短いです。
【16】藤原千花 の 独占欲
藤原千花は、目を覚ました。
その言葉が示すように、本当に、深夜パッチリと目を覚ましたのだ。千花は寝起きが悪い方ではない、寝ることは好きだが、別にロングスリーパーではない。そうは言っても深夜に目を覚ますことは珍しかった。
枕元にあるスマホで時間を確認しようと、手を動かそうとして、その重みを感じて自分の手の位置を自覚した。
多少、寝ぼけていたのであろう。段々と意識がはっきりしてくる。
「さちちゃん、かわいい」
目の前で眠る恋人の、安心しきった顔を確認して、呟いた。
背中に回していた手を、そのまま背中に沿って、頭の方へ。
髪を優しく撫でると、汗で多少しっとりとしていて、それは昨夜の残滓とでも言うべきか。
ひとしきり髪を弄んでから、時間を確認すると、まだ眠り始めてから1時間程度しか経っていなかった。
まあ、寝てしまった正確な時間は分からないのだが、ポツポツと2人で話していたら、いつしか夢の中に落ちてしまっていた。
「ふふふ。なにをしちゃいましょうか」
起こさないように、小さな声で呟いて。
すっかり目は冴えてしまっていて、もう1度眠るのはなんとなく勿体ない気がした。
幸い、翌日は休みだった。特に用事もなくて、勉強をしてから、適当に過ごすつもりだったのだ。
千花は今度は頬を撫でてみた。
相変わらずの柔らかい感触だった。
まじまじと顔を見つめてみた。
長いまつ毛が羨ましくなった。
胸に手を当ててみた。
規則的な鼓動が、なんだか心地良かった。
もう1度背中に手を回して、抱き寄せてみた。
これが一番、満足感があった。
布一枚にさえ、邪魔をされないその感覚に。
「すき」
私にも、こんなに何かに固執する感情があったのか、と。
千花は何かを好きになることが多い。それは恋愛的な意味ではなく、友人を好きになったり、ゲームを好きになったり、学校を好きになったり、好きなものが多い。
それでも、何かに固執することは少なかった。
独占欲なんてものとは無関係だと、自分で思っていたのだ。
きっと恋人が出来たとして、お互いの自由を愛するのだ。そんな風に思っていた。
それでも、実際に恋人が出来た今なら。
目の前の可愛い恋人は、変わった。実際のところ『変わった』と表現するべきか、『元に戻った』と表現するべきかは千花にはわからない。でも、千花から見てなら、確実に変わったのだ。
初めて出会った時の無感情さは消えて、表情豊かになった。
何かを押しとどめたような、無機質な言葉ではなく、感情豊かな言葉になった。
無理をした笑顔なんか消えて、綺麗に笑うようになった。
それはきっと成長だ。
少年が、もがき苦しんで、それでも手を伸ばして、得た成長なのだ。千花はその努力を愛した。
変わりたい、でもどうしたらいいかわからない、どうしたいか分からない。その迷いを愛した。
いつか、本心を打ち明けてくれたときの。その成長を愛した。
その全てを知っているのは、千花だけだ。
こうして寝顔を眺められるのも、その素肌に触れられるのも、指を絡めるのも。
口づけるのも、愛を囁くのも、愛を営むのも、千花だけだ。
でも、もし、それが他の人に向けられたら、と思うだけで。
そんなことないはずなのに。
苦しくなるなんて、そんな気持ちが自分の中に生まれたことを驚いたのだ。
――私にしか向けられなかった微笑みが、他の人に向いた。
そこに恋愛感情はなくて、ただの友人関係でしかないのに。
――私にしか向けられなかった優しさが、他の人に向いた。
そこに恋愛感情はなくて、ただの友人関係でしかないのに。
(それでも、たまに、息苦しいのが。独占欲なんでしょうね)
(――変わったのは、私もです)
「…ちかせんぱい?」
そんなことを考えながら髪を撫でていれば、薄く目を開けたのは幸だ。
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたね」
「んー。へいき、です」
「まだ夜なので寝ちゃって大丈夫ですよ?」
ちょっと寝起きが悪いことを知っているのも、私だけなのだ、と。そんなところに喜びを感じて。
「ちかせんぱいは?」
「私は目が冴えちゃったので」
「じゃあおきます~」
幸は体を起こして、眠気を覚ますように首を振った。
「おっけー、です」
「何をするって感じでもないですよ」
「んーーー。おふろ?」
「それは後にしましょ」
まだ眠気がとれていないのか、小さくあくびをした幸を見て、千花は幸を抱き寄せた。
特に抵抗もなくて、また2人してベッドに倒れる。
上に乗る形になった、幸と目があった。
何か会話をするでもなく、自然と口づける。
何度か唇をくっつけては、離して。
離しては、くっつけた。
少し口を開いて、舌を迎え入れて。
何度か絡めて。離して。
指と指を絡めて。
火照った肌と肌が更にくっついた気がして。
千花は胸に小さな痛みを感じた。
「たべちゃいました」
「たべて、いいですよ」
薄く歯形がつくぐらい噛まれて、その痛みさえ愛おしかった。
胸の上あたりから、今度は首筋に。
軽く吸われて、少しの間、痛みが続いて、赤い花が咲いた。
「あした、やすみだから」
「私も」
返すように、首筋に口づけて。強めに吸ってみて。
ついた――つけた、その痕に。
赤く、咲いた、独占欲の象徴に。
言いようのないほどに、心が満たされるのだ。
「サチちゃん」
「なんですか?」
でも、まだ欲張りな心もあって。
それに逆らう気はなかった。
「もういっかい、しましょう」
まずはまた、深く口づけた。