藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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オマケ(後日談など)
初花幸は信じられたい(奉心祭1日目)


 文化祭当日。

 

 白銀は絶望していた。

 自転車をこいで、颯爽と学校へと向かう中、白銀御行は絶望していた。

 繰り返すが、白銀は絶望していた。

 

 『会長――サチちゃんと話したいので、朝、生徒会室を使っても大丈夫ですか?』

 

 前日そんな電話を、死にそうな程に暗い声でしてきたのは藤原千花だった。

 白銀は瞬時に彼女の状況を察し、そしてこんなことを思った。

 

 『恋愛自粛』である。

 

 四宮かぐやに告白をさせるための策を巡らせている中、これは非常にまずい状況だった。藤原千花と初花幸の2人は十中八九よろしくない状況になっているだろう。

 破局、まではないにしろ、文化祭だハッピーハッピーマジ卍というような状況ではないのは確かである。白銀にとってもかぐやにとっても2人共とても大事な友人であり、そんな2人が暗い状況の中、自分たちだけ告白だなんだ、なんてしている余裕はないのだ。

 

 

 そのうちに、秀知院学園の姿が目に入った。

 

 まだ時間は7時前。多くの生徒が準備のために既に登校をしているようで、それなりの活気が感じられた。いつも通りの場所に自転車を止めて、校内へ。

 いつもとは違い、校門から入ってからは多くの出店が並んでいる。

 

 そして白銀は見つけてしまった。クレープ屋の前で跳ねている藤原千花を。

 

 いつも一緒にいる金髪のお姫様系の少年はいない。

 白銀は再び絶望した。

 

 (おまっ。跳ねてる場合じゃねーよ)

 

 なぜかぴょんぴょんと楽しそうに跳ねている千花に文句の3つや4つ言いたくなった。恋愛自粛は確定したようなものだ。

 嬉しそうな様子は上手くいったように見えるが、わざわざ初日の午前中に休みを取ったのに、あの千花が働いているあたり、そういうことなのだろう。

 

 しかし、事実を本人から確かめなければならなかった。彼の今後のためにも。

 白銀を視界に入れた彼女は、笑顔になって目を合わせた。

 

 「藤原書記。何をしてるんだ?」

 「ハートの風船が大量に余っているの――」

 

 何やらその後も千花は色々と言っていたが、白銀の耳には届かなかった。

 

 (あっぶねーーー!!助かったーーーー)

 

 ハートの風船を掲げたその手が――その指に煌めいた『銀色』が。

 

 白銀の勝利を確信させたのだった。

 

 「それで、サチはどこにいったんだ?珍しく一緒じゃないが」

 「校長室ですよ!提出するものがあるんです!」

 「あぁ。そうか――提出するものか。本当に、良かった」

 

 来年からも生徒会のメンバーが欠けることは、なさそうだ。

 ついでに恋愛自粛も免れそうである。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 幸は無事に校長へと進級希望を提出し終えた。

 彼は校長に「冗談デハないデスヨね?」と何故か言われた。マジのマジだったのにである。

 

 まだ文化祭こそ始まってはいないものの校内には準備のために生徒が集まっており、あちらこちらから活気が感じられる。

 

 「あら、アンタ」

 

 生徒会室へと戻る道すがら、彼に話しかけたのは、見慣れない人物だった。

 見慣れないとは言っても、その人のことは幸も知っていた。もちろん、相手も幸のことを知っていた。

 

 「初花の秘蔵っ子じゃない。そんな指輪見せびらかしてどうしたのかしら」

 

 幸は決して見せびらかしてなどなかった。普通に歩いていただけだ。

 

 「あなたは…たしか、四条家の?」

 「そうよ!私は四条眞妃!正当な四宮の血筋を引くもの!」

 「えっと、僕は初花幸。正当な初花の血筋を引くものです」

 「アンタの方が直系じゃない!!腹立つわね!!」

 「名乗りに入れるほど血筋が大事なんですか?」

 「うるさい!!アンタのそれは勉強出来るやつが世の中学歴じゃないって言ってるようなもんよ!」

 

 なぜか四条家の御令嬢がバトルを仕掛けてきたのだ。

 残念ながら2人は会話を交わすことさえ初めてである。

 喧嘩を売られる覚えは欠片とて幸にはなかった。

 

 「…私にも情報がおりてきたの」

 

 かぐやが持っていたものと同じ情報が、もちろん眞妃のもとにも届いている。

 

 「別に私は藤原さんと特別仲が良いわけじゃないわ。それでもクラスメートなの。あんな暗い顔してた理由を知って黙っておけないわよ」

 「四条先輩は、優しい人なんですね」

 「何?私を口説いたって良いことないわ」

 「婚約したばかりで口説く恥知らずにはなった覚えはないのです」

 

 そして、眞妃は固まった。

 廊下のど真ん中で繰り広げられている会話なので、何人かも立ち止まった。

 

 「は?婚約?何がどうなったらそうなるのよ。冗談も休み休み言いなさい」

 「さっき会ってから1度も冗談を言ってませんが…明日に家から発表があるかと」

 「…ホント?」

 「ホントです」

 

 またちょっとだけ固まって、今度は幸の背中をバシンバシンと叩く。

 

 「なーによ。そんな顔してアンタやるじゃない。御行と優にも見習わせてやりたいわ」

 「日本にも残るのでそちらも忘れてください」

 「もちろんよ、安心したわ。なーんだ…喧嘩売って損した」

 「自覚はあったのですね」

 

 いきなりバトルを仕掛けてきた割には眞妃は良い奴だった。

 

 「初花、クラスには2時ぐらいに来なさい。私もシフト入ってるからちゃーんと恋人のところに案内してあげるわよ。それがお祝い――まっ。四条家からは改めて何かお祝いを送るでしょうけど」

 「やっぱり四条先輩は優しいですね」

 「そんなに口説いてもダメよ」

 「だから口説いてはないのです」

 

 そうして幸は解放されたのだ。

 まさかまた四条眞妃と関わることになるとは――この時は思っていなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 「なあ初花。どうやったら人に好かれるんだろうな」

 

 眞妃に変な絡まれ方をしてから、ついに生徒会室へとたどり着いた初花幸。

 今度は絡んできたのは石上だった。

 

 文化祭実行委員の休憩時間、その休憩場所に選ばれたのは生徒会室だった。

 流石に疲れているのか、ゲームもせずにソファに全身を預けて休んでいたのは石上だった。

 そんな石上は挨拶もそこそこにいきなり幸に問いかけた。

 

 「いきなりどうしたのですか」

 「いや、好きな人と文化祭を回りたいんだけど、なぁ…はぁ…」

 「石上さんが恋愛の話とは、珍しいのです」

 「僕の交友関係知ってるだろ?初花と会長…あとはギリギリ四宮先輩とツンデレ先輩ぐらいしかいないんだよ。真面目に聞いてくれそうなの」

 「ちょっと悲しいことを言わないで欲しいのです」

 

 ツンデレ先輩が誰かはわからなかったけれど、クラスで割と孤立気味の石上を幸はよく知っていた。

 確かにクラスの中で石上が恋バナでも始めようものなら、言葉のナイフが飛んでくるに違いなかった。それも大量にである。

 

 「人に好かれる方法、ですか」

 「あぁ。なんか良い方法知らないか?」

 

 母から人に愛される方法を伝授されてきた幸ではあるが、その方法には幸と母の容姿を武器にしたものが多い。

 つまり、石上の容姿でやっても逆効果になるものが多いのだ。

 

 「その人と仲は良いのですか?」

 「会ったら普通に話してくれるし、たまに連絡をしても普通に返ってくるから、嫌われては…ない、と思う」

 「その人に恋人や好きな相手はどうですか?」

 「恋人はたぶんいなくて、好きな相手はどうだろうな…なんか前の恋愛で傷ついて、みたいなことを小野寺から聞いたから今はいなそうかな?」

 

 ちなみに恋愛的に愛した相手に、既に恋人などがいた場合の初花母子の行動は『略奪』一択である。変なところで逞しいのだ。

 

 「それなら石上さんの行動は一択なのです」

 「何かあるのか!?」

 「小細工はいらない。の一択なのです。ガンガンいこうぜ、です」

 「冗談だよな?」

 「大真面目です。なんでさっきからみんな疑うのですか??」

 

 知らない間に信用を失っている気がする幸である。ちょっと不満気だ。

 

 「口ぶりから察するには、恐らく恋愛的に意識されてないのですよね」

 「そう…だな。でもなんでガンガンいこうぜになるんだよ」

 「それだったら意識されなきゃこのまま路傍の石のままです。『あなたを狙ってるから僕のことを見てください』ぐらい言ってこいなのです」

 「でもそれ言われたら相手は困らないか??」

 「そんな心配するなら諦めればいいです」

 「なんか今日辛辣じゃないか??」

 

 恋愛面にうだうだしている奴には厳しいのである。

 しかし実際、それなりの行動を起こさない限り、石上の恋は厳しいものであることは本人もよく自覚していた。

 

 「そういや初花と藤原先輩はどっちから告白したんだ?」

 「唐突ですね」

 「いや、もし良い感じになったとして、告白出来る気がしないんだよ…だからちょっと聞いておこうかと」

 

 別に何の裏表もなく、単に参考にしたいだけだった。

 

 「…僕からですけど」

 「まじか!?どんな風にしたんだよ」

 

 石上のテンションがちょっと上がった。

 どうせ隠し事のできない千花が、何かのタイミングでぽろっと言って告白してしまったのだと勝手に考えていた。

 それに目の前の同級生には告白をしている姿よりもされている姿の方がとてもよく想像できる。

 

 「頬にちゅってして大好きーって言ったのです」

 「は!?参考になんないんだが」

 「参考にさせるために告白したわけじゃないのです」

 

 幸は自分の容姿の使い方をよく承知していた。

 その行動がどれだけ絵になるか、よくわかっている。

 

 「でもすげーよな…行動できるだけでも偉いんだなって今は思う」

 「そう思うならさっさと文化祭誘ってこいです」

 「なんかやっぱ厳しいよな??」

 「真面目な助言をしてるのですから優しいのです」

 

 言いながら、机の上に置いてあったお菓子に手を伸ばす幸。

 ふと、石上の視線が動いたそれに引き寄せられた。

 

 「ん?初花。指輪なんて珍しいな。いつもはつけてないよな」

 

 文化祭だからといつもより数段オシャレをしてくる生徒は多い。

 あまりに華美であれば伊井野を始めとした風紀委員に取り締まられるが、さすがにそれも今日は基準は緩めである。

 しかし、幸はアクセサリー類などを普段つけてくることはない。

 

 「――明日、初花は僕の婚約を発表します。主に有力な家向けのものではありますが、石上さんには先に伝えておきます」

 「はー、初花の婚約なぁ…婚約!?婚約って言ったか今」

 「はい。石上さんが恋に悩んでいるところで言いにくかったのですが」

 「早く言えよ!!さすがの僕でも祝うわ!!」

 

 石上とて根は善良な人間である。友人に良いことがあれば、当たり前のように祝うのだ。

 

 「婚約かあ…この歳でまだ早いだろとは思うけど、初花はちょっと特殊だもんな」

 「そうですね。財閥の子どもたちには生まれたときから婚約者が決まっている時さえあります」

 「世界が違う…」

 「それにお父様には僕しか子供がいませんから、家の者たちもだいぶ急かしていましたね」

 「え、お前もう父親になるの?」

 「そこまでは言ってないのです」

 

 その予定はなかった。

 しかし初花の血筋の者たちとしてはさっさと幸が特定の相手を見つけてくれないと困ったものだったのだ。見た目のせいで女に興味がないのではないかと心配され続けてきた弊害である。相手を見つけたと言った暁には分家の長たちが揃って涙を流したのもいい思い出だ。

 

 「――石上さん」

 「おう、なんだ?」

 

 一拍を置いてから、名前を呼ぶ。

 

 「まっすぐにその気持ちを、好意を表現するべきです。変な飾りも小細工もいりません。緊張もするでしょう、全てが計画通りに進むこともないでしょう、格好悪いところも見せてしまうでしょう――でも、それを笑うような人を、石上さんが好きになると思えません。石上さんが好きになった人を、石上さん自身が信じるのが、何よりも先です」

 

 子安つばめはそのような人間ではない。

 人の格好悪い姿を馬鹿にするような人間ではない。

 そんな姿を見ても尚、信じてくれるような人間だ。

 それを、知っているのは、石上自身で。

 

 目を瞑り、胸に手を置いて、幸は語った。

 

 「これは、僕にも言えたことです。自分が好きになった人を、自分が何よりも、誰よりも信じるべきです。そうしなければ、時に間違った行動もしてしまうものです」

 

 幸も、間違った行動を取ろうとしてしまった。それは、自分を愛してくれている恋人さえ、全てを信じることが出来なかったせいで。

 

 「石上さんの恋が上手くいくことを、祈っています」

 「あぁ――ありがとう」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 文化祭実行委員長、子安つばめによって奉心祭の開始が宣言された。その宣言はスピーカーを通して、校内に響き渡った。

 

 それと同時に静かに生徒会室の扉が開く。

 

 「サチくーん」

 

 朗らかな声が響くが、返事はない。

 

 生徒会メンバーは幸と千花以外は仕事に向かった。

 2人は生徒会室で待ち合わせをして、午前中は2人で奉心祭を回る予定だったのだが。

 

 「あちゃー。お疲れ、ですね」

 

 千花が中に入って見つけたのはソファに横たわる金髪の少年だった。

 静かだが、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

 日本へ残るという選択はしたものの、それによる忙しさは殺人的だった。

 もちろん、一番苦労したのは現当主の初花司ではあるのだが。

 

 「私は――わがままを言いました」

 

 初花という家のことだけを考えれば、幸が学校に時間を使っていることは損失である。

 初花幸という人間に与える影響まで考慮するのであれば――将来的には得にはなるのかもしれないが、それは不確定なものだ。

 

 大人になっていく上で、どこかでは捨てなければいけないわがままだろう。

 いつでも、どこでも一緒という訳にはいかないのだから。

 

 それでも彼女は、彼とのこの日常を手放したくなかった。

 

 ――好きな人のわがままなら嬉しいものである。

 そんなことをいつか千花は幸に言ったのだが。

 

 「嬉しく、思ってくれてたら嬉しいのですけど」

 

 それはただの呟きのはずだったのに。

 

 「もちろん嬉しいのです」

 「あれ?起きてたんですか?まさか――寝たふり?」

 

 普通に返事が返ってきて千花は驚く。

 しかも、起きたばかりの割には、かなり意識がハッキリしていそうだった。

 

 「いえ、普通に寝ちゃってました」

 「じゃあなんで起きてるんですかーーー!!!」

 「人の気配がしたら起きないと、暗殺に対応できないってお母様が」

 「なんですかその物騒な冗談!!」

 「だから冗談じゃないのですー!!!もーさっきから皆してなんなのですか!?!?」

 

 それを本当と受け取る人の方が珍しいが、これもマジな話だった。

 

 「チカさんが、本当のことを言ってくれて嬉しかったのです」

 「――でも」

 「心配しないでいいのです。お父様があとはどうにかしてくれます。きっと…たぶん…?ごめんなさい、ありがとうお父様…」

 

 今頃忙殺されているであろう父に幸は深く感謝をした。

 

 ソファからゆっくり立ち上がって、あくびを1つ。

 

 「だから――奉心祭を楽しみましょう?」

 「はいっ!!さいっこーの誕生日にしましょうね!!」

 「誕生日は明日なのです」

 「前夜祭です!!」

 

 手を取り合って、指を絡めて。

 

 恋人たちは、また一歩踏み出したのだ。




これからもゆるく投稿していきます~!
よろしくお願いします~!

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