藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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【18】石上優 と 初花幸

 如月桜という天才がいた。

 

 彼女は物心ついた時から孤独だった。

 彼女は1を聞けば10を理解し、10を学べば100に広げられた。でも周りの『わからない』、だけが『わからなかった』。

 捨て子だったことも影響した。彼女は孤独だった。

 

 いつしか彼女は、持ち前の頭脳で、愛され方を――『愛させ方』を学んで、仮面を被った。

 その方が生きるのが簡単だったからだ。

 

 日本屈指の高校の入試さえ、所詮高校入試レベルである。彼女にとっては児戯に等しかった。

 でも彼女は会いたかったのだ。自分の『わからない』を理解してくれる人に。秀知院学園にならいるかもしれないと思っていた。

 

 そんな希望を持って入った学校でさえ、結局、彼女は孤独だった。

 周囲に多くの人はいたが、それでも心は孤独だった。

 結局彼女は出会えなかったのだ。

 

 彼女は天才だった。故に孤独だった。

 

 同級生は誰も本当の彼女の好きな話にはついてこれなかった。だから口を閉ざした。

 

 仮面を被った口から出るのは当たり障りのないことばかり。

 口を開く度に、何かが失われていく気がした。

 

 でも、ある日。

 

 『――俺に、勉強を教えてくれ』

 『あなたは学年2位でしょう?十分じゃないかしら』

 『違う、そうじゃない。前にお前が読んでたスペクトル論とかいうやつだ。中庭で読んでただろ。俺も読んだんだが1ミリも分かんねーんだよ――なら、お前に聞くのが早いだろ?』

 『…しょうがないわね』

 

 その日から、世界が変わった。

 

 『数Ⅲすら分からない分際でよくもまあ私に聞けたものね』

 『俺まだ高校1年になったばっかなんだが?数Bまで修めてるだけ褒めろよ』

 『偉いですねーすごいすごい』

 『は??』

 

 彼女に比べたら、要領もよくない、理解も遅かった、けれど。

 それでも、それで、それだけで、十分だった。

 

 『あーーー分かんねーーー』

 『頭が固いのね。三角関数の和で表して、それを指数関数の和にしたときの係数を求めればいいだけじゃない』

 『無茶言うなよ!!!』

 『あら、諦めるのかしら。まだ基礎中の基礎よ』

 『うるせえな…もう1回最初からだ』

 『…しょうがないわね』

 

 彼は諦めなかった。

 それが『わからなかった』。

 

 『こんなのやっても、大学受験には欠片も役に立たないわよ』

 『そんなんさすがに分かってるわ。お前また馬鹿にしてる??』

 『してないわよ――分からないだけ。何のためにそんな頑張ってるのか』

 『お前みたいな天才にも分からないことがあんだな…いい気味だ。答はいつか教えてやるよ。考えとけ、宿題な』

 『相変わらずあなたは偉そうね』

 

 やっぱり彼女には『わからなかった』。

 なんで、彼は、諦めないのか。

 

 『それで、そろそろ教えてくれないのかしら』

 『…しょうがねーな』

 『思ったより素直に教えてくれるのね』

 『うるせえ!それはな――』

 

 『――お前のせいだよ!!いつも自信満々でウザいくせに寂しそうにしやがって!!どうせなら本読んでるときもちゃんと表情作れよ!!天才のくせによ。なんで気づかせんだよ…話し相手ぐらいならなってやろうとしただけだろ』

 

 『……』

 『どうした?』

 『――ありがとう』

 『ほんとどうしたお前!?頭おかしくなったのか!?』

 

 それは、初めての感覚だった。

 

 ――私を『理解しようとしてくれる』、それだけで。十分だった。

 ――ああ。私は、ただ、あなたの言う通り、寂しいだけだった。

 

 気づいてしまった、自分の気持ちに。

 ずっと、見て見ぬふりをしてきた自分の気持ちに。

 そんな気持ちを気づかせてくれた、温かい人がいた。

 だから。

 

 (どうしましょう――愛してしまったわ)

 

 如月桜は、恋に落ちた。初花司を、愛してしまった。

 

 (でも、どうしましょう)

 (私――どうしたらいいか『わからない』)

 

 でも、嫌な気持ちではなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 石上優は応援団の練習まで暇だった。

 だからいつも通り適当なところでゲームでもして時間を潰そうとしていた。

 だが、思い出したのだ。今日の課題には教科書が必要だったことを。なんてことないが、教室に戻るのはちょっと面倒である。ちょっとだけ重たい足取りで教室に戻った。

 

 視線の先に鮮やかな金髪が入ってきたのはその時だ。

 廊下の少し先を歩く、少年。初花幸だった。

 石上は理由を知らないが、幸は職員室に寄ることが頻繁にある。だから今日も寄ってから教室に荷物を取りに来たのだろう。と予想は出来た。

 

 石上優と初花幸は微妙な関係である。石上はそう思っている。

 

 クラスメートだし、生徒会メンバーでもある。

 生徒会でもよく話すし、一緒にゲームをすることもある。クラスでも、特別仲が良いわけではないが、たまに話すこともある。

 

 じゃあその関係性は?

 そう問われた時、答えに詰まるのもまた事実だ。

 クラスメート?生徒会の仲間?それとも、友達?

 

 それに迷うのは、こうして廊下で見かけているのに、声をかけるか迷っていることからもよく分かることだった。

 

 結局声をかけられずに石上が教室に着くと、中からは声がした。

 

 『初花さんって石上とよく話してるけど、やめたほうがいいよ!』

 『あいつまじでキモイんだって!!』

 『外部入学だから知らないかもだけどさ~』

 

 もうそれには慣れたけど、傷つかないわけではない。

 直視しないように伸ばした前髪が、揺れた。

 

 それに対する幸の返答は――あまり聞きたくなかった。

 でも、逃げ出しちゃダメな、気もした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 石上優と初花幸の出会いは、入学式から数日後のことだった。

 

 『あ~。入学して早々だが、転入生が――あぁ、留学生か。まあクラスに新しい仲間が入る』

 

 入学したばかりの転入生。その衝撃もさることながら。

 

 『入っていいぞー。如月』

 

 扉を開けた時のその衝撃。

 クラスメートたちの歓声。

 俯いていた石上でさえ顔を上げた、その衝撃。

 

 ファンタジーの中でしか見たことがないような、その姿かたちに目を奪われた。

 

 『如月幸です。よろしくお願いします』

 

 ロボットのようだと思った。

 容姿からは考えられない程に無機質に響いた声。

 全く変わらないその表情はまるで、錆びついた機械のようだ。

 

 それからしばらく経って。

 千花が生徒会室に幸を引っ張ってきてから2人の交流は始まった。

 

 『友達作り』という名目で千花によって様々なことに巻き込まれ、2人はそれなりに話すようになった。

 まあまあ、平和には過ごしていたのだ。

 

 しかし夏休み直前に幸は突然学校に来なくなった。

 それに対して、石上たちは千花を初花家へ送り出したのだ。

 

 そして迎えた夏休み。ある日、突然に彼は石上の家に来たのだ。

 

 『石上さん。初花、幸です。お久しぶりなのです』

 『初花…。如月は、もうやめたのか?』

 『はい。僕のお話を、聞いていただけますか?』

 

 そして石上は聞いた。

 初花幸という人間が何に悩んでいたのか。

 何を思っていたのか。

 どう変わったのか。

 

 そして、石上はそれなりに鋭い人間である。

 

 『チカ先輩が、勇気をくれたのです。お父様と仲直りをする』

 

 もちろんその話の中、彼から恋慕の情を敏感に感じとった。

 

 そして、夏休み前日――千花が初花家へと向かったその日。

 千花から感じた『特別なもの』と合わせて。

 その恋の結末を確信したのだ。

 

 だが石上にとって一番大事だったのは、そこではない。

 

 石上から見れば、石上に事情を話してくれた時から、幸は『変わった』。

 そう、明確に『変わった』のだ。

 

 常に微笑みを携えるようになった。それは今までのぎこちないものではなく、自然なもので。

 言葉は柔らかくなった。今までの機械のような無機質は、消えた。

 そして何より、主張をするようになった。

 

 『チカ先輩、手を握って欲しいのです』

 『白銀先輩!僕も食べたいです』

 『四宮先輩――そのゲーム、負けませんよ?』

 

 『石上さん。一緒にご飯を食べましょう?』

 

 石上は、その姿に。

 

 ――その変化に。その『成長』に。憧れた。

 

 自分も変わりたい、と、そう思ったのだ。

 だからこそ、応援団に入ったのだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 (あれ、あいつ。留学生って言われてなかったか?)

 

 少しの回想の中、石上はそれが引っかかった。

 しかし昔のことだ。勘違いだろうということにする。

 そして、現実逃避をやめた。

 クラスの中では、幸と女子生徒たちが話していたのだ、その会話が聞こえてくる。

 

 「僕は、石上さんが何をしたか詳しくは知りません」

 

 それは本当のことだった。

 千花がその秘密を教えようとした時も、幸は止めた。

 自身もずっと秘密を抱えていたからこそ、勝手に暴くのは違う気がしたのだ。

 

 「皆さんが、石上さんを嫌うのも別にいいと思っています。それなりの理由もあるでしょうし、人を嫌いになるのはしょうがないことです」

 

 それも、幸の本心だった。

 

 「でも、僕は石上さんの友達なので話すことはやめられないのです。だから――もし、今度石上さんが悪いことをしたら僕に言ってください。ちゃんと怒ってあげます!…それなら、いいでしょう?」

 「初花さんがそう言うなら…」

 「えーー気を付けてよ!!まあ、男子だしいいのかなあ」

 

 だから、これも本心だった。

 

 初花幸の、その高い好感度を利用して言いくるめた部分もあっただろう。

 大っぴらに一方的に庇えば、それで石上が更に悪く言われるのも分かった上でだろう。

 

 石上には分かった。

 その言葉が、その気遣いが、本物であることが。

 

 でも。何よりも。

 『石上さんの友達なので』

 そんな言葉一つで、自分の心が揺れ動くなんて、知らなかった。

 

 石上は、逃げるようにクラスから離れていった。

 ――でも、それは、喜びからだ。

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