藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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12月
【20】四宮かぐや と 初花幸


 「――会長」

 「どうした、四宮。そんな神妙な顔をして」

 

 夕暮れ時の生徒会室。

 他のメンバーはもう仕事を終えて早々に帰ってしまった。残された2人は細々とした仕事を片付けていた。

 

 「もう12月。そろそろ期限ですが、初花さんはどうするのでしょうね」

 「四宮は知っていたのか」

 

 不完全な会話。しかし彼らには共通の知識があるからこそ、通じるものがあった。

 

 「初花も隠すことをやめたのでしょう。私たちのところにもそれなりに情報はおりてきます――選別されたものではあるでしょうが」

 「しかしこれは事実だ。生徒会長にでもなっていればまだしも、今のあいつを縛るものはない。どうするんだろうな」

 「今月が一応の期限ですからね――延長か、編入か――もしくは…」

 

 

 ――初花幸は留学生である。

 初花司が苦心の末にこの秀知院学園に息子をねじ込むために使った策である。

 

 既に秀知院学園の入試も終わってしまった3月中旬、彼はこの学校を訪れたのだ。どうにかして息子を入学させたいと。

 彼の妻が――幸の母が眠り続けて3年以上が過ぎ、息子は15歳を迎えた。しかし、その家族関係は冷え切ったものになってしまった。それだけならまだ、耐えられた。

 でも、死んだような目で研究に打ち込む息子を見た時、彼は決意をした。

 嫌われようとも、何かを変えなければならないと。

 

 だからこそ、彼と妻が出会った、この学園に希望を託した。

 

 「幼少の頃からアメリカで母親と共に初花のIT部門で検索アルゴリズムの開発――あれは現在の初花の根幹事業。初花の後継者に指名されるのも、それに全く異論が出なかったのにも納得です」

 「息を吐くように俺の知らない情報を出すんじゃない」

 「そのうち皆知るようになりますよ」

 

 普通の新入生として入学させるには時期が遅かった。もちろん、出来ないこともなかったが、その事実が露見した時に角が立ってしまう。

 だが幸はずっとアメリカ育ちだ。それを利用して留学生として入学をさせた。これならば多少時期がずれ込んでいても、理由はいくつか立てられるから都合が良かった。

 

 「留学の件でさえ、俺も最近校長に知らされたばかりなんだがな」

 「箝口令が解かれた、と。最初の頃の方が、転入だの編入だの留学だのという話や噂が少し出ていたことを考えれば、どうにか入学をさせてから段々と体裁を整えていったということでしょうね」

 

 秀知院学園では留学生とて、一定以上の成績がなければ次学年に進級できない。

 先月がその判定をされる月であり、今月末――実際には2学期が終わるその日が進級希望の期限、つまり秀知院学園に残るか残らないかの選択の期限なのだ。もちろん幸の成績自体は足りており、進級は可能なのだが。

 

 その進級希望は、未だ提出をされていない。

 

 「まあ多少おかしいとは思っていたんだがな。あれで成績上位にいないわけがない」

 「そもそもカリキュラムが違う以上、載りようがなかったわけですね」

 

 幸が度々職員室に向かうのは、留学生であることを隠すために留学生用の授業を受けていないのが理由で補習としてその分を受けるためだ。

 もちろん、一般生徒とはテストも違う。同じテストも受けているが、それが全てではない。だからこそ成績順位などにはカウントされていなかった。

 

 「私は――」

 「どうしたんだ?」

 

 何も恥ずかしくない言葉なのに、少しだけ言葉にするのは、気恥ずかしい。

 

 「私は、少し残念です。このままならきっと来年度、彼はいない」

 「なぜそう思うんだ?」

 「状況を鑑みると、ですね。夏休み明け、アメリカにいると言って学校を欠席していた。その時初花はアメリカで――初花のIT関連はアメリカに本社がありますから――そこで事業拡大を発表しました。そして来週、彼が生徒会を欠席する日には、また大きな発表があると噂されています」

 

 かぐやは、幸の情報が入ったと同時に、今までの彼の行動と初花の系列企業の動きを比較した。

 そこには、偶然では絶対に片付けられない相関関係があった。

 

 「今までもそう。夏休み直前を除いて彼が休んだ日には必ず何かしらの動きがあります」

 「じゃあサチはそちらに専念するのでは、ということか」

 「ええ。初花はこの先もっと大きくなるでしょうから」

 

 今まで四大財閥の力は均衡していた。

 四宮は経済に強く、初花は経済が弱いが政治は強い。

 しかし、その均衡を破り、初花は頭一つ抜け出したのだ。

 その立役者は、忙しくなるだろう。

 

 「それが、最善なのでしょう。持っている才能を最大限に活かせる場がある。それは幸せなことだと思います」

 「――だが。感情面ではどうしても、か」

 「認めがたいことですが」

 「あの四宮がな。きっと、それも成長なんだろうよ」

 

 この生徒会において、初花幸と最も仲が良かった者は誰か。

 それはきっと、恋人である千花を除いてしまえば、四宮かぐやなのだ。

 

 『如月幸』であったときから恋バナをする程に話し。

 『初花幸』となってからは同格の家の人間として対等に話すことが出来た。かぐやにとっては、『四宮』に怯えないという希少な相手だったのだ。隠し事をしなくて済むのも気楽だった。

 花火の際には、白銀の好みの浴衣を聞いてもらった。

 生徒会室ではゲームに共に興じることも多かった。

 

 その2人の関係は、周りから見ても良好な友人関係だったのだ。

 

 ――あのかぐやでさえ、認めてしまうほどの。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 「お話があります」

 「…驚きました」

 

 だからかぐやは、翌日、幸のクラスに押し掛けた。

 今は昼休みである。始まった瞬間に彼女は幸のクラスへと奇襲をかけた。

 

 周りの生徒たちは財閥同士の争いか、と恐怖を感じている。

 そのあまりの剣幕に石上と伊井野とて何も反応が出来なかった。

 

 「場所を変えましょうか」

 「ええ、そうしましょう」

 

 在校生の二大有名人が会話もなしに中庭へと向かう姿はとにかく目立った。

 しかし、かぐやのその剣幕に誰も話しかけることもできないのだ。

 

 

 中庭に着いて、並んでベンチに腰掛ける。

 

 「あなたのせいで昨日は眠れませんでした」

 「その目つき、寝坊のせいだったんですね…御行先輩と同じですよそれでは」

 「会長とおそろい!?…なんでもありません」

 「今は流しておきます…」

 

 なんでこの先輩は好意がバレてこなかったのだろう、と真面目に幸は考えた。

 

 「初花さん、あなたに言わなければ後悔するであろうことがあります」

 「なんでしょう」

 

 かぐやは間を置くこともなく言い切った。

 

 「――日本に残りなさい」

 

 「バレていましたか」

 「当たり前です」

 

 合わせていた目を離して、2人して正面を向く。

 

 「藤原さんは、あんなでも周りを何だかんだ見ているものです。空気が読めるかは別として――この中庭に伊井野さんが来たのなら普段は気づくでしょう?」

 

 それはいつか、伊井野が幸と千花がイチャついているのを見て絶望した時の話である。

 

 「それにしても最近は過剰でした。人前では恥ずかしがりそうなものなのに、あんなに時も場所も考えずにくっついて…でも、この学校で2人でいられる時間がもう少ないなら、そう考えたら納得できました」

 

 いつかの膝枕も含めて、最近の千花は愛情表現か過剰だった。

 かぐやとて、最初はそれを浮かれているだけだと考えた。でも、それは違った。

 こうして学校で一緒に過ごせる時間があと少ししかないから、それ故だったのだ。

 かぐやは、それに気づいてしまった。

 

 「もう1度言いましょう。日本に残りなさい」

 「四宮先輩がそう言うのは予想外でした」

 「私だって予想していませんでしたよ。四宮ともあろう者が、こんな感情を持つなど」

 

 再び、2人の目が合う。

 かぐやは、真っ直ぐに感情を伝えることが苦手だ、特にそれが好意であればあるほど。

 それでも、言わなければならなかった。そう思ってしまった。

 

 「1度しか言いませんからね――私は、あなたも藤原さんも友人だと思っています」

 「そんな2人が結ばれたことも喜ばしく感じます」

 「離れることを望んでいないでしょう?あなたたちは」

 

 「――そして、私もまた、この『いつも通り』が崩れることを望んでいない」

 

 千花が日常を愛しているように、かぐやもこの日常を愛していた。

 

 「会長がいる。藤原さんがいる。石上くんがいる。伊井野さんがいる。そして、初花さん、あなたがいる生徒会の日常が崩れることを望んでいないのよ」

 「そう、これはお願いよ。『友人』としてのね――それが期日が来る前にあなたに伝えておきたかったこと」

 

 かぐやには珍しい、素直な気持ちだった。

 それを聞いた幸は、視線を外して、ベンチに深くもたれかかった。

 

 「4月に高校に通うために日本に来た時、僕はこんなことになるとは思っていませんでした」

 「あの時は、何もかも捨てたい気持ちしかなくて、義務感だけで、お母様と創りあげたものを守っていて…」

 「でもあの日ここでチカ先輩に出会って、皆さんと出会って」

 「――今は、大切にしたいもので溢れているのです」

 

 かぐやは、ただ頷いた。

 

 「もう少しだけ、考えてみます」

 

 「わかりました――願わくば、私の期待通りになることを」

 

 そう言って、かぐやは校舎へと足を向けた。

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