【10】生徒会 と 『神ってる』
「――本日より改めまして」
「初花幸として皆さんと学園生活を歩ませていただきます」
「今までは家庭の都合により母の姓を名乗っておりました」
「偽りの名で過ごす罪悪感の中、あまり素直に皆さんとお話できませんでした」
「これからは、もっと仲良くなりたいです」
「だから、これからもよろしくお願いしますね」
初花幸は、天使のような微笑みとそれっぽい言葉で過去の自分を濁したのだった。
☆☆☆
夏休みが終わり、また学校生活が始まった。
生徒会の面々も通常業務へと戻り、時に真面目に仕事をして、時に遊んで過ごしていた。
しかし、今日は様子がちょっと違うようだ。
「ちゅーした!!ちゅーしましたよ!!これは神じゃないですか!?」
「いやまだだ!!ちゅーくらい3回目のデートでするだろう!!!」
幸が生徒会室へと向かう途中、千花と白銀による、小声だが迫真の叫び声が廊下に響いてくる。
また愉快なことが生徒会室で起きているのだろうと当たりをつけ、少しだけ歩みを遅くして、聞き耳を立てる。
「じゃあ何回目のデートでヤるんですか!!」
「5回目だよ!!」
石上の疑問に対する白銀の迫真の宣言と共に、廊下には何かが倒れる音が響く。いや、かぐやが現実を受け入れられず機能停止した音だった。
そして生徒会室の扉が開き、女子生徒が出てくる。
何やら話しているようではあったが、幸のところまで声は届いてこなかった。
しょうがないので、今度は足早に近づいて、話しかける。
「みなさん、お久しぶりです」
「お、如月――いや、すまん。初花か。久しぶり」
「おーう。さっき振り」
「サチちゃん、お帰りなさい~!!」
「あら…はつはなさん…幻影かしら…」
生徒会の面々が思い思いの返事を返すが、残念ながら1人だけショックから立ち直れていない令嬢がいた。
夏休みが終わり、学校が始まってから1週間近くが経過していたが、幸が登校をするのは初めてだった。
サボりや風邪というわけではなく、どうしても外せない用事で海外にいたのが理由であり、前日に日本に帰ってきたばかりであった。授業を共に過ごした同じクラスの石上を除けば、千花も含めて会うのは約2週間振りのことである。
「何のお話をしていたのですか?」
ぴったり、と当然のように千花の隣に寄り添って幸は問いかける。
「私たちが『神ってる』か気になってらっしゃったそうです」
「神ってる?とはなんですか?」
その問いに答えたのは渚だった。からかうように少し楽し気だ。
白銀は、聞こえていたのか…と後悔する。さすがに声が大きかったようである。
幸の更なる問いに、千花以外の皆が顔を合わせ、返答を悩む。
初花家令息――その称号は四宮家令嬢を思いださせるのだ。
性知識が致命的に欠落していたかぐやの例があるために何と表現するか迷いどころである。
だからこそ、まず白銀はジャブを放った。
「その、カップルが行う、『神聖な行い』を指しているんだ」
ちょっと濁した言い方。これで察してくれれば幸はかぐや以上の性知識を有していることになる。
また生徒会で性教育は嫌だ、と白銀は願いを込めて返答したのだ。
しかし、全てをある意味で裏切って返ってきたのはド直球ストレートパンチである。
「なるほど。セックスのことを表してるんですね」
「恥ずかしげもなくにこやかに言うんじゃない!!」
「何が恥ずかしいんですか?セックス、性交、性行為、愛の営み、Make love。どう表現しても――愛する人たちが行う『神聖な行い』ですよね」
「その顔で連呼するな!!俺が恥ずいわ!!」
天使のような微笑みで恋のABCのCを連呼するお姫様顔の幸に白銀は懇願した。
他の面々も驚愕の表情と共に顔を赤く染める。
「愛を確かめる行為の何がおかしいのですか?僕たちもその行いの末に生まれたのでは?」
「ちょっと生々しい話にするのはやめろ!!」
そう、初花幸は致命的にズレている。
愛だとか恋だとかそういう内容について全肯定なのである。肯定ペンギンもびっくりの肯定具合である。
それ故に羞恥心だとかそういうものは欠片も持ちあわせていないのだ。
「うーん。やっぱり人のそういう話は気になってしまうものなのですか?」
「まぁ。僕らも思春期な訳で。初花は気にならないのか?」
野次馬精神ももちろんあるが、気になってしまうものは気になってしまうのが思春期の高校生なのである。
石上の問いに、またまた、うーん、と人差し指をこめかみに当てて、首を傾げるあざとい仕草を天然でしながら幸は答える。
「気になる気持ちは分かります。でも、愛の形も愛の営みも人それぞれだと思うんです。だからあんまり他の方を気にしすぎても…という気持ちもあります――ね。チ・カ・せ・ん・ぱ・い」
「な、なんで私に振るんですかー!!」
「とーっても気になっていたみたいなので―――ふふっ」
少し細めた目は妖しく光っている。語尾はハートが付いていそうな程に甘ったるく。
砂糖菓子よりも甘さを乗せた囁きに、その場の誰もが思った。
(か、かかか会長。藤原先輩と初花って…え、なんか名前でも呼んでますし)
(いや、俺は何も聞いてない!)
(でも、あの雰囲気ただならぬものを感じますよ…神った!?神ったんですか!?そもそも付き合ってるんですか!?)
(馬鹿なこと言うな!!あの2人に限って…。ないよな?)
(僕は藤原先輩みたいなポンコツにも先を越されるんですか!?)
(普通に失礼だぞ!!)
「もーサチちゃんは意地悪さんなんですから~」
「愛ゆえ、です」
千花は幸の髪を撫でながら言った。
幸はその手を頬に移動させて、ぐりぐり、と頬を押し付ける。
両者の表情は柔らかい――それは幸せピンク色空間だ。
元々距離感の近い2人ではあった。ボディタッチもそんなに躊躇がない2人でもある。
でも、これは、しかし。
「2人とも。夏休みに何かあったか?」
意を決して問いかけたのは白銀である。
だがやはり直接的な問いとは離れた、遠回りのものだ。
白銀と石上は夏休みの間に本人から「如月幸失踪事件」のある程度の顛末は聞いていた。
何があったのか、何を悩んでいたのか。そして結果として家族と仲直りが出来たことも聞いていたのだ。以前よりも表情豊かに報告と謝罪をしてくれた幸に心が温かくなったのも良い思い出である。
しかしそれ以来2人共幸とは顔を合わせていなかった。メールによるやり取りは多少あったものの、それらは当たり障りのない話題である。
さらに花火の際などにも千花とは会っていたが、こんな状況になっているなど、全くもって想定外だ。
いや、思い返せば。白銀は千花の口から出てくる言葉に幸関連のことが多かった気がしてきた。その時はぼんやりと仲いいんだなあぐらいにしか考えていなかったのだが。
「――さあ。どうでしょう。でも、『仲良く』なりましたよ」
からかうように、幸は楽しそうに言った。
蠱惑的なその笑みは、小悪魔のようで。
ここで生徒会の面々は、やべー奴が目覚めてしまったことを悟ったのだ。