生徒会選挙期間が始まった。
立候補者は白銀を含めて3人。2年から2人、1年から1人だ。
今日も今日とて、千花と白銀は教室で選挙対策を練っていた。
「まずは私たちも公約を掲げましょう。ふわっとしていて、それっぽい言葉が入ってればいいです」
「そんなもんでいいのか?」
「公約なんて選挙が終わればみんな忘れますからね。後から突っ込まれても面倒ですし。ね、サチちゃん」
「そうですね」
「自由な校風を守るとでも書きましょうか。ね、サチちゃん」
「そうですね」
まあ政治家の家系が言うなら…と白銀は納得をする。
ただそれとは関係ないのだが、白銀の心にひっかかっているものがある。
そう、この「そうですね」ロボット初花幸の存在である。
千花とセットでいるのはいつものことなので、いい。
だが、この選挙対策の話になると、「そうですね」しか言わないのだ。
最初は白銀とて、「もしかして嫉妬か…?」と、千花に手伝わせていることが不満なのかと思っていた。だが、そうではなさそうなのだ。選挙対策の場でなければいつも通りだし、白銀にだっていつも通り優しい。
そして加えて変なのは千花もだった。
いつもなら、幸が「そうですね」しか言わないとしたら、「なんですかサチちゃん私に興味ないんですか!?ちゃんと聞いてくださいよ!?!?」となるはずである。
だが、選挙の話になると文句は全くでないのだ。
白銀は困惑していた。
まあ協力はしてくれているから何も文句は言えないのだが。
☆☆☆
数日後。
「本郷さん、辞退しちゃったらしいですね~」
「そうですね」
「あぁ、勉学が理由だとか」
「そっちの対策はしなくて済むのは楽になりましたね」
「そうですね」
相変わらず「そうですね」ロボット状態だった。
もう白銀は気にしないことにした。
☆☆☆
数日後。
「あぁ。今日に限って藤原はいないのか」
その日は千花がいないのに、幸だけいるという珍しい状況だった。
「そうですね。――チカ先輩が特別必要だったんですか?」
「あぁ。討論の練習に付き合ってもらおうと思ってな」
公約やら、立候補演説やらの準備は整っていた。だからこそ、あとは白銀は討論の練習をできるだけして本番を迎えれば良いという状態だった。
しかし、こういう1人でできないものが残った時に限って千花は散歩当番だったのだ。
幸に関しては「そうですね」ロボット状態であるから期待できない。
「しょうがない。誰か適当に見繕うか…」
「そういうことであれば、僕で良ければしますよ」
「…いいのか?無理しなくても」
「チカ先輩がいないのであればしょうがないので」
正直言ってこの選挙期間の幸はよく分からなかったが、協力してくれると言うのだから白銀は歓迎だった。
「伊井野の公約がそこにあるから、それを見ながらでいい。伊井野の役として討論して欲しい」
「いつでもどうぞ」
「いいのか…?」
「はい」
「じゃあ始めるが…」
幸は資料に手を付けなかった。
「そもそも坊主頭やら、男女の接近禁止とやらがあるがその目的はなんだ?」
「はい。それはもちろん手段でしかありません。その真の目的は私たちの秀知院学園のモラルを回復すること――残念ながら秀知院学園のブランド力はゆるやかに下降しています。勉強は出来るが、常識のない生徒たち。そんな評価です。金持ち学校という印象もその一因となっています。私はそれを変えたいがためにこの政策を打ち出しました」
「ほう、この政策が有効であるという根拠は?少々締め付けすぎな印象を受けるが」
「もちろん、これは極端な例です。坊主頭ではなく、ある程度の短髪であること。接近禁止ではなく、制服姿ではある程度節度を持ってもらうなど、落としどころは考える必要があるとも考えています――ただ、ここまで言わなければ皆さんの印象には全く残らなかったでしょう?皆さんに考えてもらうきっかけが欲しかったのです。根拠として実際坊主頭の強制によって遅刻が減った実例などはありますが、現代にはそぐわないと私自身も思っています」
「つまり公約と言う割には、守る気はなかったと?」
「はい。あえて強く言いましょう。私は『秀知院学園出身』であることを、在学中も卒業後も誇りたいのです。その目的のためなら手段はいくら変わっても構いません。1つの例を出しただけです。今すぐにこの公約を破り捨てても構いません――皆さんはどうですか?自分の子どもを学校に入れる時、秀知院学園が素晴らしい学校であると誇りたくはないですか?自分の子どもを入学させるのを憚るような学校にしたいですか?今、秀知院学園はその危機にあるのです。私たちから、変えなければなりません。自由は、嫌でも卒業をしてしまえば得られます。でも、母校というものは永遠に私たちと共にあるのです。私の両親はともに秀知院学園出身です。両親はこの学校出身であることを誇りに思っています。私も!同じように誇り続けたいのです!!!」
「ストップ。初花。ストップだ」
「はい、すみません。少々熱が入りすぎました」
「すまん、俺も練習不足だった」
「いえ、伊井野さんに対する討論の練習は初めてでしたね。1つ1つの公約について討論対策をしていきましょう」
そう言って幸は白紙に伊井野の主な公約を書き出していく。
そこで白銀は気づいた。
「初花…全部、覚えているのか?」
「はい。もちろんです。伊井野さんの公約、その根拠になるであろうデータ、そしてそれらの行きつく先の彼女の目標」
ただの「そうですね」ロボットじゃなかったのか、と。
「勝つからには、白銀先輩も、全て頭に入れるべきです」
その言葉は、白銀の頭に、やけに残ったのだ。
☆☆☆
時は流れて。
「そうですね」ロボットは復活したものの。
生徒会選挙は無事に白銀の勝利として終わった。
伊井野を笑いものにすることもなく、白銀たちは気持ちの良い勝利を手に入れたのだ。
そして白銀は、今まで通り『書記』の藤原千花、『会計』の石上優、『副会長』の四宮かぐやを獲得し、『会計監査』として伊井野ミコを指名した。
残る枠は1つ。
それを指名すると同時にやらなければならないことが白銀にはあった。
中庭に呼び出したのは、初花幸、その人である。
元々呼び出してあったのだ。選挙が終わり、片付けが終わった後に話したいと。
「待たせたな、すまない」
「いえ、大丈夫です――無事に勧誘は出来ましたか?」
「お見通しか。問題ない。四宮は副会長を引き受けてくれた」
白銀と幸がこうして2人きりで話す機会は本当に少ない。
かぐやであったり、千花であったりが近くにいることが多いからだ。
「まず言わなければいけないな――ありがとう。初花」
「僕は、お礼を言われるようなことはしていません」
「俺だって全てが分かってるわけじゃない。ただこの選挙期間、ずっと近くにいてくれた、それには意味があった、ぐらいは気づいているつもりだ」
「そうですね」ロボットには意味があったのだ。
最初は理解ができなかった白銀ではあったが、時間を経るにつれ、その意味に少しだけ気づいたのだ。
「原因は、四宮、だな?」
「――よくお分かりで」
「教えてくれないか?正直、全てが分かっているとは言い難い」
幸は深呼吸を大きくして、白銀を見つめる。
「どこまで気づいていますか?」
「四宮が――俺のために暗躍をしてたぐらいは」
「具体的には」
「もう1人の候補者を蹴落としたのは、四宮だろう」
白銀は気づいていた。かぐやが何かしらの行動をしていることを。
それによって白銀に有利を運んだことを。
「そうです。四宮先輩は白銀先輩のために、行動をした」
「――やはりか」
「そしてそれは、あまり穏やかなものではなく、その行動量から目立った。それほどに四宮先輩は選挙に関与した」
「本来なら、それで恨みを買うのは四宮だ。しかし四宮は『四宮』」
「正しいです。表立って財閥に喧嘩を売る人はいません。だからこそ狙われるのは白銀先輩です。もちろん、実害がでることはないでしょう。四宮先輩はそこまで過激なことはしてませんから。しかし『四宮』がそこまで支援する『白銀御行』とは何者なのか?2人の関係は?『調査』する者は現れるでしょう――それはお二人にとって障害となる」
更に幸は続ける。
「そしてそれが四宮本家に伝わることが何より避けるべきことです。四宮先輩は非常に難しい立場にあります。四宮直系の、ただ1人の娘。四宮は婚姻外交さえ見据えててもおかしくはない。だからこそ、今の状況で『四宮かぐや』に男の影はよろしくないのです」
「現代で、そんなものが」
「財閥というのはどこも前時代的なんですよ白銀先輩。もちろん初花とて例外ではないです」
ただ、そこで幸の表情は少し柔らかくなる。
「ただ幸運なのは、四宮先輩が『行動』をした相手というのは、四宮とはそこまで繋がりが深くない――『初花』の方に近いのです」
「それで、俺の近くに、か」
「そうです。彼らは『初花』の言葉は、すんなりと受け入れてくれます。だから僕が『白銀御行』と『四宮かぐや』には利害関係しかない、あとは適当な理由を伝え、『調査』は僕が続け、彼らのフォローを『初花』が多少すれば、何の問題もありません。それで話は終わります」
だからこそ、幸は常に白銀の近くにいた。『調査』の体をとるためだ。
「あまり、選挙に協力的じゃなかったのも」
「えぇ。僕が選挙に積極的に協力すれば、それこそ白銀先輩は話題の人になるでしょう。調査という名目で近づいている、というのをアピールするためです。少々強引ですが、それぐらいで初花に文句を言う家はありません。そしてこの学校内における僕の行動なら『初花』は握りつぶせる。『初花』が『白銀御行』を『調査』していることは『四宮』には伝わらない。わざわざ『四宮』に近くない家が『四宮』に伝えることもないでしょう」
結局のところ、2人の関係性を、その想いを四宮本家に悟られないようにするため、である。
「だが、なぜ、そこまでしてくれたんだ」
「お世話になった先輩方への、恩返しです。白銀先輩」
微笑みとともに返した幸に、白銀は。
「その言葉が嘘だとは言わない!だがな初花!!!」
声を張り上げ、そして俯いた。
「お前は、生徒会長を――目指していたんだろう」
その言葉に、幸は目を見開いた。言った覚えは、どこにもなかった。
「どうして、それを?」
「――始まりは、四宮が初花に立候補するか聞きに来た時だ。父親と過ごす時間の確保のために、立候補はしない、と。正直そんな理由で、とも思ったが、あんなことがあったばかりだ。仕方ないと思った」
「次に初花の家に行ったときだ。その時に俺は初花の父上から、ご両親が生徒会長と副会長であったことを聞いた。そして、初花がその両親の背中を追いかけていることも聞いた」
「そして、討論練習の時、伊井野への対策を『勝つからには全て頭に入れろ』と言ったな。つまり『既に頭に入っていた初花は勝ちたかった』んじゃないのか」
「伊井野の立候補は早かった――そして公約の宣言も。立候補さえすれば選挙活動はしていいから、その公約を調べる時間も、対策する時間もあったんだろう。初花は立候補するかギリギリまで悩んでいたんだな…そう気づいてしまったんだ」
「それを諦めたのは――俺と、四宮のためか」
問いかけに似た、確信だった。
「違います」
ただそれを、両断したのは幸だった。
「それは、僕のためです。僕がこうしたい、と考えたから、今この状態があるんです。あの日、四宮先輩が不安そうに立候補するか問いかけてきた時に、決断をしたのは事実です――ですが!」
「それを決めたのは僕です。だからそれに白銀先輩が罪悪感を抱くのは、違います」
幸は、つづけた。
「お二人を守るために行動したことも。生徒会長を志し、やめたことも――これが、僕の在り方です!!お父様とお母様の血を引いた、僕の在り方なんです。自分の大事なものを支えたい、手をつないで歩きたい。お父様とお母様のように、常に皆の一番前に立つ存在でなくともいい。時に前で、時に隣で、時に後ろでいいのです」
言い切った。白銀は、ここまで強い意志をもって、言葉を発する幸を初めてみた。
「初花は愛も恩も倍にして返します」
「僕はもう大きな恩をもらっています」
「だからこそ、もし報いたいと言うのなら――白銀先輩は『ありがとう』と一言言ってくれればいいのです。最初に言ってくれた、それで十分です」
「初花は、あなたのように無償の愛を持って行動できる方の味方なのですから」
――幸は気づいていた。白銀の立候補が、かぐやのためであり。だからこそかぐやが白銀を無理にでも勝たせようとしたのだと。彼らの、健気な思いを。その気持ちを後押ししたかった。
「応援してくれるのか、俺の気持ちを」
「間違えないでください――先輩『たち』の気持ちをです」
「良い機会です。いつか伝えなければいけないと思っていたことを、今伝えます」
「――白銀先輩、あなたは知るべきなのです!!その愛が本当で、その恋を叶えたいという想いが本物であるならば!あなたの恋路は厳しい、茨の道です。それは分かっているでしょう!!だからこそ、もっと財閥について、そして『四宮』を知るべきです!!僕が、全て教えます。『初花』として知ることを。だって――」
更に、幸はつづける。
「――僕のお母様は、自分の親の顔すら知らない。捨て子でした。それでも、お父様と結ばれたのです。そう、『初花』と!白銀先輩とて『四宮』と結ばれ、祝福される未来を掴み取れておかしくないはずなのです!」
一息で言い切った、その姿を白銀はただ見つめた。
目の前の後輩は、初めて会った日の自信の感じられなかった姿からは予想できない程に、成長をしたのだ。
次に、変わるのは、白銀の番だ。
「気持ちを確かめるのが先ですけどね。ささっと告白するべきなのです」
「難しいことを要求してくれるな…」
2人して、笑った。
「――初花。改めて、頼みが2つある」
「なんなりとどうぞ、です」
白銀は、改めて幸を見つめた。
鮮やかな金髪の中から覗く、強い意思をもった瞳と視線が交わる。
「俺に、『四宮』のことを教えて欲しい」
「もちろんです」
幸は微笑んだ。それはそれは柔らかい微笑みだ。
「あとは呼び方を変えたい」
「はい」
一拍を空けた。これが、白銀の今日の最後の仕事だ。
「『サチ庶務』。引き受けてくれるか?」
「もちろんです。『御行先輩』!」
新しいメンバーを迎える。
こうして、新生生徒会は発足したのだった。
ここでまた、ある意味一区切りです。
『四宮』と恋をする白銀御行に『初花』の味方がつきました。
14話目にして、生徒会入りを果たす主人公。