「ですって」
時も場面も人も変わり、学園都市にあるマンションの一室で1人の少女がスマホの通話を切りながら答える
黒と白が混ざり合っているような髪をした少女
「…そうですか。ここはとりあえず彼の言う通りにした方がいいかもしれませんね」
そんな少女に話しかけるのは、先ほどまで電話をしていた少女と瓜二つな見た目の少女
元『カースト』の構成員と元『カースト』の上司
鬼灯と呼ばれる少女とカガチと呼ばれる少女だった
先ほどまで鬼灯が話していたのは、元『カースト』のリーダーにして学園都市同率第1位である降魔向陽だった
「今は学園都市にいないから判断は私たちに任せるって」
「ふむ。それでは彼の言っていた通りに『普通』という生き方をしてみましょうか」
「それはいいけど、新しい暗部から狙われたらどうするのよ」
鬼灯はソファに座りながらパソコンを弄っているカガチに問いかける
カガチはパソコンをいじる手を止める
「その心配はいらないようですよ」
「…?」
鬼灯の携帯が震える
どうやらメールのようだ
そこにはカガチからあるメールが転送されていた
メールは先ほどの暗部組織の再編成のリストのようだった
そこにカガチと降魔向陽の名前は無くなっていた
恐らく学園都市統括理事長が裏から手を回したのだろう
それよりも今問題なのは……
「…なんで貴方が私のメアドを知ってるのよ」
「これでも元々暗部組織に指示を出す『電話の女』だったのですよ?個人情報なんて簡単に抜き取れます。さらに言えば、携帯にはパスワードかけることをお勧めします」
「ふん、二度と私の個人情報なんて見せないんだから」
「あまり難しいパスワードにすると、ロックが外れなくな」
カガチは話の途中で眉をひそめた
暗部組織を抜けたとはいえ、情報の重要さは理解している
癖で暗部の情報を漁っていたカガチは気になる情報を見つけた
「何よ急に。何かあったの」
「………、」
パソコンを覗き込む鬼灯に構うことなく、カガチは必要な情報を集める
そして決定的な情報に辿り着く
その情報をパソコンから携帯に移し、立ち上がる
「わっ、ちょっと…どうしたの」
「時間があまりないかもしれません。とりあえず移動しながら話します」
そう言うとカガチは歩き出してしまう
その後を鬼灯が追う
部屋を出てエレベーターのボタンを押す
「ちょ、ちょっと!!一体何があったのよ」
「…時間は分かりませんが、今日学園都市の外部から複数人の侵入者が確認されました」
「で?」
「学園都市の暗部がある人物をその侵入者に引き渡すようです」
「…何よ。それくらいで別にカリカリしなくても」
「問題なのは、その人物です」
そこでようやくエレベーターが到着した
かつて降魔向陽を追い詰めるほど学園都市の闇に浸っていた彼女が普段の無表情を崩すほど焦っているようだった
『その人物』とはどれほど学園都市にとって価値のある人物なのだろう
「置き去りを利用した人工不死者製造実験の被験者の生き残り」
「聞いたことない実験だけれど、その被験者ってすっごく価値のある人なの?」
「貴方にも分かりやすいように言えば、降魔向陽の家族の1人である、『リア』と呼ばれる少女です」
「ッ!?」
それを聞いてようやく鬼灯の表情が変わった
降魔向陽という人間とそれなりの時間を共にしている
それによって彼がどういう人間なのかを知っている
そんな彼の家族を狙うという愚行
エレベーターはエントランスに着き、彼女達はマンションから外へ出る
「なるほど。彼が学園都市から離れたこのタイミングって訳ね」
「ついで言えば彼は今イギリスにいるはずです」
「根拠は?」
「彼との通話で逆探知をかけました。結果がイギリスだっただけです」
彼女達が向かうのは降魔の家族が生活をしているマンションだ
幸いなことにここからそれほど離れていないためすぐに到着できるだろう
「さらに言えば彼はしばらくイギリスから帰って来れないでしょう」
「…?彼の能力なら飛行機なんて使わないでも帰ってこれるんじゃないの」
「イギリスでは現在大規模なテロが発生しています。彼が巻き込まれている可能性もそれなりに高いです。現に既に彼の携帯に電話をかけても繋がらなくなりました」
「それじゃあ……」
「ええ、この襲撃を止められるのは私たちだけです」
「そう。それじゃあ『普通』って生き方をするために普通に人助けをしますか」
2人が同時に能力を発動させた
まるで彼女達を取り囲むように配置されていた男女の衣服を操作し、強引に地面へ叩きつける
虚をつかれた男女は受け身も取れずに硬い地面に激突し、痛みに顔を歪ませる
『暗部』の襲撃だった
なんとか起きあがろうとする男の顔にカガチが躊躇なく蹴りを放つ
その背後では、鬼灯も女の意識を奪っていた
「既に私たちは警戒されていたようですね」
「そりゃあ彼の元上司と元部下だもの」
カガチはこれからの行動を考える
最も優先するのは少女の身の安全の確保だ
いち早く彼女と接触し、カーストの隠れ家だった場所にでも身を隠す
降魔向陽と連絡さえつけばいくらでも面倒ごとは解決できるはずだ
そこでカガチは視界の端っこに蠢いている黒い昆虫に気がついた
別に普段ならばそこまで気にもとめないゴキブリだった
だが、この状況でゾッと彼女の危機感知が警鐘を鳴らした
「まずい」
だが遅かった
「ふん、ふん、ふん、ふん」
「ふん、ふん、ふん、ふん」
纏う悪意は学園都市の闇を表しているかのようだった
即興であろう鼻歌が嫌に耳に残る
年齢や背丈の割に胸の大きな少女だった
浴衣のようにも、死装束のようにも見える白衣を着ている2人の少女だ
縁日のお面のように頭の横にガスマスクを引っ掛けている姉妹だ
足首まである長い黒髪を揺らしている10歳くらいの双子だ
「まずい!!」
カガチは躊躇なく双子の立っていた地面を吹き飛ばした
最大出力
並みの人間であれば、飛ばされたコンクリートの破片で体の至る場所を貫かれている
カガチに合わせて鬼灯が先ほどまで双子がいた場所へ近くにあった自動車を激突させる
並みの人間であれば、人間の形は保てずにぐちゃぐちゃの肉塊になっている
滅多に感情を表さない彼女がここまで焦った表情を浮かべた
それだけで目の前にいた双子がどれほどの脅威かを理解した
バジュウワッッッ!!!と
コンクリートも金属もあらゆる物質が急速に崩れる異音が炸裂した
「どうするのかしら、過愛」
「どうしよっかな、妖宴」
その声が耳に届いた瞬間、カガチと鬼灯は顔を歪ませた
先手を取られたとはいえ、真正面から最大出力で地面を吹き飛ばしたはずだ
これほどの暗部が出てくるとは思っていなかった
「お得意さんからの直々のお願いだもん」
「別にお願いを聞く理由はないけれど、こっちの方が面白そうだもの」
まるで本気の降魔向陽を相手にしているかのようだった
自身の行動ひとつひとつが命に直結する
それほどの圧が存在している
「ねえ、『分解者』」
「ねー、『媒介者』」
ここから数秒後の未来が想像できてしまう
『分解者』の過愛に『媒介者』の妖宴
2人ははっきりと言い放った
「「やっぱりミナゴロシ、かな」」
判断は早かった
『分解者』と『媒介者』が何かアクションを起こす前にカガチと鬼灯はほとんど同時に能力を使用した
既に異常事態を察した通行人などの一般人はこの場から逃げ出していた
だからより大胆に
カガチ先ほど破壊した地面の中にある水道管を引っこ抜き、思い切り叩きつける
鬼灯は街に並ぶ街路樹を何本も引っこ抜き、双子に向かって発射する
轟音と土煙が同時に発生する
「チッ、これは……」
舌打ちと共にカガチが顔を顰める
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ、と
数万単位のネズミの群れだ
それを肉壁として使い、圧倒的衝撃から身を守る
「誘引物質」
「『彼ら』はどこにでもいる。そして構造が単純な分だけコントロールも容易。ネズミやゴキブリ用のふりかけなんかすごいんだから」
「そして微生物を使えばこんなこともできるのよ」
直後
静電気一つで大爆発が発生した
カガチと鬼灯は全身を衝撃で叩かれた
遅れて、熱風と爆音が彼女らを襲った
「ばぶあ!?ごぼっ、な、にが…」
鬼灯は先ほど立っていた場所から数メートル離れた車に激突しながら、体を起こそうとした
しかし、あの距離で爆発の衝撃を浴びたのだ
体が自由に動かない
咄嗟だった
先ほどカガチが引き抜いた水道管から溢れる水を使って簡易的な盾を張らなければこの程度では済まなかっただろう
まずい、と本能的に理解した
これでは『リア』という少女を守る以前の問題だ
目線だけを動かし、カガチが吹き飛んだであろう方向を見る
鬼灯と同じようにカガチも吹き飛ばされていた
彼女は、道路の真ん中で倒れていた
ピクリとも動かないことから意識はないと考えられる
(こ、れは、まずい)
そこでようやく鬼灯は襲撃者の姿が目に入った
既に双子の興味はカガチや鬼灯から依頼のあった少女の方へ移っている
放っておいても問題がないレベルと判断された2人に構う暇はない
「チッ、舐めないでよねっ!」
演算に問題はない
両手を突き出し、別々の対象を操作する
右手でカガチの衣服を、左手で未だに溢れている水を
ごりごりっ!!と体を動かすたびに体内で異音と激痛が発生するが気に留める余裕はない
意識のないカガチを引き寄せ、能力を使ったまま抱き抱える
左手で操作する水で『分解者』と『媒介者』の貫く
「過愛、まだ意識あるみたいよ?」
「そーだね妖宴。でももう何もできないはずだもん」
軽々と鬼灯の水の槍を避け、楽しそうに進んでいく
だが、鬼灯もただ彼女らが進むのを見ているだけではない
イメージは完璧だ
であれば能力というものは自身のイメージに従うはずだ
双子が水の槍に気を取られている間に、彼女らの僅かな衣服のズレを確認する
『分解者』と『媒介者』の2人は言っていた
ネズミやゴキブリなどのコントロールは容易、だと
であれば彼女らはネズミなどを自在に操れる誘引物質をいくつも持っているはずだ
それさえ失えば、彼女らとて時間を作らなければいけなくなるはずだ
その隙にこちらも態勢を整える
「掴ん、だあッッ!!!!」
彼女らが装備していた何本もの試験管を掴む
「あ」
異変に気づいた過愛が不可視の力で掴まれた試験管を掴む
「確かに試験管を奪えば私たちの力は大幅に落ちるけれど」
「暗部にいる私たちを舐めすぎじゃない?」
気づかれた
だが、関係ない
最初から彼女らの武器を奪えるなど思っていない
「潰れろ」
パリン、と試験管が鬼灯の不可視の力によって割られる
その試験管に入っている物質が何を集めるかなど知らない
だが、彼女らは超能力でネズミなどを操作していたわけではない
彼女らはテクノロジーでさまざまな生き物を操っているのだ
であれば、その生き物を操作する物質を彼女らの意思とは別でばら撒けばいい
『分解者』と『媒介者』の予想外の一撃を加える
ずずずずずずずずずずずずずずずずずず、と
先ほどまで双子を守っていたネズミが、今度は双子に向かって殺到する
慌てて妖宴が白衣の内側から試験管を取り出し、キャップを弾く
いくら予想外の出来事といっても彼女らは研究者
この程度のハプニングでは行動不能にはできないだろう
だが。隙はできた
「カガチッッ!!!」
「わか、っています」
いつの間にか意識を取り戻していた少女へ合図を送る
カガチはスマホを操作する
たったそれだけで『カースト』が所有していたあらゆる次世代兵器を展開できる
数秒後
あらゆる次世代兵器がたった2人の少女目掛けて圧倒的破壊を振りまく
轟音が鳴り響く中
カガチと鬼灯は地面に腰を下ろす
「…最っ悪だわ。こんなの二度とごめんよ」
「それに関しては、同意見です」
いつの間にか太陽が沈みかけている
薄暗い路地裏でいつまでも休んでいるわけにはいかない
少しでも早く『リア』と呼ばれる少女の元へいかなければいけない
行動を起こそうと立ち上がった鬼灯の携帯が震える
どうやらメールのようだ
メールに件名はなく、動画が一本だけ添付されているだけだった
『注目っ、久しぶりのガチの戦闘にワクワクしちゃったにゃん。お得意さんには悪いけど、この依頼はキャンセル。もう女の子も貴方たちも狙わないわ』
『別に少女や貴方たちの命はどうでもいいけれど、これ以上『あの怪物』のテリトリーをうろつきたくないもの』
『『それじゃあ、またどこかで会えることを期待しているわ』』
スマホの内カメラを使って動画を撮影しているのだろう
花露過愛と花露妖宴の衣類には汚れなどが見られるが、傷らしいものは一切なかった
彼女らの気が変わらず、戦闘が続いていれば命を落としていたのはこちらだっただろう
動画が終わり、カガチがため息を吐く
「…やはり、貴方の携帯のセキュリティはガバガバなのですね」
「もう怒ったからね!!絶対絶対ぜーったいに突破されないセキュリティにするんだから!!」
そう言い合って彼女らはあの少年の家族が住んでいるマンションへ足をすすめる
しばらく歩くと、目的のマンションへたどり着いた
キュキュキュルキュルキュル!!!とタイヤとアスファルトが擦れる音がし、彼女らの目の前で黒いバンが道路を爆走していく
「?」
先ほどの暗部との戦闘から逃げ遅れた人が今更になって慌てて逃げ出したのだろうか、と鬼灯は適当に考える
だが、隣を歩く少女は別の考えに至ったようだ
「こ、れは…、まさか」
それだけを呟き、走り始める
先ほどの暗部との戦闘で決して軽傷とは言えないほどの怪我をしているが、彼女は走り出した
遅れて鬼灯も痛む体に鞭を打ち、走り出す
「ちょっと、確かに急いだ方がいい状況だけれど、そんなに血相を変える?」
「先ほどの黒い車から、僅かですが、血の匂いがしました」
「まさか」
「えぇ、急ぎましょう」
2人の少女が走り、エントラスへ辿り着く
エレベーターを待つ時間が惜しいと判断したカガチがすぐさま階段を選択する
一段飛ばしで、階段を駆け上がっていく
降魔向陽の部屋の階に辿り着いた、彼女らの耳に子供の泣き声が飛び込んだ
泣き声のするのは彼の部屋からだ
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!うぐ、美鼓さあん!!」
既に部屋の扉は何者かによって破壊されてしまっている
部屋の中は真っ暗だった
そんな中、血を流して倒れている少女が2人とその少女たちの体を揺すっている少女
「チッ、やられた!!すぐにあの車をっ!!」
「手遅れです。あの車のナンバーは学園都市に登録されているものではありませんでした。既に闇に潜っているはずです」
「だからって、」
「それより今すべきことは、彼女らの安全の確保です。このままだと命を落とす可能性が高いです」
カガチをのその言葉を聞いて泣き喚く少女が入り口に立っていた鬼灯の服をぎゅっと掴む
「お、願いします。お姉ちゃんを…、美鼓さんを助けてください。お願いしますお願いします」
そんな少女の頭を撫でながら、優しく言葉を紡ぐ
「大丈夫よ。もう救急車も呼んだわ。病院に着いたら彼に電話をしなさい」
「彼…?降魔さんの、こと?」
「えぇ、彼ならどんな問題も解決できるはずよ」
「…うん」
そんな会話をしていると、救急車の音が近づいてきた
予想より早い
恐らくカガチが電話で第7学区の病院に伝えたのだろう
あの医者の手にかかればどんな患者だろうが、命は保障される
あっという間に救急隊は2人の少女を運び出し、救急車へと乗せていった
いまだに涙が止まっていない少女が救急車に乗る前にペコリとお辞儀をしていった
「…どうなっているの」
「恐らくは、『分解者』と『媒介者』の2人ですら囮だったのでしょう」
「本命は別にいたって訳ね」
カガチは走り出す救急車を見送りながらどこからか煙草を取り出す
それは降魔向陽が吸っている銘柄と一緒だった
「…私にも頂戴」
「えぇ、いいですよ」
2人で火をつけ、煙を吸い込む
片方の少女は、おもいきり咽せ、咳き込んでいた
片方の少女は、気持ちよさそうに煙を吐き出していた
だが、
どちらの少女も思っていることだけは一緒だった
「どこの組織のゴミクズかは、知らないけれど」
「必ず叩き潰して。こんな面倒ごとに関わったことを後悔させます」
傷だらけの少女たちは、宣戦を布告する