ある日。中庭に声が響いた。
「そんなの簡単ですよ~」
「本物の愛ってのは美女と野獣みたいに外見に捕らわれない愛の形です!」
「相手の姿が変わった位で冷めちゃう愛なんて最低!」
「偽物ですよ!」
秀知院学園高等部2年生、その中でもトップクラスの珍妙生物、藤原千花のありがたいお言葉である。
そんなありがたい言葉を聞いて、柏木は己の不運を呪った。
かぐやから珍妙な相談を受けている時に、珍妙生物に見つかるなど…。
絶妙なタイミングでかぐやにクリーンヒットする言葉を吐いた千花はそんな事は露知らず、ニコニコと返答を待っている。
「藤原さん…あなたが、あなたがそれを言うの」
「どうしてですか?」
「あなたの…あなたの恋人の顔を見てみなさい!!!」
(恋人って言っちゃったー!!!!!)
柏木は絶望する。
こんな珍妙生物にも、公然の秘密というものがある。それは後輩の男子を誑かしている、というものである。
もちろんこの話は柏木も知るところであり、むしろ2年生の大半は知っている。
「メンクイの極みみたいな趣味してよくそんなことが言えたものね」
「別に私はサチちゃんの顔が何でもいいですもーん」
「そんなの信じられるわけないでしょう!!」
(サチって名前だしちゃったー!!!!!)
柏木は絶望する。
柏木は早い時期から――そう、あの『神ってる』騒動のときから、目の前の珍妙生物に恋人がいるのでは、と察していた。
そしてその恋人は学内で圧倒的なほど、可愛い、いや、美しい少年である。
2人がお互いに向ける視線、そこに特別な色があることを柏木は敏感に感じとっていた。
それに気づいたとき柏木は思ったのだ!!!
(あら?あらあら?あらあらあら~~!!)
この「あら」に込められた感情は様々である。
柏木から見てもちょっと頭のおかしいこの藤原千花という少女でさえ、この秀知院学園に通う生徒。世間から見れば相当なお嬢様であり政治家の家系の娘、その家柄は上級である。
そしてその相手である初花幸という少年。こちらに関してはもはや学園の中に知らない者はいないのだ。現総理の孫であり、あの四大財閥初花家の跡継ぎ。柏木でさえ、それを知った時、震えたほどの家柄である。
この2人のラブロマンスがあるとするのなら、それはもう学内だけの問題では収まらないほどのものである。若者の火遊び、では済まないレベルの大恋愛なのだ。
だから、柏木は2人の恋に気づいた時、それを絶対に口外しないように強く決意した。柏木は非常に理知的で、冷静だった。
しかし、当の2人と言ったらその心遣いを裏切り続けたのだ。
そこらへんのデートスポットに行けばよくいるし、学内で手を繋いでいるし、同じ車で登下校してくるし。
故に「公然の秘密」なのである。
ちょっと家柄的に怖すぎて触れられない恋愛なのである。みんな「付き合ってんだろーな」とは思ってるけど、巻き込まれたら社会的に消される恐れがあるから何も言えないのだ。
「ちょっとお二人とも、声が大きいのでは…」
「だってー!!かぐやさんがー!!」
「メンクイのくせにそんなこというからでしょう!!」
「あの、あんまり大きな声で藤原さんの恋愛のことを言うのはよろしくないのでは…」
意を決して、ついに藤原千花の深奥に柏木は踏み込んだ。
「えーなんでですかー?私、もう隠してないので大丈夫ですよ」
「えっ!隠さなくていいんですか?」
「もちろんです!!お父様にも許してもらいましたし」
「そ、そうなんですか」
(だからー!!!なんでそんな大事なことをさらっと言うんですかー!!かぐやさんが死んじゃいそうになってるじゃないですかー!!)
柏木は絶望する。
しかも家公認の恋愛になったら、それはそれで大問題なんだよ、と柏木は叫びたかった。
誰かこのお騒がせ者を 引き取ってー!!と彼女が思ったところで。
「あの…どうしましたか?」
(タイミングー!!!!)
柏木は絶望する。
そこに現れたのは話題の人、初花幸だった。
陽の光に当てられて輝く金髪が眩しい。2年生の間では学力の偏差値だけではなく顔面偏差値も77と名高い後輩である。
「聞いてくださいよサチちゃん。柏木さんが『本物の愛』が何か知りたいんですって!」
(くうぅーーーー!!!!!)
柏木は絶望する。
「柏木先輩が、ですか?」
「はい、そうです!」
幸は、柏木とかぐやの間で視線を何往復かさせて、頷いた。
「チカ先輩はなんと答えたんですか?」
「もちろん!外見に囚われない愛ですよね!!サチちゃんもそう思いませんか?」
(繰り返さないでーーーー!!!!)
柏木は絶望する。かぐやはもっと絶望した。
その問いに少し幸は悩む素振りを見せてから、口を開く。
「僕はチカ先輩の外見も好きですよ――だからそれが変わっちゃうのは、少し寂しいです」
「ほ、ほんとですか?照れちゃいますよ」
(んんぅーーーーー!?!?)
柏木は絶望する。かぐやの目の前のいちゃつかないで欲しいのだ。
「もちろん、変わってしまっても大好きですし、愛は変わりませんけどね」
「サチちゃんー!私も好きですよ!!!」
(やめてーーーー!!かぐやさんが死んじゃう!!)
柏木は絶望する。かぐやは魂が抜けていた。
「でも、1つ思うことがあって」
「なんですか?」
一呼吸おいてから、幸は話し始めた。
少し変わった雰囲気に全員が耳を傾ける。
「例えば――相手の外見が変わってしまって、それを何か違うなとか、好みじゃないなとか思ってしまったとして」
かぐやは顔を上げた。
それは、彼女にぴったり当てはまる状況だったからだ。
「そんな自分の心に気づいて、私の愛は本物なのか、なんてとても悩む人がいたら」
「きっと――その愛は本物だな、って思います」
「だってその人のこと、心から好きじゃなかったら、いちいちそんなことで悩みませんから」
微笑みと共にかけられた言葉は、かぐやの心を打ち抜いた。
パァァとその顔が明るくなる。
そして幸は意味ありげに柏木に微笑んだのだ。
(絶対気づかれてるーーー!!!でもありがとうーーー!!!)
「もー!!サチちゃんは優しいんですから~!」
「チカ先輩に一番優しいですけどね。ほら、行きましょう」
(でもかぐやさんの前でいちゃつかないでーーーー!!!)
柏木の心は届かなかったけれど、かぐやは立ち直ったので一件落着である。