――四宮かぐやは天才である。
生まれ持った高い才能に加えて、幼い頃から叩き込まれた一級品の教育。それに根を上げなかったその心。そのかいあって、彼女は天才と呼ばれてもその称号に見劣ることは一切ない淑女であった。
――初花幸は天才である。
生まれ持った高い才能に加えて、幼い頃から叩き込まれた一級品の教育。それに根を上げなかったその心。そのかいあって、彼は天才と呼ばれてもその称号に見劣ることは一切ない紳士であった。
いつからか四宮かぐやは仮面を被った。
冷たい心を覆い隠すために被った笑顔の仮面だった。
いつからか初花幸は仮面を被った。
弱い心を覆い隠すために被った冷たい仮面だった。
2人はとても似ていた。
「四宮先輩――あなたの心が満たされることを、僕は祈ることしかできません」
いつしか幸は、大事な家族に『愛してる』と言いたい心を抑え付けていた。
その枷が千花によって解かれた時、とてもとても嬉しくて、幸せで。
でも、同時に悲鳴をあげている心もあった。
素の自分のままで『愛されたい』と心が叫んでいて、『愛されている』と認められない心があって。
幼い頃からどこかでくすぶっていたその心は、1つの心が満たされたことで、悲鳴をあげた。
人間は欲深い生き物で。
1つ満たされたら、もう1つ満たされたい。
きっとそれは、かぐやだって同じだから。
「笑顔のあなたが愛されたなら――冷たいあなただって愛されたくなるのでしょう」
2人はとても似ていた。
だから、分かってしまった。
この先が――本当の戦いだ。白銀御行と四宮かぐやの。
幸の『愛されたい』は、周りの人皆に向けられていた。最愛の両親と恋人、友人、先輩、使用人たち、皆の愛を求めて、認められなくて、泣いていた。
しかし。
かぐやの『愛されたい』が向けられているのは、白銀御行ただ一人。
他の誰にだって、代わりは出来ないのだから。
幸は、『四宮かぐや』に祈る。
その恋の行く末が光あるものであることを。
幸は、『自分によく似た先輩』に祈る。
幸せな結末が訪れることを。
幸は、『友人』に祈る。
心からの、笑顔を見せてくれることを。
キャンプファイアーは燃え上がり。
風船は舞い上がり。
歓声が上がり。
――白銀御行と四宮かぐやの戦いの幕が上がった。
初花幸は、時計塔を見つめながら、静かに祈りを上げた。
☆☆☆
炎がゆらゆらと揺れる。
キャンプファイアーの光が、学園を照らした。
幸は、先輩で、友人である2人の恋の行く先を案じるのを一旦やめ、目の前の恋人に向き直った。
「踊りましょうか――チカさん」
立ち上がり、片手を差し出す。
「喜んで。踊りましょう!!」
手のひらを重ねて。
多くのカップルや友人たちがその炎の周りでステップを踏んでいた。
手を繋いで、2人もその輪の中に入っていく
初花幸は、自分を魅せることに対して天才的である。舞踊の心得さえあるのだ。
藤原千花とて音楽が絡んだものに対して多大な才能と教養を持っている。
そんな2人のダンスは周りを魅了していく。
肩を寄せ合って、手を重ねて。
決して激しくはないステップで紡がれていく舞踏。
金髪が跳ねる、跳ねる。
「サチくんはダンスも上手だったんですね。また、1つ知りました」
「ダンスなら――僕の方が師匠かもしれませんね」
地面を蹴って、軽く跳んで。
回って、廻って、舞って。
そしてしばらく経って。
「私――まだ、ちゃんと言葉にしていないですね」
跳ばず、回らず、舞わず。
千花は足を止めて、まっすぐと幸を見据えた。
「私たち、出会ってまだ半年ぐらいしか経ってないですよね」
「だから知らないことも多いです。きっと、お互いに」
言葉に意思を。瞳に強さを。
振る舞いに、愛情を。
千花は、幸の両手を掬い上げて、その手で包み込んだ。
「でもこれから先、どんなサチくんを知ったって」
「誰よりも――全てを愛してみせます」
周囲が静かになった気がした。
ぱちぱち、と炎の音だけが響いて。
「だから、私たち」
それは、あの日幸が憧れた笑顔よりも、もっと輝いていた。
愛情に溢れた、何よりも魅力的な。
「世界一素敵な夫婦になりましょう!!」
「――大好きです。愛してます。もう、離れようとしちゃ絶対ダメですよ」
そして、唇を奪った。
口づけたのは一瞬で――それでもきっと、その記憶は永遠だ。
「ええ。絶対に一緒に――チカさんを世界一、幸せにしますね」
「うーん。それは難しいですよ!!だって――」
もう一度口づけを交わして。
「世界一幸せになるのはサチくんですからね!!」
そして、歓声が上がって。拍手が起こる。
この公開プロポーズはしばらくの間、語り継がれることとなるのだ。
☆☆☆
同日、夜。
唐突ではあるが、かぐやがした電話によると柏木渚は初キスから2ヶ月でセックスをしたらしい。
大人のキスからは40秒ぐらいでセックスに持ち込んだらしい。
それはケース1である。
初キスで大人のキスをかました四宮かぐやはエビデンスを集めていた。
初キスで大人のキスをかましてもおかしくないというエビデンスをだ。
「もう認めてください。初キスで深い方かましたかぐや様は」
「会長にド淫乱の性欲魔人と思われている可能性が高いのです」
「ド淫乱の性欲魔人!?!?」
電話が終わった後の早坂による渾身の一言だ。
眞妃に見解を求めるという鬼畜の所業も提案されたが、それは流石に却下された。
だが、かぐやと早坂にはもう1組、知り合いのカップルがいたのだ。
早坂の脳裏に浮かび上がるのは。
キャンプファイアーを囲む場の雰囲気を全部持っていって公開プロポーズをかましたカップルである。
案外ロマンティストである早坂は正直羨ましく思った。
そのあまりの情熱さから、冷やかす声は出ずに、祝福の歓声が上がったあの瞬間が早坂の脳裏に刻まれていたのだ。
「書記ちゃんなら、聞いても問題ないのではないでしょうか」
「確かに藤原さんはド淫乱の性欲魔人ですし、問題なさそうね」
「私はそこまで言ってませんからね!?」
しょうがないわねーとばかりに電話をかけるかぐや。
コール音が数回響いた後、千花は電話にでた。
『かぐやさーん!!どうしたんですか??』
『ちょっと藤原さんに聞きたいことがありまして』
『なんですかー!?』
しかし、かぐやはここで言葉に詰まる。
『キスからセックスまでどれぐらい期間をおきましたか』などと馬鹿正直に聞けば、そう聞く理由を問われるかもしれない。さすがに理由を正直に答える気はおきなかった。
そもそも千花がセックスを経験済みかも知らないのだ。
『そんなことまだしてないですよ!?なんでそんなことを聞くんですか!?』とでもなったら、良いエビデンスは集まりそうだが、やっぱり困ったことになる。
しかし、かぐやは、気になる。
白銀との関係を進めるためにも、ここで聞かなければならない。
そのために覚悟を決めた。
『藤原さん――あなた、初キスからセックスまでどれぐらい間を置きましたか?』
『な、な、なななななんてこと聞いてるんですか!?!?どうしちゃったんですか!?』
『いいから何も聞かずに教えてちょうだい。真面目な質問なのよ!!』
『かぐやさんは親友ですけど、私だって恥ずかしいんですよ!?』
『いいから!!!そこを何とかしてちょうだい』
とりあえず反応から、経験済みであることは察したかぐや。
大人のキスをしてしまった、テンションハイな気分で全てを押し通して行く。
『…そこまで言うなら。絶対、ぜーーーったい誰にも言わないでくださいよ?』
『当たり前よ。墓まで持っていくわ』
『じゃあ――』
早坂は聞いているのだが。
もしかしたら、かぐやは早坂を人間としてこの時カウントしていなかったのかもしれない。
『初キスってその、唇と唇でちゅってするやつから、ですよね』
『えぇそうよ。どれぐらいかしら』
『…』
『藤原さん?』
『たぶん、その、だいたい、30分、です』
段々と声は小さくなっていったが、しっかりと聞いたかぐやは一瞬フリーズした。
『え!?藤原さん冗談よね!?』
『冗談じゃないですよ!!恥ずかしいんだから聞き返さないでくださいよ!!』
『そ、そうなのね』
別の世界の話を聞いたようで、かぐやは達観を始めそうだった。
しかし、ここでかぐやに閃きが。
そもそもの話、初キスまでが遅かったのなら、一気にキスからセックスまで全てをしてしまった可能性があるのではないか、と。
それならあり得る!!かぐやにも理解できる!!これだ!!と。
『ちなみに聞くのだけれど、付き合ってからキスするまでどれぐらいかかったのかしら』
これで数か月、という答さえ帰ってくれば万事解決だった。多少変ではあるものの、理解の範疇にはある。
『それも、答えなきゃダメですか…?』
『ええ。お願いするわ。どうしても今必要なの』
口ぶり的に暗雲がたちこめた気がするが、かぐやは一旦その心配を無視した。
『まあ、その…マイナス3分、って感じです、はい、電話切ってもいいですか?いいですよね?』
『待ちなさい!!!どういうこと!?!?』
『付き合う前にちゅーして付き合ってすぐにシたんですよ!!!悪いですか!?!?しょうがないじゃないですか!?いい感じになって、サチくんが食べたいって言うからしょうがないじゃないですか!!おいしく食べられましたよ!!かぐやさんには分かりませんよね!?お子様ですもんね~~~!!!!』
ガチャリ、と。別にそんな音は実際してないが。そんな音さえ鳴りそうな雰囲気で千花は電話を切った。
スマホの前に残されたのは、いたたまれない2人である。
「もっとアホな人がいましたね。かぐや様は正常でした。良かったですね」
「今大事なのはそこじゃないでしょう!?ド淫乱の性欲魔人じゃない!!!」
「そうですね。その称号は書記ちゃんに渡しましょう」
早坂に関してはオーバーヒートしすぎて1周回って冷静になっていた。
「そういえば藤原さん、今日も泊まりに…」
「想像してしまうのでこれ以上は止めませんか?」
「そうね。これ以上はやめましょう…」
有用なエビデンスは何も集まらなかったのだった。
しかし勝敗をつけるとするならば――
今日もおいしく食べた食べられたをしているカップルの勝利であろう。