初花幸は、病室の窓から空を眺めた。
そろそろ雪が降る季節だろうか。また季節が移り変わっていく。
幸は全て覚えていた。
初めてこの病室を訪れてから、16回季節が過ぎたこと。病室に訪れるのは64回目であること。
「――16も64も超完全数です。だからどうという訳ではありませんが、お母様はそのような数が好きでしたね」
くすり、と幸は笑った。
もうその表情に含むものは、何もない。
「誕生日に、お母様と一緒にいなかったのは2度目、です」
一度目は、あの事故の日。二度目は、今年だった。
幼い頃は誰よりも祝ってくれていた。
事故があってからは、病室で共に過ごした。
「でも僕はもう、『愛する』も『愛される』も――『幸せ』も、怖くないのです、お母様」
『愛してる』を言うのは怖かった。
もし、同じように愛されてないと分かってしまった時、どうなってしまうか分からなかったから。
『愛されてる』が認められなかった。
素の自分を、全部見せているわけじゃないから。
『幸せ』が怖かった
いつかまた、失ってしまいそうで。
「お母様のアホ。早く起きるのです」
いつものように、母の手を、幸は包んだ。
いつものように、温かさは感じるけれど、力は感じない。
いつものように、その頬に口付けようとしたところで。
――その手が、握り返された、気がした。
「え?」
その手のひらが、少しだけ、ほんの少しだけ閉じた。
驚いて見つめたその顔、瞼が少しだけ、動いて。
それは、幻覚なんかじゃなくて。
気がした、だけじゃなくて。
それに気づいた瞬間、幸は病室を飛び出して、駆け出した。
☆☆☆
――夢を見ていた。
『友愛数って無限に存在してそうね』
『いつか証明してみせましょう』
幼い頃から数字が好きだった。
周りから見れば、異常に見えたのかもしれない。
皆私を『変な子』として遠ざけた。
私が本の中の世界に、数字の世界に夢中になっている間に世界は私を置いていった。
私は『変な子』から『気持ち悪い子』になっていた。
みんなに合わせられない、気持ち悪い子。
みんなの話に合わせない、気持ち悪い子。
何を言っても、何も感じない、気持ち悪い子。
私はそれでもかまわなかった。
気持ち悪い子でも変な子でもかまわなかった。
数字の世界は私を裏切らないから。
でも――この世界、私以外のみんな。笑っていた。
幸せそうに、笑っていた。
笑っていないのは、私だけ。
だから、ちょっとだけ、羨ましくなった。
私の知らないそれを知っているみんなが、羨ましくなった。
私も笑ってみたくなった。幸せになってみたかった。
みんなと同じになれば幸せになれるかも。
そんな風に思って、仮面を被ってみた。
同じように笑って、同じように話して、同じように…。
私は『気持ち悪い子』ではなくなった。
みんながわたしのところにあつまってきて。
でも。
いつまでたっても。
わたしは。
しあわせじゃなかった。
そうしていつしか全部諦めた後。
『――俺に、勉強を教えてくれ』
『――お前のせいだよ!!いつも自信満々でウザいくせに寂しそうにしやがって!!どうせなら本読んでるときもちゃんと表情作れよ!!天才のくせによ。なんで気づかせんだよ…話し相手ぐらいならなってやろうとしただけだろ』
私の世界を変えてくれた人がいた。
そして私は『普通』を知った。
普通に、恋をした。愛を、知ったの。
ねえ。司――愛している。愛しているわ。誰より、あなたのことを。
初めて、『欲しい』と思った。
知りたいだけじゃない、私は、あなたが欲しかった。
だから、あなたと愛を交わし合った時、死んじゃうぐらい幸せだったの。
その時、本当の『幸せ』を知った。
でも、もっと幸せになったのは、あなたとの愛の結晶を授かった時。
私は、誰よりもこの子に『幸』せになって欲しかった。
そんな願いを込めた。
私は、誰よりもこの子を『幸』せにしたかった。
そんな決意を込めた。
想いをそのまま表した名を付けて、夫婦2人で溢れるほどの愛を注いだ。
それを十分に受けて、健やかに、愛らしく育ってくれた。
私たちの、宝。
そんな私たちの宝が、誰かに愛されたなら。
いつか私が、愛し愛される幸せを知った時のように。
この子が愛し、同じぐらいこの子を愛してくれる人が現れたのなら。
――きっと、わたし。死んじゃうぐらい、幸せよ。
☆☆☆
その日、初花家のお寝坊さんは、目を覚ました。
4年の歳月を経て、その目を開いた。
☆☆☆
時は少し流れて、大晦日。
初花桜が目を覚まして、1週間以上が経った。
目覚めてすぐは、目を開けることも、口を開くことも、体を動かすことも、体がその方法を忘れていたが、最先端の医療が詰め込まれていた彼女の体は想像よりも元気だった。
もちろん、満足に動かすことはまだ叶わないが、1週間も経った今、リハビリを始められるようにはなっていた。
しかし、それが始められただけでも、回復の見込みはたったようなものだった。
大分長い時間話すことも可能となり、この日、藤原千花は初めてその女性と対面することとなった。
病室に入れば、幸と瓜二つのその顔。
鮮やかな金色の髪に、空色の瞳。年齢を感じさせないその美しさは、いっそ怖さすらをも感じさせるものだ。
その独特な威圧感に緊張をしながら、千花は口を開いた。
「あ、あの!!初めまして。私、藤原千花と申します」
名乗れば、桜は微笑んだ。
「そんな緊張しないでもいいのよ。話はサチから聞いているし――あなたに感謝することはあっても、反対するなんてことはあり得ないのだから、あり得ない…ありえ…うぅ」
「えっ!?どうされたんですか!?」
美しい微笑みと共に優しい言葉をかけた桜だったが、セリフの途中で顔を覆い始めた。
千花は名乗っただけである。流石に無罪だ。
「千花さんは悪くないのよ…悪いのはサチなんだから」
「ええ!?」
千花は隣を見た。愛しの恋人はまだこの病室に入ってから1度も声を発してない。
ちなみに後ろには恋人の父親もいるので、千花は割とアウェーな環境にあった。
「お母様がアホなだけなのでチカさんは気にしないでいいのです」
「アホ!?」
極めて冷たく言い放った幸に千花は驚く。
今まで聞いた中で一番冷たい声だった。
「写真と変わらない…こんな残酷なことってあるの…?」
まだ手で顔を覆いながら桜は呟いた。
千花には何も真意が伝わって来ず、ちんぷんかんぷんである。
「サチ!あなたをこんな子に育てた覚えはないわよ!!どこで育て方を間違えたのかしら!!!」
「うるさいのです。その話はもう10回はしたのです」
「うるさいって!ねえ司、サチが私のことうるさいって言った!!」
それを聞いて千花が司の方を見れば、彼は少し笑って肩をすくめるだけだ。
その反応を見て、千花は少し安心をした。
どうやら深刻な話題ではなさそうだ、と。
そして桜は、今日一大きい声で主張する。
「――サチのタイプが『ゆるふわ巨乳』だったなんて知らなかったわよ!!4年も寝ていた母への当てつけかしら!?!?」
心から飛び出た渾身の一声だった。
母の胸部は息子と大差ない。20年以上抱え続けてしまった唯一の彼女のコンプレックスだ。
「うるさいのです。子どもの婚約者を見てその考えに至るのが下劣極まりないのです」
「下劣!?ねえ司、サチが私のこと下劣って!!」
「うるさいのです。そんなんだから胸に栄養が行き渡らなかったのです」
「ひどい!サチのバカ!息子のタイプは母親に似た人になるんじゃなかったの!?こんな世界おかしいわよ!!」
「いい歳して何を言ってるのですか。アホなのですか」
「天才よ!!」
「今のお母様が天才なら、猿はもう神様レベルなのです」
「ひどい!!!!!」
(えーーーーー?)
こんな光景になるなんて千花は欠片も想像してなかった。
今まで聞いた話で推測するなら、もっと、こう、美しい感じの母子関係だと思っていたのだ。
千花が絶句していると、幸が腕を絡めてきた。
「チカさんはどこかのお母様と違って、可愛いし優しいのです」
「私の娘を取らないで!!」
「元から僕のなのです」
ちゃっかり娘呼ばわりするあたり関係に反対する気はなさそうである。
「千花さん。本当にすまないね…昔から2人はこんな感じで…恥ずかしい…」
言葉通り、心底恥ずかしそうに司は小さな声で言う。
「いつもこんな感じなんですか…?」
「まあ、そうだね。仲の良さの裏返しとでも思ってもらえるといい」
「確かに、楽しそうです」
わーわーぎゃーぎゃーと言い合っている母子は楽しそうである。
愛と信頼の裏返し、なのかもしれない。
「千花さんはこんな息子のどこが気に入ったのかしら?今から私に乗り変える気はない?」
「何言ってるのですか?アホなのですか?」
「ひどい!!!」
「ひどいのはお母様の頭なのです」
今までに千花が累計で聞いた暴言の数の記録を、一気に塗り替えるペースで幸は言葉のナイフを刺し続ける。
一応、聞かれたことには答えようと、千花は口を開いた。
「えっと、特に好きなのは――素直なところ、です」
『好き』『大好き』『愛してる』、と。そんな素直な愛情表現が千花には心地良かった。
「でしょう!?サチは素直で可愛いのよ!!」
「お母様の変わり身の早さにはコウモリもビックリなのです」
「照れるわね」
「1ミリも褒めてないのです」
暇さえあれば母子は戦い続けた。
母子が戦い、父は苦笑し、息子の婚約者はおろおろした。
でもそれも30分も経ってしまえば慣れたもの。千花は順応が早いのだ。
ある程度雑談をした後、幸と千花は退室した。
桜はそれなりに元気にはなったが、まだまだ体力は戻っていない。
話すだけでも体力はかなり使うものであり、続きはまた今度、ということになったのだ。
「本当に――サチも成長したものね」
桜の暇つぶしのために持ってきていた本を片付けていた司に、呟く。
「ああ。子どもの成長は早いな――ちゃんと傍で見守れなかったのが、後悔してもしきれない」
「そんなの私もよ。ますます私に似ちゃって…婚約者なんて連れて来ちゃって…」
もちろん、桜は自分が寝ている間の出来事のほとんどを既に聞いている。
息子と夫との間にあった溝の話も。その原因も。それが埋まった後の出来事も。
ぽたり、ぽたりと。涙を流した。
それは、彼女が起きてから毎日流しているものだった。
「――本当に、本当に良かった」
己の血を継いで、息子は人並み外れた才能を持つこととなった。
ただそれには良い部分だけではなく、悪い部分も伴うもので。
桜は長年にわたって、それに苦しんできた。自分が持って生まれてきたもののせいで。
それを息子に繋いでしまった時の絶望と言ったら、この上ないものだった。
誰よりも愛している子どもを、自分自身が不幸にするのなど、到底許せるものではなかったのだ。
しかし、彼女の息子はちゃんと乗り越えたのだ。
呪われた才能に打ち勝って。
何度思っても、その喜びは、この上ないものだ。
「じゃあ後は姑としてどうするか、だな」
「あら。そこは心配ないわよ」
からかうように言った司に、自信満々に桜は告げた。
「――サチが好きになった人を、私が好きにならないわけ、ないじゃない!」
「まあ。それもそうか」
幸と桜は似ている。とても、とても。母子だから、という前提があったとしてもだ。
幸と桜は愛し合っている。とても、とても。喧嘩する程仲が良いのだ。
そんな2人の好みは、似ているのだ。
片方が好きになったものを、もう片方が好きにならないはずが、ないのだ。
だから、桜はそんな2人のこと。
最愛の息子と、愛することになる娘のことを応援したかった。
だからこそ。
「サチの仕事のことは心配しないでいいわよ」
「お前は4年のブランクがあるだろうが」
ITの世界は日進月歩である。4年間寝ていた彼女が追いつくには、普通ならそれなりの時間がかかるはずだ。
そう、でも、普通なら、だ。
「ふふっ。司、あなたまで4年間寝ていたのかしら」
「どうしたいきなり。喧嘩売ってるのか?」
「愛しか売ってないわよ。あなたはよく知ってるでしょ。だから、忘れちゃだめよ――」
桜は微笑んだ。自信満々に。
「――私が、天才だってこと!!」
彼女はいつも自信満々だった。
己が負けることなど、一切考えていない。実績も積み重ねてきた。
実際、彼女が人生において負けたのなんて、司との恋愛戦だけだ。心地よい負けではあったが。
司が初めて出会った時だって、桜は自信に満ち溢れていた。
「あぁ。そうだったな。頼んだよ、天才」
「任せなさい。愛する家族のために、本気で頑張っちゃうわよ!」
4年の歳月を経て、家族は元通りになった。
いや、1名の追加があった、と言ってもいいだろうか。
正式加入は、2年後であるが。
あの子にはどんなウェディングドレスが似合いそうかしら、なんて考えながら、桜は本の世界へと意識を落とした。
この作品にシリアスタグはありません。
こうして初花ママも登場したので、改めてオリ主などの紹介を↓に。
これ以上オリキャラなどが出る予定ありません。
【オリ主】
初花 幸(ハツハナ サチ)
性別:男性
誕生日:12月21日
血液型:A型
身体的特徴:クール系お姫様→サキュバス系お姫様
家族構成:父・母
どこかの国のクォーター(恐らく)。
両親に溢れるほどの愛を注がれて育った。
綺麗7割、可愛い3割のお姫様顔。でも雰囲気は煽情的。
口癖は「~です」「~のです」「~なのです」。
色々あったが父と仲直り?成功。
母も目覚めたので家族仲も復活。
最初は本来の性格を抑えていた部分があったが、本来は愛され上手。トラウマみたいなものなども全て乗り越えた。
演じている部分もあったが、大半が素でやっているため、それも自分の一部と受け入れることにした。
かぐやと同じで、「本物の愛」だとか言うのに抵抗がないのに加えて、人に「大好き」とか「愛してる」とか言うのに微塵も抵抗がない。「セックス」とか「愛の営み」とかも恥ずかしさ無しで連呼する。
母が作った事業を滅茶苦茶拡大させた張本人。ヤベー奴。
ヤンデレ気質がある。
一度愛したら絶対離さない系のやつ。
キスも告白もその先も全部自分から積極的に攻め込む、見た目の割に行動だけは超肉食。
【オリキャラ】
初花 桜(ハツハナ サクラ)
幸を育て上げたヤベー親。
元はとても冷たい性格をしていたが、恋をしてアホになった。
子どもが生まれてバカになった。
親バカでバカ親。でも天才。
綺麗9割、可愛い1割。胸は絶壁。
初花 司(ハツハナ ツカサ)
割と霞んでいるけどスーパー有能。
普通にイケメン。
昔、息子にルールを初めて教えて戦った将棋において、1戦目でボコボコにされて、息子がヤベー血を引き継いだと気づいてしまった。でも妻は中々信じてくれなかった。