時は流れて。
第67期生徒会はその仕事を終えて解散をした。そして新生徒会長を決める選挙への出馬期間が始まる、そんな時期であった。
かぐやには選挙に関して大きな悩みがあった。
それを解消するために呼び出したのは――藤原千花である。
「かぐやさん!!なんだか久しぶりな感じがしますね~」
「そうね。前までは毎日顔を合わせていたもの」
「あ、隣座りますね」
ここは中庭、そのベンチでかぐやは千花を待っていたのだ。
ちなみに早坂は近くに隠れて待機をしている。
「早速なのだけど――藤原さんに聞きたいことがあるんです」
その話題の入りを聞いて千花の目は輝いた。
こ、これは、もしや。
「恋!?恋なんですかかぐやさん!?」
「なんでそうなるの!!私はただ、初花さんについて聞こうと」
「えーーー!かぐやさん、サチちゃんが好きなんですか!?とっちゃ嫌ですよ!!」
「違うわ!落ち着きなさい!!」
わーわーぎゃーぎゃーと騒ぎ倒す千花をなんとか落ち着かせるかぐや。
2人して息を整えてから、もう1度振り出しに戻ったのだ。
「それで、初花さんは会長に立候補するのかしら」
まず、かぐやが聞かなければいけないのはそれだった。
四宮家を含む、財閥関係者はここ秀知院学園において、経歴に箔をつける何かしらの活動をするのが慣例なのだ。
かぐやのように生徒会に所属したり、部活連でそれなりの立場になったり、だがやはり1番多いのは会長になることである。特に、財閥の次期当主に確定しているような人材は会長として実績を積む場合が非常に多いのだ。
「初花は、選挙の神とまで呼ばれている――そして、初花さんはその血を確実に色濃く受け継いでいるわ」
白銀御行は1年間堅実に会長を務めあげた。正直、その人気はかなり高い。もちろん、副会長を務めたかぐやとて、その人気に一役かっている。
だから、白銀がこのまま選挙に出馬し、特に問題のない選挙活動をすれば普通であれば勝てるのだ。
一方で、彼を歓迎しない勢力がいるのもそれもまた事実である。
特に家柄を重んじる、一部の純院の生徒たちにその傾向は大きい。
そんな中で、沸き上がった新たな候補者。
四宮と同格の家の嫡子。既に次期当主として名の上がった存在。
もしも、初花幸が選挙への出馬を表明すれば、これは本物の戦いとなる。
彼もまた混院の生徒ではある。しかしその出自はこの学校で頂点の1人なのだ。
早坂を通じて学内の情報を仕入れているかぐやはよく理解している。
夏休みが終わり、幸が登校を再開してからというものの、その名は学内に響きわたっている。
そもそも夏休み中に次期当主となった時点で、それなりの家の者には伝わっていたのだ。この秀知院学園において、そのような情報の伝播はとても速い。
そして彼自身の変化。雰囲気も表情も柔らかくなり、そもそも性格は元から非常に温厚で理知的である。
会長に推す声が大きくなるのは必然だった。
「私は――サチちゃんの意思を尊重したいです。もちろん、みゆき君にも頑張ってもらいたいです。かぐやさんがみゆき君の応援をしてるのも分かっています」
「それでも、あくまでも初花さんの味方をすると?」
「もしサチちゃんが出馬をするなら、私はその応援演説だって務めます。それぐらいの気持ちはあります」
「そこまで、なのね」
かぐやは藤原千花という少女のことをよく理解していた。
普段はおちゃらけていて頭の中空っぽで本能で行動している部分は目立つが、その意思は強く、狡猾な部分があることも――いつからか初花幸という少年を見る目に強い感情が宿ったことも。
幸自身からかぐやは「千花に告白をした」という話も「返事は奉心祭」という話も聞いていた。
しかし、それからの彼らの様子を観察するに、それだけではないのだ。
もっと強い「ナニカ」が彼らにはある。
だって、かぐやが知っている藤原千花という少女は、日常を愛している。
彼女の愛する日常の1つにあの生徒会での日々もあったはずだ。しかし、それを元通りにできるチャンスさえ投げうって、敵対するというのだから、その意思は非常に強く、固い。
「ねえかぐやさん。私――この想いだけは譲れません」
「大好きな人を支えたいと思うのは、正しいですよね」
微笑んだ、愛に溢れた、千花の姿は眩しかった。
いつまでも素直になれずに、ずっとずっと想いを秘めたまま、何一つ、心の底からあふれ出るその感情を、吐き出せない彼女にとって、眩しすぎたのだ。
愛を以て事を為せ。
それは初花の家訓の一つ、多くの者が知るところであり、四宮の正反対にあるような言葉である。もちろん、四宮の人間はその教えを散々扱き下ろしてきたのだが。
そう、その姿はまるで、そんな初花のような姿で。
そしてかぐやは冷静になって気づいたのだ。
「え、藤原さん。今好きって…?え、あなたたち――そういうこと?」
告白をして、その返事は奉心祭にもらう。
それだけ聞いた周りの人、つまりかぐやはどう思うか、それはもちろん。
『あ、藤原さんったら返事を保留したのね。なかなか罪な女ね』である。
2人の距離が近いのは、ある意味で『お試し』みたいなものだと考えていたのだ。早坂がいつか使った『彼女1割友達9割って関係』という事前知識のせいである。
だからこそかぐやの気持ちとしては。
『あなたたちがその調子で上手くやって、奉心祭で一歩進んでくれたら、私だって会長と…!!』である。
そう思ってなければこんな風な相談は持ち掛けない。
さすがに付き合ってたら味方するだろ、とかぐやだって至極当然にそう思うのだ。
「あ、はい。サチちゃんとは恋人、ですよ?」
てれてれ、と赤くなりながらも言い放った目の前の女にかぐやは殺意が湧いた。
(また藤原さんは私が欲しいものを先に…そういう遺伝子なのね。性欲に塗れた小娘が)
「私は奉心祭で、とうかがっていたのですが?」
必死に殺意を抑えながらかぐやは冷静に尋ねた。
「その予定だったんですけど…我慢できなくなっちゃって」
てへぺろ、といった感じで言う目の前のアバズレにかぐやの殺意は3倍に膨れ上がった。
(我慢できないですって?はっ。所詮性欲でしか生きてないのね。その身体が全て表してるわ。汚らわしい)
「えへへ~~ずっと言いたかったんですよね~~。でもあんまり言うと家的にだめかな~って。サチちゃんのお父様は構わないって言ってくれてるんですけど。でもかぐやさんだけなら良いかな~と」
(親公認ですって!?この雌猫どこまで進んでるというの!?)
心の中で散々な罵倒をしながらかぐやはにこやかに頷き続ける。
「そうね。まずは、おめでとう、と言っておきますね」
「ぐへへ~ありがとうざいます~~」
ふにゃっふにゃの笑顔をしながら千花は言った。
かぐやは、心の中で鬼の形相をした。
「でも、そういうことなら初花さんに直接聞いた方が良さそうね」
「あ、サチちゃんならみゆき君のところに行くって言ってました!」
「え、会長のところへ?」
「そうです!れっつごー!ですよ!」
☆☆☆
白銀のクラスに2人が着くと、白銀の周りには既に2人の男子生徒がいた。
1人は石上、もう1人は幸である。なぜか生徒会メンバー+αが揃ってしまったのだ。
「四宮?珍しいなこっちのクラスに来るなんて」
放課後であり、クラスには他の生徒たちは既にいない。
いつもならかぐやは真っ直ぐに家へと戻り、四宮家令嬢として務めを果たすので、珍しい状況であった。
「ちょっと初花さんに用事がありまして」
「僕ですか?」
当然のように椅子を持ってきて幸の隣に座った千花を見て、心の中の鬼をなだめながらかぐやは言った。
「はい。生徒会長に立候補するのか聞いておこうと思いまして」
「あぁその話ですか」
聞かれても特に驚きを見せない様子から、今まで色々な人から聞かれてきたであろうことが予想できる。
初花家のことを考えれば出馬するのは当然の流れであるからこそ、正直かぐやの気は重かった。
「立候補しませんよ」
「え?しないんですか?」
かぐやの予想は完璧に裏切られた形となった。
心の中の鬼かぐやさえもガッツポーズを決めた。
「初花として、出馬をするのが当然の流れと思っていたのですが」
「最近お父様が過保護なんですよね。帰るのが遅くなると悲しそうにするので選挙活動は避けたいんです」
「…え?そんな理由ですか?初花家としてもっとこう箔をつけるために…とかはないんですか?」
「ないですね。お父様も僕の好きに過ごしていいと言っているので」
最近息子と仲直りしたばかりの幸の父親、初花司はその喜びから圧倒的過保護、圧倒的親バカである。まるで小学生の娘に接するかのような過保護っぷり。
ちょっと帰りが遅くなるだけで使用人にその所在地を尋ね、迎えを出させるのだ。
更に、今までは気まずさから家にあまり帰ってこなかったくせに、最近では毎日夜ご飯を共に食べるためだけに帰ってきてまた仕事に向かう親バカっぷりだ。
「そういえば、お父様が皆さんに会いたいとも言っていたんですよね。どこかしらでうちでご飯でもいかがですか?」
「僕、同級生の家に呼ばれたの初めてかもしれません」
「石上お前…」
「ぜひ、お邪魔したいですね」
「はいはーい!私も!」
(会長とご飯っ!!藤原さん、あなたの恋人に免じて許してあげるわ!!)
別に特別怒られるようなことも許されるようなこともしていない千花は、勝手に怒られて勝手に許されていたのだった。
☆☆☆
初花家、送迎車。
最近では千花は登下校ともに、初花家の車にお世話になることが多かった。
もちろん、共に過ごす時間を確保するためである。
「サチちゃんは、優しいですね」
突然投げられた不完全な言葉ではあるが、幸にその意味は完全に伝わった。
「本当に、良かったんですか?」
千花は知っていたのだ――幸が生徒会長に立候補しようとしていたことを。
偶然知った、とかではない。幸から直接相談をされたことである。そして彼女はその時にも、立候補したら、応援演説をする、と宣言していたのだ。
幸の一番の憧れの対象は彼の母親である。
『如月桜』は外部入学であり、主席入学を果たした後、そのまま学業では学内1位、そして全国1位を守り続けた。スポーツであれ芸術であれ、人並み以上の才覚を示し、もちろん生徒会長という形で輝き続けた。
だから、幸が生徒会長を目指すのは当然の流れであった。
「僕は、お母様のようになりたいです。でも――お母様と全く同じ人生を歩かなくてもいいんです。自分のために周りの人を蹴落とし、悲しませたらお母様にもお父様にも、そしてチカ先輩にも合わせる顔がないんです」
「ほんっと…かわいいですよ、サチちゃんは」
千花は優しくその髪を撫でた。サラサラと、指を通して、何度も何度も。
「でも、かぐやさんが言っていましたけど、『箔』はいいんですか?」
「それは大丈夫です。そもそも四宮先輩が言う『箔』が無かったら僕は次期当主として承認されていません――チカ先輩も知っている通りです」
「確かに、そうでしたね」
車内には静寂が。
千花は知っている。目の前の少年が、どれほど両親に憧れ、愛しているかを。その後ろ姿を追うことが彼の1つの在り方であることも。大きな迷いと共に、今回の決断をしたことも。
「――私は、ずっと隣にいますからね」
例え、それが皆に喜ばれる選択じゃなかったとして。あなたが選んだものなのであれば。
「――だいすき」
それは、どっちの言葉であったのか。
きっと、どっちの言葉でもあったのだ。