病室の窓から、外を見渡す。
その行動を、初花司は何度繰り返しただろう。
もう、百を超えたことだけは分かっている。
「なあ桜――俺は親になってから初めてちゃんと理解したんだよ」
「親ってのは、子どもが健康で、笑ってるだけで最高に幸せなんだな。頭良い必要も、可愛い必要も、良い子である必要もないんだ。そこに俺がいなくても、健やかでいるだけでな」
「だから、今最高以上に幸せなんだよ。幸の世界に俺はいるし、あいつはお前に似て天才だ。世界一可愛いし、愛情深く育った」
病室から見渡す景色は何度変わっただろうか。
もう、両手では数えきれないのは分かっている。
「そんな俺たちの息子の心を縛ってたのは俺だった」
「もちろんお前のこともあるが――それでも、俺のせいだったんだ。でももう、それを俺たちは乗り越えた」
「だけどな、幸の行動を縛っているのは、桜。お前だ」
『私は家族を幸せにしてあげたい。誰よりも素敵なママになるの』
いつか言っていた、そんな言葉が司の頭をよぎった。
「俺たちの学生時代は楽しかったよな、高校で3年。結婚はしたけどそっから4年」
「まあお前は飛び級したから、4年全てとは言えないが――同じ楽しさを味あわせてやりたくないか?」
「お前が起きれば、幸は何の憂いもなく、決断できるんだよ」
「だから――早く起きろ。お前は天才だろ?なんとかしろ」
「じゃないと、誰よりも素敵な親の称号、盗っちまうぞ」
☆☆☆
「僕思うことがあるんですよね」
とある日の昼休み。
珍しく話題を切り出しのは石上だった。
生徒会室には伊井野以外のメンバーが勢ぞろいしている。
昼休みに関しては最近ではこの状況がいつも続いていた。なんとなく皆生徒会室にきて昼食を食べたくなってしまうのだ。
「この状況、伊井野が見たら発狂するんじゃないかって」
「伊井野がか?確かにあいつらを見たら発狂するかもな」
「いや、他人事みたいに言ってますけど会長もですからね。そのマンガ」
白銀は定位置で本を読んでいた。
残念ながら真面目な内容ではなく、石上が持ってきたマンガである。
「確かに、ここでは皆さん気が緩んでしまいがちかもしれません」
「いや、四宮先輩もですからね。そのゲーム」
かぐやは石上が持ってきたゲームをやっていた。
普段ならばゲームをすることなどないが、白銀がそのゲームにハマり、対戦相手を求めていたため練習中である。
「ミコちゃんはちょっと厳しいですもんね」
「伊井野さんをあんまり困らせちゃだめですよ」
「いや、あんたらがたぶん一番罪深いからな??」
千花は先ほどから恋人の膝枕を堪能中だった。
ぐへへ~~と言いながらお腹に頭をぐりぐりしてる最中だったのだ。一歩間違えなくても変態である。
この少年が甘やかすせいでどんどん行動がエスカレートしていた。
「まーまーミコちゃんにバレなきゃ大丈夫ですって!ジュース買いに行ってきまーす!」
「一緒に行ってきますね」
超楽観的な様子で千花はジュースを買いに行ったのだった。
残念ながら、石上の予感が的中したのは、その日の放課後だった。
☆☆☆
伊井野が生徒会室の扉を蹴破る勢いで開け
「皆さん、いいですか!!」と宣言をした。
昼の会話のこともあり、全員が察した。しかし、ここに幸はいないため、全員とは言えないかもしれない。
「平気で校則を破る人…」
ゲームをしている石上を睨みながらである。
「生徒会室で言葉にできない事を繰り広げる人…」
白銀とかぐやを見ながらである。
「我慢なりません。貴方たちに学園の代表としての自覚があるんですか!!!」
そして千花の方を向いて。
「私、私…藤原先輩のことは信じてたのに!!!」
涙ながらに叫んだのだ。
――まあ、いつかはそうなるよね。
生徒会メンバーの誰もが思ったのである。
伊井野はぽつりぽつりと語り始めた。
伊井野の絶望は昼休みに始まったのだと言う。元々、藤原千花と初花幸が交際している、という話は聞いていたのだ。それに関しては何の問題もない。しかし実際に2人がセットでいることはあまり見たことがない。それはいつも幸が2年生の教室やら生徒会室やらに行くからだ。だから清い交際をしているはずだ!藤原先輩なんだから!と思っていたと。
今日、珍しく伊井野はちょっと寝坊してしまった。だから朝に飲み物を買う暇もなく学校に来たのである。だから、飲み物でも買うついでにたまには中庭で一人でご飯でも食べよっかな、と。スマホとイヤホンを片手に、ルンルン気分で歩いていたのだ。
「でも、でも。あんな、中庭で!あんな!!」
「てへぺろー」
「ごまかさないで下さい!!!」
「あーだめかー」
人が少ない中庭は、生徒会室の近くにある。伊井野も静かな環境を求めて少し遠いけれどそこに向かったのだ。しかし既に先客が。見かけたのは、2人でベンチに座る千花と幸である。2人とも手には飲み物があったから、自動販売機に寄るついでだな。と察せた。
でも、2人の距離が近い、近いとかじゃなくゼロだった。
隣に座って腕組んでるし。
その時点で伊井野の心は黒く染まった。
そして、立ちすくむ伊井野になんて全く2人は気づかずに。
『あ、私もそれ飲みたいです』
『いいですけど…同じやつですよ?』
『もーサチちゃん分かってないですねー今日は甘えたい気分なんですよ!甘えん坊Chikaです!』
『かわいい日なんですね』
『ふへ~もっと褒めて~。あ、ちなみに私、腕も動きません』
『もう、しょうがないですね』
そしてその後はもう。ひたすらちゅっちゅしてたのである。
伊井野は注意する気も起きずに、その場に崩れ去ったのだ。
「藤原さん…あなたそんなことしてたの…さすがに伊井野さんがかわいそうよ」
「そういう気分だったんですもんー!!いいじゃないですかー!!」
「僕、初めて伊井野の気持ちに共感したかもしれません。今なら校則頑張って守ろうかなって気持ちになります」
「えー私そこまで言われるんですか」
「まあ…俺たちは悪い意味で慣れてしまったからダメージは少ないが」
非難轟々である。
伊井野は今にも泣き崩れそうだった。
「…つまり、ミコちゃんにも慣れてもらっちゃえば!!」
「え、どういうことですか?」
「ミコちゃんにも校則を破っちゃう人の気持ちを分かってもらうために『怒っちゃ駄目タイム』をしましょう!」
元から持っている好感度で千花はごり押した。
ちなみにこの場に幸はいないため、慣れさせることは不可能であり、完全に詭弁である。
この流れの中でかぐやは内心で、なんの躊躇いもなく男に躰を預ける性欲の化身、と千花を罵っていたのも、まあしょうがないことである。
☆☆☆
幸が職員室から生徒会室に向かっていると、携帯片手に楽しそうなかぐやと、ニヤニヤしながら後輩に絡んでいる千花の姿が見えた。
だから、また仕事せずになにかしてる…と思いながら、生徒会室に入ったのだ。
「こんにちは。今度は何をしてるんですか?」
「あぁ、なんか藤原先輩が変顔の布教を…」
「変顔、ですか?」
変顔という文化は幸にはなかった。
誰もこの顔に変顔させようという気持ちは生まれなかったのである。
「こう、変な顔をするのが逆に可愛い、という感じですね」
答えたのはかぐやである。もちろん携帯には白銀の写真が表示されている。
「変な顔が可愛い…そういうものなんですね。あ、見せてもらってもいいですか?」
「ええ、藤原さんのはこちらに」
そう言って早速千花が送った写真をメールから表示させようとする、が。
「だめーーー!!!かぐやさんだめーーー!!ぜーーーったい見せたらダメですからね!!!」
「え、ええ?可愛いと言ってませんでしたか?」
「それとこれとは違うんですよ!!一緒にするならまだしも私だけ、なんてぜーーーったいダメです!!これはブサかわなんですよ!?ブサイク要素があるからダメに決まってるじゃないですか」
「あなたねえ…」
結局、あまりに強情な千花は写真を見せることはなかった。
「僕、藤原先輩にも乙女心なんて存在するんだって初めて知りました」
「まぁ同感だ。失礼すぎるがな」
「自業自得ですよ」
彼女だって、恋する乙女なのである。