周囲を見渡すが、誰もいない。
五時半の鐘の音が聞こえた瞬間、僕は何もない部屋に飛ばされた。
部屋というよりは牢獄に近いかもしれない。壁も床も石造りの煉瓦で、窓も扉もない。
突如、目の前にウインドウが表示された。
はじまりの街が映っている。
そこには大勢のプレイヤーが集められていた。そこに映るカーソルは、緑一色だった。
ソードアート・オンラインではプレイヤーの頭上にカーソルが表示される。
僕の頭上のカーソルは赤い。それは他プレイヤーを手にかけた犯罪者の証だ。
βテストの時代から、PK(プレイヤーキル)を行ったプレイヤーは『レッド』と呼ばれていた。
レッドは安全地帯、いわゆる圏内に入ることはできない。
おそらく、全プレイヤーが一か所に集められる予定だったのだろう。
しばらくして、茅場昌彦の演説が始まったーー
僕は普段からゲームをしなかった。
別にそれそのものを否定するつもりはない。
楽しむ人がいるのはわかる。
単純に興味が持てないだけだ。
どちらかというと、実際に体を動かすほうが好みだった。
しかし、ソードアート・オンラインは違った。
世界初のVRMMORPG。
仮想現実への完全ダイブ。
これらの言葉に胸を躍らせた僕はパソコンをチェックし続け、βテスターの権利を勝ち取った。
待ちに待った初ダイブ。
右手に剣の重さを感じる。
草木を揺らす風の音、目が眩むほどの太陽。
全てが現実に感じる。
これが本当にゲーム?正気か?
仮想現実は現実以上に驚きに満ちていた。
仲間との協力、モンスターとの熾烈な争い。
昨日のことのように思い出すことができる。
あいつら、今日もログインしてるのかなーー
「--まあ、外見が違うしわからないだろうけどね」
今日からSAOは正式にスタートした。
前回の経験を活かし、僕のアバターは現実の姿とほぼ同じだ。
体格を変えると、いつも通りに動くことができない。
βでの教訓の一つだ。
「ロージャ?集中しないとやられちゃうよ!
「こんなところでやられたら、βテスターの名折れだよ」
ソーニャに軽口を返す。
彼女はβ時代からの友人だ。
ひょんなことからパーティを組み、意気投合した。
僕と同じでゲーム初心者だが、仮想現実への興味からソードアート・オンラインを始めた。
「将来的にはギルドをつくりたいよね。皆で楽しく、ワイワイやるのがゲームのだいご味でしょ!」
イノシシのようなモンスターを斬り捨て、ソーニャは笑った。
彼女は運動が苦手だが、雑魚くらいなら問題なく倒せる。
「……全員がそう思ってればいいけど。少し下がって」
首をかしげるソーニャを後ろに、僕は剣を構えた。
視線を目の前の茂みに向ける。
「出て来いよ、1対1で相手してやるから」
返事はない。
茂みが一瞬ゆれ、男が姿を現した。
屈強な見た目で、右手には背丈ほどの斧が握られている。
ぎょろりとした眼で周囲を見渡すと、ため息をつき、あきらめたように斧を投げ捨てた。
「ほら、ソーニャ。こういう輩もいるんだ。みんな仲良くってのはゲームでも難しいよ」
「はいはい、わかったわかった。何でかなあ、絶対そのほうが楽しいのに」
むすっとした表情の彼女は、責めるような足取りで男に近づいた。
「悪かった。降参だ。やっぱりPKなんてするもんじゃないーー」
瞬間、男は腰から短剣を取り出した。ノーモーションで振り上げる剣先は、ソーニャを見据えている。
「な!」
短剣が振り下ろされる。するどい金属音が鳴り響く。
男は口角を上げ、そのままガラス片状に砕け散った。僕の右手には、男が落とした斧が握られていた。
PK。男からの攻撃を受けていないため、僕のカーソルは赤く染まった。システム上、先に手を出したほうが犯罪者である。
「…碌な奴じゃなかったな」
何とも言えない後味の悪さが残る。
頭上のカーソルを見て、更に気が滅入った。。
「大丈夫?」
振り返ると、ソーニャはその場にへたり込んでいた。
「ロージャ、ありがとう…私、もう少しで」
「まあ、ゲームでよかったよ。なるべくPKはしたくないけどね」
「ごめんね、私のーー」
言い終わらないうちに、鐘の音が鳴り響いたーー
「…嘘だ」
「……嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ」
手が震える。足には力が入らなくなり、その場に膝をつくように倒れた。
僕は震える体を自ら抱きかかえた。
『ゲーム内で死亡したプレイヤーは。脳がナーヴギアによって破壊される』
確かに茅場はそう言った。でもこれはゲームだろ?何かしらの蘇生手段があるんじゃないのか?もしも全て嘘だったら?そうさ、そうに違いない!初日から大掛かりなことをするなあ!!信じたくない。本当?いや、これはゲームのはずだ!
血眼になってメニューを見る。オプション、持ち物、装備、ステータス、すべての項目を探しつくす。
どこにもログアウトボタンはない。
代わりに、覚えのないスキルを見つけた。
『業:外見、ステータスを変えることができる。(今までPKした相手の外見やステータスを参照する)』
「…なんだよ、これ」
まるでチートだ。いや、そうじゃない。このスキルは明らかにPKを前提としている。
もう認めるしかなかった。
じゃあ彼はーー
「僕が殺したんだ」
「僕が真っ先にPKした」
「この世界で最初の犯罪者だ」
はじまりの街は騒然としている。
突然のデスゲーム開始の知らせに怯え泣き叫ぶ者や、現実を受け入れずに空元気で笑う者も見える。
しかしその内容までは、僕にはわからない。
耳に入っても来ない。
僕はただひたすら、自問自答し続けた。
僕は罪を犯したのか?
僕は罪人か?
誤字脱字はわかり次第直します。
読んでいただきありがとうございました。