午前12時
日付けの変更と共に、それは起こった
警察署や病院などの主要施設が警察官や軍人によって封鎖された
イギリスに存在する各種城塞が『騎士派』の手によって次々に陥落された
宗教的拠点や政治的要衝が一気に掌握された
既に降魔向陽の目は覚め、ソファに寝転びながら携帯を弄っていた
外の異変には気づいてはいたが、いまだに動く様子はなかった
(…ここが襲撃されねぇってことは、第2王女は俺の居場所を把握できてねぇことか)
イギリス全土で巻き起こっている戦闘の際に使われている魔術の波を解析し、それぞれの戦況のイメージを作り上げてく
どうやら『騎士派』の連中が優勢のようだ
魔術師の連中は後手に回っており、それぞれの戦場で劣勢を強いられていた
煙草に火をつけ、携帯の電源を落とす
煙を吸い込みながら考える
緻密に計画された戦況をひっくり返すためにはどうすればいいのか
降魔向陽という超能力者にできることは何か
家族を救うために自分にできることは何だ
降魔はソファから起き上がり、イギリス全土の正確な地図と盗聴用の無線機を持ち出して机に並べる
地図に情報を書き込みながらこれからどう動くべきかを考える
自身の能力があれば並大抵のことならばさほど問題はない
しかし、降魔にとっての不安要素は…
(チッ、敵のナイフが俺の急所に突きつけられてる状況が気に入らねぇな)
降魔向陽の姉であるセレナが治療を受けている教会は既に敵に掌握されている
下手な行動を起こせば命の危険が晒されるのは降魔向陽ではなく、セレナだろう
であれば、話は簡単だ
降魔向陽がセレナを救出すればいいだけだ
同時に複数の箇所でイレギュラーを発生させる
それができるだけの能力が降魔には備わっている
ちょうど煙草を吸い終わるのと同時だった
『ザザザ……、第、3王女を乗せた馬車の位置の、ザザザ、が…完了……』
聞き取りにくかったがご丁寧に場所まで無線で報告していた
どうやら第2王女のクーデターを察知した第3王女が身を隠すために逃亡をしているのだろう
第2王女は恐らくこの国の女王であるエリザードと王女である第1王女と第3王女を処刑するだろう
随分と前からこのクーデターに勘づいていた第1王女は既に身を隠しているだろう
そして、ギリギリまで逃亡することができなかった第3王女が現在一番危機的状況といえるだろう
となれば、
「取りこぼさねぇぞ。第3王女もセレナも」
盤面をひっくり返す意味はない
下手にひっくり返して身内に被害が出るのだけは避けなければいけない
であれば緻密に計画されているクーデターの複数箇所でイレギュラーを起こす
それぞれのイレギュラーは小さくても構わないが、奴らが気づいた時には既に制御不能な状態にする
降魔は電極を切り替え、能力を使用する
◇◇◇
第3王女のヴィリアンは馬車の中にいた
御者はいないが、魔術的な仕組みが施された馬車は自動的に目的へと走行していた
自分を逃がしてくれた使用人の安否や現在の戦況など様々な不安がよぎるが、彼女は10キロほど先にあるカンタベリー大聖堂を思い浮かべる
クーデターを起こしているのは『王室派』と『騎士派』だ
であれば残る『清教派』を頼りしかない
(せめて、私を逃がしてくれた使用人だけでも助けてもらわないと……)
しかし、そんな願いは叶えられなかった
唐突に馬車を動かしている2頭の馬が暴れ出した
ズッシャアアアア!!という轟音と共に馬車が横転する
「く……っ」
凄まじい衝撃で意識が飛びかけたが、弱々しい馬の嘶きを聞きかろうじて意識を保つ
横倒しになった馬車の中で自動操縦の霊装は警戒色の赤色が灯っていた
そして、その霊装とは違う通信用の霊装からこんな声が聞こえてきた
『もー諦めろ。大人しく出てこよーが、そこに籠城しよーが、いずれにせよお前は死ぬの。未練が残っているのなら自分で取り除け。祈りたいのなら勝手にしろ』
聞きなれたはずの姉の声に背筋を凍らせるヴィリアン
通信用の霊装からは無慈悲にキャーリサの声だけが響く
『3』
それはカウントダウンだった
しかし、それはヴィリアンに何かを求めるためではない
『2』
いずれにしても殺す
つまりは、単にヴィリアンを怯えさせて、苦しめるものだった
『1』
ヴィリアンは決断を迫られる
いくら横転したといっても、ある程度の霊装で守られた馬車の中の方が安全なはずだ
しかし、
『0』
しかし、ヴィリアンは咄嗟にドアへ手を伸ばし、持っている力の全てを使って身を乗り出す
そこへ容赦のない破壊が馬車を粉々に砕く
ヴィリアンの体が地面に転がる
「カンタベリー大聖堂を頼るなら無駄だ。わかっているだろう?」
近くには軍馬にまたがるキャーリサがヴィリアンを見下していた
「護衛用の馬車の自動操縦の制御が失われたのは、目的地であるカンタベリー大聖堂側がジャミングを仕掛けたからだよ。理由はわかるな。お前は見捨てられたんだよ」
「っっ!?そんな……そんな、まさかっ」
「「王室派』と『騎士派』は私の手中にあるの。『清教派』もお前を庇うつもりはないらしい。お前の味方はもはや1人もいない。1人もだ」
気がつけば先ほどまでヴィリアンの身を守っていた騎士たちが彼女を取り囲んでいた
その中の1人である騎士団長がキャーリサに告げた
「聖人は片付けました。障害はありません」
「…学園都市から来ているという異能力者の行方は?」
「バッキンガム宮殿に来ていたことは確認しているのですが、そこからの行方は不明です。恐らく異変を察知し、身を潜めているのかと」
「ふむ。では、もーひと仕事頼もーか」
「……了解しました」
馬から降りる騎士団長をヴィリアンは信じられないと言った目で見る
確かに騎士団長はキャーリサの直属である
単純に命令を聞くというだけならば、この決定は妥当だ
しかし、騎士団長と出会ったのは昨日今日出会ったわけではないのだ
何度も背中を預け、何度も助けられた
頭脳でも軍事でもなく、人徳に特化した彼女だからこそ彼女は思ってしまう
もしかしたら騎士団長は演技をするだけかもしれない、と
自分を殺したように見せかけて、どこかへ逃がしてくれるのかもしれない、と
だが、それは楽観的というよりもどちらかといえば現実逃避に近いだろう
そして、そんな現実逃避では誤魔化せないほどの絶望が、そんな考えを粉々にする
「剣で首を刎ねては切断面を潰してしまう。王侯貴族の処刑に使う斧を持ってこい。可能な限り重く、綺麗に切断できるものを。死したところで姫は姫。汚い仕上がりを見せて、民の前で恥を晒すわけにはいかん」
部下にそんな命令を出した騎士団長に、ヴィリアンの喉が限界まで干上がる
「……ひ、ぁ……」
もはや言葉も出なかった
口の中が張り付いて、ろくな音が出なかった
部下から斧を受け取り、騎士団長は斧を肩で担ぐ
「始めるぞ」
ズン…と騎士団長が斧を振り上げた音が響いた
「う、うああああああああああああ!!!」
もはや言葉はなく、へたり込みながらヴィリアンは雄叫びを上げた
そんな彼女の声を聞いても騎士団長の表情は変わらなかった
既に騎士団長はヴィリアンの首へ狙いを定めている
「助けを求めても構わないし。聞いてるものいるだろう。だが、応じるものがいると思うなよ」
キャーリサが告げたその言葉が一番ヴィリアンの胸に突き刺さった
世界にはこんなにも人がいるのに
とんでもない力を持った人が大勢いるのに
その誰もが、ヴィリアンのために立ち上がってくれない
騎士に囲まれている第3王女は孤独だった
ボロボロと涙がこぼれるのは、恐怖か、悲哀か、屈辱か
そんな彼女を見た騎士団長の眉が一瞬だけ動いたが、彼もキャーリサの手先だった
「お別れです。最後に1つだけ約束をしましょう。切り落とした首についてはお任せください。生前と同じく……いえ、生前よりも美しいお顔となるように演出をさせていただきます」
最後の言葉が終わった
そして、騎士団長は迷いなく処刑用の斧を振り下ろした
同時
ドッパァァァァ!!!と凄まじい衝撃が、取り囲む『騎士派』へと襲いかかった
同時
ガギンッ!!と何か硬いものが砕かれるような音と共に騎士団長の持つ処刑用の斧が粉々に砕かれた
突如『灰色の影』と『青色の影』が君臨した
第3王女は自分の身に起きたことが理解できなかった
先ほどまで地面にへたり込んでいたはずの自分の体は、とある男の腕の中にいた
片腕で第3王女を抱える屈強な男は、もう片方に巨大な剣を握っていた
ヴィリアンはこの男の名前を知っていた
「ご無事ですか。王の国の姫君よ」
その端的な言葉だけでヴィリアンは理解した
『王室派』、『騎士派』、『清教派』、その全てに見捨てられても、この傭兵だけは駆けつけてくれたのだと
「ふン」
そんな傭兵の隣には少年がいた
灰色の髪に首筋のチョーカーのようなものに手をかけながら、獰猛に笑っていた
そのまま地面をトン、とつま先で小突く
たったそれだけの行為から生まれたとは思えないほどの衝撃がヴィリアンと傭兵を狙っていた騎士達を吹き飛ばす
「…どうやらありゃ感動の再会ってやつらしい。俺やテメェらはお呼ばれされてねぇ舞台だ。だから、さっさと失せろ脇役が」
ヴィリアンはお世辞にもヒーローとは呼べないような雰囲気の少年を見る
そこでようやく思い出す
彼はバッキンガム宮殿を正面から襲撃した少年だ
詳しくは聞いていないが、彼の家族がイギリスに利用されたらしい
だから少年はそんなイギリスの上層部に話を聞くためにやって来た
だけどそんな少年はイギリスの王女である自分を助けるためにやって来た
「…無防備な奴を連れて戦闘をする気はねぇぞ。さっさとソイツを後退させろ」
少年が傭兵に告げる
その言葉を受けて傭兵が動く
その動きには明らかな信頼があった
少年と傭兵の関係性はわからないが、互いが互いをある程度信頼しているようだった
「舐めているのか?お前1人でこの数を相手にするというのか。残念ながらそれは驕りだぞ」
「……、」
1人の騎士の言葉を受けながら降魔は慣れた手つきで煙草に火をつける
「お前は選択を間違えた。あの傭兵がいればお前に勝機もあっただろうが、」
言葉を言い終わる暇もなかった
ドンッ!!!と轟音が耳に届いたときには既に体に衝撃がはしっていた
少年があの位置からたった一歩で言葉を放っていた騎士の頭部を掴み、地面へと押し倒していた
「勘違いするなよ三下。あの男が居ようが居なかろうが結果は変わらねぇんだよ」
「ぎぎ、がっはぁ…っ!!!」
「…ただあのお姫さんがいるとこういうことができなくなっちまうだろ」
メキメキメキ!!と騎士の頭部から耳障りな音が聞こえ始める
それが頭蓋骨の悲鳴だと気づいた騎士は、慌てた様子で抵抗を始めるが遅すぎた
「悪ぃが、ここから始めるのは虐殺ショーだ。存分に震えて抵抗して泣き喚いてくれ」
悪魔の笑みを浮かべた降魔が騎士の頭部を掴む手に力を込める
圧倒的な虐殺だった
剣を振り回す馬鹿は、ベクトル操作で剣を弾き、腕をへし折り、残った足も引きちぎって地面を這うことしかできない芋虫にしてやった
魔術を発動させようとしている馬鹿は、その魔術の波を操作し、降魔に向かうはずだった攻撃用魔術に自分が貫かれ、血を吐きながら倒れた
逃走を試みた馬鹿は、未元物質が生み出した真っ白い翼で地面へ縫い付け、そのまま串刺しにしてやった
「で…、だ。テメェはいつまで見下してやがんだ」
軍馬に跨るキャーリサを睨みつけながら、死体の数を確認する
(数匹足りねぇな。あの騎士団長とかいう奴と一緒に傭兵を追跡してやがるのか)
あの男ならあの程度の戦力ごときどうにでもなるだろう
それよりも重大な問題は、目の前にいるイギリスの第2王女にして今回のクーデターの主犯であるキャーリサだ
「ふむ。あのハイジャックを単身で解決しただけのことはあるよーだし」
「オイ、状況わかってやがんのか」
「状況がわかっていないよーなのは貴様の方ではないか」
「あ?」
「やれ」
キャーリサはどこからか無線機を取り出し、命令を下す
おおよその予測はついていた
降魔向陽という最強の存在の意識を別の場所へ向け、その隙に体勢を整えるつもりだろう
現在降魔向陽という少年が最も警戒をしているはずの急所
とある教会で治療を受けているローマ正教の神の右席に所属している上方のセレナ
降魔向陽の実の姉だ
だからキャーリサは配下の騎士に教会を監視させ、命令ひとつで襲撃できるように計画した
だが、
キャーリサの緻密に練られたこの計画ですら降魔の予測の範疇を出なかった
「はン、テメェら薄汚いテロリスト共が俺の家族に触れるのを見逃すとでも思ったのか」
「……何?」
あまりの余裕な態度にキャーリサは眉を顰める
それと同時だった
『ザザザ…がぁ!!?ま、待っ、てくれ!!!。がふばあッ!!助け』
無線からは騎士達と思われる悲鳴が聞こえるだけだった
教会にいる少年の姉の掌握ができればこちらの優勢になるはずだった
しかし、少年は、降魔向陽は、何もかもが規格外だった
舌打ちをしながら無線機の電源を切ろうとする、キャーリサの耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた
『よお。ちょうど今終わったとこだ。予想より遅かったな、第2王女サマ』
その声は目の前にいる少年の声と全く一緒の声だった
その瞬間、キャーリサは考えを巡らせる
「何考えてやがるか知らねぇが、無駄だ。テメェの目の前にいるのは学園都市の頂点だぞ。テメェごときの計画なんざプチっと潰してやるよ」
「…何を」
「はン、これでも見て勝手に予測してくれや」
そう言って少年の体が、ドロリと崩れる
やがて真っ白い物質となって消えていった
少年が消えた瞬間に、無線機から各地の状況の報告が一斉に入ってくる
その報告のほとんどがイギリスの要所の制圧に失敗したとの報告だった
それも各地の報告に共通していたのは、
『灰色の少年が現れ、圧倒的な力で舞台が壊滅させられた』ということだった
きっと他の場所でも先ほどと同じような事が起きていたのだろう
キャーリサは先ほどまで少年が立っていた場所を睨みながら眉をひそめる