藤原千花は育てたい ~恋愛師弟戦~   作:ころん

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師弟は繋ぎとめたい(1月:童貞はセーフティ)

 石上曰く、童貞は意外とセーフティである。

 

 そんな話題から始まった、白銀、石上、眞妃による熱い恋愛談義は佳境を迎えていた。途中、ラブ探偵の乱入という事件はあったものの、いかに恋人がいる人を寝取るか、という話題について彼らは熱く語りあっていたのだ。

 

 そんな中、生徒会室の扉が開く。

 

 「おーっす。初花」

 「こんにちは。珍しい組み合わせですね」

 

 最初に3人の目に入ったのは鮮やかな金髪。登場したのはそれが印象的な少年、初花幸である。今日も今日とて、職員室経由での生徒会への出席だった。

 

 そんな幸の目に入ったのは、なかなか生徒会室で見かけることの少ない先輩、四条眞妃である。

 

 「あら。ちょうどいいじゃない。初花の秘蔵っ子にも聞いてみましょう」

 「その呼び方で定着したんですね」

 「間違ってないでしょうが」

 

 実際のところ、16年近くも存在を隠されていた、まさに秘蔵っ子である。

 

 (…ここで非童貞の意見か)

 白銀は微かに考えてしまった。

 

 今まで童貞だの、非童貞だの話していたのだ。

 『非童貞には略奪が仕掛けやすい』ということを、非童貞に聞くのはいかがなものなのか、という考えも頭をかすめる。

 

 「それで、何を僕に聞くんですか?」

 「好きな人に恋人がいる時に、どうするか、って話よ」

 

 白銀が割としょうもないことで悩んでいる間に、話は先へと進んでしまった。

 眞妃がささっと本題に入ってしまったのだ。

 

 「何を当たり前のことを聞いているのですか――」

 「まぁそうだよな。初花は諦めて相手の幸せを願っ」

 「――略奪に決まってます」

 「なんでだよ!?」

 

 石上の突っ込みが綺麗に決まる。人畜無害そうな笑顔でとんでもないことを宣言したことに3人共目を丸くした。

 特に石上は自分のために色々と気を回してくれているこの友人の優しさを信じて疑っていなかったのだが。

 

 「でしょう!だからまず私が彼を誘惑すればいいんでしょ!!」

 

 力強く宣言する眞妃は『私が』とか言っているあたり、自分が持っている恋心を特に隠す気はなさそうである。

 しかし、幸はその返しに対しては微妙な表情を浮かべた。

 

 「うーん、まず誘惑、は賛成できないのです」

 「ん?じゃあサチだったらどうするんだ?」

 「ある程度の関係性が必要ですが。まず、その人には何も知らない顔をして寄り添いながら――狙うべきは恋人の方なのです」

 「ほほー。続けなさい」

 

 白銀と眞妃が発言を促していく。

 幸はソファにカバンを下ろして、人指し指をこめかみに当てながら語り始める。

 

 「相手の恋人に誰か異性をけしかけ――別にその人がセックスに持ち込んでくれなくてもいいのです。ちょっと仲良くなってくれたら、それで。そしてそれを、それとなく狙っている人に知らせます。もちろん他人経由で」

 「ん?ん?」

 「その間も狙っている方には優しくし続けます――『何かあった?』なんて心配しながら。確実に何かあったのですからこれでまずは好感度アップなのです。細かい変化に気づけるのはポイントが高いのです」

 「はえー」

 「それを繰り返して、土台を作るのです。徐々に自分の方が良い、幸せにできると刷り込んでいって――それから甘い言葉を囁けばいいのです。『僕の方が幸せにできる』なんて。次の恋人は、他の人に目移りする恋人よりも、優しくて情熱的という安心感を与えて――それで別れてくれればいいですし。もし別れてくれなかったとしても誘惑してセックスするのはそれからでも遅くないのです」

 

 空中で人差し指をくるくるしながら、何事もないかのように語り続ける。

 

 「こうすれば僕は『浮気相手』ではないのです。最初からセックスだけをしてしまえば、上手くいったとしても『浮気相手』なのです。それでは気持ちよく恋人を続けていくのは難しいでしょうから――『先に目移りをしたのは元恋人の方』という免罪符か、『浮気セックスをする前に別れてもらう』この辺りを目指すべきだと思うのです」

 

 白銀たち視点で見れば、幸は過去最高に饒舌だった。しかも言ってることはけっこうゲスいものである。

 あと、またセックスを連呼していた。

 

 その言いぶりに眞妃は震えた。

 

 「あ、あ、あ、アンタそれでも初花なの!?底抜けにお人好しなのが初花家じゃなかったの!?」

 「僕は優しい方なのです。お母様だったら狙ってる相手の恋人を社会的に殺してから慰めて好感度を稼ぐぐらいのことはやるのです」

 「サイコパスじゃない!なんで初花はこんなのが跡取りなのよ!!!」

 

 母子はとても似ていた。好きな人を堕とすためにはどんな手段も問わないあたりが。

 

 「藤原先輩も、そうやって…?」

 

 震えながら石上は問いかけた。

 友人の優しさを心から信じていた彼には先ほどまでの発言は毒でしかなかった。

 

 「チカさんが好きそうなことはしましたけど――悪いことをした覚えは特にないのです」

 「そうだろう。変なことをしなくても両想いっぽかったしな」

 

 白銀が思い返すのは師弟であった時の日々だ。恋愛感情かは定かではなくとも、少なくともお互いに大切に思っていたことは周りから見てもよく分かった。

 それに、幸がアピールを始めたのは告白後からだ。

 

 「――少なくとも、アンタに誘惑は通じなさそうね」

 

 眞妃が思い出すのは、自分の想い人と親友のカップルだ。仲睦まじい2人ではあるが、時に喧嘩をしたり、時に熱が冷めていたり、といった部分も見受けられる。平均すれば、熱いカップルなのだが。

 それでもそのような隙があるのだ。絶対にこのような戦術が効かない、とも言えなかった。

 

 しかし目の前の少年は、無害そうな顔をしておいて、腹の中は真っ黒であった。

 悪いことを仕掛けた方がハメられそうな雰囲気さえあるのだ。

 恋人の方にも何かちょっかいを出そうものなら社会的に消してきそうである。

 

 やはり彼も財閥の跡継ぎなだけはある、と、妙なところで眞妃は納得をした。

 

 「ふふっ。でも四条先輩はきっと、そんなことは出来ませんね」

 「不調法者ね。馬鹿にしているのかしら?」

 「真逆ですよ。四条先輩はそんなに恋だけに盲目になれるほど頭空っぽな人でも、率先して人を陥れるような性格の悪い人でもなさそうですから」

 

 こうして真面目に相談を持ち掛けている時点で、そんなことをする確率は限りなく低い。そのような謀略を行う者は話をこんな風に広げずに、一人で既に策を巡らしているだろう。

 

 そんなことを言われた眞妃は少しばかり幸を見つめてから呟く。

 

 「私もアンタみたいに…好意を素直に伝えられるなら、違う今があったかもしれないってのに」

 

 少しだけ寂しそうに、悲しそうに。

 彼女は素直ではなかった。もし素直にその気持ちを伝えられていたのなら。

 何か変わっていたのかもしれない。

 

 「だから――優は後悔しちゃダメよ」

 「先輩…」

 

 ただ、そんな気持ちを抱えてもなお、友人を思いやれる彼女は。

 素晴らしい女性なのだろう。

 報われて欲しい、なんて、その場の誰もが思った。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 「という話をしたのです」

 「デジャヴです!!」

 

 その日の夜、初花邸にて。

 ベッドに転がりながらパソコンのキーボードを弾いていた幸は千花に事の顛末を話した。近くのテーブルで宿題を片付けながら聞いていた千花には聞き覚えのある話題である。

 ラブ探偵の彼女はその話から逃げた覚えがとてもとてもあった。

 

 「恋した人には既に恋人が。仕方のないことではありますけど、少し切ないです」

 

 千花は考える。

 2人には、元から恋人もいなければ、恋していた相手もいなかった。だからこそ恋愛という意味では特に滞りなく進んだのだ。懸念された家柄によるしがらみも特にはなかった。あってもおかしくはなさそうな初花家が何も問題としなかったからである。

 でも、もしこれがどちらかの片思いであれば、今どうなっていたのだろうか。

 想像するだけでも、胸の奥がチクりとした。

 

 「――現実問題として、奪い取るというのは難しい話なのです」

 「なんとなーくですけど、それでもサチくんならやりかねません」

 「もちろん僕ならやりますけれど」

 「ほらー」

 「そんなことさせないで欲しいのです」

 「私はどこにもいきませんよ」

 

 幸は考える。

 もちろん、奪い方、というのも大事ではあるのだろう。

 でも奪い取ることがゴールではないのだ。

 

 「奪った、という罪悪感を消化できるのか、です」

 「――四条さんは優しいですから」

 「はい。良心の呵責に耐えられそうにはないのです」

 

 いかに自分の罪悪感を消化するのか、それが問題である。

 相手を愛していればこそ、その相手を悲しませてまで奪ったという事実をいかに消化するのか。

 

 例えば千花ならば出来ないだろう。彼女は優しいから。真に人を傷つけることを是としない。

 幸なら出来るだろう。奪われる程度の愛しか注がなかったのが悪いと考えるから。

 

 四条眞妃はどうだろうか。

 答は誰にも分からないけれど、きっと、出来ないのだろう。彼女もまた、大切な人を傷つけるには優しすぎるから。

 

 「恋愛は難しいのですね…。射止めることも、射止めた後も」

 

 恋人になって終わりではない。婚約をして終わりではない。結婚をして終わりではない。じゃあ何が終わりとなるのか――そもそもそんな終わりなど存在するのか。

 

 人の心を繋ぎとめておくことは、何よりも、難しい。

 

 少しだけ静寂が流れてから。

 

 「私だってたまに怖くなるんです」

 

 宿題をしていた手を止めて、ベッドの方へ。

 腰掛けると、マットが少しだけ沈んだ。

 

 「サチくんは前よりもずっと魅力的になりました」

 

 いつか、常に暗い目と、張り付けられた無表情を纏っていた少年はいなくなった。柔らかくなったその雰囲気。携えた微笑み。どれもこれもが人を魅了するものであり、千花の耳にもその評判は入ってくるのだ。

 少年はもう、学園でその存在を知らない者がいない程になった。

 

 「そうであるなら、チカさんのおかげです」

 「私が師匠ですもんね」

 

 その金の髪を撫でた。出会った時よりも伸びたそれは、月日が経つごとに輝きを増しているようにも見える。

 

 「不安とは、まだ、師弟愛がたりないのですか」

 

 幸は撫でていた手を取って、その指に輝く銀色に口づける。婚約の証とされたそれは、相も変わらずその輝きを失っていない。

 

 「…たぶん、満足することは、ないです」

 

 日に日に満たされるごとに、もっと、と叫ぶ心があって。どれだけ愛を注がれたところで満足する気は到底しなかった。

 

 でも、それは不安であっても、決して不満ではなかった。幸せが故の貪欲さであった。

 

 「僕もまだまだなのですね――じゃあ、師匠」

 「どうしましたか。可愛いお弟子さん」

 

 いつも通り、ちょっと悪い笑みを浮かべて。

 

 「もっと愛したいのです。どうすべきかご教授ください、です」

 

 その胸に顔をうずめて。

 吐息が千花の首筋をくすぐる。

 

 いつかの告白を模したようなそのセリフにちょっとだけ、くすり、として。

 

 「師匠的には――誰にも盗られないよう、首輪をするのがオススメです」

 

 千花もまた、最近聞いたような言葉で返して、恋人を抱きとめたまま、ベッドに倒れこんだ。

 

 覆いかぶさる形になった幸は、目の前の白い首に歯を立てる。

 少し赤みを帯びたその肌を、今度は強めに吸って。

 

 何度か繰り返し、唇の痕を残す。

 首輪を模して、直線状に、赤が並んだ。

 

 「いかがでしょうか?師匠」

 

 咲いた赤を指で撫でながら、甘ったるく囁かれたそれに、千花は。

 

 「…師匠は厳しいんですよ。まだまだです」

 

 赤く染まった顔に威厳なんてないけれど。

 精一杯の虚勢の上で、千花はちょっとだけ自分の服を捲った。

 

 その期待通りに素肌に触れてきた手が、ちょっとだけ冷たくて、身を捩る。

 

 「ねえ、ししょう。ほかのおしえは?」

 

 楽しそうに、からかうように、わざとらしく、たどたどしく綴られたそれに。

 

 「――まずは、唇が食べごろです。今が旬ですよ」

 

 遠回しなようで、全然遠回しではない希望を出して。

 

 「それじゃあ、いただきますね」

 「はい。めしあがれ」

 

 口づけて、舌を絡めて、そして。

 ベッドがまた少し、軋んだ。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 「あら。ツバキ、そんなところでどうしたの?」

 

 初花桜は既に退院をして、初花本家から通院とリハビリを行っている。今日は寝る前にちょっと息子と将来の娘と共にティータイムでも、と考えて部屋へと足を進めていたのだ。

 

 しかし、途中の廊下で待ち構えていたのはツバキと呼ばれた女性――幸の専属執事である彼女は何故か廊下のど真ん中に椅子を置いて、そこに座って読書をしていた。

 

 「もちろん桜様の足止めです」

 「…まったく、あの子たちも仲が良いわね。この歳で孫を持つのは流石に複雑よ?」

 

 その返答で桜は察した。

 桜は四捨五入すれば40歳である。

 おばあちゃんと呼ばれるにはまだ早い。

 

 「私はお二人が幸せならそれでも構いません」

 「そう言われると私が悪みたいだからやめなさいよ」

 「4年も眠りこけていた罰かと」

 「なんていう言いぶりかしら。私だって寝てたくて寝てたわけじゃないのよ」

 

 事故を起こした相手でさえ、起こしたくて起こした事故ではないのだ。

 だからこそ、誰も彼も怒りと悲しみの矛先を向ける相手を見つけられず、戸惑っていたのだから。

 

 「私の主の笑顔を奪っておりましたので少々憤っております」

 「あなたが言うと怖いからやめなさい――それにしても相変わらず見上げた忠誠心ね」

 「そうあれ、と最初に命じたのは桜様ですが」

 「誰がここまでになるなんて予想するのよ」

 

 桜が子どもを授かったと判明した時点から、このツバキが専属執事となることは決まっていた。非常に優秀な彼女に、何だかんだで仕事も忙しく長期間離脱する訳にもいかなかった桜が、一部の世話を託したのである。

 

 時に母として、姉として、友人として、使用人として接するうちにその忠誠心という名の愛は天元突破していたのだ。

 

 「まあいいわ。たまにはツバキが付き合いなさい――あなたからも私が寝ていた時の話を聞きたいわ」

 「話しているうちに桜様に手が出てしまっても大丈夫であればお付き合い致します」

 「どこに主人の母親を殴る使用人がいるのかしら」

 「今、目の前に」

 「今のは別に疑問じゃないのよ?」

 

 そしてツバキは立ち上がり、どこから出したかも分からない紙に、『この先立ち入り禁止』と書き殴って椅子に貼り付けた。もちろん貼る時のテープも何故か懐から出てきた。

 

 「それでは参りましょうか。ラデュレの新しい茶葉が入っておりましたね…最初に桜様が飲まれることが不服ではありますが」

 「あなた私への敬意はどこに置いてきたの??」

 「もちろん敬っておりますとも。ええ。主への敬意の方が上になっているだけです」

 「それにしたって雑よ」

 

 連れ添って廊下を戻っていく。

 なんだかんだで2人は歳の離れた友人である。

 きっと殴ることはないだろう。多分。確証はないが。多分。

 

 平和な夜の一幕は、今日も過ぎていく。




☆☆☆


ツバキは次回の話のためのちょい役です。レギュラーメンバーになるわけじゃないです。
名前を付けるか迷いましたが、あった方が書きやすいな、と思ったのでなんとなく名前は付いています。
次回はそんな彼女から見たサチくんの成長と恋愛の記録、予定。

ちょっと更新が空いてしまいましたが、
感想、評価、お気に入りなどありがとうございます!
感想については時間がある時に随時返信していきます。

また、気づくのが遅れてしまいましたが、素敵な推薦も頂いていました。
ありがとうございます!!!

色々と励みになります。
これからもまったりと更新していきます~!
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