藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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【2】きさらぎさち は かわりたい

 同日。同時刻。生徒会室にて。

 

 副会長と書記が熱い恋愛トークを交わした後、少々遅れて会長と会計が生徒会室へとやって来た。

 それぞれが定位置へと座り、ふう、と一息をつく。

 

 この時期は大きな行事はないものの、細かい仕事は多岐にわたり、なんだかんだ忙しいのだ。

 

 「石上のクラスはどうだ。馴染めていない外部入学生はいないだろうか」

 

 幼稚園から一貫して上がり、固まってしまった人間関係に途中から入り込むことが難しい人もいることは、白銀自身が最も実感している。

 入学から一月が過ぎて今になれば、部活に入るなり、クラスに慣れるなりして、多くの外部入学生は学校に慣れ、友人もできている。

 しかし、この時期になって孤立しているような生徒には気を付けておく必要があった。

 

 「そうですね。見た感じ大体は大丈夫かと。まあ、一人だけ馴染めていないというか、孤立しているというか、孤高というか分からない人はいますけどね」

 「珍しく歯切れが悪いな。どうしたんだ」

 

 いつもズバズバと言いにくいことまで言葉にしてしまう石上にしては珍しく、白銀は少し不安になる。もしかしたらよろしくない状況の後輩がいるのかもしれない。

 

 「如月幸っていうんですけど、超絶美少女なんですよ。僕あんなのゲームのキャラとかマンガの中でしか見たことないですよ」

 「ほー。そんな子が一年にいたのか」

 

 ここ秀知院学園にも、美少女と称される女子はいる。この生徒会に属する四宮かぐやと藤原千花も文句なしにその称号を得ていた。それに関しては白銀とて話には聞いているし、もちろんそれに文句のつけようもなかった。彼が出会ってきた女子の中でもぶっちぎりで可愛いと感じていた。特にかぐやは、だ。

 

 だが千花などと比べ、校内の噂などについて詳しくない白銀ではあるが、そのような後輩の話は聞いたことがなかった。

 

 「しかも男の娘なんですよ男の娘。あんなの実在すんのかよーって驚きましたね」

 「おとこのこ?美少女ではなかったのか」

 「簡単に言えば女みたいな見た目の男ってことです。会長も見るといいですよ。びびりますからね。ただ…」

 

 あまりサブカルチャーに明るくない白銀にはなじみのない用語であった。

 しかしなんとなく意味は理解できる。

 

 「ただ。なんだ」

 「いっつも一人なんですよね。喋ったとこもあんまり見たことないですし。なんて言うか、綺麗すぎて怖いんですよ。昔の四宮先輩みたいなもんですね」

 「そうか、あの四宮と同じ、か」

 

 昔のかぐやと同じ。そう表現をされればなんとなく白銀にも理解はできた。

 かつてのかぐやは恐れられていた。それは彼女自身の性格や家系も原因ではあるが、周りが彼女自身をよく知らない、というのも大きな理由の1つだった。

 人間が知らないものを怖がるのは仕方のないことだ。

 

 「悪口言われてるとか、いじめられてるとかじゃないですし?そう考えると僕の方が孤立してるんじゃないですかね。ははっ」

 「笑いごとではないがな」

 「せめて笑ってくださいよ」

 

 そう、石上とて生徒会役員ではあるが、いわゆる「陽キャ」であったり、スクールカーストの上部に属していたりするわけではないのだ。むしろ女子には特に嫌われている側だ。

 

 

 白銀は考える。

 心の底から孤独を愛する人は少ない。

 孤独であることを受け入れる人はいても、孤独を愛することは難しいのだ。

 

 (あの四宮でさえ、そうだったのだから)

 

 一度、声をかけておく方が良いのかもしれない。

 しかし白銀とて人付き合いがとても上手とは言い難い。それは生徒会の中で言えば千花の専売特許であった。

 

――藤原書記を引き連れて会いに行くのがいいかもしれない。

 

 そんな風に心のTo doリストに追加をしようとした時だ。

 

 

 バンッ、と生徒会室の扉が悲鳴を上げた。

 

 

 「チカちゃん再登場ですっ!!!」

 「げっ、藤原先輩だ」

 「げっ、とはなんですか、げっ、とは。失礼ですね~」

 

 ばーん、と効果音が付きそうな形で千花が登場する。

 再登場とは言ったが、今日生徒会室で2人に会ったのは初めてである。ちなみにかぐやは部活に顔を出しに行ってしまった。

 

 「どうしたんだ藤原。いつにも増して騒がしいな」

 「会長も失礼ですね!!まあいいです。かぐやさんはいないみたいですけど、皆さんに相談があって来たんです」

 「藤原先輩が?悩むことなんてあったんですね」

 「石上くんいちいちうるさいです」

 

 そして千花は、ちょいちょい、と廊下に向けて手招きをする。

 

 それに後押しされておずおずと入ってきた人物に白銀は目を奪われる。

 

 鮮やかな金髪を靡かせた、ジャージ姿のお姫様がそこにはいたのだ。

 

 「あの、入ってよろしいのでしょうか」

 「私がオッケーをだせばオッケーなんですよ!!」

 「さすが師匠です」

 「ふへへー」

 

 なんだこれは。どんな関係性だ。というか誰だ。白銀は困惑した。

 

 「え、如月?」

 

 石上が困惑しながらつぶやいた。

 視線は目の前の美少女に刺さっている。

 

 きさらぎ、きさらぎ、白銀は何度か心の中で反芻をして。

 

 「さっき石上が言っていた噂の、か?」

 「ええそうです。藤原先輩と知り合いだとは知りませんでしたけど」

 

 石上が多少驚いたように2人を見ている。

 

 「サチちゃんにはさっき初めて会いましたよ」

 「1か月クラスメイトやってる僕より仲良さそうなんですけど??」

 「それは石上くんのコミュ力がくそ雑魚ナメクジなだけですね~」

 

 千花は棘を刺し返した。

 

 「それで藤原は如月を連れてどうしたんだ」

 「サチちゃんが友達を作る練習をしたいんです。まずは生徒会でやろうかと!!」

 「えっ!!友達が欲しいのか」

 

 食いついたのは石上だった。

 人を寄せ付けない、いてつく波動を放っていると思っていたからだ。

 

 「はい」

 「もうサチちゃん固いよ!!」

 「すみません師匠」

 

 師匠…師匠?と石上は呟く。

 

 幸の表情は動かない。

 なるほど、と、白銀はそれを見て納得した。石上が彼を過去の四宮と表現した理由が分かったのだ。

 幸は驚くほど綺麗だ。四宮や藤原と並んでも霞まない程の輝きを持っている。白銀でさえそう思える。

 しかし動きの少ない表情と、切れ長の目は少し冷たい印象を与える。綺麗すぎて怖い、というのもまた四宮と同じだった。

 

 「如月は外部入学だな?」

 「はい」

 「友達は?」

 「いません」

 「友達がいたことは?」

 「ありません」

 

 いやこれもう外部入学関係ねーな、と白銀は絶望した。生粋のぼっちだったのだ。

 

 「でもサチちゃんはこんなに可愛いのにおかしいですよね~」

 

 のほほんと言う千花に白銀は静かに同意した。

 冷たい印象を与えると言っても、結局見た目の良さは武器なのだ。それだけでも寄ってくる人はいるだろう。

 

 「いやー如月はちょっと怖いんですよね」

 「そうでしょうか?」

 「それ!その顔と丁寧語!!なんか裏がありそうで怖いんだよ!!」

 

 こてん、と首を傾げながら答える幸に石上は叫ぶ。

 

 「じゃあサチちゃんはまず笑顔の練習ですね!ほら、ニコニコ~って私のマネをしましょう!」

 

 両手の人差し指を頬にくっつけながら千花が先導する。

 それをマネして幸も。

 

 「はい。にこにこー」

 「うわ」

 「うわあ」

 「あーー」

 

 三者三様に苦い反応が返ってくる。

 

 「最近のロボットでももっとマシな笑顔作れますよ」

 「こら石上言いすぎだ…でもないかもしれないが」

 「表情筋が死んでますね~」

 

 酷評である。ぎこちなさすぎたのだ。

 ギリギリ口角が上がっているだけである。むしろ無理やり表情をつくろうとしている分、威圧感は増していた。

 

 「師匠。どうするべきでしょうか」

 「え~~っとそうですね」

 

 師匠は手詰まりである。笑顔なんて物心ついていた時には習得していたのだ。当たり前だ。

 

 「楽しいことでも思い浮かべたらどうだ?好きなもの、幸せな記憶とか」

 

 ここで白銀の助言である。

 

 「しあわせな、記憶」

 

 目を閉じる。

 皆が幸に注目する。

 

 ――思いはせる先はもう遠い過去だ。あれは子供の頃。まだ何も知らなかった時の記憶。訪れる困難も、悲しみも、何1つ想像していなかった。暖かい手のひらに頬が包まれて。大きな手のひらに髪を撫でられて。

 額に落ちた、口づけが。

 

 愛してるわ。ずっと、ずっと。

 

 (お母様…)

 

 1つ思い出せば、2つ目が、3つ目が。紐解かれていく。蓋をしていた記憶だ。思い出さないよう、思い返さないよう。

 今、この瞬間に、思い出したのは。

 

 (なんでだろう)

 

 どこかで他者と1線を引いている。それを自覚していた。

 関わりたくない、関わりたい。そんな相反する感情を抱えて生きている。

 

 でも、今日は、暖かい日差しに照らされて導かれた出会いは。

 いつかの暖かさを思い出させてくれた。

 

 西日が生徒会室に差し込む。

 窓際に立っていた幸を陽光が包んだ。

 

 右手を撫でる。包んでもらった暖かさを思いだすように。

 

 「師匠。僕は」

 

 幸は千花を見つめた。

 千花はその姿にくぎ付けになる。

 

 口を開く。その一瞬が、数刻にも思えるほどに食い入る。

 

 「かわりたいです」

 

 3人は花が咲き誇る風景を見た。

 

 白銀は口を閉じられなくなった。

 石上は目を離せなくなった。

 

 千花は、ぼんっ、と顔を赤く染めた。

 

 「まじか…。会長、天下取れますよ、如月のやつ」

 「間違えるな石上。欲しいのは友達であって天下じゃない」

 

 ぎこちなさは変わらない。

 でも先ほどとは打って変わった、心の乗ったその表情は。

 

 「わーーーーー!!超かわいいよ!!それ!!それならサチちゃんはどんな子だっておとせるよ」

 「藤原先輩だって勘違いしてます」

 「こら、後輩を悪の道に引きずりこむんじゃない」

 

 わいわい。ぎゃいぎゃい。と生徒会の面々は感想を述べていく。

 

 こうして話すことは、いつ振りだろうか。

 幸は、幸せだった。

 

 「師匠。これからもご教授お願いします」

 「もちろん!!どーんと導いちゃいますよ!!」

 

 その日、ここに師弟関係が成立したのだ。

 

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