら、せるか」

 

 

血まみれの体を強引に起きあがらせ、フィアンマの目の前に立ちはだかる

神の右席の指示を仰げばより多くの信徒を救えると思っていた

ローマ教皇は自分の地位や立場を押し上げるために、そんなものを目指した訳ではない

罪のない子羊が踏み台にされるような世の中を作るために、ローマ教皇になった訳ではない

 

だからこそ、ローマ教皇は立ち塞がる

彼の背後には20億人の未来がある

 

 

「圧倒的な勝負というのは、馬鹿馬鹿しくてもやっぱり楽しい」

 

 

ゴバッ!!と爆発音が炸裂した

2人は交差すらしなかった

ただ圧倒的な力が貫き、ローマ教皇の体が吹き飛ばされた

 

聖ピエトロ大聖堂が粉微塵に破壊された

爆発の余波が複数の建物を突き崩し、ただでさえダメージを負っていた大聖堂がさらに倒壊していく

 

 

「ふん?」

 

 

と、フィアンマは破壊されたバチカンの外壁の向こうを見た

おかしい

攻撃の威力に対して被害が少ない

本来であれば先ほどの一撃の余波で、外壁の向こうに広がるローマ市街も、数百メートルにわたって瓦礫の山となっているはずだ

しかし、実際には破壊はバチカン内部だけだった

 

 

「1人で受け止めた、か?それでももっと被害が広がると思ったが」

 

 

ローマ教皇が攻撃を全て1人で受けたとしても、破壊はバチカン内部だけでは収まらない

それでは彼以外に誰かが攻撃を受けていたことになる

 

 

「ふむ。腐っても『神の右席』の魔術師というわけか」

 

 

フィアンマの視線の先には、先ほど吹き飛ばしたセレナが血まみれになりながら詠唱を続けていた

許容を超えた破壊によって右腕はひしゃげ、左足と左腕に至っては吹き飛んでしまっている

あれでは数分と持たずに命が尽きるだろう

フィアンマは彼女から視線を外し、鼻歌を歌いながらほとんど崩れた聖ピエトロ大聖堂へ向かう

 

 

 

「がっ、ふぶ、ばうぐあ…っ!!」

 

 

フィアンマが放った破壊によってローマ市街が蹂躙されるのを防ぐために決死の覚悟で展開させた黒の渦にフィアンマの一撃を吸収させた

企みはうまくいったようだが、破壊の密度が桁違いだった

おかげで左半身の感覚がない

右腕も動かせそうにない

 

だが悔いはなかった

きっと彼がこの場にいたとしても同じことをしたはずだ

 

いや、悔いはあった

何も見えない漆黒の世界でセレナある少年のことを思い出す

 

 

「も…う、一度、だけ……会いた、かった…な」

 

 

救急車のサイレンが聞こえるが、それがこちらに向かってくる気配はない

おそらくローマ教皇のいる場所へ向かっているのだろう

詰みだ

通常の術式を使えないセレナにこの怪我を回復させることはできない

足音が近づいてくるのがわかった

しかし、視界が奪われているセレナにその正体を確認する術はない

 

 

「…まったく、あの女狐め。最悪の状況だ」

 

「だ、れだ?」

 

「しゃべるな。応急処置はするが……。チッ、内臓もぐしゃぐしゃになってやがる!!」

 

 

声からして向陽と同じくらいの歳だろうか

痛みはないが、体をペタペタと触られていることだけはわかる

 

 

「………、」

 

「おい、しっかりしろ。おい!!」

 

 

セレナの近くで応急処置を施す金髪の少年は彼女の意識が途切れかけていることに気づき、声をかけ続ける

しかし、彼女の反応は徐々に薄くなっていく

非常にまずい状況だ

 

 

「降魔向陽に会うんだろ!!」

 

 

その言葉が彼女の意識を叩き起こす

途切れかけていた意識がなんとか浮かび上がる

グラサンをかけた少年は、舌打ちをしてこの作戦を指示した自分の上司である女を恨む

 

 

(ふざけたことをしてくれたな最大主教(アークビショップ)!!ここで彼女が死んだらアイツは本気でイギリス清教を叩き潰すぞ)

 

 

土御門元春がここにいる理由は簡単だ

イギリス清教の長であるローラ=スチュアートからの指示で上方のセレナの回収をしに来たのだった

情報によるとセレナがここにいる理由はイギリス清教が関わっているらしい

 

土御門はクラスメイトである少年をよく知っている

学園都市同率1位という肩書を持ちながら表の世界で生きている少年

しかし、彼の定めた絶対的ラインを踏み越えれば彼は容赦なく拳を振るって脅威を叩き潰す

もし仮にここで彼の姉であるセレナ死亡すれば彼は確実にイギリス清教へ牙を剥く

誰が説得しても関係ない

家族を奪った者、その関係者、その家族、全てを殺すだろう

 

 

「頼むぜい。降ちんにこれ以上傷を負わせたくないんだ」

 

 

そう言って土御門は手を動かし続けた

 

 

 

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