【3】しのみやかぐや の こいばな
「お帰りなさいお父様」
「あぁ、幸か。ただいま。どうだ学校は」
「特に変わりありません。どうかご心配なさらず」
「ならいいんだ。そう、それなら」
ぎこちなく交わされる会話。いつからこうなったかなんて、もう覚えていないけれど。
「何か困ったことがあったらちゃんと言いなさい」
「ありがとうございます。けれど大丈夫です」
確かにそこに愛はあるのだ。
愛があるからこそ、つらいのだ。
☆☆☆
千花と幸、それに生徒会の面々が出会ってから1か月が経過していた。
幸が生徒会のメンバーと関わることも増えた。時に幸は生徒会の仕事を手伝い、時に生徒会の面々は彼の修行に協力するのだ。
もちろんその中で恋愛頭脳戦に意図せず巻き込まれることもある。
「ところで如月さん」
「はい。なんでしょうか」
今日の生徒会室は珍しい組み合わせだ。
毎日飽きずに恋愛頭脳戦を繰り広げるペアの片割れ、四宮かぐや。
美少女系ぼっち、如月幸。
普段であれば白銀のあるところにかぐやあり。千花のいるところに幸あり。
しかし今日、この時は片割れ同士の組み合わせだったのだ。
「あなたには好きな女性がいるのですか」
なんとこのかぐや自らコイバナを切り出した。
この後輩、かぐやにとっては使える後輩である。少年がいるだけで千花は自分を慕う可愛い後輩にいいところを見せるために、いつもよりも正常になるのだ。いっそ2人がくっついてくれればもっと楽にかぐやは白銀との勝負に臨むことができるのに、とさえ思うほどだ。
「師匠が好きです」
ここで幸、即答である。
これにはかぐやも困惑。彼女にとって誰かを「好き」と言うのは少々ハードルが高い。だからこそかぐやは考える。ここまで恥ずかし気もなく宣言できるということはそれは友情なり親愛なりの「好き」ではないのかと。
(それは恋愛的な意味か、と更に突っ込むべきか)
「もちろん四宮先輩も素晴らしい先輩だと思っています」
「あら、ありがとう。私も如月さんのこと可愛い後輩と感じていますよ」
やはりそういう意味か。かぐやは納得をする。
この純粋無垢、という言葉が擬人化されて存在しているような後輩に恋愛はなさそうだ。
「四宮先輩がそのような恋愛の話を始めるのは珍しいですね」
「私とて一応は女子高校生ですから――まあ、他の方に比べて色恋に心を捕らわれることは少ないと思いますが」
大嘘である。毎日告白させようと策をめぐらしている人間の吐くセリフではない。
「恋、とはどのような気持ちなのでしょうか」
「如月さんはご興味が?」
「はい。僕の両親はこの学校で出会い、結婚をしました。その話をよく聞いていたので」
「そんな素敵なお話があったのですか!!ご両親が卒業生というのも初耳ですね」
かぐやのテンションが10上がった。
なんて心強い事例なのだろう。と。完全に色恋に心を捕らわれている。
「当時の奉心祭で告白をしたそうです。キャンプファイヤーの明かりの中、想いを伝えあったとよく語ってくれました」
「いいじゃないですか。ロマンチックな話で。如月さんもそれを目指してみたらいかがですか」
「僕は…まずは友達を作らないと、かもしれません」
「確かに、友達を飛ばして恋人、というのはなかなかハードルが高そうですか」
しかし、だ。このように話しているとかぐやには1つの疑問が沸き上がってくるのだ。
(なぜこの子には友人が出来ないのでしょう)
そこまで長い付き合いではない彼女でも分かる。如月幸という人間は優しさに溢れている。決して他人を否定しないし、どんな話にも真摯に付いてきてくれる。
表情の冷たさを考えたとしても、少しのきっかけさえあれば、人を集めるカリスマさえあるように感じられる。
(あの藤原さんに付いていけるのだから誰とだっていけるはず)
自然にかぐやは千花をディスる。
そしてかぐやは自分のことを思い返すのだ。
生徒会に入り、かぐやは「社交性」を学んだ。必要と思っていなかったものではあるが、手に入れたら手に入れたで、必要とも感じられる。それを学ぶ前まではかぐやとて同じように孤高であった。もちろん藤原千花という人間は近くにはいたが。
だが目の前に少年にそれが欠如しているとは思えないのだ。
(そうなると原因は)
「四宮先輩は白銀先輩にいつ告白なさるのですか?」
「私が告白?会長がのまちが…い…はぇ」
かぐや、停止する。
耳がおかしくなったのかと自分の体を疑い始める。
「勘違いでしょうか。四宮先輩は白銀会長を好いているように感じたのですか」
「そ、それはあなたの見た限りで?」
「はい。勘違いでしたらごめんなさい」
「そうね。四宮の人間ともあろうものが、色恋などとは」
かぐや、焦る。
普段はいつでも冷静であることができるかぐやとて、白銀の話題には弱かったのだ。
「家柄と恋愛とは関係ないのではないでしょうか」
「そうもいかないのが世の中です。まあ、少しは会長が魅了的な人物であることは認めます。少しはですよ?」
「僕も白銀先輩も素敵な方だと思います」
「ふふっ。でもあなたにとっては藤原さんの方が魅力的でしょう?」
「はい。師匠は…特別、です」
少年の表情は特に変わらない。
そこに込められた気持ちは、どんなものなのか。どんな大きさなのか。かぐやには測れなかった。
「話を戻しますが、恋とは何か、これに答えはないように感じます」
「形は人それぞれということでしょうか」
「まあそれは当たり前のことかもしれませんが――私が考える1つの在り方は、相手のことをもっと知りたくなる、ということですかね」
なんだかんだと誤魔化し、はぐらかしてはいるものの、かぐやとて恋する乙女なのだ。ちょっとぐらいコイバナをシェアしていきたいものであり、ついつい饒舌になってしまう。
「知りたくなる、ですか」
「えぇ。1つを知ればまた1つ知りたくなる。そして相手を構成するそれら1つ1つが魅力的に、愛しく思えるようになる。恋とは、そして愛とはそのようなものかと」
「相手の好きなところがどんどん増えていく、と、素敵ですね」
「でしょう?これに不正解はないとは思いますが。如月さんはどうですか?」
かぐやにとって白銀の小さな行動1つ1つが彼の魅力を増す要因になっていた。時折見せる自然な優しさであったり、向上心を忘れないその姿勢であったり、ちょっと負けず嫌いなところであったりだ。
かぐやの質問に幸は少し考えこみ、やがて口を開く。
「僕は怖いです。自分のことを知られることも相手のことを知ることも。愛があればこそ――怖いです」
思わず息を飲む。
その言葉は、かぐやが彼から聞いた言葉の中で、最も感情の乗っているものだった。
如月幸という少年は、他人を否定しない。優しい。しかしそれは自己主張が少ないことの裏返しであった。自己主張が少ないというのには原因が様々ある。かぐやは彼の原因は「自分に自信がない」ことであろうと推測する。
(これが友人がいない原因なのでしょう)
人の目を気にしすぎて何も行動が出来ない人というのは世の中には一定数いる。少年に関しては、それが対人関係において顕著に表れているのだ。
相手を否定できる、自分を主張できる、というのはある意味において信頼の現れだ。そこで関係性が破綻しない信頼があるからこそ、出来る行為である。少年にとってそれは難しいことなのだろう。
今、かぐやと幸の前には、先輩と後輩という壁が一枚ある。前提としてかぐやの方が上の立場なのだ。そのような状況であれば、上手に立ち回れるのだろう。仕事相手との仕事の話であればスムーズに話せる人が多いのと同じだ。
ただその壁が取り払われた時、例えば対等な「友人」となったとき、臆病になってしまうのだ。
(ならばもっと根本の何かが。ここまで臆病になる何かがあるはず)
「如月さんは、そう、心配性なのね」
「心配性、ですか」
「ええ。人は誰しも完璧ではないわ。あなたも、私も。誰しも好きな人には良く見られたいもの――でも完璧ではないから。時に弱いところ、嫌なところも見られてしまう時がある。それを恥ずかしいと思う気持ちだって分かるわ」
私だって。かぐやは心の中で呟く。
「しかし嫌なところ、弱いところ。そんなものが多少あった程度で揺らぐもの、それは愛なのですか。違うでしょう?全てひっくるめて愛せるのが本物では?」
後輩に語りかけるように、自分に語りかけるように。かぐやは続ける。
「だからこそ――自分のダメなところを含めて、すべて愛させなさい」
これはかぐや自身への戒めでもある。
恋は、惚れた方が負けなのだ。だからこそ告白させなければならない。
「四宮先輩は、強いのですね」
「そうね。私は強くて――まだ弱い。こう言ってはいるけどそれが実現できている、と胸を張っては言えないわ。行動に移すのは難しいもの。だからあなたも少しずつ変わればいい。かわりたい、のでしょう?」
「はい。僕は、かわりたいです」
「そうね。まずはその気持ちを持ち続けること。意思なき行動に意味はないのだから」
話題が一段落したところでかぐやは席を立ち、いつもと同じく紅茶を淹れるため、ティーセットの用意にかかる。
タイミングよく廊下の先から声が聞こえた。白銀と石上が生徒会室に来ているようだ。
――あら?そういえば。
最初にかぐやが話題を振ってから、最後まで、幸はこれが恋愛の話題だと理解していた。
『師匠が好きです』
――あれは、そういうこと?
そこまで考えたところでかぐやは首を振って、考えを振りほどいた。それが友愛であれ恋愛であれ、まずは大事な友人の弟子の「かわりたい」を導くことが先だと。
そのためには、この後輩について少し知る必要がありそうだ、とかぐやは静かに考えた。