藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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初投稿です。


プロローグ(5月)
【1】ふじわらちか は しゃてい を てにいれた


 時は5月。放課後。

 既に桜は散り、期待と夢が詰まった始まりの春は着実に過ぎつつある。

 

 ここ秀知院学園高等部にも青春の時は流れていた。

 

 しかし!!

 

 「かぐやさんのアホー!!バカー!!自分だって経験ないくせにー!!」

 

 そんな青春には似つかわしくない捨て台詞が響くことだってあるのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 藤原千花は激怒していた。あの経験不足、知識不足の四宮家御令嬢に散々バカにされたからである。ラブ探偵を自称する彼女は誰よりもコイバナを愛していた。そこに経験不足は関係ないのである。知識だけならあらゆる媒体から仕入れた偏ったものが彼女にはあった。この分野だけはあのかぐやにも譲れないのだ。

 

 (そりゃあ私だって経験は足りませんけどね)

 

 ぷんぷん、とそんな擬音が宙に浮かぶほど「機嫌が悪いです」の表情を張り付けて千花は歩みを進めた。

 向かう先はただ1つ。

 

 

 ――自動販売機である。

 

 

 (やっぱりこんなときはタピオカですよね)

 

 目当てのものを視界の中に入れ、千花はほくそ笑む。

 やはりストレスには甘味である。長年受け継がれてきた法則であり、先人たちは正しいのだ。

 

 売り切れの印はなし、千花はタピオカミルクティーをロックオンした。

 そして財布を出すためにカバンに手をかけ――

 

 「って!ないじゃないですか!!あー!!!」

 

 恨みつらみを叫びながら生徒会室を飛び出した彼女は何も持っていなかった。カバンもなければ財布もなければ何ももっていなかった。

 

 ガンガンガン、と自動販売機に八つ当たりをする。

 ダメージを受けたのは千花の方だった。

 

 「私にこれを破壊できるパワーさえあれば…力が欲しい…」

 

 犯罪である。

 ラブ探偵チカは頭ではなく力で物事を解決しようとした。

 

 

 「あの、大丈夫ですか」

 

 そこにかけられる声が1つ。

 千花は圧倒的に冷や汗をかいた。一気に冷静になったのだ。客観的に見て、いや、むしろ主観的に見ても自動販売機を殴っている千花は頭のおかしい女である。

 

 ギリ、と油の足りていないロボットよりもぎこちなく千花は振り向いた。

 張り付けた表情は微笑みである。やはりロボットよりもぎこちないが。

 

 「あの~これはですね~そう!あれですあれ!自動販売機を使ったあれです!」

 

 何も思いつかなかった。きっと糖分が足りていないせいだ。

 

 千花は目の前の人間を見据えた。

 身長は千花より少し高く、見上げる形になった。

 服装は秀知院学園指定のジャージである。体型は細身である。

 

 しかし、目に一番飛び込んできたのはそれらではない。

 それらのどうでもいい要素をすべて霞ませる圧倒的なまでの、顔!

 

 「え、お姫様?」

 「ちがいます」

 

 幼少の頃、両親に読んでもらった本にでてきたお姫様。父親の目を盗んで読んだファンタジーものの恋愛小説の挿絵にでてきたお姫様。

 そんなヒロインが現実に飛び出てきたようだった。

 

 ショートカットの金髪、雪のように白い肌、切れ長の目。

 ほんの少しだけ困ったような顔が絵になっている。

 

 ここまで圧倒的な顔面偏差値を持つ人を千花は知らなかった。高等部のジャージを着ていることを考えて、きっと1年生なのであろうと推測をする。それに外部入学だ。そんなところには頭が回ったのだ。

 

 「でもかわいいですね~!一瞬絵本の国に飛び込んじゃったと思いましたよ」

 「ありがとうございます。残念ながらよく言われます」

 

 圧倒的なコミュ力強者である千花はとりあえず褒める行動にでた。

 しかし効果はいまひとつであった。

 女の子はとりあえずかわいいと言っておけばなんとかなるという千花の経験は裏切られたのだ。

 

 お姫様(仮)は千花にいじめられていた自動販売機と千花を交互に見た。

 

 「お金を忘れたんですか」

 「なんて洞察力!!恥ずかしいので忘れてください!!」

 

 お姫様(仮)は自分のポケットから財布を出すと、千花を見つめた。

 

 「どれですか」

 「え~~いいんですか」

 「返していただけるなら」

 「当たり前ですよ!!」

 

 色々と吐き捨てて生徒会室を飛び出した千花には渡りに船であった。

 別に本気で怒っているわけでも喧嘩したわけでもないので戻ることはできたが、なんとなく気恥ずかしいのだ。

 

 ごとん、とタピオカミルクティーが落ちてきた。

 やっと自動販売機は本来の役目を果たせた。

 

 「やっぱりタピオカミルクティーですよね~。カロリーを見なければさいこーです!」

 「そうなんですか。僕も確かにおいしいとは思います」

 

 千花はひそかに思った。

 見た目お姫様のクール系ボクっ子はさすがに属性盛りすぎではないかと。

 

 「えっと、1年生ですよね?名前はなんていうんですか?」

 「そうです。如月幸と申します」

 「かわいい名前ですね~」

 

 キサラギサチ、千花は心で反復した。

 

 「サチちゃんは私のことを知っていますか~?」

 

 千花には自分が有名人である自覚があった。生徒会役員の一人であり、それなりに友人も多く、妹がいることも相まって後輩たちにも名前は売れているのだ。

 

 「すみません。存じ上げません」

 「え~~!ショックです!私これでもけっこう有名な自信があったんですけど!藤原千花ですよ。フジワラチカ。りぴーとあふたみー?」

 「フジワラチカ」

 「よろしい」

 

 えへへ、と千花は朗らかに笑った。すっかり機嫌は直っていた。

 

 「サチちゃんはここで何をしていたんですか?」

 

 ここ秀知院学園はお金持ちな学校であり、自動販売機でさえ大量にあった。敷地が広大だからそれにともなって休めるような場所もたくさんあるのだ。

 しかし千花が買いに来たこの中庭はその中でも人気がないところだ。生徒会室からは近いのだが。

 

 「日向ぼっこをしていました。天気がいいので」

 

 あ、この子天然かもしれない。自分のことを置いておいて千花は思った。

 

 「一人でですか?その、放課後にここで?」

 「はい。僕に友人はいないので」

 

 見た目お姫様系のクール系ボクっ子に更に天然とぼっちが追加された瞬間だった。

 

 「その、いじめられていたり、とか?」

 「いえ、友人がいないだけです。接し方が分からないので」

 

 その姿に千花はかつてのかぐやを幻視した。

 いつかのかぐやよりも威圧感はないが、雰囲気は少しにていたのだ。

 

 「ええ~!!私ならこんなかわいい女の子を放っておきませんけどね」

 

 千花は心からそう思った。同じクラスにいたのなら速攻で連絡先を交換しにいっている。

 

 「ちがいます」

 「サチちゃんはかわいいよ!自信を持とう」

 「いえ、そこではなく」

 

 ?を浮かべた。100人に聞いたら100人は可愛いかキレイと言いそうな顔をしているのに。

 しかし幸は淡々と告げた。

 

 「女の子ではないです」

 

 千花は止まった。そして爆笑した。

 

 「もー、サチちゃんそんなまじめな顔で冗談言うなんて」

 「冗談じゃないです」

 

 千花は止まった。今度は爆笑しなかった。

 

 そして、あまりにも攻撃力が足りない、幸の胸部装甲を見た。

 これは足りないのではない。そもそも攻撃力など必要なかったのだ。かぐやさんとは違うのか、と大真面目に失礼なことを考えた。

 その視線に幸は気づいた。

 

 「触りますか」

 「それでは失礼して…」

 

 千花は触った。

 そして気づいた。

 そこは無だった。

 無なのだ。0なのだ。AとかBとかそんな話ではない。Zeroなのだ。

 

 「ええええ~!!!」

 「わかっていただけましたか」

 「それはもう心の底から!」

 

 見た目お姫様系のクール系ボクっ子に更に天然とぼっちが追加されたうえに男の娘が追加された瞬間だった。千花の心はおなかいっぱいである。

 

 「藤原先輩は普通に話してくれるんですね」

 

 幸の表情はあまり変わらない。でもそこには明らかに寂しさがあった。

 

 「みんな僕が話しかけると微妙な表情になるんです。でも藤原先輩はそんなことないんですね」

 

 千花にはクラスメイト達の気持ちが痛いほどに分かった。

 この見た目美少女の男の娘、加えて表情が変わりにくく、しかも天然なんて、下手に触れたら壊れてしまいそうで。まるでガラスの花だ。

 

 でもあのかぐやと長い時を過ごした千花ならわかる。この子は今、寂しいのだと。

 

 そして目の前で困っている後輩を放っておくことなど、彼女にはできないのだ。

 

 「うーー!!このラブ探偵チカに任せて!!友愛だってラブの一部。このタピオカミルクティーの恩の分、私がキッチリカッチリ友達を作ってあげる!!」

 

 後輩の手を両手でガッチリと包んで千花は高らかに宣言した。

 

 幸は包まれた手と、包んでくれた手を、じっと見つめた。

 

 胸のあたりが暖かくなった、そんな気がした。

 

 「はい。お願いします。ラブ探偵チカ先輩」

 「その呼び方はさすがに恥ずかしいかな!!」

 

 自称するのとは違うのだ。

 

 「はい。師匠」

 「あ、それは悪い気がしませんね」

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