降魔達が連れてこられたのはパーティー会場で使うような大部屋だった
木の年輪のように、丸く何重にもテーブルが配置されているのが特徴的だ
その中央にエリザードは立っている
降魔は近くの席に座り、ポケットからガムのようなものを取り出し、それを口に含む
どうやらエリザードや騎士団長との会話に参加する気はないようだ
上条達のやりとりを眺めながら噛み煙草の風味を味わっていると、降魔の携帯が震えた
画面を見ると最近追加した番号が並んでいた
降魔は黙って部屋の外に出ると、通話ボタンを押す
「…何のようだカガチ」
電話を掛けてきたのは降魔向陽の所属していた暗部組織の元上司であるカガチだった
時々メールなどでやりとりはしていたが、電話は珍しい
『今電話は大丈夫ですか』
「問題ねぇよ」
『先日の学園都市の独立記念日に複数の暗部組織が抗争を行ったのを覚えていますか』
「あぁ、俺たちは参加してなかったがな」
『その抗争を生き残った者達が集められて新たなチームができるそうです』
「あ?お前も短くない時間を暗部で過ごしてんだろ。そんなの暗部じゃ日常茶飯事だっただろーが」
『はい。それ自体は珍しいことではありません。ですが、その新しいチームに……』
何やら言いずらいことなのかカガチは電話先で黙ってしまった
すると電話の先で、ちょっと変わって。という声が聞こえた
『もしもし。私だけど』
「…
電話を代わったのは降魔向陽と一緒の暗部組織に所属していた鬼灯という少女だった
『新しいチームなんだけど、そこに貴方とカガチの名前があるの』
「あ?どうなってやがる」
なるほど、それでカガチは電話先で言い淀んでいたのか
それと同時に降魔は考える
暗部は常に人手不足だ
先日の抗争で多くの人手が失われ、その補充のために抗争の生き残りが使われたということだろう
だが、
「前も言ったが、お前らはもう暗部の人間じゃない。お前らに回る予定の仕事は俺のとこに来る」
だから、と降魔は付け加え
「その通知は無視しろ。最悪その組織を俺が叩き潰す」
『わかったわ』
「俺は訳ありで学園都市にいない。その隙を狙って暗部のゴミ共がお前らを襲撃する可能性も捨てきれねぇ。判断はお前らに任す」
『はーい。カガチにも伝えておく』
そう言って電話は切れた
そこで降魔は少しばかり思考を巡らせる
(…俺はともかくカガチまで巻き込まれるとはな。アレイスターの野郎には忠告したが足りなかったか?)
降魔は勝手に窓を開けて煙草を咥え、火をつける
煙を吐きながら今後のことを考える
(マジで面倒だな。いっそのこと本当に新しい組織を潰しちまうか……。いや、そんな面倒なことしてもまた新しい組織が出来上がるだけか。こんな面倒ごとをなくすには『暗部』そのものを無くす勢いで動かにゃいけねーのか)
だが、そんなことは絶対できない
学園都市に蔓延る暗部とはそんな簡単なものではない
暗部を無くそうとすれば、それは表の世界にも影響を及ぼすだろう
そんな判断を統括理事長であるアレイスターが下すとは思えない
となると降魔にできるのは、いつも通りにカガチ達に暗部の手が及ばないように注意することだけだ
アレイスターには話を通してあるのだ
あとは時間が解決するだろう
「…貴方、ここを何処だと思っているのかしら?」
「あ?」
声のする方を見るとエリザードに負けず劣らずの豪奢なドレスを纏った女性が立っていた
年齢は30代前半ほどだろうか
左目には片眼鏡をしており、肩にかかる髪は艶のある黒色だった
彼女は降魔向陽を知らないようだが、降魔は彼女を知っていた
「…第1王女か」
降魔の言葉に第1王女は目を細めただけだった
単身で魔術の巣窟に乗り込むのだ
相手の情報くらい把握しておくのが降魔の常識だった
「勝手に煙草を吸ってたことに怒ってんのか?だとしたら禁煙って張り紙を貼っておいてくれ」
一国の王女にそんな口の聞き方をすれば国際問題に発展しかねないというのに降魔は笑みさえ浮かべている
少年は煙草を燃やし尽くし、改めて第1王女を見る
「…護衛もつけずに歩き回るなんてイギリスは人手不足なのか」
「私の場合は、私を知る者に信頼を預けるつもりはないのよ。みすみす背中を刺される危険を増やしてどうするの」
「はン、じゃあ俺がこの場でお前を殺そうとしたらどーするつもりだ?俺がこの場にいるのは俺の家族を巻き込んだ馬鹿共にお礼をしにきたからだ。例えお前が今助けを呼んだとしても俺は確実にお前を殺せるぞ」
そう言って降魔は電極を切り替えた
このアクションさえ起こすことができれば降魔は最強の超能力者としてあらゆる能力を好き勝手に使える
殺気をこめながら降魔は第1王女を睨む
「貴方がそんな馬鹿なことをしでかすとは思えないのだけれど」
「そいつはどーかな。俺が用があるのはテメェら王室派の人間だ。望みが叶うなら多少は手荒な手段を取らせてもらうぞ」
「貴方の望みは?」
「ローマ正教のセレナがテメェらと話した話の内容」
「ふむ、あの少女の知り合いなのかしらね。だったら話は早いわ」
「あ?」
「貴方はこの場から離れて行方をくらませなさい」
そう言うと、彼女は折り畳まれたメモ用紙を降魔に渡した
それを開くと11桁の数字が並んでいた
どうやら誰かの携帯の番号のようだ
「貴方がハイジャック犯を無力化したことに『彼女』は気づいているわ。だからこそ貴方はこの場から離れてほしいのよ」
「…何言ってやがる」
「潜伏が完了したらその番号に電話をかけなさい」
「待て…」
「待てないわ。話はこれでお終いよ」
そう言うと彼女は先ほどまで降魔がいた大部屋の方へ歩いて行ってしまった
1人残された降魔は煙草に火をつけながら考える
(どーも面倒ごとの匂いがしやがるな。問題なのはどの程度の面倒ごとが起きるかだ)
降魔は舌打ちをしながら電極を切り替え、城の外へ移動する
学園都市の暗部で活動してきた人間としての感覚が降魔を動かす
「…とりあえず、だ。あの女の言う通り暫く息を潜めるしかねぇか」
監視カメラなどを意図的に避けつつ降魔は適当な路地裏へ入る
(…そういえば前に買った『アレ』がここらへんだったか)
彼にしては珍しく鼻歌を歌いながら路地裏を歩く
途中で何度か能力を使い、空間を移動する
「…着いたか」
降魔がやってきたのは何の変哲もない建物だった
扉を開ける素振りをせずに降魔は電極を切り替え、空間を飛び越える
ここは降魔が個人的に購入したイギリスの別荘だった
先ほどの扉も見た目は扉だが、ただの壁である
正真正銘に降魔しか入ることのできない秘密基地のようなものだ
イギリスはもちろん学園都市でさえもこの場所は把握できていないだろう
「チッ、マジで面倒だな」
降魔は煙草に火をつけながらソファに座り込む
テレビのリモコンを操作し、適当なチャンネルに合わせる
そのまま携帯を取り出し、数字を打っていく
『…意外と早かったのね。そこは誰にも見つからないのかしら?』
「黙れ。テメェとの世間話に付き合う気はねぇんだよ。さっさと用件を話せ」
『全く貴方は……。少しはこの国の紳士を見習っては、』
「オイ、クソアマ。2回も同じことを言わせんじゃねぇ。用件は何だ」
電話の向こうからため息が聞こえたが、降魔は態度を改める気はない
『これからイギリスで大規模のテロ行為が発生するわ』
「あ?テロだと?それが俺に何の関係があるってんだ」
『貴方には直接関係があるわけじゃないわ。ただ、この国は貴方の家族がいるのでしょう?』
「………、」
その話を聞いた瞬間に降魔のスイッチは切り替わった
現在自分が潜伏している場所からセレナ治療を受けている教会までの距離を計算し、そこから彼女を学園都市に連れて帰ろう
飛行機は学園都市に連絡すればすぐにでも来るだろう
上条とインデックスの現在位置がわからないが、先にセレナを回収できれば何とでもなる
そこまで考えた降魔の心を読むように第1王女は言葉を紡ぐ
『彼女を連れてイギリスから出ていくことを考えているのなら無駄よ。既に彼女のいる教会はテロの首謀者が掌握しているはずだわ』
「だからなんだ。あんまし学園都市第1位を舐めんじゃねぇぞ。雑兵が何人いようが能力さえあれば何とでもできる」
『やる気を出してくれるのはありがたいのだけど、流石の貴方でも彼女を無傷で連れ出すのは難しいのではないかしら』
その言葉に降魔は目を細める
魔術を使用する際に発生する魔力という力の波を操作することで対魔術での戦闘も慣れてはきた
しかし、それでも魔術の世界ではまだ実力不足であることを自覚している
それに自分の能力は無敵でも何でもないことも知っている
あんなボロボロの状態のセレナを連れたままの戦闘はできる限り避けなければいけない
「チッ、確かにそうかもな」
今までの降魔であれば己の能力を過信し、強引にでもセレナを回収していただろう
これまでの道のりが降魔向陽という超能力者を少しづつ変えてきたのだ
「で、俺にわかりやすい首輪をつけてどーするつもりだ」
『意気込んでくれているところ悪いのだけれど、貴方は自分で考えて動いてほしいの』
「あ?テメェが暫く姿を隠せって命令してきたんだろーが」
『完璧に練られた計画に周到に準備された戦力を崩すのは何だと思う?』
「………、」
降魔は心の中で舌打ちをしながら煙草に火をつける
煙を吐きながら黙って相手の話を聞く
『それは、イレギュラーよ』
「俺がそのイレギュラーになれと?」
『そう。緻密に作り上げられた盤面をひっくり返してほしいのよ』
それができるだけの能力が少年にはある
だからこそ彼女は降魔にこんな命令をしているのだろう
「ふン、お前の言いたいことはわかった。だが、そもそもテロを企てている首謀者を潰せばこんな面倒なことしなくても済むんじゃねぇのか」
『…それは難しいんじゃないかしら』
「理由は?」
『首謀者は、私の妹にしてイギリスの第2王女……。キャーリサよ』
それを聞いた降魔は別に驚かなかった
タバコの火を消しながら考える
いくらテロを企てている首謀者だとしても一国の王女を降魔が潰せば待っているは国と国との戦い、すなわち戦争だけだろう
魔術の国の王女だからといって降魔が本気を出せば確実にキャーリサを殺せる
だが、それができないだけの理由があった
「チッ、用件はそれだけだな?お前の言った通り俺は俺の勝手にやらせてもらう。せいぜい盤面と一緒にひっくり返らねぇように安全なところで何かにしがみついておけ」
それだけ言って降魔は電話を切った
自分好みにカスタマイズされた部屋でお気に入りの煙草に火をつける
「……面倒くせぇな」
Zippoを弄りながらソファに横になる
テレビをつけ、最近加入したサブスクの動画配信サービスで前から見ていたドラマの再生ボタンを押す
確か前回はクライマックス一歩手前くらいだった気がする
「………あ?」
だが、降魔が目にしたのはネタバレ全開のクライマックスの真っ最中だった
降魔は最近このドラマを見ていない
ということは考えられるのは『アイツら』しかいない
「ふざけんなよオイ。まじ不幸だわ」
そう言って不貞腐れたようにテレビの電源と煙草に火を消し、目を閉じる
第1王女は盤面をひっくり返してほしいと言っていた
ならばその盤面が完成するまで寝させてもらおう
どうせ暗部で活動しているこの嗅覚が外の異変にいち早く気づくはずだ
「…帰ったらアイツらに文句言わねーとな」
彼女らを思い出し、うっすらと笑みを浮かべる