ロンドンのランベス区には、聖ジョージ大聖堂という名の教会がある
今日の教会はいつも通りではなく、学園都市から提供されたモニタ類や通信機器などが夜の教会の柔らかい雰囲気をかき消していた
多くのシスター達が、慣れない機材の取り扱いに戸惑いながら右往左往している中で、ゆったりと椅子に座る影がふたつあった
片方は、『清教派』のトップ、最大主教のローラ=スチュアート
片方は、『騎士派』のトップ、
柔らかい表情のローラに対して、騎士の長の表情は険しい
彼らがこの場所にいる理由は、とある旅客機がハイジャックされたからだ
本来であれば、『王室派』の長である女王が来ていなければいけないが、彼女らの姿はなかった
「…それより、貴様達が仕掛けた幻術が効果を表し始めたようだな」
「ふふん。確かに、科学の塊なりける旅客機の制御を遠隔地から丸ごと乗っ取ったるのは難しいけど、その計器の一つを幻影で誤魔化したることぐらいは簡単なのよ」
「つまりは、コックピットの燃料メーターに細工をしたわけだ」
言いながら、彼は大聖堂に設置されたコンピューターに目をやる
かつん、と
硬い足音が響いたのはその時だった
この場にいるシスター、自分の部下である騎士、一般人ではないだろう
その足音には杖をつくような音が混じっていたからである
騎士団長は怪訝な顔をして大聖堂の入り口に目をやった
ガチャリ、と扉を開けて大聖堂に誰かが入ってきた
「よぉ」
少年は日本語でそう言い放った
その声は決して大きいわけではなかったが、その場にいる全員の注目を浴びた
灰色の髪に灰色のパーカー
首元にはチョーカーをしており、右手には現代的なデザインの杖をついている
「何者だ。観光客が迷い込んだわけではないだろうな」
「はン、熱烈なお出迎えに感激しちまうぜ」
騎士団長が席から立ち上がり、声を上げるが少年は気にする様子もなかった
「…外に見張りがいたはずだが」
「あぁ、なんか古臭せぇ鎧着込んだ馬鹿どもが吠えてきやがったから撫でてやったら大人しくなったわ」
「貴様」
騎士団長は敵意を向けるが、少年はヘラヘラしながら煙草を取り出して火をつける
そして煙を吐きながら
「テメェがイギリス清教の最大主教だな」
敵意を向ける騎士団長には目もくれず灰色の少年は最大主教だけを睨みつけている
「……降魔向陽か」
「俺のことを知ってやがんなら話は早えな」
最大主教は少し考える
目の前にいるのは学園都市の超能力者のトップ
イギリス清教の魔術師とは何度か関わりを持っている
降魔は懐から拳銃を取り出し、座っている最大主教に銃口を向ける
別に拳銃になど頼らなくとも降魔は電極を切り替えるだけで、最強の能力を解放できる
しかし、ここではわかりやすい敵意が必要だった
明確な敵意に教会にいるシスター達が反応する
「セレナはどこだ」
降魔がわざわざイギリスまでやってきた理由は、降魔向陽の姉がイギリス清教にいると聞いたからだ
家族の前では決して見せないギラギラとした瞳で最大主教を睨む
「流石は学園都市の超能力者といったところでありけるか」
「おい、下らねぇ世間話をしに来たように見えるか?さっさと質問に答えろ」
「…そうしたいのは山々なのだけれど、こちらも問題を抱えたるのよ」
「あ?問題だと?」
最大主教はそう言うと、近くのシスターに指示を出す
すると、そのシスターが降魔の近くまで来て状況を説明する
状況というのはインデックスが乗っている航空機がハイジャックされたというものだった
しかもその飛行機にはインデックスだけではなく、その保護者である上条当麻も乗っているというでないか
降魔は舌打ちをして拳銃をおろす
「最大主教!!緊急です!!」
と、そこへ駆け込んできたのは『清教派』の幼いシスターだった
そのシスターは降魔の姿を見て一瞬だけ体をビクつかせるが、すぐに最大主教の近くへ行き
「スコットランド方面から大規模な妨害を確認しました。我々の幻術は、第三者の手によって封じられています!!これでは燃料メーターの表示は元に戻っているはずです!!」
「妨害、だと…」
そこで初めてローラの眉が不快げに歪む
降魔は呑気に煙草を吸いながら魔術師たちの作成した資料に目を通していた
「フランスの魔術師がいつの間にか紛れこんでいたのか、あるいはイギリスの魔術結社が寝返ったのかは知らん。だが、これは貴様の失態だぞ、最大主教。こういうトラブルを未然に回避するために、貴様はイギリス清教の全権を任されているはずなのだからな」
「…分かりているわよ」
そして表情には出ていないものの、ローラの中にも確かに激情が渦を巻いていた
彼女はなんらかの感情を含みながら、告げる
「この件、ただの派手好き不良だけでなく、まだ何かありけるわね」
パチン、とローラが指を鳴らす
彼女の座る椅子の後ろにオレンジ色の光点があった
口の端に煙草を咥えた魔術師に向かって、ローラは言う
「念のため、例のスカイバス365に布石を打ちておきたいわね。必要なものは?」
「そうですね」
煙を吐き出し、赤い髪の神父は静かに告げる
「では、輸送機を一機ほど。武力を司る『騎士派』の方から空軍へ連絡していただけますか?」
「その必要はねぇよ」
ピシャリと降魔が言い放った
降魔向陽は電極の調子を確かめながら吸い終わった煙草を放り投げる
「面倒ごとは嫌いなんだ。ハイジャックされた航空機の正確な位置情報をよこせ」
「何をしたりけるのかしら」
「俺が航空機に乗り込んで馬鹿共を片付ける」
シスターが持ってきたモニターを受け取り、スカイバス365の位置を把握する
「すぐ戻る。テメェらは古臭せぇ頭使って言い訳でも考えとけ」
そう言うと降魔は返事を待たずに姿を消した
降魔が消えてから教会の中は静まりかえっていたが、しばらくすると再びシスター達が忙しそうに動き始めた
「貴様、何をした」
「…特別なことは一切していないわ。ただ、1人の少女を利用したるだけのこと」
事実それだけならば降魔向陽はこんな真似していないだろう
しかし、巻き込んだのが降魔向陽の姉である少女だった
彼女をここまで運んできた土御門の言葉を思い出す
『いいか。絶対に彼女を死なせるな。万が一彼女が死ぬようなことがあればアイツは必ずイギリスを沈めるぞ』
資料では知っていたが、初めて降魔向陽という超能力者を見たが、土御門の忠告が嘘ではないことを思い知らされた
あの少年はどこまでも純粋で不純だ
彼の決めた世界のルールを破れば待っているのは破滅だけだ
「さて、彼への言い訳でも考えけるか。意見がある者は?」
◇◇◇
航空機の貨物室には、四角いコンテナがいくつも並べられている
それらのコンテナの一つだけ、扉が開いていた
その開いたコンテナの壁に背中を預けるように佇む1人の男がいた
パリ国際空港の作業着を着ているが、その手には最新の拳銃が握られていた
足元のバッグには手榴弾やプラスチック爆弾などの爆薬も詰まっている
(頃合いか…)
既にスカイバス365を使った交渉は失敗した
これではイギリスはこちらの要求には答えないだろう
最悪でも、この機だけは落とす
客室にいるはずの仲間が動く様子はない
怖気付いたか、ヘマをしたか
彼は自分自身に5分という制限を定める
しかし、怪物はそんな時間を守るつもりはなかった
ドゴンッ!!と彼が寄りかかっていたコンテナが吹き飛んだ
いきなりの衝撃で男は前のめりで倒れてしまう
「チッ、面倒事ばっかり持ち込むんじゃねぇよゴミクズ」
声のする方向へ拳銃を向ける
そこには現代的なデザインの杖をついた少年が立っていた
男が拳銃の引き金を引くよりも少年が動いた方が早かった
気づいた時には少年の顔がすぐ目の前に現れていた
「クズをいたぶるのは好きだが、生憎時間がねぇんだよ」
ガチャリ、と顎の下に固い感触があった
いつの間にか拳銃を奪われ、突きつけられているのだ
勝負はついたが、男には引けない理由があった
腰に手を回し、大ぶりなナイフを抜き取った
そのまま少年の体めがけてナイフを振り抜くが、
「がっ、がぎゃあああああああ!?」
手がありえない方へひしゃげてしまった
激痛の発生源である右腕を押さえながら男は少年を見る
ゾッとした
酷く冷たい目で自分を見下している少年は笑みさえ浮かべて銃を向けていた
そんな少年を止めたのは予想外の人物だった
「降魔!!」
その声に顔を顰めたのは男ではなく少年の方だった
舌打ちをしながら銃を放り投げる
「チッ、タイミングが良いのか悪ぃのかわからねぇなお前は」
「お前何する気だ」
「…わかったわかった。やりすぎたことは反省する。だからそんな面倒な目で見んな」
降魔は両の手をヒラヒラとしながら面倒くさそうに上条を呆れた目で見る
「
「イギリス清教に野暮用があってな、そのついでだ」
降魔は新しい煙草を取り出し、火をつける
上条がここにいると言うことは客席にいるはずの男の仲間は拘束されたとみていいだろう
降魔達が話をしていると、ガサリという物音が聞こえた
上条がそちらを見ると、降魔によって戦闘不能させられた男が足元のバッグを漁っていた
ようやく目当てのものを見つけたのか、左手であるものを抜き取る
それは手榴弾だった
「……ッ!?」
上条が慌てて男の腕を掴もうとするが、男の動きの方が早かった
ほとんど使い物にならない右手ではなく、口を使ってピンを抜こうとする
男が手榴弾のピンを抜こうとするが、降魔の動きの方が早かった
パチン、と指を鳴らす音が聞こえたと思ったら、既に男の視界が変化していた
薄暗い貨物室ではなく、どこまでも明るい大空の中にいた
理解など既に追いついていなかった
空気に全身を叩かれ、手に持っていた手榴弾はあっという間にどこかへ行ってしまった
「よお」
嫌な声を聞いた
高度数千メートルから生身の体で放り出された男は凄まじい風の中で叫び声を上げることもできずに、首を動かした
地震と同じ環境下にいるはずなのにまるでその影響を受けていないような顔でこちらを見ている少年がいた
「テメェにはいくつかの選択肢を用意してやる」
「………ッッッ!!!!」
「このまま何にもしなけりゃテメェはあと1分くらいで地面とキスする羽目になるぜ。その哀れな命が惜しけりゃ俺の機嫌を損ねないことだ」
「………!!!」
「おいおい、何にも聞こえないぞ。崇高なテロリスト様は俺なんかとは話したくないってか?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、降魔は男を見る
降魔は地上を指差しながら
「ほら見ろよ。あと30秒だぞ」
少年に言われるがままに男は地上を見る
気づけば地上はかなり近づいていた
この少年の機嫌を損ねれば、文字通り木っ端微塵になるだろう
ブワッと男の全身から冷や汗が噴き出る
「……ッ!!…………!!?」
もうなりふりなど構う余裕は一切なかった
必死に命乞いをするが、時速100キロを超えるスピードで落下している少年の耳には届かない
涙、鼻水、涎などの水を撒き散らしながら男は必死に叫ぶ
「ぎあああァァァァァァァァ!!!!?」
気づいた時には地面がすぐそこまで迫っていた
一瞬でこれまでの出来事がフラッシュバックする
そこで男の目の前が真っ暗になり、意識が途切れた
「ふン、面倒ごとはさっさと片付けるに限るな」
地面に降り立った降魔は男の襟を掴みながら、煙草を取り出す
男を適当なゴミ箱へ放り投げ、その様子を写真に収める
その写真を英国王室のメールアドレスに現在地付きで送った
これでイギリスが動いて、男の身柄を拘束しにくるだろう
「さぁて、お次はあの馬鹿共の言い訳を聞くか」
そう言って降魔は電極を切り替えた